日本看護科学会誌
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総説
心不全患者のアドバンス・ケア・プランニングの概念分析
山本 美保吉岡 さおり
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2020 年 40 巻 p. 537-543

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Abstract

目的:心不全患者のアドバンス・ケア・プランニングの概念を明らかにすることである.

方法:Rodgers(2000)の概念分析の手法を用いた.

結果:分析の結果,7つの属性【希望を持ちながら最悪の事態への備え】【その人の価値の探求】【疾患管理を見据えた生活の編み直し】【病みの軌跡に関する認識を合わせること】【納得したケアゴールに向けた対話】【段階的で継続的な取り組み】【患者の意思をつむいでいくこと】,4つの先行要件,4つの帰結が明らかになった.

結論:本概念は「患者が家族・医療者とともに価値を探求し,疾患管理のための生活の編み直しをしながら,最悪の事態への備えとして,病みの軌跡に関する認識を合わせることや,納得したケアゴールに向けた対話を繰り返し,患者の意思をつむいでいくプロセス」と定義した.本概念は心不全の臨床経過の特徴を反映し,慢性疾患のセルフマネジメントの要素を含むことが示唆された.

Translated Abstract

Objective: To clarify the concept of advance care planning (ACP) for patients with heart failure.

Method: The concept analysis method described by Rodgers (2000).

Results: The following seven attributes were identified: “hoping for the best but preparing for the worst,” “exploration of personal values,” “life restructuring from the perspective of disease management,” “sharing recognition of the patient’s illness trajectory,” “dialogue toward satisfactory care goals,” “step-by-step and continuous efforts,” and “sharing patient hopes.” In addition, four antecedents and four consequences were identified.

Conclusion: ACP in patients with heart failure was defined as a process to prepare for the worst, share recognition of the illness’s trajectory, conduct dialogues toward satisfactory care goals, and share patient hopes, while exploring personal values and restructuring life from the perspective of disease management together with family and medical staff.

These findings suggested that the concepts of ACP for patients with heart failure reflected the clinical course of the disease, and that self-management of chronic disease was included in the attributes.

Ⅰ. 緒言

心不全とは,心臓に器質的・機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果,呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し,それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群と定義されている(日本循環器学会・日本心不全学会,2018).Lunney et al.(2003)は疾患の特徴別に死に至るまでの軌跡を示しており,心不全を含む臓器不全患者は,増悪と寛解を繰り返しながら徐々に身体機能が低下していく経過を辿る.しかし心不全は重篤な状態で搬送された場合でも,退院時には無症状であることも多く,患者からは進行性の疾患というイメージを持たれにくい.さらに先行研究では,患者は自身の状況や今後の経過について医療者から知らされておらず(Horne & Payne, 2004),今よりさらに悪化した際の医療やケアについて考えていないことが多いとの報告もある(高田,2018).このような状況にありながら,心不全は末期状態であっても手術などの高い侵襲度とリスクを伴う治療により,予後が改善する可能性を持っており,患者は人生の最終段階まで難しい意思決定を求められることが多い.したがって,心不全の診断早期から患者・家族と医療者等とともに医療・ケアの方針や本人の価値・希望を話し合うこと,つまり,アドバンス・ケア・プランニング(以下,ACP)を行っていくことは,患者が自身の価値観を内省する機会となり,患者・家族の価値観に沿った医療やケアの選択を行っていく上で意義があると考える.わが国においてACPは,2018年に改訂された「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」においてその重要性が強調され,急速に注目が高まった(厚生労働省,2018).循環器疾患領域においても,急性・慢性心不全診療ガイドラインの中で,心不全が症候性となった早期の段階からACPを実施することが推奨されている(日本循環器学会・日本心不全学会,2018).

その一方でACPには統一した定義はなく,デルファイ法により,その人の価値観,人生の目標,将来の治療やケアに関する選好を理解し,これらについて話し合い,共有していくプロセスであるとの見解が示されている(Rietjens et al., 2017Sudore et al., 2017).今後はこれらの内容を基に自国の特性を考慮しながらACPの定義を設定していくことが求められるが,わが国のACPに関する研究数は少なく,行政,および学会等で共通したACPの定義がされていないことが指摘されている(大濱・福井,2019).

このようにACPに関する議論が進み,さらに心不全患者のACPの実施が推奨されている一方で,医療者はACPの必要性を認識しているが,十分に実施できておらず(猪口ら,2013),心不全患者との関わりへの消極的な態度が報告されている(和田ら,2019).これは経過が不明瞭な心不全患者のACPを行うタイミングの見定めが難しいこと,心不全患者のACPとは何をすることなのか,その概念が明確になっていないことが要因の一つと考えられる.そこで本研究は,心不全患者のACPの概念を概念分析により明らかにすることを目的とした.

