目的:生体高分子の褥瘡創部アセスメントへの活用を目指し,褥瘡の浸出液中のmatrix metalloprotease-9(MMP-9)およびbone morphogenetic protein-6(BMP-6)の検出量と,褥瘡創部のDESIGN-Rの各項目の評価との関連を明らかにする.
方法:褥瘡創面から非侵襲的に採取した,創傷液内MMP-9とBMP-6のタンパク質検出量とDESIGN-Rの各項目の評価得点間の相関および,差について検討した.
結果:MMP-9の量と創底の深さ,滲出液,肉芽組織の項目,BMP-6の量と創縁のポケットの項目で相関を認め,重症度別比較では,創底部の深さの項目及び創縁部のポケットの項目はそれぞれの生体分子の検出量による軽度・重度の判断が可能であることが示唆された.
結論:MMP-9およびBMP-6は褥瘡創部の状態を客観的に判断するために有効な高分子マーカーであり,DESIGN-Rの評価および重症度を客観的にアセスメントするツールとしても活用が可能である.
本邦で褥瘡創部のアセスメントに主に用いられているDESIGN-Rは,褥瘡の深さ(Depth),滲出液(Exudate),サイズ(Size),炎症/感染(Inflammation/Infection),肉芽組織(Granulation tissue),壊死組織(Necrotic tissue),ポケット(Pocket)の各項目について数値にて評価する指標である(日本褥瘡学会学術教育委員会,2008).またDESIGN-Rは,褥瘡の重症度を各項目の大文字/小文字で分けて表記ができる特徴がある.すなわち,小文字は軽度,大文字は重度であることを示し,褥瘡創部を経時的に比較・評価するには有用である.しかし,その一方でDESIGN-Rの各項目の評価は,測定用具を用いずに判断するものが多く,観察者の観察力や主観に委ねられる傾向にある.
一方,看護師独自の判断が必要な場面の中に,「褥瘡の処置」「褥瘡予防の方法の判断」「エアマットの使用・必要性の判断」が含まれており(浅原・中村,2009),褥瘡ケアは看護師独自の判断と介入が必要となる.しかし,褥瘡ケアに携わる看護師の約7割は,褥瘡のアセスメントスケールの活用に対する自信度が低かった(新井・新井,2014).このことは,褥瘡に対するアセスメントと援助が必要とされている中で,看護師は自身のアセスメントに自信を持てずにいることを示唆する.創部のアセスメントは,治療・ケア方法のフィードバックにもなり得るため,的確な判断が求められる.また,アセスメント能力の未熟な新人看護師や褥瘡ケアの経験が浅い看護師も,等しく専門職としての役割を果たすことが患者の安全・安楽を守るために必要となる.そのためには,誰もが簡便かつ客観的に創部の状態を評価できるツールが必要である.
褥瘡や血管性潰瘍などの慢性創傷は,虚血や感染,栄養状態の悪化など様々な要因によって難冶性となる傾向にある.局所の虚血や感染,壊死組織などの存在は,細胞外マトリックス(Extracellular Matrix: ECM)を分解する炎症性プロテアーゼを産生するマクロファージや好中球の創底部への遊走の継続によって,炎症期を長期化させ治癒遅延/悪化を招く.近年,褥瘡の治癒過程において,wound bed preparationという概念が提唱された.これは,急性創傷と慢性創傷の分子・細胞レベルの相違点から始まり,それらの識別,治療前の環境調整という考えに至っている.提唱者であるSchultz et al.(2003)は,慢性皮膚創傷は,低レベルの分裂活性,高濃度の炎症性サイトカイン,高濃度のプロテアーゼ,低分裂活性を持つ傾向があるとしている.wound bed preparationの実践指針は,創傷治癒阻害要因を組織,感染または炎症,湿潤,創縁の4側面から検証し,治療とケアに活用する.この概念の成り立ちおよび検証項目を勘案すると,そこには生体高分子を基にした評価が必須になると考える.生体高分子とは生体内に存在する高分子の有機化合物であり,糖質やタンパク質,核酸などが含まれる.これらによる生化学反応が生命現象となる.
