日本看護科学会誌
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原著
無年金または低年金の定住コリアン高齢者が経験した健康に関連する生活上の困難さ
呉 珠響斉藤 恵美子
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2017 年 37 巻 p. 105-113

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Abstract

目的:本研究は,無年金または低年金の定住コリアン高齢者が経験した健康に関連する生活上の困難さを明らかにすることを目的とした.

方法:研究参加者は,地域で生活する65歳以上の定住コリアン高齢者とした.Spradley(1979)のエスノグラフィックインタビューの手法を参考に,8名の参加者に1対1の半構造化面接を実施した.

結果:収集したデータから70のサブカテゴリと8つのカテゴリを抽出した.カテゴリは,お金がないから生活が厳しい,1世は読み書きができない,地域に入っていくことは難しい,自分たちも日本人もどちらも関わろうとしない,人とのつながりをもつ重要性を認識しながらもつながりが持てない現実がある,よりどころがない,アイデンティティがひとつだけではない,社会へのあきらめの気持ちから地域に少しずつ染まるという8つで構成された.

結論:看護職は,高齢の外国籍住民の多様な文化的背景や習慣の違いによる生活上の困難さを理解して,支援することが重要である.

Ⅰ. 緒言

65歳以上の在留外国人の国籍別の人口構成比は,韓国・朝鮮(以下,コリアン)が約70%と多数を占め,都道府県別の65歳以上の定住コリアン高齢者の割合は,大阪,東京,兵庫の3都府県で約52 %を占めている(法務省,2016).また,定住コリアン人口に占める高齢者人口は約24%である(法務省,2016).定住コリアンの高齢者数は,過去20年間で約2倍に増加し,そのうち75歳以上は,2.5倍に増加している(法務省,2016).定住コリアン高齢者は,民族的背景を公にせずに生活していることが多く,定住コリアン高齢者の加齢に伴う健康課題や医療,介護のニーズ等の把握には困難を要する.

定住コリアン高齢者の生活上の課題の一つは,無年金あるいは低年金による経済的な困窮である.1981年に「難民の地位に関する条約等への加入に伴う出入国管理令とその他関係法律の整備に関する法律(以下,難民条約)」が施行され,これに伴い1982年に国民年金制度の適応における国籍要件が撤廃された.しかし,難民条約批准後も,国民年金加入に国籍要件が撤廃されたことの周知が十分でなかったことや,自営業者や零細企業に勤めていたものが多かったこと(川本,2011)などから,無年金あるいは基礎年金のみの低年金の定住コリアン高齢者が多いことが推察される.外国人高齢者の年金受給に関する全国的規模の調査は報告されていないが,一地域で生活する定住コリアン高齢者のうち約7割が無年金であったとの報告がある(吉中,2006).生活保護対象となる在留資格(永住者,日本人の配偶者等,永住者の配偶者等,定住者,特別永住者および認定難民)を有する定住コリアンのうち,65歳以上は52%であった(総務省,2013).一方,定住コリアン高齢者全体のうち,生活保護の被保護人員の割合は約2割弱になる(被保護対象者の年齢別の報告はない)(総務省,2013法務省,2016).これらのことから,定住コリアンは無年金あるいは低年金の高齢者が多くを占めることや,無年金あるいは低年金であっても必ずしも生活保護を受給していないことが推察される.定住コリアン高齢者が抱える社会経済的状況については,失業率が高いことや(高谷ら,2014),1カ月の世帯収入が10万円未満である世帯が多いこと(吉中,2006),また,経済的な困窮に加え,日本語での対話の困難さや文化的な葛藤から介護保険サービスの利用を躊躇してしまう実態が報告されている(魁生,2005Moon & Mikami, 2009文,2012).これらのことから,長期にわたり日本で生活する定住コリアン高齢者は,日本人の高齢者や他の外国籍住民とは異なった地域社会での課題を抱えていることが推察される.しかし,定住コリアン高齢者が経験した健康に関連する生活上の困難さの実態や,看護職の支援のあり方については明らかにされていない.また,高齢化率が上昇している定住コリアンに着目することは,現在は壮年期が多数を占めるフィリピン人,日系ブラジル人等の多様な文化的背景をもつ他の定住外国人の高齢化にも対応しうる看護職による具体的な支援策についても提案することにつながると考える.

