日本看護科学会誌
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原著
病院組織の看護実践環境が看護師の能力開発に及ぼす影響
成田 愛朝倉 京子高田 望
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2020 年 40 巻 p. 152-159

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Abstract

目的:病院組織の看護実践環境が看護師の能力開発に及ぼす影響を明らかにする.

方法:東日本に所在する3つの大学病院に勤務する看護職1,419名を対象とし,無記名自記式質問紙調査を実施した.質問紙は保健師の専門性発展力尺度のうち看護師の能力開発に共通する下位尺度,看護実践環境尺度の一部および基本属性で構成し,共分散構造分析を実施した.

結果:1,129名より回答を得た(有効回答率79.6%).共分散構造分析の結果,分析モデルの適合は適切であり,病院組織の看護実践環境から「看護師の能力開発」へのパス係数について,看護実践環境の「病院全体の業務における看護師の関わり」からのパス係数は.25(p < .01),「ケアの質を支える看護の基盤」からのパス係数が.23(p < .01)であった.

結論:看護実践環境のうち「病院全体の業務における看護師の関わり」および「ケアの質を支える看護の基盤」は,看護師の能力開発へ正の影響を及ぼすことが示唆された.

Translated Abstract

Purpose: This study aimed to examine the effect of the overall nursing practice environment in hospitals on nurses’ professional development.

Methods: Registered nurses (n = 1,419) working at three hospitals in eastern Japan were administered anonymous self-evaluation questionnaires comprising the Professional Development Scale for the Public Health Nurse, the Practice Environment Scale of the Nursing Work Index, and a questionnaire that included items on participants’ demographics. Structural Equation Modeling was used to assess the relationship between these items.

Results: A total of 1,129 registered nurses completed the questionnaires. The results of the analysis revealed that the model was an appropriate fit. The path coefficients of “Nurse Participation in Hospital Affairs” on nurses’ professional development was .25 (p < .01), and that of “Nursing Foundations for Quality of Care” on nurses’ professional development was .23 (p < .01).

Conclusion: These results suggest that the nursing practice environment factors “Nurse Participation in Hospital Affairs” and “Nursing Foundations for Quality of Care” have positive effects on nurses’ professional development.

Ⅰ. 緒言

看護師は,高度化・細分化する医療の変化に対応するため,知識や技術を更新し,継続的に能力開発を行うことが求められている.看護師の能力開発は,ケアの質向上に繋がる(Nolan et al., 2000)ことから,看護師の資格を持つすべての看護専門職に必要不可欠である.

専門職の能力開発に関わる現象は,Professional Development(以下,PD)の概念として学術的に扱われてきた.1970年以降,欧米諸国における教育改革で,教育職のPDが注目されるようになった(Collinson et al., 2009).看護においては1974年,American Nurses Associationによって作成された継続教育基準の中でPDの重要性が示されたことが契機となり,看護師のPDが認知されるようになった(Harper & Maloney, 2016).Harper et al.(2017)によれば,PDとは,「新人から継続的に繰り返される,看護師や他の医療職全員の成長と専門職としての役割の開発を促進する特徴をもつ看護実践」とされている.日本の文脈では,PDは“能力開発”(小山田,2009)や“専門性発展力”(岡本ら,2010)と訳されている.看護職の専門性発展力(PD)について岡本ら(2010)は,知識・技術の習得に取り組むだけではなく,専門職として成長・発展するための意識,姿勢及び考え方をもち,行動していることと定義している.

看護師の能力開発は,看護実践能力の下位概念の一つとして認識され,評価尺度が作成されている(Cowan et al., 2008Liu et al., 2009Takase & Teraoka, 2011).加えて,岡本ら(2010)は看護職の能力開発を概念化し,「保健師の専門性発展力尺度」を作成した.この尺度は,保健師特有の能力開発に加えて看護師や助産師にも共通する能力開発を表す複数の下位概念で構成されている(岡本ら,2010).

