日本看護科学会誌
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原著
「経験学習を基盤とした看護管理能力開発プログラム」に参加した就任初期の看護師長の経験学習の内容
―経験学習実行度の高かった上位10名の経験学習ノートの分析―
倉岡 有美子
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2017 年 37 巻 p. 364-373

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Abstract

目的:「経験学習を基盤とした看護管理能力開発プログラム」(以下,プログラム)に参加した就任初期の看護師長のうち経験学習実行度の高かった上位10名の経験学習の内容を明らかにすることである.

方法:プログラムに参加した看護師長63名中,経験学習実行度の高かった上位10名が経験学習ノートに記述した合計41事例を,経験学習の段階ごとに質的帰納的に分析した.

結果:看護師長の経験学習の内容として,看護師長が取り組んだ「挑戦的な課題」は7カテゴリーを,「内省」した内容は6カテゴリーを,挑戦的な課題から「獲得した知識・スキル」は6カテゴリーを,「異なる状況での試行」は2カテゴリーを生成した.

結論:看護師長は,本研究の経験学習の内容を自分の看護管理実践に取り入れることで自分自身の経験学習を促進させることができると考える.今後,経験学習を応用した看護師長の育成に本研究の結果を活用できると考える.

Ⅰ. 緒言

病院の中間管理者である看護師長の行動は,看護師のパフォーマンスや患者アウトカムに影響を与える(Shortell et al., 1994)ことから,看護師が提供する看護の質を左右するといっても過言ではない.看護師長の中でも,就任初期の看護師長は,中間管理者としての役割を果たすうえで多くの課題を抱える.まず,臨床の第一線を離れることに戸惑い(湯浅ら,2011),不安を抱えて十分な準備もなく管理職に就いている(Spehar et al., 2012),そして,スタッフナースとは異なる仕事の質と量や重責に圧倒されつつ,業務遂行している(吉川ら,2012)と指摘されている.それにもかかわらず,看護師長は看護部や上司から十分な支援を得られず(吉川ら,2012),能力開発の機会を求めている(湯浅ら,2011).看護師長を対象とした研究では,就任初期を昇任後3年未満(東堤ら,2012)と定義した.また,看護師長のキャリア発達過程では,「管理者としてのあり方を模索する」段階から「自分の管理スタイルの獲得」段階への移行が昇任後3年(水野,2013)であった.以上より,本研究では,特に支援を必要とすると考えられる就任初期の看護師長を対象とし,就任初期を看護師長就任後3年以内とした.

成人学習理論では,人が蓄積した経験が学習へのきわめて豊かな資源になること(Knowles, 1980/2002)が指摘されている.Kolb(1984)は,学習を「経験を変換することを通して知識を創造するプロセス」と定義し,循環型の経験学習モデルを提示した.このモデルは①具体的経験,②内省的観察,③抽象的概念化,④能動的実験の4段階で,人は4段階を繰り返すことで学習するとされている.Kolb(1984)は,このモデルにおいて経験よりも経験を内省し,経験から得た学びを実践知として導くプロセスを重視した.また,Kolb(1984)が示す具体的経験とは価値中立的なものを指すが,経営学では,管理者としての成長を促す仕事経験に着目し,「発達的挑戦」という用語(McCauley et al., 1994)で提示した.

これまで,看護師長の成長を促す仕事経験に着目した研究(水野,2013倉岡,2016)や,看護師長同士で経験を分かち合い実践知を得るプログラム(Cathcart & Greenspan, 2013)が報告されている.しかし,看護師長個人の経験から実践知を獲得するまでの詳細なプロセスについては十分に言及されてこなかった.本研究の対象者である看護師長は,職場において直面した課題の解決に向けて試行錯誤する中で実践知を生み出し,実践知を積み重ねながら看護管理能力を高めているといえる.成人学習者にとって,職場での経験から実践知を導くプロセスこそ学びの本質として指摘されており,看護師長が職場において経験から実践知を導くプロセスに着目することは,今後,看護師長の能力開発を支援する方策を検討するうえでも大きな意義を持つ.

