2022 年 42 巻 p. 160-167
目的:大学病院一般病棟看護師の共感疲労の実態,共感疲労と労働遂行能力の関連を明らかにする.
方法:都内の大学病院一般病棟看護師301名に,自記式質問紙調査を実施した.
結果:192名を分析対象とした(有効回答率63.8%).共感疲労と労働遂行能力に有意な関連はなかった.サブグループ解析では共感疲労と労働遂行能力の間に負の相関のある個人および職場の特性は,35から44歳,看護師経験年数10年以上,トラウマティックな経験をした患者家族のケア経験有り,理不尽な患者家族のクレーム対処経験有り,非常に混乱した患者家族のケア経験有り,急変時の看取り経験有りの群(p < .05)であった.
結論:共感疲労は継続性,蓄積性のある複雑な現象で,その把握のためには年齢や経験年数,ケア内容等個人が置かれている状況を丁寧に分析する必要がある.
Purpose: To clarify the actual conditions of compassion fatigue of nurses working in the general ward of a university hospital, and the association between compassion fatigue and work performance.
Methods: A self-administered questionnaire was distributed among 301 nurses in the general ward of a university hospital in Tokyo.
Results: For 192 subjects (response rate 63.8%), there was no significant association between compassion fatigue and work performance. Subgroup analysis, based on demographics and workplace characteristics, showed negative correlations between compassion fatigue and work performance. Results indicated that groups showing negative correlation consisted of participants aged 35–44 years of age, had more than 10 years of experience as a nurse, cared for patients and families with traumatic experiences, handled unreasonable complaints of patients and families, dealt with extremely upset patients and families, and cared for patients during sudden changes (p < .05).
Conclusions: Compassion fatigue is a complex phenomenon which continues and accumulates. In order to understand this condition, it is necessary to carefully analyze the situation based on individual characteristics of nurses such as age, years of experience, and conditions of care.
少子高齢化や疾病構造の変化,医療技術の高度化等,日本の医療環境は日々大きく変化している.特定機能病院は複雑性の高い患者が増加し,総合的かつ専門的な医療提供が求められている(厚生労働省,2011).大学病院は多機能化し,日々新しくなる高度先端医療を提供し(厚生労働省,2017),看護師は様々な知識技術の習得が必要とされている.大学病院看護師の重い作業負荷と広範囲の困難な仕事はバーンアウトと関連し(Suzumura et al., 2007),90.3%がトラウマティックな出来事に遭遇した患者家族のケア経験があり,共感疲労のリスクを抱えている(Komachi et al., 2012).また,一般病棟看護師は様々なステージのがん患者に接し全人的ケアが求められ,スピリチュアルレベルに自己を提供し共感疲労を抱えている(Grafton et al., 2010).がん診療連携拠点病院の看護師は,患者家族にかかわりたいが時間に追われ十分ケアできないジレンマを抱え(大久保・山田,2014),専門職として使命感を感じる一方で不全感を感じる等の葛藤は共感疲労の促進要因となる可能性がある(Fukumori et al., 2018).以上より,大学病院一般病棟看護師は過酷な労働環境の中で様々な患者家族に関わり,高い共感疲労を抱えている可能性が考えられる.Professional Quality of Life scale(proQOL)は対人援助職者が対象の共感疲労,共感満足を測定する尺度(Stamm, 2010)だが,日本語版の Japanese version of the ProQOL for Nurses(proQOL-JN)(福森ら,2018)の大学病院看護師を対象とした実証研究はない.
共感疲労はトラウマティックな出来事を経験した人を援助する,援助しようとすることにより生じる援助側の自然な結果や行動で,二次的トラウマティックストレスと同義である(Figley, 1995).バーンアウトと共感疲労はその発現状況や要因が異なる(Figley, 1995).バーンアウトは感情的疲弊の結果徐々に現れるが,共感疲労は前触れなく現れ症状が原因に直結しない.バーンアウトは労働環境のストレス反応だが,共感疲労はトラウマを抱えた人の経験を再体験し進行する.様々なトラウマを抱えた患者と深く関わる仕事の特性上,看護師にとって共感疲労は避けられないものである.また,看護師には患者と共にあろうとする能力が必要だが(Showalter, 2010),職務の範囲を超え共感的に関わるほど共感疲労のリスクが高い(Abendroth, 2005).共感疲労は身体的,社会的,霊的,知的変化として看護師自身に影響を与え,間接的には生産性の損失や離職率の上昇,ケアの質の低下を導く(Coetzee & Klopper, 2010).以上より共感疲労は仕事の性質と影響の大きさから看護師にとって避けられない重大な問題であると言える.
