目的:本研究は,手術室配置転換後5年以内の看護師のSense of Coherence(SOC)と職業ストレス,職場適応の関連を明らかにすることを目的とした.
方法:手術室配置転換後5年以内の看護師256名を対象に,職業ストレス,SOC,職場適応に関する質問紙調査を実施した.分析では,SOCの理論に基づいて仮説を考え,構造方程式モデリングにより概念間の関連を検討した.
結果:モデルの適合度は概ね良好であった.職業ストレスが高いほど職場適応が低いこと,SOCが高いほど職業ストレスが低く,職場適応が高いことが示され,SOCの直接効果・間接効果が示された.
結論:手術室看護師の職場適応にSOCが関連していることが示された.手術チームの一員としての自覚の促しや手術進行への関与の意識づけなど,SOCに着目した支援により職場適応が促進される可能性が示唆された.
Purpose: The purpose of this study was to clarify the relationship among job stress, workplace adaptation and sense of coherence (SOC) of nurses who were relocated to the operating room within 5 years.
Methods: A questionnaire survey on job stress, SOC, and workplace adaptation was administered to 256 nurses within 5 years after their relocation to the operating room. In the analysis, hypotheses were considered based on the theory of SOC and structural equation modeling was used to examine the relationships between the concepts.
Results: In total, 190 participants completed the survey questionnaire (response rate: 74.2%) and 143 responses were analyzed. The structural equation modeling fit was generally good (GFI = .942, CFI = .975, RMSEA = .061). The rate of adjustment for workplace adaptation was 71%. The pass coefficient was .68 from SOC to workplace adaptation, –.47 from SOC to job stress, and –.27 from job stress to workplace adaptation (p < .01). Higher job stress was associated with lower workplace adaptation, and higher SOC was associated with lower job stress and higher workplace adaptation.
Conclusion: SOC was shown to be associated with workplace adaptation among operating room nurses. It was suggested that SOC-focused support, such as encouraging awareness of being part of the surgical team and involvement in surgical progression, may promote workplace adaptation.
医療の高度化,患者の重症化・高齢化,病態の複雑化など,危機的な状況にある(日本看護協会,2011)急性期医療の中,医療技術の進歩に伴う手術適応の拡大,高難度手術の増加,手術件数の増加などから,手術室での業務は負担が大きくなっている.さらに,手術室には明確な看護師配置基準はなく,手術室配属の看護師数は各施設に一任されている状況であり,中・大規模施設では手術室1室あたりの看護師必要数に対して約0.4人不足していることが報告されている(日本手術看護学会,2015).こうした中,手術室経験の浅い看護師,特に,配置転換後の看護師にとって,手術室での勤務には,手術看護の知識や技術の習得,閉鎖的な環境や手術室特有の文化,希望ではない配置転換や前部署への思い残しなどの様々なストレッサーが存在し(蔵本ら,2019;水谷ら,2009;小野ら,2016),ストレスフルなものと考えられる.職業ストレスが高いと離職につながることも懸念され,支援が必要である.
近年,職場のメンタルヘルスにおいては,不調者への支援に留まらず,健康度の高い労働者への支援による生産性の高い職場づくりが進められるようになっている.そうした流れの中からバーンアウトの対概念としてWork Engagement(以下WE)が提唱される(島津,2010)など,職業に関するポジティブな面にも着目されるようになってきた.ストレスに関しても同様に,疾病発現可能性だけでなく成長促進可能性があるため(山崎ら,2019),成長を促すような前向きな対処に着目することが重要である.ストレス対処に関するポジティブな概念にはAntonovsky(1987/2001)によって提唱されたSense of Coherence(以下SOC)がある.このSOCとは健康生成論の中核概念で,ストレス対処・健康保持機能を持つ生活・人生に対する志向性に関する概念である.自分の置かれている,あるいは置かれるであろう状況がある程度予測でき,または理解できるという把握可能感,何とかなる,何とかやっていけるという処理可能感,ストレッサーへの対処のしがいも含め,日々の営みにやりがいや生きる意味が感じられるという有意味感の3つの下位感覚から構成される.