そこで,本研究は,筆者が開発した「経験学習を基盤とした看護管理能力開発プログラム」(以下,プログラム)に参加した就任初期の看護師長のうち経験学習実行度の高かった上位10名に着目し,経験学習の内容を明らかにすることを目的とした.上位10名に着目した理由は,プログラム参加前と比べて頻繁に経験学習を実行するように変化した看護師長の経験学習の内容を明らかにすることで,今後,看護師長の経験学習を促進するための示唆を得られると考えたためである.

Ⅱ. 目的

「経験学習を基盤とした看護管理能力開発プログラム」に参加した就任初期の看護師長のうち経験学習実行度の高かった上位10名の経験学習ノートの記述内容から経験学習の内容を明らかにすることである.

Ⅲ. 方法

1. 用語の定義

就任初期:看護師長相当の職位に就いて3年以内を指す.

看護師長:医療機関において,中間管理者の立場にあり,看護部門の1つまたはそれ以上の看護単位の管理に責任をもつ看護師を指す.医療機関によっては同等の職位で「看護科長」等の名称を用いる場合もあるが,本研究では「看護師長」を用いる.

経験学習:個人が,挑戦的な課題に取り組み,その後に,取り組む過程での自分の思考,判断,行動,感情や課題発生原因を分析するという内省段階を経て,知識・スキルを獲得し,獲得した知識・スキルを異なる状況で試行することで,新たな挑戦的な課題への取り組みにつなげるという循環型のプロセスを指す.

2. 経験学習を基盤とした看護管理能力開発プログラム

筆者は,「就任初期の看護師長の経験学習を促進することで看護師長の看護管理能力を高めること」を目的に,本プログラムを開発した.プログラムの目的を具現化するために,教材として,経験学習ガイドブックと経験学習のプロセスを可視化するツールとしての「経験学習ノート」(以下,ノート)を作成した.プログラムの内容は,主に筆者による経験学習に関する情報提供とノートの提供であった.ノートの構成は,先行研究(倉岡,2016)を参考に,経験学習を,①私が直面した挑戦的な課題,②内省,③私が獲得した知識・スキル,④異なる状況での試行の4段階として,各段階について記述する欄を設けた.①~④の一連の記述を1つの事例とした.教材の内容妥当性および表面妥当性は,医療機関に勤務する看護師長1名,看護副部長1名,看護管理学を専攻する大学院生1名,看護管理学研究者1名,経営学研究者1名の計5名に検討を依頼し,修正を行った.プログラム開始時に,筆者が,看護師長と上司に筆者が開発した経験学習ガイドブックを手渡し,経験学習に関する講義を30分間行った.その際,筆者から参加者にノート記載例を示し,仕事をする中で対処困難であった,または,達成感や学びを得たことがあったら,一段落した後にノートの各段階の欄に記述するよう説明した.また,1か月間に1事例程度の記述を目安とするよう伝えた.プログラムの期間は4か月間であった.

3. 研究デザイン

質的帰納的研究

4. リクルート方法と研究対象

機縁法にて研究協力の得られた26施設に勤務する就任初期の看護師長73名に研究協力を依頼し全員から同意を得た.73名から,継続参加が困難となり研究参加の同意撤回がなされた10名を除いた63名中,プログラム参加前後の質問紙調査で,経験学習の実行度の測定尺度である経験学習尺度(木村,2012)の変化量増加が大きかった上位10名を本研究の対象とした.対象者がプログラム期間にノートに記述した合計41事例を分析対象とした.

5. データ収集方法

プログラム開始時に,研究者からプログラム参加者にメールに添付する方法でノートのフォーマットを送信した.プログラム開始後1か月毎に,参加者から研究者にメールに添付する方法で記述したノートを送信してもらい研究者が保管した.参加者がノートを送信する際に,パスワードを設定するよう依頼した.質問紙とノートには,参加者を識別する目的であらかじめIDを記載した.

6. データ収集期間

2016年2月~2016年8月であった.

