日本看護科学会誌
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総説
反すうの概念分析
江口 実希國方 弘子
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キーワード: 反すう, 概念分析
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2021 年 41 巻 p. 160-165

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Abstract

目的:反すうの概念を分析し,その構造を明らかにすることにより看護実践における有用性を検討することである.

方法:91文献を対象として,Rodgersの概念分析アプローチを用いて分析した.

結果:属性には1カテゴリー【思考の制御困難】が得られた.先行要件には5カテゴリー,帰結には3カテゴリーが得られた.

結論:反すうは,【精神的苦痛】や【ストレス負荷】,【客観視の不足】,【注意の調節困難】,【生物学的特徴】によってもたらされる【思考の制御困難】であり,その結果【精神的健康の悪化】,【身体的健康の悪化】,【ストレスの増悪または立ち直り】が生じる.反すうの概念を看護実践に用いることは,既存の看護実践に新しい視点をもたらすことに貢献する.

Translated Abstract

Aim: To analyze the concept of rumination and shed light on its structure in examining the effectiveness of using the concept in nursing practice.

Methods: This study analyzed 91 papers by using Rodgers’ concept analysis approach.

Results: The following one attribute category was extracted: “uncontrollable thoughts.” Five categories were extracted for prerequisites and another three for consequences.

Conclusion: The findings suggested that the concept of rumination means “uncontrollable thoughts” which people experience when they have “mental pain,” “negative belief,” “lack of objective vision,” “nonadjustable attention,” and “biologic profile.”

As a result of rumination, “aggravation of mental health,” “ aggravation of physical health,” and “aggravation of stress or Recovery from the event”arise. To use the concept of rumination towards nursing, brings a novel viewpoint to the existing nursing practice.

Ⅰ. 研究の背景

近年,抑うつを有する成人が急増し(厚生労働省,2017)抑うつの発症・再発・維持の要因として「反すう」が着目されている.その発端としてNolen-Hoeksema(1991)は,個人の抑うつに対する反応スタイルが抑うつの持続に影響を及ぼすことを示し,反すうを「抑うつ症状,原因,意味,結果に対して繰り返し注意を焦点づける思考や行動である」と定義した.以降,反すうは抑うつを持続させ,気晴らしは抑うつを軽減させる(Nolen-Hoeksema & Morrow, 1991)といったスタイル対比や,性格傾向などの個人的特性との関連,不安障害(Ruscio et al., 2015),慢性疼痛(水野,2010),睡眠へ悪影響(Thomsen et al., 2003)などとの関連が明らかにされてきた.近年は,反すうに焦点を当てた反すう焦点型認知行動療法(Watkins et al., 2011)や,瞑想を用いたマインドフルネス認知療法(Vugt et al., 2012)など反すうに対する介入研究も進められている.

このように,反すうは,人々の健康に関わる重要な概念であると言える.しかし,反すうの定義や構造は研究者間で一致していない.これまで,Nolen-Hoeksema(1991)は反すうを特性としてとらえたが,Watkins(2008)は経時的に変化するものと捉えた.また,反すうの対象となる気分や事柄をネガティブなものに限定する考えや(Nolen-Hoeksema, 1991),ポジティブな事柄も対象とする考えもある(Martin & Tesser, 1996).さらに,人の健康を扱う看護学領域において反すうへの取り組みの重要性を論じた文献はほとんど見当たらない.反すうに関連した看護問題は,NANDA‐I(看護診断),NIC(看護介入分類),NOC(看護成果分類)において示されており,看護学領域でも積極的に関わるべき重要な概念である.

そこで本研究では,反すうの概念を分析し,構造を明らかにすることにより,看護実践における有用性を検討することを目的とした.反すうの概念分析により抽出される先行要件は,反すうへの看護介入標的となり,帰結は,介入による看護成果の評価となりうる.したがって,反すうの概念を開発することは反すうによって引き起こされる健康問題に対する看護実践に,新たな視点を提案しうることが期待できる.

Ⅱ. 研究方法

1. 概念分析方法の選定

構造が不明確な概念について,属性(概念の持つ特性),先行要件(概念に先立ち,概念の現れ方に影響するもの),帰結(概念の後に生じるもの)を明らかにし,概念の構造を見出す手法であるRodgers(2000)の概念分析アプローチを用いることが妥当であると判断した.

2. データ収集方法

文献の検索は,医学中央雑誌Web版,CiNii Articles,PubMed,Google Scholarを使用し,学問分野,論文種別を限定せず全期間(1963年~2020年)の文献を検索した.検索キーワードには,和文献は「反すう」,英文献は“rumination”を用いた.結果,和文献が4,650文献,英文献が60,282文献検索された(2021年1月).次に,会議録や,心理的事象を扱っていない文献,健康状態を問わず18歳以下を調査対象とした文献,重複文献を除外した3,284文献のうち,タイトル,アブストラクト,本文より451文献(和文21文献,英文430文献)を抽出した.なお,反すうは高次脳機能を司る内側前頭前野と関係することから(Disner et al., 2011),本研究では高次脳機能が比較的安定していると考えられる18歳以上を対象者とした.文献のサンプリングについてRodgers(2000)は,学問領域ごとに文献を階層化し各学問領域より少なくとも30文献,または総数の20%の抽出を推奨している.そこで各学問領域の総数の20%に当たる数の文献(心理学79文献,医学11文献,教育学1文献)をランダムに抽出し合計91文献(和文10文献,英文81文献,全文献の20.2%)を分析に用いた.

