日本看護科学会誌
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原著
在宅がん患者の看取りにおける家族の対処の過程
吉田 彩
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2020 年 40 巻 p. 260-269

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Abstract

目的:在宅がん患者の看取りにおける家族の対処の過程を明らかにする.

方法:がん患者の看取り期に訪問看護を利用した20名の家族を対象に,家族の対処の過程について半構造化面接を行った.分析は複線径路・等至性モデルを用いた.看取りの過程を一連の径路に示し,家族の対処とそれに影響した要因を検討した.

結果:対処の過程は2つに大別され,その差異は,患者が臥床がちになるなどの看取り期の変化の時期に生じた.患者の変化を捉え,昼夜を問わず患者のそばにいるなどの対処をとった家族は,心身の不調をきたしながらも,「自分ができるだけのことを一生懸命やれた」という認識に至った.一方,患者の死を予期せず自分の生活を優先するなどした家族は,「患者との死別や死の状況は受け入れがたい」という認識に至った.

結論:家族が心身の健康を保ちながら,看取り期の患者の変化に対処できる,介護への適度な距離を保つ必要性が示唆された.

Translated Abstract

Objective: To clarify home-based family caregivers’ processes for coping up with cancer patients who are at the end of their lives.

Method: Semi-structured interviews regarding the coping processes were conducted on 20 family caregivers who, along with visiting nurses, cared for cancer patients who were at the end of their lives. The trajectory equifinality model (TEM) was used for analysis.

Results: Family caregivers who noticed physical changes in the cancer patients at the end of their lives and coped with the need to be with them day and night reported the following: “I did everything I could”; however, some of them suffered mental and physical disorders during care and after bereavement.” Conversely, family caregivers who prioritized their daily living over physical changes in the cancer patients felt that: “I could not accept the fact of death and the end-of-life situation.”

Conclusion: Home-based family caregivers of cancer patients suggested that it is necessary to help the patients in keeping sufficient distance because it can maintain their physical and mental health and they can cope with physical changes occurring in these patients.

Ⅰ. 緒言

近年,国は超高齢化に向かう社会状況や財政状況などを背景として,がん患者の支援の方向を病院から在宅へ政策的な誘導を促進している.がん患者の死亡場所は現状では自宅が11.9%である(総務省統計局,2017)が,今後は在宅でのがん患者の看取りが増加すると予測される.

がん患者は死の数週間前に身体症状が増加し日常生活動作(Activities of Daily Living: ADL)が急激に低下するという看取りの時期の特徴がある(Seow et al., 2011).在宅がん患者の家族は,看取りにおいて介護の実際的な知識・技術不足,不安・抑うつ・精神的負担などの大きな負担を抱えること(Stajduhar et al., 2010)や,在宅療養断念の要因が患者の症状増加やADLの低下による介護負担の増加であること(大園ら,2014)が報告されている.在宅でのがん患者の看取りを支える上では,特に患者の家族への特別な支援が必要である.

がん患者の家族への支援に関する研究は増加しているが,看取りの時期については焦点化されていない(Becqué et al., 2019).在宅がん患者の家族は看取りにより達成感を得ること(尾形ら,2017)や,できるかぎりの介護をしたという思いは後悔を有意に小さくすること(秋山ら,2009)が示されており,介護や看取りのありようにより,家族が看取りを肯定的に捉え精神的安定を得ることもあるといえる.一方,家族は看取りを振り返り苦悩することもあり,自責の念とは切り離せないことも報告されている(小林・森山,2010).このため,家族が看取りの過程を肯定的に捉える側面と否定的に捉える側面があるなかでも,総体的には肯定的に評価できるという「納得する看取り」につながるよう支援することが妥当であると考える.

家族を納得する看取りに導く支援を検討する上では,看取りの経過と死別後の認識を一連の過程として明らかにする必要がある.また,家族の負担感の大きさは看取りの状況に対する家族の対応により異なると考えられる.そのため,患者の看取りにおける家族の対処の多様性を明らかにすることが重要であるが,家族の対処の過程は十分に解明されていない.今後は看取りにおける家族の対処の様相を明らかにし,家族の現状に添った支援を検討する必要がある.

