日本看護科学会誌
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原著
地域で生活を継続する統合失調症を持つ者の回復の経験
今野 浩之大森 純子
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2021 年 41 巻 p. 772-779

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Abstract

本研究は,地域で生活を継続する統合失調症を持つ者の回復とはどのような経験であるかを明らかにすることを目的とした.Giorgiが提唱する現象学的アプローチを参考に,統合失調症を持つ者5名を対象に分析した.

結果,統合失調症を持つ者の回復の経験とは『他者の理解の中だけにある未知の自分の存在を認知する』であり,未知の自分に対し,過去から現在までの連続の中で自分が認識できている既知の自分を見定めながら『未知の自分と既知の自分を共存させる』ことであった.未知の自分と既知の自分を共存させ続けるためには『既知の自分を維持・強化し続ける』ことが必要であった.統合失調症を持つ者の回復の経験は,未知の自分とそれに対応する既知の自分との因縁の不可分な関係によって生じ続け,今も持続的に経験されていた.

既知の自分を蓄積することは,自己同一性の再構築であると考えられ,今も継続しているものであると推察された.

Translated Abstract

The objective of this study was to elucidate the experience of recovery among schizophrenics who continue to live in a local community. Five schizophrenics were analyzed using the phenomenological approach advocated by Giorgi.

Results showed that the schizophrenics’ experience of recovery was one in which they were able to “recognize a previously unknown self that had only existed in the understanding of others” and in which, in contrast to their unknown self, they ascertained the known self that they had continuously recognized from the past until the present and realized that “the unknown and the known selves co-exist.” To ensure that the unknown and the known selves continue to co-exist, it is necessary to “maintain and reinforce the known self.” The experience of recovery from schizophrenia may be described an ongoing process because of the inextricable connection between the unknown self and the known self.

The accumulation of known selves is believed to lead to a reconstruction of self-identity, and thus this process is assumed to be ongoing.

Ⅰ. はじめに

2016年12月現在,生活訓練,就労移行支援,就労継続支援B型・A型等の障害福祉サービスを利用している精神障害者は19.2万人に上り,長期入院をしていた精神障害者の地域移行は着実に進み,今後も増加する見込みである(厚生労働省,2018).

精神障害の中でも統合失調症は入院患者の中で最も多い疾患であり(患者調査,2017),当事者に着目した研究は多く報告されている.統合失調症を発症後“病といかに向き合うか,どのように捉えているのか”(松田,2018)ということを前提に,発症直後の主観的体験の意味を探究する報告(藤本・川口,2008),入院中の思い(高橋,2016),退院時の課題や生活変化(黒髪,2013鷺ら,2018),地域生活とQOL(田井,2008)等,発病から入院中,退院後に地域で生活する当事者を対象とした研究が散見される.さらに,精神科デイケア・就労への思い(木村,2019芽原ら,2009)等の日中の居場所や社会参加に関する報告(糸島・井上,2017),病を持ちながら生きるライフストーリー(寺澤,2019)等も見られ,これらの統合失調症を持つ当事者に着目した報告の系統は,精神障害がある当事者全体の経験のレビュー(松田,2018)と類似している.

一方,統合失調症を持つ者が地域で生活を続けることを描く共通のモデルストーリーが見出されていくことで,当事者の実情からかけ離れた,社会にとって受け入れ可能な融和路線(松田,2018栄,2016)となってしまう危険性が指摘されている.当事者の経験への接近の1つとして,専門職の立場から健康障害を有する者を当事者として理解する重要性(萬谷,2020)が述べられている.支援の基本的前提は,障害がある当事者の人生観や価値観,人生や生きざまに焦点を当て,より深く理解していくこと(萬谷,2020)であり,当事者の経験を深く理解することが支援の質を上げ,支援の効果を高めることが強調されている.当事者に関する研究は何かを“変える”のではなく,変える手前にある“知る”研究であり,知ることと変えることは相互に循環している(熊谷,2015).

