日本看護科学会誌
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原著
療養病床に勤務する看護職における管理職と非管理職のワーク・エンゲイジメント・プロセスモデル
木内 千晶鈴木 英子髙山 裕子
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2020 年 40 巻 p. 502-510

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Abstract

目的:療養病床に勤務する看護職におけるワーク・エンゲイジメントの因果プロセスを検証し,管理職,非管理職の差異を明らかにする.

方法:東北地方の療養病床の看護職1,786人に質問紙調査を実施し,有効回答1,269人を対象に共分散構造分析による因果モデルの検証と,管理職,非管理職でのモデルの差異を検証する多母集団の同時分析を行った.

結果:個人の資源と仕事の資源を先行因子,ワーク・エンゲイジメントを媒介因子,心身の健康と仕事のパフォーマンスをアウトカムとするプロセスモデルが検証された.このプロセスは管理職,非管理職で差を認め,非管理職の先行因子からアウトカムへのプロセスには,直接効果とワーク・エンゲイジメントを媒介する間接効果が認められたが,管理職では直接効果のみが認められた.

結論:看護管理を担う管理職は,心身の健康と仕事のパフォーマンスの向上に影響するプロセスには職位による差があることを認識し,仕事の負担や仕事の資源をサポートする必要性が示唆された.

Translated Abstract

Objective: To determine the causal process of work engagement among nurses for long-term care beds according to nursing managers and staffs.

Methods: A questionnaire survey was conducted with 1,786 nurses involved in long-term care beds in the Tohoku district. With 1,269 valid responses, verification of the causal model and multi-group analysis were performed using structural equation modeling.

Results: The process model in which personal resources and job resources were the antecedent factors, work engagement was the mediating factor, and mental and physical health and work performance were the outcomes was verified. This process differentiated between nursing managers and staff. For nursing staff, the process from antecedents to outcomes had a direct effect and an indirect effect that mediated work engagement. On the other hand, the outcomes of nursing managers were directly affected by antecedent factors.

Conclusion: These findings suggest that managers need to recognize that there are differences between positions in the processes that affect physical and mental health and work performance; managers responsible for nursing management need to support job resources and demands.

Ⅰ. 緒言

療養病床は主に高齢者の慢性期医療を担っているが,近年は療養病床の廃止案や削減案の変更が繰り返され,取り巻く状況は変動している.人口の高齢化,医療の高度化,在院日数の短縮化に加え,介護保険適用の介護療養病床が廃止されることで,今後も存続する医療保険適用の医療療養病床は重症患者が増えることが見込まれる.一方,地域包括ケアシステムの実現に向けては,療養病床においてもこれまで以上に在宅復帰に向けたケアサービスの質が問われる(小野ら,2015).このような療養病床再編は,療養病床の看護職の役割や仕事量をますます増大させることとなり,ストレスの増大にも繋がりかねない.仕事量の多さやストレスはキャリアコミットメントの低減につながり(関根・冨田,2018),質の高い看護を提供するためには,看護師のストレスの改善や心身の健康を高めることが求められている(柴・吉川,2011).そのため,今後の超高齢社会に向けて,存続する療養病床の看護職がストレスを増大することなくいきいき働ける職場体制を整えていくことが必要である.

2015年の労働安全衛生法改正ではストレスチェック制度が法制化されたが,国際的には,職場のメンタルヘルス活動は,ストレス対策だけを行うのではなく,精神的健康のよりポジティブな側面の向上を図ることが潮流となっている(島津,2016).仕事に対してポジティブで充実している心理状態を示す動機づけ概念にSchaufeli et al.(2002)により提唱されたワーク・エンゲイジメントがある.ワーク・エンゲイジメントは,活力,熱意,没頭によって特徴づけられ,特定の対象,出来事,個人,行動などに向けられた一時的な状態ではなく,仕事に向けられた持続的かつ全般的な感情と認知である.これまでの実証研究では,ワーク・エンゲイジメントが高まると心身の健康が良好で,生産性も向上することが報告されている(Bakker & Demerouti, 2008島津,2010).

