2022 年 42 巻 p. 429-436
目的:自ら支援を求めない児童虐待事例の養育者との関係形成において保健師が抱く困難の構造を明確にすること.
方法:A県内の市町村保健師5名に半構造化面接を実施し,KJ法を用いてデータを構造化した.
結果:保健師が直面する困難は,【手応えの不確実さ】,【養育者の性格特性の難しさ】,【不安の先行と増大】,【切られないよう腐心する難しさ】,【「子どもの最善の利益」が二の次になる苦悩】,【重圧と孤立】であった.
結論:保健師と養育者の関係形成のために次の3点が示唆された.養育者のトラウマの理解,関係形成とリスク判断という対立した使命を分けること,そしてスーパーバイズを受ける機会の必要性である.
Objective: To clarify the structure of difficulties experienced by municipal public health nurses in forming relationships with involuntary caregivers in cases of child abuse.
Methods: Semi-structured interviews were conducted with five municipal public health nurses in Japanese prefecture A and the data obtained were structured using the KJ method.
Results: The difficulties faced by public health nurses were “uncertainty in response”, “difficulties in the caregiver’s personality”, “anxiety increases ahead of time”, “difficulty of being careful not to break the relationship”, “distress arising from the fact that ‘the best interests of the child’ are secondary” and “pressured and isolated.”
Conclusions: The following three points were suggested for the formation of the relationship between public health nurses and caregivers. It was necessary to understand the trauma of the caregiver, separating the conflicting mission of relationship formation and risk judgment, and to have the opportunity to receive a supervision.
児童虐待は依然として重大な社会問題であるが,「子ども虐待による死亡事例等の検証結果報告書第17次報告」(厚生労働省子ども家庭局,2021)によれば,死亡時の子どもの年齢は,心中以外の虐待死事例で0歳が49.1%と最多,3歳未満は59.7%であり,市町村母子保健活動の主な対象となる年月齢児童の占める割合が多いことがわかる.2016年の児童福祉法と母子保健法の改正以降,児童虐待の発生予防・早期発見を目指した妊娠期からの切れ目ない支援提供のために,市町村の子育て世代包括支援センターと子ども家庭総合支援拠点の設置努力義務化など,市町村母子保健部門にはさらなる機能強化が求められているところである.とりわけ,市町村保健師(以下,保健師とする)による家庭訪問を通した児童虐待事例への個別支援は,重要な役割の一つである.
先行研究では,児童虐待事例に関わる保健師の94.4%が困難感を感じている(有本・田髙,2018)と報告され,またHashimoto & Takahashi(2020)は児童虐待防止に関わる保健師が直面する困難の要素について分析しているが,保健師と虐待事例の養育者との関係形成をめぐる先行研究は少ない.Kageyama & Yokoyama(2018)は,保健師による精神疾患を持つ親への子育て支援において児童虐待防止の観点からも「親との関係性の評価」や「親と相談関係を築くこと」が重要なスキルであると述べている.近年の欧米の先行研究では,子どもが危険に晒される可能性が認識された事例の親が自ら支援を求めないinvoluntary clientである場合の援助とコントロールのバランスの課題(Gerber, 2019),権限を奪われ判定されたと感じている親とのパートナーシップの確立(Bekaert et al., 2021),児童保護分野における長期的なinvoluntary clientとの関係が援助者や当事者に与える影響(Ferguson et al., 2021),子どものリスクに留意しながらも一貫して母親の擁護者の立場で関係を築く保健師の実践(Jack et al., 2021)が報告されている.
そこで本研究は,児童虐待事例の中でも自ら支援を求めない養育者との関係形成に着眼し,その関係形成において保健師が抱く困難の構造を明確にすることを目的とした.このことにより,児童虐待事例の養育者と保健師との関係形成に向けた示唆を得ることができると考える.