他方,地域生活を継続する上で,精神科領域で取り上げられている回復(Recovery)という概念がある.日本では2000年頃から周知されはじめ,治療の客観的指標(Liberman & Kopelowicz, 2002, 2005)の臨床的な意味合いだけではなく,個人の主観的な視点,例えばAnthonyは回復を「人生における新たな意味と目的を見つけること(Anthony, 1993)」と定義している.また,田中(2010)は,「精神疾患からもたらされる破局的な状況を乗り越えて成長すること」と定義し,Leamy(Leamy et al., 2011)はシステマティックレビューの中で,社会全体や地域,他者との関係性について記述している.精神科領域で用いられる回復の意味は用いられる状況によって異なり,多様である.

本研究では,地域での生活を続けるために,回復という主要概念に着目し,地域で生活を継続する統合失調症を持つ者の回復とはどのような経験であるかを明らかにすることを目的とした.本研究の意義は統合失調症を持つ者のナラティブな語りをもとに回復のリアリティに接近すること,つまり,回復の経験の意味を捉え直すことである.本研究によって,地域で生活を続ける統合失調症を持つ者の理解を深め,当事者のQOL向上への基礎的資料を得ることができる.

Ⅱ. 研究方法

研究デザインは現象学的研究とした.現象学的研究とは,事象そのものへ立ち帰ること(松葉・西村,2014)である.つまり,日常それと気づくことのない経験の深層(榊原,2017)にまで遡り,その現象を描き出し,個人の心理状態の背景にある複数の文脈とその構造を取り出すことである(松葉・西村,2014).

本研究では,現象学的研究の中で,Giorgiが提唱する現象学的アプローチ(Giorgi, 2009/2013)を参考とした.GiorgiはHusserlとMerleau-Pontyを哲学的基盤として支持している.統合失調症を持ちながら社会で生活を営むこと(文化的背景,時間性,他者との関係性等)を前提とするHusserlの生活世界(武田,1988),幻聴や妄想など病の経験を前提とするMerleau-Pontyの身体的に媒介される感覚的経験(鷲田,2003)は,統合失調症を持つ者の経験に接近するアプローチとして適切であると考えた.

1. 用語の操作的定義

回復:本研究では,個人の主観的な視点とする回復に着目しながらも,地域社会や共同体における回復の経験を明らかにするために,先行研究(Anthony, 1993Leamy et al., 2011田中,2010)を参考にし,「精神疾患がもたらす破局的な状況の中から,地域社会・共同体・他者とのつながりによって,自己の生きる手立てを見出すこと」と定義した.

2. 研究参加者の選定

地域で生活を継続しながら,精神科デイケアおよび就労継続支援B型事業を利用する者を対象とした.ICD-10国際疾病分類第10版F20統合失調症の診断を受けた者で,直近の5年間に入院歴が無く,精神障害者保健福祉手帳1~3級を所持し,回復の客観的指標であるLiberman(Liberman & Kopelowicz, 2002, 2005)の回復の定義①精神症状の安定②就労の継続(社会参加)③日常生活の維持④社会的な人間関係継続の4項目全て2年以上保ち,会話による意思疎通が可能で意思決定能力があり,成年後見制度を利用していない者を対象とした.認知症および知的障害の診断を受けている者は対象外とした.

3. データ収集方法

データ収集期間は2016年12月~2021年3月であった.X地域の精神科デイケアと就労継続支援B型事業の管理者及び精神保健福祉士(以下:管理者等)に本研究の目的を伝え,承諾が得られた施設の活動へ定期的に参加した.研究参加者の選定基準に合う者に対し研究者または管理者等から声をかけ,同意が得られた者にインタビュー調査を実施した.