以上のことから,生体高分子のひとつであるECMの分解酵素(Matrix metalloproteinase: MMP)の発現に着目した.MMPは過剰に発現することでECMの分解を起こし,組織を破壊する.特にMMP-9は,褥瘡創部より過度に検出される(Yager et al., 1996;Latifa et al., 2016)など,褥瘡の発生・治癒への関与が示唆されているが,創部の詳細な所見との関連性については十分な検証がなされていない.また,研究者のこれまでの研究により,褥瘡に骨形成タンパク質(Bone Morphogenetic Protein: BMP)-6が関与する可能性を示しており(Arai et al., 2012).BMP-6は褥瘡創部のアセスメント指標となる可能性がある.そのため,現在使用されているDESIGN-Rでは客観的に評価することが困難な部分を補い,褥瘡創部を簡便かつ客観的にアセスメントできるツールの開発に向け,MMP-9及びBMP-6のタンパク質濃度とDESIGN-Rの評価との関連について検討した.
本研究の目的は,褥瘡創部の的確なアセスメントを行うためのツールとしてMMP-9,BMP-6といった生体高分子の活用を目指し,非侵襲的に採取可能な褥瘡浸出液中に存在する創傷治癒過程に関連していると考えられるタンパク質量と,褥瘡創部の臨床所見としてDESIGN-Rの各項目の評価との関連性を明らかにすることである.本研究の結果により,褥瘡創部の的確かつ客観的なアセスメントツールの作成に貢献することが可能となる.ツール開発によって,褥瘡創部の視覚によるアセスメントを補うことが可能となり,褥瘡を持つ対象者へ適切なケア・治療の選択の大きな助けとなる.また,簡便に判定できるツールは,病院・施設・在宅を問わず活用範囲は広く活用頻度は高い.そのため,様々な場所で褥瘡ケアの質の向上に貢献できる.
研究協力の承諾を得られた病院(研究協力施設)内での褥瘡対策チームが関わる治療・ケア対象患者のうち,研究の目的・内容を説明したうえで同意を得られた皮膚欠損を伴う褥瘡を有する患者.
2. 調査項目対象の基本情報として,初回に年齢,性別,基礎疾患,身長,体重,褥瘡の発生場所(施設内・外),発生時期,発生部位,日常生活自立度を収集した.サンプル採取時には,創部をDESIGN-Rで評価し,サンプル採取部位と創部の所見を確認できるよう,創部の写真を撮影した.DESIGN-Rによる創部の評価は,褥瘡回診時に研究者および褥瘡対策チーム員である皮膚・排泄ケア認定看護師を含めた複数人で採点を行い,評価の妥当性に関する保証とした.
3. サンプル採取方法サンプルは,褥瘡回診時,褥瘡創部周辺および創部を微温湯または生理的食塩水で洗浄後乾燥した不織ガーゼで余分な水分を取り除き,滅菌された医療用綿棒を創部に軽く押し当てた状態でゆっくり回転させながら創部を拭き取ることで回収した.採取個所は,創底内で最も損傷が深い箇所(深さが均一の場合は創中心):a,創縁で創状態が最も良好な箇所(所見に差がなければ,頭部側):b,創縁で創状態が最も不良な箇所(所見に差がなければ,尾部側):cの3箇所とした.
4. 分析方法 1) タンパク質抽出・定量Ambion社のPARISTMを用いて,サンプルからタンパク質を抽出した.サンプル採取した綿棒の先をDisruption Bufferに浸し,30秒程度攪拌した.その後,液体のみを新しいチューブに移し変え,タンパク質試料とした.タンパク質試料は,マイクロBCA Kit(PIERCE社)を用いて分光光度計(Biochrom社CO7500B)で波長562 nmにて定量を行った.