ところで,古典的動機づけ研究は「人は何によって働くことに動機づけられるか」という要因を解明する研究が主であったが,近年は「人はどのように動機づけられるのか」という,その過程に関心を向け,行動に至るプロセスに視点が置かれている(ゲイリー,2009).事実,ワーク・エンゲイジメントの先行因子やアウトカムについての研究の多くは,仕事の要求度-資源モデル(Job Demand-Resource model:以下JD-Rモデル)(Bakker & Demerouti, 2007)を概念枠組みとしている(阪井ら,2012島津,2010).JD-Rモデルは,仕事のストレス要因がバーンアウトを引き起こし健康障害にいたる「健康障害プロセス」と,個人の資源や仕事の資源がワーク・エンゲイジメントを高めて仕事や組織に対してポジティブな態度や行動につながる「動機づけプロセス」の2つのプロセスから成る.いわば,ワーク・エンゲイジメントは,動機づけプロセスの媒介因子として位置づけられている.つまり,看護職が仕事に意欲を持ちいきいきと働くための職場管理を考えるには,モチベーションの要因を解明するだけではなく,動機づけ,認知,感情,行動といった一連のプロセスを明らかにすることで,より具体的な示唆が得られると考える.

看護職を対象としたワーク・エンゲイジメントに関する先行文献を検索した結果,ワーク・エンゲイジメントの先行因子に焦点を当てた研究は散見され,仕事の資源に関係するものと,個人の資源に関係するもが見られた.アウトカムを検討した研究は少ないが,職務継続や離職意思,心身の健康に関すること,仕事のパフォーマンスに関することなどが明らかにされていた.概念枠組みとしてはJD-Rモデルを用いているものが多いが,先行因子からワーク・エンゲイジメントを媒介してアウトカムに影響する一連のプロセスを探求した研究は国外文献4件,国内文献1件のみで,JD-Rモデルの先行因子またはアウトカム部分のみの検討に留まっていた.その中でも,関連要因としては上司にまつわるものが多く(Warshawsky et al., 2012Bamford et al., 2013Bishop, 2013White et al., 2014),管理職と非管理職を比較した研究では,ワーク・エンゲイジメントの得点において職位に差が認められていた(Naruse et al., 2013中村・吉岡,2016).すなわち,主に看護管理を担う立場にある管理職とその対象となる非管理職による,ワーク・エンゲイジメントのプロセスの異同が明らかになれば,管理職自身が非管理職との違いを認識でき,それぞれの特性を理解した上で,ワーク・エンゲイジメントを向上させる看護管理が可能になると考えられる.

そこで,療養病床の看護職を対象に,ワーク・エンゲイジメントを媒介因子とし,その先行因子とアウトカムのプロセスモデルを作成して検証すること,ワーク・エンゲイジメントのプロセスモデルの管理職・非管理職の差異を検証することを研究目的とした.

Ⅱ. 研究方法

1. 本研究の概念枠組み

本研究ではJD-Rモデルを基に,「動機づけプロセス」に焦点を当て概念枠組みを考え,図1に示す仮説モデルを作成した.文献検討の結果を踏まえ,個人の資源と仕事の資源を先行因子,心身の健康と仕事のパフォーマンスをアウトカムとし,先行因子やアウトカムの関連に留まらず,ワーク・エンゲイジメントを媒介因子とした一連の因果プロセスを想定した.

図1 

ワーク・エンゲイジメント・プロセスモデルの仮説モデル

先行因子の個人の資源を検討するにあたっては,レジリエンスに着目した.レジリエンスは困難で脅威的な状態にさらされても,それを乗り越えよく適応している精神的な回復力のことをいう(小塩ら,2002平野,2010).生きていく上で不可避であるストレスに対する予防要因あるいは緩衝要因として,レジリエンスはメンタルヘルス介入に大きな期待が持てる概念である(齊藤・岡安,2009).そこで,個人の資源にはレジリエンスを選択した.

先行因子の仕事の資源ならびにアウトカムの仕事のパフォーマンスについては,新職業性ストレス簡易調査票(Inoue et al., 2014)に着目した.今日,労働者のメンタルヘルスはより広い職場要因によって影響を受けている.そのため,仕事の資源はふだんの業務や作業に関する作業レベル,チームや部署の人間関係に関する部署レベル,組織のあり方に関する事業場レベルの3つの側面からとらえている,また,仕事のパフォーマンスは仕事に対する態度,行動のことであり,職務の遂行,創造性の発揮,積極的な学習の3つの側面から網羅して調査することができるため,本研究の目的と合致した.

2. 対象

東北地方の40床以上の療養病床(医療療養病床,介護療養病床)を有する140病院の中で,承諾の得られた79病院の療養病床に勤務する1,786人の看護職とした.なお,今回の調査対象には准看護師を含めているが,診療報酬の施設基準では,療養病床は准看護師の比率が一般病棟よりも高くなっており,対象者に准看護師を含めるほうが現状に即した分析ができると判断した.

