目的:認知症専門病院を受診・入院している認知症高齢者の家族介護者が行う行動・心理症状への対応を明らかにする.
方法:認知症高齢者を介護する家族介護者16名に半構造化面接を実施し,Elo & Kyngäs(2008)の質的内容分析を行った.
結果:【被介護者への抑えられない叱責】【被介護者に対する行動制限】などの16カテゴリーから構成される《BPSDへの対応の模索》《発展的対応》《抑圧的対応》《孤立をもたらす対応》の4つのテーマが得られた.家族介護者は周囲の人と効果的な対応を共有し,介護のコツを獲得するといった《発展的対応》と,叱責,制限といった《抑圧的対応》の両方を行っていた.【周囲に被介護者のことを隠秘】し,自己犠牲を払って《孤立をもたらす対応》に至る場合もあった.
結論:被介護者の尊厳を傷つける可能性のある《抑圧的対応》に関して,適切なサポートを行うことで,虐待や孤立を予防できる可能性がある.
Purpose: To clarify family caregivers’ responses to behavioral and psychological symptoms of older people with dementia who are outpatients or hospitalized at hospitals specializing in dementia.
Methods: We conducted semi-structured interviews with 16 family caregivers of older people with dementia. The method described by Elo and Kyngäs (2008) was used for qualitative content analysis of the data obtained via the interview.
Results: The analysis identified four themes: «exploration for responses to BPSD», «developmental responses», «oppressive responses», and «responses leading to isolation». These themes were composed of 16 categories, including [uncontrollable reprimands to the caregiver] and [restraint on care recipient’ activities]. Family caregivers’ responses included both «developmental responses», such as [acquisition of tips on caregiving for the care recipient] by sharing effective responses with people around them, and «oppressive responses», such as rebuke, restraint. «responses leading to isolation» were observed in some cases in which [the care recipient was kept secret from people around the family] and caregiving involved self-sacrifice.
Conclusion: Appropriate support for family caregivers with regard to «oppressive responses», which can violate care recipients’ dignity, should prevent abuse and isolation.
WHO(2021)は,世界中で約5,500万人が認知症であることから,認知症を公衆衛生上の優先課題としている.日本は国際連合加盟国の中で高齢化率が最も高く(United Nation, 2019),認知症高齢者の数も増加している.認知症高齢者の約9割に行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;以下,BPSD)が出現すると言われている(Anand et al., 2018;Cerejeira et al., 2012).特に過活動性のBPSDは,家族介護者に苦痛(Chunga et al., 2020),家族関係の悪化などの感情的負担(Oh et al., 2020;Wang et al., 2019;Serra et al., 2018;Feast et al., 2016)などを引き起こし,虐待(Wang et al., 2019;Kishimoto et al., 2013)につながる危険性がある.
認知症高齢者への虐待に関する研究においては,虐待(Wang et al., 2019;Kishimoto et al., 2013),マルトリートメント(U. S. Department of Health & Human Services, 2021;Rivera-Navarro & Contador, 2019)は臨床上同義語として用いられている.近年,研究が行われている潜在的有害行動は,家族介護者が被介護者を傷つける,または傷つける可能性のある行為(Williamson & Shaffer, 2001)と説明されるもので,Toda et al.(2018)による日本の認知症高齢者と家族介護者133組を対象にした調査では,家族介護者の半数が潜在的有害行動を行っていたと示されている.さらに,BPSDの発生時に家族介護者が認知症高齢者の虐待を正当化しやすいこと(Rivera-Navarro & Contador, 2019)や,虐待自体を自覚していないことがわかっており(矢吹ら,2016),虐待に関する普及・啓発やサポートが課題といえる.日本では,高齢者虐待防止法(e-Gov, 2018)の施行に伴い身体的,心理的,介護等の放棄・放任,性的,経済的虐待が定義され(厚生労働省,2018b),認知症に関する知識や介護方法の周知・啓発や,介護者が地域で孤立しないよう見守るなど,虐待に対する取り組みが推進されている(厚生労働省,2018a;2021).一方で,家族介護者による暴言・暴力などの虐待があることも明らかになっており(厚生労働省,2018b;Yan, 2014),認知症高齢者への虐待は重大な社会問題といえる.