看護師を対象としたSOCに関する先行研究では,看護師全般だけでなく,クリティカルケア(岩谷ら,2008),ターミナルケア(尹ら,2010),救急看護(牧野ら,2015),訪問看護(小林・乗越,2005)など領域ごとの研究も行われ,心身の健康の保持増進(Takeuchi & Yamazaki, 2010;吉田ら,2013),バーンアウトのリスクの低下(尹ら,2010),職務満足感(中西ら,2007)などとの関連が検討されている.SOCの理論的背景を鑑みると,健康に問題がないことを示すだけでなく,主体的に健康を志向する概念との関連を検討することで,看護師のSOCに関する知見のさらなる蓄積が見込まれる.
手術室看護師の配置転換や職業ストレス,また看護師のSOCに関する先行研究からは,職業ストレスが高いと職場適応が阻害されるが,SOCが高いと職場適応が促進されることが推測される.その集団の持つ条件や特性とSOCスコアの高低についての検討は,SOCへの介入方策の開発のための示唆となりうる(山崎・戸ヶ里,2010)ため,職業ストレスと職場適応およびSOCとの関連の検討は,手術室に配置転換となった看護師の職場適応への支援の検討だけでなく,SOC向上のための介入方策開発に寄与するものと考える.
本研究の目的は,手術室に配置転換後5年以内の看護師の職業ストレスと職場適応およびSOCとの関連について明らかにし,手術室に配置転換となった看護師の職場適応に向けた支援について検討することである.
職業ストレス:手術室において看護師の遭遇するストレスフルな状況や出来事とその認知的評価とする.
職場適応:手術室での看護業務に対してポジティブで充実した心理状態であり,手術室での勤務を継続しようという意思が高い状態とする.「WE」と「職務継続意思」の概念を用いて測定した.
WE:仕事に関連するポジティブで充実した心理状態と定義される(Schaufeli et al., 2002).手術室での看護業務に対して前向きに取り組んでいる状態を示す.
2. 仮説モデル本研究では,Antonovsky(1987/2001)の健康生成モデルを参考に,職業ストレスが職場適応に関連し,SOCは職業ストレスにも職場適応にも関連するとする仮説モデルを設定した.
3. 研究協力施設と研究対象者手術室看護師の業務内容や勤務環境の均一化を図るため,研究実施可能性を考慮して,西日本の三次救急医療機関110施設を候補として選定した.各施設の看護部長宛に研究の概要に関する説明文書を郵送し,同意の得られた28施設を研究協力施設とした(承諾率25.4%).手術室では看護の専門性を発揮するまでに5年程度の経験が必要とされている(佐藤ら,2000)ことから,5年以内の看護師は適応過程の途上にあると考え,手術室配置転換後5年以内の看護師を対象とした(手術室看護師長,新卒で配属となった看護師を除く).
4. データ収集方法と期間研究協力施設の看護部長に,研究の概要を説明した書面,質問紙,封筒を郵送し,手術室看護師長を通して,対象となる手術室看護師に配布してもらった.回答後は個人で封筒を厳封し,所定の回収用封筒に投入後,施設での2~3週間の留め置きを経て,郵送により回収した.平成30年7月~11月に実施した.
5. 調査内容 1) 手術室看護師の職業ストレス手術室において看護師の遭遇するストレスフルな状況や出来事とその認知的評価について,先行研究を参考に「器械の取り扱い」「看護師間の人間関係」「予定からの変更」「手探りでの手術看護習得」「心身への負荷」の5因子15項目の尺度を独自に作成した.回答方法は,各質問項目の頻度と程度について質問し,頻度は質問項目のような状況が「ない(0点)」「ある(1点)」の2段階,程度は「全く負担に思わない(1点)」から「とても負担に思う(5点)」の5段階で評価し,頻度と程度を掛け合わせて,各項目を0~5点の6段階で得点化した.点数が高いほど職業ストレスが高いと評価する.
2) 職場適応職場適応は「WE」と「職務継続意思」で構成した.
WEは,日本語版ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度短縮版9項目を用いた.本尺度はSchaufeli et al.(2002)により開発され,Shimazu et al.(2008)により翻訳された尺度である.「全くない(0点)」から「いつも感じる(6点)」の7件法で評価する.得点が高いほど,WEが高いことを示す.
