日本看護科学会誌
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ISSN-L : 0287-5330
原著
糖尿病をもつ高齢者の低血糖に関する語り
~テーマ分析による体験の探究~
川村 崇郎小松 浩子
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2019 年 39 巻 p. 227-235

詳細
Abstract

目的:低血糖は糖尿病患者の予後を左右する.本研究では糖尿病を有する高齢者が低血糖に関してどのような体験をしているのか探究する.

方法:1型あるいは2型の糖尿病を有し,研究参加に同意した日より遡って1年以内に低血糖を経験した65~90歳の高齢者13名に半構造的面接を行い,テーマ分析を用いてデータを分析した.

結果:4つのテーマと12のサブテーマが抽出された.4つのテーマは《コントロールがきかないもどかしさ》,《自己肯定感を伴う低血糖のコントロール》,《自己管理という心得》,《低血糖との折り合い》であった.

結論:高齢者は低血糖に関して負担感情のみではなく《自己肯定感を伴う低血糖のコントロール》というポジティブな感情を抱くことが見出された.高齢者は《自己肯定感を伴う低血糖のコントロール》と《自己管理という心得》を後ろ盾として,生活や価値観にもとづいて選択的に《低血糖と折り合い》をつけると考えられる.

Translated Abstract

Purpose: Hypoglycemia affects the prognosis of diabetic patients. This study aimed to explore the hypoglycemic experience of older adults with diabetes.

Methods: Semi-structured interviews were conducted with 13 older adults aged 65 to 90 years with Type 1 or Type 2 diabetes. They had experienced hypoglycemia within the last year from the date when they agreed to participate in this research. Thematic analysis was used to analyze the data.

Results: The hypoglycemic experience of older adults with diabetes was revealed through twelve sub-themes and four themes: “Frustration from Losing Control,” “Controlling Hypoglycemia with Self-esteem,” “Understanding that Self-management is Needed,” and “Reconciling Hypoglycemia.”

Conclusion: We revealed that older adults with diabetes have not only negative but also positive feelings of “Controlling Hypoglycemia with Self-esteem.” From our findings, older adults may selectively “Reconcile Hypoglycemia” based on their lives and values.

Ⅰ. 緒言

本邦では糖尿病が強く疑われる者の割合に関して,70歳以上では女性の19.8%,男性の25.7%がこれに該当する(厚生労働省,2018).糖尿病の治療に関して,インスリンを含む薬物療法は,ライフスタイルの改善では血糖コントロールが困難な場合でも効果的である反面,低血糖の発生が問題視され,本邦では重症低血糖による救急搬送が年間約2万件とも推計される(難波ら,2017).低血糖により,死亡リスクの増大(Cryer, 2011)やQOLの低下が示唆され(Barendse et al., 2012),身体面や精神面への影響力は大きい.特に高齢者は,腎機能低下による薬物代謝障害や,認知機能障害による服薬アドヒアランスの低下,多剤併用などにより低血糖のリスクが高まり(日本糖尿病学会・日本老年医学会,2018),低血糖により認知症(Yaffe et al., 2013)や転倒リスクの増大も示唆され(Zhao et al., 2016),さらなる注意が必要である.したがって高齢者の糖尿病治療では,低血糖リスクの低減を考慮した血糖コントロールが推奨されている(日本糖尿病学会,2016).外来患者割合が増加傾向にある近年は,患者のセルフマネジメントの向上に重きを置いた患者教育が重要である.患者のセルフマネジメントを促進する患者教育の実践の前提として,糖尿病を有する高齢者が低血糖をどのように受けとめて療養に取り組み,その体験をどのように意味づけるのか明らかにされる必要がある.無自覚性低血糖を経験する1型糖尿病患者の体験は報告されているが(Rankin et al., 2014),これは主に日常生活における影響に焦点化されており,糖尿病を有する高齢者の低血糖の受けとめや意味づけは明らかにされていない.

したがって本研究では,糖尿病を有する高齢者が受けとめや意味づけという側面から低血糖に関してどのような体験をしているのか探求する.その結果から糖尿病を有する高齢者への患者教育において,低血糖に関連したセルフマネジメントを促進する看護支援について示唆を得られる.

Ⅱ. 研究目的

糖尿病を有する高齢者が,低血糖に関してどのような体験をしているのか探究する.

