2020 年 40 巻 p. 645-653
目的:ジェネラリスト看護師が特定行為研修を修了したことによって,医療チームの中で自らの看護実践がどのように変化したと認識しているかを明らかにする.
方法:研究参加者10名に半構造化面接を行い,質的記述的に分析した.
結果:データ分析の結果,【医学的な推論や判断ができるようになる】【フィジカルアセスメントを行う視点が広がる】【診断や治療に踏み込んだ発言ができるようになる】【特定行為が行えるからこその提案を医師にできるようになる】【特定行為が行えるからこそ提供できるケアが増える】等の7カテゴリーを抽出した.
結論:研究参加者は特定行為研修を修了し,診断プロセスについての知識を習得したり,特定行為を行えるようになったことで,これまでできなかった医師への提案やケアが行えるようになったと認識していた.看護実践の変化として語られた内容が,療養上の世話の視点からのサービス提供とどのように関連づけられていたのかを明らかにすることが,今後の課題と考える.
Objective: We aimed to identify the awareness among nurses regarding how their nursing practice in their medical team changed after completing the Training for the Tokutei Acts.
Methods: We conducted a semi-structured interview with ten study participants and analyzed the data using a qualitative descriptive method.
Results: Our analysis of data extracted seven categories, including the following: (1) Being able to exercise medical reasoning and judgement; (2) Performing physical assessment from a wider perspective; (3) Expressing in-depth opinions about diagnosis and treatment; (4) Providing suggestions to physicians made possible after completing the training to perform Tokutei Acts; and (5) Increasing the types of care that can be provided because of completing the training to perform Tokutei Acts.
Conclusions: After completion of the Training for the Tokutei Acts, which gave trainees knowledge about diagnostic processes and qualified them to perform Tokutei Acts, they became aware that they could make suggestions to physicians and provide expanded care, which they had been unable to do prior to the training. Our future challenge is to clarify how such changes in nursing practice mentioned by trainees were associated with their service provision from a medical care viewpoint.
2015年から,「今後の在宅医療等を支えていく看護師を計画的に養成していくこと(厚生労働省,2020)」を目的として,「特定行為に係る看護師の研修制度(以下,当該研修制度)」が開始された.
当該研修制度開始後,学会やシンポジウムで当該研修を修了した看護師(以下,修了生)による活動報告等がなされるようになってきたが,その多くは認定看護師として活動していたり,大学院の修士課程で教育を受けた者による報告である.厚生労働省は当該研修の受講者について,「概ね3~5年以上の実務経験を有する看護師が想定される(厚生労働省,2020)」としているが,専門看護師や認定看護師ではなく,師長や主任等の役職をもたない看護師(以下,ジェネラリスト看護師)である修了生による報告はほとんどみられない.
加えて,当該研修制度に関する先行研究においては,修了生のみを対象とした研究はなく,当該研修制度に先立って行われた「特定看護師(仮称)業務試行事業」といった試行事業下で活動していた看護師を対象に含めたものしか見当たらない(新川ら,2014;酒井ら,2015).これらの研究結果では,試行事業において研修を受けた看護師が臨床現場で活動する際には,皮膚・排泄ケア認定看護師であれば創傷管理技術といったように,個人がもともと有する能力が大きく影響していることが明らかにされている.これより,認定看護師等の活動経験を有する修了生の看護実践には,当該研修で習得した知識や技術以外の要素が影響するため,当該研修そのものの意義の検討は困難であることが示唆される.
また,認定看護師である修了生が,当該研修修了後の活動について意見や感想を述べた記事もいくつか見受けられる(富阪,2018;木村,2018).しかし,当該研修での学びが日々の看護実践にどのような影響を与えたか,看護ケアの質向上にどのようにつながっているかについては明らかにされていない.
以上から,本研究では,ジェネラリスト看護師が当該研修を修了したことによって,医療チームの中で自らの看護実践がどのように変化したと認識しているかを明らかにすることを目的とする.この研究結果より得られた知見は,当該研修制度が,看護ケアの質向上にどのように寄与しているかについての示唆を得る一資料になると考える.
