日本看護科学会誌
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原著
身体疾患により急性期病棟に入院する認知症高齢者の日常生活援助における看護実践のプロセス
―自律に焦点を当てて―
深山 つかさ
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2022 年 42 巻 p. 121-130

詳細
Abstract

目的:急性期病棟に入院する認知症高齢者への日常生活援助における自律に焦点を当てて看護実践のプロセスを明らかにすること.

研究方法:急性期病棟にて認知症高齢者への日常生活援助場面の参加観察と看護師への半構成的面接を実施し,修正版グランデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を用いて分析した.

結果:研究参加者は2施設3病棟の看護師21名であった.急性期病棟における認知症高齢者の日常生活援助において自律の尊重に繋がる看護実践のプロセスとして【自律尊重への足掛かり】から【自律を保持する支援】へと向かうプロセスが捉えられた.一方で対極となる自律の尊重に繋がらない看護実践のプロセスとして,【認知症高齢者の意思軽視】から【置き去りになる自律】へと向かうプロセスが捉えられた.

結論:自律の尊重に繋がる看護実践のプロセスは,認知症高齢者の尊厳を保った看護実践として急性期病棟でも活かせるものである.

Translated Abstract

Purpose: To capture the processes of nursing practices that focusing on autonomy in personal care for elderly people with dementia and who are hospitalized in the acute ward due to physical illness.

Methods: Research design: Qualitative and inductive research using a modified grounded theory approach (M-GTA). Two types of data were used in the study: (1) field notes based on participant observations and (2) verbatim records of formal interview data.

Results: Fieldwork took place at three acute wards in two hospitals. Participant observations and interviews were conducted with 21 nurses. The processes of nursing practices enable respect for the autonomy of elderly people with dementia in the acute ward leads from [A stepping stone to the respect for autonomy] to [Support for maintaining autonomy]. The process that does not lead to the respect for autonomy is a case where the nurse’s <Prejudice against dementia>leads to [Ignoring autonomy] by [Paying little attention to the will of the elderly people with dementia].

Discussion: The process of nursing practice enable respect for autonomy can be utilized in the acute ward as a nursing practice that maintaining dignity of the elderly people with dementia.

Ⅰ. 背景

日本の入院患者の7割は65歳以上の高齢者が占めている(厚生労働省,2017).医療技術の進歩・高度化に伴い,入院治療を受ける高齢者は今後も増加することが予測される.同時に,リスクファクターの一つが加齢である,認知症を持ちながら入院する高齢者も増加することが考えられる.

入院環境として急性期病棟は,医療密度の極めて高い医療の提供や,治療が優先される.したがって,認知症高齢者の場合,安全を守るという名のもと身体拘束が行われたり,治療や病棟の業務のペースに合わせた「本人不在」の医療者中心のケアが行われている現状がある(正木ら,2017).このことは,急性期病棟に入院する認知症高齢者が,自分の日常生活動作について自己決定し自分の事として行動する「自律」が阻害され,尊厳が脅かされやすい現状を示している.

このような医療や看護の現状に対して2016年度の診療報酬改定において「認知症ケア加算」が新設され,研修を修了した看護師の配置が求められるなど,個々の看護師の認知症高齢者への対応力の向上を目指したアプローチが行われている(厚生労働省,2016).しかし,研修で知識を得たとしても環境要因に阻まれたり,知識だけでは個別性の求められる認知症ケアは実践できないと指摘されている(湯浅,2017上野・鈴木,2016).これらを踏まえ,看護師の判断や行動を含めた看護実践のプロセスを明らかにすることが必要ではないかと考える.

認知症高齢者の日常生活援助における自律についての先行研究では,尊厳を尊重したケア技法としてパーソン・センタード・ケア(高野ら,2019)や「認知症のためのケアマネジメントセンター方式」(高安ら,2016)やユマニチュード(岡田・東原,2016)を活用した研究が行われていた.江口ら(2011)は認知症高齢者への一般病院におけるケアのプロセスを明らかにした.海外の文献においては,認知症の人々に対する自律を維持するためのケア方法(Suwa et al., 2019)やケア抵抗が日常的に起こる急性期病院のケアの特徴(Featherstone et al., 2019)が明らかにされていた.しかし,日常の意思決定において認知症患者を支援するための介入研究が少ない現状も指摘されていた(Davis et al., 2017).