Ⅲ. 用語の定義

本研究では患者の主観的な低血糖の体験を探究するため,客観的な指標である血糖値の他に,主観的な低血糖症状の有無も含めて低血糖の発生を判断する.したがってAmerican Diabetes AssociationとEndocrine Societyのワークグループで示される低血糖の分類,“Pseudo-hypoglycemia”も含み(Seaquist et al., 2013),「低血糖症状の有無に関わらず血糖値が70 mg/dl以下の状態,あるいは血糖値が70 mg/dlより高くても低血糖症状がある状態」と定義する.

Ⅳ. 研究方法

1. 研究デザイン

本研究はテーマ分析を用いた質的記述的研究である.

2. 研究対象

1) 研究参加者

研究参加者は,①糖尿病治療の目的で外来に通院し,②食事療法/運動療法/薬物療法のいずれかの治療を行い,③過去1年以内に複数回低血糖を経験し,④医師または看護師から低血糖に関する患者教育を受けたことのある65歳以上の高齢者とした.自らの低血糖の体験を想起し,インタビューに応じる必要があるため認知症や精神疾患の診断を受けている者は除外した.低血糖の経験が複数回あることを適格基準とした理由は,低血糖の体験とそれを受けた療養上の試行錯誤の繰り返しの中で,低血糖が意味づけられると考えたためである.

2) 研究対象施設と研究参加の依頼方法

研究参加者は,研究対象施設を介した選定と,ネットワークサンプリングの2つの方法によってリクルートされた.

研究対象施設は,低血糖を経験する糖尿病患者へ一定以上の質が担保された患者教育を実施している必要がある.したがって,糖尿病外来が設置され,医師または看護師によって患者教育が実施される関東圏内の2病院を選定した.糖尿病外来の医師または看護師に,研究参加者の条件を満たす者(以下,候補者)の選定を依頼した.ネットワークサンプリングでは,紹介者に研究参加者の条件を提示した上で候補者を選定してもらい,紹介を受けた.その際,候補者には糖尿病外来あるいはそれに準ずる外来に通院していること,候補者の体験が医療者によって低血糖によるものと疑われていることを確認した.

研究の説明を受け,研究参加に同意を示した候補者を研究参加者とした.

3. データ収集方法

2018年5月から2019年4月の間に,約30分~60分の直接対面による半構造的面接を研究参加者1人につき1回実施した.主な質問は,低血糖体験時の場面の詳細,体験前後の血糖コントロールや療養状況,低血糖に対する思いや受けとめについてである.面接内容は研究参加者の了解を得てICレコーダーに録音した.また面接前に,自己報告式アンケート(患者基本情報,糖尿病の有病期間,治療内容,低血糖の発生頻度等)と,許可が得られた場合には研究参加者に血糖の自己管理ノートや血液検査結果紙を持参してもらい,SMBGやHbA1c等のデータを収集した.研究参加者が曖昧な記憶を想起,確認する時間を確保し,信頼性の高い情報を収集するため,可能な限り事前にアンケートを配布し,記入したものを面接当日に持参するよう依頼した.

4. 分析方法

分析にはテーマ分析(Braun & Clarke, 2006)を用いた.低血糖に関する思いや受けとめ,またそれらを通した低血糖との向き合い方について,低血糖を体験した高齢者の語りから繰り返されるパターンを明らかにする必要があるため,テーマ分析が適すると考えた.以下に手順を示す.

①録音した面接内容を逐語録に起こす.面接中のメモを参考に,逐語録に特記事項を加え,逐語録内の指示語等を括弧付けで補って,反復的に読み込む.

②データの興味深い特徴を意識しながらデータ全体にわたって体系的にコーディングを行い,初期コードを生成する.

③生成されたコードの類似性を検討しながらテーマ,あるいはその下位概念にあたるサブテーマに分類する.

④③において抽出された各テーマ(サブテーマ)について,分類されるコードやデータの均一性や各テーマ(サブテーマ)間の異質性等を考慮しながら,統合や分離を検討し洗練させる.

⑤洗練された各テーマ(サブテーマ)について,その本質を特定し,テーマ名(サブテーマ名)を命名する.さらに,各テーマに含まれるデータが捉える特徴を明らかにすることで定義づけを行う.

