日本看護科学会誌
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総説
乳がんに罹患した女性が薬物療法前に行う妊孕性温存の選択に対する意思決定支援:文献レビュー
紙谷 恵子伊東 美佐江前田 訓子齊田 菜穂子
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2022 年 42 巻 p. 501-508

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Abstract

【目的】国内外の文献をレビューし,乳がん女性が薬物療法前に行う妊孕性温存の選択に対する意思決定支援の実態と課題を明らかにする.

【方法】MEDLINE,CINAHL,医学中央雑誌を用いて,2004年から2021年までの発表論文を対象に,キーワードは和文「乳房腫瘍」「妊孕性温存」,英文「Breast cancer」「Fertility preservation」とした.

【結果】対象論文は8件で,意思決定に対する支援は「開発されたツールによる支援」と「医療専門職者によるコンサルテーション」に分類された.

【結論】専門家の連携による支援効果は示されたが,意思決定支援ツールの効果は限定的で,情報提供の量や方法の更なる検討が示唆された.乳がん女性が行う妊孕性温存に関する選択は,様々な背景が関連しその影響は長期に及ぶため,医療者の連携と継続的支援を必要とする.わが国に応じた支援体制の構築が望まれる.

Translated Abstract

The purpose of this study is to review domestic and international literature to identify the trends and issues in decision-making support for breast cancer patients regarding fertility choices.

MEDLINE, CINAHL, and Japan Medical Abstracts Society Database (the ICHUSHI Web) were used to search for articles published between 2004 and 2021, with the keywords “breast tumor” and “fertility preservation” in both Japanese and English.

Eight papers were included in the study, and decision making support were categorized as “support by developed tools” and “consultation by healthcare professionals”. The effectiveness of support through healthcare collaboration was demonstrated, but the outcomes of decision support tools was limited, suggesting further investigation on the amount and method of information provision. Fertility choices for women with breast cancer need healthcare collaboration and continuous support because of the variety of backgrounds and have a long-term impact. It is desirable to establish a support system that is appropriate for Japan.

Ⅰ. 緒言

2004年のがん患者の妊孕性温存による出産を機に,各国でがん医療と生殖医療の連携が活発化している(Donnez et al., 2004).わが国もネットワークの構築が進み,2021年4月には「小児・AYA世代がん患者などの妊孕性温存療法研究促進事業」が開始され(厚生労働省,2021),がん治療前に妊孕性温存を行う患者が増加している(重松・髙井,2022).乳がん治療で投与する抗がん剤は直接的に卵巣機能の低下をきたし,内分泌薬は,投与期間が5~10年と長期に及び妊娠・出産の機会を失う可能性を高める.他の薬物療法についても影響は不明とされる(日本がん・生殖医療学会,2021).そのため,乳がんに罹患し妊孕性に影響する薬物療法を予定する生殖年齢にある女性は,がん告知後の心理的に動揺するなか,妊孕性温存のための生殖医療を行うか否かを決断している.乳がん患者は妊孕性温存の正しい知識が少なく,その選択に葛藤を生じるといわれ(Peate et al., 2011),支援者側も,生殖医療施設の数や医師同士の連携(久保ら,2012),妊孕性の知識や経験に問題を抱え,また妊娠・出産といった個人の繊細な域に介入する抵抗感などの困難が生じている(矢ヶ崎ら,2017).

このような難しい問題に対し,近年は医療者と患者が選択のプロセスを協働していく共有意思決定支援(Shared decision Making: SDM)が広まっている.とりわけ,乳がん女性はがん治療と将来の妊娠・出産を同時期に決定する必要があり,医療者による支援は不可欠である.現状では,乳がん女性における妊孕性温存の選択に関して,決断までの葛藤が少なく,できる限り後悔しないためにどのような意思決定支援が有効であるか,知見をまとめたものはない.そこで本研究は,乳がんに罹患した女性の薬物療法前に行う妊孕性温存の選択に関する意思決定支援の実態と課題について文献レビューから明らかにした.

