日本看護科学会誌
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原著
看護基礎教育における終末期ケアシミュレーションシナリオの開発と評価:
フロー体験チェックリストを用いた無作為比較化試験による検討
玉木 朋子犬丸 杏里横井 弓枝冨田 真由木戸 倫子大野 ゆう子辻川 真弓
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2017 年 37 巻 p. 408-416

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Abstract

目的:終末期ケアシミュレーションシナリオを開発し,終末期ケアシミュレーションへの参加による学生のフロー体験の生成と終末期ケアに対する自信を測定することで開発したシナリオを評価することを目的とする.

方法:参加希望のあった学生を教育群(n = 13)と対照群(n = 12)の2群に無作為に割り付けた.教育群に終末期ケアシミュレーション教育を実施し,両群の教育前後の2時点間のフロー体験の生成と終末期ケアに対する自信の変化を無作為化比較試験により評価した.

結果:終末期ケアシミュレーション後,フロー体験の総得点は教育群が有意に高値を示した.終末期ケアに対する自信は教育群で有意に上昇した.

結論:開発した終末期ケアシミュレーションシナリオは情報内容,量的バランス,挑戦水準ともに適切であったと考えられる.終末期ケアシミュレーションは,終末期ケアを効果的に習得する教育手段となり得る.

Ⅰ. 緒言

看護師は他の医療専門家たちよりも多くの時間を終末期患者と過ごし(Moreland et al., 2012),患者だけではなく家族も含めた終末期ケアをおこなう上で,中心的な役割を担っている.看護基礎教育カリキュラムでは,かねてより終末期看護を強化する取り組みがされてきたが(厚生労働省,2007),終末期看護は,身体的・心理的状況が複雑であり,慎重なケアが必要とされるため,学生が臨地実習で受け持つ機会は制限されている.このようなことを背景に,「終末期にある人々を援助する能力は,模擬患者を導入した演習により体感的に学ぶこと」(文部科学省,2011a)や,「臨地実習で経験できない内容は,シミュレーション等により学内での演習で補完すること」(厚生労働省,2011)が推奨されている.

シミュレーション教育とは,事実そのものではなく,見せかけ,真似,模擬という意味であり,ある実態を他の手段によって真似し,再現したものを教育現場に取り入れることをいう(片田・八塚,2007).模擬的な手段であっても,シミュレーションにある技能や概念の獲得といった目標達成を目指した模擬的状況が設定されれば,学生はその状況と関わりながら知識や技能を獲得することができる(藤岡・野村,2000).また,シミュレーション教育は「学習者中心の教育」を目指す教育方法であり,学習者の内発的な動機づけによる学習が基本に据えられており(阿部,2013),学生の「学習意欲の低下」や「自発性の不足」に関する課題への貢献も期待できると考える.そこで,臨地実習で経験が困難な終末期ケアを効果的に補完する学習手段としてシミュレーション教育は有効であると考え,模擬患者を使った終末期ケアシミュレーションの開発を試みた.

一方,興味のある活動に夢中になる時に生じる,活動自体が楽しいと同時に,極度の集中によって現在の行為とは関係のない自己意識や時間感覚が喪失するなどの経験をフロー状態と呼ぶ(石村,2014).学びを楽しいと感じること,つまりフロー経験をとおして内発的動機づけが作用し,複雑な能力や技能を身につけることが可能になると言われている(浅川・今村,2003Csikszentmihalyi, 1990/1996).この「フロー状態」を体験する「フロー経験」が教育,特に学習意欲の向上や学習の継続性の点において重要な役割を果たす可能性があることが報告されている(Nakamura & Csikszentmihalyi, 2009).また,フロー経験の生成は,個人の感知する挑戦水準と能力水準が平均より高い状態で釣り合うことが前提条件となっている(Csikszentmihalyi, 1975/2001).シミュレーション教育は内発的な動機づけによる学習が基本に据え付けられた教育方略であり,さらに,内発的動機づけはフロー経験によって促進される.そこで,シミュレーションへの参加がフロー体験の上昇に寄与するかを検証し,開発した終末期ケアシミュレーションシナリオの挑戦水準の妥当性と学生の終末期ケアに対する自信の獲得に貢献が可能であるかの評価を試みた.