7. 分析方法

萱間(2007)の分析方法を参考に,経験学習の①挑戦的な課題,②内省,③獲得した知識・スキル,④異なる状況での試行の段階ごとに,次の手順で質的帰納的に分析した.まず,ノートから,看護師長が取り組んだ挑戦的な課題に関する部分を抽出し要約してコード化した.各コードを比較検討し,類似した意味を持つものをまとめて抽象化したサブカテゴリー名をつけた.各サブカテゴリーを比較検討し,共通性を持つものをまとめて,さらに抽象化しカテゴリー化した.次に,看護師長が獲得した知識・スキルについて,どの挑戦的な課題から獲得した知識・スキルなのかを確認し,挑戦的な課題のカテゴリーごとに分類した.その後,コード化し,同様の手順でカテゴリー化した.続いて,内省について,挑戦的な課題と同様の手順でカテゴリー化した.さらに,異なる状況での試行について,挑戦的な課題と同様の手順でカテゴリー化した.

カテゴリー化する過程で各サブカテゴリーに分類したコードは適切であったかと,各カテゴリーに分類したサブカテゴリーは適切であったかについてデータとの整合性を確認した.質的研究に精通した看護管理学研究者のスーパーバイズを受け,分析結果の厳密性を確保した.

8. 倫理的配慮

本研究は,聖路加国際大学研究倫理審査委員会の承認を受けて実施した(承認番号:15-082).研究対象者に,研究参加の任意性と拒否・同意撤回の自由,研究参加による利益,不利益の軽減,個人情報とプライバシーの保護,研究目的に限ったデータの使用,データの保管と破棄,研究結果の公表について文書を用いて口頭で説明し,署名により研究参加の同意を得た.看護師長にノートの記述については強制しないことを約束し,負担にならないように配慮した.

Ⅳ. 結果

1. 研究対象者の属性

対象者の属性を表1に示した.対象者の平均年齢は43.2 ± 3.1歳,看護師長としての経験年数は1年未満が6名,1年以上2年未満が4名であり,全員女性であった.看護師長の所属施設はいずれも関東地方にあり,対象者10名中3名は同一施設に所属していた.

表1 対象者の属性
年齢 性別 看護師長経験年数 記載した事例数
40歳代 女性 1年未満 2
30歳代 女性 1年未満 4
40歳代 女性 1年以上2年未満 3
40歳代 女性 1年以上2年未満 5
30歳代 女性 1年未満 7
40歳代 女性 1年未満 4
40歳代 女性 1年以上2年未満 4
40歳代 女性 1年未満 4
40歳代 女性 1年以上2年未満 4
40歳代 女性 1年未満 4

2. 就任初期の看護師長の経験学習の実際

看護師長が経験学習ノートに記述した内容の分析結果を以下に示した.カテゴリーは【 】,サブカテゴリーは〔 〕として示す.

1) 看護師長が直面した挑戦的な課題

挑戦的な課題のコードは36個であり,7つのカテゴリーを生成した(表2).