Ⅱ. 方 法

1. 用語の定義

乳がんに罹患した女性における妊孕性温存の選択

初発乳がん患者が挙児希望をふまえて,妊孕性に影響を及ぼす薬物療法を行う前に妊孕性温存を実施するか否か,実施する場合はその種類を選択することである.妊孕性に関する選択肢は,自然妊娠,胚凍結,卵子凍結,卵巣組織凍結,配偶子提供,代理出産などがあり,我が国において乳がん女性が薬物療法前に選ぶ主な妊孕性温存には,標準治療としての胚凍結と卵子凍結,研究段階としての卵巣組織凍結がある.(日本がん・生殖医療学会,2021).

2. 検索方法

和文誌は医学中央雑誌を,海外論文はCINAHL,MEDLINEを用いて,世界で初めてがん患者の妊孕性温存による生児獲得が発表された2004年から2021年2月で,英語か日本語での公表論文を対象に検索した.和文誌は,「乳房腫瘍/TH」and「妊孕性温存/TH」,海外論文は,「Breast cancer, Breast neoplasms/MH」and「Fertility preservation/MH」とした.選定は,①生殖年齢にある女性乳がん患者または主に乳がん患者を対象とした論文,②妊孕性に影響を及ぼす薬物療法前に行う妊孕性温存の選択への支援を焦点にした論文,③支援の実施者および具体的な支援内容が把握できる論文,④支援のアウトカムが示された論文とした.2名の研究者により全プロセスを確認し,8論文を分析対象とした(図1).

図1 

文献選定のフローチャート

3. 分析方法

本研究では体系的レビューを行い,対象論文の全体像把握や知見の比較を可能とするGarrardのマトリックス方式(Garrard, 2012/2013)を採用した.マトリックス方式は,検索過程,文書整理,レビューマトリックスの作成,文献レビューの執筆のプロセスから成る.今回のマトリックス項目は概要(タイトル・出版年・著者・国・研究デザイン),研究方法(対象・割り当て),支援内容,評価指標(時期・内容),アウトカムとし,2名の研究者がそれぞれ論文を精読し該当内容を検討・確認した.今回は,介入,研究デザイン,結果の統一性が得られなかったためメタ分析を行わなかった.

Ⅲ. 結果

1. 分析対象論文の概要

意思決定支援ツールの開発が5件,医療専門職によるコンサルテーションが3件抽出された.意思決定支援ツールは,SDMを促進するためのツール(Decision Aid: DA)(O’Donnell et al., 2006)が4件(Ehrbar et al., 2019Garvelink et al., 2017Peate et al., 2012Speller et al., 2019),DAとは異なる情報提供ツールが1件(Partridge et al., 2019)であった.DAは,国際基準のInternational Patient Decision Aid Standards(IPDAS)の資格基準(IPDAS, 2019)に基づき開発されたものが3件(Ehrbar et al., 2019Garvelink et al., 2017Speller et al., 2019)と,IPDAS公表前に開発されたものが1件であった(Peate et al., 2012).医療専門職によるコンサルテーションでは,専門的な教育を受けた看護師が行う支援が2件(Kelvin et al., 2016Zwingerman et al., 2020),専門医が行う支援が1件(Letourneau et al., 2012)であった(表1).

