日本看護科学会誌
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原著
学齢期の発達障害児をもつ母親の推論の誤りと抑うつおよび養育態度の関連
速水 恵美千々岩 友子
著者情報
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2017 年 37 巻 p. 288-297

詳細
Abstract

目的:学齢期の発達障害児をもつ母親の推論の誤りと抑うつおよび養育態度との関連を明らかにした.

方法:学齢期の発達障害児をもつ母親473名に推論の誤り,抑うつ,養育行動に関する尺度の自記式質問用紙調査を行った.

結果:有効回答(率)は179部(37.8%)であった.母親の推論の誤りは,「選択的注目」に含まれる項目得点が高く,相談者がいない母親は,いる母親と比べ推論の誤りが強かった.「恣意的推論」「過度の一般化」「完全主義的思考」「選択的注目」の推論の誤りは,養育態度へ直接負の影響があったとともに,抑うつをきたすことで,さらに負の影響があった.つまり4つの推論の誤りが強く,抑うつ傾向である母親ほど,否定的養育態度を示した.

結論:看護師は,母親の推論の誤りをアセスメントし,学齢期の発達課題を達成し難い子どもを養育する母親の心情を理解し,母親が客観的に子どもの成長や養育態度を捉えられるような認知療法的な支援を行うことが求められる.

Ⅰ. 緒言

近年,学校現場や家庭での不適応や問題行動において,自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder:以下ASD)や注意欠如・多動性障害(Attention Deficit-Hyperactivity Disorder:以下ADHD)などの発達障害の存在が指摘されている.義務教育段階における児童の約2.7%は,特別支援学校および特別支援学級や通級での指導を受けており(文部科学省,2011),通常学級に在籍する児童のうち,発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童は約6.5%に上る(文部科学省,2012).

ASD児の社会性の障害によるコミュニケーションの困難さや強いこだわり,およびADHD児の不注意や強い衝動性は,不登校,引きこもり,各種精神神経的症状,いじめ,虐待などの社会的不適応の原因になりうる(横谷ら,2010).また学齢期以降の発達障害児の問題行動には,怒りや不安の問題が少なからず絡み,子どもは困っているSOSサインをいわゆる問題行動として表現するため,第三者からみれば問題行動ということになる(明翫,2014).したがって発達障害児をもつ母親が,子どもの養育に対し不安やストレスを抱くことは想像に難くない.それを裏付けるように,発達障害児の母親は,障害のない児の母親よりも有意に不安や抑うつが高いことが明らかにされている(野邑・辻井,2006).

発達障害児をもつ親への支援の一つにペアレントトレーニングがある.ペアレントトレーングは,親が子どもに応じた関わり方を身に着けることで子どもの不適応行動を減らし,適応行動を増やすことが目的である.またこれは,行動療法に基づいた集団プログラムであり,子どもの問題行動の軽減により,母親の養育に関するストレスが軽減される(岩坂,2011津田ら,2012).しかしペアレントトレーニングを実践したものの,母親が子どもの問題行動に直面した際,怒りや抑うつが喚起され,習得した対処行動が機能的に遂行できないことが指摘されている(宮澤ら,2012).つまりペアレントトレーニングの効果の阻害要因として,母親の抑うつがある(免田,2011).一方,発達障害児をもつ母親が被害的な認知をしないことが,児童の問題行動を生じさせない防御要因になっていることも明らかにされている(和久田ら,2012).よって母親の認知のあり様が子どもへのかかわり方に影響を及ぼしていることが考えられる.

被害的認知のように誤った認知のあり様,つまり推論の誤りは,外部情報に対する特徴的な推論の様式のことである.推論の誤りは,気分や行動に影響を及ぼす(Beck et al., 1979/2007)ことから,母親の抑うつや養育態度に影響していることが推察される.しかしながら,発達障害児をもつ母親にみられる推論の誤りや推論の誤りと抑うつおよび養育態度の関連についての研究は見あたらない.産後や子どもの幼児期において親の抑うつが養育態度に影響を及ぼすことが示されている(安藤・無藤,2009佐藤ら,2013)が,学齢期の発達障害児の母親を対象とした調査はみられない.