関係形成:保健師と養育者との間で,家庭や育児に生じている課題の解決にむけた「協働の基礎となる信頼関係と相互関係」(Rapp & Goscha, 2012/2014)を形成しようとする行為,とする.
困難:保健師が養育者との関係をめぐって「苦しみ悩むこと」(新村,2018)および苦しみや悩みが生じる状態,とする.
2. 研究対象者とデータ収集方法研究対象者は,A県内の市町村で児童虐待事例の個別支援を担当する常勤保健師である.調査時点で2年以上関わった事例を受け持つ保健師の選定をA県内市町村の統括保健師に依頼し,紹介を受けた5名を対象とした.データの質のバラエティをできるだけ確保するため経験年数は問わなかった.
本研究は,公立大学法人滋賀県立大学における人を対象とした研究倫理審査専門委員会の承認を受け(承認番号:第567号),研究対象者に対して本研究の主旨および個人情報の保護等倫理的配慮について文書と口頭で説明し同意を得た.
2018年1月から2020年3月の間に,研究対象者に半構造化面接を実施した.面接にはインタビューガイドを用い,最も支援困難だった児童虐待事例の概要,支援困難の理由や状況についての語りを得た.面接は研究対象者の同意のもと録音し,逐語録を作成した.
3. データ構造化の方法データ構造化にはKJ法(川喜田,1996)を用いた.KJ法は,創案者の川喜田(1996)によれば,定性的データの訴えかけを正直に聴き届けて統合する方法であり,「正直に現場をうけとめてそこから問題をつかみだしてくる」(川喜田,1967)方法であることから本研究の目的に合致すると判断した.データ構造化は以下の手順で行った.
まず逐語録を精読し,研究対象者の語りから「児童虐待事例の養育者との関係形成」に関係すると捉えた内容を,文脈や語り手の意図を損ねないよう留意のうえ適切に単位化・圧縮化し,ラベルを作成した.次にそれらのラベル群から,全体感や質のバラエティを確認する目的で模造紙に配置する「探検ネット」を作成した.さらに「多段ピックアップ」により,ラベルのシンボリックな訴えかけ(KJ法では「志」と呼ぶ)のバランスに配慮してラベルを精選し元ラベルとした.
続いて元ラベルを拡げ精読し,志が近いラベルを集めてセットを作り,それぞれのセットの複数枚のラベル群の志を統合要約した「表札」とよばれる概念を作成した.セットにならないラベルは「一匹狼」と呼ぶ.このグループ編成による統合を,グループが10個以内になるまで繰り返し,模造紙に統合のプロセスを明示して図解化した.最終統合のグループを図解上では「島」と呼び,「島が全体として情念的に訴えかける意味内容」(川喜田,1996)を簡潔に表現した「シンボルマーク」を記した.さらに,島相互の意味関係を考慮しながら空間配置し,各島を関係線で結び,全体の構造を表した.
4. データ構造化の信用可能性筆者はKJ法の教育研修を行う霧芯館にて計3回の研修を受講後,データ構造化について霧芯館を主宰する川喜田晶子氏のスーパーバイズを受けた.また図解化の結果についてメンバーチェッキングおよび他の公衆衛生看護学研究者との意見交換を行い,信用性の確保に努めた.
表1の通り,A県内の市町村保健師5名に半構造化面接を実施した.所属自治体は市4名,町1名であった.保健師経験年数は最短4年,最長25年であった.語られた事例の虐待種類は,ネグレクト3件,ネグレクトと心理的虐待1件,身体的虐待と心理的虐待1件であった.
