2022 年 42 巻 p. 231-239
目的:意思疎通の図りにくいうつ病患者に接近を続ける精神科看護師の認知,思考,行動のプロセスを明らかにする.
方法:精神科経験3年以上の看護師17名に半構造化面接を行い,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて分析した.
結果:看護師は,患者の醸し出す【バリアとの対峙】に至ったとしても,【バリアの内側に届く方法を探す】ことをしていた.看護師はうつ病看護への信念を持ち,患者を【ひとりぼっちにさせたくない】という思いを抱いていたため,患者の【語られない本音に思いを巡らす】ことが出来,【閉ざされた心に続けるノック】をし続けていた.
結論:うつ病患者に対して看護師は困難感を抱きやすいが,看護師は患者の孤独な心情を捉え,自分の声がきっと患者に届くと信じることで自身の感情をコントロールし,患者に接近をし続けることが出来ていた.
Purpose: The present study aimed to clarify the cognitions, thoughts, and behavior process applied by nurses to approach depressed patients who have communication difficulties.
Methods: Data were collected through semi-structured interviews of 17 nurses with >3 years’ experience of practicing psychiatric nursing. The data were analyzed using a modified grounded theory approach.
Results: Based on the nurses’ interviews, nurses who continue to be involved with depressed patients, even if they have to confront the barriers created by the patient, they try to find a way to penetrate these barriers. In such a situation, the nurses believed in depression nursing and did not want to leave the patient alone. For this reason, they could ponder on the inexpressible true intentions of the patients and continued to act in ways that allowed the patient to open up to them emotionally.
Conclusion: Nurses tend to feel helpless toward depressed patients, but they can control their emotions and keep approaching the patient by capturing the patient’s feelings of loneliness and believing that their voice will reach the patient.
ストレス社会と言われる現代において,うつ病をはじめとする気分障害を有する患者は2002年に71.1万人程度であったが,2017年には127.6万人まで増加した(厚生労働省,2017).また,自殺とうつ病の社会的損失として2009年単年度だけで2.7兆円が算出されている(厚生労働省,2010).うつ病はこのように多大な社会的損失をもたらすだけでなく,個々のうつ病者にとっては,本人だけでなく家族まで苦しませることになる.そのため,医療者としてうつ病者の円滑な治療を実施し,早期に回復できるよう支援していくことが喫緊の問題である.
しかし,うつ病は発病の背景や病状の経過が様々であり,うつ病患者へのケアに対して看護師は苦慮していると推察される.このことを示すように,うつ病に関する多くの先行研究において,うつ病の多様化や対象理解の困難さ,患者に関わることへの困難感や無力感,意思の疎通をはかりにくい患者に対する看護師の否定的感情などに焦点が当てられていた(川合ら,2011;小瀬古ら,2014;増田・夛喜田,2014;六田・藤澤,2015).
先行研究で明らかになった看護師が患者と関わる中で抱く否定的な認知は,患者の多様な症状が起因となっていると推察される.患者の思考が滑らかに進まなくなる思考障害や,意欲低下を代表とする精神運動制止,感情が湧かずに気持ちが沈むことなどが看護師からのアプローチへの反応を妨げている.さらに繰り返し訴える貧困,罪業妄想といった病的体験,焦燥感や強い不安感,修正しづらい認知の歪みによる否定的な現実認知などがみられる.そのため,看護師はうつ病患者に向きあうことに苦慮していると考えられる.特に患者に死への執着,すなわち希死念慮がある場合,看護師は患者の行動化に不安と恐怖を感じるが故に慎重になってしまい,必要最小限の関わりに留まったり,関わりそのものを回避しようとしたりすることがあるといわれている(五十嵐・船山,2017).
一方で,看護師が患者との密な関わりを避け,当たり障りのない表面的な対応を行うことは,患者の孤独感を深める要因になり得るといわれている.Kuiper(1988a)は自身の闘病生活の手記において,うつ病患者は人との接触をことごとく避けてはいても,接触の手を差し伸べてもらえない事に苦しんでいたことを明らかにした.そのためKuiper(1988b)は,抑うつの状態を「残酷な孤立」と表現した.長田・長谷川(2013)の自殺企図経験のあるうつ病患者の感情及び状況を分析した研究においても,うつ病患者は自殺企図前後に疎外感や孤独感を感じていたことを報告した.すなわち,客観的な患者の状態の理解と患者自身の思いとの間にずれが生じていると考えられる.ところが,Kuiper(1988a)は,孤立を感じるうつ状態の中でも看護師の関わりに思いやりを感じることができた時,自身の置かれた状況が地獄ではないのかもしれないという思いに至ったと記述している.