そこで,本研究は,無年金または低年金の定住コリアン高齢者が経験した健康に関連する生活上の困難さを明らかにすることを目的とした.

Ⅱ. 用語の定義

1. 無年金・低年金

無年金とは年金を受給していないこと,また,低年金とは国民年金保険料の納付期間が短いことや,厚生年金や共済年金に加入していないなどの理由で,十分な年金が受け取れないこととした(国立国会図書館,2006).

2. 定住コリアン高齢者

定住コリアン高齢者とは,日本に定住し,朝鮮半島にルーツを持つ高齢者とした.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究参加者

研究参加者は,関東圏内在住で,65歳以上,無年金または低年金,日本語での意思疎通を図ることが可能,見守りや介護保険サービスなどの何らかのサポートは受けていても自宅での生活ができている定住コリアン高齢者とした.なお,研究参加者には生活保護受給者は含まれていない.研究参加者は,研究者がフィールドワークを実施するなかで関わる機会を得た1名の定住コリアン高齢者を介し,研究協力の依頼をして同意を得られた高齢者である.

2. データ収集方法

本研究は,定住コリアン高齢者を対象に,研究参加者が指定する日時に研究参加者の自宅にて,1対1の半構造化面接を1回ずつ実施した.平均面接時間70分(範囲60~90分)であった.面接内容は研究参加者の承諾を得てICレコーダーに録音した後に,逐語録を作成した.面接期間は2012年8月~2013年3月とした.

3. 調査内容

面接調査では,日本人とは異なる文化や習慣,また歴史的な経緯を背景に経験した健康に関連する生活上の困難さについて尋ねた.例えば,病院を受診したり,保健医療福祉サービス利用にかかわる手続きを行ったり,また健康づくりのために何か行動を起こす際などに経験したことである.加えて,定住コリアンや日本人との関わり,日本での居住年数,家族構成,過去および現在に従事している仕事の種類,使用している言語,自身が認識している民族的属性(コリアン,在日コリアン,日本人等)なども尋ねた.

4. 分析方法

本研究はSpradley(1979)のエスノグラフィックインタビューの手法を参考に,分析した.エスノグラフィとは,文化(ethno)を記述する(graphy)という意味であり,ある集団の人々の行動,やりとり,言語や,その所産を含めて,文化を詳細に研究することを目的としている.Spradley(1979)は文化について,人々が経験したことを解釈し,社会的行動を起こすために用いる後天的に獲得した知識と定義し,人はある場面にて同じ事柄をみていたとしても,それぞれの置かれている立場や状況によってその事柄を異なる視点で解釈するとしている.これらのことから,定住コリアン高齢者が経験した健康に関連する生活上の困難さは,これまでの日本での生活で経験したことの積み重ねの上にあるものであり,それは,日本人の高齢者とは異なり,後天的に獲得した独自のもの,つまり文化的現象であると考えた.本研究では,研究参加者から語られる内容から,特有の行動や地域社会とのやりとりなどを理解して解釈することで,定住コリアン高齢者の健康に関連する生活上の困難さの事柄の一端を明らかにすることができると考えた.

データ分析では,まず,収集したデータ(逐語録)から,単独での理解が可能で,捉えようとしている現象を象徴するような意味や指し示す内容が含まれる最小単位の言葉や文章を取り出した.取り出した言葉や文章は,共通の意味をもつ言葉や文章ごとに集め,分析の構成単位とした.次に,日本で生活する無年金または低年金の定住コリアン高齢者が経験した健康に関連する生活上の困難さを表す現象を発見することを焦点として分析し,共通して意味を持つ構成単位を集めて区分し,サブカテゴリとした.この時に,サブカテゴリを構成する構成単位間の結びつきの関係をSpradleyが示す9種類の意味関係(完全な包含,空間,因果関係,理論的根拠,活動の場,機能,目的と手段,連続/順序,特徴)を用いて明確にしておいた.さらに生成されたサブカテゴリ間を比較検討し,意味内容の共通性や関連性があるサブカテゴリごとに集約して区分した.そして,集約されたサブカテゴリの中で,最も象徴的な内容を表すサブカテゴリをカテゴリとして位置付けた.なお,カテゴリとそれを構成するサブカテゴリ間の結びつきの関係も,9種類の意味関係を用いて明確にした.次に,各カテゴリに区分されたサブカテゴリ間の関係性や順序性を検討し,カテゴリとそれに連なるサブカテゴリの構造を階層的に整理した.その後,カテゴリ間の関係性や順序性を検討し,無年金または低年金の定住コリアン高齢者が経験した健康に関連する生活上の困難さを明らかにすることを主眼として整理した.