Ⅱ. 研究目的

本研究の目的は,終末期ケアシミュレーションシナリオの開発をおこない,終末期ケアシミュレーション実施前後の学生のフロー体験の生成と,終末期ケアに関する自信を測定し,終末期ケアシミュレーションシナリオの教育実践への適応可能性を検討することである.

Ⅲ. 用語の定義

終末期ケア:疾患によらず,「治療が望めない時期から終末期」にある患者に対して,「無駄で苦痛を与えるだけの延命治療を中止し,人間らしく死を迎えることをささえるケア」(宮下,2016).

シミュレーションシナリオ:「効果的なシミュレーション学習をねらって指導者が設計する,体系化された計画」を意味する(阿部,2013).目標や目標を達成するためのシミュレーションセッションの内容と指導者のかかわり方,学習者の事前学習などの準備,物品や場の環境,模擬患者やデブリーフィングの内容と支援方法のすべてを含んでいる.

Ⅳ. 研究方法

1. 終末期ケアシミュレーションシナリオの開発

国内の先行研究のレビューをおこない,看護におけるシミュレーション教育のシナリオの構成や進め方,評価方法について概観した.シナリオはThe Nursing Education Simulation Framework(NLN/Jeffries, 2012)を枠組みにして作成した.NLN/Jeffriesのフレームワークを図1に示す.このモデルは指導者,参加者,教育実践,シミュレーションデザイン・特徴,アウトカムの5つの概念の構成要素とその関係を示している.本シナリオにおけるこのモデルの各項目については以下に述べる研究方法の中で記述している.

図1

NLN/Jeffriesのシミュレーションモデル(Jeffries, 2012より引用,筆者により和訳・一部改変)

終末期ケアシミュレーションにおける学生の学習目標の設定は,文部科学省(2011b)が設定している卒業時到達時目標「終末期にある患者を総合的・全人的に理解し,その人らしさをささえる看護援助方法について説明できる」「終末期での治療を理解し,苦痛の緩和方法について説明できる」に焦点をあて,目標1「終末期にある患者の全身状態を観察・評価し,心身の苦痛を査定できる」,目標2「安楽への看護援助を考え,一部実施することができる」とした.本終末期ケアシミュレーションでは,学生が終末期がん患者の看護過程を成人看護学の授業で経験しており,疾患の特徴を理解しやすいと考え,治療が望めない時期にある終末期がん患者の事例を採用した.シナリオ作成過程において緩和ケアを専門とする研究者,がん看護専門看護師,シミュレーション教育の専門家からヒアリングをおこなった.さらに,研究非対象の学生にパイロット試験を実施し,シナリオの修正をおこなった.最後に2名のがん看護専門看護師がその内容の適切性と内容の妥当性を確認し,終末期ケアシミュレーションシナリオを完成させた.

2. 終末期ケアシミュレーションシナリオの評価

1) 研究デザイン

本研究は研究への参加希望のあった学生をブロックサイズ2の置換ブロック法にて無作為に教育群と対照群に割り付けておこなう単盲検無作為化比較試験である.研究実施にあたり,UMIN臨床試験登録システムへの登録(UMIN000021183)をおこなった.

2) 対象者

成人看護学概論・各論の全単位を習得している3年生80名を対象とした.12月~2月の間,A大学の学内掲示板にポスターを貼付し,参加希望のあった学生を対象とした,単施設における試験である.

3) 終末期ケアシミュレーション教育の実際

終末期ケアシミュレーションの実施にあたり,医学部の客観的臨床能力試験(Objective Structured Clinical Examination: OSCE)に協力している熟練した模擬患者に研究の趣旨を説明し協力を得た.模擬患者と表情や声のトーン,学生が想定外の行動をとった場合の対処法など,シナリオの事例を忠実かつリアルに再現できるように詳細に打ち合わせをおこなった.実施したシミュレーション教育の概要を表1に示す.学生4~5人を1グループとし,学生1人ずつ模擬患者へのケアを5分実施し,その後デブリーフィングを7分実施することを繰り返す構成とし,学生の理解度に応じて時間調節をおこなった.全体で約80分の構成とした.