個人の人生を時間と共に描き人生径路の多様性の時間的変容を捉える分析方法に,複線径路・等至性モデル(Trajectory Equifinality Model: TEM)(サトウ,2009)がある.TEMは人生径路の転換点を捉え経験を時期区分することで,対象者の目線で発達的変容を捉え,時宜を得た援助の検討に役立つとされる.TEMを用いることにより在宅がん患者の看取りの経過における家族の対処の多様性や一連の過程を明らかにし,時宜に応じた支援が検討できると考える.

以上のことから,本研究では在宅がん患者を看取る家族が納得する看取りに至るための支援を検討するために,在宅がん患者の看取りにおける家族の対処の過程を明らかにすることを目的とした.

Ⅱ. 用語の定義

看取りにおける家族の対処:患者の死を意識して在宅療養を始める時期から患者の死を振り返る時期において,家族がストレスと捉えた出来事に上手く適応するために行う認知的・行動的努力.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

複線径路・等至性モデルの分析手法を用いた質的研究デザインである.

2. 対象者

治癒を目的とした治療を受けず苦痛の緩和や生活の支援を受けるがん患者の看取り期に訪問看護を1か月程度以上利用し,死別後6か月から2年程度経過した主介護者である家族20名とした.

訪問看護ステーションの管理者に対象者の紹介を依頼した.管理者は,研究対象候補者の選定と,候補者の心身の状態の判断,候補者への研究の紹介を行った.研究協力について研究者から説明を聞く意思があると管理者に返答した候補者に,研究者が事前に調査内容を説明し同意が得られた方を対象者とした.

3. 調査方法および内容

2016年9月~2017年8月に,半構造化面接を1人の対象者に対して2回行った.面接は対象者の指定する時間と場所で行い,内容は許可を得て録音した.

調査内容は,Lazarus(1999/2004)のストレス理論を基盤とし,訪問看護を開始時期から調査時点までの看取りの過程で家族がストレスと捉えた出来事と,それに対する評価や対処,情動,看取りに影響した人的変数や環境変数とした.

4. 分析方法

1) データの切片化

面接内容を逐語録とし内容や筋立てが理解できるよう精読した.逐語録からストレス理論の視点によりデータの意味内容のまとまりを切片化し抜き出した.

2) サブカテゴリー化

切片化したデータをサブカテゴリー化しTEMの概念(分岐点,社会的方向づけ,社会的ガイド,等至点)に沿った径路に置き「対象者別のTEM図」とした.「対象者別のTEM図」における概念とその定義を図1に示す.実現した行動や選択肢である「分岐点」(①)には,ストレスと捉えた出来事への対処を置いた.径路を分岐点や等至点に導く外部の力として,阻害的な力である「社会的方向づけ」(②)と,促進的な力である「社会的ガイド」(③)には,資源などの人的変数と環境変数,またはその欠如を置いた.径路を分岐点や等至点へ導く自己の認識について,TEMでは定まった概念がないため本研究では「自己認知」(④)とし,人的変数,評価,情動のうち自己の認識であるものを置いた.径路が収斂する「等至点」(⑤)には,看取り後の認識として情動を置いた.

図1 

「対象者別のTEM図」における概念とその定義

暫定的な対象者別のTEM図を2回目の面接で各対象者に示し,内容の相違や1回目の面接で得られなかったデータを加え,TEM図を修正した.