質的記述的デザインを用いた.ジェネラリスト看護師が当該研修を修了したことによって,看護実践がどのように変化したと認識しているかは先行研究で十分に明らかにされておらず,丁寧に記述することが必要と考えたからである.
2. 用語の定義 1) ジェネラリスト看護師日本看護協会(2007)は,「ジェネラリスト」を,「領域を特定せずに知識や技術を発揮できる者という意味において使用する」とし,専門看護師と認定看護師をスペシャリストと位置づけている.これより,本研究において,「ジェネラリスト看護師」とは,専門看護師や認定看護師ではなく,師長や主任等の役職をもたない看護師とする.
2) 看護実践医療チームの中で,看護師がクライアントに働きかける一連の行為とする.
3. 研究協力施設と研究参加者便宜的サンプリングを用いて,研究協力施設と研究参加者を選定した.
1) 研究協力施設本研究で対象とする修了生が所属していることを条件とし,施設の種類や機能は問わなかった.研究者の交通アクセスを考慮し,まずは近畿圏内の施設に研究依頼を行った.研究参加者が目標数に達しなかったため,近畿圏内以外の施設にも研究依頼を行った.その際は,研究者がアクセスしやすい施設から研究依頼を行った.なお,便宜的サンプリングにおいては,研究参加者のバリエーションをできる限り多くするため,研究協力施設は5施設程度を想定した.
2) 研究参加者ジェネラリスト看護師で,かつ,大学院修士課程以外で当該研修を修了し,修了後半年以上経過している者とした.大学院修士課程で当該研修を受講した者は,当該研修で定めるカリキュラム以外の内容も習得している可能性が高いため除外した.本研究では,当該研修修了前後の看護実践を比較し,修了後に看護実践がどのように変化したと認識しているのかを語ってもらう必要があった.そのため,研究参加者は,当該研修を修了後,半年以上経過した者とした.なお,性別,および修了した特定行為区分の種類や数は問わなかった.
4. データ収集方法 1) データ収集期間2019年5月~9月
2) データ収集方法半構造化面接を用いた.面接は,プライバシーを確保した場所で行い,「当該研修修了後に臨床現場で活動を行う中で,当該研修を修了したことで看護実践が変化したと感じた出来事や場面」,「当該研修を受けたからこそできた実践だと感じた出来事」などについて質問した.面接内容は,研究参加者の同意を得た上でICレコーダーに録音した.
3) 研究参加候補者への依頼方法まず,研究協力施設の看護部長へ研究協力を依頼し,協力への同意が得られた看護部長から修了生の紹介を得た後,その修了生へ研究参加を依頼するという手順をとった.研究協力施設の選出は,2つの方法で行った:①厚生労働省が公表する「看護師の特定行為研修を行う指定研修機関」.②病院のホームページ等から研究者が把握した,修了生が所属する施設.研究協力の依頼状を送付した施設は計68施設であったが,依頼状を送付した段階では,その施設に本研究で対象とする修了生が所属しているかは不明であった.最終的に9施設の看護部長から研究協力への同意を得ることができた.その後,看護部長から,該当する修了生の名前を教えていただき,修了生宛てに研究参加の依頼状を送付した.9施設の看護部長から修了生計14名の紹介を得たが,うち2名は研究参加条件を満たさなかった.残る12名中,10名から研究参加への同意が得られた.
5. 分析方法インタビューデータを逐語録にした後,意味のあるまとまりごとにコード化した.コードの相違点や共通点を比較しながら分類し,集まったものに共通性を見出してカテゴリー化した.分析の全過程においては,質的研究の経験が豊富な研究者によるスーパーバイズを受けた.また,カテゴリー化した結果については,研究参加者2名のメンバーチェッキングによってデータの解釈が妥当であるかどうかを確認し,厳密性を確保した.
研究協力施設の看護部長には,研究の趣旨および倫理的配慮などについて書面を用いて説明し,研究協力の同意を得た.また,研究参加者の研究参加への自由意思を保障するために,看護部長には研究参加同意の有無は知らせないことの承諾を得た.看護部長への倫理的配慮は,次に述べる研究参加者に対するものと同様である.すべての研究参加者に対し,研究目的,方法,研究への参加は自由であること,個人情報の取り扱い,データの保管と使用の方法,研究成果の公表などについて書面を用いて説明し,同意書への署名をもって研究参加の同意を得た.本研究は,神戸市看護大学の倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号19204-04).