分析の信頼性・妥当性は以下の方法で担保した.まずはデータの解釈と分析におけるバイアスを最小限にするため,研究者の主観を括弧づけで補い,研究者の一人(TK)が単独で初期コードとテーマ(サブテーマ)を生成した.その後,もう一人の研究者(HK)と共に全てのコード,テーマ(サブテーマ)を再検討し,解釈における不一致が合意に至るまで精錬した.また分析についてはテーマ分析の活用経験が豊富な研究者よりスーパーバイズを受けた.

5. 倫理的配慮

本研究は慶應義塾大学健康マネジメント研究科研究倫理審査委員会の承認(承認番号:2017-01)を得て実施した.研究参加者は研究の主旨について口頭と書面で説明を受け,自由意思に基づいて同意書に署名した.研究に関してプライバシーと個人情報の保護を厳守した.

Ⅴ. 結果

1. 研究参加者

13名が研究参加に同意した.基本情報や治療・療養に関する情報を含む,研究参加者の属性を表1にまとめた.平均年齢は74.8歳,糖尿病の平均有病期間は24.2年,13名中10名が2型糖尿病であった.1名を除く全ての研究参加者がインスリン療法あるいはスルホニル尿素薬による治療を行っていた.全ての研究参加者は1~3か月に1回の頻度で医療者へ療養相談を行っていた.

表1 研究参加者の属性
コード 性別 年齢 糖尿病の病型 糖尿病歴 治療内容 低血糖前後の血糖コントロール
血糖値(mg/dl)またはHbA1c(%)
低血糖症状の自覚の有無 低血糖の頻度 療養状況 インタビュー時間
A 男性 75 2型 30年 内服治療 80 mg/dl台前半 1ヵ月に1回以上 HbA1c値を8.0%以下に保つように指示されているが,最近はそれを上回る.また,軽度の低血糖症状を自覚することが頻回にある. 62分
B 男性 71 2型 5年 食事療法
内服治療
インスリン療法
40 mg/dl以下 無(時々有り) 1ヵ月に1回以上 3ヵ月程前,医師の勧めで食事療法と薬物療法を開始した.低血糖症状はあまりないが,血糖値が40 mg/dl以下に低下することがある. 22分
C 女性 85 1型 約30年 内服治療
インスリン療法
50 mg/dl以下 有る場合と無い場合があり 1ヵ月に1回以上 インスリン注射は数十年前から行っている.3~4年前に食事量が少なかったためか低血糖による意識消失,救急搬送を経験した. 39分
D 男性 73 1型 31年 食事療法
運動療法
インスリン療法
60 mg/dl以下 有る場合と無い場合があり 1ヵ月に1回以上 血糖値は頻回に70 mg/dlを下回るが症状の自覚は60 mg/dl以下になってからである.血糖値の乱高下があり,自身もその自覚がある. 38分
E 女性 75 2型 約15年 食事療法
運動療法
内服治療
インスリン療法
70 mg/dl以下 半年に1回以上 習慣であるプール運動の後に,低血糖を繰り返し体験した.低血糖症状に恐怖を感じ,インスリン量の調整や療養相談に至った. 62分
F 男性 77 2型 39年 食事療法
運動療法
内服治療
インスリン療法
40 mg/dl以下 有る場合と無い場合があり 半年に1回以上 過去に低血糖による意識消失,救急搬送を2回経験している.そのうち1回は飲酒が原因であると本人も推測できていた.その他にも,症状を伴う低血糖はたびたび経験している. 34分
G 女性 83 2型 30年 食事療法
運動療法
内服治療
インスリン療法
60 mg/dl以下 1ヵ月に1回以上 食事・内服治療は以前より行っていたが,インスリン治療は1年前に導入となった.導入後,HbA1c値は改善傾向だが,頻回に低血糖症状を経験するようになった. 43分
H 女性 74 2型 15年 食事療法
内服治療
インスリン療法
70 mg/dl前後 有(時々無し) 3ヵ月に1回以上 過去に低血糖による意識消失と救急搬送を経験しているが,近年経験するのは軽度の症状を伴う低血糖がほとんどである. 26分
I 女性 70 2型 19年 内服治療 低血糖時の血糖値:不明
低血糖発生時期のHbA1c:8.0%
半年に1回以下 糖尿病の診断を受ける前後で初めて低血糖症状を体験したが,近年はその頻度は低い.最近の低血糖症状は,仕事中に通常とは異なる冷や汗や吐き気などで自覚した.その数日前から食事管理が乱れており,前日は飲酒もしていた. 56分
J 男性 65 1型 33年 食事療法
運動療法
インスリン療法
30 mg/dl以下 有る場合と無い場合があり 1ヵ月に1回以上 低血糖は数年前から経験しており,1年前には入浴中に意識消失し,救急搬送された.その後も運動中や食前など生活場面で,軽度の低血糖は月に何度も発生している. 71分
K 男性 66 2型 28年 内服治療
インスリン療法
低血糖時の血糖値:不明
低血糖発生時期のHbA1c:5.9%
3ヵ月に1回以上 自身で意識的に療養管理できていたため,最近までは低血糖はなかった.しかし,最近の診察でHbA1c値が6.0%未満であることを指摘され,その直後低血糖を何回か経験した. 41分
L 男性 90 2型 約30年 インスリン療法 低血糖時の血糖値:不明
低血糖発生時期のHbA1c:6.8%
3ヵ月に1回以上 十数年前より,症状を伴う低血糖を経験している.低血糖症状の自覚時には自らブドウ糖を摂取して対処している. 40分
M 男性 68 2型 約10年 内服治療
インスリン療法
70 mg/dl以下 無(時々有り) 3ヵ月に1回以上 3ヵ月に1回程度の頻度で低血糖を経験している.自覚症状はめまいなどが時々あるが,症状を自覚しないことも多い. 46分

