日本看護科学会誌
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総説
精神状態の急性増悪に直面した家族の体験に関する文献検討
平岩 千明
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2020 年 40 巻 p. 305-311

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Abstract

目的:精神状態の急性増悪に直面した家族の体験について,文献から明らかにし,看護実践と研究への示唆を得る.

方法:医学中央雑誌,PubMed,CINAHLを用いて,精神状態の急性増悪に直面した家族の体験について論じられている原著論文を抽出した.メタエスノグラフィーを参考に各論文を比較検討し,家族の体験を明らかにした.

結果:7論文を比較検討した結果,家族の体験には,「対応を要する事態であると気づく」「あらゆる手を尽くす」「必要なケアを受けられず苦悩する」「高い(低い)専門家たちの対応の質に触れる」「ケアから排除される」「医療従事者の対応によって苦悩する」があった.

結論:精神的・身体的打撃に晒されながら必要な支援を受けられずにいる家族に対して,国内でも早期介入サービスの構築が望まれる.また,看護師は,家族が自信を持って精神状態が悪化した人に関われるよう,必要な情報を互いに共有し合う姿勢を持つ必要がある.国内でも同様の研究をしていく必要がある.

Translated Abstract

Objective: To elucidate the experiences of the families of people who have experienced mental health crises, and to obtain suggestions for nursing practice and research through a review of the literature.

Method: Using Ichu-shi web databases, PubMed, and CINAHL, the authors extracted original papers that discuss such family experiences, and compared them with reference to meta-ethnography.

Results: Comparison among seven papers identified the following six family experiences: “Realization that the situation needs to be dealt with,” “Doing everything possible,” “Suffering from being unable to receive the necessary care,” “Finding out the high (low) quality of professionals response,” “Exclusion from care,” and “Suffering after receiving necessary care.”

Conclusion: Early intervention services need to be established in Japan for families who are exposed to shock and physical battering but are unable to receive the necessary support. It is also necessary for nurses to be open to sharing necessary information with families so that they can be confidently involved in the care of the family member with mental illness. There are no studies discussing this theme available in Japan.

Ⅰ. はじめに

精神疾患は,健康状態が悪くなった人だけでなくその家族にも大きな影響を及ぼす(Jones, 2004).特に,幻覚,妄想,精神運動興奮などの精神症状が短期間に急激に現れた人とその家族は,衝撃を受けながらも助けを求めなければならない状況に陥る(Lyons et al., 2009).日本国内では,入院医療中心から地域生活中心へという方針のもとに精神保健医療福祉施策が進められており(厚生労働省,2017),急性精神病として暫定的に診断されるような急性発症の精神病状態(以降,精神状態の急性増悪とする)に家族が直面する機会は今後ますます増えていくと予想される.また,家族による日常生活上の手助けは,精神状態が悪化した人にとって感情面の支えとなり,回復過程を促進することがわかっている(Schön et al., 2009).精神状態の急性増悪を経験した人のみならず,その家族への支援を考えるためには,家族がどのような体験をしているのか理解する必要がある.そこで,精神状態の急性増悪に直面した家族の体験に焦点を当てた研究論文をレビューし,精神障害者を抱えた家族に対する看護実践と研究への示唆を得たいと考えた.

Ⅱ. 研究目的

本研究の目的は,精神状態の急性増悪に直面した家族の体験について,文献から抽出し明らかにすることである.これにより,精神障害者を抱えた家族に対する看護実践と研究の取り組みへの示唆を得る.