3) カテゴリー化

対象者別のTEM図におけるサブカテゴリーを分岐点,等至点,社会的方向づけ,社会的ガイド,自己認知ごとに統合してカテゴリーとし「統合したTEM図」を作成した.「統合したTEM図」における概念とその定義を図2に示す.対処は抽象度を2段階とし,より抽象度の高いカテゴリーとしてほぼ全ての対象者が行った対処を「必須通過点」(⑥)とし,抽象度の低いカテゴリーとして「必須通過点」で対象者が選択した具体的対処を「統合したTEM図」における「分岐点」(⑦)とした.分岐点に先立つ共通の要因がある場合は,本研究独自の概念「状況」(⑧)として分岐点の前に置き,分岐点の中でも個別の状況により生じるものは,「状況により生じる分岐点」(⑨)とした.

図2 

「統合したTEM図」における概念とその定義

4) 統合したTEM図の時期区分の特定

統合したTEM図の径路の中で対象者にとり新たな対処が必要となった時期を転換点と捉え,転換点になったと考えられる必須通過点(時期区分の根拠となる必須通過点)を特定することにより径路の時期区分(⑩)を見出した.

5) 等至点の相違による分岐点の特徴の検討

統合したTEM図の等至点により径路を大別した後,対象者別のTEM図に戻り,等至点の違いによる分岐点の特徴を明らかにした.

6) 分析結果の確証性の担保

研究者はTEMの研究会で手法を学び,TEMを用いた研究指導実績のあるがん看護研究者のスーパーバイズを受けた.データの切片化からカテゴリーを生成する過程の確認を可能にするため,上記1)~3)の一例を表1に示す.

表1 

分析方法1)~3)のカテゴリー生成過程の一例

5. 倫理的配慮

本研究は愛知県立大学倫理審査委員会の承認を受けた(承認番号:28愛県大学情第6-22).研究参加は自由意思を尊重し,匿名性と個人情報保護に努めた.特に,面接では話したくないことは話さなくてもよいことを伝え,悲嘆が表出された場合は対象者の精神的安定を保つよう配慮した.

Ⅳ. 結果

1. 対象者の概要

対象者は女性14名,男性6名,年齢は40~80歳代で,患者の続柄は夫11名,妻6名,父2名,母1名であった.患者の死亡場所は自宅16名,緩和ケア病棟4名であった.平均面接時間は1回目73分,2回目51分であった.

対象者の紹介を得た訪問看護ステーションは7か所で,各ステーションのがん患者看取り数(年間)は平均15人,常勤看護師数は平均5.9人であった.

2. 看取りにおける家族の対処過程の全体像(図3

統合したTEM図を「看取りにおける家族の対処過程の全体像」とした.径路は5つの時期に分けられた.家族の対処過程の全体像を示すために,時期区分の根拠となる必須通過点と主要な分岐点を抜粋して述べる.本文中の〈 〉は必須通過点,《 》は分岐点,[ ]は状況,{ }は状況により生じる分岐点,《太字》は等至点,〔 〕は社会的ガイド,【 】は社会的方向づけ,『 』は自己認知を示す.

図3 

看取りにおける家族の対処過程の全体像(抜粋)

第I期家で看ることを決めるは,径路の起点となる〈今後どのように患者と過ごすか決める〉必須通過点から成る,家で患者を看ることの決断の時期である.4つの分岐点,《何とか最期まで家で自分で看ようと心に決める》,《周りの状況に押し切られ家で看ることにする》などに分かれた.

第II期訪問看護を受け家で患者を看るは,〈どの専門職に依頼するかを決める〉必須通過点が時期区分の根拠となる,訪問看護開始以降,患者の状態が比較的安定している時期である.〈介護の時間と自分の時間を調整する〉〈清潔を保つ〉などの必須通過点が含まれた.

第III期看取り期の変化に応じるは,〈臥床がちになった患者に応じる/辛そうになった患者に応じる〉必須通過点が時期区分の根拠となり,看取りの時期に生じた患者の病状悪化やADL低下などに応じる分岐点が含まれた.《家事の手を抜きながら昼夜を問わずそばにいる》分岐点と,《死は先のことと思え自分の生活を優先する》分岐点に分かれた後,状況により生じる分岐点として療養の場の再検討が生じ,さらに,{食べることを支える}などの分岐点に分かれた.