研究参加者は6施設に勤務する10名の修了生で,平均年齢は40.6歳,うち7名が男性であった.経験年数は5~10年が3名,11~15年が3名,15~20年が2名,20年以上が2名であった.修了した特定行為区分の数は2~7区分で,当該研修修了後1年未満が4名,1~2年が4名,2~3年が2名であった.なお,6施設はすべて急性期の病院で,研究参加者全員が看護部所属であり,診療科所属の者はいなかった.
2. カテゴリーの記述14サブカテゴリー,7カテゴリーを抽出した(表1).以下,カテゴリーは【 】,サブカテゴリーは〈 〉,研究参加者の語りは「斜体」として示し,研究参加者の語りのままでは理解しにくい部分は,( )で説明を補足した.
カテゴリー | サブカテゴリー |
---|---|
医学的な推論や判断ができるようになる | 疾患を推察できるようになる 病巣部の状態が判断できるようになる 適切な処置の方法を選択できるようになる |
フィジカルアセスメントを行う視点が広がる | フィジカルアセスメントを行う視点が広がる |
診断や治療に踏み込んだ発言ができるようになる | 診断につながる指摘を医師にできるようになる さらなる治療を医師に提案できるようになる 治療の具体的な方法や経過を転院先に申し送れるようになる |
特定行為が行えるからこその提案を医師にできるようになる | 医師の代わりに特定行為を行うことを申し出る提案ができるようになる 特定行為が行えるので,より適切な治療を選ぶことを医師に提案できるようになる |
特定行為が行えるからこそ提供できるケアが増える | これまで手が出せなかった部分のケアができるようになる 患者のタイミングに合わせて特定行為が実施できるようになる |
患者へ療養上のアドバイスを行うときにデータが活用できるようになる | 患者へ療養上のアドバイスを行うときにデータが活用できるようになる |
患者や家族の心情にいっそう配慮できるようになる | 患者や家族が思いを表出しやすい言葉を選べるようになる 指導を行う場所について倫理的配慮ができるようになる |
これは,当該研修を修了したことによって,医学的視点で思考し,判断ができるようになったことを表すカテゴリーである.研究参加者である修了生は,当該研修の共通科目の一つに位置づけられている臨床推論を学んだことで,すでにつけられている診断名にとらわれず,患者の訴える症状から新たに〈疾患を推察できるようになる〉と認識していた.また,当該研修でこれまで知らなかったアセスメントツール等の判断基準を学び,それらに基づいたアセスメントを実施することで,〈病巣部の状態が判断できるようにな(る)〉り,適切な創傷被覆材を選択したり,デブリードマン(壊死組織の除去)の必要性が判断できるようになるなど,〈適切な処置の方法を選択できるようになる〉と認識していた.
「患者さんから『肩が痛い』って言われたときに,その症状から,ついている疾患名だけではなく,いろんなことが想像できる.狭心症で入院していた人が,実は急性心筋梗塞になって肩が痛いっていうような状況に,もし万が一なっていたときに,じゃあどういう症状が出るのかなっていうのを.患者さんのおっしゃっている症状から,疾患を推察する」(当該研修修了後,経験年数1年未満の研究参加者)
「(創部の色が)同じ黄色でも,壊死なのか,不良肉芽なのかってあるじゃないですか.≪中略≫不良肉芽なのか,黄色の壊死組織なのかっていうところの判断基準が自分の中ではっきりしてきた.次のアクションとかにも,例えばいまは膿を出す時期,不良肉芽だったらちっちゃくしないといけないじゃないですか.でも壊死組織だったら除去しないといけない」(当該研修修了後,経験年数1年未満の研究参加者)
2) 【フィジカルアセスメントを行う視点が広がる】研究参加者は,患者の状態や体位に応じた適切な観察部位を捉えたり,何をどう観察するかの視点が変化し,【フィジカルアセスメントを行う視点が広がる】と認識していた.