職務継続意思は,「今後も手術室での勤務を継続したいと思いますか」と尋ね,「全く希望しない(1点)」から「とても希望する(5点)」の5段階で得点化した.点数が高いほど手術室での職務継続意思が高いことを示す.
3) SOC日本語版SOCスケール13項目を用いた.本尺度はAntonovskyによって提唱されたSOCスケールを基に,山崎らにより開発された尺度である(Antonovsky, 1987/2001).「把握可能感」「処理可能感」「有意味感」の3つの下位概念で構成される.7件法で回答し13~91点で評価する.得点が高いほどSOCが高いことを示す.
4) 基本的属性年齢,性別,看護師経験年数,手術看護経験年数,部署内での職位(副師長,主任,スタッフ),先月1ヶ月間の夜勤の回数・夜勤形態,最終学歴,直近の1週間での超過勤務の時間,配属希望,ストレスの自覚,手術室での経験の今後のキャリアへの活用(以下,キャリアへの活用)について尋ねた.
配属希望は「手術室への配属希望についてどのように感じていましたか」と尋ね,「全く希望しなかった(1点)」から「とても希望した(5点)」の5段階で得点化した.点数が高いほど配属希望が高かったことを示す.
ストレスの自覚は「現在,手術室での勤務についてどのように感じておられますか」と尋ね,「全くストレスではない(1点)」から「とてもストレスである(5点)」の5段階で得点化した.点数が高いほどストレスと感じていることを示す.
キャリアへの活用は「手術室での経験が今後のキャリアに活かせると思いますか」と尋ね,「全く思わない(1点)」から「とても思う(5点)」の5段階で得点化した.点数が高いほど手術室勤務の経験が今後のキャリアに活かせると考えていることを示す.
6. データ分析方法まず,各変数,基本的属性の項目について記述統計を行い,SOCとの関連について検討した.属性の年齢区分については戸ヶ里らの研究(2015)を参考にした.次に,職業ストレスと職場適応およびSOCとの関連の検討のため,構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling,以下SEM)を行った.モデルの適合度の判定にはGFI(Goodness of Fit Index),CFI(Comparative Fit Index),RMSEA(Root Mean Square Error of Approximation)を採用し,適合度の良いモデルになるまで修正・改良を繰り返した.一般に,GFI,CFIは0.90以上,RMSEAは0.05以下であればそのモデルがデータに適合していると判定される(豊田,2007).また,職業ストレス,SOC,職場適応の各変数間の関連について相関係数を算出し検討した.以上の統計解析には,統計解析用ソフトIBM SPSS Statistics25およびAmos25を用いた.
7. 倫理的配慮研究対象者には質問紙とともに,研究の概要に関する説明文書を配布した.説明文書には,研究の趣旨,方法,自由意思での回答依頼,統計処理に際しての個人情報保護について明記し,質問紙の返送をもって同意を得られたものとした.本研究は,香川大学医学部倫理委員会の承認を得たのちに実施した(受付番号:平成30-033).
手術室看護師の職業ストレスを測定する尺度を独自に作成したため,その信頼性と妥当性を検討した.まず,尺度の表面的妥当性・内容的妥当性を手術看護経験のある看護研究者2名と協議を行い検討した.5因子19項目からなる尺度原案を作成し,質問紙回収後,得られたデータを用いて,構造的妥当性,基準関連妥当性,内的一貫性の検討を行った.構造的妥当性は確認的因子分析により検討した.その結果,「器械の取り扱い」「看護師間の人間関係」「予定からの変更」「手探りでの手術看護習得」「心身への負荷」の5因子15項目とした(表1).5因子モデルの適合度は,χ2 = 103.065,自由度 = 85,p = .089,GFI = .919,CFI = .984,RMSEA = .039であった.精神的健康度との関連により基準関連妥当性を検討した.精神的健康度は,K6日本語版6項目(Kessler et al., 2006;Furukawa et al., 2008)を用いて測定し,Spearmanの順位相関係数を算出した.尺度全体との間には.432の正の相関が,全ての下位尺度との間には.226~.509の正の相関がみられた.また,Cronbachのα係数の算出により内的一貫性を検討した.尺度全体のCronbachのα係数は.897,下位尺度毎では.745~.875であった.以上の手順で,作成した尺度の信頼性と妥当性の検討を行った.