虐待は,信頼が期待される関係の中で発生する単一または繰り返しの行為であり(WHO, 2021),不適切なケアの連続線上に虐待が発生することがわかっている(柴尾,2008;吉川,2010).近年の研究では,準虐待(任,2014),不適切ケア(横山,2020;柴尾,2008),グレーゾーン(吉川,2010;柴尾,2008)といった虐待には至らないが被介護者に不利益がある可能性が高い状況を示す概念・用語が様々に用いられている.これらの高齢者虐待の定義に含まれていない不適切な対応などを虐待の前段階と捉えることができる.先行研究では,家族介護者が,認知症高齢者にサービスを強制的に利用させること,被介護者の言動に怒らずにはいられないこと(寺岡ら,2021)など,本人の自己選択や決定などの自律や役割の侵害に対する意識が低いことが明らかになっている(任,2014).Gilhooly et al.(2016)のメタレビューでは,家族介護者のストレスへの否定的な対処が,拒否や回避的対処などと関係していることが明らかにされている.家族介護者のBPSDなどに対する否定的・不適切な対応は,潜在化した虐待や将来的に虐待に発展する可能性があり,高齢者虐待防止法(e-Gov, 2018)の対象外になることからサポート体制に課題があるといえる.
以上,否定的・不適切な対応と虐待には連続性があること(柴尾,2008;吉川,2010),虐待についてデータ収集を行うことが難しいことから,BPSDの対応に苦慮し,否定的・不適切な対応をとった経験があると予測される家族介護者が行った対応を明らかにすることが必要である.本研究では認知症専門病院を受診・入院している認知症高齢者の家族介護者が行うBPSDへの対応を明らかにすることを目的とした.本研究から虐待の前段階にある家族介護者の特徴と虐待,孤立を抑止するための実践への示唆が得られることが期待できる.
質的記述的研究
2. 研究対象首都圏の認知症専門病院3施設を受診・入院している認知症高齢者の家族介護者を研究参加者とした.選定基準として,認知症高齢者を中心的に介護していること,被介護者が認知症の診断を受け,BPSDがあることとした.在宅での介護を遡及して語ってもらうため,体験の想起が可能な期間と考え,入院の場合には,3ヵ月以内とした.また,先行研究で在宅介護の負担の重さが指摘されている(Kajiwara et al., 2018)ため,在宅と入院中の介護では,介護の質が異なると判断し,本研究では上記の選定基準に沿った合目的的サンプリングを行った.
3. 調査方法2017年7月~2018年2月を調査期間として,参加者に半構造化面接とNPI-Brief Questionnaire Form日本語版(松本ら,2006)を用いて,精神症状の重症度(以下,NPI-Q),家族介護者の負担度(以下,NPI-D)を測定した.面接は被介護者のBPSDなどの症状や言動,それに対する否定的な気持ちや考え,どのように行動したか,介護によって得られたことやうまくいったことを含むインタビューガイドを用いて筆頭著者が行った.先行研究(寺岡ら,2021)から家族介護者は否定的な対応だけでなく,肯定的な対応に移行あるいは同時に行われることもあるため,両側面から質問した.面接・質問紙調査と合わせて1人1~2回60分程度とし,同意を得てICレコーダーに録音した.
4. 分析方法Elo & Kyngäs(2008)の方法により質的内容分析を行った.面接内容を逐語録にして熟読し,家族介護者のBPSDに対する気持ち,考え,それに対する行動に関する内容を抽出し,意味内容を検討してコード化し,類似性,相違性を比較検討しながら抽象度を上げ,家族介護者による認知症高齢者の認知機能の低下やBPSDの状態・状況による感情,思考,行動を対応としてサブカテゴリー,カテゴリーを抽出した.得られたカテゴリーを統合し,テーマとした.本論文は質的研究の評価基準Consolidated criteria for reporting qualitative research(COREQ)(Tong et al., 2007)を参照しつつ執筆した.分析過程においては老年・精神看護学の経験を有する研究者2名で討議を重ね,信頼性の担保に努めた.NPI-Qは記述統計値を算出した.