学齢期は,家庭から学校生活が中心となり,集団社会を通して良心,道徳心,物事の価値尺度を徐々に身につける(市川ら,2004)課題がある.しかし特に社会性の障害が中核とされる学齢期の発達障害児にとっては,課題を達成することが困難であり,つまずきを体験しやすい(平山,2011).ゆえに学齢期の発達障害児をもつ母親は,子どもの危機的状況を目の当たりにし,母親自身の気分や行動に影響を受けていることが推察される.つまり母親の抑うつや養育態度への影響である.よって,本研究は学齢期に焦点をあてることにした.

したがって,本研究では学齢期の発達障害児をもつ母親の推論の誤りと抑うつおよび養育態度との関連を明らかにする.この関連が明らかにされることは,看護師が,母親の認知を把握し気分と行動から引き起こされる抑うつや虐待などを予測できることにつながり,母子保健の向上に貢献すると考える.

Ⅱ. 用語の定義

Beck(1979/2007)らの理論は,認知を抑うつスキーマ,推論,自動思考という3つのレベルに分けて捉えており,推論とは認知操作ともいい,外部からの情報を変換する認知的な過程を指す.特に,抑うつには,否定的な偏りをもつ体系的な推論の誤りがあると言われている.よって本研究における推論の誤りとは,外部からの情報処理の誤りを指し,抑うつに見られるような体験した出来事を否定的に歪めて捉える推論の様式のこととする.

Ⅲ. 方法

1. 対象者

医療機関においてASD,ADHDの発達障害の診断を受けて通院している学齢期の子どもをもつ母親であり,知的,判断能力に問題がなく,質問紙の実施による病状や精神状態の悪化のおそれがないことを主治医より了承を得た者とした.なお学齢期とは,義務教育期間のことである.

2. データ収集方法と期間

発達障害児を診察している医療機関3施設の管理者および主治医に研究の協力を依頼し許可を得た.さらに主治医に,対象者の選定について説明を行い,主治医又は研究者が主治医の了承を得た後に,対象者に調査協力依頼と参加の意思を確認した.同意が得られた対象者に無記名自記式質問紙を配布し,医療機関で回収もしくは郵送で返送を依頼した.調査期間は2014年12月~2015年9月とした.

3. 調査内容

1) 対象者の背景

発達障害児をもつ母親の年齢,子どもの対応や子育てに悩んだ時に相談できる相手の有無(以下相談者)と相談相手,子どもの対応方法についての教育や治療プログラムを受けた経験(以下専門機関による教育経験)の有無と種類,精神科受診歴の有無について質問した.

2) 推論の誤り

丹野ら(1998)が作成した推論の誤り尺度(Thinking Errors Scale:以下TES)を使用した.19項目について,どの程度あてはまるか4件法で回答する.この尺度は,根拠もないのに否定的な結論を引き出す「恣意的推論」,1つの経験から得られた結果を他の経験にもあてはめ決めつけてしまう「過度の一般化」,否定的な出来事が自分のせいで起きてしまったと解釈する「個人化」,自己や他者に関する物事の重要性や評価を誤る「拡大解釈と過小評価」,物事の白黒をつけないと気がすまない「完全主義的思考」,些細な否定的なことだけを重視する「選択的注目」の6つの因子から構成される.TESのとりうる値は19~76で,40~56の範囲に半数以上の被験者が入る.得点が高いほど推論の誤りが強く,信頼性と妥当性は確認されている.

3) 抑うつ

うつ病(抑うつ状態)自己評価尺度(The Center for Epidemiologic Studies Depression Scale:以下CES-D)を使用した.これは16の否定的項目と4つの肯定的項目の20項目からなる.1週間のうち,質問項目にあてはまる症状がどの程度あったかについて4件法で回答する.16点以上で抑うつ傾向となり,高得点ほど抑うつ状態が強くなる.信頼性と妥当性は確認されている(島ら,1985).