Ⅲ. 研究方法

学術論文データベース医学中央雑誌Web版,PubMed,CINAHLを使用し,2018年10月までに掲載された学術論文を検索した.医学中央雑誌Web版では「家族」「精神障害」「体験,経験,語り,感情,思い,インタビュー」「急性増悪,急性期,緊急入院」をキーワードとした.Pubmed,CINAHLでは以下のようにキーワードを組み合わせた:(family* OR relative* OR caregiver* OR carer*) AND “Mental Disorders” AND (experience OR perspective OR view OR perception OR attitude OR interviews) AND (acute* OR crisis OR emergenc*).検索期間はデータベースの最大範囲年(医学中央雑誌は1983年以降,PubMedは1946年以降,CINAHLは1981年以降)とした.対象文献は原著論文とし,紀要,地方学会誌,協会誌は除外し,対象言語は日本語と英語に限定した.抽出した論文のタイトルと抄録を精査し,精神状態の急性増悪に直面した家族の体験について論じられている論文のみを抽出した.精神科以外をフィールドとした論文,疾患の経過に沿った体験全般を取り扱った論文,治療プログラムや看護ケアの開発・評価に関する論文,認知症や発達障害に関する論文は対象外とした.また,国による文化や制度の違いを大きく反映する物質依存に関する論文も除外した.なお,精神障害者を抱えた家族の体験を理解するにあたって重要な主観性や多面性を汲み取れる質的研究に限定した.論文の質を評価するため,Critical Appraisal Skills Programme(以降CASPと記載する)のQualitative checklistを用いて,記述内容を吟味した.

本研究の分析は,NoblitとHareのメタエスノグラフィーを参考にして行った(Noblit & Hare, 1988).メタエスノグラフィーは,観察され,認知される現象は常に文化から影響を受けるということを前提に,各文脈を背景に持つ知見を比較検討し,関連を見出して解釈的に統合する手法である.精神状態の急性増悪に直面した家族の体験は,その文脈から捉えられると考え,分析は以下の手順で行った.各論文を精読し,精神状態の急性増悪に直面した家族の体験が表されているテーマとその内容を抽出した.テーマの抽象度が高い場合,論文中に引用されているナラティブに戻り,家族の体験を理解するために必要な背景を抽出した.次に,抽出した各記述間の類似点や相違点に着目しながら整理し,各論文間の比較を行った.そして,比較検討して統合した家族の体験を記述した.なお,簡潔で説得力がある明白な記述となるよう,複数の研究者と表現のあり方を評価する場を繰り返し設け,文脈が異なる知見を統合する際の信憑性確保に努めた.

Ⅳ. 結果

文献検索の結果,医学中央雑誌65件,PubMed 86件,CINAHL 195件の計346論文が抽出された.紀要,地方学会誌,協会誌50論文,重複4論文を除外したのち,タイトルと抄録を精査し,精神状態の急性増悪に直面した家族の体験について論じられていない285論文を除外した結果,7論文が残った.CASPのQualitative checklistを用いた論文の質に関する検証の結果,除外を要した論文はなかった.レビュー対象論文の国名は,オーストラリアが3論文,イギリスが2論文,米国が2論文であった(表1).これらの論文から見出された精神状態の急性増悪に直面した家族の体験は,「対応を要する事態であると気づく」「あらゆる手を尽くす」「必要なケアを受けられず苦悩する」「高い(低い)専門家たちの対応の質に触れる」「ケアから排除される」「医療従事者の対応によって苦悩する」の6つの側面があることがわかった.以下に詳細を記述する.結果の記述では,用いた研究を[1]Levine & Ligenza(2002),[2]Wilkinson & McAndrew(2008),[3]Gerson et al.(2009),[4]Albert & Simpson(2015),[5]Brennan et al.(2016),[6]Olasoji et al.(2017),[7]Wyder et al.(2018)と[ ]で示す.

