2022 年 42 巻 p. 437-445
目的:1)看護師と非看護師の市民の共感特性を比較し,看護師の共感特性を明らかにする.2)看護師の共感特性を年齢,臨床経験年数,役職の有無で比較することである.
方法:研究デザインは,2時点の横断研究であった.研究Aは全国の国立大学附属病院で働く看護師400名を対象とした.研究Bは非看護師の市民416名を対象とした.分析は,基本属性,対人反応性指標および臨床対人反応性指標を用い,対応のないT検定,重回帰分析,相関分析を行った.
結果:看護師の対人反応性指標の得点は,非看護師の市民と比較して,「共感的関心」と「視点取得」が有意に高く,「個人的苦痛」と「想像性」は有意に低かった.また,看護管理者の臨床対人反応性指標は,役職が無い看護師と比較して,「看護における視点取得」と「無条件の肯定的関心」が有意に高かった.
結論:本研究は,看護師が「個人的苦痛」と「共感的関心」をそれぞれ区別して認識し,他者を想像する視点での「想像性」を高めることが必要であることを明らかにした.
Aims: The study aims were: 1) to compare empathy traits of nurses and non-nurse general public and to identify empathy traits of nurses; and 2) to compare empathy traits of nurses by age, years of clinical experience, and job title.
Methods: The study design was two-points cross-sectional study. Study A included 400 nurses working at a national university hospital in Japan. Study B included 416 members of the non-nurse general public. Basic attributes, the Interpersonal Reactivity Index, and the Clinical Interpersonal Reactivity Index were used for analysis, and uncorrelated t-tests, multiple regression analysis and correlation analysis were conducted.
Results: Nurses scored significantly higher on the Interpersonal Reactivity Index of “empathic concern” and “perspective taking” and significantly lower on “personal distress” and “fantasy scale” than did the non-nurse general public. In addition, “perspective taking in nursing” and “unconditional positive regard” on the Clinical Interpersonal Reactivity Index were significantly higher for nurse administrators.
Conclusions: This study revealed that nurses need to distinguish and recognize “personal distress” and “empathic concern,” respectively, and to enhance their “fantasy scale” in terms of imagining others.
医療従事者が患者の訴えに共感を示すことは患者の精神的ケアとなり,それによって患者は健康を維持するための人格の変化や行動の変化を生じさせる(Rogers, 1957;Hojat, 2016).看護実践において共感は,看護師と患者の治療的な対人関係を構築し,その関係を継続する上で必要となる最も基本的な能力であり,看護ケアを遂行する上でも重要である(Reynolds, 2000/2020;Moreno-Poyato et al., 2021).そして,医師や看護師の共感を高めることは,燃え尽き症候群を防ぐ効果があるとも考えられている(Lamothe et al., 2014;Wilkinson et al., 2017).
共感には,認知的側面と情緒的側面があり(Davis, 1996),両者によって援助行動が生じると考えられている(櫻井,2020).しかし,本来,看護師に求められる共感は,一般的に用いられる「相手と同じ気持ちを共有する」という意味の情緒的側面の共感よりも,「相手の立場に立って考える」という認知的側面の共感が重要になる(Hojat, 2016;McKinnon, 2018;Moreno-Poyato et al., 2021).この認知的側面は,一般的に用いられる同感や同意を含む情緒的側面のように他者の経験を再現・共有することではなく,他者の経験を他者の立場で理解することである(van Dijke et al., 2020;Fernandez & Zahavi, 2020).共感の認知的側面である視点取得は,相手の立場に立って考えることであり,看護師を含む,対人援助職の共感には不可欠な共感の特性であると考えられている(Davis, 1996;Batson, 2011;Hojat et al., 2013;Moreno-Poyato et al., 2021).このように看護師の視点取得が必要だと指摘されているため,看護師の視点取得の能力が看護師ではない一般市民よりも高いことを,看護師と非看護師の市民の共感特性を比較検討することにより明らかにする必要がある.