第IV期看取るは,〈看取る〉必須通過点から成る患者の死に際する時期である.《その時が来たと見守りながら看取る》,《死が近いと思わず患者の死に間に合わない》などの4つ分岐点に分かれ[患者が亡くなる]に至った.

第V期看取りの過程を振り返るは2つの等至点に至った時期であり,家族の看取り後の認識は,等至点《自分ができるだけのことを一生懸命やれた》,《患者との死別や死の状況は受け入れがたい》という2つに分かれた.

3. 等至点により類別される看取りにおける家族の対処の過程(図4

家族の対処過程は,等至点の違いにより2つに大別された.等至点の違いごとに対象者別のTEM図を検討すると,第III期の分岐点《家事の手を抜きながら昼夜を問わずそばにいる》と《死は先のことと思え自分の生活を優先する》が要の分岐点となっていた.そのため,等至点別に第III期以降の主な分岐点とそこに影響した社会的方向づけや社会的ガイド,自己認知について説明する.

図4 

等至点別にみた看取りにおける家族の対処の過程:第III期~第V期(抜粋)

1) 等至点《自分ができるだけのことを一生懸命やれた》に至った家族

17名が該当し,看取り期に仕事をしていた人は2名,手伝う家族や知人はなく一人で介護をした人は5名,緩和ケア病棟で看取った人は2名であった.

(1) 第III期「看取り期の変化に応じる」の主な分岐点

家族は,必須通過点〈臥床がちになった患者に応じる/辛そうになった患者に応じる〉に続いて[気になる様子がある]状況が生じたことにより《家事の手を抜きながら昼夜を問わずそばにいる》分岐点に至った.この分岐点は,患者の介護を優先して家事は最低限に抑え,昼間も夜間もできるだけ患者のそばにいることである.この分岐点には,自己認知として『看てあげたい』などの愛着や『死が近いと分かる』という死の知覚,『死に立ち会わなければいけない』などの義務感,『体の不調を感じる』などの自覚が影響した.また,促進的な力〔看護師や医師は何かあったら来てくれる〕などの支援も同時に作用した.

その後,[療養の場を再検討する]状況では2つの異なる状況が生じた.1つめは,[介護と自分の生活の両立が難しい]状況で,家族は《やはり家で頑張って看ようと思う》分岐点に至った.これは,介護を負担に感じながらも,患者の希望を優先し在宅療養を続けることである.自己認知として『体の不調を感じる』という体調の自覚があったが,促進的な力〔患者は入院を希望しない〕という患者の意向に促された.2つめは,[これまでにない症状が出現する]状況で,さらに2つの分岐点に分かれた.一方の《どうにかなると思い家に留る》分岐点は,先行きを楽観し在宅療養を続けることである.自己認知として『家で自分で看られるだろう』という予測のなかで,促進的な力〔患者は入院を希望しない〕という患者の意向,〔看護師は何かあったら来てくれる〕という保証により促された.もう一方の《入院しても今まで通りずっとそばにいる》分岐点は,入院を選択するが,自分が患者を看る意識を保つことである.自己認知として『場所にこだわらずできることをやれば悔いはない』という価値観のなかで,促進的な力〔患者は入院を希望する〕という患者の意向に促された.その後,[緩和ケア病棟に入院する]状況において,自己認知として『死が近いと分かる』などの思いのなか,《緩和ケア病棟でずっと付き添う》分岐点に至った.

さらに,患者の状況により個別に体験された分岐点として,{食べることを支える}では,《点滴を続けるのは患者も辛いのでやめてもらう》などの分岐点が生じた.これらに影響したものは,『死が近いと分かる』という死の知覚や〔患者は点滴を窮屈と嫌がる〕などの患者の意向であった.{看取りに備える}では,《看取りについての冊子を読み心づもりをする》などの分岐点が生じ,これらには,『死が近いと分かる』という死の知覚や〔訪問看護師が亡くなる時の対応や用意するものを教える〕などの促進的な力が作用した.