「浮腫の観察をするとき,いままで,四肢,手とか足を観察していたんですけど,体幹の後ろって気にしたことがなくって.臥床している人って多いじゃないですか,入院している人.水が一番溜まりやすいのは,背部のここ(体幹)になってくるし,手とか,足とかの浮腫っていうのも一つだけど,ここ(体幹)の浮腫が一番確認もしやすいっていうのを(当該研修で)聞いて.実際やってみて,あー,確かにそうだなって」(当該研修修了後,経験年数1~2年の研究参加者)
3) 【診断や治療に踏み込んだ発言ができるようになる】研究参加者は,当該研修で学んだ知識を活用し,さらに特定行為が実施できるようになることで,診断や治療についての指摘や提案ができるようになると認識していた.さらに,研究参加者は,当該研修で学んだ知識を活用しながらアセスメントを行うことで,感染徴候や状態変化を察知し,〈診断につながる指摘を医師にできるようにな(る)〉り,現在行われている治療に加えて,投薬や処置といった治癒促進のための工夫など,〈さらなる治療を医師に提案できるようになる〉と認識していた.また,研究参加者は,自身が特定行為(褥瘡又は慢性創傷の治療における血流のない壊死組織の除去など)を実施し,行われている治療内容について理解しているために,創部の状態だけでなく,〈治療の具体的な方法や経過を転院先に申し送れるようになる〉と認識していた.
「足のASO(閉塞性動脈硬化症)で入院されて,足に創があって,足の治療しに来ましたよっていう方が,ベッドをギャッジアップしたら意識失って.で,戻したら,普通になってっていう人がいたんです.≪中略≫『明らかにこれ,頸動脈に狭窄あるんじゃない』って言って,このへん(頸部に)エコーあてたら,実際に細く,狭くなってて.要は脳虚血,一過性の脳虚血状態になってレベルが落ちてっていう状態だったんです.『この後,脳梗塞に至る可能性が高いから』って先生に報告しました」(当該研修修了後,経験年数1年未満の研究参加者)
「創の排膿をみたときに『先生,ここまで切開しないとまずい』とか.『抗生剤いってないんで,こういう状況になっているから,抗生剤これやっといたほうがいい』,『軟膏はこれのほうがいいです』っていうのを,『…っと思うんですけどどうですかね』みたいな感じで提案していく.『痛みが出てくるんで,この後,定期的に痛み止め増やして使っていきますから』とか.創の状況みた段階で,創の介入の仕方,軟膏,感染コントロール,疼痛コントロール,そういうのをあらかじめ『こうでいいですよね』って(医師に)こっちから提案して」(当該研修修了後,経験年数1年未満の研究参加者)
4) 【特定行為が行えるからこその提案を医師にできるようになる】研究参加者は,自身が特定行為を実施することができるため,クリティカルな状態にある患者の対応を医師が多忙でできないときに,〈医師の代わりに特定行為を行うことを申し出る提案ができるようになる〉と認識していた.さらに,複数ある治療の選択肢の中から,〈特定行為が行えるので,より適切な治療を選ぶことを医師に提案できるようになる〉と認識していた.
「めちゃくちゃ忙しいときに,先生も対応に追われているし,でも,この人(患者)は呼吸状態が悪いから,絶対に血ガスで採血をしないといけないとなったときに…先生に言っても,先生はこっちの患者さんがいま大変だからってなっているときに,≪中略≫先生に,『こういう状態の人だから,早く(血ガス)とってほしいです』とか,もし先生がそのとき手が空いてないんだったら,『もう早く(血ガス)とったほうがいいので,私がもし良ければとります』っていうのは言います」(当該研修修了後,経験年数1~2年の研究参加者)
「静脈麻酔と吸入麻酔があって,吸入麻酔はある程度ガスを流しといたら大丈夫なんです.放っとくって言ったら言い方悪いですけど.でも,静脈麻酔を使うときは(患者に)ずっと付きっきりでいとかないと.(薬剤が)なくなると患者さんが起きちゃうので.(だから,医師の)手がまわらないときは吸入麻酔薬にいきがちなんです.でも,静脈麻酔のほうがいいこともいっぱいあって.『この人(患者)の場合は,大変やけどこっち(静脈麻酔)にしませんか?私みときます』とかもできるんで.(私は)鎮静薬の量の調整ができるので」(当該研修修了後,経験年数2~3年の研究参加者)
5) 【特定行為が行えるからこそ提供できるケアが増える】研究参加者は,特定行為を行えるようになったことで,〈これまで手が出せなかった部分のケアができるようにな(る)〉り,〈患者のタイミングに合わせて特定行為が実施できるようになる〉と認識していた.