4) 養育態度

肯定的・否定的養育行動尺度(The Positive and Negative Parenting Scale:以下PNPS)を基に質問紙を作成した.PNPSは,学齢期の子どもをもつ母親の養育態度が測定でき,子ども中心の養育行動である「肯定的養育」と親中心の養育行動である「否定的養育」の2次因子で規定され,信頼性と妥当性は確認されている(伊藤ら,2014).本尺度は,肯定的養育20項目,否定的養育15項目の計35項目で構成される.しかし回答数が多く対象者の負担感を考慮し,尺度開発論文に記載されていた因子分析における各項目の因子負荷量が1次,2次ともに0.40以上のものを選択し,肯定的養育10項目,否定的養育9項目の計19項目を使用した.

なお,上記3つの尺度は,使用,および改変に際して,尺度開発者や出版社の承諾を得た.

4. データ分析

発達障害児をもつ母親の推論の誤りの特徴を探るため,対象者の背景とTESについて記述統計を算出した.相談者や専門機関による教育経験の有無と種類,精神科受診歴の有無などの背景については,TES得点の平均値の比較をt検定で,年齢はSpearmanの順位相関を用いて観察した.なお該当数が少ない項目がありノンパラメトリック分析でも行ったが,有意差に相違は見られなかった.さらに推論の誤りと抑うつおよび養育態度における関係をSpearmanの順位相関で確認し,モデル検討を共分散構造分析で行った.共分散構造分析を用いた解析にはAMOS Ver. 23,他の解析にはSPSS Ver. 23を使用し,統計的な有意水準(両側)は5%とした.

5. 倫理的配慮

本研究は浜松医科大学医の倫理委員会(承認番号:第E14-134号),および協力施設の倫理審査委員会の承認を得て行った.研究の目的,方法,研究参加の自由意思,プライバシーの保護,匿名性の確保,データ管理・破棄は研究者が責任をもつこと,研究成果の公表方法,質問紙の回収をもって同意が得られたとみなすことを文書に明記した.質問紙の回答および郵送によって研究参加の同意が得られたと判断した.

Ⅳ. 結果

1. 対象者の概要

473名に配布し,回収した250部(回収率52.8%)のうちから,無記入や回答に不備のあったものを分析対象から除外し,179部(有効回答率37.8%)のデータを分析対象とした.対象者の平均年齢は40.94 ± 5.91歳であった.精神科受診歴がある対象者は77名であり,全体の43.0%であった.また抑うつ傾向を示した対象者は,66名であり,全体の36.9%であった.

2. TES回答分布と平均値(表1

TES合計点の平均値は,43.23 ± 11.26点,TES各項目の平均点の平均値は2.30 ± 0.72点であった.また内的整合性を検討するために各因子のα係数を算出した.「拡大解釈と過小評価」以外は,α係数が0.7以上と十分な値を示したため,「拡大解釈と過小評価」を除いた5因子を採用した.