インタビューは研究参加者が希望するプライバシーの守られる場所で実施した.研究参加者の精神的身体的負担を考慮し,1回あたりのインタビュー時間は30~60分で行った.研究参加者の同意を得た上で,ICレコーダーへの録音および筆記による記録をとった.インタビュー内容は,回復の定義(Anthony, 1993Leamy et al., 2011)を参考に,地域における精神科デイケアや就労継続支援B型事業を利用しながら生活を続けている現在の生活のこと,発病時や発病前のこと,他者との関係性,病気に対する思い等を自由に語ってもらった.地域社会や共同体(コミュニティ)の中での関係性,個人の経時的な経験を語ってもらうことで,研究参加者のリアリティに接近できると考えた.

4. 分析の手順

Giorgiの現象学的アプローチは,複数人のデータを対象とし,想定,仮説,理論などの故意的なものや所与ではない要因を取り上げず,データに提示されることのみに基づき記述を行う.本研究では,研究参加者各々の語りを叙述で示し,その後,複数の叙述を比較検討しながら,統合失調症を持つ者の回復の経験に接近していった.具体的な分析手順を以下に示す.

1) 研究参加者の叙述

逐語録を発病前,発病時,発病後から現在に至るまでの経過,社会文化的背景の文脈を把握できるよう繰り返し読み込み,意味単位ごとに叙述を生成した.叙述を生成する際は,意味単位に含まれる内容が他者にとって了解可能なものとなるよう洗練させた.研究参加者各々の語りの内容全てを叙述した.

2) 全体共通テーマの分析

研究参加者の意味単位を元に,生成した叙述と語りのデータを行き来しながら,構成要素を同定し,相互の関係性を考えながら共通するテーマを検討していった.

5. 真実性の確保

研究者はインタビュー開始の数ヵ月前から,フィールド活動に参加し,施設スタッフおよび研究参加者との関係性を築いた.研究参加者に複数回インタビューを行う際,内容を視覚的に捉えやすいよう,前回インタビューの内容を図示しながら口頭で説明を加えた.新たな分析の視点は研究結果に反映させ,メンバーチェックを重ねた.分析過程では,研究結果が研究者の偏見や歪みの影響を受けていないか,質的研究に精通した研究者のスーパーバイズを受けた.

6. 倫理的配慮

研究参加者には,研究の目的,方法,プライバシーの保護,研究参加および研究途中の中断も自由であることを口頭と文書にて説明を行い,同意を得た.特に,インタビュー実施中の研究参加者の感情の変化や疲労,ストレスの負荷に留意し研究参加者の様子に配慮した.インタビューで研究参加者の精神的な状況を観察し,施設管理者と連絡を密にし,フォロー体制を整えた.本研究は東北大学大学院医学系研究科倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号2016-1-479).

Ⅲ. 結果

1. 研究参加者の概要

研究参加者は,統合失調症と診断されている40~70歳代までの男性3名,女性2名の計5名(A~E)であった.発病時期は20~30歳代で,全員に1~4回の入院歴があり,精神科デイケアを利用していた者は4名,就労継続支援B型事業を利用していた者は3名であった(重複あり).一人暮らしが4名,家族と同居が1名であった.インタビューは1人あたり3~5回実施,インタビュー時間の平均(合計)は119分であった.

2. 統合失調症を持つ者の回復の経験(図1

発病時や症状悪化時,自分では認識することができなかった自分自身が振舞った体裁,つまり未知の自分の存在があった.『他者の理解の中だけにある未知の自分の存在を認知する』ことは,自分自身に起こったこと,あるいは今後自分に起こりうる可能性がある出来事を受け入れることであった.未知の自分に対し,過去から現在までの連続の中で自覚できている既知の自分を見定めながら『未知の自分と既知の自分を共存させる』ことで,未知の自分に陥ることを遠ざけていた.さらに未知の自分を認知し,既知の自分を共存させ続けることは,未知の自分の存在を否定せず,自分のこととして受け止めることに連関していた.また,未知の自分と既知の自分を共存させ続けるためには『既知の自分を維持・強化し続ける』ことが必要であった.統合失調症を持つ者の回復の経験は,未知の自分とそれに対応する既知の自分との因縁の不可分な関係によって生じ続け,今も持続的に経験されていた.