3. データ収集方法と調査期間

看護管理部門に対象者への研究説明書と質問紙の配布,および病棟用回収袋の設置を依頼した.対象者は質問紙に回答,封緘後に各病棟の回収袋に投入し,回収袋は看護管理部門で一括返送してもらった.調査は無記名自記式質問紙法を用い,調査期間は2016年9月から2016年11月であった.

4. 調査内容と測定尺度

調査には次に示す3つの尺度を使用した.いずれも開発者により信頼性,妥当性が検証されているが,本研究対象においても構成概念妥当性と,内的整合性を確認した.

1) ワーク・エンゲイジメント

Schaufeli et al.(2002)が開発し,Shimazu et al.(2008)によって日本語訳されたユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度日本語版短縮版で評価した.下位因子は,仕事に誇りを感じ,熱心に取り組み,仕事から活力を得ていきいきしている心理状態を表す,活力3項目,熱意3項目,没頭3項目で構成される.回答は「全くない」から「いつも感じる」の7件法で,得点が高いほどワーク・エンゲイジメントが高いことを示す.学術研究が目的の場合には自由に使用が認められていた.

2) レジリエンス

平野(2010)の二次元レジリエンス要因尺度で評価した.平野は,多様なレジリエンス要因の中には,持って生まれた気質と関連の強い要因と,後天的に身につけていきやすい獲得的な要因があるとし,下位尺度は,資質的レジリエンス要因12項目と獲得的レジリエンス要因9項目で構成される.回答は「まったくあてはまらない」から「よくあてはまる」の5件法で,得点が高いほどレジリエンスが高いことを示す.自由に使用が認められていた.

3) 仕事の負担,仕事の資源,心身の健康,仕事のパフォーマンス

新職業性ストレス簡易調査票短縮版(Inoue et al., 2014)にて評価した.仕事の負担7項目(量的負担3項目,質的負担3項目,身体的負担1項目),仕事の資源28項目(仕事の意義,成長の機会などの作業レベル8項目,上司のサポート,上司のリーダーシップなどの部署レベル13項目,個人の尊重,キャリア形成などの事業場レベル7項目),心身の健康29項目(心理的ストレス反応18項目,身体愁訴11項目),仕事のパフォーマンス9項目(職務の遂行3項目,創造性の発揮3項目,積極的な学習3項目)を質問した.回答は「そうだ」から「ちがう」等の4件法で,得点が高いほどそれぞれ望ましい状態を示す.自由に使用が認められていた.

5. 分析方法

仮説モデルの検証は共分散構造分析を実施した.適合度指標は,GFI(Goodness of Fit Index),AGFI(Adjusted Goodness of Fit Index),RMSEA(Root Mean Square Error of Approximation),CFI(Comparative Fit Index)とした.パス図を描いた後,修正指数と適合度指標を参考にモデルを改良し,最も適合度の良いモデルを採用した.職位によるモデルの比較は,多母集団の同時分析を実施し,配置不変性と測定不変性の検討を行った(豊田,2007).多母集団の同時分析は両方のグループを同時に分析することで,単一グループの分析を個別に2回実施した場合より,正確な推定値が提供される(Arbuckle, 2016).複数のモデルを比較する際の指標にはAIC(Akaike Information Criterion)とBCC(Browne-Cudeck Criterion)を用い,最も値が小さいモデルを採用した(田部井,2011).間接効果については,ブースストラップ法を用いて95%信頼区間の有意性を確認した.分析には,統計ソフトIBM SPSS Statistics 24.0およびAmos Statistics 24.0を使用した.

なお,本研究は,管理職と非管理職という年齢層に相違がある集団を分析するため,各尺度と年齢および看護職経験年数との相関係数がいずれも|r| < 0.2で,ほとんど相関を認めないことを確認した上で分析を進めた.

6. 倫理的配慮

国際医療福祉大学倫理審査委員会の承認を得て(承認番号15-Ig-123)研究を実施した.調査にあたっては,対象病院の看護管理者に研究の趣旨を電話と文書で説明し同意を得た.調査対象者には,紙面を用いて研究目的と方法を説明し,研究協力は任意であり自由意思によること,参加を拒否した場合でも不利益を被ることはないこと,個人や施設が特定されないこと,返送をもって同意と見なすこと等を明記して協力を依頼した.