表1 終末期ケアシミュレーション教育の概要
【場面】病室・日勤帯
【場所】実習室に病室(個室)を再現
【物品】ベッド,ホワイトボード,バイタル測定物品,酸素流量計,経鼻カヌラ,タイマー,ワゴン
【模擬患者】寝衣に着替えて模擬病室でスタンバイ.行動や発言は模擬患者用シナリオに沿って事前にコントロール,重要ポイントを再確認.
1.事前学習:事前学習資料(授業で使用したプリントやテストで出題した問題を参考に作成)を,シミュレーションの3日前に配布.内容はがん性疼痛の評価・治療,終末期がん患者の身体的評価,麻薬鎮痛剤とその副作用,副作用管理について.
2.ブリーフィング(10分): 導入,目標の提示
【目標】
① 終末期にある患者の全身状態を観察・評価し,心身の苦痛を査定できる.
② 安楽への看護援助を考え,一部実施することができる(レスキューの必要性の説明や不安の傾聴を援助の一部とみなす).
【事例の提示】実習病院の電子カルテの表示画面と同じ様式で模擬カルテを示し,そこから学生が情報収集をおこなう(患者情報と課題は資料1参照).
3.終末期ケアシミュレーション(S:5分×5人)+デブリーフィング(D:7分×5回)
【学生1人目】
S:まず患者のベッドサイドに行き,観察をおこなってみる.バイタル測定.
D:患者の痛みの部位,疼痛の程度の評価方法(NRS),疼痛の身体に及ぼす影響,麻薬鎮痛薬の副作用の観察の必要性の観察が必要であったことを理解する.
【学生2人目】
S:疼痛の部位,疼痛の程度の評価,麻薬鎮痛薬の副作用の観察を実施.
D:患者はレスキュー投与が必要な状態であることを理解する.
【学生3人目】
S:レスキュー持参.患者がレスキュー内服に拒否的な発言と態度に対応する.
D:患者の麻薬に対する誤解の存在に気付く,なぜ飲みたくないかを聴き取れたか,必要性の説明は行えたか,どのように聴き取るか,どのように説明するか.十分な聴き取りや説明も重要なケアの一部であることを理解する.
【学生4人目】
S:麻薬を飲みたくない理由をしっかり聴き取る.レスキューの必要性の説明,麻薬に対する思いの傾聴.患者の心理的苦痛への対応.
D:麻薬鎮痛剤を使いたくない気持ちの理解,心理的な辛さに対するケア両方の必要性に気付く.患者の感情をひきだすコミュニケーションスキル:NURSE(栗原,2015)の紹介.NURSEを使った場合,どのように傾聴できたかを考える(ホワイトボードに書いていく).
【学生5人目】
S:患者の感情表出を促進させるコミュニケーションの実施.
D:全員で患者のケアプランを考える(ホワイトボードに書き出していく).
4.まとめ(10分)

Sはシミュレーションセッション,Dはデブリーフィングセッションを示す.

1人目から2人目の学生は,目標1における終末期患者の全身状態の観察と評価・ケアの実施を目的にシミュレーションをおこない,3人目から4人目の学生は目標2の達成にむけて患者の心理的苦痛に対するケアを実施できるよう,段階的にケアを深め,発展させることができるようにタイムラインを設定した.各学生のシミュレーション後にデブリーフィングをおこない,よりよいケアや必要なケアについて議論し,看護師の臨床経験をもつ教員がデブリファーとして関わり,重要なポイントに視点をむけさせた.デブリーフィングの際は事前学習資料を振り返らせながら,必要な追加資料の配布をおこなった.5人目の学生のデブリーフィングではグループ全員でケアプランを完成させた.課題の一部を資料1,デブリーフィングガイドシートの一部を資料2に示す.

資料1シミュレーション課題(抜粋
【事例】
 江戸橋二郎 65歳,男性,会社員
 妻,長男夫婦と同居.
 診断名:直腸がん ステージⅣ(肝肺骨転移)
【経過】
 昨年3月直腸がん,肝,肺転移を指摘され,翌月,低位前方切除,肝切除術を受け,その後,肺切除術も受けた.根治術終了後は化学療法を継続していた.先月ごろより呼吸苦と右上腕部の疼痛,両下肢痛が出現.精査の結果肺転移の再発に加え,腰椎転移を指摘された.疼痛に対しNSAIDSを服用していたが,今月に入り疼痛が増強したため,疼痛コントロール目的で入院となった.入院当日よりオキシコンチン10 mg/日が開始となった.
【病状説明】
 がんの進行とともに体力が低下しており,治療の効果が期待できない.分子標的薬を中止し,麻薬を導入して疼痛緩和をおこなうことについて説明を受ける.
【病状認識】
 痛みをとにかくとって欲しい.痛みが取れて食欲が回復し,体力がついたらまた治療をがんばりたい.麻薬に対しては中毒になるのではないか,副作用がでるのではないかと不安に思い,必要以上に使用したくないと考えている.入院翌日看護学生の実習受け持ちが開始した.
課題1
実習2日目,10時.看護学生のあなたは受け持ちをすることになった江戸橋さんの部屋を訪室しました.江戸橋さんの状態を観察・アセスメントしましょう.