5. 倫理的配慮本研究は,慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科研究倫理審査委員会(承認番号:2017-07)の承認を得て実施した.研究協力施設の責任者・看護部長に,文書で研究への協力を依頼し,同意を得た.次に,研究協力施設の看護師などの研究調整者に研究参加者の条件に合致する家族介護者の選定と,研究者が外来・病棟などに訪問することの諾否の確認を依頼した.承諾が得られた研究参加者に対して,研究の目的と概要,調査協力の任意性,拒否・撤回の自由,研究参加に伴い生じうる不利益,個人情報の保護,結果の公表などについて文書と口頭で筆頭著者が説明し,同意書を交わした.インタビューの日時は研究参加者の希望に合わせて設定し,認知症高齢者がデイケアへの通所中や,認知症高齢者が同行する場合には事前に医療スタッフに観察を依頼して安全確保に努め,研究参加者が安心して語れる個室を準備した.面接では,介護場面を想起してもらうため,対象者の表情や話し方にも目を配り,精神的な動揺がある場合には,途中中断が可能であること,精神的な動揺が著しい場合には,医療従事者のサポートが得られるよう調整した.
研究参加者は16(男性6,女性10)名,平均年齢は60.6(SD15.7)歳,続柄は子供8(息子5,娘3)名が最も多かった.平均介護時間は55.6(SD53.2)時間/1週間,平均介護期間は3.7(SD2.2)年だった.被介護者は16(男性8,女性8)名,平均年齢は83.1(SD4.4)歳,全員がアルツハイマー型認知症だった(1名は脳血管性認知症と合併)(表1).NPI-D合計平均値は29.1点,NPI-Q合計平均値は21.2点だった.NPI-D平均値は易刺激性が4.3(SD1.0)点,NPI-Q平均値は易刺激性が2.6(SD0.7)点と最も高かった(表2).
項目 | n(%) | |
---|---|---|
【家族介護者】 | ||
年齢 | ||
30代 | 1(6.3) | |
40代 | 3(18.7) | |
50代 | 5(31.2) | |
60代 | 1(6.3) | |
70代 | 4(25.0) | |
80代 | 2(12.5) | |
性別 | ||
男性 | 6(37.5) | |
女性 | 10(62.5) | |
続柄 | ||
配偶者妻 | 5(31.2) | |
子供息子 | 5(31.2) | |
娘 | 3(18.8) | |
息子の妻 | 2(12.5) | |
弟 | 1(6.3) | |
就労 | ||
あり | 9(56.3) | |
なし | 7(43.7) | |
介護時間(1週間) | ||
90時間未満 | 10(62.5) | |
90時間以上 | 6(37.5) | |
介護期間 | ||
5年未満 | 8(50.0) | |
5年以上 | 8(50.0) | |
【被介護者】 | ||
年齢 | ||
70代 | 2(12.5) | |
80代 | 12(75.0) | |
90代 | 2(12.5) | |
性別 | ||
男性 | 8(50.0) | |
女性 | 8(50.0) | |
介護度 | ||
要介護1 | 7(43.8) | |
要介護2 | 4(25.0) | |
要介護3 | 3(18.8) | |
要介護4 | 1(6.2) | |
申請中 | 1(6.2) |
Symptom scale | NPI-D Mean(SD) | NPI-Q Mean(SD) |
---|---|---|
妄想 | 2.6(0.9) | 2.1(0.8) |
幻覚 | 2.5(1.2) | 1.8(0.8) |
興奮 | 3.3(1.3) | 2.3(0.7) |
うつ | 2.9(1.7) | 2.1(0.8) |
不安 | 3.0(1.9) | 2.3(0.8) |
多幸 | 2.2(1.9) | 1.5(0.8) |
無関心 | 2.4(1.6) | 2.1(0.5) |
脱抑制 | 3.4(1.7) | 2.1(0.6) |
易刺激性 | 4.3(1.0) | 2.6(0.7) |
異常行動 | 2.5(1.6) | 2.3(0.8) |
平均値合計 | 29.1/50点 | 21.2/30点 |
夜間行動 | 3.3(1.9) | 1.9(0.8) |
食行動 | 2.1(1.6) | 1.8(0.8) |
*NPI-D:家族介護者の負担度,6段階(0~50点)評価.
*NPI-Q:被介護者の精神症状の重症度,3段階(0~30点)評価.
*夜間行動,食行動以外の10項目の合計で評価.