これらの先行研究から,認知症高齢者への具体的なケア手法を用いた実践の意義やケア方法やケアの特徴については明らかにされつつあるものの,日常生活援助の自律に焦点を当てた看護実践のプロセスを明らかにした研究は見られなかった.そこで,本研究では入院する認知症高齢者への日常生活援助における自律に焦点を当てて看護実践のプロセスを明らかにし,自律を尊重した看護実践への示唆を得ることを目的とした.

Ⅱ. 研究方法

1. 用語の定義

1)認知症高齢者の自律:信頼のおける一部の人に判断を委ねるなど「周囲の人々の影響を受けながら自己決定し,自分の事として行動するプロセス」.

2)看護実践のプロセス:認知症高齢者への日常生活援助を行う過程において,社会的相互作用を踏まえて導かれた看護師の判断や行動と,それに関係する重要な事柄についての一連のダイナミクスを捉えたもの.

2. 研究デザイン

修正版グランデッド・セオリー・アプローチ(以下,M-GTA)による質的帰納的研究である.M-GTAは,プロセス性と社会的相互作用を含む現象に関する理論生成志向とその応用のしやすさの重視を特徴とする(木下,2003).本研究テーマは現象にプロセス性があり,生成された理論の看護師による臨床現場での活用を目的としており適切であると考えた.

3. 研究参加者

急性期病棟にて認知症高齢者への看護経験のある看護師とした.Benner(1984/2004)の示す一人前の看護師を参考に臨床経験年数は3年以上とした.

4. 研究参加者の選定

研究協力施設は機縁法を用いて選定し,看護部長へ研究協力依頼を行い協力を得た.病棟管理者から病棟看護師全体に依頼文の配布をしてもらった後,参加観察当日,同意を得られた看護師を研究参加者とした.また,参加観察の際対象となる認知症高齢者(以下対象患者)は,カルテに認知症と記載されている65歳以上の高齢者で,言語での意思表示が可能で,日常生活援助が必要な方とし,病棟管理者より紹介を受けた.

5. データ産出方法(データ産出期間:2020年10月~2021年1月)

1)参加観察:日勤帯に,対象患者の病室を訪室する研究参加者に同行し,研究参加者1名と対象患者1名の日常生活援助の場面を観察した.そして観察した場面を元にフィールドノーツを作成した.

2)半構成的面接:参加観察の後 30~60分程度,観察場面における関わりの意図などについてインタビューを行った.許可を得て録音し逐語録を作成した.方法は自宅でのオンラインもしくは院内の個室での対面で行った.

3)データの統合:フィールドノーツからの看護師と対象患者との相互作用,具体的な看護実践,逐語録からの看護師の認知症高齢者の捉え方や自律を尊重した看護実践に関する記述という両者のデータを相補的に統合した.

6. 分析手順

M-GTAでは,研究テーマを絞り込むために分析テーマと分析焦点者を設定する.本研究の分析テーマは「急性期病棟における,認知症高齢者の自律に関する日常生活援助のプロセス」,分析焦点者は「急性期病棟で認知症高齢者看護に関わる看護師」とした.まず,分析テーマに関する部分をフィールドノーツ,逐語録から抜粋し分析ワークシートの具体例を充実させ,概念を生成した.また,フィールドノーツのみのデータや逐語録のみのデータも自律に関連すると解釈できる部分は抜粋した.次に,複数の概念が生成されたらプロセスを意識しながら概念間の関係を検討し,関係性のある概念はカテゴリー化した.サブカテゴリーはカテゴリーを安定的に構成するために置いた方が良いと判断した場合は作成した.最後に,結果図を文章化したストーリーラインを作成した.なお,最終的に新たな概念やカテゴリーの生成が行われなくなったため,分析を終了した.

7. データの産出,分析,解釈における厳密性の確保

3名へのメンバーチェッキングを実施し,結果について現場の状況を表している,葛藤や具体的なケアがわかりやすく示されていると支持を得た.分析プロセスにおいてM-GTAの有識者,研究指導者からスーパービジョンを受けた.

8. 倫理的配慮

研究参加者には,研究目的,参加の自由,同意撤回の権利の保障,個人情報の保護,研究目的外不使用について記載した依頼文を配布し,研究参加者による同意書への署名をもって任意の同意を得た.対象患者とご家族には認知機能に配慮した上で上記の内容について口頭・文書を用いて説明し同意書への署名を持って任意の同意を得た.京都橘大学研究倫理委員会の承認を得た(承認番号20-18).