共感満足は対人援助職に本来備わるポジティブな側面で,仕事を通して他の人を助ける喜びを感じることである(Stamm, 2010).共感満足は共感疲労のリスクを相殺する人間のスピリットの回復力のことであり(Stamm, 2002),結果として患者ケアの提供や専門職としての責務に貢献したいという継続した希望をもたらす(Sacco & Copel, 2018).共感満足を高めることは共感疲労の予防に効果があるとされ(Zhang et al., 2018),大学病院一般病棟看護師の共感疲労の予防方法探求のために共感満足の実態把握は重要であると考える.
近年,健康問題による労働遂行能力の低下はプレゼンティズムと呼ばれ,欠勤より経済損失が大きく注目されている(山下・荒木田,2006).看護師の労働遂行能力の低下はケアの質低下やヘルスケアコストの増加に影響する(Rainbow & Steege, 2017).看護師の共感疲労は労働遂行能力の低下を導くことが理論上明らかだが(Coetzee & Klopper, 2010),その実証研究はない.
以上より,本研究では,大学病院一般病棟看護師の共感疲労,共感満足の実態を明らかにするため,大学病院一般病棟看護師の共感疲労,共感満足に関連する個人および職場の特性,共感疲労と労働遂行能力の関連を明らかにすることを目的とした.
1)共感疲労:トラウマティックな出来事を経験した人を援助する,援助しようとすることにより生じる援助側の自然な結果としての行動や感情.二次的トラウマティックストレスと同義とする(Figley, 1995;福森ら,2018).
2)共感満足:対人援助職に本来備わるポジティブな側面で,仕事ができた喜び(Stamm, 2010).
3)労働遂行能力:労働者が主観的に認識する労働を実施するための能力で,労働生産性に影響を与えるもの(山下・荒木田,2006).
2. 研究対象者と調査方法2019年5月28日~2019年6月25日に都内の大学病院1施設の一般病棟看護師を対象に,自記式質問紙調査を実施した.対象のうち,管理職,2019年4月以降に入職した者,およびICU,HCU,NICU,GCU,小児科,産科,精神科,治験病棟に勤務する者は除外した.調査票は研究者が配布,上記期間回収箱を病棟毎に設置し回収した.
3. 調査内容 1) 個人および職場の特性先行研究で共感疲労,共感満足,バーンアウトと関連が認められた因子(Abendroth, 2005;Fukumori et al., 2018;福森ら,2018;Komachi et al., 2012;Perry et al., 2011;Suzumura et al., 2007;Wu et al., 2016),マグネットホスピタルの労働環境(緒方ら,2010),大学病院一般病棟の看護に関連する因子(金井,2007;厚生労働省,2011)を元に,年齢,看護師経験年数,直近一ヶ月の業務頻度,チームのサポート体制等の項目を作成した.
2) 共感疲労,共感満足proQOL-JNを使用した.proQOLは数か国で使用され,日本でも看護師を対象としたproQOL-JNの信頼性妥当性が確立されている(福森ら,2018).共感疲労/二次的トラウマティックストレス(以下共感疲労とする),共感満足,バーンアウトの3つの下位尺度から成り,各10項目の計30項目から構成される.各解答の選択肢は5段階のリッカートスケールで表され,下位尺度の合計得点が高いほどその尺度の程度が高いことを表す.各下位尺度において高リスクを示唆するカットオフ値は共感疲労で合計点28点(T得点57点)以上,共感満足で26点(T得点44点)以下,低リスクを示唆するカットオフ値は共感疲労で20点(T得点44点)以下,共感満足で33点(T得点57点)以上である.