2. テーマとサブテーマ

13名のデータ収集と分析を終えた時点で,新たなテーマやサブテーマの抽出は見られず,研究者間での合意のもと理論的飽和に至ったと判断した.

分析の結果,4つのテーマと12のサブテーマが生成された.各テーマとサブテーマについて説明する.説明は,各テーマに含まれるサブテーマについて定義とデータ例を記述する.テーマは《 》で,サブテーマは〈 〉で示す.データを引用した部分は斜体で表記し,内容を補足,中略する場合には( )で示した.引用部分の後には参加者コードを[ ]で示す.

1) 《コントロールがきかないもどかしさ》

高齢者は,糖尿病治療の根底にある〈血糖コントロールの舵取りができない〉という困難に加え,生活と療養の兼ね合いとして〈生活場面での低血糖のやりくりの困難〉,さらに〈過去と比較した衰えの自覚とコントロール感の低下〉を痛感し,《コントロールがきかないもどかしさ》を経験していた.

(1) 〈血糖コントロールの舵取りができない〉

血糖の変化を認識・予測できない,あるいは認識や予測はできても満足に対処行動がとれなかったり,対処行動の効果が期待を下回ることによって,高齢者自らの思い通りに血糖コントロールができない状態を示す.

低血糖症状の自覚や,低血糖発生の予測ができず,コントロールのための行動がとれないという困難さはF氏をはじめ複数の高齢者から語られた.

(低血糖の)予測はつかないです!急に来ますから!だから自分が食べないってなると,「低血糖になるかも!」っていうのは分かりません.[F氏]

一方で,血糖の変化の予測は可能であっても,C氏のようにその予測への対処ができないことに困難さを実感する場合もあった.

(血糖値を)150~160(mg/dl)でおさめなきゃしょうがない.でも150~160(mg/dl)だとね,今度は次のあれ(食事)するまでー…食べるまで,また(血糖値が)下がっちゃうだよね.[C氏]

このように要因は違えど,自らの思いのままに血糖コントロールができず,「自分自身で,食べ物でコントロールして血糖値を…(コントロール)できるかって,自在には,そんなんは全然,全然できない.[M氏]」というように,もどかしさが語られていた.

(2) 〈生活場面での低血糖のやりくりの困難〉

周囲の環境による不可抗力や高齢者自身の行動の不確実性により,生活場面で低血糖の予防や対処に関わる望ましい療養行動がとれない,または低血糖によって日常生活が妨げられることで患者に困難感が生じる状態を表す.

G氏は,「『インスリンを打つ前にごはんの支度して,それでごはん直前,できたら,直前に打てば5分ぐらいで効いてくるからね』って看護婦さんに言われたからね.(中略)ある程度(食事の)下準備はしてありますよ.だけど,ちょっと長引いちゃうときも(ある).[G氏]」と語り,自宅で食事の準備をする際の,インスリン注射のタイミングの難しさを訴えた.