3. 分析方法

分析対象となった91文献は著者の意図している内容を意識しながら「反すう」という言葉に注目して熟読し,属性,先行要件,帰結に該当する記述を対象文献ごとにコーディングシートに記述し,これをデータとした.抽出したデータは,属性,先行要件,帰結ごとに意味の類似性に基づいてカテゴリー化し命名した.

Ⅲ. 結果

1. 先行要件

先行要件には5カテゴリーが得られた.以下,カテゴリーを【 】,サブカテゴリーを〈 〉で記す.

1) 【精神的苦痛】

このカテゴリーは,主観的社会的地位の低さ(Zvolensky et al., 2018)や社会経済的地位の低さ(Lewis et al., 2016)など,自分の望む〈理想と現実の不一致状態〉や〈抑うつ状態(Watkins & Moulds, 2009)〉,〈不安状態(Ruscio et al., 2015)〉により主観的な苦しみや痛みが生じている状態である.

2) 【ストレス負荷】

このカテゴリーは,重大な出来事(Kircanski et al., 2018)や日々のストレス(Catalino et al., 2017)など,外部からの刺激や圧力による緊張状態により〈ストレス負荷〉が生じている状態である.

3) 【客観視の不足】

このカテゴリーは,〈客観視の不足〉,〈否定的な解釈傾向〉が含まれた.〈客観視の不足〉は,偏った判断を避けながら自分の考えと感情を受容するアクセプタンスの低下(Catalino et al., 2017)が含まれた.〈否定的な解釈傾向〉は,ネガティブな認知(Spasojević & Alloy, 2001)や悪いことばかりに注目してしまう注意バイアス(Dondzilo et al., 2017)が含まれた.これらは状況を多方面から中立的に捉える客観視が不足した状態である.

4) 【注意の調節困難】

このカテゴリーは,〈注意の調節困難〉が含まれた.〈注意の調節困難〉は,自己に注意が向きやすく,向いた注意が持続しやすい自己没入(和田・政本,2016)や必要に応じて集中したり,注意を切り替えたりする能力である注意制御の不十分さ(Hsu et al., 2015)のため,注意を程よくつり合いの取れた状態に整えることが困難な状態である.

5) 【生物学的特徴】

このカテゴリーは,〈性別〉が女性(Nolen-Hoeksema & Harrell, 2002),〈年齢〉(Ricarte et al., 2016)が若いこと,黒人という〈人種〉(Lewis et al., 2016),〈脳神経栄養因子〉(Beevers et al., 2009),〈神経伝達物質〉(Clasen et al., 2011)など【生物学的特徴】が含まれた.

2. 属性

属性には1カテゴリーが得られた.

【思考の制御困難】

このカテゴリーは,〈受動的な思考〉,〈注意の焦点化〉,〈反復思考〉が含まれた.〈受動的な思考〉は,何度も繰り返し侵入的でコントロール不能な思考を生じさせ(Malin & Littlejohn, 2015),否定的な出来事や苦痛について連続的,受動的に考える(Hu et al., 2014)状態である.〈注意の焦点化〉は,抑うつの症状,原因,意味,結果に対して繰り返し注意を焦点づける行動や認知(今野・吉川,2018)であり,繰り返しネガティブな考えや感情に注目する(Beevers et al., 2009)など,注意が1つの関心ごとに注がれた状態である.〈反復思考〉は,動揺させられた問題や感情体験,その結果に関する反復的で持続的な考え(Selby et al., 2016)など,自己に関するしつこい否定的な考え(Roelofs et al., 2007)である.これらは,意図せず繰り返し生じる思考を状況に応じて意図的に制御することが困難な状態である.

3. 帰結

帰結には3カテゴリーが得られた.

1) 【精神的健康の悪化】

このカテゴリーは,悲しみ(Pe et al., 2013),無力感(Smith et al., 2006)などの〈ネガティブ感情の増加(Zvolensky et al., 2018)〉や〈抑うつ状態の増悪(Ruscio et al., 2015)〉,〈不安状態の増悪(Zvolensky et al., 2018)〉による精神的健康の悪化が含まれた.

2) 【身体的健康の悪化】

このカテゴリーは,白血球数,リンパ球数の低下(Thomsen et al., 2004)による〈免疫能の低下〉や〈睡眠状態の増悪(Thomsen et al., 2003)〉,〈交感神経系の過亢進〉によって生じる心拍変動の低下(Woody et al., 2015),〈脳細胞の過活性(Berman et al., 2011)〉,身体愁訴(Denovan et al., 2019)などの〈身体不調〉といった身体的健康の悪化した状態が含まれた.