Ⅲ. 結果

1. 対象者の特性

73病院,1,432人から返信があり回収率は80.2%であった.性別,年齢が無回答の者,質問紙に含まれる3つの尺度に欠損値がある者の回答を削除し分析対象は1,269人(有効回答率71.1%)とした.管理職は211名,非管理職は1,058名であった.管理職,非管理職別の属性を表1に示した.年齢,看護職および療養病床の経験年数を表2,各尺度の点数を表3に示した.

表1  職位による対象者の属性
管理職
n = 211
非管理職
n = 1,058
χ2検定
人数 % 人数 %
性別 男性 13 6.2 66 6.2
女性 198 93.8 992 93.8
職種 看護師 205 97.2 638 60.3 ***
准看護師 6 2.8 420 39.7
雇用形態 正規雇用 211 100.0 941 88.9 ***
非正規雇用 0 0.0 117 11.1

* p < 0.05 ** p < 0.01 *** p < 0.001

表2  職位による年齢,経験年数の差の検定
管理職
n = 211
非管理職
n = 1,058
t値 p
平均 SD 平均 SD
年齢 48.09 7.893 43.18 12.20 –7.441 .000***
看護職経験年数 25.32 7.93 20.06 12.21 –7.939 .000***
療養病床経験年数 7.17 6.54 6.06 5.95 –2.289 .023*

* p < 0.05 ** p < 0.01 *** p < 0.001 SD:standard deviation

表3  職位による各尺度の平均値と差の検定
管理職n = 211 非管理職n = 1,058 t値 p
平均 SD 平均 SD
ワーク・エンゲイジメント 27.71 11.15 23.62 12.07 4.55 .000***
活力 8.34 4.42 7.12 4.46 3.63 .000***
熱意 10.99 3.65 9.60 4.26 4.89 .000***
没頭 8.38 4.20 6.90 4.33 4.55 .000***
レジリエンス 71.86 9.04 69.11 10.52 –3.54 .000***
資質的レジリエンス 40.58 5.56 39.19 6.54 –3.22 .001**
獲得的レジリエンス 31.28 4.36 29.92 4.68 –3.90 .000***
仕事の資源 2.62 0.39 2.47 0.48 –4.76 .000***
作業レベル 2.87 0.39 2.71 0.42 –5.07 .000***
部署レベル 2.70 0.44 2.59 0.52 –3.15 .002**
事業場レベル 2.40 0.44 2.25 0.58 –4.28 .000***
仕事の負担 2.18 0.36 2.27 0.44 3.10 .002**
量的負担 1.66 0.56 1.99 0.72 7.41 .000***
質的負担 1.77 0.54 1.97 0.63 4.34 .000***
身体的負担 1.74 0.78 1.51 0.63 –4.06 .000***
心身の健康 2.82 0.53 2.83 0.47 –0.25 .806
心理的ストレス反応 2.68 0.51 2.69 0.58 0.30 .761
身体愁訴 3.08 0.56 3.03 0.60 0.97 .333
パフォーマンス 2.63 0.43 2.49 0.47 4.46 .000***
職務の遂行 2.66 0.52 2.69 0.52 –0.85 .396
創造性の発揮 2.76 0.57 2.41 0.63 7.84 .000***
積極的な学習 2.48 0.53 2.35 0.62 2.77 .006**

* p < 0.05 ** p < 0.01 *** p < 0.001

2. 仮説モデルの検証

全対象者について,設定した仮説モデルの検証を試みた.修正指数と適合度指標を参考にパスを削除しながらモデルを改良した結果,GFI = 0.926,AGFI = 0.893,RMSEA = 0.075,CFI = 0.928となり,図2に示すモデルを採択した.パス係数は標準化推定値を示し,潜在変数から各観測変数への因子負荷量は0.42以上で,潜在変数と観測変数とは適切に対応していると判断された.潜在変数間のパス係数もすべて有意であった.決定係数R2は心身の健康47%,仕事のパフォーマンス55%,ワーク・エンゲイジメント37%であった.

図2 

ワーク・エンゲイジメント・プロセスモデル仮説検証(N = 1,269)

3. 職位の配置不変性・測定不変性の検討

管理職,非管理職の配置不変性と測定不変性を検討した結果,「制約なし」のモデルの適合度が最も良く,GFI = 0.918,AGFI = 0.882,RMSEA = 0.053,CFI = 0.928であった.また,χ2乗検定によるモデル比較においても両群間の母数には制約は置かない「制約なし」のモデルが良いと結論され,潜在変数間,潜在変数と観測変数間すべてにおいて等値制約が棄却された.管理職,非管理職のモデルを図3に示した.潜在変数間の関連は,管理職では,レジリエンスから心身の健康,ワーク・エンゲイジメントから心身の健康,およびワーク・エンゲイジメントからパフォーマンスへのパス係数が有意ではなかった.