2) タンパク質の検出・分析タンパク質試料(各サンプル15 μg等量)を用いてポリアクリルアミド電気泳動を行った後,トランスブロットTurboシステム(Bio-Rad社)を用いてニトロセルロース膜へ転写した.転写後,MMP-9およびBMP-6の抗体を用いて,化学発光法にて検出を行った.転写後のイムノブロットに関する条件設定は,松本ら(2009)と同様の方法で行った.一次抗体は,マウス由来のモノクローナル抗体(MMP-9:hMMP-9 monoclonal F-69:第一ファインケミカル社),(hBMP-6 monoclonal SC57042: SANTACRUZ)をいずれも1,000倍希釈で用い,二次抗体にはホースラディッシュペルオキシダーゼで標識された抗マウス抗体(ダコ社)を5,000倍希釈で使用した.化学発光には,ECL Western Blotting Detection Reagents(GEヘルスケア株式会社)を用いた.タンパク質の半定量を行うにあたり,MMP-9のスタンダードとしてRecombinant Human MMP-9 Western Blotting Standard(R&D社)0.5 μl等量(Standard 1 μl,Water 4 μl,2 × Sample Buffer 5 μlの溶液作成:内5 μlを使用)を用いた.BMP-6のポジティブコントロールで使用するリコンビナントBMP-6に関しては,最終的に使用した抗体および条件では十分な感度を得ることができなかった.そのため,定量の基準バンドとしてタンパク質スタンダードPrecision Plus Protein WesternCTM Standards(BIO-RAD社)を10 μl用い,StrepTactin-HRP(1/5000)(BIO-RAD社)を二次抗体に混合して,検出された20 kDaのバンドを使用した.検出されたバンドとBMP-6の分子量は合致しており,抗体選択過程においてリコンビナントBMP-6とサンプルの同時検出による特異性は確認している.
3) 分析対象の分類サンプル採取部位(a, b, c)を次の2群に分類し分析した.創底内で最も損傷が深い箇所(深さが均一の場合は創中心):aを“創底”とし,採取部位b(創縁で創状態が最も良好な箇所または,頭部側)および,採取部位c(創縁で創状態が最も不良な箇所または,尾部側)は,両者をあわせて“創縁”とした.その背景には,bとcはひとつの創部(創縁)内での相対的な評価のもとに選定された部位であること,創縁の状態が均一である際は,頭部または尾部を採取していることがある.創傷の程度は様々であり,軽度の創部でのcと重度の創部のbが同様の創状態になる可能性もあり得る.ゆえに,採取部位bとcをあわせて“創縁”として分析した.
5. データ解析タンパク質分析のためのバンドの濃度測定には,画像処理ソフトウェアImageJ(アメリカ国立衛生研究所)を用い,スタンダードの値を1として,各サンプルの値はその比で示した.得られたデータは,SPSS for windows ver. 21(IBM社)を用いて解析を行った.なお,従属変数となるMMP-9およびBMP-6の検出量は共に分布が正規ではなかったため,対数変換し解析に用いた.相関関係の検定には,Spearmanの相関関係検定を行った.DESIGN-Rの各項目における評価得点間の各タンパク質検出量の比較は,Kruskal-Wallis検定を行った後,有意差があった場合にSteel-Dwass検定で多重比較を行った.また,各項目の評価を軽度と重度に分け2群でMann-Whitney検定にて解析した.分析結果は有意水準5%未満を有意差ありとした.
6. 倫理的配慮研究対象者には,研究の目的・方法・個人が特定されない配慮を行う等を口頭と文書で提供した上で,参加を承諾した者のみを対象とした.また高齢・疾患・病状などにより意思疎通のはかれない対象の場合は,家族に同様の説明を行い,同意を得られた者のみを対象とした. なお,愛知県立大学研究倫理審査委員会の承認後(看22-37),研究協力施設の倫理審査委員会の承認を得た後に実施した.