Ⅲ. 結果

1. 研究協力施設の特徴

2施設共に急性期医療を提供する150~200床以下の病院である.整形外科を中心とした外科病棟,慢性疾患の急性憎悪などの内科病棟,脳神経外科,尿路感染など内科・外科の混合病棟という3病棟の協力を得た.

2. 研究参加者の概要とデータ産出内容(表1

看護師は21名で,20代~40代の女性15名,男性6名,臨床経験年数は2年~18年(平均9.1年)であった.対象患者は8名で認知症高齢者の日常生活自立度はIII~IVであった.観察場面は,環境整備,排泄,食事場面などであった.参加観察日数は,1日1名の研究参加者に行い合計21日,インタビュー時間は14分08秒~79分14秒で平均41分33秒であった.

表1  研究参加者属性,観察場面,対象患者
看護師 年齢 経験年数(年) 認知症看護の経験年数 観察場面 対象患者 年齢 性別 診断名 治療 認知症,精神疾患の既往 認知症高齢者の日常生活自立度
A 20代 6 6 環境整備,移乗・移動 a 70代 女性 右大腿骨頚部骨折 人工骨頭挿入術 統合失調症,うつ病,AD* III~IV
B 20代 3 3 排泄
C 20代 4 4 排泄,移乗・移動
D 40代 9 2 排泄,移乗・移動
E 20代 6 6 排泄,リハビリ移乗・移動 b 80代 女性 左股関節,骨盤部打撲,左腸骨骨折 保存療法 統合失調症,AD* III
F 40代 17 17 排泄 c 80代 男性 認知症進行,てんかん発作の可能性 手術検討 認知症 III
G 30代 10 10 排泄
H 30代 9 9 排泄,リハビリ移乗・移動
I 30代 13 9 口腔ケア d 90代 男性 高血圧,胸水 内服調整 認知症 III~IV
J 40代 4 4 排泄,整容移乗・移動
K 40代 16 11 環境整備,排泄,移乗・移動,更衣,整容
L 20代 3 2 排泄,移乗・移動 e 90代 女性 尿路感染症 輸液,抗生剤治療 認知症 III
M 30代 19 19 環境整備,移乗・移動
N 30代 13 8 排泄,清潔移乗・移動
O 40代 13 11 排泄,清潔,食事,移乗・移動 f 70代 男性 転倒による脳挫傷 輸液,薬物療法 AD* III
P 20代 2 2 排泄,清潔,食事,移乗・移動
Q 30代 9 9 排泄,清潔,食事,移乗・移動
R 30代 8 8 環境整備,移乗・移動 g 80代 男性 慢性硬膜下血腫 手術 認知症 III
S 30代 4 4 環境整備,移乗・移動
T 20代 4 4 食事 h 80代 男性 尿路感染症 輸液,抗生剤治療 認知症 III
U 40代 19 19 環境整備,食事,口腔ケア

* AD:アルツハイマー型認知症

3. カテゴリーとサブカテゴリーと概念(表2

分析の結果,生成された【カテゴリー】は11(1つのコアカテゴリーを含む),〖サブカテゴリー〗は4,〈概念〉は38であった.そして,急性期病棟における認知症高齢者の日常生活援助において,自律の尊重に繋がる看護実践のプロセスと,自律の尊重に繋がらない看護実践のプロセスが捉えられた.なお文中において参加観察やインタビューのデータは斜字体で示す.