一方,看護師の能力開発に影響する因子の一つとして,看護実践環境がある.近年,看護実践環境が看護師の能力に及ぼす影響に関する研究成果が報告されており,良好な看護実践環境は看護実践能力を向上させ(Numminen et al., 2015),看護師の専門職としての態度を育む(Baumann & Kolotylo, 2009)ことが明らかとなっている.

看護実践環境とは,看護実践を促進したり,阻害したりするような職場環境に関する組織特性である(Lake, 2002緒方ら,2010).看護実践環境は,病院組織の看護実践環境を表す概念と病棟組織の看護実践環境を表す概念で構成されるとの見解が示されている(Lake, 2002).病院組織の看護実践環境とは具体的に,「病院全体の業務における看護師の関わり」や「ケアの質を支える看護の基盤」であり,病棟組織の看護実践環境とは「看護管理者の力量・リーダーシップ・看護師への支援」,「人的資源の適切性」,「看護師と医師との良好な関係」である(Lake, 2002).

これまで,病棟組織の看護実践環境が看護師の能力開発に影響を及ぼすことについては,数多く明らかにされてきた.例えば,師長や上司が学習を支援している環境では,看護師の学習意欲が高く(中村,2008),学習行動(Davis et al., 2016)に繋がることが報告されている.また,新人看護師を対象とした研究において看護師と医師との関係が良好であると,実践能力が高いとの報告(Numminen et al., 2015),病棟における人的資源が十分にある環境は,ケアの質が高いとの報告がある(Hinno et al., 2012).これらの研究は,病棟における看護実践環境が,看護師の学習態度や実践能力の向上,ケアの質の向上に影響を及ぼしている可能性を示唆している.一方で,看護師が働く病院の組織全体としての看護実践環境が,看護師の能力開発に及ぼす影響は十分に明らかにされていない.この影響を明らかにすることにより,現在,多くの病院で実施されている,看護師の能力開発に関する取り組みを促進する基礎資料が得られると考えられる.したがって本研究では,病院組織の看護実践環境が看護師の能力開発へ与える影響を明らかにする.

Ⅱ. 研究方法

1. 対象者

研究対象者は,任意抽出により選定した東日本に所在する3つの大学病院の病棟に勤務する看護職1,419名を対象とした.選定方針は,本研究への協力を得られる病院施設であることとした.また,看護職とは,主たる雇用資格が保健師,助産師または看護師とし,本研究への協力が得られた病棟に勤務するすべての看護職(以下,看護師)を対象とした.

2. 測定用具

1) 基本属性

年齢,経験年数,性別,職位,現在どの資格で働いているか,看護に関する最終学歴および婚姻状況を尋ねた.

2) 看護師の能力開発

岡本ら(2010)が開発した保健師の専門性発展力尺度(Professional Development Scale for the Public Health Nurse:以下,PDS)の4因子のうち2因子を使用した.PDSは,開発者である岡本ら(2010)によって,PDSの4下位尺度16項目において信頼性・妥当性が検証されている.本研究では,この尺度のうち,看護師や助産師にも共通する全般的な看護専門職の能力開発を測定する質問項目で構成され,看護師や助産師も対象とした調査に使用することが可能な下位尺度「自己責任の能力開発」「人に学ぶ能力開発」9項目を使用した.PDSは6件法の尺度で,得点が高いほど,専門職として発展するための意識,姿勢及び考え方をもち,行動していることを示す(岡本ら,2010).