表1  乳がん女性における妊孕性温存の選択への支援に関する文献一覧
筆頭著者
出版年
対象者/人数 デザイン 評価の指標と時期
介入方法 アウトカム
開発されたツールを用いた支援 Garvelink(2017) 18~40歳の妊孕性に影響のある薬物療法を行う乳がん女性
介入群(n):T0 = 13,T1 = 12,T2 = 11
対照群(n):T0 = 13,T1 = 12,T2 = 12
ブロック無作為化比較研究 知識,DCS,DRS/ベースライン(T0)・6週間(T1)・6か月(T2)
介入群:従来のパンフレットとIPDASに準拠したweb版DAを提供
対照群:従来のパンフレットを提供
両群共にカウンセリング前またはカウンセリング後に提供した
知識:両群共にT0よりもT1とT2で有意に増加し,両群の差はなかった.
葛藤:情報と価値観に基づく決定への葛藤は,介入群よりも対照群が有意に低下した.
後悔:介入群と対照群でFPに対する後悔の差はなかった.
Speller(2019) 女性乳がんサバイバー(n = 10),生殖医(n = 1),腫瘍医(n = 3),general practioner(n = 2),cancer survivorship expert(n = 1) BEFORE(Being Exploring Fertility Options, Risks and Expectations)DAの開発 アンケートまたは電話やフォーカスグループによるインタビュー
IPDASに準拠したDAの試用調査 情報の質と量のバランスはよい.
文章表現が意思決定を誘導してしまう可能性がある.DAの媒体は患者の好みにで分かれるので,紙・Webの両方あるほうが良い.臨床における実現可能性は高い.
Ehrbar(2019) 18~40歳の妊孕性に影響のある薬物療法を行うがん女性
 乳がん(n = 27),白血病(n = 14),その他(n = 10)
介入群(n):T1 = 24,T2 = 18,T3 = 17
対照群(n):T1 = 27,T2 = 23,T3 = 20
無作為化比較研究 DCS/ベースライン(T1)・1か月(T2)・12か月(T3)
介入群:生殖医のカウンセリング直後にIPDASに準拠したweb版DAを提供
対照群:生殖医のカウンセリングのみ
葛藤:介入群は対照群よりも,T1とT2において有意に低下した.
   T3において介入群が対照群よりも低下したが有意ではなかった.
   T2までは,両群共に葛藤が低下したがT2からT3まではわずかに上昇した.
Peate(2012) 18~40歳の妊孕性に影響のある薬物療法を行う女性
介入群(n):T1 = 52,T2 = 45,T3 = 36
対照群(n):T1 = 81,T2 = 65,T3 = 60
非無作為化比較研究 知識,DCS,DRS,Multidimensional Measure for Informed Choice,Hospital Anxiety and Depression Scale/ベースライン(T1)・1か月(T2)・12か月(T3)
介入群:診療時に冊子体のDAを用いたカウンセリング(IPDAS公表前)を従来のパンフレットと一緒に提供
対照群:従来のパンフレットを用いたカウンセリング
知識:両群ともにT1からT2にかけて有意に向上し,介入群は対照群よりも高かった.
葛藤:両群ともにT1からT2にかけて有意に低下し,介入群は対照群よりも低かった.
後悔:介入群が対象群よりも有意に低かった.
満足度:治療の影響と妊孕性温存の選択に関する情報で介入群は対照群よりも有意に高かった.
不安と抑うつ:両群間の差はなかった.
Partridge(2019) 18~45歳の初発浸潤性乳がん女性
介入群:n = 245
対照群:n = 222
無作為化比較研究 診療録からの記述の抽出(妊孕性に対する関心)/ベースライン・3か月・6か月・12か月
介入群:妊孕性や遺伝に関する情報を含む情報提供ツール(Young women intervention: YWI)を初診時に提供