表2  急性期病棟における認知症高齢者の自律に関する日常生活援助の看護実践のプロセスを構成するカテゴリー,サブカテゴリー,概念一覧
【カテゴリー】 〖サブカテゴリー〗 〈概念〉 定義
自律の尊重に繋がる看護実践のプロセス 【自律を保持する支援】 〖自律の醸成〗 〈自己選択への配慮〉 認知症高齢者が自らの価値観で自己選択できるように安全面は考慮し,本人が理解できる選択肢を提示する.
〈手続き記憶の想起〉 認知症高齢者の日常生活動作と身体の現状をつなぐ声掛けや,環境を整えることで認知症高齢者の自律的な行動を導く.
〖自律の発揮支援〗 〈自律した行動の見守り〉 自らの意思で行動している場合や,自己決定したことについては自律性を尊重し見守る.
〈身体拘束解除の工夫〉 身体拘束から解放された時間を確保する工夫や,体幹抑制や4点柵など自由意思で行動できない身体拘束を解除し自律できる環境を整える.
〈自律の補完〉 認知症高齢者が自分でできない動作を支援したり自己決定できない場合にはともに考え,日常生活における自律を補う.
〈個人の尊厳の尊重〉 自尊心を傷つけないようにしたり,その人を尊重し合意を得ながら援助をすることで,その人の価値を認め人としての尊厳を尊重する.
【自律尊重への足掛かり】 〖意思を捉える努力〗 〈思いの表出支援〉 認知レベルに合わせた伝え方の工夫や,タイミングを計ったり信頼関係を築き思いを表出しやすい環境を整える.
〈思いの推察〉 認知症高齢者の反応からその思いを推察したり,家族や医療者への遠慮や我慢も考慮しながら思いを汲み取る配慮をする.
〖自律の方向性判断〗 〈制約と本人の生活様式とのバランス〉 疾患や治療による制約と,認知症高齢者の元々の生活様式をふまえた入院生活での自律尊重の目標との兼ね合いのバランスを考える.
〈自律可能か状態の判断〉 認知機能や身体機能や治療や疾患による全身状態の把握を行い,自律可能か判断する.
〈変化する精神状態の判断〉 認知症の他の精神疾患の合併,環境の変化や薬剤の影響を考慮しながら精神状態の変化を捉え,その状態を判断する.
【自律尊重判断の葛藤】 〈ニーズの緊急性判断〉 反応から認知症高齢者のニーズを捉え,そのニーズの本人にとっての緊急性を判断する.
〈看護業務とニーズの板挟み〉 優先順位が高い急性期の看護業務と,認知症高齢者の日常生活のニーズの尊重との間で葛藤を抱く.
〈安全と自律との板挟み〉 認知症高齢者の自律の尊重と,治療のための安全な入院生活の確保との狭間で葛藤を抱く.
【マネジメント能力の発揮】 〈タイムマネジメントの工夫〉 限られた時間の中で業務の優先順位をつけながら,認知症高齢者の希望に沿った対応をするために業務の順番を組み換え時間を調整する.
〈持てる力を信じた同時対応〉 認知症高齢者が自立できる場合はその力を信頼して一人で行ってもらい,気にかけながらもその間に別患者の対応をする.
〈多職種との協働〉 認知症高齢者の自律を尊重するために,認知症高齢者を取り巻くチームに対して依頼や相談を行い多職種で協働する.
【自律尊重プロセス推進志向】 〈自律尊重志向〉 認知症高齢者自らできる動作能力を活かし認知症高齢者自身が自らの意思で行動できるように援助したいという思いを持つ.
〈BPSDの予防志向〉 認知症高齢者の精神状態を捉えて,興奮状態や泣いたりというBPSDを引き起こさないように,相手に合わせた関わりをしようという思いを持つ.
〈病棟の風土改革志向〉 急性期病棟で認知症高齢者の自律を尊重したかかわりが行いやすくなるように,急性期病棟の風土を変化させようという思いを持つ.
【自律尊重認識の形成】 〈看護師としての倫理観の醸成〉 基礎教育や臨床経験を通して倫理に関する啓発を受け,患者にとって善い関わりとは何かを考えるようになる.
〈認知症高齢者看護への動機づけ〉 認知症看護認定看護師や専門看護師,ロールモデルとなる先輩,研修で知識を得ることから刺激を受け,認知症高齢者看護について考えるようになる.
〈実体験からの自律尊重への気づき〉 知識で得ていた認知症高齢者への自律を尊重した援助の在り方や,その必要性を身をもって体感する.
〈高齢者への敬愛〉 日常的に関わりのあった祖父母との情緒的な結びつき体験から,高齢者に対する敬愛の気持ちを持つ.
【認知症高齢者の肯定的側面の認識】 〈持てる力への気づき〉 認知症があっても理解できることや覚えていることに気付いたり,言動の理由に気づくなど,認知症高齢者の持てる力に気付く.
〈BPSDの軽減〉 認知症高齢者の希望を尊重したり,納得できる対応や興味関心を踏まえたかかわりをすると一時的にでも精神的に落ち着きBPSDが軽減する.
〈先入観からの解放〉 認知症があることで対象者をひとくくりにしたり,勝手な自分の思い込みで相手を見ない.
〈安心感をもたらす対応の模索〉 現実を説明したり,時には現実とは異なることを伝えたり気が紛れるような会話をすることで,認知症高齢者が安心し落ち着けるような対応を考える.
自律の尊重に繋がらない看護実践のプロセス 【認知症高齢者の意思軽視】 〈意思無きものとしての対応〉 認知症高齢者へ許可や確認なく関わったり,反応を無視したりその場しのぎの声掛けで済ますなど意思を無きものとして対応する.
〈訴えに緊急性なし判断〉 認知症高齢者の訴えや呼びかけは繰り返しが多く緊急性は低いと判断する.
【置き去りになる自律性】 〈訴えのやむなき放置〉 次の業務に向かうため認知症高齢者の話を丁寧に聞けず,やむ負えず認知症高齢者の訴えを放置することがある.
〈やむなき身体拘束〉 認知症高齢者の安全を守れないと判断した場合にはやむ負えず身体拘束をする.
【急性期病棟の環境】 〈余裕の無い環境〉 時間的,マンパワー的,精神的に余裕がないと,認知症高齢者の自律を尊重した援助にまで及ばない.
〈常に見守れない構造〉 閉鎖空間である病棟の作りや,見通しの悪いフロア,導線の長さなどから常に認知症高齢の自律的な行動を見守れる環境ではない.
【急性期病棟の文化】 〈ルーチーンワークの日常性〉 個別性のない業務として認知症高齢者へ関わることに慣れが生じる.
〈自律性軽視の容認〉 事故予防重視や病棟のイベントによるやむ負えない身体拘束や,自己決定を尊重できないことは仕方がなく容認されると捉えている.
〈認知症高齢者のQOL低下〉 認知症高齢者のBPSDを誘発したり,更なる事故の発生や廃用症候群を引き起こすなど認知症高齢者のQOL低下を招く.
〈認知症への否定的先入観〉 認知症高齢者は何をされているか理解していないことが多く,不快なことさえわかっていないと画一的に評価する.