Ⅱ. 研究方法

1. 概念分析の方法

Rodgers(2000)の概念分析の手法を用いる.Rodgersの概念分析では,概念は流動的で時間経過や社会背景など文脈により変化するものと捉える哲学的基盤をもつ.心不全患者のACPは,医療事情の変化や発展する医療との関連から流動的な特徴があると考え,本概念の分析に適切であると考えた.

2. データ収集方法

データベースは,PubMed,CINAHL,医学中央雑誌Web版を使用した.検索式は,海外文献では(“advance care planning” [MeSH Terms] OR (“advance” [All Fields] AND “care” [All Fields] AND “planning” [All Fields]) OR “advance care planning” [All Fields]) AND (“heart failure” [MeSH Terms] OR (“heart” [All Fields] AND “failure” [All Fields]) OR “heart failure” [All Fields]),国内文献では((アドバンスケア計画/TH orアドバンスケアプランニング/AL)or(ACP/AL))and(心不全/TH or心不全/AL)とし,検索年,および論文の種類の指定は行わずに検索を行ったところ,計593件が抽出された.そこから重複文献を除いた518件のタイトル・抄録から,ACPの対象が心不全患者に特化していないもの,ACPの対象が18歳未満であるもの,日本語・英語以外の文献を削除し,400件を選択した.次に本文を精読し,「心不全患者のACP」の概念を構成する特性や要素である属性,その概念に先立って生じる出来事である先行要件,その概念に引き続いて生じる帰結を意味する記述のある国内文献23件,海外文献19件を選択した.さらにハンドサーチで研究目的に合う書籍3件を加え,最終的に45文献を分析対象とした.

3. 分析方法

文献ごとにコーディングシートを作成し,「心不全患者のACP」の属性,先行要件,帰結を意味する記述を抽出した.抽出内容を要約し共通性と相違性を考慮し,カテゴリー化した.分析の妥当性確保については,慢性心不全看護認定看護師1名と質的分析および概念分析に精通した看護学の研究者2名のスーパーバイズを受けた.

Ⅲ. 結果

心不全患者のACPの属性,先行要件,帰結の内容を示し,最後に分析から得られた概念図(図1)を示す.なお,カテゴリーは【 】で表し,サブカテゴリーは「 」で示した.

図1 

心不全患者のアドバンス・ケア・プランニングの概念図

1. 属性(表1

属性は,7カテゴリーと24サブカテゴリーが抽出された.