表1 TESの回答分布(n = 179)
質問項目 全くあてはまらない(1点) あまりあてはまらない(2点) ややあてはまる(3点) 全くあてはまる(4点) 平均点 標準偏差
恣意的推論(α = .84)
1 証拠もないのに,自分に不利な結論をひきだすことがある 36(20.20) 74(41.60) 56(31.50) 13(7.30) 2.26 0.86
3 根拠もないのに,悲観的な結論を出してしまうことがある 20(11.20) 75(42.10) 62(34.80) 22(12.40) 2.48 0.85
14 根拠もないのに,人が私に悪く反応したと早合点してしまうことがある 33(18.50) 77(43.30) 52(29.20) 17(9.55) 2.30 0.88
19 根拠もないのに,事態はこれから確実に悪くなると考えることがある 52(29.20) 79(44.40) 32(18.00) 16(8.99) 2.07 0.91
合計 2.27 0.73
過度の一般化(α = .81)
2 何か友達とトラブルがあると「友達が私を嫌いになった」と感じてしまうほうである 16(8.99) 71(39.90) 73(41.00) 19(10.70) 2.53 0.80
4 ちょっとした小さな失敗をしても,完全な失敗だと感じるほうである 29(16.30) 75(42.10) 53(29.80) 22(12.40) 2.38 0.90
10 何か悪いことが一度自分に起こると,何度も繰り返しておこるように感じるほうである 34(19.10) 72(40.40) 51(28.70) 22(12.40) 2.34 0.92
11 たったひとつでも良くないことがあると,世の中すべてそうだと感じてしまう 72(40.40) 71(39.90) 23(12.90) 13(7.30) 1.87 0.90
12 わずかな経験から,広範囲のことを安易に結論してしまうほうである 35(19.70) 88(49.40) 48(27.00) 8(4.49) 2.16 0.79
16 ちょっとした小さな成功をすると,完全な成功だと感じるほうである 44(24.70) 107(60.10) 24(13.50) 4(2.25) 1.93 0.68
合計 2.20 0.61
個人化(α = .74)
5 自分に関係がないとわかっていることでも,自分に関係づけて考えるほうである 28(15.70) 78(43.80) 58(32.60) 15(8.43) 2.34 0.84
18 何か悪いことが起こると,自分には責任がないとわかっていることでも,何か自分のせいであるかのように考えてしまうほうである 30(16.90) 67(37.60) 58(32.60) 24(13.50) 2.42 0.92
合計 2.38 0.79
拡大解釈と過小評価(α = .48)
6 他人の成功や長所は過大に考え,他人の失敗や短所は過小評価するほうである 17(9.55) 90(50.60) 64(36.00) 8(4.49) 2.35 0.71
15 自分の失敗や短所は過大に考え,自分の成功や長所は過小評価するほうである 16(8.99) 76(42.70) 64(36.00) 23(12.90) 2.53 0.83
合計 2.44 0.63
完全主義的思考(α = .83)
7 物事は完璧か悲惨かのどちらかしかない,といったぐあいに極端に考えるほうである 64(36.00) 65(36.50) 34(19.10) 16(8.99) 2.01 0.95
13 物事を極端に白か黒かのどちらかに分けて考えるほうである 50(28.10) 61(34.30) 49(27.50) 19(10.70) 2.21 0.97
合計 2.11 0.90
選択的注目(α = .70)
8 自分に不利なことは,些細なことでも,気になるほうである 10(5.62) 64(36.00) 82(46.10) 23(12.90) 2.66 0.77
9 何か良い出来事があっても,それを無視してしまっていることがある 57(32.00) 88(49.40) 29(16.30) 5(2.81) 1.90 0.77
17 たったひとつの良くないことにこだわってしまい,そればかりクヨクヨと考えるほうである 22(12.40) 54(30.30) 74(41.60) 29(16.30) 2.61 0.90
合計 2.39 0.65
合計 43.23 11.26
平均 2.30 0.72

TESの項目別では,選択的注目である「自分に不利なことは,些細なことでも,気になるほうである」,「たったひとつの良くないことにこだわってしまい,そればかりクヨクヨと考えるほうである」が高い得点を示した.

3. 対象者の背景によるTESの比較(表2

相談者の有無では,相談者有は無に比べてTES平均値が有意に低かった(P < 0.01).相談相手別では,「自分の親」(P < 0.01),「友人」(P < 0.001),「病院職員」(P < 0.05)への相談有は無に比べてTES平均値が有意に低かった.また相談相手として「夫」が最も多かったが,相談の有無でTES平均値に有意差はなかった.専門機関による教育経験は,経験の有無でTES平均値に有意差はなかった.精神科受診歴は,受診歴有は無に比べてTES平均値が有意に高かった(P < 0.001).