No. | 対象者 保健師経験年数 年代 |
関わりのきっかけ 関わりの年数 支援継続状況 |
虐待の種類 | 家族構成 | 経済状況 | 養育者の背景 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 市保健師 10年 30歳代 |
第2子の乳幼児健診 約5年 支援継続中 |
母から第2子へのネグレクト,心理的虐待. 第2子発達の遅れあり. 母から祖母への暴言暴力もある. |
母,母方祖母 子2人(高校生,5歳) ※第3子は離婚した夫がひきとり |
祖母の年金や貯金を生活費としている. 母は介護職(パート) 母は発作的に浪費する |
母は精神科に定期通院中(診断名不明,パーソナリティ障害疑い). 第1子は18歳で出産.子どもの父親は全て異なる. 母方祖母と同居しているが,祖母に対して「かわいがってもらえなかった」というこだわりがある様子. 母方祖父(既に死亡)はアルコール問題があった. |
2 | 市保健師 25年 40歳代 |
出産医療機関からのハイリスク連絡 約4年 支援継続中 |
母から第1子への身体的虐待,心理的虐待 第1子先天性の障害あり. |
母,父 子2人(4歳,3歳) |
父の収入のみ. 特に困窮状態ではない. |
第1子に先天性の障害あり. 母被虐待歴あり. 母は清潔不潔,感染症,電磁波,自然食品等についてのこだわりが強い. 母は父に対して非常に気を遣う.保健師が父にコンタクトをとろうとするが母が強く拒否する. |
3 | 市保健師 4年 30歳代 |
第4子妊娠届出 第1~第3子も発達や養育問題により訪問歴あり. 約3年 転出で終結 |
母から第3子,第4子へのネグレクト 第3子,第4子ともに反応が乏しく発達の遅れあり. 第3子に著しい体重増加不良があった. |
母 子2人(2歳,0歳) ※同居しているのは第3子,第4子 第1子,第2子は離婚により別居 |
妊娠までは仕事していたが妊娠後収入源不明. 第4子出産後,生活保護受給. |
母は2回離婚している. 第1子,第2子は前々夫との子どもで離婚後引き取られている. 第3子,第4子は前夫との子どもで,母と生活. 母は実家との折り合い悪く,支援を受けられない. |
4 | 町保健師 9年 30歳代 |
他市からの転入連絡 約2年 支援継続中 |
母,祖母から第1子へのネグレクト 家がごみ屋敷状態で,子どもの安全や衛生面の配慮に欠ける. |
母,母方祖母 子1人(2歳) 第2子妊娠中 |
母未就労で,経済面は祖母に依存. 祖母の貯蓄,祖父の遺族年金で家計をやりくりしている. 祖母が買物で浪費する. |
第1子は10代で出産.子どもの父とは結婚せず別れた. 妊娠中の第2子の父親は家によく来るが結婚は未定. 祖母の買物・浪費で屋内に物があふれごみ屋敷化している. 猫も複数頭飼育している. |
5 | 市保健師 4年 20歳代 |
出産医療機関からのハイリスク連絡 約3年 離婚転出で終結 |
母から第1子へのネグレクト 健診・予防接種の未受診. 一時期体重増加不良あり. |
母,父,子1人(3歳) | 父に安定した収入があるため経済的心配はない様子. | 父母と子どもの3人暮らし 母は子どもと家にこもりきりのことが多く,父によれば寝ているかスマホを触っていることが多い. 母は中学生時不登校だった.高校進学せず,10代で出産. 実家の母との折り合いが良くない. |
逐語録から作成したラベルは278枚,多段ピックアップにより精選した元ラベルは43枚であった.図1の通り2段階の統合により6個の島が生成された.
自ら支援を求めない児童虐待事例の養育者との関係形成における困難の構造
データ構造化の結果を,以下の通り島のシンボルマーク【 】,図1で①を付した第1段階表札〈 〉,ラベルから引用した具体例「 」によって説明する.
まず,自ら支援を求めない児童虐待事例の養育者との関係形成における困難の構造(図1)の全体像は次のとおりであった.