1) 自律の尊重に繋がる看護実践のプロセス

(1) 【自律を保持する支援】

このカテゴリーは認知症高齢者の自律の尊重を実現するための看護実践を象徴的に示す重要なものであり,コアカテゴリーとして捉えた.

認知症高齢者であっても認知症がない人に対する関わり方と同様に選択肢を提示し〈自己選択への配慮〉を行う.また,認知症高齢者の日常生活動作と身体の現状をつないだり,環境を整えることで認知症高齢者の自律的な行動を引き出す〈手続き記憶の想起〉を行う.その関わりにおいて自らの意思で行おうとしている場合は〖自律の発揮支援〗を行うが,自律が難しい場合は〈自律の補完〉を行う.これらの看護実践のプロセス全てに〈個人の尊厳の尊重〉が関わる.

「dさん,髭剃り持ってますか?」と看護師が聞くとdさんは「どないすんの?」と聞く.看護師が「触ってみてください」と看護師も自分の顎を触りながら促すとdさんは顎を触り「あ,髭剃りせなあかんな!持ってきてない」と発言する.その後2人で部屋に戻り,看護師が「引き出しにあるような気がする」と声をかけると,dさんが電気シェーバーを見つける.洗面所に移動して看護師が髭剃りを渡すとdさんは自分で髭を剃り始める(看護師K,整容場面での参加観察場面).

(2) 【自律尊重への足掛かり】

このカテゴリーは,認知症高齢者の入院生活における自律の目指す方向性を判断する自律尊重の糸口となる部分を示す.そして,看護師が〈先入観からの解放〉により,認知症高齢者の持てる力の可能性を信じながら行うものである.

食事の認知がどれくらいなのかなというところでセッティングだけして,ごはんおいて蓋だけは開けたんですけど.まあその後自分でスプーンに手を伸ばすかなとか,スプーンだけ置いていけるかなとか,食事の内容が理解できるかなというところで,紙渡したら自分で読めるし字も読める,献立も見せたら読んでるということなので(食事の認知はできていたと思う)(看護師O語り).

(3) 【自律尊重判断の葛藤】

このカテゴリーは,急性期病棟の看護師は,認知症高齢者の自律を尊重したくてもできない状況が起こりうることを示す.