表2 就任初期の看護師長の経験学習の実際(挑戦的な課題と獲得した知識・スキル)
挑戦的な課題 獲得した知識・スキル
カテゴリー サブカテゴリー 代表的なコード カテゴリー サブカテゴリー 代表的なコード
複雑な課題を持つ患者・家族への介入 医療者と意向が対立した患者・家族への介入 退院が進まない患者の家族への介入 患者中心の看護を行う体制作り 患者家族との関係構築とニーズ把握 常に患者家族に関心を持ち関係の構築に努める
医療者の対応に不満を持つ患者・家族への介入 医療者に不満を持つ長期入院患者の家族への転棟の促し 患者の意思尊重のための多職種協働の促進 患者・家族・医療者の意見をすり合わせる仕組みを作る
意思疎通が困難な患者の意思決定支援 認知症患者のシャント造設に関する意思決定支援 患者中心の看護実践に向けた部下への支援 患者・家族の代弁者となれるよう部下を支援する
部下育成 育成のための部下への権限委譲 部下への患者の治療方針決定に関する医師との調整の委任 部下の力を引き出す支援 部下の主体的な行動発揮を意図した関わり 自分が動かずにチームリーダーや主任に役割を与える
業務遂行に困難を抱える部下への支援 精神的不調で業務遂行に支障をきたす部下への支援 部下の力を信じ働き続けられるような支援 部下に期待している行動を明確に伝える
新しい部署での部下との関係構築 新しい部署での部下との関係構築 管理者の交代に対して反発する部下との関係構築 なし
新たな取り組みの導入 看護業務の改善 看護補助者業務の効率化に向けた取り組み 問題の本質的理解と解決方針の提示 問題意識にもとづいた部署の現状分析 これまでの業務のやり方に疑問をもつ
他職種と協働した業務改善 放射線技師への業務移譲 関係者に対する明確化した方針の提示 方針を決める際に部下の意見を取り入れる
看護提供体制の変更 パートナーシップナーシングシステムの見直し
患者受け入れのための他部署との調整 患者受け入れのための他部署との調整 NICUに長期入院している患児の小児病棟への受け入れ 患者にとっての最適を目指した段取り 患者にとっての最適を目指した段取り 患者を送り出す側の部署と情報共有しともに判断する
安全管理の問題への対応 発生した医療事故への対応 薬剤関連事故の対応 分析に基づいた再発防止策の実施 迅速な状況把握と関係者との共有 現場に赴き自分の目で確認する
人的物的資源管理の問題への対応 患者の手術に必要な物品の準備不足 発生した事象の分析と対応策の検討 様々な角度から情報を得て分析し対応策を立てる
再発防止策の立案と継続の促し スタッフ間で情報共有し,記録に残すよう指示する
当事者となった部下の支援 当事者となった部下の支援 当事者となった部下を責めない
看護師長自身の能力開発のための計画 看護師長自身の能力開発のための計画 看護師長自身の他部署研修の受け入れ先との調整 目的を明確にした自発的な取り組み 目的を明確にした自発的な取り組み 研修の目的を明確にして自発的に取り組む

(1) 【複雑な課題を持つ患者・家族への介入】

看護師長は,〔医療者と意向が対立した患者・家族への介入〕や〔医療者の対応に不満を持つ患者・家族への介入〕といったように,部下の力では対応が難しい患者や家族に対して理解と協力が得られるように,部署の責任者として直接働きかけていた.また,認知症,神経難病,がんの終末期などの〔意思疎通が困難な患者の意思決定支援〕をしていた.

(2) 【部下育成】

看護師長は,患者の最善の治療を目指すための医師との話し合いなど部下の力量によっては困難を伴う仕事であっても〔育成のための部下への権限委譲〕をしていた.また,〔業務遂行に困難を抱える部下への支援〕をしていた.

(3) 【新しい部署での部下との関係構築】

看護師長は,新たに管理することになった部署で,部下から以前の管理者と比較されて反発される,人員不足に対する不満をぶつけられるといったことに遭遇しながらも〔新しい部署での部下との関係構築〕を試みていた.

(4) 【新たな取り組みの導入】

看護師長は,自ら部署の問題に気付くことや,関係者から指摘を受けたことをきっかけに,部署に新たな取り組みとして,〔看護業務の改善〕,〔他職種と協働した業務改善〕,〔看護提供体制の変更〕の導入をしていた.

(5) 【患者受け入れのための他部署との調整】

看護師長は,NICUに長期入院中の患児や不穏状態にある術直後患者など一般病棟での受け入れに慎重にならざるを得ない患者について,〔患者受け入れのための他部署との調整〕を行っていた.

(6) 【安全管理の問題への対応】

看護師長は,〔発生した医療事故への対応〕や,患者の手術に必要な物品の準備不足,部下情報の把握不足による勤務表の作成し直しといった〔人的物的資源管理の問題への対応〕を部署の責任者という立場で行っていた.

(7) 【看護師長自身の能力開発のための計画】

看護師長は,他の新任看護師長と共に〔看護師長自身の能力開発のための計画〕を立案した.この研修は,新任看護師長が,他部署研修のための調整も含めて,計画段階から主体的に取り組むことを求められていた.