表2 対象者の背景によるTESの比較(n = 179)
対象者の背景 度数 % 平均値 標準偏差 t値(r値) P
年齢 179 100.0 43.23 11.26 r = –.16 .031 * 1)
相談者 167 93.3 42.57 11.03 –2.96 .003 ** 2)
12 6.7 52.33 10.95
相談相手
107 59.8 42.06 10.69 1.71 .089
72 40.2 44.97 11.92
自分の親 91 50.8 40.91 10.95 2.86 .005 **
88 49.2 45.63 11.13
夫の親 28 15.6 41.50 10.94 0.88 .378
151 84.4 43.55 11.32
隣人 16 8.9 40.06 12.69 1.18 .240
163 91.1 43.54 11.10
友人 99 55.3 39.81 9.95 4.79 .000 ***
80 44.7 47.46 11.41
学校職員 87 48.6 42.15 10.61 1.25 .213
92 51.4 44.25 11.81
病院職員 66 36.9 40.70 9.31 2.33 .021 *
113 63.1 44.71 12.05
施設職員 34 19.0 43.71 10.16 –0.27 .785
145 81.0 43.12 11.53
その他 22 12.3 42.14 8.25 0.48 .628
157 87.7 43.38 11.63
専門機関による教育 95 53.1 41.78 10.48 –1.84 .067 2)
84 46.9 44.87 11.93
疾患教育 45 25.1 42.38 10.78 0.59 .559
134 74.9 43.51 11.44
ペアレント・トレーニング 55 30.7 41.56 9.42 1.32 .188
124 69.3 43.97 11.95
家族会 17 9.5 39.59 10.55 1.41 .162
162 90.5 43.61 11.29
認知行動療法 0 . . . . .
179 100 43.23 11.26 . .
社会生活技能訓練 5 2.8 41.20 9.60 0.41 .684
174 97.2 43.29 11.32
その他 7 3.9 37.14 11.88 1.46 .145
172 96.1 43.48 11.20
精神科受診歴 77 43.0 48.38 11.76 5.78 .000 *** 2)
102 57.0 39.34 9.16

1)Spearmanの順位相関 2)t検定

*P < .05 **P < .01 ***P < .001

4. 養育態度の因子構造(表3

探索的因子分析を行い構成概念の妥当性を確認した.因子分析は,主因子法,promax回転により行い,伊藤ら(2014)の因子構造と一致することを確認した.各因子のα係数は0.84~0.90であり高い内的整合性を示した.

表3 養育態度の因子分析(promax回転後の因子パターン)(n = 179)
項目 第1因子 第2因子 共通性
Ⅰ 否定的養育態度(α = .90)
3 子どもが言うことを聞かないとき,頭に血が昇り,冷静さを失う .82 .01 .68
5 子どもが悪いことをしたときには,大声で怒鳴る .81 .09 .63
4 子どもに対して,乱暴な言葉遣いになる .79 .03 .61
1 子どもを叱ったりほめたりする基準が,その時の気分で左右される .76 –.03 .59
18 子どもへの叱り方が,自分の気分によって変わる .76 –.07 .60
17 ちょっとしたことでも口やかましくなる .70 .06 .48
8 個人的なイライラを子どもにぶつけてしまうときがある .68 –.05 .48
13 子どもに対して,長時間説教をしたり,文句を言い続ける .60 .09 .34
14 しつけとして,子どもの頭や体を叩くことがある .48 –.06 .25
Ⅱ 肯定的養育態度(α = .84)
7 子どもが何かをしてくれたときに,ありがとうと言う .08 .73 .52
11 子どもが何かうまくできたときには,ほめてあげる –.06 .71 .52
16 子どもが喜んでいるときには,一緒になって喜ぶ –.14 .66 .49
12 子どもが遊ぶ友達のことをよく知っている .04 .62 .38
6 子どもと学校での出来事や友達のことについて話す –.02 .62 .39
9 子どもが放課後,何をしているのか把握している .10 .61 .36
19 おもしろいことを子どもと一緒に笑う –.08 .59 .37
10 子どもと一緒に遊んだり,楽しいことをする –.12 .55 .35
2 頭をなでる,抱き合う等のスキンシップをする .10 .49 .23
15 子どもが出かけるときは,行き先や帰る時間を聞く .13 .44 .19