*SD:standard deviation,標準偏差
分析の結果,16のカテゴリーから《BPSDへの対応の模索》《発展的対応》《抑圧的対応》《孤立をもたらす対応》の4つのテーマが得られた(表3).以下,テーマを《 》,カテゴリーを【 】,サブカテゴリーを[ ],語りを「 」で示し,各テーマについて述べる.
テーマ | カテゴリー | サブカテゴリー | 主なコード |
---|---|---|---|
BPSDへの対応の模索 | BPSDに対する解釈の模索 | 様子がおかしい理由を模索する | 元々の怒りっぽい性格が出てきたのかと思う 怒りを理性で抑えられなくなったのかと思う |
激しい症状に手がつけられない | 幻聴により突然怒り出すので手がつけられない 徘徊が始まったら家で看ることができない | ||
被介護者とのやりとりから病的と解釈する | 人の言ったことを悪意にとるので病的と思う すぐに怒るので普通ではないと思う | ||
BPSD悪化時の緊急的サポートの受用 | 緊急時には一時的に施設・病院を利用する | 暴れた時は一時的に病院に入院させる 一時的にショートスティを利用する | |
徘徊時には周囲の人の助けを受ける | 徘徊時には近所の人が助けてくれる 徘徊時には警察の手を借りる | ||
家族介護者・被介護者に合うサポートの模索 | 専門家から被介護者の症状の対応を学ぶ | サービスの拒否時の参加の促し方を学ぶ 看護師から介護者の怒りは被介護者に伝わることを学ぶ | |
被介護者に合うサポートを探す | 被介護者の介護拒否を外部のサービスで補う 暴言について地域包括支援センターへ相談する インターネットで調べる | ||
拒否によりサービスの利用を諦める | 帰宅願望が強いためサービスを利用できない 大声を出すのでサービスの利用を断られる | ||
発展的対応 | BPSDに対する理解の深化 | 被介護者の症状がわかるようになる | 言葉の意味がわからずに怒ることに気づく 病気が言わせていると思う |
穏やかに関わるとBPSDが増強しないことに気づく | 穏やかに関わると被介護者も穏やかになることに気づく 穏やかにサポートすると問題が起こらないことがわかる | ||
自分にかけられた疑念の釈明 | 自分にかけられた疑いを晴らす | 物がないと疑われるので知らないことを伝える 物をとったと疑われないように周囲の人に説明する | |
被介護者に対する介護のコツの獲得 | 被介護者に対する安全を工夫する | 危険が及ばないように看ている 症状を助長しないように被介護者のペースに合わせる 被介護者の反応から穏やかに対応することを学ぶ 興奮・妄想が強い時は意識を他に向ける | |
症状を落ち着かせるために一時的に距離を置く | 興奮や妄想が強い時は一時的に距離を置く 妄想を一歩引いてみる | ||
うまくいった対応を共有しながら代替案をもつ | 常同行為に対する代替案をもつ 家族のアドバイスから被介護者をおだててみる うまくいった対応を家族と共有し,笑顔を引き出す | ||
介護を続けるための調整 | 自分のための時間を捻出する | 時間がある時にボランティアをしている 家族に任せて友人と会う時間をつくる | |
家族と協力しながら負担を軽減する | 辛い時は自分の身体を休める 他の家族と役割分担をしながら看ている | ||
介護体験を肯定的に意味づける | 介護は自分のためになる 人の支えに感謝する | ||
抑圧的対応 | BPSDに対する敵対的解釈 | 他者への配慮ができない人と思う | 依頼すると怒るので配慮のできない人と思う 急に怒り出すので変な人と思う 被介護者に期待しないで諦める |
期待する言動と違うので怒りを感じる | 被介護者の無関心な態度に腹が立つ やってもらうのが当たり前の態度が嫌である | ||
被介護者に対する消失願望 | いなくなって欲しいと思う | 興奮状態になると死んでくれれば楽になると思う 本当は施設に入れたいが拒否が強い | |
被介護者への抑えられない叱責 | 抑えられずに怒りをぶつける | 言ってはいけないとわかっていても強く言う 良くないと思いつつも言いたいことを言って憂さ晴らしをする | |
被介護者に対する行動制限 | 興奮を抑えるために薬を多めに飲ませる | 夜間騒ぐ時は睡眠薬を足していく 興奮している時は薬を多めに飲ませる | |