2) 看護師長が獲得した知識・スキル

挑戦的な課題のカテゴリーごとに分類した「看護師長が獲得した知識・スキル」のコードは合計74個であり,7つのカテゴリーを生成した(表2).【新しい部署での部下との関係構築】のみ,看護師長の取り組みが始まっておらず知識およびスキルは抽出されなかった.

(1) 【患者中心の看護を行う体制作り】

看護師長が【複雑な課題を持つ患者・家族への介入】から獲得した知識・スキルである.看護師長は,自らが常に〔患者家族との関係構築とニーズ把握〕をすること,患者・家族・医療者の意見をすり合わせる仕組みとして〔患者の意思尊重のための多職種協働の促進〕を図ること,〔患者中心の看護実践に向けた部下への支援〕をすることが重要であると学んでいた.

(2) 【部下の力を引き出す支援】

看護師長が【部下育成】から獲得した知識・スキルである.看護師長は,困難を抱える部下を周囲が支えられる体制作りなど〔部下の力を信じ働き続けられるような支援〕や〔部下の主体的な行動発揮を意図した関わり〕が重要であると学んでいた.

(3) 【問題の本質的理解と解決方針の提示】

看護師長が【新たな取り組みの導入】から獲得した知識・スキルである.看護師長は,これまでの業務のやり方に疑問をもち〔問題意識にもとづいた部署の現状分析〕をしたうえで,〔関係者に対する明確化した方針の提示〕をすることが重要であると学んでいた.

(4) 【患者にとっての最適を目指した段取り】

看護師長が【患者受け入れのための他部署との調整】から獲得した知識・スキルである.看護師長は,医療者側の都合を優先するのではなく,患者を送り出す側の部署と患者情報の共有をして,ともに判断するなど〔患者にとっての最適を目指した段取り〕をすることが重要であると学んでいた.

(5) 【分析に基づいた再発防止策の実施】

看護師長が【安全管理の問題への対応】から獲得した知識・スキルである.看護師長は,問題発生時には〔迅速な状況把握と関係者との共有〕をし,その後に情報を得て分析し対応策を立てる〔発生した事象の分析と対応策の検討〕,〔再発防止策の立案と継続の促し〕が重要であると学んでいた.

(6) 【当事者となった部下の支援】

看護師長が【安全管理の問題への対応】から獲得した知識・スキルである.看護師長は,問題が発生した時に,当事者となった部下を責めずに精神面を支える〔当事者となった部下の支援〕が重要であることを学んでいた.

(7) 【目的を明確にした自発的な取り組み】

看護師長が【看護師長自身の能力開発のための計画】から獲得した知識・スキルである.看護師長は,自身の研修を計画する時には,人任せにせずに〔目的を明確にした自発的な取り組み〕をすることが重要であることを学んでいた.

3) 内省

内省した内容のコードは74個であり,6つのカテゴリーを生成した(表3).

表3 就任初期の看護師長の経験学習の実際(内省)
内省
カテゴリー サブカテゴリー 代表的なコード
自分または他者に対する否定的な感情 自分の能力に対する否定的な感情
同僚や部下に対する否定的な感情
副師長育成がうまくいかず自分自身が落ち込んだ
前任者が決定したことに抵抗を感じジレンマがあった
自己の傾向 自己の思考傾向
自己の行動傾向
情報収集を十分に行わず分析が甘い傾向
部下から相談されるとつい自分が動いてしまう傾向
成功に結び付いた自身の判断・行動 目的達成のために重要関係者をつなぐ働きかけ
部下の主体性発揮のための働きかけ
発生した問題の早期解決に向けた働きかけ
周到な準備と時期を選んだ実施に向けた働きかけ
患者の希望であるDNARを実現できるよう医師に働きかけた
主任が見い出した問題点を重視し解決できるよう支援した
発生した誤薬事故の情報を早期に収集して対処した
重症患者を受け入れる準備が十分できタイミングもよかった
失敗に至った自身の判断・行動 経験したことがなく知識不足
着眼すべきポイントのずれ
掘り下げた情報の収集不足
関係者との情報共有の不足
部下への任せ方の中途半端さ
重要関係者の巻き込みの不足
気付いていた問題への対応の遅れ
労災時の対応システムを確認していなかった
患者の意思の尊重の重要性に思い至らなかった
患者に対する退院調整の進捗状況を確認していなかった
患者が示した意思の関係者間での共有が不十分だった
部下に任せた仕事の進捗状況の確認やサポートの不足があった
新たな取り組みに対して部下の意見を反映できなかった
精神面で不調な部下に対して早期に勤務調整をできなかった
問題自体の原因 発生した医療事故の原因や影響
自部署の弱点
誤薬事故が発生した原因として医師の処方が足りなかった
チームで患者の意思決定支援ができていなかった
成功に導くための代替案 成功に導くための代替案 病棟目標の伝え方として他によい方法があったのか悩む