近年,共感特性のなかでも視点取得は低下傾向にある(Konrath et al., 2011).海外では,看護学生の視点取得を高めるために,講義,シミュレーション,情報の共有などを含んだ教育プログラムが実施されている(Gholamzadeh et al., 2018;Ding et al., 2020;Yang et al., 2020).しかし,態度や声のトーンなどを含む非言語的コミュニケーションは文化の影響を受けることが報告されており(Loriéa et al., 2017),教育プログラムは文化を考慮した内容で行う必要がある.しかし,日本の看護師の共感特性の現状について明らかにされていない.また,共感特性には年齢や臨床経験年数等も関連していると考えられているが(Pike, 1990;Reynolds, 2000/2020),現在の看護師の共感特性の関連要因について検討されたものは見当たらない.
したがって,本研究は以下の2点を目的とした.1)看護師と非看護師の市民の共感特性を比較し,看護師の共感特性を明らかにする.2)看護師の共感特性を年齢,臨床経験年数,役職の有無で比較することである.この研究の結果は,看護師および看護学生の共感教育プログラム開発の一助になると考えられる.また,2020年,新型コロナのパンデミックは,世界中の人々のコミュニケーションに様々な影響をもたらした.ソーシャルディスタンスを保ち,マスクを着用する生活は,人々の共感特性に影響を与えたと考えられる.このことから,過去の研究によって,コロナ以前の市民および看護師の共感特性に違いがあるのかを検討することとした.
用語の定義本研究において「共感」は,患者の内的世界を自分自身のもののように感じながら,決して「あたかも…のごとく」という性質を失わないこととし(Rogers, 1957),必ずしも他者の経験を再現・共有することではなく,他者の経験を理解するための基本的な能力または行動(van Dijke et al., 2020;Fernandez & Zahavi, 2020)と定義する.そして「共感特性」は,その「共感」を構成する要素とする(Davis, 1996;日道ら,2017).「視点取得」は,他者の立場に立つことであり,共感の認知的側面に含まれる共感特性を構成する要素である(Davis, 1996).「視点取得」が発達したものとして,他者の立場に立ち,他者の感情・考え・欲求などを推測して理解する「役割取得」がある(Hoffman, 2000;櫻井,2020).本研究では「役割取得」も「視点取得」に含むこととする(Davis, 1996).
共感の認知的側面と情緒的側面を評価する日本語の指標として,対人反応性指標(Davis, 1983;日道ら,2017),看護師の共感の認知的側面を評価する指標として臨床対人反応性指標(Aoki & Katayama, 2021)が開発されている.
研究デザインは,2時点の横断的研究であった.
共感特性は概ね10歳までに獲得されると考えられており(Hoffman, 2000;櫻井,2020),研究Aと研究Bの対象者は発達段階による変化はないと考えられる.また,2014年から2019年には毎年災害があったものの,共感特性に影響する社会生活の変化はなかったことから,2時点の研究データを分析に用いることとした.
2. 研究対象者研究Aは,全国の国立大学病院で看護師として経験年数が2年以上ある者の回答を分析に用いた.経験年数は,日本の看護師の一般的な年齢層は25歳から29歳(13.0%),40歳から49歳(27.8%)であること(日本看護協会,2020),患者とかかわった経験があることを考慮した.
研究Bは,アンケート調査会社に登録された者を対象とした.
3. 研究対象者数研究Aは,日本の看護師166万人(日本看護協会,2016)を母集団とし,信頼区間95%,許容誤差5%であることを考慮し,約400名から回答を得ることを目標とした.
研究Bは,日本の人口1億2708万3千人(総務省統計局,2014)を母集団とし,信頼区間95%,許容誤差5%であることを考慮し,416名から回答を得ることとした.
4. サンプルの抽出方法研究Aは,国立大学附属病院43か所に協力を電話と文書で依頼し,研究に協力が得られた23カ所819名の看護師に無記名自記式質問紙を配布した.共感特性には教育が影響するが(Reynolds, 2000/2020),勤務している施設が影響するかは明らかにされていない.そのため,病院一覧を入手することが可能であった国立大学附属病院を対象施設とした.
研究Bは,性別および各年代(20代,30代,40代,50代)の人数が同程度になるように調査会社に依頼した.
5. データの収集方法研究Aは,無記名自記式による個別郵送法を用いた.質問紙は,2019年6月から10月の間に管理者によって対象者に配布され,同意した対象者が回答したものを個別に郵送してもらい,収集した(Aoki & Katayama, 2021).