分析対象者は26名であり,その内訳は表1の通りであった.複数の褥瘡を有した者はいなかった.分析対象褥瘡は42例,サンプル総数は100個,そのうち創面より3か所採取できたのは25例であり,2か所採取できたのは8例,1か所のみの採取となったのは9例であった(表2).
採取回数 | 1回 | 2回 | 3回 | 4回 | 6回 | 合計 |
該当人数 | 17名 | 6名 | 1名 | 1名 | 1名 | 26名 |
採取例数 | 17例 | 12例 | 3例 | 4例 | 6例 | 42例 |
採取部位 | 3か所 | 2か所 | 1か所 | 合計 | |
該当例数 | 25例 | 8例 | 9例 | 42例 | |
サンプル個数 | 75個 | 16個 | 9個 | 100個 | |
内訳 | 採取部位a | 25個 | 7個 | 9個 | 41個 |
採取部位b | 25個 | 3個 | なし | 28個 | |
採取部位c | 25個 | 6個 | なし | 31個 |
対象者の属性は,26名中18名(69.2%)が男性であり,年齢の中央値は74(36~96)歳であった.対象者の基礎疾患は,悪性新生物が最も多く16名(61.5%)であり,次に心臓血管系疾患が3名と続き,その他精神疾患,運動器疾患,神経疾患,皮膚疾患などがあった.対象者のBMIの中央値は18.0(10.9~25.4)であり対象によって差が大きいが,14名(53.8%)は標準基準の18.5未満であった.日常生活自立度はC2(一日中ベッドの上で過ごし,排泄,食事,着替えにおいて介助を要する.自分では寝返りもうたない)が最も多く17名(65.4%)を占めた.褥瘡発生場所は,16名(61.5%)が病院内であった.褥瘡発生部位は,16名(61.5%)が仙骨部であり,次いで,臀部,尾骨部の順に多かった.日本褥瘡学会実態調査委員会(2011)の全国調査において,研究協力施設と同等の施設における施設内発生率は60.9%で,褥瘡の保有部位で最も多いのは仙骨であることから,研究対象施設による対象の特異性は認めなかった.DESIGN-Rの合計得点の中央値は10(4~46)点であった.
2. MMP-9MMP-9のタンパク質検出量とDESIGN-Rの各項目の得点との相関関係は,“創底”での値と,DESIGN-RのDepth(深さ:D)項目で中程度の正の相関(r = 0.43, P = 0.05)を認め,Exudate(浸出液:E)と,Granulation tissue(肉芽組織:G)項目である程度の正の相関(r = 0.35,P < 0.05およびr = 0.31,P < 0.05)を認めた(表3).“創縁”では,いずれの項目においても有意な相関を認めなかった.各得点間の分散分析では,“創底”のG項目のみで有意な差を認めた(P < 0.05)が,多重比較においては有意な差を認めなかった.重症度による比較の結果,“創底”ではD項目で,軽度(d:真皮までの損傷)より重度(D:皮下組織から深部)のほうが有意にMMP-9の検出量が多かった(P < 0.01).“創縁”では,有意な差を認めなかった(図1).