5. 真実性の確認

研究者は,研究参加者と本研究の目的や面接を行う意図を相互に共有できたと認識できる協力関係の構築を目指して,研究参加者への面接調査開始前より研究参加者と複数回の面会をする機会を設け,研究参加者との信頼関係の構築に努めた.また,面接調査後,データと分析結果およびその解釈について研究参加者にフィードバックし,誤った解釈や理解を回避した.さらに,Lincoln & Guba(1989)の真実性を評価する規準に基づいて,研究参加者の言葉や行為について研究者の誤った解釈や理解がないか,利害関係がない定住コリアン高齢者に確認した.分析の各段階では,エスノグラフィの手法を用いた研究を行った経験のある研究者および日本に居住する外国人にサービス提供の機会がある保健師経験者と,複数回討論して検討し,真実性を確認した.

6. 倫理的配慮

面接により収集したデータについては,研究参加者に対して,研究の趣旨と守秘義務の厳守について口頭および文書にて説明し,同意を得た.具体的には,研究参加は本人の自由意思であり,同意しない場合であっても不利益を受けることはないこと,いったん同意された場合も途中で参加を辞退できること,面接にて得たICレコーダーに録音した情報は研究以外で使用しないこと,得た情報は匿名化し,本人のプライバシーを侵害することのないよう厳重に保管すること,終了後はデータを破棄することについて,研究者から研究参加者へ説明を行った.なお,本研究は,首都大学東京荒川キャンパスの研究安全倫理委員会(承認番号12027)の承認を得て実施した.

Ⅳ. 結果

研究参加者は,定住コリアン高齢者8名であり,男性4名,65歳以上75歳未満が7名,75歳以上が1名であった.研究参加者の日本での滞在経過は在日本第1世代(以下,在日一世)が2名,在日本第二世代(以下,在日二世)が6名,自営業またはパートタイマーで仕事を続けている人が5名,子どもと同居している人が6名であった.年金は全員が受給していなかった.在日一世はいずれも日本滞在年数が50年以上であった.また在日一世は来日後,20歳代までに生活拠点を関西地域から関東地域へ移しており,その後は関東地域の定住コリアンが多く住む地域を生活拠点としていた.一方,在日二世は戦時中の疎開を除き,関東地域の定住コリアンが多く住む地域を生活の拠点としていた.

収集したデータから383の構成単位を抽出し,70のサブカテゴリに統合した.その後,さらに8つのカテゴリに分類した(図1).本文中のカテゴリを【 】,サブカテゴリを〈 〉,構成単位を「 」で示す.

図1

無年金の定住コリアン高齢者が経験した健康に関連する生活上の困難さ

1. 経済的な不安定さと言語の障壁から生じる経験

定住コリアン高齢者は,【お金がないから生活が厳しい】ため,医療費の高さに困難さを感じ,健康維持などのためのサービス利用を控えていた.〈年金がないからしんどい〉という思いには,「年金という生活の保障がないから,ほんとうに大変」という気持ちの語りが含まれており,〈無年金であることへの憤り〉も感じていた.そして,これらのことから,〈介護保険料を支払うのは苦しい〉という切実な生活の厳しさを認識していた.また,高齢者は医療費が「1割負担も大きい」と感じ,〈お金がないから医療費が高いと困る〉という思いを抱いていた.高齢者は,「収入がほそぼそとした中で,やっぱり不安だから,切りつめて家にいた方がいいやってなる」など,〈サービスを使うのは我慢する〉ことから,健康の回復や維持,増進につなげるための社会資源の活用に至っていなかった.