研究Bはオンラインで入力する方法を用いた.質問紙は,調査会社によって対象者に依頼され,2014年11月6日から11月10日の間に回答を得た(日道ら,2017).
6. 測定用具 1) 基本属性研究Aは,性別,年齢,臨床経験年数,最終学歴,資格,役職,看護師のコミュニケーション教育に必要性を感じているかであった.
研究Bは,性別,年齢であった.
2) 対人反応性指標日本語版対人反応性指標は,共感の特性を複合的に測定する尺度としてアメリカで開発されたものを日本語に翻訳した尺度であり,信頼性と妥当性は統計学的に検証されている(Davis, 1983;日道ら,2017).対人反応性指標は28項目で構成され,「共感的関心」,「視点取得」,「個人的苦痛」,「想像性」の4つの側面から共感特性を測定する尺度である.「共感的関心」は,不幸な他者に同情や憐みを感じるなどの他者思考的感情の喚起される傾向,「視点取得」は,日常生活で自発的に他者の視点に立ってその他者の気持ちを考える傾向,「個人的苦痛」は,他者の苦痛を観察することにより自己に生起される不安や恐怖にとらわれてしまう傾向,「想像性」は,想像や物語などのフィクションの登場人物に自分を置き換えようとする傾向を測定する(Davis, 1980;日道ら,2017).この共感特性のうち,「共感的関心」は共感の情緒的側面であり,「視点取得」は認知的側面である(菊池,2016;Fultz & Bernieri, 2021).一般的に共感特性は,男性より女性の方が高くなることが明らかにされているが(Davis, 1996),対人反応性指標は性別による測定不変性の限界を改善している(Davis, 1983;日道ら,2017).また,看護師の共感特性について,視点取得が高いことは患者と早期に信頼関係を築くことを助け,個人的苦痛が低いことは患者との治療的関係を継続させることにつながると考えられている(Moreno-Poyato et al., 2021).
3) 臨床対人反応性指標臨床対人反応性指標は,看護師の共感の特性を評価する指標として日本人看護師のインタビューの内容をもとに開発された尺度であり,信頼性と妥当性は統計学的に検証されている(Aoki & Katayama, 2019, 2021).臨床対人反応性指標は18項目で構成され,「視点取得(以下,看護における視点取得)」と「無条件の肯定的関心」の2つの側面から共感特性を測定する尺度である.「看護における視点取得」は,患者の立場に立ってその患者の気持ちを考える傾向,「無条件の肯定的関心」は,患者が理解できない状況にあっても,その患者に肯定的に関心を寄せてかかわろうとする傾向を測定する(Aoki & Katayama, 2021).この2つの共感特性は,いずれも共感の認知的側面である(Aoki & Katayama, 2021).
7. 分析方法看護師の共感特性を明らかにするため,看護師と非看護師の市民の共感特性については対応のないT検定を行った.また,看護師と非看護師の市民の共感特性を比較する際,性差や年齢による影響の程度を確認するため,独立変数として性別,研究A/B(看護師/非看護師の市民),年齢を従属変数として共感特性を設定して重回帰分析を行った.その際,研究A/B,性別は,統制変数に変換した.そして,看護師と非看護師の市民の共感特性と年齢,看護師の共感特性と臨床経験年数との相関分析を行った.さらに,看護師の役職の有無と共感特性について対応のないT検定を行った.分析には統計解析ソフトSPSS ver. 27 for Windowsを用いた.有意水準についてはp < 0.05とし,効果量については,相関分析r = 0.10:小,r = 0.30:中,r = 0.50:大,重回帰分析R2 = 0.02:小,R2 = 0.13:中,R2 = 0.26:大,対応のないT検定d = 0.20:小,d = 0.50:中,d = 0.80:大とした(水本・竹内,2008).分析前,研究Aの欠損値には,平均値を代入した.