上記事例は基礎情報資料.これ以外に経過表(入院時からのバイタルサイン,食事量,酸素投与量,ペインスコア,症状,薬剤の投与,ケアの実施状況,経過記録が一覧となった表),医師指示,処方箋をシミュレーションセッション前に情報収集の資料として提示.

資料2デブリーフィングガイドシート(学生1人目用:抜粋)
目標 デブリーフィングポイント ファシリテーション
課題1 
全身状態を観察・評価し,心身の苦痛を査定できる.
1人目学生デブリーフィング(7分)
 Q.患者さんについて観察したことを挙げてみましょう.観察したことで不足な点はありますか?再度行うとしたら付け加えたい観察項目はありますか?(全員に問いかける)
 Q.患者さんの痛みの部位はどこでしたか?全部聴けましたか?
 Q.どのように痛みを評価しましたか?
 Q.患者さんはオキシコンチンを飲みはじめてまだ日が浅い状況ですね.オキシコンチンというのはどんな薬ですか?
10段階での患者の主観的評価とフェイススケールでの客観的評価
麻薬副作用の観察を気づかせる
患者表情の観察
※ 痛みの評価方法にはどのような方法があるのか,どのように観察すればいいのかディスカッションするように進行するNRSの10段階での評価が上がるように進行する(事前学習資料を参照させる). ※に注意してデブリーフィングしていく
※ 疼痛以外のことが先に挙るようであれば,疼痛が観察の重要な位置づけであることを認識づける. 出てきた答えをホワイトボードに記載
※ 疼痛がどのようにバイタルサインに影響するのか資料を手渡し説明(バイタルサイン:事前資料参照)
※ 患者のNRSでの表出と表情の整合性も確認する必要があることを認識づける. 疼痛が血圧上昇,脈拍速拍,呼吸状態に影響することも気付かせる
※ 観察できていなければもう一度カルテを見て疼痛があると推測できる部位をグループで確認するように促す.
 Q.麻薬鎮痛剤を使用していることをふまえると,どんな観察が必要でしょうか?
  →欲しい回答:副作用:嘔気,眠気,食欲不振(食事量),意識レベル,便秘.
嘔気,眠気,便秘は代表的な副作用なので必ずおさえる
※ 麻薬の副作用の一覧を事前学習資料で再確認させる
※ 1回目の観察で見落としたことは,実際にベッドサイドで次学生に観察するように促す.
※ 副作用が観察できていなければ,2人目の学生に観察するようにつなげる.
2人目学生シミュレーションへの促し
「では次の学生は,今のディスカッションをふまえて患者さんの観察を,もう一度おこなってみてください.(副作用もみてきてください)今度は指導者に観察したことの報告もしてみましょう.」
ホワイトボードを見ながら観察を行ってもいいことを伝える

4) 測定項目

(1) 参加学生の基本情報

参加学生の登録終了後,年齢,性別,実習での終末期患者の受け持ちの有無,麻薬使用患者の受け持ちの有無についてデータ収集をおこなった.

(2) フロー体験チェックリスト

フロー体験チェックリスト(石村,2014)は「挑戦と能力のバランス」「肯定的感情と没入」「目標への挑戦」の3項目を含む7件法(1:全くそう思わない~7:非常にそう思う)の測定用紙である.フロー体験は情報内容,量的バランス,挑戦水準が適切な活動の機会によって増加させることが可能であるとされている.フロー体験の生成は①「挑戦水準と能力水準が平均より高い状態で釣り合うこと」②「明瞭な目標が設定され,現在していることへの即座のフィードバックを受けることができること」が前提条件となっている.フロー体験の測定によって,終末期ケアシナリオの情報内容,量的バランス,挑戦水準が適切か,目標設定が明瞭で即時のフィードバックを得ることができたかの評価につなげることが可能であると考え,本チェックリストでの測定をおこなった.