対照群:妊孕性に関する情報を含まず身体活動を促す支援ツール(Physical activity intervention: PAI)を初診時に提供
妊孕性温存の選択に対する関心は,3か月まで上昇し両群の差はなかった.
両群共に6か月と12か月は関心が低下していた.
プログラムと関係なく,年齢が低いほど妊孕性に対する関心が高かった.
医療専門職によるコンサルテーション Kelvin(2016) 18~45歳の妊孕性に影響のある薬物療法を行ったがん女性
 乳がん(n = 364)
 大腸(n = 48),婦人科(n = 58),リンパ腫(n = 76),肉腫(n = 11),他(n = 44)
介入群:n = 320
対象群:n = 271
後ろ向き横断研究 受け取った情報に対する満足度/コホート1と2,FCNSによるコンサルテーションの有無
医療職に対する教育を含めたFertility clinical nurse(FCNS)によるがん・生殖医療プログラム(臨床医からFCNSへのコンサルテーション)
コホート1:プログラム開始前
コホート2:プログラム開始後
満足度:コホート2はコホート1よりも情報に対するすべての内容が有意に高かった.FCNSによるコンサルテーションを受けた女性は受けなかった女性よりも,がん治療の影響,妊孕性,家族形成に関する選択肢,生殖医の紹介に関する満足度が有意に高かった.
FCNSのコンサルテーションによりカウンセリングを受けた女性は受けなかった女性よりも妊孕性温存を受ける確率が6.1倍高かった.
Zwingerman(2020) 初発がんで妊孕性に影響のある薬物療法を行う生殖年齢の女性
 乳房(n = 9),頸部(n = 6),直腸(n = 3),卵巣(n = 2),リンパ腫(n = 1),白血病(n = 1)
医師(n = 11)
単一群での前向きコホート研究 カウンセリングの患者の動向/がん治療前,治療後6か月
Oncofertility nurse navigator(ONN)が1400㎞離れた施設間で行う遠隔医療によるコンサルテーション(医療施設からONNへのコンサルテーション) 4人が生殖医のカウンセリングを希望し,2人が妊孕性温存を行った.
生殖医の診察や治療を受けた女性全員が治療への意欲を見せた.
ONNのコンサルテーションにより,妊孕性温存の説明を行う医師は27.3%から72.7%に増加し,89%がFPへのアクセスが改善したと回答した.
Letourneau(2012) 18歳~40歳時にがんの診断を受け妊孕性に影響のある薬物療法を行った女性
 乳がん(n = 223)
 ホジキンリンパ腫(n = 286)
 非ホジキンリンパ腫(n = 169)
 ホジキンor非ホジキンが不明のリンパ腫(n = 11)
 白血病(n = 121)
 胃がん(n = 108)
後ろ向きコホート研究 がん診断後の患者の動向/DRS,the satisfaction with life scale, the World Health Organization QOL BREF(WHOQOL-BREF)
①腫瘍医からのカウンセリング
②生殖医からのカウンセリング
③腫瘍科チームのみのカウンセリング
④腫瘍科チームと生殖医からのカウンセリング
後悔:③よりも④が有意に少なかった.
   ①の中で,FPを行った女性は行わなかった女性よりも有意に低かった.
満足度:①の有無に差はないが,④は③よりも有意に高かった.①の中でFPを行った女性は行わなかった女 性よりも有意に高かった.
QOL:①よりも①と②の両方を受けた女性が有意に高かった.
   心理的健康:①を受けなかった女性が①を受けた女性よりも有意に高かった.
   環境的健康:②を受けた後FPを行った女性は①を受けた後FPをしなかった女性よりも有意に高かった.
FPの実施の可能性:年齢の若い女性が高く,診断時に子供のいない女性がいる女性よりも高い.