反応が少なく意思疎通が図れないうつ患者に対する看護師の接近は意味があると考えられる.しかしながら,このような患者と関わる際に,看護師は患者をどう捉え,どのように考えながらケアを続けているのかについて論じた研究は見当たらなかった.そこで本研究では,意思疎通の図りにくいうつ病患者に接近を続ける精神科看護師の認知,思考,行動のプロセスを明らかにすることを目的とした.意思疎通の図りにくいうつ病患者を看護師がどう捉え,考え,行動を続けているのか明らかになれば,うつ病患者への看護方法を深めることができ,看護師を勇気づける一助となるであろう.
本研究は,看護師のうつ病患者との関係における状況の経験を理解するためのグラウンデッドセオリー研究である.特に今回は看護師への半構造化面接を用いた修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下M-GTA)(木下,2003)とした.本研究で取り扱う現象は,看護師が反応の乏しいうつ病患者,すなわち意思疎通の図りにくい状態の患者を知覚しながら生まれてくる主観的な意味に基づいて看護ケアを行うものである.この観点から看護師と患者の双方でサービスを提供する側とそれを受ける側の相互的作用が展開されプロセス的性格を有する現象を背景とする研究に適しているM-GTAを用いた(木下,2007).
2. 調査方法 1) 対象の選定方法公益社団法人日本精神科病院協会に登録されている関東圏内の精神科を標榜する病院施設で,かつ新人看護師を体系的に教育する土壌が整っている環境として,ホームページによって看護師への教育体系が公表されている病院に限定した.選定基準に則り,21か所の病院管理者に研究協力の依頼を行い,5箇所から研究協力の承諾を得た.
次に5箇所の病院から研究対象者となる看護師を選定した.本研究は複数例のうつ病患者を担当した経験を持ち,対応の困難なうつ病患者に対しても接近し続ける看護師を対象としたため,基準として1.精神科臨床経験3年以上,2.うつ病患者とよく話をしている,3.スタッフからうつ病患者の看護方法についてアドバイスを求められる看護師とし,除外基準として准看護師を除外した.この基準に則り病棟管理者に推薦してもらった看護師に改めて研究の趣旨や倫理的な配慮を口頭と書面で説明し,同意を得たものを研究参加者とした.
2) データ収集方法研究参加者に1対1で1回60分程度の半構造化面接を実施した.インタビュー内容は,意思疎通の図りにくいうつ病患者の状態をどうアセスメントし,関わりに対して反応が乏しい際にどのような関わりをしていたかとし,特にその時々に感じた思いや感情,患者の状況や些細な反応をどのように意味付けして,どのような行動をしたのかなどについて具体的に語ってもらった.インタビュー内容は同意を得たうえでボイスレコーダーを用いて録音した.
3. 調査期間2018年4月から2018年6月.
4. 分析方法録音したデータを文字データに変換し,ディティールの豊富なデータを基に最初の概念を創出した.そのときの分析焦点者を意思疎通が図りにくく反応が得られにくいうつ病患者に対して,患者の状態に配慮しながら声かけや接近を繰り返す精神科看護師と定め,分析テーマをうつ病患者と関わる分析焦点者の認知と思考,行動のプロセスと設定した.
導き出された概念ごとに分析ワークシートを作成しながら,ヴァリエーションを文脈が明確になるように抽出して記載し,複数のヴァリエーションの共通要素や,その逆に共通要素のない要素などを明確にしていった.生成した概念と類似あるいは対極にある概念との比較を繰り返すことで解釈が恣意的に偏る危険性を防ぎながら精錬度を高めていった.新たな概念を創出できなくなった段階で理論的飽和とした.
さらに複数の概念の関係性からカテゴリーとしてまとめ上位の概念を生成し,概念,カテゴリー間の繋がりなどを検討し,その繋がりを基にストーリーラインとして記述し,さらに結果図を作成した.
分析方法や概念の創出に関してその妥当性,厳密性を確保するためにこの手法に精通している研究者にスーパーバイズを依頼した.また,結果図とストーリーラインの不可疑性を高めるために研究指導教員および複数の大学院生との間でディスカッションを重ねた.
