日本看護科学会誌
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ISSN-L : 0287-5330
原著
不妊治療終結後の女性が子どものいない自分らしい生き方を見出すプロセス
―複線径路・等至性モデル(TEM)による分析―
三尾 亜喜代佐藤 美紀小松 万喜子
著者情報
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2018 年 38 巻 p. 72-81

詳細
Abstract

目的:不妊治療を終結した女性が子どものいない人生を受け容れ,自分らしい生き方を見出す過程の多様な径路と多様な径路を辿る影響要因を明らかにし,求められる看護支援を検討する.

方法:子どもを得ず治療を終結した女性14名に面接調査を行った.分析手法は,複線径路・等至性モデル(TEM)を用いた.

結果:治療終結直後は,解放感・喪失感のアンビバレントな感情に揺れる.その後,子どもを諦めてよいかの葛藤を経て子どもを諦める.治療に取り組んだ人生を振り返りながら生き方を模索し,治療体験を肯定的に意味づけ,社会通念に囚われず子どものいない人生を前向きに捉えることにより,自分らしい生き方を見出す.この過程には,自信の回復,重要他者の承認や安定した関係性,ピアの存在,価値観の転換などが影響していた.

結論:夫婦ともに納得のいく受療と終結の支援,葛藤や治療体験の意味づけが続くことを理解した情報提供やモデル提示の必要性が示唆された.

Ⅰ. 緒 言

子どもを得ることなく不妊治療の終結を決断する女性は,治療を継続すべきか,諦めてもよいのかなどの,様々な葛藤を経ながら治療終結の決断に至る(三尾ら,2017).また,治療の不成功は,費やした時間・費用,治療を優先したことによる社会的地位・人間関係など様々な喪失を生み,この喪失は気づかれにくく,繰り返す不成功に適切な支援が得られなかった女性の10%が中度から重度の抑うつ状態に至る(Lok et al., 2002).そのため,子どもを得ず不妊治療を終結する際には適切な支援が必要である.

治療終結後の心理や人生の選択(大槻,2003安田,2005中込ら,2009),子どもを持たない人生を受容する過程に関する研究(竹家,2008)は散見され,治療終結期の支援の実践報告(上野ら,2008)では,治療終結に迷う女性が求めるのは,終結した元患者の終結体験のみでなく,数年経過した夫婦2人の生活の様相であったことが報告されている.また,竹家(2008)は,治療を終結し子どものいない人生を選択したもののいまだに新たな生き方を模索している当事者の語りから,当事者が求めているのは同じ道を歩んだ先輩の治療断念後の歩みであると述べている.しかし,治療を終結し,子どものいない人生を受け容れ,自分らしい生き方を獲得していく多様な過程とそのプロセスに影響を及ぼす要因を詳細かつ全体的に明らかにした研究は見当らない.治療終結後の子どものいない夫婦2人の人生の様相を提示することは,治療の終結に悩む当事者,終結後の人生を模索する時期の当事者に道標を示すことに繋がり,治療に携わる看護職にとっても今後の支援を考えるうえで有用となると考える.

そこで,本研究では,不妊治療を終結した女性が子どものいない人生を受け容れ,自分らしい生き方を見出していく過程の多様な径路と,多様な径路を辿る影響要因を明らかにし,不妊治療を終結し自分らしい生き方を見出していくモデルを提示し,求められる看護支援を検討することを目的とした.

Ⅱ. 研究方法

1. 研究デザイン

複線径路・等至性モデル(Trajectory Equifinality Model: TEM)の分析手法を用いた質的研究である.TEMは,個々人がそれぞれ多様な径路を辿っていたとしても,等しく到達する等至点(Equifinality Point: EFP)があるという考え方を基本とし(安田,2005),人間の発達や人生径路の多様性・複線性の時間的変容を捉える分析・思考の枠組みモデルである(荒川ら,2012).本研究は,不妊治療を終結し,様々な要因の影響を受けながら,子どものいない新たな生き方を見出す過程を明らかにすることを目指すためTEMを適用した.

2. 研究対象者

子どもを得ず高度生殖補助医療の受療を終結し,夫婦2人の生活を送り,治療開始から子どものいない現在の生活に至るまでの過程と現在の自分の生き方を語ることが可能な女性14名

3. 調査方法

1) 協力依頼方法

不妊患者支援団体,高度生殖補助医療実施機関および不妊専門相談センターの責任者に研究協力の承諾を得て,研究対象者の条件に該当する方の選定と,該当者の心理状態を配慮した上で研究の趣旨・方法,研究者の連絡先を記載した協力依頼文の配布を依頼し,連絡先に返信があった方を対象者とした.また,機縁法により,紹介者から研究説明文を渡していただき返信があり同意が得られた方を対象者とした.