DA:Decision Aid,IPDAS:International Patient’s Decision Aids Standards,DCS:Decision Conflict Scale,DRS:Decisional Regret Scale,FP:Fertility Preservation,QOL:Quality of Life

2. 妊孕性温存の選択における支援と効果

1) 開発されたツールを用いた支援

IPDAS基準に基づくDAは,Webのみ1件(Ehrbar et al., 2019),小冊子とWebの併用が2件で(Garvelink et al., 2017Speller et al., 2019),IPDAS公表前に開発されたDAは小冊子であった(Peate et al., 2012).DAは乳がん薬物療法前の女性(Ehrbar et al., 2019Garvelink et al., 2017Peate et al., 2012)と乳がんサバイバー(Speller et al., 2019)に提供された.現在Webで公開されているDAは3件あり(Ehrbar et al., 2019Peate et al., 2012Speller et al., 2019),共通して乳がん治療と妊孕性の関連,妊孕性温存の長所と短所,法的位置づけ・費用・妊娠確率,妊孕性温存以外の家族形成の説明があり,患者の価値観を明確にするワークシートも含まれた(表2).DAは,知識,満足度,心理的葛藤,後悔の視点は定量的に評価され,実装可能性と利便性は定性的に評価された.DAの使用は,従来の冊子よりも妊孕性知識が有意に向上し(Garvelink et al., 2017),意思決定への満足度も有意に向上した(Peate et al., 2012).意思決定の葛藤や後悔は有意に低減したが(Ehrbar et al., 2019Peate et al., 2012),葛藤が高まる報告もあり情報提供の量と方法に課題が残った(Garvelink et al., 2017).DAの利便性は,情報のバランスと患者の様々な状況への対応が評価された反面,文章表現が患者の意思決定を誘導してしまう懸念が指摘された(Speller et al., 2019).

表2  一般公開されている乳がん女性の妊孕性温存の選択に関するDecision Aid(DA)
筆頭著者(出版年) Ehbar(2019) Peart(2012) Speller(2019)
スイス オーストラリア カナダ
DAの媒体 冊子,Web 冊子 冊子,Web
がん治療による影響の説明
卵巣機能の説明
選択肢の説明 卵子凍結
胚凍結
卵巣組織凍結
方法
長所と短所
法的位置づけ
費用
妊娠確率
上記以外の家族形成 卵子提供
胚提供
代理出産
養子縁組
自然妊娠
子を持たない
診断~治療のプロセスの説明
価値観確認のためのワークシート
体験談
受診時の質問例
地域別相談窓口の連絡先
根拠となる資料へのリンク

DAとは異なる情報提供ツールは,乳がん患者の初診時にWebと冊子(Young women intervention: YWI)として提供された(Partridge et al., 2019).ツールには乳がんの病態,検査,治療の説明とともに妊孕性温存に関する意思決定の必要性と生殖医療,カウンセリングの説明が含まれた.さらに,本ツールのみ,遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(hereditary breast ovarian cancer: HBOC)と遺伝学的検査の説明が含まれていた.YWIは乳がん初診時に配付され,診療録の記載から「将来の出産計画」「妊孕性温存の選択肢の提示」「妊孕性温存の実施」への関心について,妊孕性の情報を含まず身体活動を促す支援ツール(Physical activity intervention: PAI)との比較によって評価された.妊孕性温存に対する関心はYWI,PAIともに初診後3か月までが高く,PAIも身体活動や受診時に医療者から妊孕性に関する情報を得ていた.またプログラムにかかわらず年齢が低い30歳未満の90~100%が妊孕性に高い関心を示した.

2) 医療専門職によるコンサルテーション

Kelvinら(2016)の論文では,Fertility clinical nurse(FCNS)が臨床医からのコンサルテーションを受け,薬物療法前の乳がんを含む女性がん患者を対象に,冊子と動画を用いてカウンセリングを行い,必要に応じて生殖医への紹介を行った.FCNSの支援を受けた患者は,受けなかった患者よりも,「がん治療と妊孕性」「妊孕性温存の選択肢」「家族形成」の情報に対する満足度が有意に高まり,妊孕性温存を受ける確率が6.1倍となった.Zwingermanら(2020)の論文では,Oncofertility nurse navigator(ONN)が山岳地帯の医療施設からコンサルテーションを受け,乳がんを含む女性がん患者への遠隔システムを用いたカウンセリングを行い,必要に応じて生殖医への紹介を行った,その結果,対象者は遠隔地であっても生殖医療への意欲が向上していた.Letourneau(2012)らの論文では,乳がんを含む女性がん患者が腫瘍医と生殖医双方からのカウンセリングを受けた場合,腫瘍医のみのカウンセリングを受けるよりも,意思決定に対する満足度とQOLが向上し後悔が低減した.意思決定の満足度は,腫瘍医と生殖医双方から支援を受け,さらに妊孕性温存を行った場合が最も高かった.