医師に相談して被介護者の薬を強くする | 落ち着かない時は医師に相談して精神安定剤を強くしてもらう 被介護者の興奮を医者に相談すると薬が強くなる | ||
被介護者の安全を守るために言動を抑える | 夜間の徘徊を防ぐために玄関のドアノブを取る トラブルを防ぐために被介護者の物をすり替える 被介護者の嫌がる人の名前を出して言うことを聞かせる 強く言うことで記憶を定着させる | ||
被介護者に対する回避 | 変わった人と思って避ける | 急に怒り出すので変わった人と思って避ける 様子がおかしいので避けている | |
言っても聞かない時は関わらないようにする | あまり関わらないようにする 言っても聞かない時はそのままにする 言っても聞かない時は突き放す | ||
孤立をもたらす対応 | 周囲に対する期待の喪失 | 仕方なく自分が看ている | 他の家族が看ると被介護者と喧嘩になるので自分がやる 家族の協力が得られないので仕方なく看ている |
専門家の対応が悪いと感じる | 医師の対応が悪いので病院を変える 専門家の心無い言葉により話すのを止める | ||
語れない本音 | 自分の本音を語れない | 被介護者についての本音を語れない 第三者でなければ本音を語れない | |
被介護者の介護による自己犠牲 | 健康リスクを抱えながら介護している | 気に入らないと怒りだすのでストレスである 家族介護者自身の健康リスクを放置している 病院で治療を受けながら看ている | |
自分の生活を犠牲にしている | 夜間も被介護者の言動を看ているので睡眠不足になる 介護と他の役割との両立が大変である | ||
周囲に被介護者のことを隠秘 | 被介護者のことは話さないようにする | 根掘り葉掘り聞かれたくないので情報を流さない 家族に聞かれたくないので被介護者の話はしない | |
社会とのつながりを控える | 周囲の人に迷惑をかけないように家にこもる トラブルを避けるために人との付き合いを減らす |
このテーマは,家族介護者が被介護者のBPSDなどの言動に直面し,症状の理解や対応を模索し,緊急時にはサポートを受け入れることである.これは,【BPSDに対する解釈の模索】【BPSD悪化時の緊急的サポートの受用】【家族介護者・被介護者に合うサポートの探索】の3カテゴリーで構成された.家族介護者は,被介護者の[様子がおかしい理由を模索し],「前は理性で怒りが抑えられていたけど,元々そういう性格で,抑えられなくなっているのかと思う」(C介護者)のように【BPSDに対する解釈を模索】していた.また,被介護者が「薬局まで行くと『息子さんならわかってます』って言ってくれるので,その後,警察から僕に電話がかかってきます」(F介護者)のように[徘徊時には周囲人の助けを受ける]ことや,「暴れたので,その時は家族もいたので病院に入れた」(P介護者)のように【BPSD悪化時の緊急的サポートの受用】として,[緊急時には一時的に施設・病院を利用する]こともあった.【家族介護者・被介護者に合うサポートを模索】する家族介護者は,被介護者より「暴言が出るようになってきて(地域包括)支援センターへ相談に行った」(M介護者),「自分でインターネットを使って調べている」(I介護者)のように[被介護者に合うサポートを探し]ていた.一方,ショートスティなどの資源を試みるが「帰宅願望が強くてとてもやれるような状態ではなかった」(G介護者)と被介護者の[拒否によりサポートを諦める]こともあった.
2) 《発展的対応》このテーマは,被介護者の安全や効果的な対応を周囲の人と共有しながら介護のコツを掴むことや,自分自身と家族全体の生活を守るための対応を構築していくことである.これは,【BPSDに対する理解の深化】【自分にかけられた疑念の釈明】【被介護者に対する介護のコツの獲得】【介護を続けるための調整】の4カテゴリーで構成された.家族介護者は家族や専門家から助言を得ることで【BPSDに対する理解が深化】し,被介護者の妄想により【自分にかけられた疑念を釈明】することもあった.他にも,「奥さんのアドバイスで,デイサービスに行かない時は頭ごなしに言うよりもおだてたほうがいい時もあることがわかった」(K介護者)のように【被介護者に対する介護のコツを獲得】し,[穏やかに関わるとBPSDが増強しないことに気づく]ことや【介護を続けるための調整】をしていた.