「(手術中は)患者さんは寝ているので,寝返りもできない.一応外回りの看護師が背抜きとか,そんなんぐらいは術中でもパって手突っ込んでしたりするけど,やっぱりこのへんはね(首から上を指す仕草),触りたくないんですよ,看護師の立場からすると(頭側には麻酔科医が立っているため).でも,私は最近,麻酔科側の立場にいることが多いので,ここ(首から上)も,背抜きじゃないですけど,圧を…ちょっとだけ顔を横向けてあげたりとか,そんなのもできるので,このへん(首から上)のトラブルはないかなって」(当該研修修了後,経験年数2~3年の研究参加者)
6) 【患者へ療養上のアドバイスを行うときにデータが活用できるようになる】研究参加者は,研修でエコー検査等の画像の読み方を習得したことで,その画像データを用いながら,療養生活を送るうえでの注意点の説明ができるようになるなど,【患者へ療養上のアドバイスを行うときにデータが活用できるようになる】と認識していた.
「患者説明に関しては,前と明らかに変わって.『いまこういう状況だからこうですよ』っていうのがいままでだったんですけど,電カル持っていって,画像みながら『いまこういう状況だから』って(説明するようになった).≪中略≫『現状がこうだから,じゃあいまリハビリ頑張りましょう』,『みてください,このエコーで,心臓こんなんしか動いてないですよ』とか.急性期もそうですし,退院前の患者さんにも同じように画像をみてもらって,『(心臓が)こういう動きしかしてないんですよ』って.『だから退院したときに,こういうことに注意していかなきゃいけない』って言えるようになった」(当該研修修了後,経験年数1年未満の研究参加者)
7) 【患者や家族の心情にいっそう配慮できるようになる】研究参加者は,当該研修で医療面接の講義を受けたことで,〈患者や家族が思いを表出しやすい言葉を選べるようになる〉と認識していた.また,当該研修で医療倫理について学び,患者に〈指導を行う場所について倫理的配慮ができるようになる〉というように,患者や家族の心情によりいっそうの配慮ができるようになると認識していた.
「医療面接で,『こういうふうに言葉を選んだらいいですよ』っていう言葉を選ぶと,家族さんがすごくお話してくださるようになった経験をして,こちらの声掛け次第で,患者さんなり家族さんも,この人だったら話せるわって思ってくれることがあると思った.≪中略≫例えば,『お酒やめられないんですよ』って言われたときに,『お酒はやめたほうがいいですよ』,『そんなにたくさん毎日飲んだら身体に悪いですよ』って,たぶん,いままでの自分は言っていたけど.(当該)研修を受けてから,≪中略≫私,本当にただオウム返ししただけなんです,患者さんの話に対して.『やめたいとは思っているんですけどね』,『あ,やめたいと思っているんですね』.本当にそれしかしてないけど,すごく患者さんが話してくれて」(当該研修修了後,経験年数1~2年の研究参加者)
クライアントの心情への配慮は,看護師に求められる基本的な役割である.しかし,人々の価値観が多様化するなど看護師を取り巻く状況が変化し,臨床現場の看護師は,倫理的問題への対応やクライアントへの配慮について困難さを感じていることが先行研究で明らかになっている(小川ら,2014).
倫理的問題を含め,クライアントにかかわる際の知識や技術の教授は,今日の看護基礎教育の中で行われている.それにもかかわらず,研究参加者が当該研修を修了したことで,【患者や家族の心情にいっそう配慮できるようになる】と認識した理由として,次の2点が考えられる.