因子名 | 項目 |
---|---|
器械の取り扱い | 執刀医によって手術手技や使用物品が異なること |
多くの器械を取り扱わなければならないこと | |
使い慣れない器械を使用すること | |
看護師間の人間関係 | 気軽に相談できる,または助言をくれる看護師がいないこと |
上司(師長,副師長,主任など)との関係が良好でないこと | |
同僚(先輩・同期・後輩)との関係が良好でないこと | |
予定からの変更 | 担当予定だった手術から変更となること |
マニュアルにない手術を担当すること | |
緊急を要する手術に対応すること | |
手探りでの手術看護習得 | 器械出しに関する看護技術を習得すること |
多くの物品の名前や取り扱い方を覚えなければならないこと | |
日々担当する手術が異なること | |
心身への負荷 | 針刺しや放射線被ばくなど,業務に伴う身体損傷のリスクがあること |
手術に集中して入らねばならないこと | |
苦手な手術を担当すること |
研究協力施設の対象看護師計256名に調査票を配布し,190名から回答を得た(回収率74.2%).そのうち,新卒で配属となった看護師,配置転換後6年以上経過している看護師など対象外の看護師からの回答と欠損のある回答を除いて,143例を分析対象とした(有効回答率75.3%).
対象者の基本的属性とSOCの関連を表2に,各変数の得点を表3に示す.属性とSOCとの関連で,統計的に有意な差が見られたのは「ストレスの自覚」(r = –.475, p < .01)と「キャリアへの活用」(r = .250, p < .01)であった.
n | % | mean ± SD | SOC得点 | p | 検定方法 | |
---|---|---|---|---|---|---|
年齢 | (range 24~56) | 32.9 ± 6.6 | 51.7 ± 11.4 | n.s. | #3 | |
~24歳 | 5 | 3.5 | 54.2 ± 16.5 | n.s. | #1 | |
25~34歳 | 88 | 61.5 | 51.9 ± 11.2 | |||
35~44歳 | 43 | 30.0 | 51.4 ± 12.2 | |||
45歳~ | 6 | 5.0 | 50.0 ± 5.9 | |||
性別 | ||||||
女性 | 118 | 82.5 | 51.5 ± 11.5 | n.s. | #2 | |
男性 | 25 | 17.5 | 52.8 ± 10.5 | |||
看護師経験年数 | (range 2~33) | 10.7 ± 6.6 | 51.7 ± 11.4 | n.s. | #3 | |
手術看護経験年数 | (range 0~5) | 2.1 ± 1.4 | 51.7 ± 11.4 | n.s. | #3 | |
1年以下 | 62 | 43.4 | 49.9 ± 12.0 | n.s. | #1 | |
2年目 | 24 | 16.8 | 51.5 ± 9.5 | |||
3年目 | 34 | 23.8 | 53.7 ± 8.9 | |||
4年目 | 16 | 11.2 | 52.4 ± 15.3 | |||
5年目 | 7 | 4.9 | 56.6 ± 13.0 | |||
部署内での職位 | ||||||
副師長 | 5 | 3.5 | 49.6 ± 9.6 | n.s. | #1 | |
主任 | 7 | 4.9 | 54.9 ± 9.7 | |||
役職なし | 131 | 91.6 | 51.6 ± 11.6 | |||
最終学歴 | ||||||
高等学校専攻科 | 14 | 9.8 | 52.7 ± 9.6 | n.s. | #1 | |
専門学校 | 69 | 48.3 | 53.8 ± 10.2 | |||
短大 | 9 | 6.3 | 46.8 ± 12.1 | |||
大学以上 | 51 | 35.6 | 49.4 ± 12.9 | |||
勤務形態 | ||||||