こういったことがしたいからこういう言い方になってるんだろうなとか,っていうのを介助しながら思うことはありますけど,それは,看護師側から見ると危ないことだったり事故につながったりとか危険になることが多いのでその辺は尊重しつつ,考えながら(看護師P語り).

(4) 【マネジメント能力の発揮】

このカテゴリーは,認知症高齢者の自律の尊重に関する葛藤が生じた際,自律を尊重した支援につなげるために看護師が行う工夫を示す.

初日がそうだったんです.動けるっていう(認識に)なってて.(手術まで)何日かあったんで,(aさんが)動きたいって言ったんで先生に相談したら,じゃあ車いす乗ってトイレはいいよとかっていうのは(許可)もらったんで(看護師A語り).

(5) 【自律尊重プロセス推進志向】

このカテゴリーは,自律の尊重に繋がるプロセスを推進する重要な看護師の志を示す.

(刺激を)与えたら,残ってる力というか,できるところはちょっとしてくれるかなっとか,感覚を戻してくれるかなっていう…(省略)…ちょっとでも自分でできることを増やしてもらったらいいのかな(看護師C語り).

(6) 【自律尊重認識の形成】

このカテゴリーは,様々な体験から看護師の認知症高齢者看護における自律尊重の認識が形成されていくことを示す.

なんかちょっとずつ病棟でてから,この人のために何をしてあげられるやろうみたいなのがどんどん募っていった感じですかね(看護師N語り).

(7) 【認知症高齢者の肯定的側面の認識】

このカテゴリーは,看護師が認知症高齢者の肯定的な側面を見出して自律を尊重した看護につなげていることを示す.

あの部屋だけって日があったんですけど,抑制も全部外して,柵も外して.部屋にいれるんで.(そう)してたらその方全然そわそわもなさらなくて,で,そういうような関りをすると…(省略)そわそわだったり苛立ちだったりっていうところは抑えれるのかなって(看護師I語り).

(8) 〈先入観からの解放〉

この概念は,認知症があることで対象者をひとくくりに捉えたり,勝手な思い込みで相手を見たりしないことを示す.

「先入観を持たないっていうのがいいのかなというのがいつも看護してる上であって」(看護師F語り).

(9) 〈安心感をもたらす対応の模索〉

この概念は,BPSDの生じている認知症高齢者が安心できるように試行錯誤しながら対応することを示す.

結局嘘をつかないことで患者さんの心を乱すこととかってけっこう出てきたので,それを,「明日迎えに来てもらえるから今日一日一緒に泊まりましょうか」に変えてみたり…(省略)…どう言ったら落ち着くか,どう言ったら納得してもらえるか,安心できるか,どういう嘘が患者さんにとって安心なのか,そういったところをちょっと考えながらしゃべるかな(看護師H語り).

2) 自律の尊重に繋がらないプロセス

(1) 【認知症高齢者の意思軽視】

このカテゴリーは,認知症高齢者の意思が軽視されることを示す.

bさんは食堂で車いすでウトウトしているが姿勢が崩れずり落ちそうになっている.看護師は食堂に入り背後からbさんの脇を抱え「起きて」と姿勢を整えようとする.bさんは「なにすんの!」と驚く.看護師は「起きてよ」と穏やかに伝え車いすを押す.bさんが「どこ行くの」と聞くと看護師は「お部屋帰るよ」と答え車いすを押す(看護師E,移動の参加観察場面).

(2) 【置き去りになる自律性】

このカテゴリーは,看護師側のやむをえない状況があり訴えが放置されたり,身体拘束が行われる状況を示す.

オムツ交換後看護師が臥床するaさんに体幹抑制ベルトを着けようとすると,aさんは「座りたい」といってベルトをしめる看護師の手を払いのけようとする.看護師は「私見てあげられないの」と申し訳なさそうに伝え身体拘束し部屋を出る(看護師B,排泄場面の観察).

(3) 【急性期病棟の環境】

このカテゴリーは,急性期病棟という特有の環境が,認知症高齢者の日常生活援助における自律の尊重を阻害するものとなることを示す.

緊急入院であったり手術であったりっていうどうしても手を取られるというか,ケアとかそういうかかわりが密に必要な方がどうしても出てきちゃうんで,そうなったときに,どうしても(認知症高齢者への関わりが)手薄になるというか,関わりがしっかりできてないのかなと(看護師I語り).