2) 調査期間

平成26年10月~平成27年9月

3) 調査方法および内容

研究者が,対象者が指定した時間と場所に出向いて,半構造化面接を2~3回行った.内容は,治療開始から終結までの気持ちと行動,治療終結後から現在までの気持ちの変化と対処行動,治療体験の意味づけ,終結後に始めたこととした.治療開始からの語りを求めた理由は,治療体験がその後に影響すると判断したことによる.面接内容は,許可を得てICレコーダーに録音し,録音内容を逐語訳したものをデータとした.

4. 分析方法

TEM分析の手法を基に以下の手順で行った.

1)1事例ずつ,直面した出来事,行動や選択,その時の気持ちや影響要因を示す語りを意味内容ごとに切片化し,時系列に整理した.

2)本研究の等至点(EFP)は,竹家(2008)が,目標設定,自己確立感,社会化,生成継承性の芽生えによって,不妊女性が「子どもを持たない人生」の受容に至ったと判断していることから,目標を持ちそれに向かう,キャリア・経験を社会や次世代のために活かす,自己の成長の自覚と自己受容に至る「自分らしく生きる」とした.TEMでは,研究者の認識を拡張するためにEFPと対極の意味をもつ両極化した等至点(Polarized EFP: P-EFP)を設定する.本研究では,「不妊・不妊治療体験を受け容れられず子どもがいないことに囚われ逡巡する」(P-EFP)とした.その後,事例の類似の出来事,行動や選択,気持ちといった体験を摺合せ,制度的・慣習的・結果的にほとんどの人が経験する必須通過点(Obligatory Passage Point: OPP),行動が多様に分かれていく分岐点(Bifurcation Point: BFP)を抽出した.

3)等至点(EFP)に至る過程に,分岐点(BFP)と必須通過点(OPP),各径路(行動・考え)を記載しTEM図を作成した.TEMでは,生き方に関する考察的提言や援助的介入の可視化を目指すため,対象者は語らなかったが選択肢として理論上ありえる径路でかつ描き出す意義のある径路を描く(安田,2012a)とされており,TEM図に,理論上あり得る径路や行為・考えを破線で加えた.

4)TEMでは,等至点(EFP)への歩みを後押しする力を社会的助勢(Social Guidance: SG),阻害的・抑制的に働く力を社会的方向づけ(Social Direction: SD)とする.どちらに該当するのか検討し,各径路の選択に至った要因を意味内容の類似性に基づきカテゴリ化した.

5)TEM図にカテゴリ化したSGとSDを加え,TEM図を完成させた.

6)全事例の等至点(EFP)に向かう径路を類型化し,類型毎の特徴を見出した.

7)切片化,カテゴリ化の過程を研究者2名が別々に行い,もう1名の研究者が中立的な立場で内容を確認し,一致するまで検討した.カテゴリ化の結果は,不妊看護の経験のある研究者1名,看護職1名に提示し確認した.また,研究対象者3名に逐語録とラベルと分析結果を提示し確認した.

5. 倫理的配慮

研究参加は自由意思を尊重し,匿名化と守秘に努めた.面接中は答えたくないことは無理に答えなくてもよいことを説明しながら進めた.本研究は岐阜大学大学院医学系研究科医学研究等倫理審査委員会の承認(承認番号26-191)を得て実施した.

Ⅲ. 結 果

1. 研究対象者の背景

治療期間は4~10年,不妊症の原因は,女性因子12名,男性因子2名であった.治療中継続して就業していた者は4名.治療終結後からインタビューまでの期間は4~12年で,終結後4年の対象も,治療再開は望まず,新たな生き方を模索し,新たな生活を歩んでいた.

2. 「自分らしく生きる」EFPに向かうまでのTEM(図1

等至点(EFP)を『太字』,分岐点(BFP)と必須通過点(OPP)を「太字」,選択した行動・行為,考えを,非可逆的時間の中で生じた順に「アルファベット:ゴシック体」,語りを「イタリック体」で示す.

図1

治療終結後から自分らしい生き方を見出す過程のTEM図

「不妊治療終結」OPP①の直後は「しがらみから解放されたみたいな」「やれることはやった.ふっきれた」など解放感,達成感を感じる場合と,「努力しても報われない挫折感を初めて味わった」「人生何もなくなった.気持ちがどんよりした」のように挫折感,空虚感,敗北感,喪失感の他,達成感と喪失感が同時に込み上げる場合もあった.