3) 病院組織の看護実践環境

Lake(2002)が開発し,緒方ら(2010)によって翻訳された日本語版看護実践環境尺度(The Practice Environment Scale of the Nursing Work Index:以下,PES-NWI)を使用した.日本語版PES-NWIは,緒方ら(2010)によって,信頼性・妥当性が検証されている.看護実践環境尺度の2つの下位尺度「病院全体の業務における看護師の関わり」「ケアの質を支える看護の基盤」は病棟組織の看護実践環境よりも病院の組織全体の看護実践環境を表している(Lake, 2002).そのため本研究では,とりわけ病院組織の特性を測定するのに適しているこの2下位尺度19項目を用いて,病院組織の看護実践環境を測定した.「病院全体の業務における看護師の関わり」の質問項目には「管理職以外の看護師も,病院の方針決定に参加する機会がある」や「クリニカルラダーによる能力評価の機会や,キャリアアップの機会がある」等が含まれ,病院の中で看護組織が,看護業務に関わる方針の決定に関与し,看護組織内で問題解決や能力評価を行っていることを表している.また,「ケアの質を支える看護の基盤」の質問項目には「看護師のための充実したスタッフ教育や継続教育プログラムがある」や「明確な看護理念が,患者ケア環境に行き渡っている」,「全ての患者について,患者の現状に対応した看護計画が書面や電子カルテ等として文書化されている」等が含まれ,教育支援の充実や良質な看護を提供できる仕組みを取り入れている環境を表している.PES-NWIは4件法の尺度で得点が高いほど病院組織の質が高く,看護師にとって望ましい看護実践環境であることを示す(緒方ら,2010).

3. データ収集手順

任意抽出により選定した東日本に所在する3つの大学病院の看護部長に対し,口頭と書面で研究概要を説明し承諾を得た.その後,対象者へ研究説明書,調査票,および回収用封筒を配布するよう依頼した.調査票回収方法は,留め置き法とし,対象者には無記名自記式調査票へ回答後,封をして各病棟に設置された回収用封筒に投函するよう依頼した.データ収集期間は2016年12月から2017年1月の約2か月間とした.

4. 分析方法

基礎集計を行った後,看護師の実践環境,能力開発を測定するための各尺度全体と下位尺度毎の信頼性について,Cronbach’s α係数を用いて検討した.対象の属性別に,PDSの2下位尺度合計得点に差があるか検討するためt検定,一元配置分散分析,Tukey法による多重比較を行った.また,PES-NWI 2下位尺度毎の得点と,PDSの2下位尺度合計得点との関連について検討するためPearsonの相関係数を算出した.本研究では,看護師を対象としたためPDSの2因子「自己責任の能力開発」「人に学ぶ能力開発」の因子構造を明らかにする目的で,探索的因子分析を実施した.そして,そのPDS 2因子を二次因子とし「看護師の能力開発」を潜在変数とした高次因子分析モデルを用いることが妥当か判断するために,確証的因子分析を実施した.次に,看護師の能力開発の影響要因を検証するため,基本属性およびPES-NWI 2下位尺度毎の得点を独立変数,PDSの2下位尺度合計得点を従属変数として重回帰分析を実施し,有意な影響要因を投入した共分散構造分析を実施した.共分散構造分析を実施する目的は,いくつかの因子で構成される構成概念(潜在変数)を想定しながら,構成概念と観測変数の因果関係を同時に示すことが可能であり,本研究の分析に最適であると判断したためである.モデルの適合度は,χ2値(p値),df,CFI,GFI,AGFI,RMSEAを用いて評価した.統計解析はSPSS Ver23.0,Amos Ver23.0を用いて行い,有意水準5%未満とした.

5. 倫理的配慮

研究の趣旨,目的・意義,方法,匿名性の保持,参加の自由,不参加による不利益がないこと等を書面で説明し,回答をもって研究参加の同意とみなした.本研究は,東北大学大学院医学系研究科倫理委員会(承認番号:2016-1-483)の承認を得て実施した.

Ⅲ. 結果

1. 回答状況および対象者の基本属性(表1

調査票は1,419票を配布し,そのうち回答に不備のない1,129票(有効回答率79.6%)を分析対象とした.対象者の平均年齢は33.9(±9.8)歳,平均経験年数は11.6(±9.6)年であった.