5. 倫理的配慮倫理的配慮については看護管理者,所属長,参加者にそれぞれ書面と口頭にて説明を行った.倫理的配慮として,研究の目的,方法,研究参加の任意性,同意,撤回の自由の保証,参加・不参加による不利益がないこと,個人情報の守秘,学術資料以外に使用しないことなどについて説明した.本研究では対象者の選定を職位のある者に依頼するため,看護管理者や所属長には対象者の最終的な研究協力の諾否については伝えず,参加者の自由意思を保証するよう努めた.なお,本研究は順天堂大学医療看護学研究科研究等倫理委員会の承認を得て実施した.(承認番号: 順看倫第29-54号)
研究に承諾を得られた病院は5箇所で,設置主体は公立病院が1箇所,大学病院が1箇所,一般財団法人を含む民間病院が3箇所,病床数は全て200床以上,看護基準は10:1から20:1であった.
研究参加者は17名,平均年齢は40 ± 12.4歳,精神科経験年数は平均12年2か月,副主任以上の職位についていたものは5名(29.4%),認定看護師は3名(17.6%),インタビュー時間は平均48分10秒±8分33秒であった(表1).
参加者 | 性別 | 年齢 | 面接時間 | 基礎教育 | 精神科経験(月数) | 資格 | 職位 |
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A | 女 | 20代 | 36:11 | 大学 | 46 | 看護師,保健師 | スタッフ |
B | 男 | 40代 | 58:01 | 専門 | 238 | 看護師 | 主任 |
C | 女 | 1:02:26 | 120 | 看護師 | スタッフ | ||
D | 女 | 50代 | 43:14 | 専門 | 145 | 看護師 | スタッフ |
E | 男 | 40代 | 41:09 | 専門 | 194 | 看護師 | 主任 |
F | 男 | 40代 | 30:50 | 短大 | 120 | 看護師 | スタッフ |
G | 女 | 40代 | 58:50 | 大学 | 217 | 看護師 | 師長 |
H | 女 | 20代 | 51:24 | 専門 | 53 | 看護師 | スタッフ |
I | 女 | 30代 | 46:32 | 専門 | 204 | 認定看護師 | スタッフ |
J | 男 | 30代 | 45:01 | 専門* | 97 | 看護師 | スタッフ |
K | 女 | 30代 | 39:11 | 専門 | 157 | 看護師 | スタッフ |
L | 男 | 40代 | 51:01 | 専門 | 108 | 看護師 | スタッフ |
M | 男 | 40代 | 48:34 | 専門* | 74 | 看護師 | スタッフ |
N | 女 | 30代 | 58:26 | 大学 | 158 | 認定看護師 | スタッフ |
O | 男 | 50代 | 50:08 | 専門 | 266 | 看護師 | スタッフ |
P | 女 | 30代 | 49:35 | 専門 | 146 | 看護師 | 副主任 |
Q | 男 | 30代 | 52:08 | 専門 | 146 | 認定看護師 | 師長 |
平均 | 40 | 48:24 | 146.4 | ||||
標準偏差 | 12.4 | 08:33 | 62.7 |
年齢の平均値,標準偏差は未回答のCを除く16名で計算した
* 看護系以外の大学を卒業
分析の結果,28の概念と10カテゴリーが生成された.生成した概念やカテゴリー相互の関係や,変化のプロセスを図1で示した.以下,概念名を〈 〉,カテゴリーを【 】,具体例を太字ゴシック体で表記し「 」で囲み,対象者が患者から受けた言葉を『 』,文脈を補う説明を( ),省略を・・で示した.
うつ病患者との関わりを続ける精神科看護師の認知と思考,行動のプロセス
反応に乏しく意思疎通が図りにくいうつ病患者に接近し続けていく看護師の認知,思考,行動のプロセスとは,看護師は,【きっと届く私の声】という強い信念で自らを支えながら患者に注意を向け続け,患者の醸し出す【バリアとの対峙】に直面し戸惑っても,【語られない本音に思いを巡らす】ことを繰り返し,諦めることなく【閉ざされた心に続けるノック】をし続けることであった.そして看護師は,患者がうまく表現できなくても自分の思いを受け止めてくれていたことに気づかされていた.