“創底”n = 41 | “創縁”n = 59 | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
MMP-9 | BMP-6 | MMP-9 | BMP-6 | ||||||||
変数 | r | P | r | P | r | P | r | P | |||
Depth(深さ) | 0.432 | 0.005 | 0.061 | 0.705 | 0.196 | 0.137 | 0.194 | 0.142 | |||
Exudate(滲出液) | 0.348 | 0.026 | 0.176 | 0.272 | 0.079 | 0.550 | 0.172 | 0.192 | |||
Size(大きさ) | 0.098 | 0.544 | 0.007 | 0.964 | –0.015 | 0.912 | –0.078 | 0.559 | |||
Inflammation/Infection(炎症/感染) | 0.047 | 0.772 | –0.005 | 0.975 | –0.027 | 0.836 | 0.077 | 0.562 | |||
Granulation tissue(肉芽組織) | 0.313 | 0.046 | 0.099 | 0.537 | –0.016 | 0.907 | 0.255 | 0.051 | |||
Necrotic tissue(壊死組織) | 0.255 | 0.157 | 0.019 | 0.904 | 0.044 | 0.739 | 0.240 | 0.067 | |||
Pocket(ポケット) | 0.262 | 0.098 | 0.314 | 0.046 | 0.203 | 0.122 | 0.258 | 0.049 |
Spearmanの相関関係検定
注:深さの得点は順位尺度として重み値には関係せず,その他の項目には重み付けがされている.
DESIGN-R重症度別比較
有意差を確認した項目のみ掲載した.MMP-9およびBMP-6の検出量は対数変換した.a:MMP-9タンパク検出量と重症度,b,c,d:BMP-6タンパク質検出量と重症度.
BMP-6のタンパク質検出量とDESIGN-Rの各項目の得点との相関関係は,“創底”においてPoket(ポケット:P)項目との間で,ある程度の正の相関を認めた(r = 0.31, P < 0.05).“創縁”では,P項目との間で弱い正の相関(r = 0.26, P < 0.05)を認めた(表3).各得点間の分散分析では,“創縁”においてP項目で有意な差を認めた(P < 0.05)が,多重比較においては有意な差を認めなかった.重症度による比較の結果,“創底”においてP項目で軽度(p0)と重度(P6, 9, 12, 24)の間で有意な差を認めた(P < 0.05).“創縁”では,Necrotic Tissue(壊死組織:N)項目の軽度(n:なし)と重度(N:あり)の間と,P項目の軽度(p:なし)と重度(P:あり)の間で有意な差を認めた(いずれもP < 0.05).つまり,PおよびN項目では,軽度より重度のほうがBMP-6の検出量が有意に多い結果となった(図1).
“創底”において,DESIGN-RのD(深さ),E(浸出液),G(肉芽組織)の各項目の得点とMMP-9のタンパク質が有意な正の相関を認めたことは,MMP-9が多ければ創状態が不良であることを示す.MMP-9は主に基底層を選択的に分解し,組織の再構築を促進し創傷治癒に関与するが,その一方で創傷治癒の遅延をもたらすことも示されている(Reiss et al., 2010).MMPは創傷治癒の炎症期から再構築までの全過程に関わっており,適度な発現量では組織の修復および再構築へ関与し,過剰な発現によって組織の破壊に関わる.つまり,MMPは組織の破壊と修復いずれにも関与するが,その方向性はMMPの発現量に依存すると考えることができる.
皮下組織以下の損傷を持つ褥瘡の創傷液内には,手術創である急性創傷と比してMMP-9が多く存在し(Yager et al., 1996),褥瘡創部でpro-MMP-9が高く検出されている(Latifa et al., 2016).これらは,本研究における結果を支持する.また,Ladwig et al.(2002)は,褥瘡の滲出液を対象にMMP-9とその抑制酵素であるTIMP-1の割合と創傷治癒について検証し,治癒良好群と治癒不良群,中間郡の3群間にMMP-9とTIMP-1の比率に差があったことを明らかにした.これらの研究から,褥瘡の滲出液に含まれるMMP-9およびその阻害酵素は,創の状態を示す何らかの指標となり得ることは示されている.しかし,これらの研究は実際の詳細な臨床所見を基に検討しておらず,滲出液は創傷全体から1か所の採取であった.褥瘡の創内は多様性がある(松本ら,2009).そのため,臨床所見とMMPの検出量を併せて検討し,創の状態を判断でき得るかを確認する必要があり,本研究は臨床応用の視点として有意であると考える.