(1) 【自分または他者に対する否定的な感情】

看護師長は,失敗に至った状況で〔自分の能力に対する否定的な感情〕を抱いていたことに気付いた.また,問題が発生するきっかけを与えた前任の看護師長など〔同僚や部下に対する否定的な感情〕を抱いていたことに気付いた.

(2) 【自己の傾向】

看護師長は,情報収集を十分に行わず分析が足りない傾向といった〔自己の思考傾向〕や,他者から相談されると自分が動いてしまう傾向といった〔自己の行動傾向〕に気付いていた.

(3) 【成功に結び付いた自身の判断・行動】

看護師長は,成功に結び付いた自分の判断や行動として,治療方針など患者の希望を実現するという〔目的達成のために重要関係者をつなぐ働きかけ〕をしたこと,〔部下の主体性発揮のための働きかけ〕をしたこと,事故発生初期に〔発生した問題の早期解決に向けた働きかけ〕をしたこと,〔周到な準備と時期を選んだ実施に向けた働きかけ〕をしたことが効果的であったと分析していた.

(4) 【失敗に至った自身の判断・行動】

看護師長は,失敗に至った自分の判断や行動として〔経験したことがなく知識不足〕であった,目先の現象にとらわれて〔着眼すべきポイントのずれ〕,〔掘り下げた情報の収集不足〕,〔関係者との情報共有の不足〕があった,効果的な対応方法が分からず,〔部下への任せ方の中途半端さ〕,〔重要関係者の巻き込みの不足〕,〔気付いていた問題への対応の遅れ〕があったと分析していた.

(5) 【問題自体の原因】

看護師長は,自分自身の思考,判断,行動のみでなく,〔発生した医療事故の原因や影響〕,〔自部署の弱点〕など問題発生に関わる原因を客観的視点で分析していた.

(6) 【成功に導くための代替案】

看護師長は,失敗した状況で次はどうしたらよいのか,や成功したがこの方法が適切だったかといった〔成功に導くための代替案〕の検討をしていた.

4) 異なる状況での試行

異なる状況での試行のコードは8個で,2つのカテゴリーを生成した(表4).

表4 就任初期の看護師長の経験学習の実際(異なる状況での試行)
異なる状況での試行
カテゴリー サブカテゴリー 代表的なコード
類似した事例での学びを活かした実践 類似した事例での学びを活かした実践 病室の設備に不満を持つ患者への介入
当該事例への継続したアプローチ 当該事例への継続したアプローチ 精神的に不安定な部下に対する勤務調整と見守り

(1) 【類似した事例での学びを活かした実践】

看護師長は,挑戦的な課題への取り組みである【複雑な課題を持つ患者・家族への介入】で獲得した知識・スキルの【患者中心の看護を行う体制作り】を,病室の設備に不満を持つ患者への介入に活かすといった【類似した事例での学びを活かした実践】をしていた.

(2) 【当該事例への継続したアプローチ】

看護師長は,挑戦的な課題への取り組みである【部下育成】で獲得した知識・スキルの【部下の力を引き出す支援】を,精神的に不安定な部下に対して継続して行うというように【当該事例への継続したアプローチ】をしていた.