3) 《抑圧的対応》このテーマは,家族介護者は被介護者に苛立って対立するだけでなく,何とかしたいという思いから被介護者の言動を抑えようとしていることである.これは,【BPSDに対する敵対的解釈】【被介護者に対する消失願望】【被介護者への抑えられない叱責】【被介護者に対する行動制限】【被介護者に対する回避】の5カテゴリーで構成された.家族介護者は「言えばやるけど言わないと一切何もやらないので腹が立っちゃう」(B介護者)のように自分の[期待する言動と違うので怒りを感じて],【BPSDに対する敵対的解釈】をすることもあった.他にも「死んでしまったほうが楽になれるみたいな,そういうことは誰しも思ってるんじゃないですかね(中略)興奮してわからなくなっちゃう時があって」(H介護者)のように[いなくなって欲しいと思い],【被介護者に対する消失願望】が生じることもあった.また,「むかっ腹立つとね,抑えられねえとやっちゃうからね.(中略)家族会で(看護師の)○○さんに注意されると思いながらも強く言う」ことや,被介護者が「言うことを聞かない時は良くないこととわかっても憂さ晴らしをする」(O介護者)と一時的に【被介護者への抑えられない叱責】をすることもあったが,明らかな暴力・暴言などの虐待には至らない対応であった.家族介護者は「夜騒ぐ時は睡眠薬を与えて,あと足し算でいくという対処をしています」(N介護者)のように[興奮を抑えるために薬を多めに飲ませる]ことや,「徘徊が始まったので夜はもう玄関のドアノブを取って隠しているので玄関が開かないんですよ」(O介護者)のように[被介護者の安全を守るために言動を抑えよう]と【被介護者に対する行動制限】や【被介護者に対して回避】的な対応をとることもあった.
4) 《孤立をもたらす対応》このテーマは,被介護者の介護により家族介護者自身の生活を抑えることや他の家族や専門家などの助けが受けられない,または自分から人の助けを避けることである.これは,【周囲に対する期待の喪失】【語れない本音】【被介護者の介護による自己犠牲】【周囲に被介護者のことを隠秘】の4カテゴリーで構成された.被介護者の治療を受けるために受診した病院では「先生は私の言い分を聞かずに,相手は病人,あなたは家族だからやるのが当たり前という感じで,『これ以上,私何をすればいいんか?』って言ったら,先生からそんな酷いことを言う人は初めてだって外まで聞こえるような声で怒鳴られて.それで通院先を変えたのよ」(N介護者)のように[専門家の対応が悪いと感じて]【周囲に対する期待を喪失】することもあった.また,今回のインタビューで自身の介護について「ここまできちんと話したのは初めてですね.本音を語れなかった」(H介護者)のように家族にも【語れない本音】があった.他にも,夜間の徘徊行動などのBPSDにより【被介護者の介護による自己犠牲】を払うこともあった.他の家族には「うちの親の変な行動はあえて家族には話さないです.話すと根掘り葉掘り聞き返してくるから.(中略)すごいストレスになるので私の見たこと聞いたことはあまり情報を流さないです」(K介護者)のように[被介護者のことは話さないようにする]ことや,「仲間で食事会に行くと些細なことで嫌な思いをする.(夫は)アルコールを飲んで靴を間違えたり,転んでしまうのでセーブする.だから家にこもるようになってしまった」(M介護者)と[社会とのつながりを控えて]【周囲に被介護者のことを隠秘】することもあった.
3. テーマ間の関係性全員の家族介護者が被介護者の認知機能低下や【BPSDに対する解釈の模索】といった《BPSDへの対応の模索》を行っていた.その中の少数の家族介護者は,家族を含む周囲のサポートにより【BPSDに対する理解が深化】し,周囲の人と効果的な対応を共有しながら【被介護者に対する介護のコツの獲得】,【介護を続けるための調整】といった《発展的対応》をしていた.約半数の家族介護者は《発展的対応》だけではなく,被介護者のBPSDの出現により《抑圧的対応》をとることもあった.半数以上の家族介護者は,被介護者の【BPSDに対する敵対的解釈】をしており,強く言う,憂さ晴らしをするといった叱責や,一人で対応しきれずに玄関のドアノブを外して鍵を閉鎖したり,薬を多めに飲ませるなど【被介護者に対する行動制限】や回避といった《抑圧的対応》をとっていた.《抑圧的対応》が多くなると,少数の家族介護者は,家族にも【語れない本音】があり,トラブルを避けるために【周囲に被介護者のことを隠秘】し,自己犠牲を払って《孤立をもたらす対応》をとっていた.