さらに,定住コリアン高齢者の【一世は読み書きができない】ことが,健康に関連する様々な情報への接近を困難にしていた.「知らなくて損していることがずいぶんあるし,知らないで使えないものがたくさんある」ことを,これまで〈まったく無知だった〉と捉え,悔しさや自身のおかれた状況への無念の思いが表出された.一方で,〈わかりやすい方法があれば助かる〉こともあった経験があり,「役所が直接自宅に訪ねて,何か困ったことはないですかって,そういうシステムができれば相当助かると思う」と語っていた.これは,「一世の場合には言葉が十分じゃない,日本語の文字は全然知らないし,文書だけ送られても意味がない」と〈言葉で説明しないとわからない〉という実情を示していた.さらに,「年金がもらえるようになったなんて,その時はまったく知らなかった」ことや,「自分たちには行政の情報は伝わってない」という思いから,〈自分たちはいろいろなことを知らない〉,〈行政から説明を受けていない(という認識)〉,〈行政になじみがない〉など,健康に関連する生活上の情報を自ら入手し,自ら判断して健康管理や疾病を予防することの困難さが示された.

2. 地域社会とのつながりにくさの経験

定住コリアン高齢者は,日本人との直接的なやり取りが生じるような場については,【地域に入っていくことは難しい】と捉えていた.地域に入っていくことの難しさとして,〈差別をされて育った経験がある〉ことから,「いまだにごく一部だけれども,全員ではないけれど」と前置きをしたうえで,〈いまだに日本人とは壁のようなものがある〉ことや,一方で〈日本社会に入って妥協したくない〉と考えていた.さらに,「デイサービスでは日本の歌を歌ったり踊ったりしなければならない」ことに対して,〈日本の文化になじみがない〉ことや,サービス提供者の関わり方を「お年寄りに赤ちゃん扱いする」と語り,〈プライドがある〉高齢者に対して,尊敬するという価値観が軽視されていると受け止めていた.また,定住コリアンの人間関係を,〈遠慮しない〉関係性や率直な関係性であると認識していた.さらに,「私たちは我が強いから(日本社会で)やっていけるかしら」と自らの性格の傾向を〈意固地〉と捉えていた.一方で,「ラジオ体操は参加するだけだから,(日本人と)一緒にならない,ただ受け身で,ただ行って,来ちゃダメと拒まれないから行っているだけ」,「ジムみたいにただ一方的なものだったらいいけど,地域の中に入ろうとしたらかなり難しい」など,日本人との直接的なやり取りが生じにくい一方向からの関わりが可能な場や,「病院だったら外国人だからっていうのはないけど,地域の中では難しい」と受け入れが保障された場で関わりを持つことは受け入れていた.

定住コリアン高齢者は,日本人との関係性について【自分たちも日本人もどちらも関わろうとしない】と双方の関係性を認識していた.高齢者は,「イルボンサランは一歩おいて付き合う」と認識し,〈イルボンサランは干渉しない〉と考えていることから,定住コリアンの同族間での関わり方とは相違があると捉えていた.なお,コードおよびサブカテゴリで用いたイルボンサランとは,ハングルで日本人のことであり,本研究にて研究参加者が話し言葉として用いていたため,そのまま使用した.一方,高齢者は,「やっぱり信頼できる」,「同族だから気が楽」などの理由から〈病院や施設は在日のところを選ぶ〉傾向にあり〈在日の施設があれば行くかもしれない〉と,〈情報は在日から聞く〉ようにしており,健康に関わることも同郷出身者内で得た情報の範囲で完結していた.なお,サブカテゴリで用いた「在日」という表現は,国籍を問わず定住コリアンのうち,第二次大戦前後に日本に定住化した人とその子孫を総称して呼ぶ際に用いることがあり,本研究では研究参加者が話し言葉として用いていたため,そのまま使用した.

また,定住コリアン高齢者は,日本社会も含めた【人とのつながりをもつ重要性を認識しながらも,つながりがもてない現実がある】と,近隣でつながりを持って生活することの困難さを経験していた.高齢者は〈昔は近所にたくさん同郷出身者がいた〉と認識していたが,「町内会の集まりに出たってしょうがない」と,同郷出身者以外との〈近所づきあいはあまりない〉生活を送っていた.一方で,「地域に入って自分から積極的にしないと,やっぱり孤立していく」という危機感をもち,〈自分たちも日本社会に出た方がいい〉と考えていた.また,介護保険サービスの利用では,「(自宅に)来てくれるのは構わないけど,(デイサービス等に)行ってまではやりたくない」と〈自宅に来るのは構わない〉という思いと,「自分が嫌でも(サービスを)利用せざるを得ない」と,〈嫌がっても仕方がない〉と現状を受け止めていた.このように,高齢者は若い頃のような同郷者同士のつながりだけで生活を維持することの困難さを感じていた.一方で,〈年齢の下の人との人間同士の関係への期待〉や〈三世になってくると違ってくる〉という思いから,子どもの世代では日本社会とのつながりを持っていくことを期待していた.