図1 

地域で生活を継続する統合失調症を持つ者の回復の経験

以下,テーマは『 』,サブテーマは〈 〉,研究参加者による語りのデータは「 」で示し,研究参加者各々の語りは斜線で示した.また,斜線内の( )内は補足事項を示した.なお,語りは,テーマを象徴的に示すものを抜粋した.

1) 『他者の理解の中だけにある未知の自分の存在を認知する』

未知の自分とは,発病時または精神症状の悪化の際,自分では認識できない自分自身が周囲に振る舞った体裁そのものであった.他者が理解している自分に関する情報のみによって〈発病・症状悪化時の自分の体裁を後づけの記憶として上書きする〉ことができ,他者によって埋め合わされた記憶は〈容認し難い出来事を自分の事として受け入れる〉ことであった.それは,未知の自分の存在を認知することであった.

(1) 〈発病・症状悪化時の自分の体裁を後づけの記憶として上書きする〉

幻聴に振り回され1人で新幹線に乗り都市部へ行ったこと,家族に暴力をふるったことなど「聞いた話で」「~だったらしい」と,他者の理解している情報で,自分の記憶を上書きしていた.

姉から聞いた話で「東京に迎えに行ったの覚えてるか?」って.看護師さんもついてきてくださって,でそのまま連れ帰られたんだけど「なんで迎えに来た?」って(私が)言ったんだって(A氏).

追加の錠剤どんどん飲んじゃって,意識無くして(その時のこと)覚えてなくて,家の仏壇ぶっ壊しちゃったらしくて.2回目の入院の時は,親と揉めて,親父をぶん殴っちゃったらしいんですよ(D氏).

(2) 〈容認し難い出来事を自分に起きた事として受け入れる〉

「今は冷静になれるけど」と語られたことから,発病時や症状悪化時を振り返り,他者が理解している自分の体裁について〈容認し難い出来事を自分に起きた事として受け入れる〉ことができ,未知の自分の存在を認知できていた.

大家さんに「気が触れているんじゃないのか」なんて言われたことがあって…大家さんが悪い訳じゃなくても,私が(思っていなくても)そういう行動してたんだなって,思います.今は冷静になれるけど,その時は,ほんとにもう,訳の分からないような状態でした(C氏).

2) 『未知の自分と既知の自分を共存させる』

既知の自分とは,過去から現在までの連続の中で自覚しているまたは自覚できる自分自身のことであった.発病から何年経過しても,未知の自分は自己の中に存在し続け〈未知の自分が火種となった破壊的な感覚を突きつけられる〉ことがあった.また,今も〈自分事と他人事から未知の自分の気配を毎日感じている〉ことがあった.未知の自分の存在に今も苦しめられながらも,2度と未知の自分に陥らないよう〈毎日のルーティン行動で既知の自分に踏みとどまる〉ことを行い〈未知の自分へ陥るきっかけを自身の心算で遠ざける〉という,既知の自分で対処していた.

(1) 〈未知の自分が火種となった破壊的な感覚を突きつけられる〉

発病後,未知の自分の存在が火種となり,自分が意図していなかった精神科病院への入院という状況に抗おうと,もがき続けたが,自分の力ではどうすることもできなかった.この時突きつけられた「絶望感」「孤独感」「人生終わった感」という破壊的なまでの感覚は,既知の自分の経験として身体に刻まれ,過去の出来事として終わらず,「今も夢見るんですけど」と,今も時々心に湧き上がり,自分自身を苦しめていた.

なんかもう絶望的っていうか,どうもしようもない,退院できない.入院が3年半か4年ぐらいになって.自由も奪われるし….先生に土下座までして(退院させてくれって)お願いして….長かったね.なんだろう,なんか神経も麻痺してしまうみたいな感じがしましたね…(D氏).