3) 労働遂行能力WHO Health and Work Performance Questionaire Short Form日本語版(WHO-HPQ日本語版)を使用した.WHO-HPQは数か国で使用され,日本でも逆翻訳による妥当性が証明されている(国立国際医療研究センター,2013).本研究では3項目のプレゼンティズム項目を使用した.過去4週間の自分の仕事のパフォーマンスを10段階で評価する絶対的プレゼンティズムスコアと,自分と他の多くの勤務者のパフォーマンスを比較する相対的プレゼンティズムスコアが算出でき,高スコアであればプレゼンティズム傾向が低いことを示す(Kessler, 2007).本研究では絶対的プレゼンティズムスコアを自己の労働遂行能力,相対的プレゼンティズムスコアを他者と比べた自己の労働遂行能力と表現する.使用許諾は産業精神保健研究機構(RIOMH)に得た.
4. 分析方法共感疲労,共感満足と個人職場の特徴の関連についてt検定,ANOVA,マンホイットニーのU検定を算出した.共感疲労と労働遂行能力の関連をみるためにKruskal-Wallisの検定を実施した.また,多重比較として,Tukey法,Steel-Dwass法を実施した.解析の結果,共感疲労と労働遂行能力に有意な関連がなかったため,共感疲労,共感満足において有意に関連のみられた個人および職場の特性に関して探索的にサブグループ解析を実施し,Spearmanの順位相関係数を算出した.統計解析には解析ソフトEZR(Easy R software)ver. 37を使用し,有意水準は5%とした.
5. 倫理的配慮調査対象者には調査の主旨,研究参加の任意性,匿名性の保持等を文書にて説明し,質問紙の提出をもって同意とみなした.本研究は慶應大学大学院健康マネジメント研究科研究倫理審査委員会の承認を得て実施した.(承認番号2019-04)
203名から回答を得た(回答率67.4%).うち6名は未回答,5名は大幅に回答が欠損していたため除外し,分析対象者は192名とした(63.8%).
1. 調査協力者の概要proQOL-JNの平均点±標準偏差(表1)は共感疲労が23.0 ± 5.1点,共感満足が29.3 ± 5.8点であった.各下位尺度をカットオフ値で分類すると,共感疲労のHigh群は48名(25%),Low群は63名(32.8%),共感満足のLow群は57名(29.7%),High群は40名(20.8%)であった.対象の過半数を占める特徴(表2)は,女性,独身,大学卒であった.年齢は25歳から34歳,看護師経験年数は4から9年の群の割合が最も多かった.認定看護師は5名(2.6%),専門看護師は2名(1.0%)であった.直近1ヶ月あたりの夜勤回数は10回以上,残業時間は40時間以上の群の割合が最も多かった.
| 項目 | Low | Average | High | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| M | (SD) | n | (%) | n | (%) | n | (%) | |
| 共感疲労 | 23.0 | (5.1) | 63 | (32.8) | 80 | (41.7) | 48 | (25.0) |
| バーンアウト | 31.0 | (4.7) | 64 | (33.3) | 71 | (37.0) | 56 | (29.2) |
| 共感満足 | 29.3 | (5.8) | 57 | (29.7) | 95 | (49.5) | 40 | (20.8) |
注)各項目において無回答のデータは除く.