表1 

対象者の基本属性とPDS2下位尺度合計得点の平均

 n = 1,129

2. 尺度の信頼性について

PDS 2下位尺度全体のα係数は.87,PES-NWI 2下位尺度の「病院全体の業務における看護師の関わり」と「ケアの質を支える看護の基盤」のα係数はともに.83であり,信頼性は十分であると判断した.また,本研究で用いたPDSとPES-NWIの各下位尺度は,正規確率(Q-Q)プロットによって正規性が確認された.

3. 対象の属性別PDS2下位尺度合計得点の平均について(表1

対象の属性別に,PDS2下位尺度合計得点の平均に差があるか多重比較を行った結果,助産師資格で働いている者は,看護師資格で働いている者よりも得点が高く(p < .01),認定看護師/専門看護師資格で働いている者は,看護師資格で働いている者よりも得点が高い(p < .01)ことが明らかとなった.また,職位においても,主任・副師長は役職のない者よりも得点が高く(p < .01),師長は役職のない者よりも得点が高いこと(p < .01)が明らかとなった.その他の属性において有意差はみられなかった.加えて,PES-NWI 2下位尺度毎の得点と,PDSの2下位尺度合計得点との関連について相関分析を行った結果,それぞれ正の相関が認められた(「病院全体の業務における看護師の関わり」r = .353,p < .01,「ケアの質を支える看護の基盤」r = .335,p < .01).

4. 看護師の能力開発の因子構造について(表2

本研究では,臨床看護師を対象としたため,保健師を対象として開発されたPDSの「自己責任の能力開発」と「人に学ぶ能力開発」の2下位尺度について探索的因子分析を実施し,因子構造を確認した.その結果,主因子法プロマックス回転により2因子が抽出され,第1,2因子ともに岡本ら(2010)の「自己責任の能力開発」と「人に学ぶ能力開発」の因子構造と同様の結果となった.このことから,看護師を対象とした本研究での検証が可能であると判断した.次に,PDS 2因子「自己責任の能力開発」「人に学ぶ能力開発」を二次因子とし「看護師の能力開発」を潜在変数とした高次因子分析モデルを用いて,確証的因子分析を実施した.モデルの適合度指標は,χ2 = 93.423,df = 21,p < .01,CFI = .986,GFI = .983,AGFI = .963,RMSEA = .055となり,パス係数はすべて0.6以上,p < .05を示した.χ2検定は有意であったが,標本サイズが大きいため有意になりやすく,モデルの適合が悪いとは言えない.RMSEAは.10以下であることから,モデルの適合は適切であると判断した.

表2  PDS2下位尺度の因子分析の結果(主因子法-プロマックス回転) n = 1,129
因子負荷量
PDS2下位尺度の各項目 I II 共通性
2 私は毎年,向上が必要な自分の専門能力を明確にする .82 .00 .68
4 私は自分の可能性を最大限に開拓することを意識する .82 –.02 .66
3 私は毎月,専門的活動に必要な新しい知識・技術を得る機会と場を持つ .79 –.07 .56
1 私は毎年,自分の専門能力を開発するための行動計画を書く .72 .01 .52
5 私は他者の批判にも発展的な答えを出す .66 .03 .46
6 私は毎日,自分が体験したことを振り返る時間を持つ .48 .23 .39
8 私は専門職として尊敬する人の活動の仕方・姿勢を見習う –.05 .88 .73
7 私は根拠や方法が不明瞭なときに教育研究者や先輩に協力を求める .02 .73 .55
9 私は同僚と互いの気づきや意見を共有する .05 .70 .52
因子寄与 4.02 1.05 5.07
寄与率 44.68 11.70 56.38
因子間相関(I–II) .52