Ⅴ. 考察

1. 経験学習実行度の高かった就任初期の看護師長の経験学習の特徴

本研究の結果は,プログラム参加前後で経験学習実行度の変化が高かった看護師長の経験学習の内容を示した.まず,第一段階である「挑戦的な課題への取り組み」の内容について,卓越した看護管理実践をしている看護師長(平均経験年数8.4年)が,看護師長就任後に管理者として自己を成長させたと認識する経験を明らかにした研究結果(倉岡,2016)と比較する.本研究では,【複雑な課題を持つ患者・家族への直接介入】として,部下である看護師の介入ではうまくいかないために,看護師長が前面に出て患者や家族の対応を引き受けた状況が記述されていた.これに対して,先行研究(倉岡,2016)の卓越した看護師長は,自己を成長させた経験として患者や家族への直接介入について挙げていなかった.これは,卓越した看護師長は,患者に対して適切な介入がなされるような体制を構築しており,看護師長が対応する機会は少ないということが考えられる.または,卓越した実践ができる看護師長にとっては容易に対応できる事柄という可能性がある.このことから,就任初期の看護師長は,卓越した実践ができる看護師長と異なり,【複雑な課題を持つ患者・家族への直接介入】という課題に対して,対処することが困難であると認識しているといえる.一方で,この課題は,経験学習実行度の高かった看護師長の特有の課題でもあることから,経験学習の契機となり,経験学習の後続する段階を促進する重要な課題になりうるといえる.本研究の看護師長は,この課題への取り組みによって,自部署で提供している看護の質に関する問題点に気付き,【患者中心の看護を行う体制作り】の必要性に思い至ることができていた.

次に,「内省」について,Atkins(2002)は,リフレクションを行うための必須のスキルとして,「自己への気づき」「表現」「クリティカルな分析」「評価」「総合」を挙げた.田村・津田(2002)は,自己への気づきのスキルとは,「自分自身の性格や信念,価値観,特性,強み,弱みを意識することであり,ものの感じ方,考え方の特徴も含めて,自分自身のことを知るためのスキルを意味する」であり,特に自己の感情への気づきが重要であると指摘している.本研究の対象者である経験学習実行度の高かった看護師長は,【自分または他者に対する否定的な感情】や【自己の傾向】について率直にノートに記述していたことから,内省において重要とされる自己への気づきをしており,後続する段階である知識・スキルの獲得につながったと考える.また,評価のスキルについて,田村・津田(2002)は,「物事の価値について判断する能力のことであり,その状況や場面における自分の行動の何がよくて,何がよくなかったのかを考えるものである」と解説している.本研究の経験学習実行度の高かった看護師長は,【成功に結び付いた自身の判断・行動】や【失敗に至った自身の判断・行動】について分析しており,自分の行動について真摯に評価していた.また,評価のスキルは,自己の行為の評価として,自己対峙することにもなり,将来の創造的な実践に向けてエンパワメントする役割をもつ(田村・津田,2002).このことから,看護師長が挑戦的な課題への取り組みから,看護管理に必要な知識・スキルを導き出すために評価のスキルは不可欠といえ,本研究の対象者である看護師長は,この評価のスキルを発揮していたと考える.

続いて,「獲得した知識・スキル」について,経営学者であるMintzberg(2009/2011)が提示した管理者の役割モデルと比較する.本研究で抽出した【部下の力を引き出す支援】と【当事者となった部下の支援】は,「部下を導き部下を動機付ける」役割を含む「人間の次元」と共通性がみられた.【患者中心の看護を行う体制作り】,【問題の本質的理解と解決方針の提示】,【患者にとっての最適を目指した段取り】,【分析に基づいた再発防止策の実施】は,「人・モノ・カネ・時間を配分する」,「予期せぬ障害に対処する」,「自部署を変革する」,「部署の代表として外部と交渉する」役割を含む「行動の次元」と共通性がみられた.経験学習実行度の高かった看護師長は,挑戦的な課題に取り組み,内省するプロセスを経て,Mintzberg(2009/2011)が示す管理者の役割の一部を習得できたことが示唆された.