(4) 【急性期病棟の文化】

このカテゴリーは,認知症高齢者の日常生活援助における自律の尊重を阻害するものとなる文化的要素(急性期病棟という社会の中で共有される考え方や価値基準の体系であり,そこに属する看護師の多くが共有する価値観)を示す.

最近ケア方法が変わって,4時くらい深夜の4時くらいに(オムツ)変えたりとかしててそのままやったりするので,シャワー浴になってたら(オムツ交換)飛ばされるので,オムツ介助が,それで(オムツが尿で)パンパンやったんで(看護師Q語り).

(5) 〈認知症高齢者のQOLの低下〉

この概念は,認知症高齢者のQOLを低下させる状況を示す.

駄目だよって言うけど,それでもちょっと(患者さんが)納得いかないってなると,行動制限とかになっちゃったりとかして,それするとまた興奮して悪循環で寝たきりみたいになってまた認知機能が低下したりするから(看護師M語り).

(6) 〈認知症への否定的先入観〉

この概念は,看護師に認知症高齢者への否定的な先入観があることを示す.

患者さんが(オムツ)気持ち悪いって思ってるのはこっち側で,患者さんから気持ち悪いって言われることはないんですよね.だから,本当に気持ち悪いのかどうかすら個人的には疑問です(看護師J語り).

4. ストーリーライン(図1

認知症高齢者の日常生活援助場面においての自律の尊重に繋がる看護実践のプロセスには3つあり,1つ目は【自律尊重への足掛かり】から【自律を保持する支援】へ繋がるプロセス,2つ目は【自律尊重への足掛かり】から【自律尊重判断の葛藤】が生じるものの【マネジメント能力の発揮】により【自律を保持する支援】に繋がるプロセス,3つ目は【自律尊重の足掛かり】から【自律尊重判断の葛藤】が生じた際に,〈安心感をもたらす対応の模索〉を行った上で【自律を保持する支援】に繋がるプロセスである.なお〈先入観からの解放〉【自律尊重プロセス推進志向】が自律の尊重に繋がるプロセスを推進する上で重要な役割を果たす.【認知症高齢者の肯定的側面の認識】は看護師への肯定的なフィードバックとなり自律の尊重に繋がる看護実践の動機づけとなる.

図1 

急性期病棟における認知症高齢者の自律に関する日常生活援助における看護実践のプロセス 結果図

一方で,自律の尊重に繋がらないプロセスは,【認知症高齢者の意思軽視】によって【置き去りになる自律】へと向かう.このプロセスには〈認知症への否定的先入観〉【急性期病棟の環境】【急性期病棟の文化】が影響している.なお自律の尊重に繋がらないプロセスは〈認知症高齢者のQOL低下〉を招く.

Ⅳ. 考察

1. 急性期病棟に入院する認知症高齢者への日常生活援助における自律に関する看護実践のプロセスの特徴

認知症高齢者の自律を尊重する看護実践の起点となるのは【自律尊重の足掛かり】である.認知症高齢者の意思と自律能力を〈先入観の解放〉によって適切に捉えようとする看護師の観察力が重要となる.そして次の段階である【自律を保持する支援】は〈個人の尊厳の尊重〉が中核にある認知症高齢者を一人の人として大切にし,対話を元に進められる看護実践であると考える.したがってこの看護実践のプロセスは,一人の人として周囲に受け入れられ尊重されること(パーソンフッド)の維持を重視したパーソン・センタード・ケアの理念(Brooker, 2007/2010)と共通するものであると考える.なお,認知症高齢者の場合は時間や状況によって状態が変化するため,【自律を保持する支援】を行いながらも【自律尊重の足掛かり】にまた立ち返り対象者のその時の状況を捉えることが重要となる.ただし,急性期病棟では【自律尊重判断の葛藤】が生じることもある.しかし,【マネジメント能力の発揮】もしくは〈安心感をもたらす対応の模索〉により【自律を保持する支援】を行うことができると考える.また,このプロセスを推進するには【自律尊重プロセス推進志向】が重要であり【自律尊重認識の形成】が,そのような志向性を持つことにつながると考えられた.