5. 看護師の能力開発の影響要因(表3図1

看護師の能力開発の影響要因について検討するため,まず基本属性およびPES-NWI 2下位尺度毎の得点を独立変数,PDSの2下位尺度合計得点を従属変数として重回帰分析を実施した.なお,年齢と経験年数が高い相関関係を示した(r = .97, p < .01)ため,年齢は分析から除外した.重回帰分析の結果,役職あり(β = .11, p < .01),助産師資格で働いている(β = .07, p < .05),認定看護師/専門看護師の資格で働いている(β = .14, p < .01),PES-NWIの「病院全体の業務における看護師の関わり」(β = .21, p < .01)および「ケアの質を支える看護の基盤」(β = .19, p < .01)は,PDSの2下位尺度合計得点との間に有意な関連が認められた(表3).次に,前述のPDS 2因子「自己責任の能力開発」「人に学ぶ能力開発」を二次因子とし「看護師の能力開発」を潜在変数とした高次因子分析モデルを用いて,重回帰分析で明らかになったPDSの2下位尺度合計得点と有意な正の関係にある因子を投入した共分散構造分析を実施した(図1).修正指数に基づき観測変数間,誤差変数間の共変関係を考慮してモデルの修正を行った結果,モデルの適合度指標はχ2 = 302.730,df = 70,p < .01,CFI = .964,GFI = .963,AGFI = .945,RMSEA = .054であった.PES-NWIの各2因子から「看護師の能力開発」へのパス係数(標準化推定値)について,「病院全体の業務における看護師の関わり」からのパス係数は.25(p < .01)であり,次いで「ケアの質を支える看護の基盤」からのパス係数が.23(p < .01)であった.また,属性から「看護師の能力開発」へのパス係数について,「認定看護師/専門看護師資格で働いている」からのパス係数は.18(p < .01),「助産師資格で働いている」からのパス係数が.13(p < .01),「役職あり」からのパス係数が.12(p < .01)であった.これらのことから,PES-NWIの2因子は看護師の能力開発に正の影響を及ぼしていることが明らかとなった.また,役職があることや,助産師資格,認定看護師/専門看護師資格で働いていることは,看護師の能力開発に正の影響を及ぼしていることも明らかとなった.

表3  各因子と看護師の能力開発との重回帰分析の結果(強制投入法) n = 1,129
95%信頼区間
偏回帰係数B 下限 上限 標準化偏回帰係数β
対象の属性
性別 .01 –.15 .17 .00
経験年数 –.00 –.01 .01 –.02
婚姻状況 .07 –.05 .18 .04
最終学歴 .04 –.04 .12 .03
役職あり .28 .10 .46 .11**
助産師資格で働いている .47 .11 .83 .07*
認定看護師または専門看護師資格で働いている .78 .48 1.08 .14**
看護実践環境
病院全体の業務における看護師の関わり .37 .21 .52 .21**
ケアの質を支える看護の基盤 .39 .21 .56 .19**
R2 .43
調整済みR2 .19

性別(0:男性,1:女性),婚姻状況(0:未婚,1:既婚),最終学歴(1:2年課程,2:3年課程,3:大学,4:大学院),役職の有無(0:なし,1:あり),助産師資格,認定看護師/専門看護師資格で働いている(0:看護師資格で働いている,1:そうである)を独立変数に投入した.* p < 0.05,**p < 0.01

図1 

看護師の能力開発の影響要因―共分散構造分析の結果

Ⅳ. 考察

本研究の結果,看護実践環境のうち「病院全体の業務における看護師の関わり」および「ケアの質を支える看護の基盤」は,看護師の能力開発に正の影響を及ぼしていることが明らかとなった.

本研究で得られた知見の一つは,病院の中で看護組織が看護業務に関わる方針の決定に関与し,同組織内で問題解決や能力評価を行うことは,組織の成員である一人一人の看護師の能力開発に繋がっている可能性がある点である.組織心理学では,専門職において所属する組織のフォーマルな規範よりも,同業者が独自に作り出した規範の方が彼らの行動を強く律しているといわれている(田尾,1999).看護師においても,病院の中で看護組織が看護業務に関わる方針の決定に関与し,同組織内で問題解決や能力評価を行うといった看護組織独自の規律があることにより,看護師一人一人は自律的に行動すると考えられる.また,看護師が自律的に業務を遂行できる環境は,看護師の専門職としての能力を向上させることが報告されている(今井ら,2017).本研究においても同様に,病院組織の中で看護組織が自らの業務に関わる方針の決定に関与し,同組織内で問題解決や能力評価を行っている環境は,看護師の行動を自律的にし,専門職として能力開発をすることに繋がっていた可能性が考えられる.