本研究の対象褥瘡のD項目は主としてd2(真皮までの損傷)およびD3(皮下組織までの損傷)であり,創が深いということは真皮深層~皮下組織の損傷があるということである.MMP-9は真皮と表皮の境界に存在する基底層を主に分解することから,多量なMMP-9の存在は,基底層の分解が亢進している可能性を示すと考えられる.創傷が生じると,止血期で創傷治癒カスケードを惹起させ,炎症期に入る.炎症期では創傷の浄化反応が生じ,損傷した組織を除去することがアウトカムとなり,組織の除去にMMP類が関与する.ここで,浄化が不十分であれば炎症期は継続し,治癒の遅延が生じ慢性創傷となる.本研究では,(炎症/感染:I)項目におけるMMP-9との相関,重症度比較いずれにおいても有意な差を認めてはいない.これは,I項目の大多数がi0(炎症徴候なし)であったことが原因の一つであると考える.炎症期にあると考えられる創部においても炎症徴候なしと判断される背景には,炎症徴候に関する判断は創周辺の所見を基準とすることが考えられる.つまり,創内が炎症期であっても周辺に炎症が波及していない場合は,炎症徴候ありとはならない.
また,MMP-9はE項目においても,点数が高いほどその量は多くなっていた.滲出液は組織の炎症や異物などに反応して増加し,滲出液内には創傷治癒に必要な成長因子の他,炎症性サイトカインやタンパク質分解酵素等が含まれている.そのため,過剰な滲出液は組織の修復よりも分解を引き起こし,治癒遅延要因となり得る.G項目の得点が高いとは,良性肉芽が創面を占める割合が低い,つまり肉芽形成が良好なプロセスで進んでいないことを示す.MMP-9の検出量が得点と正の相関を示しているということは,その量は肉芽の状態を反映する指標となると考える.増殖期において,欠損のある創では組織の再構築(肉芽組織の形成)に始まり,組織の欠損を最小限にする創収縮,上皮形成と続く.肉芽組織のECMは,炎症期に形成された暫定的なフィブリンマトリックスに置き換られる.そのためMMPは正常な増殖期においても分泌されているが,分泌が過度な場合は,ECMの分解に傾き,治癒は遅延する.そのため,EおよびG項目において点数が高い(創状態が良好でない)場合にMMP-9が多く検出されたのだと考える.以上より,“創底”における高いレベルでのMMP-9は,D,E,G項目の重症度を反映し,損傷が深い,炎症が強く滲出液が多い,十分な良性肉芽の発達を認めないという創部の状態を示す助けとなる可能性がある.また,DESIGN-Rで同じ得点であった場合においても,MMP-9を比較することで,創部の質的な比較・評価が可能になるのではないかと考える.
DESIGN-Rの重症度を基準とした比較では,“創底”のD項目において,軽度(小文字d:真皮までの損傷)より重度(大文字D:皮下組織から深部)でMMP-9が多いことが明らかとなった.これは,前述した相関関係の結果を支持するものである.なお,各項目の得点間の多重比較では差を見出さなかったのは,DESIGN-Rの採点(本研究では2~5点)によって4群に分類した際の,D4およびD5の症例数の少なさが挙げられる(いずれも1例であった).しかしながら,正の相関を認めているため,症例を増やすことでMMP-9の検出量に差が認められる可能性が考えられる.今後は,重度の褥瘡の症例数を増やし検討を続けていきたい.また,DESIGN-Rの採点基準での評価で分類した際の群分けと,MMP-9検出量による層別化の基準にズレがある可能性が考えられる.例えば,D3と分類された褥瘡のうち創状態が特に不良な創と,D4と分類された褥瘡の創状態が比較的良好な創のMMP-9検出量が同レベルになるということである.この可能性についても,今後症例を増やし検討する.