表1  心不全患者のアドバンス・ケア・プランニングの属性
カテゴリー サブカテゴリー 内容 文献
希望を持ちながら最悪の事態への備え 希望の保証と並行した備え 心不全の適切な治療と並行しながら行われる
治療的ケアと緩和的ケアの目標は同時に存在する
最善を期待しながら最悪の事態にも備えること
患者が心不全の管理ができている時に,悪化した場合の議論を行う
最善な治療とケアを保証した上で最悪の事態に備える時期であることを伝える
Strachan et al.(2009)Denvir et al.(2015)高田(2015)大石(2017)柴田ら(2018)Chow & Senderovich(2018)
最悪の状態になる前に考えておくこと 重篤な状態になる前に心不全に特有の不測の事態になった時どうするか考えておくこと
今より重症な状態になった時にどこでケアを受けたいかの選好について話し合う
急性増悪時の対応を話し合う
将来悪化した場合の心肺蘇生法の選択肢に関して話し合う
Stuart(2007)Denvir et al.(2015)Edwards et al.(2018)高田(2018)
次の局面への心づもり 不明瞭な経過を意識した上で,将来の病状の変化に備えるためのもの
患者が将来の医学的な決定に必要な情報やスキルを身につけていくこと
高田(2015)中島(2018)Maciver & Ross(2018)
その人の価値の探求 生き方の尊重 元気なうちから天寿を全うするためにどのように生きていきたいかを考える
納得した人生を送ってもらうための意思決定支援
高田(2015)
選好の共有 今より重症な状態になった時にどこでケアを受けたいかの選好について話し合う
最期に迎えたい療養場所や希望する治療方法について話し合う
Strachan et al.(2009)Denvir et al.(2015)Denvir et al.(2016)高田(2018)
価値観の理解 なぜその治療を患者が選ぶのか,その理由を共有する
患者の価値観の確認を行う
患者の表明した懸念や価値を認める
心不全の進行に伴い本人の価値観に変化について話し合う
患者と家族がQOL決定要因について考えるのを支援
Swetz et al.(2011)Ahluwalia et al.(2012)安井(2016)樋口・中川(2018)岡村(2018)高田(2018)
疾患管理を見据えた生活の編み直し 生活における希望を知ること 患者の今後目標の確認を行う
どのように過ごしていきたいか希望を聴取する
今後の希望の共有を行う
安井(2016)大石(2017)高田(2018)
主体的な疾患管理の自覚 生命に関わる病気に罹患したという覚悟をすること
一般的な心不全の経過を知ったうえでセルフマネジメントにつなげること
心不全の病みの軌跡を知った上で心不全と共にどう生きていくかを話し合う
能芝(2014)高田・菅野(2015)河野(2016)
目標に基づいた生活の編み直し 治療をどのように選択し,疾患を持ちながらどう生きていくかを一緒に考える支援
制限のある中での選択肢の中から計画をたてていくこと
疾患特有の計画と目標,およびそれに必要な資源を特定する
能芝(2014)Sidebottom et al.(2015)山部(2016)
病みの軌跡に関する認識を合わせること 疾患に関する知識の共有 心不全がどのような病気の軌跡を辿るか伝える
心不全は進行性の疾患であることを伝える
高田・菅野(2015)関根(2016)山部(2016)
認識のすり合わせ 病状や予後の理解状況の確認を行う
病院での体験,治療や治療の変更,心不全の状態に関する理解について話し合う
Denvir et al.(2016)高田(2018)
今までの軌跡の共有 患者とともに症状や生活の質を振り返りながら,病みの軌跡を共有する
心不全の病状,経過の理解してもらう
高田・菅野(2015)安井(2016)高田(2018)
予測される軌跡の共有 患者とその家族と病気のプロセス,予後,および治療の選択肢について話し合う
治療計画と予想される軌跡の説明する
心不全に関する期待について話してもらう
Stuart(2007)Ahluwalia et al.(2012)Denvir et al.(2016)
納得したケアゴールに向けた対話 患者の負担になりうる治療の検討 埋め込み型除細動器の停止を含めて心不全特有の治療をどうしていくか話し合う
将来悪化した場合のICDの停止に関して話し合う
Murthy & Lipman(2011)Denvir et al.(2015)高田(2018)
関係者間での対話 治療・支援に対する意向について関係者間で対話の機会をもつ
患者の価値と治療の目標に関しての患者と介護者のコミュニケーションを促す
治療法や療養場所の選択などについて患者・家族・医療者間で話し合う
Sidebottom et al.(2015)河野(2016)高田(2018)
将来の予測についての率直な対話 治療を行った場合の心理社会的な影響,介護の懸念,経済的な事項を考えるのを支援
侵襲的な治療のメリット・デメリット,治療後の管理を説明
時間軸を見据えた病状と治療方針の共有
延命治療と心肺蘇生を行った場合と中止した場合のおおよその結果について話し合う
治療によってQOLに悪影響を与える可能性がある障害や合併症について話し合う
Swetz et al.(2011)Denvir et al.(2015)Denvir et al.(2016)安井(2016)松原ら(2018)
価値観を尊重したケアゴール設定 患者・家族の価値観や意向を尊重した治療目標を検討する
もしも予後が半年以内になった場合,どの程度治療を望むか話し合う
心不全が進行してきた際ICDなどそれぞれの治療にどんな意味があるか話し合う
高田・菅野(2015)Edwards et al.(2018)樋口・中川(2018)
段階的で継続的な取り組み 経過に合わせた取り組み 心不全と繰り返すたびに,その時点での治療の目標を確認し合う
入院・手術など大きな変化を乗り越えたタイミングでその都度話し合っていくこと
疾患の軌跡を通して臨床的に状態が変化した場合に,患者の選好を慎重に評価する
今後の治療や療養について病状に応じて何度も話し合うプロセス
Stuart(2007)高田(2015)山部(2016)樋口・中川(2018)岡村(2018)伊藤ら(2018)
共有を繰り返すこと 継続的に行う
心不全の経過を繰り返し共有する
患者の選好を定期的に見直す
一度決めた計画を後日,患者とその介護者で振り返り,変更を行う
Denvir et al.(2016)Malhotra et al.(2016)大石(2017)高田(2018)
病期に合わせた段階的なプロセス ステップを踏みながら目標設定をしていく
病気のプロセスの早い段階から開始し,病気の経過を通してを繰り返して発展していく
病期の早い段階から行い,病期の進行とともに更新していくもの
心不全の経過に沿ってケアと治療の目標を決定する
Stuart(2007)Murthy & Lipman(2011)高田・菅野(2015)McIlvennan & Allen(2016)
患者の意思をつむいでいくこと 話し合った内容を残すこと 患者の健康状態が急激に悪化した場合にとるべき措置を文書化する
終末期の治療や療養場所について文書化する
話した内容を記録する
Sidebottom et al.(2015)Denvir et al.(2016)Malhotra et al.(2016)Edwards et al.(2018)
関係者で意思をつないでいくこと 継続する計画をプライマリケアチームに引き継ぐ
疾患を持ちながらどう生きていくか意思決定したことを次の療養場所へつなげていく
一連の話し合いのプロセスと現時点での結論は,治療に関するスタッフ全員で共有
患者の意思や話し合った内容を,患者・家族・医療者間で共有していくプロセス
Denvir et al.(2016)河野(2016)Malhotra et al.(2016)関根(2016)山部(2016)
代理意思決定者に希望を委ねる準備 委任状または代理意思決定者の指名について話し合う
患者本人が意思決定できなくなったときの意思決定代行者を指名する
Denvir et al.(2015)Denvir et al.(2016)安斉(2018)Edwards et al.(2018)Malhotra et al.(2016)
代理意思決定者と共に歩んでいくこと 患者の医療に対する目標,価値,信念を探求できるように,家族を含めて討議を行う
代理人となる可能性がある家族とともに行われる
代理意思決定者が将来の医学的な決定に必要な情報やスキルを身につけていくこと
家族参加による協働した意思決定を行う
Strachan et al.(2009)Denvir et al.(2015)Sidebottom et al.(2015)Malhotra et al.(2016)Maciver & Ross(2018)