Ⅳ. 考察

1. 意思決定支援における支援ツールの有効性

乳がん女性の妊孕性温存の選択に対する介入研究8件のうち5件が支援ツールを開発していた.そのうち4件はDAによる支援で,知識と心理的側面から評価された.DAは,医師,看護師を含む医療従事者が患者の意思決定支援に用いるツールであり,選択肢に関する患者の知識向上や価値観の明確化に有効として,各国で開発が進められ(Hoefel et al., 2020),2013年には,ツールの質保証として国際基準IPDASが設けられた.わが国では,乳がん女性への意思決定支援として,乳がんの術式選択に関してIPDASに基づくDAが開発・公開されているが(Osaka & Nakayama, 2017大坂・中山,2019),妊孕性温存の選択に関しては,生殖医療,妊孕性温存の長所と短所,妊娠率などの情報提供のみで(小児・若年がん長期生存者に対する妊孕性のエビデンスと生殖医療ネットワーク構築に関する研究班,2016),DAのような個人の価値観を確認するツールがないのが現状である.患者への情報提供について,がん専門医の90.0%が治療と妊孕性の関連を必ず説明する一方,妊孕性温存の内容や医療施設の説明は66.9%,77.3%であり(古井ら,2018),情報不足と感じる患者は他の媒体から知識を得ようと努めるが,結果的に十分に理解しないまま意思決定を行っているとの報告がある(土橋ら,2019).妊娠・出産に関しては,個人の意思によるものとはいえ,周囲の挙児への期待に応じたいと駆り立てられることもあり(安田,2012),患者が自律して意思決定を行うには様々な障壁がある.その点 DAは,選択肢の長所・短所が均等に提示され自身の価値観を確認できる演習も含むため,難しい意思決定において選び方までも後悔するような2重の後悔を避ける(中山,2019)といった効果が期待される.

今回,DAの活用では,満足度の向上と葛藤や後悔の低減が示され(Ehrbar et al., 2019Peate et al., 2012Speller et al., 2019),乳がん診断後の短期間における最善の意思決定が促進されていた.一方,葛藤が高まる報告もあり,情報量や情報提供の方法など課題が残った(Garvelink et al., 2017).SDMでは,DAに加えてカウンセリングとコーチングが不可欠な3要素とされている.カウンセリングでは,意思決定に伴う葛藤や不安を傾聴しながら解消に努め,コーチングでは,患者の価値観の明確化,選択肢に関する理解の促進,情報に基づく検討の支援等,患者と医師が最終決定を行うための,準備促進への支援が行われる(Stacey et al., 2020).がん患者は,治療中はがんそのものに意識が集中するが,治療を終えると次第に将来への不安が増すため(Ehrbar et al., 2019),乳がん診断後間もない時期に行う妊孕性温存の選択においては,SDMとともに意思決定後の継続ケアも重要である.

Partridge et al.(2019)の研究では,患者は,情報提供ツールだけでなく医療者との直接的関わりにより妊孕性温存に関する知識を獲得し疾患への関心を深めることと,30歳未満の患者の妊孕性に関する教育ニーズの高さが推察された.若い女性はがんの知識が不足し診断後に多くを学ばざるを得ない状況となり,同世代の患者が少なく孤立しやすいといわれる(Gould et al., 2006).妊孕性という繊細な問題は他者に打ち明けにくいと予測されるため,意思決定支援においては患者の潜在的なニーズを理解するだけでなく,不安や疑問を躊躇せず相談できる支援体制の構築が必要である.