一方でJ氏は,「ゴルフやってて低血糖になっちゃうときがあんの.そうすっともうゴルフもできなくなって,カートも乗りっぱなし.[J氏]」と語り,低血糖の発生をきっかけに余暇活動が阻まれることを示していた.

いずれも日常生活ではありふれた場面であり,高齢者は低血糖に関連した療養行動と生活そのものの調和を図ることの困難さを体験していた.

(3) 〈過去と比較した衰えの自覚とコントロール感の低下〉

過去と現在の低血糖のコントロールに関する能力や状況を比較し,衰えを自覚することで,自らでコントロールできる感覚が低下することである.

D氏,J氏は以前と比較して低血糖症状の感覚や判断能力の低下を自覚し,自らの衰えを実感していた.このように低血糖の兆候を把握できないことによる衰えの実感は複数の高齢者によって語られた.

自分で「これは低血糖だな」って思わなくなっちゃってるというかね.前はもうこれが出ればすぐ低血糖って思ったんですけどね….若干その判断が鈍くなってるというか…[D氏]

動いてないとき,昔はそんなの,80(mg/dl)とかで冷や汗が出たんだけど,今は冷や汗も出なくなっちゃって.[J氏]

2) 《自己肯定感を伴う低血糖のコントロール》

高齢者は,低血糖のコントロールに関連した自尊感情を示す〈コントロールに対するプライド〉と,低血糖の経験をもとに獲得した能力を自負する〈低血糖の経験知を積み重ねて培った自信〉を備えていた.この2つのサブテーマから《自己肯定感を伴う低血糖のコントロール》が抽出された.

(1) 〈コントロールに対するプライド〉

現状の低血糖のコントロールの状況や,コントロールに関わる自らの知識や予測・判断,対処について肯定的に自己評価し,誇りに思うことである.

A氏が「その(低血糖の)レベルも分かる,自分で判断できる.[A氏]」と語るように低血糖の発生や症状の程度の自己判断について肯定的に評価する場合もあれば,以下のように低血糖の対処を誇らしく語る場合もあった.

(低血糖は)こんな感じって,多分そういう豆知識がきっと自分の中にあるから,自分でセルフコントロールつっちゃ変だけど,できんじゃないかと思うんですね.[I氏]

(低血糖の対処は)できてる!自分で分かる.(中略)低血糖になると「あぁ,こうなるんだな」っていうのが自分で分かってっからー…[L氏]

高齢者は,低血糖の予防の状況のみから自らのコントロールについて評価するのではなく,低血糖の発生の予測から発生後の自己の対処までを総合的に捉えて,自らのコントロールを肯定的に評価し,自尊感情を抱いていた.

(2) 〈低血糖の経験知を積み重ねて培った自信〉

これまで低血糖と対峙し,自らコントロールしてきた経験から得られる慣れの感覚や,低血糖のコントロールに関する能力的な自信を示す.

もう経験長いですからー….(中略)「ここ(お昼)でちゃんと食べなかったけど,このお菓子を食ったから2時間くらいはもつかなー」って.そうすると,「この時間で軽い食事をすれば夕飯までいける」とか,っていう計算が自然にね.慣れでできてますから.[A氏]

(糖尿病の療養が)〇歳からずーっと今までも続いてるんですからね.だから,その間でも低血糖もあったし,(中略)だからそういうことで徐々にその食べ物っていうのは…,大体わかってきて.[F氏]

A氏やF氏のように,高齢者が低血糖のコントロールに関する自らの能力に自信を抱く場合があった.その自信は,過去の低血糖の体験や糖尿病の療養経験から培われており,高齢者はそれらの経験を強みとして捉えていた.

3) 《自己管理という心得》

《自己管理という心得》は3つのサブテーマから抽出された.高齢者は,他者に理解を得難い〈自分にしか分からない体験〉として低血糖を捉え,その自身の低血糖が他者に影響することのないように〈低血糖で他者を巻き込むことへの抵抗感〉をもち,〈自己管理に努める自律心〉を心掛けていた.

(1) 〈自分にしか分からない体験〉

低血糖は体験者本人が直面する問題であり,他者に代わってもらうこと,分かってもらうことはできないという意識のもと,結局は自分で向き合わざるを得ないという体験者の思いである.