看護師は患者との関わりにおいて,患者の〈深まる孤独に触れる〉体験をしていた.そして,孤独な【患者との関わりの糸口を探す】ために〈突破口の探求〉や〈適切な心理的距離の探索〉をしていた.しかしこの過程で看護師は〈八方塞の感覚〉に陥り,患者との間に生じる【バリアとの対峙】をしていた.しかしその対峙の中にあっても,看護師は【バリアの内側に届く方法を探す】ことを続けていた.
この対峙とケアの繰り返しの中で看護師は,【語られない本音に思いを巡らす】ことを繰り返し,患者に関心を寄せ続けた.【バリアとの対峙】は看護師にとって苦痛を伴うものであったが,それでも思慮し続けることを諦めなかったのは,うつ病患者を【ひとりぼっちにさせたくない】という思いと,患者が反応しなくても声をかけ続けさえすれば,【きっと届く私の声】という強い信念,つまり看護師のうつ病看護への思いの存在が影響していた.
これらが原動力となり諦めずに患者の【閉ざされた心に続けるノック】行動に具現化された.この行動は看護師が諦めずに日常生活のケアをしながら見守り,関わり続けることであった.また,日々繰り返していく関わりの中で,バリアを崩すタイミングを〈見計らう頃合い〉を模索し,〈無理強いしないで待つ姿勢〉で待ち続け,〈見逃さない些細な(患者の)変化〉を意識していた.
これらの持続的で辛抱強い関わりから【見えてきた患者の実体】を察知出来た時,看護師にとって患者は特別な存在〈あなたにとっての看護師〉になっていたと気付かされた.一方,患者からは〈無反応でも築かれていた関係〉があったというメッセージを示された.それ故,看護師が患者との関わりを継続している過程で,反応がなくても患者の心中では自分との関わりを受けとめてくれていたのだと気づかされ,そこには【積み重ねられていた関係】が示唆されていた.
2) カテゴリーと構成概念 (1) 【肌で感じる孤独感】このカテゴリーは,〈苦悩の根を感じ取る〉と〈深まる孤独に触れる〉の2つの概念で構成された.両者の概念は共通して看護師の患者に関する認識を表していた.患者には言葉や行動だけでは表現できない苦しみをひとりで抱えており,看護師はその苦しみを直観的に感じているという特徴から,カテゴリー名を【肌で感じる孤独感】とした.
「もう無表情だし,なんかでも一人で泣いているんですよ.布団被りながらも一人で泣いていたり,でもそれを誰にも言わなかったり,なのでずっと布団被っているから寝てるか寝てないかもわからないし,聞いても大丈夫ですっていうから,・・(家族の面会も)ほぼなかったです」(H)
(2) 【患者との関わりの糸口を探す】このカテゴリーは看護師が患者と関わりをもつための手がかりをみつけようとすることを示しており,〈突破口の探求〉と〈適切な心理的距離の探索〉の2つの概念で構成された.2つの概念は共通して関わるための糸口を模索する関わりの初期の部分を表していた.
「もう全然反応がなくて,先生が来ても無言だし,布団からも出てこないし,薬も飲まないし,みたいな.・・本当に魂が抜けたような,感じだったんですけど.・・生活を,現実(大部屋)に,戻したら今度,環境がヤダヤダって言葉を発するようになったんですね.・・そこがきっかけでまあ話すようになって.」(Q)
(3) 【バリアとの対峙】このカテゴリーは看護師が患者との関わりへの困難さに対峙していることを示しており,〈障壁の高さ〉〈立ち入れぬ溝〉〈八方塞の感覚〉の3つの概念で構成された.これら3つの概念では看護師は患者の拒絶的や悲観的な言動からケアへの無力感や不全感を抱き,関わることへの戸惑いや困難感を抱く看護師の心情を表しているという共通点が見られた.
「入院してからは必要最低限の関わりなのでずっとベッドで臥床していてカーテンを閉め切っていて,・・会話をしだすと布団をかぶってしまうような状態が続いていた方でした.・・会話の糸口もなく,・・少しお話をなんて言ってみても『いや,別に何もないんで』って冷たく突き放すような言い方は続いていて」(K)
(4) 【バリアの内側に届く方法を探す】このカテゴリーはバリアとの対峙の中で,看護師が個々に合ったケアを模索し実践していることを示しており,〈呪縛からの抜け道を探る〉〈安らげるケアの探求〉〈試みとしての身体的接触〉〈脱いでみる医療者の鎧〉〈語り場としての看護師〉の5つの概念で構成された.これらの概念では,看護師は患者の反応をみながら応対を変え,看護師を受け入れてもらえるよう模索しているという共通点があった.