因子間相関 –0.21

5. TES,CES-D,養育態度の関連(表4

TESの各因子「恣意的推論」「過度の一般化」「個人化」「完全主義的思考」「選択的注目」とCES-Dにそれぞれ有意な正の相関があった(r = 0.41~0.60, P < 0.001).TESの各因子と養育態度では「恣意的推論」「過度の一般化」「完全主義的思考」「選択的注目」と否定的養育態度に有意な正の相関があり(r = 0.26~0.32, P < 0.001),肯定的養育態度と有意な負の相関があった(r = –0.30~–0.24, P < 0.01).しかし「個人化」は養育態度と有意な相関を示さなかった.

表4 TES,CES-D,養育態度のSpearmanの順位相関(n = 179)
TES 恣意的推論 過度の一般化 個人化 完全主義的思考 選択的注目 CES-D 養育態度
否定的養育態度 肯定的養育態度
TES .91*** .91*** .77*** .76*** .85*** .58*** .29*** –.27**
恣意的推論 .81*** .65*** .64*** .72*** .60*** .32*** –.30**
過度の一般化 .62*** .63*** .73*** .49*** .30*** –.24**
個人化 .51*** .59*** .41*** .05 –.11
完全主義的思考 .63*** .50*** .30*** –.30**
選択的注目 .50*** .26*** –.26**
CES-D .28*** –.40**
養育態度
否定的養育態度 –.16*
肯定的養育態度

*P < .05 **P < .01 ***P < .001

6. 推論の誤り,抑うつ,養育態度の因果モデルの検討(図1

推論の誤りと抑うつおよび養育態度における因果モデルを検討するため,これまでの分析で有意な関連がみられた項目について共分散構造分析を行った.「恣意的推論」「過度の一般化」「完全主義的思考」「選択的注目」,「抑うつ(CES-D)」,「否定的養育態度」「肯定的養育態度」,「精神科受診歴」,相談相手が「自分の親」「友人」「病院関係者」を観測変数とした.潜在変数を「推論の誤り」「養育態度」「相談者」として分析した.分析の結果,モデルの適合度はGFIが0.955,AGFIが0.928,RMSEAが0.022であり,データの当てはまりは良好であると判断した.標準化係数については,「推論の誤り」から「恣意的推論」「過度の一般化」「完全主義的思考」「選択的注目」は0.75~0.91となった.「推論の誤り」から「抑うつ(CES-D)」は0.67,「推論の誤り」から「養育態度」は–0.50,「抑うつ(CES-D)」から「養育態度」は–0.59であり,いずれも有意な関係がみられた(P < 0.001~0.05).さらに「推論の誤り」は「養育態度」へ直接,負の影響(–0.50)を与えていたが,「推論の誤り」から「抑うつ(CES-D)」を介することで「養育態度」に対してより負の影響が強まる(–0.59)ことも示された.「相談者」から「自分の親」「友人」「病院関係者」は0.32~0.61であり,「相談者」から「推論の誤り」は–0.65であった.なお決定係数(R2)は推論の誤りが0.43,抑うつ(CES-D)が0.44,養育態度が0.98であった.