D氏は低血糖症状の自覚に関して,自らの感覚の変化を実感していたが,それは自身にしか分からないと考えていた.したがって,その感覚の変化への対処は他者に頼ることはできず,自身で何とかするしかないと考えていた.

自分の(低血糖への)感覚が変化してくる,感受性が変化していく.それは自分で対応してくしかないかなと思うんですよね.[D氏]

J氏は低血糖への対処方法に関して医療者から指導を受けるが,医療者は自らが体験する低血糖の負担感を理解してないと不満に感じていた.

(医療者が)低血糖になってから(甘いものを)飲んでくださいって言うわけよ.『低血糖になってから飲んだんじゃつらいんだよ』って言ってんだけど,分かんない人は分かんない.[J氏]

低血糖を経験する高齢者は,療養に関する他者からの助言や支援をやみくもには受け入れず,直面する課題に自らで対応しようとする場合があった.

(2) 〈低血糖で他者を巻き込むことへの抵抗感〉

自らの低血糖による影響が他者にまでおよぶことを懸念し,自らの責任の範囲内で低血糖の影響をとどめようとする体験者の考えを示す.

A氏は「それ(低血糖にならないように計算すること)がもう自分のね…人に迷惑かけない方法だから.(低血糖になって)救急車で運ばれるわけにはいきませんからね.[A氏]」と語り,自らに起こる低血糖で他者に迷惑をかけることに抵抗を感じ,予防によって低血糖を回避しようと心掛けていた.

一方でI氏は以下のように語り,低血糖が発生しようとも自らに課せられた役割は他者に任せず,自身で遂行すべきという信念をもっていた.

(仕事の)シフトが全部日曜日に入ってるんですよ.(中略)だからそれは(低血糖になっても)やらなきゃいけない.[I氏]

(3) 〈自己管理に努める自律心〉

低血糖やそれに関わる血糖コントロールは自己管理の問題であるという自律心をもつことである.

K氏,L氏は共に,低血糖は自己管理に左右される問題と捉えており,結局は自分自身での管理が不可欠と考えて,自律を心掛けるようにしていた.

低血糖ってやっぱりーあの,自分自身の問題だしね.[K氏]

自分の身体は自分で守んなきゃしょうがないじゃん.いや,しょうがないから医者行くけどさ,でも病院行ったって何にもならないもんね.[L氏]

4) 《低血糖との折り合い》

《低血糖との折り合い》は,高齢者の低血糖との向き合い方により〈現状と先行きを視野に入れた甘受〉,〈扱い慣れた存在への転化〉,〈低血糖の軽視〉,〈苦痛な存在としての認識〉という4つのサブテーマが抽出された.

(1) 〈現状と先行きを視野に入れた甘受〉

低血糖を経験しながらも,自らが置かれる状況や年齢,先行きを考慮した結果,低血糖に対する態度や行動を改めるというわけではなく,甘んじて低血糖を受け入れようとする姿勢を示す.

死んだっていいって思ってるんだから…,別に.今困ってるわけでもないのに,良くするとかって…思わない.[B氏]

(低血糖で)倒れて,そのまんま,まあ意識なくしたら,子どもはちょっとかわいそうかなという程度.それで主人もいないことだし.だからそういったなんか,なんとなく吹っ切れた部分がありまして.[H氏]

低血糖を起こすようじゃいけないんでしょうけど,少なくとも血糖値を抑えてるって意味では…それなりには納得はしてますよ,うん.[K氏]

B氏やH氏は,自らの年齢を考慮して血糖コントロールのための厳格な療養や制限をする必要はないと考えたり,あるいは「死」のリスクを承知の上でも低血糖のコントロールには消極的な姿勢を示していた.

一方でK氏は,糖尿病治療上,高血糖を予防する必要があり,そちらを優先するために発生する低血糖は仕方がないものとして考えていた.

いずれの場合も高齢者は低血糖という一種のアクシデントを積極的に受け入れるわけではないが,自らの治療状況や先行き,年齢等を考えて,低血糖のコントロールを優先するのではなく,甘んじて受け入れようとしていた.

(2) 〈扱い慣れた存在への転化〉

低血糖の体験を積み重ね,その扱いに慣れることで,低血糖を伴って生きることが自然であると考えることである.