3. 置かれている状況に関する認識と行動の経験

定住コリアン高齢者は,自身が社会の中で置かれている現状を【よりどころがない】と捉えていた.高齢者は,〈孤立することへの不安〉はあるが,〈昔から比べれば,サービス的なものは分け隔てなくやってくれている〉と,過去の状況から考えると良い方向へと変化していることを実感し,〈日本人と同じだと安心する〉ようになっていた.一方で,介護保険について〈ただお金をとられているだけ(という認識)〉をもち,「何のために介護保険料払っているかわからない」,「今になって,国が誰でもいいから払うようにと言っている」と,日本の社会保障制度の対象者ではなかった時期があったことを認識しており,〈不公平感を感じる〉とも捉えていた.さらに,高齢者は〈同郷者への期待感とあきらめ〉の気持ちを表出していた.例えば,介護保険などを利用する際には「家族の助けがなければ本人ではできない」ことから〈家族の助けが必要〉と認識し,〈子どもは親をみてあたりまえ〉と捉えており,〈子どもからの経済的支援への期待〉をもっていた.また,高齢者は「家族の支えがないといけない」という考え方や経済的に厳しい状況から,〈家族がほっとかない〉と,家族からの支援を当然として捉えていた.一方で,「子どもが看てくれたらいいなって思うけど,負担はかけたくないと思う」ことから,〈やっぱり介護保険は必要〉とも認識していた.

定住コリアン高齢者は,【アイデンティティが一つだけではない】という,多様な帰属意識を有していることも抽出された.高齢者は,自身のことを「ナショナルアイデンティティは韓国人,エスニックアイデンティティは在日韓国人」と語り,アイデンティティの認識は多様であった.これは,「この年になると,これがいい,これが悪いって言えない」と年齢を重ねたことから〈それぞれの思いがある〉ことや,「家族もみんな日本生まれ,日本育ちだし,そういう意味で在日の立場で物事を考える」と日本人でも韓国人でもなく〈韓国人なんだけど,在日韓国人〉と自身のアイデンティティを認識していた.

また,定住コリアン高齢者は,「そこ(韓国)に生活の拠点はない」という認識や「韓国に行っても韓国にいる韓国人と違うと思う」ことから,【社会へのあきらめの気持ちから,地域に少しずつ染まる】ようにしていた.高齢者は〈通称名だといろいろと面倒くさい〉と感じながらも,「仕事でも同じ年齢くらいの相手だと,向こうの人とはやりたくないと言われる」ことから,特に仕事の際には〈通称名でやらないと,全部だめになる〉と認識していた.また高齢者は,普段の生活では「自宅でも外でも全部日本語」と,日常的に日本語を主に使用ており,このことを〈日本語に慣れ過ぎた〉と感じていた.さらに,「頭の中は日本人じゃないけど,実際にやっていることは日本人と同じ」と語っており,精神的な葛藤を抱えながらの生活を〈いくらあらがっても,やっていることは日本人と同じ〉と認識していた.

Ⅴ. 考察

1. 見えにくい生活上の困難さ

地域で生活する人びとの健康に関連する生活上の困難さについては,高次脳機能障害者の障害により抱えている生活上の問題のわかりづらさの実態(山田,2011)や,社会的にマイノリティに属する人々の健康に関わる生活上の課題や困難は顕在化しにくいとの報告がある(三本松,2008).本研究でも,定住コリアン高齢者は,日本人とは異なる文化や習慣を有するものの,外見上は日本人との相違が見えにくく,かつ民族的背景を公にしていないことや,日本社会とのつながりを持ちにくいことなどから,彼らが抱える健康に関わる課題が顕在化しにくい集団であると考える.

2. 健康に関連する情報活用の困難さ

本研究の結果より,定住コリアン高齢者が健康に関連する情報の獲得や利用が困難な中で生活している実態が浮き彫りとなった.経済的な不安定さと言語的な障壁を抱えていることは,金銭的,物質的な困窮を抱えるだけではなく,人間関係や社会の仕組みから排除されやすく(岩田,2008阿部,2011),身体的,精神的健康に加え,社会的健康を獲得することの障壁となり,健康に関連する生活上の困難さを助長すると考える.