図3 

職位別 ワーク・エンゲイジメント・プロセスモデル

4. 職位による因果プロセスの検討

心身の健康への影響は表4,仕事のパフォーマンスへの影響は表5に示す通り,管理職ではワーク・エンゲイジメントを媒介する間接効果は認められなかったが,非管理職ではレジリエンスおよび仕事の資源からは直接効果に加えて間接効果が認められた.なお,間接効果はすべて有意であった.

表4  職位による心身の健康への直接・間接・総合効果
管理職 非管理職
直接効果 間接効果 総合効果 直接効果 間接効果 総合効果
ワーク・エンゲイジメント n.s 0.11
仕事の負担 0.39 0.39
レジリエンス(個人資源) n.s n.s 0.12 0.03 0.15
仕事の資源 0.32 n.s 0.45 0.05 0.50

n.s:not significant

表5  職位による仕事のパフォーマンスへの直接・間接・総合効果
管理職 非管理職
直接効果 間接効果 総合効果 直接効果 間接効果 総合効果
ワーク・エンゲイジメント n.s 0.17
レジリエンス(個人資源) 0.47 n.s 0.29 0.05 0.34
仕事の資源 0.34 n.s 0.46 0.08 0.54

n.s:not significant

Ⅳ. 考察

1. ワーク・エンゲイジメントのプロセスモデルの検証

ワーク・エンゲイジメント・プロセスモデルを作成し検証した結果,最終モデルの適合度やアウトカムの決定係数の値から,仮説がほぼ検証された.JD-Rモデルと同様に,個人の資源と仕事の資源を先行因子,ワーク・エンゲイジメントを媒介因子,仕事に対するポジティブな態度や行動と,ストレス反応を示す心身の健康をアウトカムとする因子構造と一致した.療養病床の看護職全体では「動機づけプロセス」を支持するモデルが検証された.

2. 職位における因果プロセスの違い

管理職と非管理職ではワーク・エンゲイジメント・プロセスモデルにおいて,因子構造に差異は無かったが,先行因子からワーク・エンゲイジメントを媒介してアウトカムに影響するプロセスは異なっていた.

1) 管理職のモデル

管理職のモデルでは,心身の健康はレジリエンスとワーク・エンゲイジメントからの影響は認められず,仕事の負担が少ないことや仕事の資源が良好であることが直接的に心身の健康の向上に影響すると示唆された.先行研究において,管理職である看護師長や主任のストレス要因に仕事の負担が報告されている(三木,2006伊藤ら,2011).また,職位別の業務内容を比較した研究において(高谷・新道,2002),看護師長と主任は,管理レベルのものをはじめとした多岐にわたる業務を担っており,事務的な業務も多いことが示されている.本研究においても,管理職は非管理職と比較して時間内に仕事を処理しきれない量的な負担や,高度な知識や技術が求められる質的な負担が大きい結果であった.このような日頃の職務状況が,管理職にとってはレジリエンスやワーク・エンゲイジメントからの影響よりも強く心身の健康に影響すると考えられる.

また,管理職の仕事のパフォーマンスは,個人の資源であるレジリエンスからの直接的な影響を最も高く受けていた.管理職は非管理職と比較してワーク・エンゲイジメントの得点が高く,先行研究の結果とも一致した(Naruse et al., 2013安保・高谷,2019).しかし,本研究の結果から,管理職のワーク・エンゲイジメントの高さは,仕事のパフォーマンスには影響せず,むしろ自己のレジリエンスでパフォーマンスを保持していると示唆された.これらの知見は先行研究には見当たらなかった.レジリエンスの得点においても,管理職は資質的および獲得的レジリエンスが非管理職と比較して高かった.すなわち生まれた気質と後天的に身につけた精神的な回復力や適応能力が高いことが伺われる.このような精神力があることで管理職となったのか,管理職になることでこのような精神力が培われるのかは議論の余地があるが,いずれ,このレジリエンスの高さが仕事のパフォーマンスの向上にも発揮されているかもしれない.管理職においては,ワーク・エンゲイジメントといった仕事に対する心理状態よりも,仕事の負担や仕事の資源,自己の精神力に注目していく必要性が考えられる.