3) 【ストレスの増悪または立ち直り】

このカテゴリーは,〈ストレス知覚の増加〉,〈非効果的なストレスコーピング〉,〈出来事からの立ち直り〉が含まれた.〈ストレス知覚の増加〉は体験したストレス(Malin & Littlejohn, 2015)が強く知覚される状態である.〈非効果的なストレスコーピング〉は,飲酒による対処(Lewis et al., 2016),行動の回避(Ruscio et al., 2015)といったその場限りの行動により,効果的なストレスコーピングが行えていない状態である.〈出来事からの立ち直り〉は,困難な状況からの適応を導くレジリエンス(今野・吉川,2018)や,トラウマ体験の後に人間として成長を遂げる心的外傷後成長(Calhoun et al., 2000)など思考により出来事の解釈や意味づけがなされ,出来事からの立ち直りに影響を与える状態である.

4. 反すうの定義とモデル構築

概念分析の結果,反すうとは,繰り返し浮かび上がる〈受動的な思考〉に関する〈注意の焦点化〉や〈反復思考〉の持続によって生じる【思考の制御困難】であると定義した.

構築されたモデル(図1)より,反すうは,【精神的苦痛】や【ストレス負荷】,【客観視の不足】,【注意の調節困難】,【生物学的特徴】によってもたらされ,その結果,【精神的健康の悪化】,【身体的健康の悪化】,【ストレスの増悪または立ち直り】が生じる.

図1 

反すうの概念モデル

凡例 【 】:カテゴリー〈 〉:サブカテゴリー →:関係性

5. 関連概念

反すうの関連概念として心配がある.心配は,ネガティブな情緒を伴った制御の難しい思考やイメージの連鎖(Borkovec et al., 1983)である.反すう,心配ともに基本的なプロセスである反復性や統制不能性は共通するが思考の焦点が過去(反すう)か(Watkins, 2004),未来(心配)か(Borkovec et al., 1983)という違いがある.加えて,反すうは主に抑うつとの関連で研究されてきたが,心配は主に不安との関連で研究されてきた点で異なる.

6. モデルケース

Aさんは,仕事で些細なミスをした.以降,日常生活で仕事のミスに関する考えが自然と頭に浮かび(受動的な思考),ミスについて何度も繰り返し考えてしまったり(反復思考),ミスの事に注意が集中し他のことへの注意が散漫となったりした(注意の焦点化).考えるのをやめようとしても,考えは勝手に浮かび上がり,状況に応じた思考の制御が困難な状態になった.

Ⅳ. 考察

反すうの概念分析によって示された結果をもとに,4つの視点から反すうの概念を看護実践に用いることの有用性を考察する.

1つ目の視点は,反すうにより思考の制御が困難となる点である.人が反すうにより自分の思考のコントロールが出来なくなることは,本来の自分を見失い,自分が自分として生きる尊厳が脅かされる状態になる.つまり,反すうへの看護実践は看護の対象となる人々の尊厳を維持していくための重要なケアであると言える.

2つ目の視点は,反すうによって身体的健康の悪化が生じる点である.反すうは,精神的苦痛などにより生じ,精神的・身体的健康へ悪影響を及ぼしていた.つまり,心身相関により身体的健康の悪化を引き起こす反すうへの看護実践は,精神のみならず身体的健康の保持に貢献しうると言える.

3つ目の視点は,個人の特性が反すうに影響する点である.反すうを生じさせるストレスや苦痛といった状況は避けることが出来ない.しかし,反すうの出現に影響する【客観視の不足】や【注意の調節困難】は改善が可能である.今後,看護学領域に反すうの概念が取り上げられることで,反すうに着目した新しい視点の看護支援が行われ,看護の対象となる人の健康援助の幅が広がることが期待できる.

4つ目は,反すうの有するポジティブな側面である.反すうは,精神的・身体的健康への悪影響のみならず,〈出来事からの立ち直り〉といった適応的側面を促進しうることが明らかになった.つまり,反すうを制御することは困難ではあるが,思考により自己の体験に適応的意味を見出し,回復,成長しうる可能性が示唆された.

以上より,看護実践に反すうの概念を用いることは有用であると考える.

Ⅴ. 研究の限界と今後の課題

概念分析の結果,反すうにより生じる帰結や先行要件が明らかにされ,看護実践への有用性が示された.本研究では18歳以上を対象者としている.今後は18歳以下を対象者とした反すうについて検討することが課題である.

謝辞:本研究は,JSPS KAKENHI Grant Number JP19K19781の助成を受けて行った研究の一部である.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:MEは研究の着想,デザイン,文献の収集,分析,解釈,論文作成の研究プロセス全てを主導し執筆した.HKは研究プロセスへの助言,分析と考察に関与し,全ての著者が最終原稿を確認し承認した.

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