三交代 | 10 | 7.0 | 53.9 ± 11.8 | n.s. | #1 | |
二交代 | 44 | 30.8 | 52.1 ± 10.7 | |||
当直・オンコール制 | 45 | 31.4 | 50.7 ± 12.6 | |||
日勤のみ | 44 | 30.8 | 51.8 ± 11.2 | |||
直近の1ヶ月の夜勤回数 | 2.5 ± 2.2 | 51.7 ± 11.4 | n.s. | #3 | ||
直近の1週間の超過勤務時間 | 4.6 ± 5.3 | 51.7 ± 11.4 | n.s. | #3 | ||
配属希望 | (range1~5) | 2.2 ± 1.5 | 51.7 ± 11.4 | n.s. | #3 | |
ストレスの自覚 | (range1~5) | 3.7 ± 1.2 | 51.7 ± 11.4 | –.475** | #3 | |
キャリアへの活用 | (range1~5) | 3.7 ± 1.2 | 51.7 ± 11.4 | .250** | #3 |
#1:Kruskal-Wallis検定,#2:Man-WhitneyU検定,#3:Spearmanの順位相関係数 ** p < .01 n.s.:not significant
変数名 | range | mean ± SD |
---|---|---|
職業ストレス | 0~75 | 45.9 ± 13.8 |
器械の取り扱い | 0~15 | 11.0 ± 3.0 |
看護師間の人間関係 | 0~15 | 5.0 ± 5.2 |
予定からの変更 | 0~15 | 9.6 ± 3.4 |
手探りでの手術看護習得 | 0~15 | 10.3 ± 3.5 |
心身への負荷 | 0~15 | 9.9 ± 3.1 |
SOC | 13~91 | 51.7 ± 11.4 |
把握可能感 | 5~35 | 18.9 ± 5.4 |
処理可能感 | 4~28 | 15.6 ± 4.4 |
有意味感 | 4~28 | 17.2 ± 4.1 |
職場適応 | ||
ワーク・エンゲイジメント | 0~6 | 2.2 ± 1.2 |
職務継続意思 | 1~5 | 2.8 ± 1.4 |
まず,職業ストレスと職場適応との関連についてSEMにより分析した.モデル適合度はχ2 = 25.760,自由度=13,p = .018,GFI = .955,CFI = .972,RMSEA = .083であり,モデルとして妥当であった(図1).全てのパスがp < .01で有意であり,本モデルでの職場適応の説明率は35%であった.職業ストレスが職場適応を阻害するという結果が得られた.
職業ストレスと職場適応の関連
次に,SOCを加えて,職業ストレスと職場適応およびSOCの関連について検討した.最初に仮定していたモデルではχ2 = 91.449,自由度=32,p = .000,GFI = .891,CFI = .911,RMSEA = .114と統計的な許容水準を満たすものではなかった.修正指数を参考に誤差間の相関を認める方法でモデル修正を行ったところ,χ2 = 47.585,自由度=31,p = .029,GFI = .942,CFI = .975,RMSEA = .061と概ね良好な適合を示すモデルとなった(図2).修正後のモデルでは,全てのパスがp < .01で有意であり,職場適応の説明率は71%であった.SOCから職場適応には正の関連が,また,SOCから職業ストレス,職業ストレスから職場適応にはいずれも負の関連が見られ,SOCの直接効果,間接効果が確認された.
職業ストレスと職場適応およびSOCの関連
職業ストレス,SOC,職場適応の各変数間の関連について,Spearmanの順位相関係数を算出した(表4).職場適応を構成する「WE」,「職務継続意思」に対して,職業ストレス下位概念の中では「手探りでの手術看護習得」が–.429~–.468で最も高い関連を示し,SOC下位概念の中では「有意味感」が.565~.581で最も高い関連を示した.