本研究の結果,家族介護者は《BPSDへの対応を模索》する中,《発展的対応》と《抑圧的対応》の両方を行うことが明らかとなった.また,《抑圧的対応》が多くなると,《孤立をもたらす対応》につながると推察された.さらに,《抑圧的対応》と《孤立をもたらす対応》が継続した場合には虐待に至る可能性が高くなることが考えられた.一方で,被介護者の認知機能低下や《BPSDへの対応を模索》できる家族介護者は,【被介護者に対する介護のコツの獲得】といった《発展的対応》をもたらし,適切なサポートがあれば虐待や孤立を抑止できる可能性があると考えられる.本研究の対象者で特徴的だった《抑圧的対応》,《孤立をもたらす対応》について考察し,実践への示唆を述べる.
1. 虐待までには至らない抑圧的対応本研究の結果,一部の家族介護者には,強く言う,憂さ晴らしをするなど【被介護者への抑えられない叱責】や回避など,良くないこととわかりつつも《抑圧的対応》をとらざるを得ないことがあると明らかになった.被介護者の易刺激性などのBPSDは,家族介護者の感情的負担(Oh et al., 2020;Wang et al., 2019)や,ネガティブな感情(Wang et al., 2019;Kajiwara et al., 2018)・思考といった敵対的解釈や【被介護者に対する消失願望】をもたらし《抑圧的対応》をとることが具体的な例とともに明らかとなった.
被介護者のBPSDが著しい場合に行われていた玄関の鍵が開かないようにドアノブを取ったり,薬を多めに内服させるといった【被介護者に対する行動制限】のような対応が過剰になると,被介護者の尊厳が守られない状況を生み出すと考えられる.家族介護者の中には,被介護者の徘徊,夜間行動といったBPSDに遭遇し,被介護者が行方不明になる前に警察や近隣住民に助けられた体験を語っている者がいた.先行研究でも,被介護者の約6割が過去1年以内に徘徊をしており(Barnard-Brak et al., 2018),家族介護者により安全管理やサービスの利用を強制することが行われていた(寺岡ら,2021).これは,本研究の【被介護者に対する行動制限】と類似した結果といえる.このような行動制限は,認知症高齢者の鉄道・自動車事故(高井,2018;日本経済新聞社,2019)が報道されるなどの影響で,家族介護者が徘徊などのBPSDに対して安全を重視せざるを得ない(寺岡ら,2021)社会状況にあることが影響しているだろう.本研究の家族介護者のように《抑圧的対応》がみられた場合には,家族介護者や被介護者の双方の尊厳を守るための介入や,虐待に至る前段階から早期介入に向けた仕組みづくりが必要である.被介護者の尊厳を傷つける可能性のある《抑圧的対応》に関して,適切なサポートを行うことで,虐待や孤立を予防できる可能性があると考えられる.
2. 孤立をもたらす対応本研究から,家族介護者は,《抑圧的対応》が多くなると,社会とのつながりを減らすといった【周囲に被介護者のことを隠秘】しやすいことも明らかになった.これは,介護者自身の感情のコントロールと被介護者のプライバシーや尊厳を守る行動とも捉えられるが,一方で,被介護者のありのままの姿を周囲と共有できないことで《孤立をもたらす対応》につながるともいえよう.孤立の要因として,認知症のように後天性で,目にみえない疾患は周囲から理解されにくく,家族介護者は周囲が非協力的と感じ(矢吹ら,2016),外部に助けを求めずに解決を図ろうとすることが挙げられる.本研究の家族介護者の中には,調査以前には【語れない本音】をもつ者もいた.この背景には,認知症の人と家族介護者には偏見や社会的排除という大きな障壁が立ちはだかっており,家族介護者の35%が家族の認知症の診断を隠すことがある(Alzheimer’s Disease International, 2012,2019).先行研究では,家族介護者の怒りや恥などの感情的な反応,隠蔽,孤立,助けを求めない行動反応(Abojabel & Werner, 2019;Häikiö et al., 2019)など介護者自身が抱くアフィリエイト・スティグマが存在することが指摘されている.本研究で家族のスティグマにつながる医療従事者の認識が存在することも示唆され,このようなスティグマが家族介護者・被介護者双方の孤立をもたらし,介護の障壁になると考えられる.