最後に,「異なる状況での試行」について,先行研究の結果(倉岡,2016)と比較すると相違点がみられた.先行研究で看護師長が語った経験学習のエピソードは数年間に及び長期間であった.そのため,看護師長が部署や病院を異動した後に,獲得したスキルを実際に試したことが語られていた.しかし,本プログラムは4か月間と限られていたため,看護師長が獲得した知識・スキルを同一の部署内で試行した内容が記述されていた.また,本研究の対象者は経験学習実行度の高かった看護師長であるにもかかわらず,「異なる状況での試行」のコードは8個と少数であり,4か月間では看護師長が獲得した知識・スキルを試行できる状況に遭遇する可能性が低いことが示唆された.このことから,看護師長が獲得した知識・スキルを異なる状況で試行するには,ある程度の期間が必要であると考える.さらに,本研究での対象者は,就任初期の看護師長でもあるため,異なる状況に応用する能力が習得されていない可能性も考えられた.看護師長が,経験から獲得した知識・スキルを異なる状況に応用させるためには,上司等からの支援が必要であると考える.

2. 看護師長育成のための方策

本研究の対象者が参加したプログラムの特徴は,看護師長の経験学習を促進させ,看護管理能力を高める手法として,経験学習ノートに記述する方法を用いたことである.これまで,企業の管理者を対象とした研究では,経験学習に関する記録を記述することは,経験学習モデルの4段階を完成させるうえで最も効果的で,個人の内省する力を向上させる(Honey & Mumford, 1989)と指摘されていた.本研究では,指定したフォーマットに沿って,看護師長が,「挑戦的な課題」「内省」「獲得した知識・スキル」「異なる状況での試行」を記述していたことから,看護師長にとっても,ノートに記述するという方法は経験学習モデルの4段階を完成させるうえで効果的であったと考える.特に,看護師長が,挑戦的な課題への取り組みから獲得した看護管理に必要な知識・スキルをノートに記述することで言語化していたことから,看護管理能力を高めるうえで,ノートに記述することの有用性が示唆された.

さらに,本研究の結果は,経験学習実行度の高かった看護師長の経験学習の内容であるため,経験を応用した看護師長の育成に応用できると考える.特に看護師長就任前後の看護師が本研究の内容を知ることで,自身の経験学習を促進させることができると考える.具体的には,本研究で示した「挑戦的な課題」に取り組んでみることや,「内省」段階の分析の視点を,自分が直面した課題から看護管理に必要な知識・スキルを導き出すために活用することが挙げられる.

3. 本研究の限界と今後の課題

本研究の対象者は,「経験学習を基盤とした看護管理能力開発プログラム」に参加した就任初期の看護師長63名中,経験学習尺度の事前事後の変化量増加が大きかった上位者10名に限定した.そのため,結果の網羅性には限界がある.今後の課題は,経験学習尺度の事前事後の変化量増加が小さかった者など本研究とは異なる属性の看護師長や,異なる期間に看護師長が記述した事例を対象とすることで,看護師長の経験学習の研究を発展させていくことが必要である.

Ⅵ. 結論

「経験学習を基盤とした看護管理能力開発プログラム」に参加した就任初期の看護師長のうち経験学習実行度の高かった上位10名が記述した経験学習ノートの内容を,経験学習の段階ごとに分析した.その結果,看護師長が取り組んだ挑戦的な課題は7カテゴリーを,内省した内容は6カテゴリーを,獲得した知識およびスキルは6カテゴリーを,異なる状況での試行は2カテゴリーを生成した.

謝辞:本研究にご協力いただきました看護師長の皆様,ご指導くださいました聖路加国際大学吉田千文教授に心より感謝いたします.本研究は 2016年度聖路加国際大学大学院に提出した博士論文の一部に修正を加えたものである.

なお,本研究は,平成25年度日本看護管理学会研究助成,JSPS 科研費JP16K20734 の助成を受けて実施した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

文献
 
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