保健師が養育者と向き合おうと努力を重ねても【手応えの不確実さ】が続く困難さがあり,その背景に【養育者の性格特性の難しさ】がある.養育者との関係形成が進展せず【手応えの不確実さ】が続く状態は,養育者の育児能力や育児環境,子どもへの向き合い方やその言動に対して保健師が抱く【不安の先行と増大】につながっている.一方で保健師は養育者に指導や勧奨したい気持ちを抑え,ジレンマを感じながら養育者から完全に関係を【切られないよう腐心する難しさ】が生じる.さらに保健師は,子どもの置かれた状況が改善しない中で【「子どもの最善の利益」が二の次になる苦悩】を覚え,児童虐待家庭に最も近い位置の専門職として,重要な判断や対応が保健師一人に任されているような【重圧と孤立】を抱いている.
次に,島ごとの結果の詳細は以下のとおりであった.
自ら支援を求めない養育者との関係における【手応えの不確実さ】には,家庭訪問を繰り返すが「怒りも喜びも何もぶつけてこない」など〈明確な拒否をするでもなく空虚な態度で,心の内を把握できない〉状態,養育者は保健師に対して様々な訴えをするが「サービスの紹介等は受け入れない」など〈保健師の関わりを受け入れる素振りがありながら,深く入り込めない〉状態,保健師は育児の大変さを労うが「あっさりと『大変じゃない』と返される」など〈養育者に寄り添う意図で働きかけるが,感知されず一方通行の状態〉がある.
養育者との不確実な関係の中で育児や生活に対する支援が思惑通りに進まない背景には,【養育者の性格特性の難しさ】,すなわち〈養育者の強いこだわりや対人関係のとりにくさが,支援につながる間口を狭くしている〉ことがあると保健師は感じている.
このような状態が続くことは,保健師が養育者の育児能力や子どもへの向き合い方に対して懸念を抱く【不安の先行と増大】につながることになる.〈生活環境や家計の状況が,育児にとって不適切である現実に直面〉し,さらに「『いらない』『かわいいと思えないから,もういい』などの言葉」を聞くことで〈養育者の投げやりな言動から,子どもの死への不安を抱いて〉,「母の物分かりよさそうな返事を信じてはいけない」と感じるほど不安が増大した状態である.
さらに,養育者との関係が不確実であるがゆえに,【切られないよう腐心する難しさ】もある.この難しさには,保健師が不安を募らせ懸念を抱いていることを悟られないよう〈養育者に言いたいことを押し隠しながら,子どもの安全確認のため関係を切られないよう慎重に関わらねばならないジレンマ〉がある.たとえ「離乳食の代わりにジャムを食べさせて」いたとしても,「子どもの成長発達に良い環境になるよう母に指導したいことは山ほどあったが,とにかく関係が切れてはいけないので,多くを言わないように」するなどの状態である.
保健師は,養育者に対する不安の高まりとともに【「子どもの最善の利益」が二の次になる苦悩】を抱く.「訪問しても会えない時にドアポストから臭いを嗅ぎ,変な臭いがしないか不安になりながら,子どもの生存確認」するなど〈最低限,子どもの生存確認しかできないこと〉もあり,また「ごみ屋敷の掃除」をしながら「この子たちには清潔な環境での生活や気持ち良い生活の体験が剥奪されている」と感じるなど〈何の責任もない子どもが劣悪で不安定な家庭環境で育ち続けなければならないことに,無念さと憤りを覚えてしまう〉負の感情が表れ,また「もっと介入が必要だったのではないか」と後悔の念も表れた状態である.
このような,いわば疑心暗鬼の状態とも相まって,保健師は児童虐待家庭に最も近い位置の専門職としての【重圧と孤立】を強く感じている.「『母と関係性が築けていない』と同行訪問を断られ」るなど〈養育者との関係形成に,他機関が一歩引いてしまうために,保健師がすべてを引き受けることになる〉一方で,「保健師が受容的に関わることと,リスクについておさえることの両方を担う」など〈養育者との関係形成に注力することと虐待リスク判断の両方を担うことは難しい〉現状に直面しながら,〈養育者と対峙する保健師は,重要な判断も自分一人に任されているような重圧と孤立を感じている〉.