さらに,本研究で明らかになったもう一つの知見は,教育支援が整っている環境や良質な看護を提供できる仕組みを取り入れている環境で働くことは看護師の能力開発に影響を及ぼす可能性がある点である.組織における教育支援は,看護師の学習行動を支える上で非常に重要であり(Khomeiran et al., 2006),学習行動は看護専門職としての意識の向上と関連があることが報告されている(井上・岡本,2009).また,ケアの継続性や看護の一貫性を高める看護ケアは,看護師の責任感と専門職意識を向上させる(山岡,2000).本研究においても同様に,教育支援の充実および良質な看護を提供する仕組みが整っている環境は,看護師の責任感や専門職としての意識を高め,看護師の能力開発に影響を及ぼしていた可能性があると推察される.

病院組織における良好な看護実践環境は,能力を高めようとする看護師の意識や行動にポジティブな影響を与え,看護師の学習や技能の向上に寄与している可能性がある.看護師の能力開発に影響を及ぼす環境要因を調査した先行研究では,看護管理者の管理や支援が行き届いている職場で働く看護師は,学習頻度,および学習意欲が高いこと(中村,2008),病院組織が看護師に対して,知識・技術の習得のための機会を提供することは,ケアの質の向上や看護師の成長に繋がっていることが報告されている(Davis et al., 2016).つまり,良好な実践環境は,看護師の学習行動の促進に働きかけることを意味している.一方,本研究は,病院組織における良好な看護実践環境が,学習行動の前提にある専門職として発展・成長しようとする意識や行動に影響を与えている可能性を明らかにした.このことから,病院組織の看護実践環境を整えることは,看護師の学習行動の前提にある専門職として能力を高めようとする意識や行動にポジティブな影響を与え,看護師の学習行動や技能向上に繋がる可能性が示唆された.

本研究は,任意抽出によって選定された東日本に所在する3つの大学病院に勤務する看護職を対象としており,サンプリングに一定の偏りがあるため,今後さらなる一般性の確保に努める必要がある.また,病院組織の全体を一変数として捉えた看護実践環境のみを測定して,「看護師の能力開発」との関連を調査した点は,本研究の限界の一つである.今回測定しなかった「病棟組織の看護実践環境」は,「病院組織の看護実践環境」と関連し合いながら「看護師の能力開発」へ影響を与えている可能性がある.今後は,「病棟組織の看護実践環境」との関連も考慮し,「看護実践環境」が「看護師の能力開発」にどのように関連するのかを明らかにする必要がある.加えて,本研究は,「病院組織の看護実践環境」を看護師個人の認識として捉え,個人レベルでのみ検討した.しかし,同じ病院に所属する看護師は,同じ理念や教育のもとで影響を受けており似通っている可能性がある.今後は,施設ごとの集団レベルの認識として「看護実践環境」を扱い,集団レベルの変数が「看護師の能力開発」に与える影響についてマルチレベル分析を用いて詳細に検証することが課題である.

Ⅴ. 結論

本研究では,病院組織の看護実践環境は,看護師の能力開発へ正の影響を及ぼしていることが明らかとなった.病院の中で看護組織が看護業務に関わる方針の決定に関与し,看護組織内で問題解決や能力評価を行っている環境は,看護師の能力開発に影響を及ぼす要因となることが示唆された.また,教育支援の充実や良質な看護を提供できる仕組みを取り入れている環境も同様に,看護師の能力開発に影響を及ぼす要因となることが示唆された.

謝辞:本研究にご協力いただきました各病院の看護部長様,ならびに看護師の皆様に深く感謝いたします.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:AN,KAおよびNTは研究の着想およびデザイン,データ収集,データ分析,原稿の作成までの研究プロセス全体に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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