(3) 終末期患者に対するケアに関する自信

終末期患者に対する身体的ケアに関する自信,終末期患者に対する心理的ケアに関する自信について5件法(1:まったくない~5:とてもある)のリッカートスケールを用いて測定した.

5) データ収集・分析方法

ベースラインの各測定をおこなった後,終末期ケアに対する学習の動機付けとして,模擬患者の協力を得て「終末期患者に対する身体的ケアの実施」と「終末期患者に対する心理的ケアの実施」に関するOSCEを両群に実施し,終末期ケアに対するイメージの促進と学習の動機付けをおこなった.ベースラインの2群間の基本情報の比較は,年齢は2標本のt検定,それ以外の項目についてはFisherの直接確率検定を用いて検討した.その後,教育群に対し終末期ケアシミュレーション教育を実施した.対照群の希望者に対し,全てのデータを収集した後に教育群と同様の終末期ケアシミュレーションを実施した.統計的解析は両群の教育前後の群内比較をWilcoxon符号順位検定,群間比較はMann-Whitney U検定により検討した.有意水準は両側5%未満とした.統計解析はR Studio(Version 0.98.953)を使用した.

6) 倫理的配慮

参加学生に対し,本研究の目的,方法を説明し,参加の有無や辞退,結果が成績には一切関係がないこと,プライバシーの保護などについて文書と口頭で説明し,同意書の提出を得て実施した.本研究は三重大学大学院医学系研究科・医学部研究倫理審査委員会(承認番号1557)の承認を得て実施した.

Ⅴ. 結果

1. 参加学生のベースラインの基本情報

3年生を対象に終末期ケアシミュレーションへの参加募集を行ない,32名の学生が参加を希望した.32名を教育群と対照群にそれぞれ16名ずつ割り付けた.その後,日程が不都合になったり,時間調整が困難になったりしたという理由で教育群3名,対照群4名が参加を辞退した.最終の評価までを終えた学生は25名(教育群13名,対照群12名)であった(図2).参加学生のベースラインの基本情報を表2に示す.年齢,性別,終末期患者受け持ち経験の有無,麻薬使用患者受け持ちの有無において両群に有意な差はなかった.

図2

シミュレーション教育実施のフローチャート

2. 終末期ケアシミュレーション教育参加によるフロー体験の変化

1) 終末期ケアシミュレーション前後の教育群のフロー体験の変化

教育群は終末期ケアシミュレーション前後でフロー体験の総得点に有意な上昇がみられた(Z = 2.74, P = .006).下位項目すべて(目標への挑戦:P = .004,肯定的感情と没入による意識体験:P = .004,能力への自信:P = .043)においても得点の有意な上昇が認められた.対照群においては総得点と下位項目のすべてにおいて両時点での得点に有意な上昇はみられなかった(表3).

2) 教育群と対照群とのフロー体験の比較

ベースラインにおける両群間のフロー体験の総得点を比較すると,有意な差はみられなかった(Z = 1.23, P = .220).一方,シミュレーション後においては,フロー体験の総得点は対照群に比べて教育群が有意に高く(Z = 2.90, P = .004),下位項目の「肯定的感情と没入による意識体験」においては両群に有意差はみられなかったが(Z = 1.35, P = .176),それ以外の2つの項目(目標への挑戦:Z = 2.44,P = .015,能力への自信:Z = 3.02,P = .003)で教育群が有意に高値を示した.

表2 参加学性の基本情報(n = 25)
教育群(n = 13) 対照群(n = 12) P
年齢 Mean(SD) 21.3(0.62) 21.0(0) 0.19
性別 男性(%) 0(0%) 1(8%) 0.48
女性(%) 13(100%) 11(92%)
終末期患者受け持ち経験 あり(%) 1(8%) 1(8%) 1.00
なし(%) 12(92%) 11(92%)
麻薬使用患者受け持ち経験 あり(%) 2(15%) 5(42%) 0.20
なし(%) 11(85%) 7(58%)

3. 終末期患者に対するケアに関する自信の変化

1) 終末期ケアシミュレーション前後のケアに対する自信の変化

教育群は終末期ケアシミュレーション前後で,終末期患者に対する身体的アセスメントに関する自信(P = .002),心理的ケアに関する自信(P = .001)の有意な上昇がみられた.一方,対照群に有意な変化はみられなかった(表4).