2) 非管理職のモデル

非管理職のモデルはJD-Rモデルと一致し,ワーク・エンゲイジメントの媒介効果が認められ,仕事の資源が心身の健康と仕事のパフォーマンスに最も影響していた.成人患者と高齢患者の看護業務量を比較した研究では(水戸ら,2011),高齢患者に対する看護業務量が多いことが明らかになっており,老人病院は食事,排泄,清潔といった看護が多い(高谷,2003).本研究においても,患者の直接的ケアを担っている非管理職の身体的な業務負担が大きい結果であった.さらに,ふだんの業務や作業,チームや部署の人間関係,組織のあり方等の仕事の資源については,非管理職は管理職よりも評価が低かった.複数の研究でスタッフは看護師長より職務に対する満足度が低い結果が示されており(平田・勝山,2012),本研究においてもこれらに類似した結果と考えられた.非管理職においては,ワーク・エンゲイジメントを媒介するプロセスが確認できたことで,日頃の職務状況が改善され仕事の資源の良さ,すなわち「上司のサポート」の強化,「成長の機会」の提供,「個人の尊重」「キャリア形成」の促進などが知覚されると,仕事に対するいきいきした心理状態が喚起され,さらに心身の健康や仕事のパフォーマンスが促進されると考えられる.

3) モデルの差異からの示唆

職位により,ワーク・エンゲイジメントのプロセスに差異があることが明らかになったことは,療養病床の看護職がいきいき働くための看護管理を考える上での新たな知見である.そして,管理を担う管理職は,非管理職のプロセスは自分たちとは違いがあることを認識する必要性を示唆している.管理職は非管理職に対して,ワーク・エンゲイジメントの効果が発揮されるよう,仕事に誇りを感じいきいきした感情をサポートすることで,心身の健康と仕事のパフォーマンスに対する支援が効力を増すことを認識することが重要である.

また,本研究においては,プロセスには差異が認められるものの,管理職,非管理職ともに,心身の健康には,個人の資源よりも,仕事の資源や仕事の負担の影響が大きいことがわかった.仕事の資源は仕事のパフォーマンスにも影響し,この傾向は特に非管理職で顕著であった.つまり,療養病床の看護職にとって,仕事の負担の調整や仕事の資源に関するサポートが極めて重要な課題であることが確認された.

療養病床は再編の過渡期にあるが,令和元年10月1日現在における療養病床を有する病院は3,662施設で,国内の病院総数の44.1%を占め(厚生労働省,2020),療養病床が存続している病院数は少なくない.そのため,本研究結果は,現在もしくは今後の療養病床に新たな知見が提供できたと考える.

ただし,本研究は対象者を東北地方に限定しているため,職場の環境や体制に地域の特性がある可能性が考えられ,一般化には限界がある.慢性期の高齢者看護の場は療養病床に限らず多様化しており,それらの場では,看護職と介護職が協働してケアをおこなっている特徴がある.今後は地域や施設,職種が異なる対象へと幅を広げて比較分析していくことが課題である.看護職において,ワーク・エンゲイジメントを媒介因子とした文献は未だ少ない.今後さらに研究を重ね知見を蓄積する必要がある.

Ⅴ. 結論

1.療養病床の看護職を対象としたワーク・エンゲイジメントの因果プロセスには職位による差異があることが確認された.

2.非管理職では,ワーク・エンゲイジメントの媒介効果が認められ,個人の資源や仕事の資源がワーク・エンゲイジメントの向上に影響し,さらに効力を増し,心身の健康と仕事のパフォーマンスの向上に影響することが明らかになった.

3.管理職では,仕事の負担と仕事の資源が心身の健康の向上に直接影響し,個人の資源と仕事の資源がパフォーマンスの向上に直接影響することが明らかになった.

4.看護管理を担う管理職は,心身の健康と仕事のパフォーマンスの向上に影響するプロセスには職位による差があることを認識し,それを踏まえ仕事の負担や仕事の資源をサポートする必要性が示唆された.

付記:本研究は,国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科に提出した博士論文の一部に加筆・修正を加えたものである.なお,本論文の内容の一部は第39回日本看護科学学会学術集会において発表した.

謝辞:本研究を実施するにあたり,調査へのご協力をいただきました療養病床の看護職の皆様に心より感謝申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:CKは研究の着想およびデザイン,データ収集,データ解析,論文作成のすべてを行った.ESは論文への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.YTは研究デザイン,分析,解釈に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み了承した.

文献
 
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