(2) 第IV期「看取る」の主な分岐点

患者の死に際しては2つの状況に応じた対処が生じ[患者が亡くなる]に至った.[症状が増す]状況では,《その時が来たと見守りながら看取る》《信頼できる人に患者を任せる》分岐点が生じ,[急に様子が変わる/少し前まで意識がある]状況では,《急な変化に驚きつつそばにいて看取る》分岐点が生じた.

(3) 第V期「看取りの過程を振り返る」の認識

患者の死後,家族は《自分ができるだけのことを一生懸命やれた》という認識に至った.これは,家族が推測する患者の死の過程の評価を含み,死別の苦悩や介護の後悔はあるが,できるだけのことをしたことを概ね納得している認識である.自己認知である『患者の死が辛い』という苦悩や,『まだできることはあったかもしれない』などの後悔,『患者を大事に思う』などの愛着などを伴った.認識への作用として,阻害的な力【亡くなった後に体調を崩す】という体調悪化や,促進的な力〔望む療養生活ができる〕などの患者の納得の推測,〔医師や看護師は患者が苦しまないようにする〕などの支援,〔医師や看護師が介護を認めてくれる〕などの評価などがあった.

2) 等至点《患者との死別や死の状況は受け入れがたい》に至った家族

3名が該当し,看取り期に仕事をしていた人は1名,手伝う家族や知人はなく一人で介護をした人は1名,緩和ケア病棟で看取った人は2名であった.

(1) 第III期「看取り期の変化に応じる」の主な分岐点

必須通過点〈臥床がちになった患者に応じる/辛そうになった患者に応じる〉における状況は,家族にとり[気になる様子はない]状況であり,その後の径路は2つに分かれた.一方は,《死は先のことと思え自分の生活を優先する》と いう,患者の死までまだ時間があると捉え介護より自分の生活を優先する分岐点である.自己認知として『死に一人で接するのが怖い』という死の恐れ,『死は予測できない』という認識のなかで生じ,促進的な力〔毎日専門職の支援がある〕などにより促された.もう一方は,[療養の場を再検討する]状況に至り,[急に患者が入院を希望する]ことにより《手に負えないので入院して看てもらうしかない》分岐点に至った.自己認知として,『患者の辛さが分からない』『急な状態の変化への不安が大きい』という思いの中で,促進的な力〔希望すれば入院できる〕環境に促された.その後,分岐点{緩和ケア病棟に入院する}において,自己認知として『患者の不安に気づく』ことと,促進的な力〔看護師は患者は不安だろうと教える〕支援により,《付き添ったほうがいいと気づき他の家族員に手伝ってもらう》分岐点に至った.

(2) 第IV期「看取る」の主な分岐点

患者の死の場面では,[急に様子が変わる/少し前まで意識がある]状況に対して2つの分岐点が生じ[患者が亡くなる]に至った.1つめの《急な変化に驚きつつそばにいて看取る》は,患者の死を予測していなかったがそばにいたため看取ることとなった分岐点で,2つめの《死が近いと思わず患者の死に間に合わない》は,患者の死を予期せず死に立ち会わなかった分岐点であった.

(3) 第V期「看取りの過程を振り返る」の認識

家族は看取りを振り返り,《患者との死別や死の状況は受け入れがたい》という認識に至った.これは,患者の死を受け入れできるだけの介護をした思いもあるが,死や看取りの状況は受け入れがたい思いが強い認識である.自己認知として,『体調が悪い中できるだけのことをする』という満足感や,『患者の死が辛い』という苦悩,『患者の不安に気づけない』という後悔などを伴った.促進的な力〔医師に言われたよりも長く生きる〕という状況はあったが,阻害的な力【急に亡くなる】という要素によりこの認識が促された.