| 項目 | 共感疲労 | バーンアウト | 共感満足 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| n(%) | M | SD | t/F値 | M | SD | t/F値 | M | SD | t/F値 | ||
| 性別 | 男 | 16(8.3) | 22.3 | 4.0 | 0.62 | 31.3 | 4.3 | –0.22 | 26.9 | 5.4 | 1.75 |
| 女 | 176(91.7) | 23.1 | 4.0 | ― | 31.0 | 4.8 | ― | 29.5 | 5.8 | ― | |
| 年齢 | < 25 | 37(19.3) | 21.9 | 5.6 | 0.96 | 31.3 | 4.8 | 1.24 | 27.7 | 5.9 | 3.19* |
| 25–34 | 114(59.4) | 23.3 | 4.9 | ― | 31.1 | 4.5 | ― | 29.4 | 5.2 | ― | |
| 35–44 | 30(15.6) | 23.1 | 5.3 | ― | 31.4 | 5.5 | ― | 29.4 | 7.7 | ― | |
| ≧ 45 | 11(5.7) | 24.4 | 4.7 | ― | 28.4 | 5.3 | ― | 33.0 | 4.6 | ― | |
| 看護師経験年数 | 1 | 17(8.9) | 21.1 | 5.8 | 0.78 | 31.3 | 4.5 | 1.16 | 27.8 | 4.9 | 2.45* |
| 2, 3 | 48(25.0) | 23.3 | 5.0 | ― | 31.2 | 4.3 | ― | 28.5 | 6.1 | ― | |
| 4–9 | 66(34.4) | 23.1 | 4.6 | ― | 31.3 | 4.7 | ― | 29.4 | 5.1 | ― | |
| 10–15 | 36(18.8) | 23.6 | 5.8 | ― | 31.5 | 4.8 | ― | 28.7 | 5.4 | ― | |
| ≧ 16 | 25(13.0) | 22.8 | 5.0 | ― | 29.1 | 5.8 | ― | 32.4 | 7.4 | ― | |
| 資格a | あり | 7(3.7) | 24.7 | 4.6 | –0.91 | 31.3 | 5.2 | –0.16 | 33.1 | 6.3 | –1.78 |
| なし | 183(95.3) | 22.9 | 5.1 | ― | 31.0 | 4.8 | ― | 29.2 | 5.8 | ― | |
| 学歴 | 専門学校 | 8(4.2) | 22.4 | 4.5 | 0.91 | 31.6 | 2.9 | 1.58 | 30.0 | 4.0 | 0.49 |
| 短大 | 22(11.5) | 23.0 | 5.4 | ― | 30.3 | 6.7 | ― | 30.6 | 6.6 | ― | |
| 大学 | 154(80.2) | 22.9 | 5.2 | ― | 31.1 | 4.6 | ― | 29.0 | 5.5 | ― | |
| 大学院 | 8(4.2) | 25.9 | 3.2 | ― | 29.8 | 1.6 | ― | 30.5 | 10.7 | ― | |
| 身近な人の死 | あり | 47(24.5) | 22.8 | 5.2 | 0.31 | 30.6 | 4.9 | 0.71 | 30.2 | 6.1 | –1.21 |
| なし | 145(75.5) | 23.1 | 5.1 | ― | 31.1 | 4.7 | ― | 29.0 | 5.7 | ― | |
| 婚姻状況 | 既婚 | 50(26.0) | 23.3 | 5.1 | 0.43 | 30.5 | 4.6 | –0.87 | 29.9 | 6.5 | 0.82 |
| 未婚 | 142(74.0) | 22.9 | 5.1 | ― | 31.2 | 4.8 | ― | 29.1 | 5.6 | ― | |
| 自己犠牲の傾向 | あり | 168(87.5) | 23.2 | 5.1 | –1.43 | 31.1 | 4.8 | –0.37 | 29.3 | 6.0 | 0.1 |
| なし | 24(12.5) | 21.6 | 5.0 | ― | 30.7 | 4.3 | ― | 29.4 | 4.8 | ― | |
| 夜勤 | あり | 175(91.2) | 23.1 | 5.1 | –1.01 | 31.1 | 4.8 | –0.64 | 29.6 | 5.7 | –2.27* |
| なし | 14(7.3) | 21.6 | 4.9 | ― | 30.2 | 3.8 | ― | 25.9 | 6.5 | ― | |
| 夜勤回数(月) | < 1 | 14(7.3) | 21.6 | 4.9 | 0.53 | 30.2 | 3.8 | 1 | 25.9 | 6.5 | 2.89 |