気が付いたら,檻の中.精神科の個室….拘束されて….ああ,俺の人生は終わったと,俺は生きてたってしょうがないんだって….(E氏).

辛かったのは,入院が長かったことかな.だから孤独だった….自由にならなくて,それが一番つらかったことかな.その時のこと,今でも夢見るんですけど(A氏).

(2) 〈自分事と他人事から未知の自分の気配を毎日感じている〉

自分事とは,幻聴や不眠など自分の身体に現れる症状であり,未知の自分がもたらす既知の事実でもあった.他人事とは,同じ疾患を持つ他者の振る舞いそのものであった.自分事と他人事から未知の自分の存在を感じていた.

最近気づいたのが,台所の冷蔵庫の音,冷蔵庫を開けると,(幻聴も)治まるっていう.あとはよっぽど疲れている時だと,いつの間にか聞こえてくる感じです(B氏).

(デイケアの中で),普通の人(普通そうに見える人)見てて,声,大きな声あげてる子いるでしょ.ああ,やっぱり幻聴聞こえてるんだなって.幻聴聞こえることに対して反発してるから,その気持ちよく分かるんだけど,まだ幻聴って分かってないっていうか,そうなんだろうね(A氏).

(3) 〈毎日のルーティン行動で既知の自分に踏みとどまる〉

自分の体調が不調をきたし,未知の自分に陥る兆しを感じた時,どうすれば踏みとどまれるかということを経験的に把握していた.通常の生活から逸脱してしまう体調の変化,つまり,日常と逸脱(再発や症状悪化の状態)の境界線を把握していた.

寝ると精神的に落ち着くから.あと薬飲めば安定してくるから.だからいつも疲れたなって言ったらもう休む.それを優先にして.寝てる時ももったいないなと思うけど….それが必要だから(A氏).

休んでリズムを崩すのも怖いっていう,急に休みが入るとリズムが崩れる感じで.その時間に起きて,8時に出勤しなきゃいけないですからね(B氏).

(4) 〈未知の自分へ陥るきっかけを自身の心算で遠ざける〉

日常の中で,体調を崩す状況に陥ることを自ら遠ざけることができていた.特に負担を感じるのは他者との人間関係であった.今日1日,1度だけの他者との関わりによって心身のバランスを崩してしまい,日常生活へ支障をきたすことになれば,生活そのものが破綻してしまうことを理解していた.

やっぱりその,あの人がこの人がって(他の)利用者にされても嫌だと思って.だから,わたしはなるべく,もうここ(デイケア)はここだけの世界(だと思っている)(C氏).

3) 『既知の自分を維持・強化し続ける』

試行錯誤しながら,確かな自分を積み重ね,今の生活を維持することに力を注いでいた.それは,自分にとって確実なことを少しでも増やそうと〈既知の自分を試行錯誤で確かめ続ける〉ことであった.また,既知の自分を維持するためには〈伴走者の存在によって気負わない自分で居続けられる〉ことが必要であった.既知の自分を積み重ね,更に強化していた.

(1) 〈既知の自分を試行錯誤で確かめ続ける〉

既知の自分が揺るぎないものでは無いことを自覚していた.しかし,毎日の生活を平穏に過ごすために,自分にとって確実なものを少しでも増やそうと既知の自分を日々確かめ続けていた.

薬止めて.2,3年は勤まるけど.気持ちがだるくなったり,神経が過敏になったり.おかしくなっちゃう行動がね.薬飲まないとだめなのね(E氏).

朝起きて,ご飯食べて,デイケアに来てみんなとお話したり,プログラム参加したり.たまに,ドンと落ち込むこともあるけど…また戻って(A氏).

(2) 〈伴走者の存在によって気負わない自分で居続けられる〉

今の生活を送れるようになるまで,自分1人の力で辿りつくことはできなかった.伴走者となる家族や友人,施設スタッフ等の存在が既知の自分を強化していた.