Ⅴ. 考察

在宅がん患者の家族の看取りを一連の過程として検討し分岐点となった対処に着目することで,看取り後の認識の差異は看取り期の変化への家族の対処により生じることが示された.看取り後の認識は,できるだけのことをしたという肯定的側面と,死別の苦悩や後悔などの否定的側面を併せもったが,《自分ができるだけのことを一生懸命やれた》という認識は肯定的側面が強いため納得する看取りと考えられ,《患者との死別や死の状況は受け入れがたい》という認識は否定的側面が強いため納得できない看取りと考えられた.看取り後の納得に繋がる支援を検討するため,家族の対処過程の特徴を考察する.

1. 患者の意向にもとづき対処する

家族が看取り期の変化に対処する際に,より確かに患者の意向を捉えることが納得する看取りにつながると考えられた.納得する看取りに至った家族は,入院を希望しないなどの意向を捉え,看取り後は〔望む療養生活ができる〕という意向を実現できた感覚を得た.一方で,納得できない看取りに至った家族は,看取り期の変化に際して『患者の辛さが分からない』と捉え,看取り後は『患者の不安に気づけない』という意向を捉えられなかった後悔を残した.家族が看取りの過程を納得するためには,患者の意向にもとづいて対処できたと感じられることが重要であると考えられた.悲嘆からの回復においては,遺族の心の中で故人との継続的な関係性が存在することを意味する「継続する絆」(Klass et al., 1996)が重視されている.看取りの過程で患者が何をして欲しいかが分かりそれを叶えられたと家族が思えることは,患者との繋がりを実感し,死別後に継続する絆を感じる助けになると考えられる.故人との継続する絆が悲嘆からの回復を促し家族の看取り後の納得に繋がるものと考えられた.

家族が患者の意向にもとづいて対処する原動力となったものは,『看てあげたい』という愛着や『死が近いとわかる』という死の予測であると考えられた.これらは,患者の看取り期の変化への対処を促し,看取り後の納得につながった.一方で,看取り期の変化に対して《死は先のことと思え自分の生活を優先する》という患者の死の予測にもとづく対処ができなかった家族は,看取り後の納得に至らなかった.東郷ら(2002)は終末期がん患者の家族が患者の死への気づきに伴う苦悩を乗り越える対処として,「相手を思いながら共に時を重ねる」ことや「互いの心を通わす」という対処を明らかにしている.家族は死を予測し苦悩するが,その苦悩が残された時間を家族に意識させ患者との結びつきを深め,患者の意向を捉えて対処することにつながると考えられた.

家族が患者の意向にもとづき対処することを支援するうえでは,今までの関係性により患者への愛着を患者に向き合う原動力にすることができないことや,仕事などで患者に付添うことが難しいことも考慮する必要がある.看護師は,家族が患者の意向を捉えられるよう,患者と家族の関係性を捉えて互いの思いを橋渡ししたり,家族が不在の時間を補いながら患者の思いを代弁するなどの支援をする必要がある.また,患者の予後予測を家族の理解や受容の程度に応じて説明し,家族が患者の死を予測できるよう支えることが求められる.

さらに,家族がより確かに患者の意向を捉えるためには,日々変化する患者の意向を捉える必要がある.看取り期の変化として食べることが難しくなった患者の〔患者は点滴が窮屈と嫌がる〕という意向を捉えた家族は,《点滴を続けるのは患者も辛いのでやめてもらう》対処をとった.死への身体的・精神的変化により揺れ動く患者の意向は,あらかじめ捉えることは難しいと考えられる.在宅がん患者を看取った配偶者は日常生活の会話から患者がどう生きたいかを捉えていたことが報告されている(尾形ら,2017).変化する患者の意向を家族が生活の中で捉え応じられるよう支援することが求められる.