【希望を持ちながら最悪の事態への備え】は,「希望の保証と並行した備え」「最悪の状態になる前に考えておくこと」「次の局面への心づもり」から構成されていた.【その人の価値の探求】は,「生き方の尊重」「選好の共有」「価値観の理解」から構成されていた.【疾患管理を見据えた生活の編み直し】は,「生活における希望を知ること」「主体的な疾患管理の自覚」「目標に基づいた生活の編み直し」から構成されていた.【病みの軌跡に関する認識を合わせること】は,「疾患に関する知識の共有」「認識のすり合わせ」「今までの軌跡の共有」「予測される軌跡の共有」から構成されていた.【納得したケアゴールに向けた対話】は,「患者の負担になりうる治療の検討」「関係者間での対話」「将来の予測についての率直な対話」「価値観を尊重したケアゴール設定」から構成されていた.【段階的で継続的な取り組み】は,「経過に合わせた取り組み」「共有を繰り返すこと」「病期に合わせた段階的なプロセス」から構成されていた.【患者の意思をつむいでいくこと】は,「話し合った内容を残すこと」「関係者で意思をつないでいくこと」「代理意思決定者に希望を委ねる準備」「代理意思決定者と共に歩んでいくこと」から構成されていた.

2. 先行要件と帰結

先行要件は,4カテゴリー,【心不全による死を意識させる体験】【心不全に関連した生活調整の必要性への認識】【心不全以外の危機的ライフイベント】【将来へのゆらぎ】が抽出された.

帰結は,4カテゴリー,【患者の希望実現】【病と共に生き抜く覚悟】【患者のQOL改善】【家族の負担軽減】が抽出された.

Ⅳ. 考察

1. 心不全患者のACPの概念の特徴

ACPは,前述した通り,その人の価値観,人生の目標,将来の治療やケアに関する選好を理解し,これらについて話し合い,共有していくプロセスを指している(Rietjens et al., 2017Sudore et al., 2017).また日本医師会(2018)はACPを,将来の医療及びケアについて,患者を主体に,そのご家族や近しい人,医療・ケアチームが,繰り返し話し合いを行い,患者の意思決定を支援するプロセスと示している.これらの共通点として,患者の価値を尊重すること,目標や将来のケアについて対話を行うこと,繰り返し行っていくプロセスであること,患者の意思が先々まで関係者間で共有されていくことが挙げられる.本研究の属性でも【その人の価値の探求】【納得したケアゴールに向けた対話】【段階的で継続的な取り組み】【患者の意思をつむいでいくこと】が含まれ,ACPの主軸となる概念は抽出されたと考える.

また他領域のACPとして,田代・藤田(2017)が行ったがん領域の概念分析の属性には「患者らしさの探求」「継続的な取り組み」といった本研究と共通する部分がみられた.またがん領域のACPでは「エンドオブライフケアの取り決め」といったがんの終末期を見据えた意思決定に焦点化された属性も抽出されていた.