その後,「A:治療終結の決断を夫も理解している」と認識している場合は,「B:自然妊娠する可能性を幻想しない」に向かった.一方「A':治療終結の決断を夫はどう捉えるか気にかかる」場合は,「夫に終結の決断を告げる」ことで,「自分の決断に納得する・安心する」場合と,「夫は元々子どもを熱望していなかった.辛い時にはいつも『やめれば』って言うだけだったので伝えなかった」のように「夫に終結の決断を告げない」に分岐した.よって,「A'」は,夫に終結の決断を伝える・伝えないという分岐点(BFP)とした.そして,「自分の決断に納得する・安心する」ことで,「B:自然妊娠する可能性を幻想しない」径路と,「治療のストレスがなくなったら,子どもが出来るかもしれないと思った」のように「B':自然妊娠する可能性を幻想する」径路に分かれ,「夫に終結の決断を告げない」径路は,「B':自然妊娠する可能性を幻想する」に向かった.

次に,「B:自然妊娠する可能性を幻想しない」場合は,「C:治療再開を検討しない」径路と「やめてから養子について色々調べた.育てられるかすごく葛藤し夫に相談した」のように「C':子どもを諦めてよいのか葛藤する」に向かった.「B':自然妊娠する可能性を幻想する」径路は,「C':子どもを諦めてよいのか葛藤する」に向かった.

「C:治療再開を検討しない」場合は,「仕事で色々な家庭に訪問した経験から,2人でもいいと自信が持てた」のように「D:夫婦だけの家族のカタチもあると認識する」径路と,「これから何をして行こう,どうやって生きて行けばいい?子どもを育てていかなくて,一人前の大人とし自負していいの?」のように「D':これからの生き方を思案する」径路に向かった.

「C':子どもを諦めてよいのか葛藤する」場合は,「最後は私の卵子の老化が原因みたいなことを言われた.卵子の提供を受ければ授かるかもしれない,アメリカに行ってみよう」のように「養子・提供卵子を検討」する径路と「生理もある,仕事もしていないからストレスもない.妊娠するかもと思い,治療をしてみようかと1日のうちに何度か思う」のように「治療再開を検討」する径路と,「私でなければ夫には子どもを持つチャンスがあると思い,夫と話し合う」のように「夫の人生を考え離婚を問う」径路に分岐した.よって,「C'」は,養子や治療再開などを検討する分岐点(BFP)とした.その後,「養子・提供卵子を検討」した場合は,「断念」し,「治療中からのネット上の友人が夫婦で楽しんでいる様子を知り,夫婦で共有できる何かがあれば2人でも楽しい」のように「D:夫婦だけの家族のカタチもあると認識する」径路と,「このまま収入が無くても困る」のように「D':これからの生き方を思案する」径路に向かった.「治療再開を検討」「夫の人生を考え離婚を問う」場合は,「夫の自分への思い,今後への思いを初めて聞くことができた」などから「再開断念」「離婚をやめる」に向かい,「D':これからの生き方を思案する」に向かった.

その後,全例が「私には逃げ道として仕事があった.目の前のことをこなしていけばよかった」のように「出来ることに熱心に取り組む」OPP②に進んだ.その後も,「養子縁組の話に興味を持ち,講演や体験を聞いたが,年齢の壁にぶつかり断念」のように「養子を検討」「断念」する場合や,「40歳.ネットに体外受精でも確率は低いとあり,産んだリスク(子どもの異常,自分の体力)や治療費も考え治療に行かなかった」のように「治療再開を検討」し,「再開断念」する場合もあったが,全例が「閉経を迎え,どうあがいても無理と完全に諦めた」のように「子どもを持つことをきっぱりと諦める」OPP③に向かった.

その後は,「(治療のために)キャリアを目指さない道に進んだからブランクがある.興味があることはやってみたい.大学院を受験した」のように「E:今後の生活設計や充実した生活を模索し行動する」と同時に「身近な人,芸能人の出産報道,季節の行事などで,治療してきたことを振り返る」のように「E':治療を行ってきた人生を振り返る」ことをしていた.その中で「お金のかかる治療ができただけ恵まれている.後悔はない.達成感がある」(感謝・達成感),「結婚して20年.皆は,子育てをして濃い人生の20年.私はぱっと見何もない20年に見えるけど,しっかり治療をして頑張ってきた」(自負・納得),「少々のことで動じなくなった.優しくなった.丸くなった」(成長)などを感じると同時に,一方で,「結局,子どもができなかった.(母親に)申し訳ない気持ちがすごくある」(罪悪感),「治療をしなければ違う人生があったかもしれない」(後悔),「結局,乳がんになった.治療の失敗も知って,お金も使い,体にも害を与えて,夫にも不自由をかけて,マイナス面がすごく大きい」(喪失感),「子どもや孫がいる人のことを素直に喜べない.羨ましい.引きずっている」(羨望・嫉妬)など,アンビバレントな感情に揺れていた.