| 1–9 | 57(29.7) | 23.2 | 5.6 | ― | 30.4 | 5.6 | ― | 30.1 | 6.2 | ― | |
| ≧ 10 | 118(61.5) | 23.0 | 4.9 | ― | 31.4 | 4.4 | ― | 29.3 | 5.5 | ― | |
| 残業時間 | < 10 | 12(6.3) | 22.1 | 5.8 | 0.35 | 31.1 | 4.2 | 1.37 | 26.8 | 5.5 | 1.43 |
| 10–19 | 25(13.0) | 23.0 | 4.5 | ― | 29.6 | 4.6 | ― | 29.0 | 6.9 | ― | |
| 20–29 | 46(24.0) | 22.7 | 5.0 | ― | 30.9 | 4.6 | ― | 29.8 | 4.6 | ― | |
| 30–39 | 47(24.5) | 23.6 | 4.9 | ― | 32.3 | 3.8 | ― | 28.2 | 6.0 | ― | |
| ≧ 40 | 52(27.1) | 23.5 | 5.7 | ― | 31.3 | 5.6 | ― | 30.3 | 6.1 | ― | |
| 委員会/月 | あり | 113(58.9) | 23.1 | 4.5 | –0.24 | 30.7 | 5.0 | 1.27 | 30.5 | 6.0 | –3.51** |
| なし | 68(35.4) | 22.9 | 6.0 | ― | 31.6 | 4.4 | ― | 27.4 | 5.2 | ― | |
| 研修/月 | あり | 87(45.3) | 23.1 | 4.8 | –0.61 | 30.4 | 4.7 | 1.54 | 30.9 | 5.5 | –3.37** |
| なし | 99(51.6) | 22.7 | 5.3 | ― | 31.5 | 4.7 | ― | 28.1 | 5.8 | ― | |
| 看取り/月 | あり | 82(42.7) | 23.4 | 5.4 | –0.93 | 31.1 | 4.8 | –0.06 | 30.0 | 5.5 | –1.28 |
| なし | 106(55.2) | 22.7 | 4.8 | ― | 31.0 | 4.7 | ― | 28.9 | 6.1 | ― | |
| トラウマティックなケア経験の有無 | あり | 58(30.2) | 24.5 | 5.0 | –2.81** | 30.6 | 5.0 | 0.82 | 30.5 | 5.8 | –1.66 |
| なし | 131(68.2) | 22.3 | 4.9 | ― | 31.2 | 4.5 | ― | 29.0 | 5.7 | ― | |
| トラウマティックなケア経験後のサポート | あり | 28(14.6) | 25.0 | 5.4 | –0.61 | 31.3 | 4.8 | –1.15 | 31.4 | 6.0 | –1.13 |
| なし | 30(15.6) | 24.1 | 4.8 | ― | 29.8 | 5.1 | ― | 29.6 | 5.6 | ― | |
注)各項目において無回答のデータは除く.
注)項目数が2群の場合は検定統計量t,3群以上の場合はFを記載.
* p < .05,** p < .01
a資格:認定看護師,専門看護師
共感疲労において有意差のみられた項目はトラウマティックな経験をした患者家族のケア,理不尽な患者家族のクレーム対処,非常に混乱した患者家族の対処であった(表2,表3).共感満足において有意差のみられた項目は夜勤,委員会,研修,急変した患者の看取り,高度な知識技術が必要なケア,仕事の称賛,専門家への相談の機会であった.また,多重比較の結果,45歳以上は25歳未満より,経験年数16年以上は2,3年より有意に共感満足が高かった.
| 項目 | n(%) | 共感疲労 | バーンアウト | 共感満足 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| Mdn | 四分位範囲 | p | Mdn | 四分位範囲 | p | Mdn | 四分位範囲 | p | ||
| 急変した患者の看取り | ||||||||||
| あり | 57(29.7) | 24 | 20.8–27.3 | .14 | 31 | 28.0–35.0 | .85 | 31 | 27.0–34.0 | .02 |
| なし | 134(69.8) | 24 | 18.0–26.0 | ― | 31 | 28.0–34.0 | ― | 29 | 25–32 | ― |
| 高度な知識・技術が必要なケア | ||||||||||
| あり | 144(75.0) | 23 | 20.0–27.0 | .28 | 31 | 28.0–34.0 | .44 | 29.5 | 26.8–33.0 | .004 |