褥瘡ケアに携わる看護師はDおよびG項目に対しては60%以上,E項目に対しては50%以上がアセスメントに自信が持てない(新井・新井,2014).視覚的判断が必要なこれらの項目へのアセスメントについて自信がない理由には,客観的判断指標がないということも考えられる.実際,研究者が褥瘡回診に同行した際に,「真皮までなのか真皮以下なのかがわからない」と言う臨床看護師に遭遇することもあった.専門家が判断するには容易なことも,様々なバックグラウンドを持つ臨床看護師にとっては困難な場合もある.また,在宅ケアでは,褥瘡ケアを家族や介護職が担うことも多い(林,2016).基本的知識が少ない家族や介護職者への教育は必要であるが,限界がある.そのため,褥瘡創部の状態を的確に判断するための指標である客観的ツールは必要であると考える.
以上のことから,MMP-9の検出量によって創部の深さおよび肉芽の状態の判定または,判定の補助を行うことは臨床および在宅ケア現場にとって有意であると考える.
一方,“創縁”においては相関・群間比較双方で有意差を認めなかったことは,“創底”と“創縁”は同一創であっても創部の組織的な反応は異なることを示唆する.松本ら(2009)が報告したように,創部内における創の質的状態の多様性は本研究においても示された.また,DESGIN-Rの評価項目のうち創縁部の所見単独で判断するものは,S(サイズ)とP(ポケット)項目のみであり,これらについてはMMP-9の関与が少なく判定に適応していないと考える.
2. DESIGN-Rの各得点とBMP-6“創縁”において,DESIGN-RのP項目の各得点と有意な正の相関を認めたことは,BMP-6のタンパク質検出量はポケットの状態を反映し,BMP-6が多ければ創縁の状態が不良であることを示す.BMP-6は形質転換増殖因子(Transforming growth factor: TGF)-βのスーパーファミリーであり,これまで骨や歯の形成を中心に重要な役割をすることが示されているが,皮膚の表皮細胞の分化にも関与する(D’Souza et al., 2001;McDonnell et al., 2001).Kaiser et al.(1998)は,慢性創傷(糖尿病性潰瘍,静脈性潰瘍)においてBMP-6はタンパク質レベルで強く発現していることを示しており,本研究の対象褥瘡にBMP-6が存在している事を支持している.しかし,先行研究では創部内の多様性については着目してはおらず,創部全体としての検出となっている.本研究では,BMP-6は褥瘡創部の状態及び採取した部位によりその検出量が変化することを示した.Zhou et al.(2009)は,皮膚線維芽細胞において,MMP-9はTNF-αとTGF-βの双方が存在することで,強く発現が誘発されることを明らかにしている.本研究ではTNF-αの測定は行っていないが,TNF-αは加圧刺激によっても発現するため(高田・佐伯,2007),ポケットの発生・悪化の誘因であるずれ応力がかかっている局所では,褥瘡創部に圧迫が加わっていることが推察される.そのため,TNF-αの発現が誘発されていれば,ECM分解を引き起こし,創部の治癒遅延を引き起こす可能性があるのではないかと考える.
“創底”におけるBMP-6と創縁部の所見であるP項目の間に有意な相関を認めた理由は本研究では明確にならないが,ポケットが発達している創部は全体的に炎症が強い創である可能性と,ポケットは創部上層と下層の治癒過程の齟齬が原因となっているため,創部下層の治癒遅延を“創底”のBMP-6の検出量が反映している可能性も考えられる.