そして,「大学院を目指し,合格した」のように自己肯定感の回復,「仕事中は子どもがいる・いないはあまり重要でない.時間に縛られないので逆に優遇され,存在感がある」のように存在意義の回復,「同級生の集まりで様々な人生に触れ,人生と闘っているのは自分だけじゃなかった」「一つの事ばかりに囚われると視野が狭くなる.視野を広げることが必要」のように価値観・信念に変化が生じた場合は,「私にとって不妊治療をしてきことは意味のあること」のように,「F:治療に取り組んだ人生を肯定する」に向かった.一方で,「親は子どもと一緒に成長して親になる.私達夫婦にはそれがない.成長していないと感じる」ことで自信喪失に向かい,「『気楽だよね』って言われると,子育てしている人と比べると,言われても仕方ないと思う」のように自尊心が低下し,「子どもを持つ他の方法があったかも.冷静に考えるとやらなければ病気にならなくて済んだかも.他に違う道があったかも」のように「F':治療に取り組んだ人生を肯定できない」に向かう場合もあった.よって,「E」「E'」は,人生の再構築に向け,治療体験に意味を付与する分岐点(BFP)であると判断した.

「F:治療に取り組んだ人生を肯定する」径路は,「子どもの話や『お子さんは?』って聞かれると『不妊治療はしましたけど恵まれませんでした』って言える」のように「G:社会通念に囚われず子どものいない人生を前向きに捉える」,一方「『もうお子さんは大きいの?』と聞かれると子どもがいないことを認識させられる」「『優雅でいいわね』と言われると大したことのない人生と思われているような気がしてならない」のように「G':社会通念に囚われ子どものいない現実を認識することで委縮する」にも向かっていた.「F':治療に取り組んだ人生を肯定できない」場合は,「『お子さんは?』の社交辞令が嫌なの.他の人はどうやって乗り越えたの?」のように「G':社会通念に囚われ子どものいない現実を認識することで委縮する」に向かった.

その後,「G:社会通念に囚われず子どものいない人生を前向きに捉える」場合は「乳児の母親への栄養相談をしている.これからは悩みや問題を抱えている母親の役に立てたらと思う」などキャリア・経験を活かすこと,「今までは,こうでなければならないという自分がいた.人も自分も許す寛容な気持ちになってきた」のように成長した自分に気づくこと,「何を持っているかではなく,どんな風に生きていくかが大事」「カウンセリングルームの開設や啓発活動を行う仕事を始めた」のように目標を持ちそれに向かった.この段階を『自分らしく生きる』EFPに至ったとした.

P-EFPに『不妊・不妊治療体験を受け容れられず子どもがいないことに囚われ逡巡する』を設定したが,「G':社会通念に囚われ子どものいない現実を認識することで委縮する」場合であっても,「自分が出来ることは,資格を活かして地域に還元すること.そうすることが親孝行にもなる.今,体制を整えているところ」のように「自分らしい生き方を模索する」ことで『自分らしく生きる』EFPを志向していた.そのため,P-EFPは論理的には存在しうるが,研究対象者の中にはいないと判断した.以上の過程をTEM図にした.なお,SGとSDに伴う感情も行為や考えに影響するため,TEM図には感情も示した.

3. 各径路の選択に至る要因

要因のカテゴリを【太字:SG番号またはSD番号】,出来事や思いを「イタリック体」で示す.『自分らしく生きる』EFPに至るには,「F:治療に取り組んだ人生を肯定する」径路から「G:社会通念に囚われず子どものいない人生を前向きに捉える」径路を辿る.しかし,「F」に向かいながら,「G':社会通念に囚われ子どものいない現実を認識することで委縮する」に向かう場合もあった.

今回は,「F」「F'」「G」「G'」の径路に影響するSGとSDを提示する.

1) 「F:治療に取り組んだ人生を肯定する」に向かうSGと「F':治療に取り組んだ人生を肯定できない」に向かうSD

「F」に向かう要因は,8つに分類された.「ピアカウンセラーになりカウンセリングを行う中で自分の治療体験の道程が肯定できた」など【治療体験を肯定する気持ちが高まる:F-SG1の他,【資格を得たり仕事などで役割を得る:F-SG2【将来を見据えた夫との安定した関係が保てていると実感する:F-SG3【治療の経験によって成長した自分に気づく:F-SG4【子どものいない友人や子どものいる友人との安定した関係をもつ:F-SG5【実母・義母・医師などからの労いや承認を得る:F-SG6【子どもや結婚について誰もが思い通りの人生ではないと気づく:F-SG7【子育ての現実を知り,子どもがいないことをプラスに捉える:F-SG8であった.

「F'」に向かう要因は7つに分類された.「もっと早く子どものことを夫と話すべきだった」など【結婚・出産や治療を早くするべきだったと振り返る:F'-SD1の他,【高齢出産・不妊治療・養子の報道で子どもに対する気持ちが再燃する:F'-SD2】【夫や両親への罪悪感を引きずる:F'-SD3【治療による負の代償が大きいことを実感する:F'-SD4【節目節目で孫を見せられなかった罪悪感が再燃する:F'-SD5【老後に対する不安を考える:F'-SD6【治療を続けた医師への不信感が再燃する:F'-SD7であった.