低血糖の発生を認識する一方で,高齢者はそれを非日常としてではなく,日常の一部として捉える場合があった.A氏は低血糖を慣れ親しんだ存在として「それ(低血糖)はもう自分で完全にこなしているっていうか,飼いならしてるっていうか,なじんだ馬みたいな感じ[A氏]」と語っている.

またG氏やM氏は,過去に低血糖を体験する一方で,それによって大きな心理的負担を実感しておらず,低血糖の発生を認識しても恐怖に支配されることやその後の対処に意識がおよぶということはなかった.

今になれば別にそんなに気にもしないですね,低血糖.(中略)自分でもって,『(血糖値が)低いな,高いな』っていうのがある程度こう…体で感じるからね.だからそんなに気にはしないです.[G氏]

低血糖のこと,だから頭に考えてないのね,ほとんどね.まるっきり考えてない.[M氏]

医療者は低血糖を予防すべきと考えると思われるが,低血糖を繰り返し体験してきた高齢者は低血糖と共に生きることを自然なことと捉えていた.

(3) 〈低血糖の軽視〉

低血糖を自覚しつつも,その発生状況や影響力を過小評価したり,低血糖から派生する問題を軽んじて考えることである.

D氏は「70(mg/dl)以下っていうと,もう当たり前みたいな…感じになるんですよね.これ65(mg/dl)とか,53(mg/dl)とか,もう60(mg/dl)だと症状はあまり出ないんで…[D氏]」と語り,血糖値が70 mg/dl以下を基準として低血糖と判断されると理解をしながらも,自身はそれ以下でも問題はないと認識することで,低血糖を過小評価していた.

L氏は低血糖時には補食すれば症状が改善するという経験を重ねたことで,補食さえすれば問題ないと,低血糖の影響を小さく見積もっていた.

「あぁ低血糖だなぁ」って思うでしょ?で,なんか食べるでしょ?で治るでしょ?ああ,これでいい.あぁ,これ,低血糖のときはちょっとなんか食べればいいんだって思ってっから.[L氏]

(4) 〈苦痛な存在としての認識〉

低血糖の体験から焦りや不安,恐怖などの心理的な負担感を実感することで,低血糖が自らにとって苦痛な存在であると意味づけることである.

(低血糖の症状は)何とも言えないよ.それがなんていうの,ふわっとしてるっていうのかな,なんかね…何とも言えない不快な気分.(中略)やっぱり不安があった.[E氏]

低血糖になりたくないから…高血糖でもいいかって.それだって,低血糖がつらいんだもん.[J氏]

E氏やJ氏は低血糖症状を体験したことで,その症状による身体的な不快感のみならず,不安,恐怖などの心理的な負担を伴っていた.このような負担を経験したことのある高齢者は低血糖を苦痛な存在として認識していた.

Ⅵ. 考察

1. 《自己肯定感を伴う低血糖のコントロール》

低血糖は糖尿病治療においてネガティブな問題として医療者に認識される.しかし本研究では,糖尿病を有する高齢者自身は低血糖を経験しても,自己のコントロールに関して肯定的感情を伴う場合があると新たに見出された.

本研究では,高齢者が低血糖を〈苦痛な存在として認識〉する場合があったが,先行研究でも低血糖に関連した負担感情の存在が報告されている(Anderbro et al., 2010).しかしPolonskyらの研究によれば,低血糖に対する2型糖尿病患者の心理的特徴として,心配,逃避などのネガティブな感情と共に自信というポジティブな感情も存在すると示唆され(Polonsky et al., 2015),これは本研究で抽出されたテーマ《自己肯定感を伴う低血糖のコントロール》と類似した概念と言える.本研究では《自己肯定感を伴う低血糖のコントロール》が〈コントロールに対するプライド〉や〈低血糖の経験知を積み重ねて培った自信〉から成り立ち,あくまでも高齢者が低血糖を問題として捉えるだけではなく,低血糖を自分なりにコントロールしてきた経験を糧に療養に臨んでいると考えられる.低血糖の誘因には服薬アドヒアランスやセルフケア能力の低下などがあり,医療者は患者の不良な自己コントロールを問題視する場合も少なくない.しかし,糖尿病を有する高齢者のように療養の経験が長く,生活の中で低血糖を乗り越えてきた経験を有する患者に対しては,低血糖のコントロールに対する自己肯定的な感情を評価する必要があるであろう.