表1  精神状態の急性増悪に直面した家族の体験に関する研究の概要
著者(出版年)国名 目的 研究参加者 研究デザイン/データ収集方法 主な結果
[1]Levine & Ligenza(2002)米国 精神状態の急性増悪に直面した時の家族の体験,考え,ニーズを理解する 重度精神病を持つ人の家族55人 質的記述的研究/フォーカスグループインタビュー 家族は,病前と病後に分けて人生を語った.「何かがおかしい」という感覚は鮮明であり,症状や振る舞いによる破壊的影響,家族にもたらされた犠牲が語られた.そのさなか,精神科医療システムから必要な支援を得たという家族は僅かであった.
[2]Wilkinson & McAndrew(2008)イギリス 精神科急性期病棟に自分の家族が入院した時の体験を理解する 過去2年に精神科急性期病棟に入院した人の家族4人 Heidegger解釈学的分析/オープンエンドインタビュー 「無力感」「孤立感」「ケアに必要な情報源として認めて評価してほしい,精神的に支援が必要だと認識してほしい」「医療従事者と協働的関係を結びたい」というテーマが明らかになった.
[3]Gerson et al.(2009)米国 発症時,治療を求めた家族の体験を理解する 発症間もない統合失調症,妄想性障害を持つ人の家族13人 Giorgi現象学的分析/オープンエンドインタビュー 家族は危機的状況にあったが,早期に確定診断や治療を受けることができなかった.入院は安堵する一方,精神的に打撃を受ける体験であった.家族はより多くの教育,情報,支援を受けることを希望し,また,スティグマとの闘いについて語った.
[4]Albert & Simpson(2015)イギリス 精神状態の急性増悪に直面した時の家族の体験を探る 精神状態の急性増悪に接したことがある家族8人 Smith現象学的分析/半構造化面接 家族は,医療従事者と危機的な状況を共有できず,周囲の人々からも支援を受けられない「二重剥奪」を体験した.精神状態の急性増悪に対応することは,罪悪感や家族としての絆を失いたくない気持ちなどが混在した複雑な感情を呼び起こした.精神状態が悪化した人から攻撃を受けるだけでなく,医療従事者に見棄てられることによって,家族は恐ろしい体験をした.
[5]Brennan et al.(2016)オーストラリア 精神状態の急性増悪に直面した家族の体験,専門家(医療従事者,警察)の対応,そしてその対応による家族への影響を明らかにする 精神状態の急性増悪に直面した時に警察や早期介入サービスと関わった家族9人 内容分析/半構造化面接 家族は精神状態の急性増悪によって精神的な打撃を受けたが,専門家からは危機に対処するための教育や支援は殆ど受けられなかった.危機的な状況を専門家と共有できなかった家族は苦しんでいた.専門家についての肯定的体験が乏しいために,家族は信頼して助けを求められなかった.家族は専門家との協働的な関係を望んだ.
[6]Olasoji et al.(2017)オーストラリア 精神状態の急性増悪を受けて早期介入サービスにアクセスした家族の体験を探る 現在精神科に入院している人の家族51人 主題分析/フォーカスグループインタビュー 「医療と警察の間でたらいまわしにされる」「適切なケアを受けるために主張するようになる」「医療従事者は聞く耳を持たず,情報が十分に提供されない」というテーマが明らかになった.
[7]Wyder et al.(2018)オーストラリア 精神状態の急性増悪を受けて非自発的な入院をした人の家族の体験を明らかにする 非自発的入院をした人の家族17人 StraussとCorbinの三段階のコーディング/半構造化面接 精神状態の急性増悪に直面する時間は強い緊張と大混乱に特徴づけられた,困難で強烈なものであった.入院当初,家族は精神状態が悪化した人の行動への責任から解き放たれた.しかしケアがその人のニーズに合っていないと考える家族は,考えを主張していく必要があると感じた.家族は医療従事者と協働的にケアに関わることを望んでいた.

1. 対応を要する事態であると気づく

1) 家族が変わってしまったことに打撃を受ける

家族は,状況にそぐわない奇妙な振る舞い[1][5],外見の変化,内省の欠如,治療に参加できなくなるなどの行動の変化や,差し迫った自傷他害の危険に遭遇した[1][5][6].そして,打撃を受けて危機的な状況に陥っていた[1][4][5][6][7].生じた感情は全てネガティブで,強い緊張と大混乱という特徴を伴う困難であった[7].ある家族は,それまでとは劇的に人が変わってしまったと思った[1].まるで時限爆弾の周りを歩いているようだと思った家族もいた[3].言語的・身体的暴力を受けた家族は「恐怖でいっぱい,怯えた,身がすくんだ,ぞっとした,とてもびくびくした」と語り,サポートしなければならない責任に怖れを感じていた[4].家族の生死を左右する状況においては,怯え,緊張し,家族内全体に不安,心配,絶望が広がった[1][5].このように,精神状態の急性増悪に直面し,日常は激変した[1].