2. 介護への適度なコミットメントを保つ

納得する看取りに至った家族の多くは,看取り期の変化に対して昼夜を問わず患者に付き添う対処をとったが,看取りの過程で体調を崩すこともあった.このような介護への取り組みは,日本の在宅がん患者の家族の特徴として示されている(吉田,2016).また,患者への愛着や介護への役割規範が介護継続意思に有意に影響したことも報告されている(Chang, 2012).本研究における『看てあげたい』という愛着や『死に立ち会わなければいけない』という役割規範は家族の介護への没頭に繋がったと考えられる.がん患者の家族は残された時間を重視し患者の意向にそった生活を目指すため,より介護に没頭することが推測される.看取り期の変化に対処するために介護に積極的に関与しながら,家族の健康も維持できる介護への適度な距離を保つことが求められる.

対象に対する距離の取り方を示す概念にはコミットメントがあり,特定の組織に対する個人の同一化および関与の強さと定義される(Steers, 1977).患者を中心に協同する家族や医療者などをひとつの組織と捉えると,家族の介護への距離は医療者などと共に行う介護へのコミットメントとも考えられる.緩和ケア病棟で患者を看取った家族の中で,『場所にこだわらずできることをやれば悔いはない』と患者を看る意識をもち続けた家族は納得する看取りに至った.介護を直接行うことのみが看取り後の納得に繋がるのではなく,入院しても介護方法の決定に関わるなどの介護へのコミットメントを保つことが,できるだけのことをした思いに繋がると考えられる.主介護者の仕事や育児,心身状態,居住環境,患者との関係性などから,患者に付添うことの困難が生じることを考慮し,直接の介護が難しい状況でも,介護へのコミットメントを維持し,看取り期の変化に対処できるよう支援する必要がある.加えて,介護への関与が過剰な場合の支援も重要である.適度なコミットメントとは,組織に完全に飲み込まれてしまうことを避け個人のアイデンティティを維持している状態とされる(石田,1997).介護への適度なコミットメントとは,自分を見失うほど介護に巻き込まれることなく自身の生活や健康を保つ状態といえる.介護に傾注しがちな家族が自分の心身状態を把握できるよう看護師が促し,家族の介護へのコミットメントを維持しながら直接の介護は専門職が補うことも求められる.その際は,家族が介護に十分対処できたことを意味づけることも必要である.これらの支援により,家族が健康を維持しながら看取り期の変化に対処することを助け,納得する看取りに導くことが可能となると考える.

Ⅵ. 本研究の限界と今後の課題

本研究では,納得する看取りに至った家族が多く,納得できないと考えられる看取りに至った家族は少なかった.これは,対象者を訪問看護ステーションからの紹介により得たため,納得する看取りに至った家族の方が対象候補者となりやすかったためと考えられる.本研究から導き出された在宅がん患者を看取る家族への支援を実践する際には,納得できない看取りに至ったと考えられる家族が支援内容に適合するかを慎重に検討することが課題である.また,本研究は家族が想起した語りをデータとしたため,看取りの際の体験とは異なる内容が語られた可能性がある.本研究に基づき家族を支援する際には,看取りの過程で新たに求められる支援の可能性を考慮することが課題である.

Ⅶ. 結論

在宅がん患者を看取った家族20名に家族の対処過程について面接調査し以下が明らかとなった.1.患者の看取り期の変化に様々な対処を行った家族は,心身に不調をきたした者もあったが,看取り後に《自分ができるだけのことを一生懸命やれた》という認識に至った.患者の変化を捉えられず自分の生活を優先させた家族は,《患者との死別や死の状況は受け入れがたい》という認識に至った.2.家族が心身の健康を維持しながら看取り期の変化に対処できる介護への適度な距離を保つよう支援し,納得する看取りに導くことが求められる.

付記:本研究の内容の一部は,第38回日本看護科学学会学術集会において発表した.本研究は,愛知県立大学大学院看護学研究科に提出した博士論文の一部に加筆・修正を加えたものである.

謝辞:本研究にご協力くださいました対象者の皆様,対象者をご紹介くださいました訪問看護ステーションの皆様,また,ご指導くださいました愛知県立大学大学院看護学研究科の片岡純教授に心より御礼申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

文献
 
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