| なし | 48(25.0) | 22 | 18.0–26.0 | ― | 32 | 28.0–34.0 | ― | 28 | 25.0–30.0 | ― |
| 理不尽な患者家族のクレーム対処 | ||||||||||
| あり | 109(56.8) | 24 | 21.0–27.0 | .002 | 31 | 28.0–35.0 | .37 | 29 | 26.0–32.0 | .46 |
| なし | 82(43.2) | 21 | 18.0–25.0 | ― | 30 | 28.0–34.0 | ― | 29 | 25.5–33.0 | ― |
| 非常に混乱した患者家族の対処 | ||||||||||
| あり | 97(50.5) | 24 | 20.8–27.3 | .019 | 31 | 28.0–34.0 | .81 | 30 | 26.0–34.0 | .16 |
| なし | 95(49.5) | 22 | 18.0–25.5 | ― | 30.5 | 28.0–34.0 | ― | 29 | 25.0–31.5 | ― |
| 退院転院調整 | ||||||||||
| あり | 171(89.1) | 23 | 19.0–26.8 | .47 | 31 | 28.0–34.0 | .49 | 29 | 26.0–33.0 | .5 |
| なし | 20(10.4) | 23 | 20.0–26.0 | ― | 33 | 28.0–34.0 | ― | 28 | 25.0–30.0 | ― |
| 重篤な患者のケア | ||||||||||
| あり | 141(73.4) | 23 | 20.0–27.0 | .19 | 31 | 28.0–34.0 | .72 | 29 | 26.0–33.0 | .052 |
| なし | 51(26.6) | 22 | 17.5–26.0 | ― | 30 | 28.0–34.0 | ― | 28 | 25–31 | ― |
| チームのまとまり | ||||||||||
| あり | 183(95.3) | 23 | 19.0–26.0 | .69 | 31 | 28.0–34.0 | .28 | 29 | 26–33 | .08 |
| なし | 9(4.7) | 25 | 19.0–28.0 | ― | 32 | 28.0–37.0 | ― | 27 | 23.0–29.0 | ― |
| 仕事の称賛 | ||||||||||
| あり | 123(64.1) | 23 | 20.0–27.0 | .54 | 30 | 28.0–33.0 | .003 | 29 | 27.0–34.0 | .01 |
| なし | 68(35.4) | 23 | 18.0–26.0 | ― | 33 | 28.5–36.0 | ― | 28 | 24.8–31.3 | ― |
| ケアの話し合いの機会 | ||||||||||
| あり | 122(63.5) | 23 | 19.3–27.0 | .94 | 31 | 28.0–34.0 | .53 | 29 | 25.3–32.0 | .84 |
| なし | 70(36.5) | 23 | 18.0–26.0 | ― | 31 | 28.0–34.8 | ― | 29 | 26.0–33.0 | ― |
| 専門家への相談の機会 | ||||||||||
| あり | 158(82.3) | 23 | 19.0–26.0 | .1 | 30 | 28.0–33.0 | .007 | 29 | 27.0–33.0 | <.001 |
| なし | 33(17.2) | 25 | 20–28 | ― | 34 | 30.0–36.0 | ― | 25 | 23.0–28.0 | ― |
| 提供したいケアの質と実際のギャップ | ||||||||||
| あり | 175(91.2) | 23 | 19.0–27.0 | .32 | 31 | 28.0–34.0 | .41 | 29 | 26.0–29.3 | .09 |
| なし | 16(8.3) | 21.5 | 18.5–24.0 | ― | 30 | 26.5–32.5 | ― | 27.5 | 24.8–29.3 | ― |
注)各項目において無回答のデータは除く.
a いつも,たいてい,時々を「あり」,めったにない,まったくないを「なし」とし2群に分けた.
共感疲労と労働遂行能力に有意な関連はなかった(表4).共感満足のHigh群はAverage群,Low群より,Average群はLow群より有意に自己の労働遂行能力が高く,共感満足のHigh群,Average群はLow群より他者と比べた自己の労働遂行能力が高かった.サブグループ解析では,35歳から44歳,経験年数が10から15年,16年以上およびトラウマティックな経験をした患者家族のケア経験有り,急変時の看取り経験有り,患者家族の理不尽なクレーム対処経験有り,非常に混乱した患者家族のケア経験有りと答えた群に共感疲労と労働遂行能力の間に有意な負の相関を認めた(表5).