「何を聞いても同じことを言ったので,まあ違うとこからアプローチしていくのが一番,やっぱそれに囚われちゃってるとそれも不安だし,余計自分でこう,自分を煽っていることもあるかなって.なので,少しちょっと話を切り離せないかなって」(B)
(5) 【語られない本音に思いを巡らす】このカテゴリーは,看護師は患者に近寄り難いと感じても関わりを止めるのではなく,患者の立場に立って表現されない思いや相反する思考を理解し共感しようとすることを示していた.〈心情に思いを巡らす〉〈感じ取る患者の地力〉〈患者と同感する試み〉〈境遇把握〉〈苦悩への共感〉の5つの概念で構成され,これらは共通して,患者の表現されない思いに共感しようとしていた.
「なんでしょうね….表出しない人ほど思いがいっぱいあるんだろうな,とは思ってます.・・ほんとに喋らない人は一個ずつ開けていってあげないと,絶対自分から開けない気がして…」(N)
(6) 【ひとりぼっちにさせたくない】この概念は,看護師は患者の表に出ている言動や行動とは相反する,患者の精神内界にある孤独感を感じ,表面的な訴えに惑わされることなく関わりを持ち続けていくことを示しており,単独でカテゴリーとした.
「辛い症状が見るからにあるのに,そういう時にも訴えられない・・やっぱり孤独とかを感じる事でマイナスな方向とか症状にいってもらいたくなくて.休息は必要なうえでそれをとりつつ日中とか声をかける…(話をする)時間というか,心がけというか,(話は)なるべくしようと思っていて」(P)
(7) 【きっと届く私の声】このカテゴリーは,〈関わりは届くと信じる〉と〈回復への信念〉の2つの概念で構成された.これらの概念では,看護師は患者が反応に乏しく自身の関わりが一方的だと感じていても,看護師が関わることに意味があると信じているといった共通点がみられたため,カテゴリー名を【きっと届く私の声】とした.
「何を言われても,反応がなかろうと空振りでも.(反応がなくても)行く.・・きっと(看護師の言葉は)聞こえているんですけど,反応が出来ない・・なんかこう行動が伴わないというか,(そういう)状態に陥っているだけなので,きっと意思とか,こちらの発言は聞こえていると思うので」(P)
(8) 【閉ざされた心に続けるノック】このカテゴリーは,看護師は,患者との関わりに変化を感じられなくても諦めずに通い続け,関わりを持ち続けることでうつ病者の閉ざされた思いが出る時を待つことを示しており,〈閉ざされた心に続けるノック〉〈再来の約束〉〈気にかけている雰囲気を醸し出す〉の3つの概念で構成された.〈閉ざされた心に続けるノック〉が全ての概念を包括した意味を有していると考えカテゴリー名とした.
「(患者の反応を)待つ中に,なんかこう何も変わらなそうなところに,なんか何度もアタックしてですね,・・こう,…石をコンコンコンコンって毎日たたいて,パキって割れる瞬間というのがふっと来るというか」(I)
(9) 【患者の実体を掴む】このカテゴリーは,看護師が患者のその時々で変化する病状の波に合わせて注意深く観察することで,本来の患者の姿を看護師が段々と理解していくことを示しており,〈見計らう頃合い〉〈無理強いしないで待つ姿勢〉〈見逃さない些細な変化〉の3つの概念で構成された.
「『いや,わかんないです,はぁ.』とか言っていた人が,『そうね,でも自分でもちょっと混乱しているのはわかるのよ』とか,・・自分の状態をこう,『さあ』から,言えるように,ちょっと混乱しているけど言えるようになってきたのとかのキッカケ…を得た時に」(I)
(10) 【積み重ねられていた関係】このカテゴリーは,〈無反応でも築かれていた関係〉と〈あなたにとっての看護師〉の2つの概念で構成された.看護師が患者の反応が得られないと感じながらも関わりを続けていくと,患者と看護師との関係は積み重ねられており,看護師はそのことに後になってから気づかされることを示していた.