姉からは,とにかく今のことを考えて,将来のことはあんまり考えないでって.たまにチクチクと,昨日も言われたけど(笑).あとはここ(デイケア)のスタッフにもいろいろと感謝してる(A氏).

今の大家さん(アパート)貸してくれたんです.市役所のほうの担当の人の口添えもずいぶんあって,そんなふうにして協力してくれる人たち増えたと思います(C氏).

Ⅳ. 考察

1. 未知の自分という存在の認知

統合失調症を持つ者が体験した発病時や精神症状悪化時の未知の自分とはどのような存在であったのであろうか.客観的には,精神症状の急性期において,ある期間と場所での出来事に関するエピソード記憶,時間や場所に依存しない事実や知識に関する意味記憶が欠如している状態(小松,1998)であると言える.また大辞林では,認知とは「あるものの存在を疑いのない事実として認めること」であり,認識とは「物事の本質を十分に理解し,そのものと他のものをはっきりと見分けること」と記されている.後に,他者の理解の中にある情報によって未知の自分の存在を認知することはできたが,その状況に陥った自分自身の行動や言動を判断できる認識までには至っていなかった.未知の自分を認知するとは,医学的に見ればその疾患に対する病識を持つことであるといえよう.統合失調症において,病識の欠如はもっとも観察される所見の一つ(池淵,2004)と言われ,自己の病的体験を客観的に見る機能がうまく働いていないこと(Hoffman & McGlashan, 1994),現実に対する検討能力が乏しいうえに著しい妄想があると現実検討の過程がうまく機能しないこと(Beck et al., 2004)が報告されている.一方,統合失調症の病識とは,自己の病的体験に対し実際に起こったことであると捉えるのではなく,病気と関連づけて客観視できること(菅原・森,2011)と述べられており,自分に起こった事実を認知できることは,自分を客観視できることであると考えられる.

2. 既知の自分の蓄積と自己同一性の再構築

本研究の結果から,既知の自分とは,過去から現在までの連続の中で自覚しているまたは自覚できる自分自身のことであった.また,既知の自分の蓄積とは「既知の自分を維持・強化し続ける」ために〈既知の自分を試行錯誤で確かめ続ける〉中で,日々積み上げられてきた自己であり,常に変化し続けてきたものであるといえる.つまり,既知の自分の蓄積とは自己同一性(Erikson, 1959/2011)の再構築であると考えられる.統合失調症の多くは,自己同一性を確立する10代後半から20代前半の青年期に発症する.木村は統合失調症における急性期の病理体験を「自己の成立不全」(木村,1994)と述べ,一定の自己を見出せぬままに常に周囲に翻弄されている状態(広沢,2018)と指摘しているが,本研究で示された回復の経験はその状況に抗うことであろう.

自己同一性には,内面的な同一性の他に,社会的な承認による同一性(Erikson, 1959/2011)があると言われている.社会的な承認による同一性は,家族や施設のスタッフの関わり,精神科デイケア等のコミュニティ内の関係性によって培われていたと考えられる.一方,地域社会のコミュニティ内での人間関係によって,統合失調症を持つ者は精神のバランスを崩すこともあり,自己同一性が揺らぐ要因にもなっていた.そのような状況下でも,必死で自らを立て直そうと,多くの局面で試行錯誤を繰り返し,既知の自分を変化させようとする姿勢は,自己同一性の再構築そのものであり,今も継続していると推察される.

3. 統合失調症を持つ者の回復の経験の特徴

本研究で示された3つのテーマの発生順は『他者の理解の中だけにある未知の自分の存在を認知する』こと,次に『未知の自分と既知の自分を共存させる』こと,最後に『既知の自分を維持・強化し続ける』ことであった.順序性がある一方,今現在も全ての現象を同時に経験し続けていることは,統合失調症を持つ者の回復の経験の1つの特徴であると考える.