| n(%) | 自己の労働遂行能力 | 他者と比べた自己の労働遂行能力 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| Mdn | 四分位範囲 | p | Mdn | 四分位範囲 | p | ||
| 共感疲労 | |||||||
| Low | 63(32.8) | 50 | 35.0–70.0 | .24 | 0.9 | 0.6–1.0 | .85 |
| Average | 80(41.7) | 50 | 40.0–60.0 | ― | 1.0 | 0.7–1.0 | ― |
| High | 48(25.0) | 50 | 37.5–52.5 | ― | 0.9 | 0.7–1.0 | ― |
| バーンアウト | |||||||
| Low | 64(33.3) | 60 | 50.0–70.0 | <.001 | 1.0 | 0.8–1.2 | <.001 |
| Average | 71(37.0) | 50 | 40.0–60.0 | ― | 0.8 | 0.6–1.0 | ― |
| High | 56(29.2) | 40 | 30.0–50.0 | ― | 0.8 | 0.6–1.0 | ― |
| 共感満足 | |||||||
| Low | 57(29.7) | 40 | 30.0–50.0 | <.001 | 0.8 | 0.5–1.0 | <.001 |
| Average | 95(49.5) | 50 | 40.0–60.0 | ― | 1.0 | 0.7–1.0 | ― |
| High | 40(20.8) | 60 | 50.0–70.0 | ― | 1.0 | 0.9–1.2 | ― |
注)各項目において無回答のデータは除く.
| 個人および職場の特性 | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年齢: 35~44歳 |
看護師経験年数: 10~15年 |
看護師経験年数 ≧16年 |
トラウマティックな経験をした患者家族のケア経験:あり | 急変時の看取り: あり |
患者家族の理不尽なクレーム対処: あり |
非常に混乱した患者家族のケア: あり |
|
| n | 30 | 36 | 25 | 58 | 57 | 109 | 97 |
| 自己の労働遂行能力 | –.44* | –.39* | –.45* | –.40** | –.30* | –.25* | –.26* |
| 他者と比べた自己の労働遂行能力 | –.33 | –.27 | –.0004 | –.36* | –.08 | –.11 | –.18 |
Spearmanの順位相関係数
* p < .05,** p < .01
本研究の対象者の35歳未満が占める割合は78.7%に対し,共感疲労の先行研究(福森ら,2018;Wu et al., 2016;Yoder, 2010)では35または40歳未満は21~36%であった.また,経験年数10年未満は本研究が68.3%,先行研究では10,11年未満が18~39%であった.本研究の対象に若年層,経験年数が短い群が多いことは,大学病院看護師は他施設と比べて若年層が多いことが背景にある.また,学歴が大学卒業以上を占める割合は本研究は84.4%に対し,先行研究では8.6~73.1%であった.本研究の対象に高学歴が多いことは対象施設が都心部に位置し,大学卒業後の就職率が高いことが関連していると考える.
本研究の約7割が共感疲労のAverage,High群で,大学病院一般病棟看護師は高い共感疲労のリスクを抱えていた.本研究のproQOL-JN平均点は欧米(Wu et al., 2016;Hegney et al., 2014)と比較し,共感満足が6~13点低かった.共感疲労,共感満足の高リスク群が欧米(Wu et al., 2016;Mason et al., 2014)はほぼ0%だったが,本研究ではいずれも約3割を占めた.本研究の共感満足の平均点が低く,共感疲労,共感満足の高リスク群が多い背景には,若年層,経験年数が短い群が多いことが関連する可能性がある.共感疲労,共感満足と年齢,経験年数の関連は研究によりばらつきはある(福森ら,2018;Hegney et al., 2014;Wu et al., 2016;Yoder, 2010;Hee & Kyung, 2012)が,共感疲労が年齢や経験年数が高い方が低い(Wu et al., 2016;Hee & Kyung, 2012)及び共感満足は年齢や経験年数が高い方が高いことを示唆する研究(福森ら,2018;Hegney et al., 2014)も多い.