2. 医療専門職が行う意思決定支援への示唆

本研究では,がん・生殖に関する医療専門職の連携として,医師と専門性を持つ看護師,腫瘍医と生殖医の間でコンサルテーションが行われ,妊孕性温存に関する意思決定の満足度の向上と,葛藤や後悔の低減,さらには生殖医へのアクセスを促進していた.乳がん患者における生殖医療は,がん治療を優先しながら時間的な制約の中で行われるため一般的な生殖医療よりも患者の負担は大きい.医療者においても,提供配偶子や代理出産など医療の進歩に伴い,親子関係や生まれる子の「出自を知る権利」など多くの問題が生じており(白井,2017),通常のケアに増して倫理的な対応が求められる.このような難しい状況に対し,アメリカ臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology: ASCO)の臨床診療ガイドラインにおいて医療連携の必要性が述べられ(Loren et al., 2013),わが国でも提言がなされている(日本がん・生殖医療学会,2021).しかしながら,米国ではASCOの臨床診療ガイドライン発表後も生殖医の受療率が上昇せず(Ruddy et al., 2014),医療システム運用が課題となっている.わが国も同様,乳がん患者に対する生殖医からのカウンセリング提供の偏りに関する報告がある(Furui et al., 2019).一般の看護師も乳がん診断から妊孕性温存の選択に至る支援のほとんどに関わっているが,生殖医療に関するカウンセリングの必要性を認識しながら,時間の不足によりがんに対するケアを最優先せざるを得ない状況にあるといわれる(Keim et al., 2018高橋ら,2019).ほとんどの都道府県でがん・生殖の連携ネットワークが整い,2021年には政府による新たな助成制度が開始された.認定看護師制度と専門看護師制度,認定がん・生殖ナビゲーター資格制度など,有資格者による患者支援や社会啓発活動も始まっている.その一方で,乳がん治療と生殖医療を並行するためのネットワークに不可欠な医療者間の役割の不明確さが連携を阻んでいるとの指摘(Keim et al., 2018)があるため,多職種によるSDMの実現に向け,障壁の原因を共有し円滑な医療連携に向けた体制を整える必要がある.

今回,HBOCに関する記述論文は1件のみで(Partridge et al., 2019),支援の効果は不明であった.40歳以下の乳がん患者におけるHBOCの原因遺伝子変異BRCA1/2の保因率は31%と高率で(Nakamura et al., 2015),妊孕性温存の選択にも影響を及ぼしている(武田・三須,2015).挙児を希望する患者でHBOCが疑われる場合,妊孕性温存前に行う遺伝学的検査など複雑な意思決定のプロセスを辿るため(武田・三須,2015),臨床遺伝専門医,遺伝カウンセラーや遺伝看護専門看護師など専門家によるケアが行われる.しかし遺伝リスクが高いからこそ事実を知ることを避ける傾向にあり(下川ら,2020),実際に検査を受ける者は約半数と報告されている(小峯ら,2019).遺伝リスクのある患者や保因者は多岐にわたる問題を検討する必要があるため,遺伝学的問題に対応できる意思決定支援も求められている.

Ⅴ. 結論

今回明らかになった支援は,「開発された支援ツールを用いた支援」と「医療専門職によるコンサルテーション」に分類された.乳がん患者に対する専門家による連携の成果が示された一方,意思決定支援ツールの効果は限定的で,情報提供や活用法の更なる検討が示唆された.乳がん女性にとって,妊孕性温存に関する選択は様々な背景が関連しその影響が長期に及ぶため,多職種間の医療連携と継続支援を必要とする.今後はわが国の状況に応じた支援体制の構築と人材育成が望まれる.

付記:本論文の内容の一部は,2021年Sigma Theta Tau International the 46th Biennial Conventionにおいて発表した.本研究は,JSPS科研費JP21K10684の助成を受けたものである.

謝辞:本研究にご協力くださいました皆様に心より感謝いたします.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:KKは研究の着想およびデザイン,データ収集と分析,論文作成までの研究全体のプロセスに貢献した.MIはデザイン,データ収集と分析,論文作成までの助言を行った.NMとNSはデータ分析と解釈,論文作成への助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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