2. 高齢者が行き着く《低血糖との折り合い》

糖尿病を有する高齢者が4つのパターンで低血糖と折り合いをつけることが新たに明らかになった.図1に高齢者がどのように低血糖と折り合いをつけようとするのか示す.《低血糖と折り合い》をつける上で《自己肯定感を伴う低血糖のコントロール》と《自己管理という心得》が重要な要因と考えられる.

図1

高齢者が行き着く《低血糖との折り合い》

高齢者の場合,〈過去と比較した衰えの自覚とコントロール感の低下〉が生じ,《コントロールがきかないもどかしさ》が増強される.しかし,加齢は《低血糖と折り合い》をつける場合にネガティブにのみ作用するとは言い切れない.2型糖尿病患者に関して,低血糖への懸念や心配が若年者や糖尿病有病期間の短い者で増大する傾向にあることや(Polonsky et al., 2015),加齢や有病期間の長さがセルフマネジメント(Xu et al., 2010)や自己効力感(D’Souza et al., 2017)と関連することが示唆されている.つまり糖尿病療養の経験を伴う加齢という変化は,《コントロールのきかないもどかしさ》という不安定な状態に対処するための支え,いわば後ろ盾となる《自己管理という心得》や《自己肯定感を伴う低血糖のコントロール》を増進しうる要素であり,それらをもとに高齢者は選択的に《低血糖と折り合い》をつけると考えられる.多様な《低血糖との折り合い》のつけ方の中で,高齢者が低血糖のコントロールに対する《自己肯定感》や《自己管理という心得》を後ろ盾として持ち備え,そこに高齢者主体のセルフマネジメントを目指す看護師の後押しが加わると,高齢者は低血糖による不利益も鑑みつつ〈現状と先行きを視野に入れた甘受〉という意思決定をしたり,低血糖を〈扱い慣れた存在として転化〉できると考えられる.特に加齢に伴って低血糖症状の自覚の欠如がある高齢者の場合には,増強した《コントロールがきかないもどかしさ》のような困難感そのものに対処できるよう,高齢者の自己肯定感を高める支持的な看護支援も必要となるだろう.

3. 看護への示唆

糖尿病を有する高齢者への患者教育では,低血糖に対する負担感情に加え,低血糖コントロールに関する自己肯定的な感情,自律性も評価した上で,看護師が高齢者主体のセルフマネジメントを後押しすることで,高齢者は低血糖による不利益も鑑みて自身の生活や価値観にもとづいた療養上の意思決定や取り組み等ができ,選択的に低血糖と折り合いをつけられると期待される.

Ⅶ. 結論

1. 本研究の結論

分析の結果,《コントロールがきかないもどかしさ》,《自己肯定感を伴う低血糖のコントロール》,《自己管理という心得》,《低血糖との折り合い》という4つのテーマと12のサブテーマが抽出された.高齢者は低血糖に関して負担感情のみではなく,《自己肯定感を伴う低血糖のコントロール》というポジティブな感情も抱く場合があると見出された.低血糖を経験する糖尿病患者は誰しも《コントロールがきかないもどかしさ》を抱くが,高齢者の場合はそれが増強される可能性がある.一方で,高齢者は《自己管理という心得》や《自己肯定感を伴う低血糖のコントロール》を後ろ盾として,自身の生活や価値観にもとづいて選択的に《低血糖と折り合い》をつけると考えられる.看護師は高齢者の低血糖コントロールに関する自己肯定的な感情や自律性を評価した上で,高齢者主体のセルフマネジメントを後押しする支援を検討する必要がある.

2. 研究の限界と今後の課題

結果は研究参加者から直接提供された情報のみに基づくため,想起バイアスが含まれる可能性がある.また,サンプルサイズの小ささや地域性の偏りも考慮し,異なる施設でも調査の上,検討する必要がある.

謝辞:本研究実施にあたり,ご協力,ご指導いただきました皆様,研究にご参加いただきました皆様に心より感謝申し上げます.なお,本研究はJSPS科研費JP18K17619の助成を受けたものです.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:TKは研究の着想およびデザイン,データ収集,分析,原稿の作成まで研究全体に貢献した.HKは研究のデザイン,分析,原稿への示唆に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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