2) 「G:社会通念に囚われず子どものいない人生を前向きに捉える」に向かうSGと「G':社会通念に囚われ子どものいない現実を認識することで委縮する」に向かうSD

「G」に向かう要因は6つに分類された.「産んだら産んだで悩みは尽きず子育ても大変だ」など【子育ての苦労を知り子どもがいないことをプラスに捉える:G-SG1の他,【心無い言葉への対応を身につける:G-SG2【友人との安定した関係をつくる:G-SG3【不妊に折り合いをつけながら生きようと思う:G-SG4【辛かった流産体験を封印せず大切な体験と位置付ける:G-SG5【子どもがいなくても前向きなピアに出会い落ち着く:G-SG6があった.

「G'」に向かう要因は5つに分類された.「子どもがいないと分かると子どものことを一切話してこない同僚に,話しを聞くことはできるのにと寂しく思う」など【子どもがいないことに対する心無い言葉・態度に傷つく:G'-SD1の他,【身近な人の妊娠・出産報告を喜べない気持ちが続く:G'-SD2【子どもがいないと不憫がる両親や子どもの話題を避ける夫:G'-SD3【子どもを育てないと一人前ではないという自己の価値観:G'-SD4【養子という選択肢もあったと考える:G'-SD5があった.

4. 類型の抽出とその特徴

「F」または「F'」「G」または「G'」のいずれの径路を辿るかということとEFPに至るか否かの3点に着目し類型化した結果,3つの類型が抽出された.

1) 類型①(F→G→EFP)の特徴

類型①は9事例であった.終結直後はアンビバレントな感情があったが,夫との安定した関係,役割を得る,治療への努力を肯定する気持ちの高まりや成長した自己への気づき,人生は思い通りに行かないという悟り,重要他者からの労いや承認,子どものいない人生に価値を見出すことにより,感謝,達成感,自負,納得,成長を感じ治療体験を肯定(F)し,社会通念に囚われず(G),自分らしく生きていた(EFP).枠内に,事例の語りの一部を提示した.

〈事例I

・後悔しない形でやめた.でも,気持ちがどんよりした.夫の将来を考えたが,夫は「皆のところには子どもがいるけど,我が家にはいない.これも個性.2人でいけばいい」と言った.その後も夫は節目節目で声を掛けてくれる【F-SG3】.

・何か始めようと思いカウンセリングを学ぶことにした.40歳を過ぎても挑戦できる自分に自信が持て,再生した気持ちになった.ピアカウンセラーにも挑戦して合格した【F-SG2】.カウンセラーとして落ち着いた存在として話が聞ける自分になった【F-SG4】.

・時折,同年代で最近子どもを産んだ友人のことを羨ましく思う【F'-SD2】,だが,寝ても疲れが取れない自分には子育ては無理と納得する.

・何かの拍子に治療体験を思い出す.嫌な体験だけど認めている【F-SG1】.自分の歴史,今の自分に繋がっていると考えている(Fへ).そして,「子どもは産むべき」との心無い言葉にも,対処できる自分になった【G-SG2】(Gへ).不妊のお悩みサイトも開設している.「夫婦2人でも楽しいですよ」って伝えていきたい.(EFPへ)

注)文中の記号は径路や要因の番号を示す

2) 類型②(F→G'→自分らしい生き方を模索する)の特徴(H)

類型②は2事例であった.終結直後は敗北感を感じていた.その後,役割を得る体験,夫や友人との安定した関係,成長した自分に気づくことにより,治療体験を肯定(F)するが,子どもがいないことを否定する価値観に囚われ委縮(G')している.しかし,自分らしく生きているモデルと出会い,自分らしく生きることを志向している.

〈事例N

・治療に疲れた私を見かねて言った医師の言葉で目が覚め,夫や父の言葉でやめられた.治療をやめてからペットを飼うことで気が紛れたが,代理母や養子縁組の話題に気持ちが揺れ,治療再開も考えたけどやめた.

・その後,正社員に抜擢され堂々とした気持で仕事ができるようになった【F-SG2】.職場の後輩の治療話にも動揺せず,過去のことと思えた.達成感は8割.しいて言えば,楽しんで明るい気持ちで治療をするべきだったと思う【F-SG1】.職場では子どもがいる・いないは関係なく重宝されている【F-SG2】.夫と話し老人ホームに入るお金を貯めよう,2人で食べる分の野菜を育てようとなった【F-SG3】.趣味での横のつながりもある【F-SG5】.(不妊で)人生初めての挫折を体験してからは少々のことで動じなくなり,優しくなったし,丸くなったと思う【F-SG4】(Fへ).