3. 実践への示唆日本では認知症施策により,家族介護者の介護と生活の両立や健康リスクの早期発見に向けた取り組み(厚生労働省,2018a)が行われる中,家族介護者が《孤立をもたらす対応》をとると,準備された社会的なサービスが行き届かない可能性がある.先行研究では,孤立により介護者自身の世界を狭くする(van Wijngaarden et al., 2018)ことが指摘されており,孤立を抑止するためにサポートにつなげる取り組みが必要となる.孤立を防ぐための方略として,諸岡(2012)のいう認知症高齢者と家族介護者の二者関係に第三者を入れることで,関係性を広げ,開かれたケアや柔軟なケアを取り入れることが有益である可能性がある.本研究で家族介護者は,地域包括支援センターなどの専門家による第三者のサポートを受けることで,【BPSDに対する理解の深化】や,周囲の人と効果的な対応を共有し,【被介護者に対する介護のコツの獲得】といった《発展的対応》がとれるようになっていた.《発展的対応》に至るように専門家が支援することが虐待や孤立の抑止につながる可能性が示唆された.家族介護者は,認知症高齢者の住み慣れた地域での見守り体制が強化されると,夜間行動や徘徊予防のために家族介護者が行う行動制限が緩和される可能性がある.
他にも一部の家族介護者は,《BPSDへの対応を模索》し,インターネットや電話による情報通信機器によるサポートを活用していた.近年の研究でも,電話・インターネットによるサポートが簡便で有効な手段とされている(Hopwood et al., 2018;Leng et al., 2020).今後,倫理的側面に配慮しながら,オンラインによる介護者のグループや専門家による実践的なアドバイスなど(Hopwood et al., 2018;Leng et al., 2020)を普及させることで,家族介護者の介護の質の向上に寄与することが期待されるだろう.一方で,家族介護者の《抑圧的対応》が多くなると,身近な家族にも【語れない本音】や【周囲に被介護者のことを隠秘】し,《孤立をもたらす対応》をとる状況が継続し,虐待に至る可能性があると考えられる.隠秘する家族介護者にとって,匿名で相談可能な信頼できる窓口があることが有益となるだろう.個々の家族介護者の状況や生活に合わせてカスタマイズできる多様なサポートが必要になる.
4. 本研究の限界と今後の課題本研究では,認知症専門病院を受診・入院している認知症高齢者を介護する家族介護者を対象としたため,虐待に至る可能性がより高い医療のサポートを受けていない家族介護者からのデータは収集できていない.また,家族介護者の《抑圧的対応》に関する事象の一端を明らかにしたものの,家族介護者自身が罪悪感を抱いて虐待に近い言動は語らない,もしくは語れないこともあることが推察される.対応に困難感を抱いている家族介護者が対象であることが本研究の結果に影響を及ぼしていると考えられ,結果の解釈の上で注意を要する.
本研究から,表面的に問題がないように見える家族介護者であっても《抑圧的対応》と《孤立をもたらす対応》をとる状況が継続すると,虐待に至る可能性が高くなると考えられた.虐待に至る前段階でスクリーニングできる方法や指標を開発することが今後の研究課題といえる.
謝辞:本研究の実施に当たり,ご協力いただきました皆様に深く御礼申し上げます.また,本研究の方向性をお示しいただいた慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科看護学専修の野末聖香教授、福田紀子准教授に心よりお礼申し上げます。なお,本研究は慶應義塾大学大学院博士課程学生研究支援プログラム,湘南藤沢学会の助成を得て実施した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:TTは研究の着想およびデザインの構築,データ収集,分析,結果,考察,研究プロセス全体に貢献した.HFは分析と論文執筆に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.
追記:本研究の一部は,日本家族看護学会 第28回学術集会において発表した.