8. 倫理的配慮本研究で用いた資料や情報は,既に実施された研究のデータであり,個人が特定できないように匿名化されていた.研究Aは浜松医科大学臨床研究倫理委員会によって承認されて実施した(承認番号18-267).対象者には,収集されたデータが,共感に関する看護研究に用いることが説明された.研究Bは倫理審査を受けられていないものの,以下の点から倫理的に問題はなかったと考えられる.研究に用いた尺度は全て既存の尺度であり,他の心理学研究でも広く使用されているものであるため,著しく参加者に問題が生じるものではない.調査票を作成した調査会社は,対象者の登録時モニタ規約に準じて,対象者の負担にならないように回答項目等の確認を行い,対象者の守秘義務を守り,自由意思を尊重して調査を実施し,セキュリティ対策も行った.また,対象者には共感を含むコミュニケーションに関する研究に用いることに同意を得ていた.
研究Aは,看護師819名に質問紙を配布し,402名から回答を得た(回収率:49.1%).有効な回答は,欠損値が80%を超える2名の回答を除外し,400名とした(有効回答率:48.8%).経験年数が5年未満の者が7名見られたが(4年6名,2年1名),患者とかかわった経験はあると考え,除外しなかった.対象者の特徴として,女性が370名(92.5%),平均年齢は38.3歳(SD = 9.1),臨床経験年数の平均値は15.7歳(SD = 9.0)であった.
研究Bは,416名から有効な回答を得た.女男ともに208名であり,平均年齢は39.6歳(SD = 11.2)であった(表1).
項目 | 平均値(SD) | 人数 | (%) | |
---|---|---|---|---|
研究A(n = 400) | ||||
性別 | ||||
女性 | 370 | (92.5) | ||
男性 | 29 | (7.3) | ||
無回答 | 1 | (0.3) | ||
年齢 | 38.3(9.1) | |||
臨床経験年数 | 15.7(9.0) | |||
最終学歴 | ||||
4年制大学 | 171 | (42.8) | ||
専門学校 | 146 | (36.5) | ||
短期大学 | 43 | (10.8) | ||
大学院 | 32 | (8.0) | ||
その他 | 8 | (2.0) | ||
資格 | ||||
認定看護師 | 38 | (9.5) | ||
認定看護管理者 | 12 | (3.0) | ||
専門看護師 | 10 | (2.5) | ||
その他 | 31 | (7.8) | ||
役職 | ||||
有 | 120 | (30.0) | ||
無 | 280 | (70.0) | ||
看護師にコミュニケーションに関する教育は必要だと思うか. | ||||
はい | 381 | (95.3) | ||
いいえ | 1 | (0.3) | ||
どちらともいえない | 12 | (3.0) | ||
無回答 | 6 | (1.5) | ||
研究B(n = 416) | ||||
性別 | ||||
女性 | 208 | (92.5) | ||
男性 | 208 | (7.3) | ||
年齢 | 39.6(11.2) |
研究Aは,全国の国立大学附属病院の看護師を対象とした.
研究Bは,調査会社に登録された者を対象とした.
対人反応性指標で評価された共感特性について,研究A(看護師)と研究B(非看護師の市民)の平均値を比較し,「共感的関心」と「視点取得」は看護師の方が有意に高く(それぞれt = 8.4,t = 4.5;p < 0.01),「個人的苦痛」と「想像性」は看護師の方が有意に低かった(それぞれt = –3.5,t = –5.0;p < 0.01).また,効果量bは0.2~0.6であり小程度から中程度の差があった(表2).
尺度(項目数) | 研究A(看護師)(n = 400) | 研究B(非看護師の市民)(n = 416) | t値 | p値 | 効果量d(Cohen’s) | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
平均値 | (SD) | 平均値 | (SD) | ||||
対人反応性指標(26) | |||||||
個人的苦痛(7) | 21.1 | (4.2) | 22.2 | (4.3) | –3.5 | <0.01 | –0.24 |
共感的関心(7) | 25.3 | (3.2) | 23.2 | (4.0) | 8.4 | <0.01 | 0.59 |
視点取得(5) | 16.1 | (2.9) | 15.2 | (3.1) | 4.5 | <0.01 | 0.32 |
想像性(7) | 20.5 | (4.6) | 22.1 | (4.4) | –5.0 | <0.01 | –0.35 |
臨床対人反応性指標(18) | |||||||
看護における視点取得(13) | 41.3 | (4.4) | |||||
無条件の肯定的関心(5) | 15.1 | (2.2) |
対人反応性指標は,5リッカートスケールで評価した.臨床対人反応性指標は,4リッカートスケールで評価した.