【手応えの不確実さ】の状況から,対象事例の課題解決を目指し,あの手この手で養育者と向き合い信頼関係を築こうとしていた保健師の苦労が明らかになった.しかし養育者から関係の進展が期待できるような反応は得られず,不確実な状態が続くことに耐えなければならないという困難があったと考えられる.
また,このような困難の背景には【養育者の性格特性の難しさ】があると見出されたが,これには,養育者自身の被虐待歴,家族間の軋轢,地域での孤立などの状況(表1)を考慮する必要があると考えられる.支援者が熱心に関わっても援助がうまくいかない状況を捉えなおす一つの視点として,野坂(2019)はTrauma Informed Care(TIC)の立場から,子育て支援や虐待への介入における親のサポートについてもまず親自身のトラウマを理解することが重要であると述べている.【手応えの不確実さ】や【養育者の性格特性の難しさ】から窺える養育者の言動は,養育者自身のトラウマに基づく可能性もあると考えられる.しかし,このような養育者の言動に悩む保健師の姿からは,養育者との関係形成が進まないことに囚われ,養育者自身にこれまで何があったのかと思いを寄せるゆとりが失われていたことが推察される.
2. 保健師が抱く不安とジレンマ自ら支援を求めない養育者との関係の不確実さが,養育者の育児能力や子どもへの向き合い方に対しての【不安の先行と増大】につながり,さらに【切られないよう腐心する難しさ】が生じていた状況も明らかになった.特に母子保健分野で主な対象となるのは脆弱な乳幼児であることから,家庭訪問で劣悪な育児環境や養育者の言動を目の当たりにした保健師の感情の中で,子どもの生命や発育発達の危機への不安が先行し増大していたと考えられる.看護,保健の専門職として先々のリスクを予測し,最悪の場合子どもが死に至る恐れを感じたが故のことであろう.しかし,養育者に一切の関わりを拒否されれば子どもの安全を確認することができないため,養育者に対して感じた懸念を悟られないよう慎重な態度を崩さず,【切られないよう腐心する難しさ】の中でもどかしさやジレンマを抱えていた状態だったと考えられる.
上野(2019)は虐待やネグレクトの中でも特に問題を抱えている家庭に効果がある取り組みとして,北米のNurse Family Partnership(NFP)の家庭訪問プログラムを紹介している.そしてJack et al.(2021)は,カナダにおけるNFPプログラムの保健師実践に関する研究から,保健師は児童虐待の監視役ではなく一貫して母親の擁護者の立場をとり,虐待やそのリスクがある時は児童保護サービスに報告する義務を負うが,その場合もまず母親に告げて話し合う手順を踏むと述べている.しかし本研究の結果では,養育者に対して保健師が抱く不安が先行したことにより,養育者を擁護する姿勢を貫けないまま,保健師の態度はむしろ監視的な方向に傾き,養育者との関係形成にとって逆効果になっていたことが考えられる.Ferguson et al.(2021)は,このような援助者と養育者とのダイナミクスに自覚的になること,そして援助者がこれを洞察できるような組織の助けが必要だと述べている.保健師も同様に,職場や関係機関のバックアップの下で養育者とのダイナミクスを客観的に振り返る機会を持つことが必要であるといえる.
3. 保健師が抱く苦悩と重圧【「子どもの最善の利益」が二の次になる苦悩】は,何の責任もない子どもの状況を改善させることができず生存確認が精一杯であることに無念さと憤りを感じ,本来はもっと子どもの利益を最優先に考えた介入もできたのではないかという後悔も抱いていた状態であった.Gerber(2019)は,子どもへの負担が大きすぎ,望ましい変化が少なすぎるなどの場合には,親と話し合いつつ,必要に応じて子どもを保護するためにさらなる措置がとられなければならないが,そのような状況では,「援助とコントロールをバランスよく保ち,それを理解しやすい方法で保護者に説明することは最も難しいコンサルティング課題の一つである」(Gerber, 2019)と述べている.このことからも,保健師が直面した状況は,決して一人で手に負えるものではなかったことは明白である.しかし【重圧と孤立】では,養育者との関係形成と子どものリスク判断という対立した使命があることへのプレッシャー,そして職場内や関係機関からのサポートの乏しさを感じていたことが捉えられた.