表3 学生の終末期ケアシミュレーション教育参加によるフロー体験への影響
教育群(n = 13) Z値 P 対照群(n = 12) Z値 P
平均(SD) 平均(SD)
ベースライン シミュレーション後 ベースライン シミュレーション後
総得点(range: 10–70) 39.69(7.36) 45.46(4.70) 2.74 .006 36.67(6.85) 37.83(6.39) 0.52 .601
目標への挑戦(range: 2–14) 9.46(1.94) 10.85(1.57) 2.89 .004 9.64(2.33) 8.92(2.15) 0.00 1.000
肯定的感情と没入による意識経験(range: 4–28) 13.77(2.71) 15.77(2.28) 2.16 .031 12.15(3.21) 13.83(3.41) 1.05 .293
能力への自信(range: 4–28) 16.46(3.93) 18.85(2.82) 2.03 .043 14.67(3.26) 15.08(2.50) 0.46 .647
表4 学生の終末期患者に対するケアに関する自信の変化
教育群(n = 13) Z値 P 対照群(n = 12) Z値 P
平均(SD) 平均(SD)
ベースライン シミュレーション後 ベースライン シミュレーション後
身体的アセスメントに関する自信(range: 1–5) 1.46(0.66) 2.92(1.04) 3.10 .002 1.50(0.80) 1.33(0.65) 0.49 .625
心理的ケアに関する自信(range: 1–5) 1.23(0.44) 2.69(1.11) 3.30 .001 1.75(0.87) 1.67(0.65) 0.00 1.00

2) 教育群と対照群との終末期ケアに関する自信の比較

ベースラインにおける両群間の終末期患者に対するケアに関する自信を比較すると,身体的アセスメントに対する自信(Z = 0, P = 1.00),心理的ケアに関する自信(Z = 1.54, P = .123)と,両群に有意差は見られなかった.一方,シミュレーション後においては,教育群は対照群より,身体的ケアに関する自信(Z = 3.68, P = .000),心理的ケアに関する自信(Z = 2.37, P = .018)と有意に高値を示した.

Ⅵ. 考察

1. 学生の終末期ケアに対する関心

今回80名の3年生の学生のうち32名(40%)が参加を希望した.最終測定まで完了した学生は25名であったが,対照群の学生全員と,途中脱落した学生2名が終末期ケアシミュレーションに参加希望し,学生の終末期ケアに対する関心の高さがうかがえた.

2. 終末期ケアシミュレーションシナリオの内容と構成:フロー生成を視点とした評価

シナリオを作成する場合には,患者の状況,状態などの設定について,臨床のスタッフと検討するほうがよりリアリティのあるものになり,意図的に臨床を再現した学習を提供することは,実践力につながる学習効果を生む(阿部,2013)とされている.今回,終末期ケアシミュレーションシナリオに用いた事例は教育者だけではなく,緩和ケアを専門とする研究者やがん看護専門看護師,臨床看護師から十分にヒアリングをおこない検討し,作成した.このことによって,よりリアリティのある終末期患者の看護場面を再現した状況設定を可能にすることができたと考える.また,終末期ケアシミュレーション後,教育群のフロー体験が有意に上昇していることから,終末期ケアシミュレーションでの学習体験がフロー体験の生成に寄与すること示唆された.フロー体験の生成は「現在の能力を進展させると知覚された挑戦の機会があり,自分の脳力に適合する水準で挑戦していること」が前提条件とされている(石村,2014).終末期ケアシミュレーションを,学生は「能力を進展させる機会」と捉え,能力に適合した挑戦水準でそれに挑戦することでフローを伴う学習体験を得ることにつながったのではないかと考える.今回開発した終末期ケアシミュレーションシナリオは,学生のフロー体験の生成につながる適度な挑戦水準であったと評価できる.

もう1つのフロー体験の前提条件として「明瞭な目標が設定され,現在していることへの即座のフィードバックを受けることができること」が挙げられている(石村,2014).今回開発した終末期ケアシミュレーションシナリオは,「終末期ケアの学習」という明確な目標のもと,1人の学生のシミュレーションが終了した時点でデブリーフィングを行い,必要な知識の補完とその知識を活用した援助についてその場で教員がフィードバックし,獲得した学習内容をもとに次の学生がシミュレーションを続けていく構成とした.シミュレーションとデブリーフィングを交互に行うことで,即座のフィードバックによるすべきことの正確な理解につながり,フロー体験の生成に寄与したと考える.