一方で,自律の尊重に繋がらないプロセスでは,看護師のもつ〈認知症への否定的先入観〉の影響により【認知症高齢者の意思軽視】に繋がると考えられた.そのため,先述した〈先入観からの解放〉とともに【自律尊重プロセス推進志向】を持つ看護師の育成が急務であると考える.ただし,【急性期病棟の環境】や【急性期病棟の文化】といった,看護師個々の問題ではないものの影響も明らかになったことから,これらの改革も必要となる.

2. 自律を尊重した日常生活援助における看護実践への示唆

本研究結果は,ある程度看護師が行うべき行動を考え,予測して看護実践ができるようなプロセスを示すことができたと考える.そして,【自律の尊重の足掛かり】から【自律を保持する支援】のプロセスは,たとえ急性期病棟の業務や安全性が優先される状況においても,認知症高齢者の尊厳を保った看護実践として急性期病棟でも活かせるものである.中でも【自律を保持する支援】における〖自律の醸成〗は,本来持っている認知症高齢者が自らの行動を選択してやってみようとする意欲を大切にし,認知症高齢者の自律できる状況を作り出すという本研究として独自に見出された重要な局面であると考える.身体疾患による入院治療中の認知症高齢者の姿はいつもの生活状況とは異なり,ご本人の本来の姿を看護師が捉えることが難しい部分ではある.しかし,急性期病棟においてこそ,残存機能や生活行動を維持する上で,認知症高齢者が自分の事として日常生活行動を行えるような看護を充実させる必要があると考える.

また,教育への示唆として本研究結果は,【自律尊重プロセス推進志向】〈先入観からの解放〉が,自律の尊重に繋がるプロセスとして重要であることを明らかにした.そこで,【自律尊重プロセス推進志向】を持つ看護師を育成するためには,本研究で示された【自律尊重認識の形成】を活かすことができるのではないかと考える.例えば看護基礎教育においては,生命倫理や看護倫理などの知識を提供するだけでは十分ではなく,認知症高齢者に対する自律を尊重した関りを学べる体験を通して〈自律尊重の必要性の体感〉〈看護師としての倫理観の醸成〉が必要であると考える.また,現任教育においては,個々の看護師が〈認知症高齢者看護の動機づけ〉〈自律尊重の必要性の体感〉ができるように教育環境を整える必要がある.さらに,経験を学びの機会とするためには内省しながら業務を実施するように教育・支援する「内省的実践」の支援が重要である(松尾,2014).加えて【自律尊重プロセス推進志向】を持つ看護師の存在をうまく活かした病棟の学びの活性化が出来れば,【急性期病棟の文化】の変革に繋がる可能性も考えられる.

また,〈先入観からの解放〉のためには,【認知症高齢者の肯定的側面の認識】の機会をもてることが重要であると考える.急性期病棟では,BPSDが強く表れている状況の認知症高齢者も多く,〈認知症への否定的先入観〉の形成に繋がりやすい環境であると考える.湯浅(2017)は認知症を持つ人に関するアセスメントやコミュニケーションのポイントの一つは「試行錯誤」であり,他者に話す中で気づきが生まれると述べている.臨床現場でこそ早期から「試行錯誤」による看護実践を他者と共有する機会をもち,【認知症高齢者の肯定的側面の認識】を持つ機会を増やし,〈先入観からの解放〉に向けた教育的支援が重要であると考える.

Ⅴ. 研究の限界と今後の課題

本研究では,産出されたデータならびに分析結果について,研究者個人の能力が影響を与えている可能性がある.また,認知症高齢者看護のスペシャリストを対象とした場合は,更なるより良い看護実践が見出される可能性が考えられる.今後は,本研究結果を臨床の看護師に実践・応用してもらうことで課題を明らかにする必要があると考える.

付記:本研究は,京都橘大学大学院看護学研究科に提出した博士論文に加筆・修正を加えたものである.

謝辞:本研究にご参加くださいました研究参加者の皆様,患者様とそのご家族に心より感謝申し上げます.また,調査にあたりご快諾いただいた病院の院長,看護部長,看護管理者の皆様に深く感謝申し上げます.そして,ご指導くださった征矢野あや子教授,佐川佳南枝教授,河原宣子教授,梶谷佳子教授,奥野信行教授に心より御礼申し上げます.なお,本研究は京都橘大学大学院学生研究奨励金(2019年度,2020年度)の助成を受けて実施した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない

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