共感特性と年齢の相関分析を行うに当たって,研究Aと研究Bでは,男女比が著しく異なっているため,性別,研究A/B,年齢を独立変数,共感特性を従属変数に設定した重回帰分析を行った.その結果,「共感的関心」は研究間の影響よりも性別の影響が強いものの,看護師のサンプルであるかどうかの影響はあり,研究間の差は有意であった(表3).
B | β | R2 | |
---|---|---|---|
個人的苦痛 | |||
性別 | –1.69 | –0.18** | 0.05 |
研究A/B | 1.76 | 0.21** | |
年齢 | –0.03 | –0.12** | |
共感的関心 | |||
性別 | –1.88 | –0.22** | 0.12 |
研究A/B | –1.35 | –0.18** | |
年齢 | 0.02 | 0.07* | |
視点取得 | |||
性別 | –0.36 | –0.05 | 0.03 |
研究A/B | –0.80 | –0.13** | |
年齢 | 0.01 | 0.03 | |
想像性 | |||
性別 | –1.57 | –0.16** | 0.05 |
研究A/B | 2.23 | 0.24** | |
年齢 | <–0.01 | –0.01 |
**:p < 0.01,*:p < 0.05
以下の通り独立変数として設定した.研究A/Bは,研究A(看護師):0,研究B:1.性別は,女性:0,男性:1.
研究A(看護師)の年齢および臨床経験年数と,対人反応性指標および臨床対人反応性指標の相関を確認した.対人反応性指標の「個人的苦痛」は,年齢と経験年数に有意な負の相関がみられた(それぞれr = –.176,p < 0.05;r = –.188,p < 0.01).また,「共感的関心」は,年齢と経験年数に有意な正の相関がみられ(それぞれr = .134,r = .140;p < 0.01),「視点取得」は年齢と有意な相関がみられた(r = .133, p < 0.05).いずれも相関係数は低くかった.臨床対人反応性指標には,「看護における視点取得」と年齢および臨床経験年数との間に弱い正の相関があり(それぞれr = .200,r = .203;p < 0.01),「無条件の肯定的関心」と年齢および臨床経験年数との間にも弱い正の相関があった(それぞれr = .250,r = .242;p < 0.01).研究B(非看護師の市民)において,対象者の年齢と対人反応性指標の相関を確認したが,「個人的苦痛」と「想像性」には有意な負の相関がみられたものの(それぞれr = –.126,r = –.174;p < 0.05),相関係数は低かった(表4).
対人反応性指標 | 臨床対人反応性指標 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
個人的苦痛 | 共感的関心 | 視点取得 | 想像性 | 看護における視点取得 | 無条件の肯定的関心 | |
研究A(n = 400) | ||||||
年齢 | –.176* | .134** | .133* | .062 | .200** | .250* |
臨床経験年数 | –.188** | .140** | .085 | .058 | .203** | .242** |
研究B(n = 416) | ||||||
年齢 | –.126* | .086 | –.005 | –.174** |
**:p < 0.01,*:p < 0.05
研究A(看護師)の役職の有無と対人反応性指標および臨床対人反応性指標の得点の平均値を比較した.対人反応性指標の「共感的関心」と「視点取得」,臨床対人反応性指標の「看護における視点取得」と「無条件の肯定的関心」は,役職が有る者の得点が有意に高かった(それぞれt = 2.1,t = 3.7,t = 5.7,t = 5.5;p < 0.05).また,対人反応性指標の「個人的苦痛」は,役職が無い者の得点が有意に高かった(t = –3.0, p < 0.01).また,効果量bは0.2~0.6であり小程度から中等度の差があった(表5).