2) 状況を認識しようとする

家族は,「何かがおかしい」という感覚を抱き[1],何が起こっているのか,どう対応したらいいのか情報が必要だと思っていた[3].

2. あらゆる手を尽くす

1) 精神状態が悪化した人と一緒に居続ける

家族は,精神状態が悪化した人の様子に過敏になり[7],時に攻撃から逃げ[4],苛々したり狼狽えたりしつつも,辻褄の合わない破壊的な振る舞いに対応しようと奮闘していた[1].また,その人の心が脆弱になっていると考え,必要以上に辛い思いをさせないように刺激から守ろうとした[7].

後に入院させることになった家族は,それが専門家によるやむを得ない判断だとしても,裏切ってしまったと感じ,連れて行かれたら自分の家族を二度と取り戻せないような気持ちになっていた[4].

2) 周囲から状況を隠す

家族は,周囲の人々がショックを受けないように,危機的な状況にあることを話さずにいた.精神状態が悪化した人が将来スティグマを受けることを憂慮した家族も,周囲の人々に状況を話したくないと思っていた.また,言語的・身体的暴力を受けたと認めれば自分の家族を裏切ることになると思い,このような体験について自分からは話さなかったり,たまたま起こったことに過ぎないと語ったりした.その結果,危機的な状況に陥った家族は周囲からサポートを得られなくなっていった[4].

3) 早期介入サービス,精神科外来へアクセスする

オーストラリア,イギリス,米国では,地域で精神状態が急激に悪化した時に支援を要請できる早期介入サービスがある.サービスを担うチームは精神科看護師,ソーシャルワーカー,精神科医などの医療従事者で構成されており,入院や地域ケアへの適応をアセスメントし,必要に応じて諸機関への搬送を担う.精神状態が悪化した人の内省が欠如したり[5],お互いの身の危険が差し迫ってこれ以上は手に負えないと感じたりした時に[3][4][5],家族は早期介入サービスや精神科外来,警察に助けを求めていた[3][4][5][6].

3. 必要なケアを得られず苦悩する

外来を受診させようと考えた家族は,精神状態が悪化した人を納得させられず,なかなか受診させることができなかった[3].

早期介入サービスを受けようとした家族は,医療従事者に危機的な状況を理解してもらおうと努めても,相手にされなかった[4].医療従事者から「介入するほど危機的ではない」とされた時,危機とは一体何なのかと,医療システムの迷路に迷い込んだように思っていた[6].精神状態が刻一刻悪化する状況で,迅速に対応されず入院させざるを得なくなった時には,サービスは思うようにならないと感じていた[4].また,家族は,サービスが利用できない時や他害などの危険性が高い時,警察に助けを求める必要があった.一方警察は,対応には精神科医療の視点が必要だと,医療従事者の同席を求めることがあった.このため,サービスと警察がうまく連携できるまでは,家族だけで危機的な状況に対応せざるを得ず[5][6],医療システムと警察の間に挟まれたような感覚を抱いていた[6].

入院に辿り着いた家族は当初,必要なケアを受けられると思い,安堵した[7].しかし,それが精神状態が悪化した人のニーズに合っていないと感じた時には,望むケアを受けるために医療従事者と交渉しなければならなかった[6][7].

4. 高い(低い)専門家たちの対応の質に触れる

1) 専門性の高さを実感する

医療従事者の,興奮して苦しむ人と関わる能力[5][7],信頼関係を構築しディエスカレーション(コミュニケーション技術による鎮静)する能力,適切なケアに導く能力は,肯定的な体験につながっていた[5].警察については,精神状態が悪化した人を怖がらず,脅かさず,忍耐強く共感的な姿勢と,迅速な対応を肯定的に受け止めていた[5].警察の方が医療従事者よりディエスカレーションに長けていると話す家族も多かった[4].