図1

推論の誤り,抑うつ,養育態度の因果モデル(n = 179)

Ⅴ. 考察

1. 発達障害児をもつ母親の推論の誤りの特徴

発達障害児をもつ母親において,選択的注目である「自分に不利なことは,些細なことでも,気になるほうである」や「たったひとつの良くないことにこだわってしまい,そればかりクヨクヨと考えるほうである」という推論の誤りが他の推論の誤りよりも高かった.発達障害児をもつ母親は,子どもが乳幼児の頃から養育の困難さを抱き(中田,2014),子どもの症状について周囲から親の育て方の問題として非難されることもある(永田,2014).さらに子どもが学齢期になると,母親は,子どもを介した母親同士のつきあいがなくなり,社会的孤立を招きやすい(木戸ら,2005).つまり母親は,これまでの育児経験から自責や罪業感を抱きやすく,否定的な側面について一人で抱え込み,反芻していることが推察される.したがって些細な否定的な側面だけを重視し続けてしまう母親の苦悩に理解を示し,状況や出来事が母親にとって不利なものであるか共に検証し,否定的な要素だけに着目しすぎないような物事の捉え方の支援が必要である.

2. 対象者の背景および抑うつによる推論の誤りの比較

子どもの対応や子育てに悩んだ時に相談できる相手がいない母親は,いる母親より推論の誤りが強かった.さらに「友人」,「自分の親」,「病院職員」が相談相手になっている母親は,これらに相談していない母親より推論の誤りが弱いことが示された.相談ができる「友人」は悩みを打ち明けられる人物であり,「自分の親」は子育ての先輩,「病院職員」は発達障害について専門的知識のある人々である.このような人々に相談することは,悩みの問題解決のみならず,子育ての難しさが共感され,信頼関係の構築とともに,自己の認知の偏りの修正にもつながることが考えられる.

推論の誤りは,治療者とのあたたかさや共感などに基づいた信頼関係を基本的要件として(Beck, 1995/2004),自己の行動や認知の偏りに気づき,適応的な考え方を身につけることで修正(坂野,1995)される.よって発達障害児の母親は,自分が子どもの対応や子育てに悩んだ時に相談に乗ってくれる人がいることで,相談の過程において物事の捉え方が偏らないようになっている,あるいは偏ってしまった認知が修正されていることが推察される.しかし母親と相談者との間で,どのような関わりや対話があり,推論の誤りに影響を与えているのかは不明であり,詳細な語りの分析が必要である.

精神科受診歴がある母親は,ない母親に比べTES平均値が有意に高かった.また全体のTES合計平均値は,半数以上の被験者が入るとされる40~56の範囲であったが,抑うつ傾向の母親は全体の36.9%であった.抑うつの背景要因として推論の誤りが位置付けられている(Beck et al., 1979/2007)ことから,精神科受診歴のある母親は抑うつ傾向である,もしくは抑うつ傾向になるリスクがあると考えられる.現に抑うつ症状(current depression)のある母親は,否定的養育態度と関連があることが示されている(Lovejoy et al., 2000).したがって看護師は,精神科受診歴がある母親については,推論の誤りの程度と抑うつ傾向を把握し,母親自身が物事の捉え方の特徴に気づき,肯定的な捉え方を獲得できるような相談支援を行う必要がある.

3. 推論の誤りと抑うつおよび養育態度との関連

推論の誤り,抑うつ,養育態度の関連について,パス図の解析より措定した因果モデルのデータ適合度は良好であった.「恣意的推論」「過度の一般化」「完全主義的思考」「選択的注目」は,養育態度へ直接,負の影響があったとともに,抑うつをきたすことで,さらに養育態度に負の影響があった.よって「恣意的推論」「過度の一般化」「完全主義的思考」「選択的注目」の推論の誤りが強く,抑うつ傾向である母親ほど,否定的養育態度の傾向であることが示された.

この4つの推論の誤りは,根拠が十分に得られないままに,否定的な出来事を極端に捉えることを示す.学齢期の発達障害児は,本来この時期に身につける社会性,自己効力感,勤勉性が獲得できず,孤立感や劣等感を深め,不登校や家庭内暴力などの二次障害を発症するリスクが高い(平山,2011).よって母親は,推論の誤りと相まって,より子どもの反応を否定的に捉え養育態度に影響していることも推察される.発達障害児の母親は,子どもの反応に対する被害的認知をもつことによって,虐待につながることも指摘されている(中谷・中谷,2006)ことからも支持できる.つまり母親の根拠のないまま極端に否定的に出来事を捉えるという誤った推論が子どもに向けられていることが考えられる.