・ただ,「子どもがいなくて気楽だね」の言葉に努力したって言いたい気持ちになる【G'-SD1】ことや,節目節目で義父母が私達を不憫がるのが嫌だと思う【G'-SD3】(G'へ).そんな折,子どものいない先輩に出会い,ああなりたいと思えた.子どもがいないならいないで楽しいこともあると分かり始めてきた.

注)文中の記号は径路や要因の番号を示す

3) 類型③(F'→G'→自分らしい生き方を模索する)の特徴

類型③は3事例であった.終結直後は敗北感を感じていた.今後の生活を模索する中で,後悔や夫・親への罪悪感,老後の不安,医療者・医療への不信感,羨望・嫉妬により,治療に取り組んだ人生を肯定できず(F'),社会通念に囚われ委縮(G')している.しかし,自分を活かすこと,新たな目標を見出し,自分らしく生きることを志向している.

〈事例A

・医療従事者の「まだ続けるの?」と言う無言の圧力,病院の年齢別治療成績一覧を見て病院に行かなくなった.生理があるまでは可能性を信じたが,閉経を迎え完全に諦めた.

・治療をやめてから,収入がなくても困ると思い正社員になった【F-SG2】.夫は支えてくれる【F-SG3】.

・しかし,早く結婚・治療すればよかった【F'-SD1】とか,孫がいないので節目節目で両家が集まれず,両家を疎遠にしてしまった【F'-SD5】,老後を看てくれる人はいない【F'-SD6】などと思う(F'へ).

・「お子さんは?」の社交辞令が嫌だし【G'-SD1】,身内以外の妊娠・出産・孫の話で喜べない自分がいる.羨ましいって思いが死ぬまで続くと思う【G'-SD2】(G'へ).

・最近夫が定年を迎えたので,親孝行と思って夫の両親のもとで暮らすことにした.温かく迎えてくれたこともあり,自分が出来ることは,資格を活かして地域に還元することと考え始めた.そうすることが親孝行にもなるかもしれないと思い,今,少しずつ動き始めている.

注)文中の記号は径路や要因の番号を示す

Ⅳ. 考 察

1. 治療終結後の自分らしい生き方を見出す過程と看護支援の検討

終結直後は,アンビバレントな感情を抱く.これは,治療から解放され安堵する反面,何も得られなかったことを認めざるを得ない現実に向き合うことで生じると考える.このとき,夫婦ともに治療終結を納得していれば夫婦だけの家族のカタチもあると認識していくが,治療終結を夫と相談せず決断した場合には,夫の思いが気にかかり,自然妊娠を期待したり,子どもを得る別の方法や離婚を切り出すなど葛藤していた.このことから,終結時期のみでなく,長い治療の各段階で夫婦が一緒に考え治療に向かえるように夫婦の意思疎通を図る支援,支え合う関係性の構築とそれを維持する支援が重要である.なお,夫婦で納得して終結しても,子どもを諦めてよいか葛藤する径路もあった.このことは,治療終結後も,揺らぎの中にあり,終結時には,終結の決断とは別に,子どもを持つ他の方法への葛藤を経験することを意味する.よって,治療終結に伴う感情の表出と整理の支援とあわせて,必要な場合には,養子を得て親になる選択などに関する情報提供や相談窓口を示し,意思決定を支援することも求められていると考える.

その後は,夫婦だけの家族のカタチもあると認識する径路とこれからの生き方を思案する径路に向かった.これを後押しする要因には,夫婦2人で生きるモデルの存在,多様な家族のありように気づくこと,夫の支えがあった.柘植(2012)は当事者の語りから,子どものいないロールモデルが増えること,自助グループや不妊を経験した当事者がいろいろな生き方があることを見せることが不可欠と述べている.本研究結果からも,看護職は,治療開始か否かの段階から,当事者の心理に寄り添い,治療をしないカップルをはじめ,様々なカップルが存在することを示し,生き方の多様性の理解を促すことも子どもに囚われない家族像を形成する支援として重要と考える.