職業ストレス | SOC | 職場適応 | |||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
職業ストレス合計 | 器械の取り扱い | 看護師間の人間関係 | 予定からの変更 | 手探りでの手術看護習得 | 心身への負荷 | SOC合計 | 把握可能感 | 処理可能感 | 有意味感 | ワーク・エンゲイジメント | 職務継続意思 | ||
職業ストレス | 職業ストレス合計 | ― | |||||||||||
器械の取り扱い | .745** | ― | |||||||||||
看護師間の人間関係 | .667** | .240** | ― | ||||||||||
予定からの変更 | .774** | .539** | .321** | ― | |||||||||
手探りでの手術看護習得 | .837** | .715** | .335** | .628** | ― | ||||||||
心身への負荷 | .790** | .612** | .350** | .553** | .711** | ― | |||||||
SOC | SOC合計 | –.428** | –.273** | –.291** | –.302** | –.395** | –.346** | ― | |||||
把握可能感 | –.340** | –.216** | –.240** | –.277** | –.311** | –.234** | .874** | ― | |||||
処理可能感 | –.358** | –.181* | –.308** | –.268** | –.331** | –.247** | .847** | .697** | ― | ||||
有意味感 | –.331** | –.252** | –.188* | –.141 | –.335** | –.334** | .668** | .352** | .402** | ― | |||
職場適応 | ワーク・エンゲイジメント | –.475** | –.382** | –.327** | –.213* | –.468** | –.468** | .448** | .286** | .267** | .581** | ― | |
職務継続意思 | –.407** | –.352** | –.268** | –.162 | –.429** | –.396** | .454** | .276** | .302** | .565** | .682** | ― |
Spearmanの順位相関係数 ** p < .01 * p < .05
本研究における看護師のSOC得点は51.7 ± 11.4点であった.看護師を対象とした同尺度を用いた先行研究では,看護師全般では51.9 ± 10.9点(吉田ら,2013),ターミナルケア看護師では52.7 ± 9.8点(尹ら,2010),救急看護師では50.6 ± 11.3点(牧野ら,2015)と報告されており,領域の違いを問わず,本研究結果と同様であった.渡辺ら(2007)も,がん看護,呼吸循環器看護,リハビリ看護の3領域のSOC得点に差異はなかったと報告している.
環境の変化に伴い,SOCも一時的に変動するとされる(山崎ら,2019)ため,配置転換という環境の変化によりSOCが低下しているのではないかと考えたが,実際には他領域の看護師と同程度であった.40%以上が配置転換後1年以内の看護師であったが,半数以上は配置転換後2年以上経過しており,調査時点である程度手術室の環境に適応できていた可能性が考えられる.そして,本研究対象者の平均年齢は32.9 ± 6.6歳であり,SOCは「30歳くらいまでに安定し,それ以降は大きな変動は起きにくい」(山崎ら,2019)とされるように,SOCが安定するとされる時期に該当する看護師が多い.そのため,配置転換に伴いSOCの一時的な揺らぎは生じても,大きな変動は生じなかった可能性がある.
2. 職業ストレスと職場適応との関連職場適応と職業ストレスの下位概念との関連では「手探りでの手術看護習得」が最も高いという結果であった.この「手探りでの手術看護習得」には,マニュアル等での理解にとどまらず,知識・技術を応用した対応などの実践に関する項目が含まれる.配置転換後の看護師は,診療科や医師によって異なる手術方法や器械・医療機器を覚えなければならない,看護師によってやり方が異なるため指導が統一されにくい(蔵本ら,2019)などの難しさを感じているが,そういった状況は手術室以外の人には理解されにくく,話せる人が限られる(千田ら,2012)など,業務に関する悩みを解決しにくいという問題も生じている.常に急変の可能性があることを念頭に置いた対応が必要であり(蔵本ら,2019),実践を重ねながら自分なりのやり方や対処方法を会得しなければならないことが手術看護実践の難しさといえる.また,新人でもあり経験者でもあるという看護師の背景の影響も推測される.配置転換となった看護師は,経験を積んだ看護師としてみられる一方で,手術室経験を重視する風潮に困惑している(水谷ら,2009;小野ら,2016).蔵本ら(2019)も,組織風土や雰囲気などの手術室の文化について言及しており,心理社会的な要素の影響も考えられる.