2) 専門家としての資質に疑問を抱く

家族は,医療従事者の発言が失礼だったり,家族関係を悪化させたりする時,プロフェッショナルとしてふさわしくないと否定的に受け止めていた[6].「あなたには他にまともな子どもがいるからいいじゃないか」というようなスティグマを抱かせる発言には,怒りを覚えたと報告されていた[3].警察については,精神疾患をよく知らずうまく反応できないと語っていた[5].「攻撃される」と警察が誤解して,精神状態が悪化した人を犯罪者扱いすることもあった[5].

家族は,医療従事者や警察の対応が「よかったりよくなかったりする」ため,信頼して助けを求められなかった[5].

5. ケアから排除される

早期介入サービスや警察抜きでどうにか持ちこたえた家族も,一度早期介入の人達が到着すると危機管理から排除されていた[5].家族は,病気の背後にある人となりをよく知っているという点で,自分自身を専門家であり重要な情報源であると思っていた[2].そして,精神状態が悪化した人についての見立てを重んじてほしいと考えていた[5].しかし,医療従事者からは自分自身が問題の一部であると捉えられ[1],問題解決への貢献に気づいてもらえず[2],言葉に耳を傾けられず,まともに取り合ってもらえなかった[1][4][6].まともに取り合ってもらえない体験は,尊重されていない,サポートされていないという思いにつながった[4].医療従事者からの情報提供は,理解できない専門用語が使われたり[6],精神状態が悪化した人の機密を保持するため行われなかったりした[2][3][5][6].家族なのに,経過がわからないためケアに関われず[6][7],聞こえない,見えない存在として扱われているように思った[7].また,今後に向けて病気,ケア,治療をもっと学びたいと伝えても,無視されたと感じていた[1][2][7].

一方,少ないながらケアに関われた場合もあった.ケア提供チームの一員として迎えられ,家族の情報と観察を基に,何が起こっていて,何が必要か議論した[6].有用な情報を得て,精神状態が悪化した人とどう一緒にいればよいか考えることができた場合,医療従事者に感謝していた[3].

6. 医療従事者の対応によって苦悩する

1) 苦しみ,自信や医療への信頼を失う

家族は,精神科的診断や精神科に入院することを含め,精神状態の急性増悪を経験して大いに打撃を受けた[1][2][3][5].このような事態になるまでに病状悪化を防いでやれなかったと罪悪感を抱く場合もあった[4].しかし,このことは医療従事者に認識されず,サポートされなかった[2][5].家族だけで複雑な感情に向き合い,一層深い苦しみや負担感を抱き,危機管理能力への自信を失っていた[5].ケアから排除され,精神状態が悪化した人に起こっていることから引き離されて孤立していると感じた場合は,今後その人をみていく能力が自分にあるのだろうかと懸念を抱くようになった[2][7].

医療従事者にまともに取り合ってもらえないと感じた場合は,もう頼れないと思って失望し,今後は自分たちだけで対応せざるを得ないと考えていた[4][5].しかし,助けを求めずに対応しようとすることは更に困難なことで,将来のいかなる危機も一層恐ろしく思えた[4].

2) 協働的関係に向けて主張せざるを得なくなる

家族は,自分の家族をよく知っている存在として,適切なケアに向けて自ら声を上げなければならないと思った[6][7].医療従事者との間に隔たりを感じた時,協働的な関係を強く望むようになった[2].そうして,今ある問題解決のためだけでなく,将来に向けて,全ての段階に亘って情報を共有し意思決定に参加したいと考えていた[5].精神状態が悪化した人へのケア提供の過程に参加することは,家族が今後その人と関係性を保つためにも必要であった[5].考えを主張するためにクレーマーにならざるを得ないと感じた場合は,うんざりし,疲れ果てていた.また,自分が死んだらどうなるのだろうと考えていた[6].