「反応が得られるものは何でもいいやと思って常に声をかけて,でも反応はなかった.・・普通に会話できる状況が最終的にできるようになったんですけど,その時に,私から声を掛けられていたのはすごい分かったっていうんですね.でも,耳に入って頭の中で分かったんだけど,それを表に反応することが出来なかったっておっしゃっていて」(M)
看護師Mは反応が得られなかった患者からの告白を驚きと共に語っていた.2つの概念では共通して,看護師は患者を特別に感じており,患者からの反応によって患者と看護師との間の相互的な対人関係の存在に気づかされていた.
意思疎通の図りにくいうつ病患者に接近を続ける看護師の認知,思考,行動のプロセスとは,看護師は患者が醸し出す【バリアとの対峙】に至り,それでも【語られない本音に思いを巡らす】ことを繰り返しながら根気強く【閉ざされた心に続けるノック】をし続けていたことで,【積み重ねられていた関係】に気づかされるプロセスであった.看護師が患者からの応答が得られないと感じながらも,関わりを継続しているその時に,おそらく患者の精神内界ではその看護師との関係が少しずつ芽生え始めていたのだと推察される.
看護師は意思疎通の図りにくいうつ病患者との接近を続ける中で,待つ姿勢を見せたり,安心できる環境を提供したり,些細な患者の機微を見逃さずにタイミングを見計らって関わりを行う等,様々な工夫を凝らしていた.このような看護師が根気強く続けた声かけやケアを含めた患者との関わり,すなわちノックし続けるといった行為は患者にインプットされていたが,患者はそれに対してうまく反応を返すことができない状態なのだと考えられる.患者からの反応が無反応や拒絶的であると看護師が認知するような状態であっても,看護師の関わりや声掛けは一方的で意味のないものではなく,患者はそれを受け止め,関係は関わりの中で少しずつ深まっていることが本研究によって示唆された.
この患者-看護師関係は入院の初期に実感することは難しく,薬剤療法等により病状が改善し,入院形態の変更や退院支援が検討される時期になって初めて実感できるものであったと,複数の参加者(H, K, N, O, P)が語っていた.すなわち,思うような反応が得られない状態の患者に対して関わりを続ける事に困難感を抱いたとしても,根気強く接点を持ち続けることが患者-看護師関係を構築するためには必要であることが明らかになった.この根気強く関わる事の重要性は,先行研究(大野ら,2013)でも報告されており,うつ病看護の要となるものだと考えられる.
しかし,看護師が反応に乏しい患者に関わり続けることは容易なことではない.精神疾患は言葉や態度で症状が表現されることが多く,患者からの反応をネガティヴだと感じることによって,看護師が患者に関わり続けることに困難感を抱くことが先行研究でも報告されている(川合ら,2011;小瀬古ら,2014;増田・夛喜田,2014;六田・藤澤,2015).すなわち,看護師は思うような反応を示してくれない患者に対して,無視されたと感じたり,自身の関わりが一方的なものだと考えたりすることによって,関わりを続けることに困難感を抱いてしまうと推察される.その状況から自身を守るために,患者に反応がないから関わっても意味がない,うつ病にとって必要なのは休息だから無理に関わる必要はないと,自身の考えや行動を意味付けし,自身が患者との関わりを避けることを合理化していると推察される.上野(1990)も患者-看護師関係の成立・発展を阻む看護師の精神内界における要因を分析した研究で,看護師は自分自身を守るために,自ら患者との接触時間を短くすることがあると論じている.
本研究の結果より,看護師が患者の醸し出す【バリアとの対峙】に至り,それでも関わりを止めることなく【閉ざされた心に続けるノック】をするためには,【語られない本音に思いを巡らす】というプロセスを経ていることが明らかになった.これは,患者が表現しない思考や感情といった胸の内に思いを巡らせる看護師の思考である.この思考というのは,患者の心情を汲むことや,患者の立場から言動や行動を理解しようとするものである.すなわち,患者からの応答が無反応や拒絶的だと捉えても,そこで湧き上がる自身の感情に対して,患者の胸の内に思いを巡らせることで適切にコントロールし,患者の心情に配慮をしながら関わりを継続することが出来たのだと考えられる.このことから,看護師が諦めずに患者の心にノックをし続けるには,自身が抱いた感情を自覚し,適切にコントロールすることが必要だと推察される.