研究参加者の中には,看護基礎教育で倫理について学んだことがなく,当該研修で初めて体系的に学習したという背景をもつ者がいた.日本看護協会が「看護者の倫理綱領」を公表したのは2003年,倫理教育が看護学教育のコアとして明確に示されたのは2004年である(文部科学省,2004).そのため,この時期より前に看護基礎教育を受けた看護師の中には,倫理について学習する機会が乏しかった者がいることが予想される.このような看護師が当該研修で倫理について学習する機会を得たことで,看護実践の変化へつながったと考える.
もう1点は,医療面接や倫理の講義を受けたことが,これまでの看護実践を振り返る契機となったことである.クライアントにかかわる際の知識や技術は看護基礎教育においても教授されるが,「あらゆる学習は,それを実現させるための外的条件と,学習者がもつレディネスによって成立する(杉森・舟島,2016)」ため,教授される内容が同様であっても,看護学生と看護師とではその受け止めや,何を考え学ぶかは異なる.臨床現場で看護を行いながら,様々な困難感や苦悩と向き合っているからこそ,当該研修で改めてクライアントにかかわる際の知識や技術を学んだことが,看護実践の変化につながったと考える.
また,フィジカルアセスメントも看護基礎教育の中で教授されているものである.ただし,看護学領域においてフィジカルアセスメントの教育方法等は模索中の段階であり,看護師の中にはその能力に不安を抱く者がいることが先行研究で明らかにされている(横山・佐居,2007;藤野ら,2015;山本,2017).当該研修におけるフィジカルアセスメントの科目では,部位別の診察手技などが細かく定められており,研究参加者は当該研修を受講したことで,不足していたフィジカルアセスメント能力を補うことができ,【フィジカルアセスメントを行う視点が広がる】と認識することにつながったと考える.
このように,研究参加者は当該研修を受けたことで,クライアントへかかわる際の困難さが軽減されたり,フィジカルアセスメント能力が向上していることが示唆される.しかしながら,これら能力を身に着けるための学習の機会はすべての看護師に必要であり,看護師の中でも一部の者だけが受講する当該研修制度ではなく,通常の継続教育の一環として検討することが望ましいと考える.
2. 看護ケアへの活用のための課題看護師が診断や治療に関する発言をすることについて,高田(2011)は,「看護師が医師に対し患者の状態に合わせて指示の変更を求めることは日常的な看護師の仕事に組み込まれている」と述べている.つまり,患者の状態をアセスメントした上で,必要に応じて医師に報告し,ディスカッションを行うことは,これまでも看護師が行ってきたことであり,当該研修受講の有無にかかわらず,看護師の役割の一つである.
本研究の結果で,研究参加者の認識する看護実践の変化として,【診断や治療に踏み込んだ発言ができるようになる】,【医学的な推論や判断ができるようになる】ことが明らかになったのは,次の背景が影響していると考える.
当該研修制度の議論のきっかけとなったのは,2004年に始まった新医師臨床研修制度を引き金として生じた医師不足対策であり(野村,2017),2018年に厚生労働省により取りまとめられた報告書「医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取組」の中でも,修了生の活用が推進されている(厚生労働省,2018).
一方,「活動にあたって組織で必要となる体制整備が困難であるという看護管理者や,学んだことを活動に活かすことができていないという修了生も少なくありません(日本看護協会,2020)」という現状が報告されており,本研究でも,修了生としてどのような活動をしていけばよいか悩んでいるという語りが聞かれた.このように,修了生としての活動を模索する中で,厚生労働省が期待する役割を果たそうとした結果,【診断や治療に踏み込んだ発言ができるようになる】等と研究参加者が認識することに影響したと考える.
ただし,当該研修制度は医師の働き方改革の推進のみを目的としたものではなく,医療の質の向上も目指している.したがって,当該研修で習得した知識や技術を,看護ケアの質向上につながるよう活用することが必要である.研究参加者が【診断や治療に踏み込んだ発言ができるようになる】のは,医師が診断に至るプロセスを新たに学び,【医学的な推論や判断ができるようになる】ことによると考える.しかし,研究参加者の語りの内容から,「生物-医学モデルのもとで,疾病の症状の観察に終始している(野島,1992)」可能性があり,看護の視点を基盤に,臨床推論などの診断プロセスについての学びを活用することが,看護ケアの質向上の観点からみた今後の課題と考える.