他方,統合失調症の回復期には,感情の平板化,他者とのコミュニケーションの減少,注意・集中力の低下,判断力の低下等の陰性症状や認知機能障害の一部が遷延すると言われている(佐伯,2016).本研究における研究参加者も統合失調症の症状の表出の度合いは個々に多様であった.水野(2017)は,統合失調症の中核症状がその人を圧倒する勢いを持つように見られるが,彼らは現実的な目標や希望をもち,模索しながら努力している,と述べている.本研究で明らかになった回復の経験も,表出されている統合失調症の症状に関わらず,経験されている可能性がある.つまり,統合失調症を持つ者の回復の経験は,陰性症状や認知機能障害が表立って現れている者,精神症状が安定し,一見すると陰性症状や認知機能障害が現れていないように見える者,という外見だけでは判断できない経験として捉える必要があると考えられる.

Ⅴ. 看護実践への示唆

本研究では地域で生活を継続する統合失調症を持つ者の回復の経験を現象学的な視点で明らかにすることができた.統合失調症を持つ者が地域での生活を継続するために,専門職という支援する立場においては,研究参加者に近い存在として一緒に伴走し続けてきた親,兄弟,子ども等の家族という伴走者に関わることは,家族自体の心の安定の維持,統合失調症を持つ者の社会的な承認による自己同一性を支持する存在を支援することに繋がる.

また,専門職も伴走者になりうる存在として,地域での生活を継続する統合失調症を持つ者,各々の経験に立ち戻り,当事者の経験を知ろうとすること,発病からの経過年数,表出されている精神症状に関わらず,統合失調症を持つ者1人1人の回復の経験を評価していくことは,アセスメントの視点として重要であることが示唆された.

Ⅵ. 結論

統合失調症を持つ者の回復の経験とは『他者の理解の中だけにある未知の自分の存在を認知する』であり,発病や精神症状悪化時の未知の自分に対し,過去から現在までの連続の中で今自分が認識できている既知の自分を見定めながら『未知の自分と既知の自分を共存させる』ことであった.未知の自分と既知の自分を共存させ続けるためには『既知の自分を維持・強化し続ける』ことが必要であった.統合失調症を持つ者の回復の経験は,未知の自分とそれに対応する既知の自分との因縁の不可分な関係によって生じ続け,今も持続的に経験されていた.日々積み重ねてきた既知の自分とは,自己同一性の再構築であると考えられ,今も継続しているものであると推察される.

統合失調症を持つ者が,地域での生活を継続するために,専門職として当事者の伴走者となる家族等への支援,地域における社会資源を利用する統合失調症を持つ者1人1人の経験に立ち戻り,評価していくことは重要である.

Ⅶ. 本研究の限界と今後の課題

対象フィールドの地域の文化的背景,その地域に暮らす人々の価値観が影響していたことは否めない.異なる状況下にある統合失調症を持つ者に,本研究結果をあてはめるには限界がある.今回の研究結果をベースにし,統合失調症を持つ者の回復の経験の現象がこの範疇に留まるのか,または他の視点があるかについては今後更に探求していく必要がある.

付記:本研究は東北大学大学院医学系研究科に提出した博士論文に加筆修正したものである.

謝辞:長期にわたってインタビューにご協力頂いた研究参加者の皆様,施設職員の皆様に深く感謝いたします.また,分析にあたり,ご助言頂いた東北大学大学院医学系研究科の先生方,大学院生の皆様に心より感謝申し上げます.本研究はJSPS科研費(課題番号:19K19766,研究代表者:今野浩之)の助成を得て遂行した研究の一部である.

利益相反:本研究に利益相反はない.

著者資格:HKは研究全体の構想,研究計画作成と実施,データの分析,研究論文の執筆を担った.JOは研究計画,実施,データ分析,研究論文の執筆にあたり,研究プロセス全体への助言を行った.

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