一方,同じ推論の誤りでも「個人化」は,否定的・肯定的養育態度に有意な相関を示さなかった.「個人化」は,否定的な出来事が自分のせいで起きてしまったと解釈することである.したがって「個人化」の推論の誤りをもつ母親は,子育てで困難場面に直面したとき,自責に基づいた認知や行動をとり,子どもに対して叱責や厳しい躾といった否定的養育態度になりにくいことが考えられる.しかし,ここで重要なのは,否定的養育態度を示した結果が,母親自身の自己評価によるということである.本研究の対象者の36.9%は抑うつ傾向であった.抑うつ傾向にある母親と第三者による子どもの行動評価の比較では,抑うつ傾向にある母親は第三者より否定的な評価をするというずれが見られた(Terry & Stephen, 2002).つまり母親の抑うつ症状によって,否定的思考という推論の偏りをきたし,自己の養育に対して否定的に捉えてしまい,実際には,否定的養育に至っていないということも考えられる.したがって母親の推論の誤りの影響が子どもに向けられているか,自己に向けられているのかをアセスメントすることはもちろんのこと,母親の子どもの成長の捉え方や養育態度に影響を与える抑うつ状態も把握し,第三者からみた養育態度の客観的なフィードバックを行っていく必要がある.

4. 研究の限界と今後の課題

本研究は,医療につながっている発達障害児の母親を対象としているため,医療とつながりのない母親の推論の誤りは研究されていない.また子どもの人数や母親の子育て経験年数などの背景のデータは収集できていない.よって医療とつながっていない発達障害児の母親のデータも収集し,母親の置かれた環境も含めて分析を行う必要がある.

学齢期の発達障害児をもつ母親の推論の誤りについて調査し,推論の誤りが抑うつや否定的養育態度に影響していたことが明らかになった.よって看護師は,母親の推論の誤りをアセスメントし,学齢期の発達課題を達成し難い子どもの養育に携わる母親の心情を理解し,客観的に子どもの成長を捉えられるような支援,いわゆる認知療法的な専門的な関わりが求められる.平成28年度の診療報酬改定では看護師が行う認知療法が評価されたことからも,更なる看護師の心理学的アプローチも精錬させていくことが重要である.

Ⅵ. 結論

1.学齢期の発達障害児をもつ母親においては,些細な否定的な側面だけを重視する「選択的注目」という推論の誤りが,他の推論の誤りよりも高かった.また相談者がいない母親は,いる母親と比べ推論の誤りが強く,さらに友人や自分の親,病院職員に相談している母親は,相談していない母親と比べ推論の誤りが弱く示された.

2.「恣意的推論」「過度の一般化」「完全主義的思考」「選択的注目」は,養育態度へ直接負の影響があったとともに,抑うつをきたすことで,さらに負の影響を示す因果モデルが明らかにされた.つまり上記4因子の推論の誤りが強く,抑うつ傾向である母親ほど,否定的養育態度であることが示された.よって看護師は,母親の推論の誤りをアセスメントし,学齢期の発達課題を達成し難い子どもの養育に携わる母親の心情を理解し,母親が客観的に子どもの成長や養育態度を捉えられるような認知療法的な支援を行うことが求められる.

謝辞:研究にご協力頂いた皆様,貴重なご助言をいただきました福岡大学医学部の吉永一彦先生および元浜松医科大学医学部の杉山登志郎先生に深く感謝申し上げます.本研究は,浜松医科大学医学系研究科に提出した修士論文の一部を加筆・修正したものであり,第35回日本看護科学学会学術集会で発表した.なお本研究は,浜松医科大学平成26年度大学院学生研究支援経費の助成を得て行った.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:EHは,研究の着想およびデザイン,統計解析,論文の作成を行った.TCは,論文への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承諾した.

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