子どもを持つことをきっぱりと諦める段階に至るには,加齢とそれによる身体の変化の自覚が影響し,子どものいない人生へと目を向けさせていた.その後,今後の人生設計や充実した生活を模索しつつ,季節の行事や出産報道などを機に,治療を行ってきた人生を振り返っている.やまだ(2007)は,喪失体験は人生に危機をもたらす出来事であるが,時間を経て自分の中で出来事を再構成し,意味づけ,喪失を意義あるものと認識することで人生が変わると言い,喪失は発達の契機にもなりうると述べている.治療に費やした人生を振り返ることは,喪失を伴う治療体験に意味を付与するプロセスと捉えられる.終結時には失ったものに目が行きやすいが,治療体験により得たものや自己の成長に気づく支援も必要である.終結後も治療体験の意味づけのプロセスは続き,治療体験を肯定する要因には,夫や友人との安定した関係,医師や親・夫からの労いや承認,社会で役割を得ること,自身の価値を見出すことなどが影響していた.終結後も,夫婦2人の人生を夫婦で構築していくために,お互いが大切なパートナーであると再認識できる支援,医師の理解も得て治療過程での努力への承認と終結の意思決定を支持すること,社会との繋がりを保ちその中で自身の強みに目を向ける支援をすること,そして,当事者を取り巻く身近な存在へ不妊や不妊治療への理解と求める支援についての情報を発信することが重要である.これらの治療過程の支援が,終結後を支える支援になると考える.

その後,治療に取り組んだ人生を肯定し社会通念に囚われず,『自分らしく生きる』(EFP)に向かう.この径路には,子どものいない現実のプラス面を見出す,心無い言葉への対応を身につける,不妊に折り合いをつける,辛かった体験を大切な体験と位置付ける,ピアの存在などが影響していた.これらをふまえ,相談できる仲間をつくる支援,社会と関わる中で自分なりの対処方法を身につける支援などが必要であり,そのためには自助グループとの繋がりが持てる働きかけや,自分らしく生きているモデルの紹介などが有用と考える.

2. 類型に応じた看護支援の検討

ここでは,類型②と③の径路に焦点をあて看護支援を考察する.類型③は,夫と安定した関係を築いていたが,医療・医療者への不信,他の選択肢への後悔,老後への不安,妊娠可能年齢,夫や両親への罪悪感,羨望・嫉妬,自信喪失・自尊心低下により,治療に取り組んだ人生を肯定できない径路を辿った.看護職は,治療体験はその後の人生にも深く影響することを認識し,納得のいく治療・終結に向け,理解しやすい説明を心がけると同時に,医師からも率直な説明が得られるような医師と患者との関係性を支援する必要がある.そして,治療をどこまで続けるか,他の選択肢について,患者が考えるゆとりを持って治療に向き合うように支援することも,納得のいく受療につながり,納得のいく人生の選択への支援になると考える.また,妊娠可能年齢を知らなかった等の後悔には,社会に対して,年齢と妊孕性に関する知識の普及が必要である.羨望・嫉妬,罪悪感は,いのちを繋げなかった自己を責め,否定する感情から生じていると捉えられる.森(2003)は,子どもを産めないことが人生の敗北ではないと気づいてもらうことも看護師の支援と述べ,安田(2012b)は,自尊心の回復を推し進めるには,「子どもをもつ/もたないという価値基準でははかることのできない私」の有り様に,目をむけることができるようになることが必要と述べている.治療中から治療過程で生じる自尊心低下を防ぎ,子どもの有無に関わらず社会や家族の重要な一員であることに目を向けられるよう関わり,子どもが持てなかった自分の人生は価値がないと結論づけないように,自分の人生の価値を自分が認めるように支援していくことが重要である.そして何より,看護職が,子どもの存在の有無に関わらず人は豊かな人生を生きることができるという価値観と広い視野を持ち,看護を提供する姿勢が重要である.

類型②は,治療体験を肯定的に意味づけているが,類型③同様に,社会通念に囚われ子どものいない現実を認識することで委縮し,自分らしい生き方の模索に留まっていた.その要因には,心無い言葉や不憫がる家族や夫の態度,子どもを育てて一人前という自己の価値観があった.周囲の言動に傷つく背景には,子育てをして一人前といった本人に内在化された価値観が影響している可能性がある.その辛さを十分に受け止めつつ,自分自身を縛る価値観の変容に働きかける支援が重要である.患者の苦悩には社会の無理解も影響しているため,社会に対して,不妊という現象が存在することや治療を受ける患者の体験や苦悩を伝え,多様な家族像や生き方を肯定することに繫がる発信,他の選択肢に対する知識の発信が必要と考える.

Ⅴ. 本研究の限界と今後の課題

本研究は,子どもを得ず不妊治療を終結し,現在に至る過程を語ることが可能な女性を対象者とした.対象者の多くが,終結後の長い人生を想起した語りのため,当時体験したこととは変化した内容が語られた可能性がある.また,子どものいない人生を受け容れていく過程は,カップルの体験として捉える必要がある.今後は,パートナーの実像も明らかにし,夫婦2人の生き方,自分らしい生き方を獲得するために必要な支援を考える必要がある.

Ⅵ. 結 論

子どもを得ることなく不妊治療を終結した女性14名への複数回の面接調査を行い,以下が明らかとなった.