真皮に存在する線維芽細胞は,コラーゲンやエラスチンなどを産生することで創傷治癒に深く関わる細胞である.線維芽細胞によるコラーゲン合成に必要なのがTGF-βであり,TGF-βが線維芽細胞に結合することで肉芽組織の合成が促進される.つまり,肉芽組織の合成にはTGF-βが必要となる.BMP-6はTGF-βのスーパーファミリーであることから,肉芽組織の合成時に一定量存在することは創傷治癒にとって有意であると考える.BMP-6の検出量はP項目の軽度と重度の間で有意な差を認めている.P項目の軽度とはポケットが存在していないことを示し,ポケットが存在していれば全て重度となる.そのため,ポケットが存在しない“創縁”では創傷治癒に必要なBMP-6の量が存在するのみであるが,存在する創では過剰にBMP-6が存在していると考えることができる.ポケットの有無や程度は肉眼及び測定により比較的簡単に行えると考えるが,壊死を除去して初めてポケットの存在が明らかにある場合や,鑷子等を挿入することでポケットの存在を確認すること自体が困難な状況もあると考える.その際,BMP-6の検出量が客観的な判断基準の一つとなり得ると考える.また,看護師のP項目への自信度も高くない(自信がない者が6割弱)ため(新井・新井,2014),BMP-6の検出量を活用することで,臨床でのポケットの存在の有無およびその程度についての判断の助けとなると考える.TGF-βは他にも種々存在しており,BMP-6単独の肉芽組織合成における役割・貢献度はいまだ明らかにされていない.その中で,本研究はBMP-6のタンパク質量がポケットの評価に活用できる可能性を示した.
Nの項目において軽度とは壊死がないことを示し,存在する壊死の質的な状態により重度の中で得点がわかれている.本研究で重度と評価されたほとんどがN3“柔らかい壊死組織あり”であったことから,やわからい壊死の存在により,BMP-6の検出量は有意に増加するといえる.BMP-6と壊死の関連について既存の研究は存在しないが,Kuo et al.(2014)は,TGF-βのスーパーファミリーであるBMP-2,-7はアポトーシス細胞および壊死細胞の割合を有意に低減させたことを明らかにしている.そのため,BMP-6も壊死組織を抑制するために発現している可能性がある.しかし,壊死は創縁単独に存在するものではなく,評価時には創底部も含めて確認・評価している.“創底”では有意な差を認めていないことを鑑みると,創縁の強い炎症反応によりBMP-6の検出量が増加し,二次的にN項目で有意差が出た可能性が考えられ,N項目においては単独で評価が可能であるとは現時点では言い難い.
以上のことより,MMP-9およびBMP-6のタンパク質検出量によって,創の質的状態(“創底”のD,E,Gおよび“創縁”のP項目)の評価を客観的に判断する助けになる可能性を示すことができた.また,“創底”のD項目および“創縁”のP項目の重症度による分類がMMP-9およびBMP-6のタンパク質検出量で判断できる可能性も示すことができた.本研究はタンパク質濃度を半定量的に検討しているため,具体的なカットオフポイントなどを示すことはできない.そのため,今後は定量的検討を行うことで,褥瘡創部のアセスメントツールとしての実際的な活用に向けて貢献できると考える.
MMP-9およびBMP-6のタンパク質の検出量を,DESIGN-Rの各項目の得点との相関および,得点間の差について検討した.その結果,MMP-9およびBMP-6は創の質的状態を判断するに有効な高分子マーカーであり,褥瘡創部のアセスメントツールとして活用可能であることが示唆された.
謝辞:本研究にあたりご協力をいただきました対象者の皆様に心より感謝申し上げます.また,研究遂行にあたりご協力頂きました,滋賀医科大学医学部附属病院看護部河田優子様,国立長寿医療研究センター先端診療部皮膚科医長磯貝善蔵先生に深謝し,御礼申し上げます.なお,本研究は科学研究補助金,若手研究(B:課題番号23792562)の補助を受け実施したものであり,愛知県立大学大学院看護学研究科に提出した博士論文の一部に加筆修正をしたものである.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:N.A.は,研究の着想およびデザイン,データ収集・分析・解釈すべてにおいて,重要な貢献をした.M.Y.は,研究プロセス全体への助言,原稿への示唆,解析のための実験的手法に関する示唆により重要な貢献をした.すべての著者は,最終原稿を読み,承認した.