3. 終末期患者に対するケアに関する自信の変化

学生の終末期患者に対するケアに関する自信は,「身体的ケアに関する自信」「心理的ケアに関する自信」の両方において教育群で有意な上昇がみられた.Fluhartyらは,終末期ケアシミュレーション教育を受けた後,学生の自信が高値を示した理由として,学生が終末期患者のケアをおこなうにあたり,臨床で同じような状況に直面した場合の,そのケアへの知識と技術を獲得したことによるものであると報告している(Fluharty et al., 2012).今回評価したフロー体験の下位項目である「能力への自信」についても教育群の有意な上昇がみられており,学生の主観的評価とフロー体験チェックリストでの評価に矛盾はなく,学生はシミュレーションによる学習体験を経て,終末期ケアに関する自信を上昇することができたと評価できる.

4. 本研究の課題と限界

今回,がん患者のケアを終末期の事例として用いた.そのため,非がん患者におけるシミュレーション教育を実施しても同様の結果が得られるとは言えない.今後,がんにとどまらず,非がんを対象とした終末期ケアシミュレーションへの発展も検討する必要がある.今回,フロー体験の下位項目である「肯定的感情と没入による意識経験」は群間の比較において有意な結果を示さなかった.「肯定的感情と没入による意識経験」は体験の最中を示す状態像と言われているが(石村,2014),本研究では教育群と対照群を同時点で測定することを重視し,シミュレーション実施4日後に測定をおこなった.シミュレーション直後にフロー体験を測定することで有意な結果が得られた可能性があり,今後の追試では測定時期を検討する必要がある.今回,終末期ケアシュミレーションシナリオのフロー体験による評価を試みた.フロー体験の視点からその前提条件である「挑戦と能力のバランス」「明瞭な目標とフィードバック」について考察したが,フロー体験の測定だけではそれらの評価の信頼性・妥当性が充分ではないと考える.より客観的なアウトカムを用いたさらなる評価が必要である.

5. 看護教育実践への応用可能性の示唆

複雑化する患者状態,患者の権利や医療安全の重視,臨床現場での学生のストレス増大などといった変化を背景に,看護基礎教育期間に臨床現場が求める実践力を培うことは難しくなっており,看護基礎教育と臨床現場で求められる実践力の乖離が生じている(阿部,2013).特に終末期ケアは,臨地実習でケアを体験することが困難である.終末期ケアシミュレーションシナリオの状況設定を変化させることで,がん患者だけではなく,非がん患者の終末期ケアや臨死期のケアの習得への活用も可能であり,学生の終末期ケアの実践能力の向上への貢献が期待できる.

Ⅶ. 結論

学生が臨地実習で体験することが困難な,終末期患者へのケアを補完的に学習することを目的に,リアリティのある終末期を状況設定した終末期ケアシミュレーションシナリオを開発し,その有効性を検討した.その結果,以下の結論を得た.

1.終末期ケアシミュレーションに参加することで教育群のフロー体験が有意に上昇したことから,本シナリオは学生のフロー体験を生成するのに適した情報内容,量的バランス,挑戦水準であった.

2.シミュレーションセッションとデブリーフィングを交互におこなうタイムライン構成が,学生の即時のフィードバックの獲得,メンバーの一体感や集中力の維持,内発的な動機づけに貢献し,能動的な学習体験の促進につながった.

3.終末期ケアシミュレーションでの学習体験は,学生の終末期患者に対するケアに関する自信の獲得に貢献することができた.終末期ケアシミュレーションは,学生が臨地実習で経験することが困難な終末期ケアを効果的に学ぶ学習手段となり得る.

謝辞:本研究にご協力くださいました関係者,学生のみなさま,多大な助言をくださった東京医科大学病院シミュレーションセンター阿部幸恵先生に深く感謝いたします.本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(研究活動スタート支援)課題番号15H6290による助成を受けて実施したものであり,結果の一部は第36回日本看護科学学会学術集会にて発表した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:TTは研究の着想からデザイン,データ収集,解析,原稿作成まで研究全体に貢献;AI,YY,MTo,MTsは研究デザイン,シナリオ作成,データ収集など研究プロセス全体への関与;MTs,YO,MKはデータの解釈,研究プロセス全体への助言と原稿作成に貢献.全ての著者は最終原稿を読み,承認した.

文献
 
© 2017 公益社団法人日本看護科学学会
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