1.治療終結後,自分らしい生き方を見出す過程は,解放感・喪失感のアンビバレントな感情に揺れ,子どもを諦めてよいかの葛藤を経て子どもを持つことを断念する.治療を行なった人生を振り返りながら生き方を模索し,治療に取り組んだ人生を肯定するか否かに分岐し,社会通念に囚われず子どものいない人生を前向きに捉えることで,自分らしい生き方を見出していた.

2.治療に取り組んだ人生の肯定には,社会で役割を得ること,夫との安定した関係,親や医師などの労いや承認などが影響していた.社会通念に囚われない自分らしい生き方には,価値の転換,子どものいない夫婦のモデルの存在などが影響していた.一方,治療や医療者への不信感,結婚・治療開始年齢への後悔,親への罪悪感,心無い言葉による自己肯定感の揺らぎ,子どもがいて一人前という価値観などが自分らしい生き方を見出すことを逡巡させていた.

3.看護職には,治療中から納得のいく受療と自尊心の低下を防ぐ支援,夫婦関係を調整する支援,様々な家族のあり方や選択に関する情報提供も求められる.また,終結後に生じ得る葛藤や苦悩,治療体験の人生への意味づけは続くことも説明し,今後の人生を構築していく支援が必要である.それには,治療体験に対して重要他者から労い・承認が得られる支援,終結後の生き方を示すモデルの提示,自分自身を縛る価値観の変容に働きかける支援が求められている.

4.当事者の苦悩には,社会の無理解,妊娠可能年齢や治療や子どもを得る別の選択肢の知識や認識の不足による後悔もあった.看護職には,不妊という現象,不妊治療,患者が抱える苦悩,子どものいない家族や生き方の多様性に関する情報を社会や受療を検討している当事者に発信することが求められている.

付記:本論文の内容の一部は,第37回日本看護科学学会学術集会において発表した.なお,本研究は,愛知県立大学大学院看護学研究科に提出した博士論文の一部に加筆・修正を加えたものである.

謝辞:本研究にご協力くださいました研究参加者の皆様,研究協力施設及び自助グループの皆様に心よりお礼申し上げます.本研究は,JSPS科研費25463467の一部として行われた.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:AMは,研究の着想からデータ収集・分析の実施および草稿の作成,MSは,分析,解釈,草稿への示唆および全体への助言,MKは,研究の着想から研究プロセス全体への助言.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

文献
  •  荒川 歩, 安田 裕子, サトウ タツヤ(2012):複線径路・等至性モデルのTEM図の描き方一例,立命館人間科学研究,25, 95–107.
  •  Lok  I. H.,  Lee  D. T.,  Cheung  L. P., et al. (2002): Psychiatric morbidity amongst infertile Chinese women undergoing treatment with assisted reproductive technology and the impact of treatment failure, Gynecol. Obstet. Invest., 53(4), 195–199.
  •  三尾 亜喜代, 佐藤 美紀, 小松 万喜子(2017):子ども得ず不妊治療を終結する女性の意思決定プロセス―複線径路・等至性モデル(TEM)による分析―,日看科会誌,37, 26–34.
  •  森 明子(2003):不妊治療に関わる家族の意思決定,家族看護,1(1), 70–78.
  •  中込 さと子, 横尾 京子, 田口 智子(2009)体外受精―胚移植によって子どもが得られなかった女性のライフヒストリー研究,日生殖看会誌,6(1), 4–16.
  •  大槻 優子(2003):不妊治療を受け子どもが得られない夫婦関係についての研究 A氏夫婦の不妊治療開始から治療終結,現在に至るまでの分析から,母性看護,34, 112–114.
  •  竹家 一美(2008):不妊治療を経験した女性たちの語り―「子どもを持たない人生」という選択,質的心理研,7, 118–137.
  • 柘植あづみ(2012):生殖技術 不妊治療と再生医療は社会に何をもたらすか(初版),みすず書房,東京.
  •  上野 桂子, 門屋 英子, 松元 恵理子,他(2008):不妊治療の終結における患者サポートについての検討―「妊娠に至らず治療終結を決意した元患者を囲む会」を開催して―,産婦の実際,57(9), 1473–1478.
  • やまだようこ(2007):やまだようこ著作集第8巻 喪失の語り 生成のライフストーリー(初版),新曜社,東京.
  •  安田 裕子(2005):不妊という経験を通じた自己の問い直し過程―治療では子どもが授からなかった当事者の選択岐路から,質的心理研,4, 201–226.
  • 安田裕子(2012a):第1章第5節第3項 非可逆的時間における径路,安田裕子,他編,TEMでわかる人生の径路 質的研究の新展開(初版),38–45,新曜社,東京.
  • 安田裕子(2012b):不妊治療者の人生選択 ライフストーリーを捉えるナラティヴ・アプローチ(初版),新曜社,東京.
 
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