経済的な不安定さとして,収入がないことで生活が厳しく,その背景の一つに,研究参加者全員が無年金であったことがあげられる.また,本研究の参加者のうち,約8割が子どもと同居していたが,半数がパートタイムの職業に従事していた.先行研究では,定住コリアン高齢者の所得について,自身で働いて収入を得ている者が最も多く,一か月の収入が10万円を切る世帯が約4割を占めていることが報告されている(金,2011).内閣府の調査では,経済的な暮らし向きに心配ないと感じる高齢者は約7割で,公的年金および恩給の総所得に占める割合は8割以上となっていた(内閣府,2015).しかし,定住コリアン高齢者の介護保険サービス利用意向に関する調査では,約半数は暮らし向きが苦しいと報告されている(李,2007).

言語的な障壁では,単に日本語がわからないということだけではなく,読み書きができないことにより様々な情報を自ら得ることが困難な現状があった.庄司・金(2006)は,言語的障壁を抱える一世の定住コリアンは,これまで子どもの助けがないと医療や福祉サービスを利用することが困難であったが,近年では行政や医療機関等では通訳の配置なども増えていることを報告している.しかし本研究では,読み書きができないことを補うのは,母国語での対応だけでなく,支援者がそれぞれの高齢者の背景を十分に理解した上で,個々の状況にそってわかりやすく丁寧に対話をすすめることの必要性が特徴として明らかとなった.

3. 地域社会とのつながりをもつことの困難さ

定住コリアン高齢者は,相互の直接的なやり取りが生じる場や,自身の立場が保障されていない場へ自ら積極的に入っていくことは難しく,地域社会でよりどころがないと捉えていた.このような生活上の困難さへの対処の一つとして,地域に少しずつ染まるという認識をもつようになっていた.また,日本社会の中で蓄積された経験から,年齢を重ねても,文化的な差異や歴史的な経緯に伴い生じるアイデンティティのゆらぎがあることが,推察された.

個人の民族的アイデンティティは,生活場面に応じて多様性をもつといわれている(リングフォーファー,2001).日系ペルー人の健康や生活の変容を追った調査では,エスニシティ,言語いずれも二世以降で変容し,これまで固定的で連続性を中心に据えていたものが,現実の生活の場でつくられていくことが報告されている(柳田,1997).しかし,本研究での研究参加者の半数以上が在日二世であったが,地域社会で相互のやりとりが生じる場面や,自身の立場が保障されていると実感しにくい場面での他者との関係構築を困難と認識していた.これらのことから,無年金の定住コリアン高齢者は,地域社会から孤立しやすい状況にあることが推測された.

4. 看護職の支援のあり方と今後の課題

定住コリアン高齢者の健康に関連する生活上の困難さを軽減するためには,看護職が対象者の文化的な背景を理解して,仲介役や橋渡しの役割を担う必要がある.例えば,地域社会とは関係を持つことを好まない高齢者には,地域住民と直接的につながりを持つような働きかけよりも,その高齢者が関わる同郷者の集まりなどを介して,間接的に地域社会とつながるような支援が有効であると考える.さらに,個々への支援だけでなく,地域づくりの一環として住民や関係組織等へ働きかけていくことも必要である.また,定住コリアン高齢者だけでなく,高齢の定住外国籍住民が,孤立せずに住み慣れた地域での生活が継続できるように支援することが重要である.今後,地域包括ケアシステムを構築する上でも,高齢の定住外国籍住民の文化的な背景を理解し,地域社会とのつながりをつくる支援がさらに求められると考える.

本研究の研究参加者については,在日一世または二世といった世代は限定しなかった.一世と二世以降では,文化的な背景や経済状況が変化することも報告されている(Algan et al., 2010)ことから,二世以降の対象にも着目し,予防的な視点で健康に関連する生活上の課題を把握する必要がある.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:COは,研究の着想と企画,データ収集,分析,解釈,論文執筆を担当した.ESは,データの分析と解釈,原稿内容への重要な知的改訂を担当した.なお,著者らは最終原稿を読み,承諾した.

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