尺度(項目数) | 役職有(n = 120) | 役職無(n = 280) | t値 | p値 | 効果量d(Cohen’s) | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
平均値 | (SD) | 平均値 | (SD) | ||||
対人反応性指標(26) | |||||||
個人的苦痛(7) | 20.2 | (4.1) | 21.5 | (4.2) | –3.0 | <0.01 | –0.33 |
共感的関心(7) | 25.9 | (3.3) | 25.1 | (3.2) | 2.1 | 0.04 | 0.23 |
視点取得(5) | 16.9 | (2.7) | 15.8 | (2.9) | 3.7 | <0.01 | 0.40 |
想像性(7) | 20.6 | (4.9) | 20.5 | (4.5) | 0.1 | 0.96 | 0.01 |
臨床対人反応性指標(18) | |||||||
看護における視点取得(13) | 43.2 | (4.4) | 40.5 | (4.2) | 5.7 | <0.01 | 0.64 |
無条件の肯定的関心(5) | 16.0 | (2.0) | 14.7 | (2.1) | 5.5 | <0.01 | 0.60 |
対人反応性指標は,5リッカートスケールで評価した.臨床対人反応性指標は,4リッカートスケールで評価した.
看護師と非看護師の市民の共感特性を比較し,対人反応性指標で評価される「共感的関心」と「視点取得」は高かったが,「個人的苦痛」と「想像性」は低かった.看護師のなかでも役職がある者(以下,看護管理者)は,臨床対人反応性指標で評価される「看護における視点取得」と「無条件の肯定的関心」が高かった.共感特性の特徴から,看護師は「個人的苦痛」と「共感的関心」についてそれぞれを区別して認識できるように理解すること,他者を想像する視点での「想像性」を高めることが必要であると考えられた.以下,詳細に考察する.
1) 共感的関心と視点取得「共感的関心」と「視点取得」は援助者に必要な共感である(Davis, 1996).また,対人反応性指標の「共感的関心」は「視点取得」と有意な正の相関があり(日道ら,2017),他者を援助する行動の動機付けになる(Batson, 2011).そして,他者から見て「共感的関心」の得点が高い者は自分の利益よりも他者の利益を優先し(以下,利他的),「視点取得」の得点が高い者は誠実であると評価されている(Fultz & Bernieri, 2021).
本研究において,看護師の「共感的関心」と「視点取得」の得点が年齢や臨床経験年数と相関はあったものの,相関係数が低いことから,看護師の「共感的関心」と「視点取得」は単なる年齢や経験年数ではほとんど変化しないと考えられる.また,看護管理者の得点は,役職がない看護師に比べて高かったことから,これらの共感特性が特に高い者に役職が与えられている可能性があると考えられる.看護管理者の職務に対し,効果的あるいは卓越した業績を生む原因と関連する個人の根源的な特性を看護管理者のコンピテンシーといい,そのコンピテンシーには共感特性が含まれている(Spencer & Spencer, 1993/2011;別府,2019).したがって,看護管理者に限らず,看護師の職務が評価されるためには,より高い「共感的関心」と「視点取得」が必要であり,その特性を高めることが看護師個人の評価を高めることに繋がると考えられる.
2) 個人的苦痛先に述べた「共感的関心」は同情・憐み・優しさ・暖かさ・情け深さといった他者に対する感情であることに対し,「個人的苦痛」は動転・驚き・不安・困惑といった他者の状態によって,自己中心的に苦痛を感じることである(Davis, 1996;Batson, 2011).この情動から利他的な行動が起こることもあり,全く共感と関係ないものではないが,共感には含まれないとも考えられている(菊池,2016).「共感的関心」を高めるためには,「個人的苦痛」と「共感的関心」は区別し,「個人的苦痛」を感じている自分を認識することが必要である(Davis, 1996;Batson, 2011).
本研究において,看護師の「個人的苦痛」の得点は低く,年齢や臨床経験年数と有意な負の相関があり,役職が有る者の得点はない者に比べて有意に低かった.看護師は,患者の病態が急変した際,冷静に対応することが求められている(木村ら,2021).そのため,看護師は,患者の状態に対して,驚きや不安などの自己中心的な感情を持つことは避ける傾向がある(Moreno-Poyato et al., 2021).このことから,非看護師の市民よりも看護師の「個人的苦痛」の得点が低く,看護師の指導的立場にある看護管理者の「個人的苦痛」の得点は看護管理者ではない看護師よりも低かったと考えられる.看護師にとって「個人的苦痛」が必要な状況は非常に少なく,その共感特性が低いことが患者との治療的関係を継続させることにつながる(Moreno-Poyato et al., 2021).しかし,「個人的苦痛」と「共感的関心」が混同している看護師は,自分が共感することを避けていると考えている可能性がある(青木・片山,2017).したがって,看護師は「共感的関心」と「個人的苦痛」を区別して理解し,患者に対応することが必要である.