2. 共感疲労,共感満足において有意差のみられた個人および職場の特性本研究では大学病院一般病棟看護師の共感疲労と関連のある個人および職場の特性を調べるために,先行研究で共感疲労,共感満足と関連があった因子(Abendroth, 2005;Fukumori et al., 2018;福森ら,2018;Komachi et al., 2012;Perry et al., 2011;Wu et al., 2016)を調査した.本研究では個人の特性と共感疲労において有意な関連はみられなかった.先行研究では年齢や経験年数,学歴等と共感疲労において有意な関連がみられたものもあるが,一致した結論は得られていない(福森ら,2018;Hee & Kyung, 2012;Hegney et al., 2014;Mason et al., 2014;Wu et al., 2016).共感疲労は苦しむ人のケアの結果に起因する(Boyle, 2011).本研究で共感疲労において有意な関連のみられた3項目はいずれも患者家族と関わるケア経験であった.トラウマティックな経験をした患者家族のケア経験が共感疲労と関連があったことは,トラウマをもつ患者のケアは共感疲労を促進するという先行研究(Hinderer et al., 2014)と一致する.理不尽な患者家族のクレーム対処は,共感疲労は自責感と関連し(Komachi et al., 2012),専門職としての不全感は共感疲労の認知的反応であり(Fukumori et al., 2018),クレームを受け自責感や不全感を感じ共感疲労につながったと考える.非常に混乱した患者家族のケアは,混乱した患者家族には熱心な関わりが求められ,熱心な関わりは共感疲労の促進要因である(Coetzee & Klopper, 2010)ことから共感疲労につながったと考える.
共感満足と個人および職場の特性において有意な関連がみられた専門家への相談の機会および仕事の称賛は,サポーティブな職場環境が共感満足と関連する(Wu et al., 2016)ため,共感満足と関連があったと考える.本研究では先行研究とは異なりチームのまとまりと共感満足において有意差がみられなかったが,チームのまとまりがないと答えた看護師は9名(4.7%)であり統計的有意差がなかった可能性がある.効果的に機能するチームは信頼し合い情報やリソースを十分に共有している(Brunetto et al., 2011).専門家への相談の機会と仕事の称賛は,チームで一つの方向に向かいケアを共有し,お互いを認め合うことにつながり,答えのでないことの多い過酷な現場の中で,共感満足につながる重要なサポートであると考える.
3. 共感疲労と労働遂行能力の関連共感疲労と労働遂行能力には有意な関連がなく,共感疲労,共感満足と関連のあった個人及び職場の特性に対しサブグループ解析をすると,共感疲労と労働遂行能力に相関のある特性を認めた.共感疲労は継続性,蓄積性の(Coetzee & Klopper, 2010)複雑な現象で,その把握のためには年齢や経験年数,ケア内容等看護師個々がおかれている状況を丁寧に分析する必要があると考える.共感疲労と労働遂行能力に有意な負の相関のあった特性は共感疲労において有意な関連のみられたトラウマティックな経験をした患者家族のケア経験有り,理不尽な患者家族のクレーム対処経験有り,非常に混乱した患者家族のケア経験有りの3項目に加え,急変時の看取り経験有り,35から44歳,経験年数10年以上の群であった.急変時の看取りは同時に共感満足と関連があり,看護師の背景により影響が異なると推察される.年齢と経験年数については本研究の対象群は若年層,経験年数が浅い群が大半を占め,経験年数の長い看護師の負担が大きい可能性がある.
4. 本研究の限界と今後の課題本研究は横断研究のため結果の因果関係までは明らかにできない.また,対象を限定した調査であり一般化できない.また,サブグループ解析においてはn数が少ないものもあり,βエラーが起きている可能性があるため,対象数を増やし調査を行う必要がある.本研究は大学病院一般病棟看護師の共感疲労の実態を調査した初めての研究であり,今後は多施設での調査や大学病院一般病棟看護師の共感疲労に関連する要因のさらなる検討が必要である.
本研究で大学病院一般病棟看護師の共感疲労,共感満足と関連のある個人および職場の特性と共感疲労と労働遂行能力の関連を明らかにした.共感疲労と労働遂行能力に有意な関連はなかった.共感疲労は蓄積性,継続性のある複雑な現象で,その把握のために年齢や経験年数,ケア内容等看護師個々がおかれている状況を丁寧に分析する必要があることが示唆された.
付記:本研究は慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科に提出した修士論文に加筆,修正を加えた.
謝辞:本研究の調査にご協力くださいました,A病院の看護師の皆様,本研究にご協力,ご指導くださいました皆様に厚く御礼を申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:AMは研究の着想およびデザイン,データ収集と分析,原稿の作成まで研究全体に貢献し,HKは研究の着想,デザイン,分析,解釈,研究プロセス全体の助言に貢献した.全ての著者は最終原稿を読み,承認した.