したがって本研究の属性のうち【希望を持ちながら最悪の事態への備え】【病みの軌跡に関する認識を合わせること】【疾患管理を見据えた生活の編み直し】は心不全患者のACPとして特徴的な概念であることが示唆された.以下にそれぞれの属性について心不全の疾患の特徴と照らし合わせて考察をする.

まず【希望を持ちながら最悪の事態への備え】【病みの軌跡に関する認識を合わせること】は,心不全の臨床経過の特徴を反映したものであると考える.心不全は,Lunney et al.(2003)が示した臓器不全患者が死に至るまでの軌跡のように,増悪と寛解を繰り返しながら,機能低下をきたす臨床経過を辿る.その中で治療により予後が改善する可能性と予期せずに回復困難な病態に至るリスクを持ち合わせており,その経過を予測していくことは非常に困難である.Back et al.(2003)は,最善を望みつつ,最悪の事態に備えるという二重のアプローチを用いることで,患者の様々な状況に対応する計画を立てることができると述べている.このことから【希望を持ちながら最悪の事態への備え】は今後の経過を予測することが難しい心不全患者のACPとして,特徴的な属性であると考える.またこのような心不全の経過から,予後に関して患者と医療者の認識のずれが生じやすく(Allen et al., 2008),Lemond & Allen(2011)は,ケア目標の議論を始める前に,予後の不確実性や突然死の可能性などの心不全の軌跡に関する多様な可能性について,率直な会話を行う必要性を述べている.このことから,心不全患者のACPにおいて【病みの軌跡に関する認識を合わせること】は重要な属性であると考える.

また【疾患管理を見据えた生活の編み直し】が属性として抽出されたことから,心不全患者のACPにはセルフマネジメントの要素が含まれていると考える.ACPは人生全般における生活設計という長期的な視点を持っており(能芝,2014),心不全を含む慢性疾患患者にとってセルフマネジメントはその後の経過や予後に影響する重要な視点であるとともに,日常生活の営みの中で長期的に継続して行われていくものである.このことから,心不全患者のACPは,終末期医療などの人生の最終段階に関する取り決めをすることだけでなく,心不全を管理しながら,病気と共に生きる方略を模索していく慢性疾患のセルフマネジメントの要素も含んだ概念であることが示唆された.

以上,本研究で明らかとなった7つの属性から,心不全患者のACPは,「患者が家族・医療者とともに価値を探求し,疾患管理のための生活の編み直しをしながら,最悪の事態への備えとして,病みの軌跡に関する認識を合わせることや,納得したケアゴールに向けた対話を繰り返し,患者の意思をつむいでいくプロセス」と定義できると考える.

2. 看護実践への示唆

本研究で明らかになった先行要件から【心不全による死を意識させる体験】【心不全に関連した生活調整の必要性への認識】【心不全以外の危機的ライフイベント】が発生し,患者の内部感覚として【将来へのゆらぎ】が起こることがACPを開始させる要因になっていると考える.このことから心不全増悪による入院はACPを始めるタイミングになりうると示唆された.

またACPは高度な実践であるというイメージを持たれやすいが,患者・家族と関わる中で語られる思いや考えから【その人の価値の探求】や【病みの軌跡に関する認識を合わせること】,関係者間で【患者の意思をつむいでいくこと】は,臨床で日常的に実践していることでもある.そのため,日々の関わりの中で,今回抽出された属性の内容をACPと捉えて意図的に関わる意識づけが必要であると考える.

帰結として,【患者の希望実現】や【患者のQOL改善】といった患者への影響だけでなく,【家族の負担軽減】が抽出されたことから,ACPは患者だけでなく,家族ケアの要素もあると考える.さらに【病と共に生き抜く覚悟】が抽出されたことから,ACPのプロセスが,患者が心不全と共に生きていくための価値信念に関わる心理的変化をもたらす可能性が示唆された.

Ⅴ. 結論

心不全患者のACPの属性は【希望を持ちながら最悪の事態への備え】【その人の価値の探求】【疾患管理を見据えた生活の編み直し】【病みの軌跡に関する認識を合わせること】【納得したケアゴールに向けた対話】【段階的で継続的な取り組み】【患者の意思をつむいでいくこと】の7つから構成されていた.本概念は心不全の臨床経過の特徴を反映し,慢性疾患のセルフマネジメントの要素を含むことが示唆された.

謝辞:本研究に関して,ご協力頂きました全ての皆様に感謝申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:MY は本研究を着想し,デザイン,文献の収集,分析,結果,考察,論文作成を担当した.SYは研究プロセス,結果,考察に助言し,論文に加筆・修正を加えた.最終原稿は両著者により承認されている.

文献
 
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