3) 想像性「想像性」には,「他者を想像する視点(ある状況や立場に置かれた他者がどう考え,感じているか想像すること)」と「自分を想像する視点(自分が他者の状況や立場に置かれたらどう考え,感じるか想像すること)」がある(Batson, 2011).「他者を想像する視点」は,認知的共感であり視点取得に含まれ,「自分を想像する視点」も視点取得の一部にはあるが自己中心的であると考えられている(Davis, 1996;Batson, 2011).読書をするなどの「想像性」を働かせる傾向は,他者の考えや感情の内容を正確に読み,推測する能力を判断することに役立つ可能性がある(Namba et al., 2021).看護師にとっても,他者を想像する視点に立った自分の気持ちを感じ取ることは共感を教育する際に重要である(金子ら,2014).
本研究において,看護師の「想像性」の得点は,非看護師の市民の得点より低く,年齢や臨床経験年数との有意な相関はなかった.したがって,看護師が「他者を想像する視点」である「想像性」を高める試みを行うことが共感特性を高めるために必要であると考えられる.
4) 看護における視点取得と無条件の肯定的関心看護における共感は,患者と看護師の相互理解にとどまらず,援助とその効果とも切り離せない関係である(伊藤,2003).対人反応性指標は日常生活における共感を評価する尺度であることに対し,臨床対人反応性指標は看護師の患者に対する共感を評価する尺度である(Aoki & Katayama, 2021).
看護師の「看護における視点取得」と「無条件の肯定的関心」の得点は,年齢および臨床経験年数と弱い正の相関があった.いずれの共感特性も看護管理者の得点が看護管理者ではない看護師よりも有意に高く,その差は対人反応性指標の「共感的関心」「視点取得」の差よりも大きかった.このことから,看護師に求められている,看護管理者のコンピテンシーは臨床対人反応性指標の方がより評価できていると考えられる.
2. 研究の限界と今後の課題本研究は,実施した時期が異なり,データの収集方法が統一できていなかったため,データの偏りを最小限にできなかった.また,本研究の共感特性は自己評価であり,本来の評価に必要な他者からの客観的評価を含んでいないため,測定に偏りがあった.研究Bのデータについて,倫理審査の承認を得るプロセスを経ていないことは,倫理的に適切な手順で調査が行われたかどうかが保証されていないと言える.本研究は,時間軸の異なる看護師と一般市民の方とを比較するという点で研究の限界もあるが,コミュニケーション方法に大きな影響を与えた,新型コロナによるパンデミック前の共感特性については,他に研究方法が見当たらない.
今後は,2020年以降の共感特性に関する報告が必要である.また,本研究で明らかになった看護師の共感特性を活かした教育プログラムを作成し,実際に実施して評価することが必要である.
日本の看護師と非看護師の市民の共感特性を比較し,看護師の共感特性は,対人反応性指標で評価される「共感的関心」と「視点取得」は高く,「個人的苦痛」と「想像性」の得点は低かったことが明らかになった.また,看護師の年齢や臨床経験年数と共感特性との関連は低かったが,看護管理者の対人反応性指標で評価される「共感的関心」と「視点取得」,臨床対人反応性指標で評価される「看護における視点取得」と「無条件の肯定的関心」の得点は高いことが明らかになった.本研究で明らかになった看護師の共感特性の特徴から,看護師は「個人的苦痛」と「共感的関心」についてそれぞれを区別して認識できるように理解すること,他者を想像する視点での「想像性」を高めることが必要であると考えられた.
謝辞:ご協力いただいた対象者の方々に心から感謝申し上げる.本研究はJSPS科研費JP20K19020の助成を,研究AはJSPS科研費JP18K17518の助成を受けて実施された.研究Bは日本学術振興会特別研究員奨励費(13J05732)の助成を受けて実施された.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:YAは研究Aの着想およびデザイン,本研究の統計解析,原稿執筆に貢献;THは研究Bの着想およびデザイン,本研究の統計解析および原稿への示唆;HKは原稿への示唆および研究プロセス全体への助言.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.