3. SOCと職場適応との関連職場適応に対して,SOCの直接効果,間接効果が確認された.SOCの3つの下位感覚のうち,把握可能感や処理可能感が高くても一時的なものになりがちで,有意味感が高い人には理解や資源を得るための道が開かれるため,特に有意味感が重要とされる(Antonovsky, 1987/2001).手術室看護師の職業継続に関する先行研究(相川,2006)でも「価値や意味の見出し」が有用と述べられており,職場適応において手術看護への意味付けが重要と考えられる.しかし,深澤(2010)は,手術室では5年程度の経験を経るとやりがいを感じるようになる看護師が多いと報告しており,配置転換後すぐに得られるものではないことを示している.また,手術室に配置転換後には,これまでの経験の活用の難しさ,覚えなければならないことの多さ,感染の危険性,患者からの直接的なフィードバックの乏しさなどから(深澤,2010;小野ら,2016),有意味感だけでなく,把握可能感や処理可能感も感じられにくいことが推察される.把握可能感や処理可能感が低ければ,有意味感を持つことも困難である(Antonovsky, 1987/2001)ため,SOC全体を高めるような支援の検討が必要である.
4. 実践への示唆SOC向上に向けた介入方策として,個々人への働きかけや教育といったアプローチよりも,個々人がおかれている状況や環境へのアプローチの重要性が示唆されている(山崎・戸ヶ里,2010).手術室配置転換後の看護師の職業ストレスも,看護師個人で完結するものではないため,職場環境との関連に目を向ける必要がある.職場環境は,ストレスに対処するための資源となりうるが,手術室では物理的な環境の変更は困難であるため,心理社会的な職場環境の充実が必要と考える.手術室での手順や流れが分からず,病棟では行っていたことでもできないと感じてしまい,看護師としてのアイデンティティが揺らぐ看護師も存在する(相川,2006).しかし,近年は周術期として術前・術中・術後を一連の流れとして捉えるようになっており,病棟と手術室との連携は今後さらに重要となる.術前・術後の経過を理解していることは,手術看護を実践する上での強みとなる.これまでの経験に目を向けた説明や教育方法の検討が必要である.また,手術室経験の浅い看護師では,器械出し看護にやりがいを感じる場合が多いとされる(菊地ら,2007).器械出し看護は技術が要求されるが,手術進行や器械の取り扱い方法を覚えてしまえばできるようになるという側面を持つ.習得するべき事項や内容について明確に提示することが重要である.
SOCはその人の生活世界への見方・向き合い方であるため,対象者が自身のおかれた環境をどのように捉えるかにより変化すると考えられる.手術室の場合では,その手術に自身がどのように関わっているかということになろう.手術室に配置転換となった看護師に,手術チームの一員としての自覚を促し,手術進行への関与を意識づけることにより,自身に与えられた課題や役割の認識,また手術看護実践への主体的な取り組みが促され,SOCの向上,ひいては職場適応につながっていくと考えられる.
手術室に配置転換後5年以内の看護師を対象に,職業ストレスと職場適応およびSOCの関連についてSEMによる検討を行った.SEMにおけるモデル適合度は概ね良好であり,SOCの直接効果,間接効果が確認され,手術室看護師の職場適応にSOCが関連していることが示された.手術チームの一員としての自覚の促しや手術進行への関与の意識づけなど,SOCに着目した支援により職場適応が促進される可能性が示唆された.
本研究の限界は2点挙げられる.第一に,本研究は横断研究であるため,因果関係の推定はできない点である.配置転換後5年以内の看護師を対象に調査を行ったが,配置転換後の期間にばらつきがあり,配置転換という環境の変化を十分に反映できたとは言い難い.SOCの変化をより詳細に確認するためには縦断研究による調査が必要である.第二に,回答者にバイアスが存在する可能性がある点である.手術室に配置転換後5年以内の看護師を対象としたが,ある程度職業ストレスに対応できている者が回答したことが考えられ,選択バイアスやhealthy worker effectが考えられる.今後は何らかの方法によりこれらのバイアスを回避する方法での調査が必要である.
付記:本研究は香川大学大学院医学系研究科に提出した修士論文に加筆・修正を加えたものである.本研究の一部は,日本看護研究学会第45回学術集会において発表した.
謝辞:本研究にご協力くださいました看護師の皆様,研究を実施するにあたり多大なご協力・ご助言をいただきました皆様に心より感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:AKは研究の着想,デザイン,データ収集,統計解析の実施および原稿の作成までの研究プロセス全体の実施を行い,KW・MN・YYは統計解析,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.