Ferguson et al.(2021)は,児童保護のワーカーが援助者との関わりを望まないinvoluntary clientとの関係を長期に維持することは,強い困難感や憎しみの感情を伴い,耐えがたい感情は抑圧され,時にはクライエントに対して報復的な行動をとり,最終的にワーカーにトラウマを与え燃えつきさせる可能性を指摘している.【「子どもの最善の利益」が二の次になる苦悩】と【重圧と孤立】の状況からは,保健師の抱く強い困難感や負の感情が見られたことから,そのような感情の蓄積が養育者との関係形成にマイナスの作用をすることが危惧される.本来,保健師には「親の背景にある生きづらさの存在を認識し(中略)援助関係づくりを支援の中核に置き,困りごとに共感し,一緒にそれらを解決しようとする」(上野,2019)姿勢で養育者と関係形成していくことが望まれる.しかし,自ら支援を求めない養育者と長く関わる中で,保健師が無念や憤りなどの苦悩を覚え,さらに重圧や孤立感を深めてしまう状態が現実には起こり得ることを認識したうえで,その対処法を考える必要がある.
4. 養育者と保健師との関係形成に向けた示唆【手応えの不確実さ】や【養育者の性格特性の難しさ】から,養育者自身の背景やトラウマを理解し捉えなおす視点を再認識する必要性が示唆された.
【不安の先行と増大】,【切られないよう腐心する難しさ】,【重圧と孤立】から,養育者との関係形成と子どものリスク判断という対立した使命を負うのではなく,生活場面に入り養育者の生きづらさの理解をすすめながら時間をかけて関係形成していくことに,保健師が一貫して取り組むことができる体制づくりの必要性が示唆された.
また,Ferguson et al.(2021)は,ワーカーが自身の感情やクライアントとの関係を熟考し分析するスーパーバイズの機会を多く持つことでクライアントへの関わり方や意思決定が倫理的に行われ,憎しみや報復から解放されると述べている.このことから,【「子どもの最善の利益」が二の次になる苦悩】と【重圧と孤立】で明らかになった状況に対しては,家庭訪問での体験や養育者との関係性,そこで保健師が抱くさまざまな感情について,保健師がスーパーバイザーとともに振り返り分析することができる機会が必要であることが示唆された.
5. 本研究の限界と課題研究対象者が5名と少数であるため,本研究結果を一般化して論じることはできない.また過去に遡り支援経過の語りを得ているため,想起バイアスの発生可能性も存在する.
今後さらに多くの保健師を対象とし,経験年数や事例の複雑困難さによる違いの比較検討などについて工夫し,自ら支援を求めない養育者との関係形成のあり方について実践に資する研究に取り組む必要がある.
自ら支援を求めない児童虐待事例の養育者との関係形成において保健師が抱く困難について,A県内の市町村保健師5名へのインタビューデータをKJ法により統合し,構造化した.その結果,以下の構造が明らかになった.保健師が養育者と向き合おうと努力を重ねても【手応えの不確実さ】が続き,その背景に【養育者の性格特性の難しさ】がある.この状態は,養育者の育児能力や子どもへの向き合い方に対する保健師の【不安の先行と増大】につながり,一方で,養育者から完全に関係を【切られないよう腐心する難しさ】が生じる.さらに保健師は,【「子どもの最善の利益」が二の次になる苦悩】と,児童虐待家庭に最も近い位置の専門職として重要な判断も任されているような【重圧と孤立】を抱いている.
謝辞:本研究のインタビューに応じてくださった市町村保健師の皆様に感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.