感情のコントロールについて仲屋ら(2015)は「経験年数の長い看護師は経験や技術が豊富で患者の病状を捉えており感情をコントロールできやすい」と論じている.本研究の対象となった看護師は精神科経験年数が平均12年2か月と豊かな経験を持っていた.そのため,患者から思うような反応を得られなかったとしても,患者の表現されない心の機微に思いを馳せることで自身の感情をコントロールし,関わることへの困難感を減じていたのだと考えられる.
さらに,この看護師の感情をコントロールする思考のプロセスを支えていたのが,看護師がうつ病患者と相対する際の認知であった.それは,患者を【ひとりぼっちにさせたくない】という思いと,患者が声掛けに対して反応を示さない状況であっても【きっと届く私の声】という中核となる信念であった.彼らは,手記で表現されているうつ病患者の孤独や孤立といった心情(Kuiper, 1988a, 1988b;高島,2004;時枝,1997)を直観的,経験的に理解していたのである.
本研究の看護師は様々な経験を積んでいたことで,うつ病看護に対する信念や看護師の孤独な心情を直観的に理解出来るような認知が醸成されていたと考えられる.そのため,患者の言動や反応に乏しい状態を病状として捉えられるようになり,患者の表現されない心情を推し量ることが出来るようになったのだろう.それ故,患者からの反応がネガティヴなものだと感じても,自身の感情が激しく揺さぶられることなく患者の心にノックをし続けることができ,積み重ねられた関係に気づくに至ったと推察される.
このような様々な経験によって培われていくうつ病患者に対する捉え方をすべての看護師が有することは困難である.しかし,患者の表現されない心情を推し量る看護師の思考をサポートすることができれば,看護師は関わることへの困難を抱いたとしても,自身の感情を適切にコントロールしながら患者に接近をし続けることが可能だと推察される.
2. うつ病看護に携わる人への支援うつ病看護への困難感を抱いている看護師に対する直接的なサポートとしては,熟練看護師が患者の見通しを伝えることや,患者の言動や反応を解釈して共有するなど,看護師が多角的に患者を理解できるように支援するための体制を充実させることが必要であると考えられる.熟練看護師が足りない経験を補うことで,プライマリー看護師に起きやすい感情的な巻き込まれや認知の偏りを是正することが出来る.また,今後の見通しを伝えることや多角的な視点を用いることで,看護実践に希望が持てるようにもなるだろう.その結果,関わる看護師たちが一人で悩む機会を減らし,孤独感や困難感を軽減できると考えられる.
他にも,病棟の環境やスタッフ間の人間関係等もうつ病患者と相対する看護師の思考に影響を与えると推察される.本研究の対象となった看護師は看護方法について推薦され,周囲からも頼りにされており,職場で良好な関係を築きながら看護を提供していたと考えられる.職場の良好な対人関係は看護師の自尊感情を高めることが報告されており(松浦・鈴木,2017),上野・西川(2005)は,自尊感情の高さは専門的ケア行動を促進させる要因であると論じている.すなわち,良好な対人関係を維持したサポーティブな環境があったからこそ,彼らは対応の困難な患者にも諦めることなく関わりを続けられたのであろう.
3. 今後の課題本研究は,関東圏内単科精神科病院の看護師17名の語りによって得られたデータであり,看護師の主観による見解である.うつ病患者を対象とした研究を行い,患者目線で看護師が接近し続ける意味についても検証していくことで,うつ病看護の方法をより深く理解することが出来ると考えられる.
本研究では,意思疎通の図りにくいうつ病患者に接近を続ける看護師の認知,思考,行動のプロセスを明らかにすることを目的に17名の精神科看護師に半構造化面接を行った,その結果,看護師は,患者の孤独な心情を捉え,自分の声がきっと患者に届くと信じることで,思うような反応が得られない状況においても自身の感情をコントロールするよう思考し,工夫を凝らしながら患者に接近をし続けることで,患者との積み重ねられた関係の存在に気付くに至っていた.
付記:本研究は,平成30年度順天堂大学大学院医療看護学研究科修士論文の一部を加筆・修正したものであり,第39回日本看護科学学会学術集会にて発表した.
謝辞:本研究にご協力いただきました皆様に心より感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:TFは研究の着想及び研究デザイン,データ収集,データ分析,原稿作成までのプロセス全体に貢献した;KUは原稿への示唆及び研究プロセス全体への助言を行った.全ての著者は最終原稿を読み,承認した.