Ⅴ. 考察

精神状態の急性増悪に直面した家族は,異変に気付いた場面だけでなく,医療に助けを求め,助けを得た後に至っても,様々な困難に直面し,対応に迫られていた.これは国外の文献からのみ得た結果であり,一概に国内の状況へ適用できない.そこで,「家族」,「精神疾患」をキーワードにハンドサーチして得た国内の文献を加え,国内の実情を踏まえながら,看護実践及び今後の研究への示唆を考察する.

1. 医療につながるまで

家族は,何が起きているのかわからない状況に陥り,暴力や精神的打撃に晒され,生活全体に影響を及ぼされ,その事態を自分がおさめなければならないことに怖れを感じていたことが今回明らかになった.そして,助けが必要だと思っても,スティグマを恐れて状況を隠し,周囲の助けを得られなかった.精神状態が悪化した人は,自分の体験が精神症状であると認識できなかったり,状況へのコーピングとして危機を過小評価したりする(Tait et al., 2003).そのため,その急激な変化が精神症状によるものだという判断と,危機的な状況への対応は,家族など周囲の人に依るところが大きい.国内においても,特定の精神疾患を持つ人の家族の時間的経過を扱った研究において,発病に接した家族はショックを受け混乱しており,看護師は苦労をねぎらうなど情緒面で関わる必要があると報告されている(田上,1998川添,2007).オーストラリア,イギリス,米国では早期介入サービスがあり,家族はこれにアクセスすることで医療につながることができた.国内の一部の地域では,早期介入のモデル作りとして,病院を中心とした取り組みがなされはじめている(水野,2017).しかし,多くの家族は自ら外来受診機関や病院を探さなければならず,その間,精神的・身体的打撃に晒されながら必要な情報提供を受けられずにいると推察される.今後,早期介入サービスの体制構築が望まれる.看護師は,心身機能や人格機能に加えて生活機能に関与する専門職であるため,そのチームの一員として機能できると考える.

2. 医療の中で

本研究の結果では,家族は適切なケアに向けて,危機的な状況による切迫感や自分の家族の人となりを,医療従事者に伝えたいと考えていた.しかし,伝えようとしても,まともに取り合ってもらえない体験が明らかになった.また,ケアを受けさせることができても家族には情報提供されず,聞こえない,見えない存在になったと感じていた.ケアから排除される体験は,今後自分の家族をみていく自信を失うことにもつながっていた.ところが,ケアを検討する場に,精神状態が悪化した人だけでなく家族に参加してもらうことは,精神状態が悪化した人が置かれた状況への共通理解,問題を打破するための新しい関係性,予測できない未来に向けての安心感を生み出すと報告されている(Piippo & Aaltonen, 2008).国内では,精神科救急入院料病棟における看護師による家族への支援は退院準備期になされることがある.しかし,その実施率は50%に至らなかったという報告があり(田上ら,2013),看護師による家族との関わりには改善の余地があるといえる.家族が退院後も自信を持って生活していけるよう,看護師が必要な情報を家族と共有し合うことで,退院支援を改善できる可能性があると考える.

また今回の結果から,ケア提供チームの一員となることを期待し,必要に応じて考えを主張するという家族の姿勢が明らかになった.しかし国内では,日本独自の医療保障システムや消費者意識があり(田村・水谷,2009),例えば「医療従事者を信じて任せる」というような姿勢が一般的かもしれない.国内において精神状態の急性増悪と直面する家族の体験とはどのようなことか,今後さらに研究を進める必要がある.

Ⅵ. 研究の限界

分析対象とした家族は,年齢,性別,精神状態が悪化した人との続柄などの属性や生活状況,過去に精神状態の急性増悪に直面した経験の有無が限定されていない.よって今回示された結果は,これらの条件によって異なりうる家族の体験の特性を明らかにはできていない.

謝辞:本研究をご指導くださいました東京医科歯科大学大学院の大久保功子教授,亀田医療大学の宮本眞巳教授,多くのご助言をくださった東京医科歯科大学大学院リプロダクティブヘルス看護学分野研究室の皆様に深く感謝申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

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