3. 特定行為を看護ケアの質向上へ活かすための課題当該研修制度開始に際して,日本看護協会(2015)は,「本制度の意義は特定行為のみを行うのではなく,看護の関わりの中で特定行為も含めた医療を提供することである」と述べている.この声明が出された背景として,当該研修制度についての議論が「従来『診療の補助』の範囲に含まれない特定の医行為を安全に実施することに主眼が置かれ(日本看護系学会協議会,2011)」ていたことが挙げられる.また,特定行為の実施が看護師の役割拡大と期待の声があがる一方で,「時代やニーズに応じた看護師の機能拡大は必要だとしても,医療的ケアの位置づけについて看護の視点から考え方が十分に整理された上での拡大となっているか(川原,2019)」といった懸念が示されている.
平林(2017)は,特定行為「脱水症状に対する輸液による補正」の実施場面を例に挙げ,診療の補助と療養上の世話との関係について,「訪問看護師は,脱水状態にある患者に対し,まず,療養上の世話の視点でのサービス提供を考え,その中に診療の補助として行われる『輸液』を位置づけることを忘れてはならない」と述べている.修了生の吉田(2019)も,「臨床では,特定行為を行うことにも増して,特定行為を行わなくてもよいようにどう患者さんのコンディションを整えるか,がとても大事です.≪中略≫特定行為の実施が必要になる状況をできるだけつくらないことが目標なのです」と,特定行為を実施しなくてよいよう,療養上の世話の視点で看護を行うことの重要性を指摘している.
本研究で【特定行為が行えるからこその提案を医師にできるようになる】と語られた内容は,ほぼ診療の補助についてである.また,【特定行為が行えるからこそ提供できるケア(が増える)】が,療養上の世話の視点でのサービス提供とどのように関連づけられ,実施されていたのかについては,今後明らかにする必要があると考える.
本研究は質的記述的方法を用い,修了生のみにインタビューを行った.そのため,看護実践の変化として語られた内容が,研究参加者の自己評価にとどまっているという限界がある.修了生がどのような役割を果たしているかについては,当事者からだけではなく,協働する看護師や他の医療従事者,クライアントからの視点など,複眼的に把握することが必要と考えた.また,当該研修を受講する看護師の背景は様々である.本研究では,当該研修そのものの意義を検討するため,ジェネラリスト看護師に焦点をあてたが,認定看護師や専門看護師,看護管理者で当該研修を受講する者もいる.こういった背景をもつ看護師が当該研修を修了したことで,看護実践がどう変化するのかについても調査を行い,それぞれの特徴等を比較することで,当該研修の意義が探求できると考える.
本研究では,ジェネラリスト看護師が当該研修を修了したことによって,医療チームの中で自らの看護実践がどのように変化したと認識しているかを明らかにするために,10名の修了生に半構造化面接を行い,14サブカテゴリー,7カテゴリーを抽出した.
研究参加者である修了生は当該研修を受けたことで,クライアントへかかわる際の困難さが軽減されたり,フィジカルアセスメント能力が向上していることが示唆されたが,これら能力の習得はすべての看護師に必要であり,通常の継続教育の一環として検討することが望ましいと考えた.また,研究参加者は,診断プロセスについての知識を習得したり,特定行為が行えるようになったことで,これまでできなかった医師への提案やケアが行えるようになったと認識していた.看護実践の変化として語られた内容が,療養上の世話の視点からのサービス提供とどのように関連づけられていたのかを明らかにすることが,今後の課題と考えた.
付記:本研究は,神戸市看護大学大学院博士前期課程に提出した修士論文に加筆・修正を加えたものである.
謝辞:本研究にご協力くださったすべての皆さまに深く感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:KHは研究の着想,および研究デザインと実施,分析,論文執筆のすべてを行った.CHは研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者は最終原稿を確認し,承認した.