2022 年 42 巻 p. 518-527
目的:統合失調症の慢性期にある50代女性患者のアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)参加による価値に結びついた体験の変化のプロセスを明らかにすることでパーソナルリカバリー支援への示唆を得る.
方法:A氏に半構造化面接を実施した.パーソナルリカバリーにつながる価値に結びついた体験について質的記述的に分析した.事例を捉える他の証拠源には価値に基づく行動の自己記録を用いた.
結果:依存しない老後のため【家事をやらなければならない思いとやりたくない思いとの間で葛藤する】体験があった.ACT開始後【試行錯誤と不安への対処によって尊敬する母を目標に家事に取り組む】体験があり,家事行動が拡大し【家族と仲良く暮らしたい希望を持ち母を意識し家事する機会を増やす】体験を積み上げていた.
結論:パーソナルリカバリーという変化のプロセスを共に歩み,主観的で個別的な体験に焦点をあてる支援の重要性が示唆された.
Objective: To clarify the process of change in subjective experiences tied to values by a female patient in her 50s in the chronic phase of schizophrenia who participated in Acceptance and Commitment Therapy (ACT) and to obtain suggestions for personal recovery support.
Methods: A semi-structured interview was conducted with the female, and her subjective experiences, in which she had tied to values, and her personal recovery had been promoted, were qualitatively and descriptively analyzed. As another source of evidence for this case study, her value-directed behavior records created by herself were used.
Results: She experienced [a mental conflict due to hating to do housework while knowing that she has to do it] not to become dependent with aging. Her experiences after the initiation of ACT were represented by [repeating trials and errors and coping with anxiety to manage household chores with her respectful mother as a model] and [desiring to live well with other family members, modeling herself after her mother, and increasingly doing housework], which promoted her household behavior.
Conclusion: The results suggest the importance of sharing personal recovery as a process of change and focusing on subjective and individual experiences when supporting people with schizophrenia.
統合失調症をもつ人への支援においては,症状が遷延し寛解の経過を辿るため,症状を抱えながらもその人らしく生きていけるリカバリー支援が重要である.リカバリーの概念は,伝統的には医療者側の視点から捉えられてきた(「臨床的リカバリー」).これに対し,当事者自身の視点から捉えられるリカバリーは,特に「パーソナルリカバリー」と呼ばれ(彼谷・山口,2018),一般的に「疾患を経験した個人が成長し人生の新しい意味や目的を見出し,その人の態度・価値・感情・目的・技能・役割を変化,発展させていく極めて個別的なプロセス」(Anthony, 1993)と定義される.
パーソナルリカバリーの視点は,精神疾患を経験した個人の声・語りから生まれた主観的なものであり,医療者が捉える症状の軽減や心理社会的機能の回復という客観的な結果(アウトカム)としての臨床的リカバリーだけではなく,個人の回復の道程(journey)としてのプロセスが重要である(Deegan, 1988).パーソナルリカバリーを大切にする支援の在り方は,看護に限らず医療保健福祉分野で共通の支援目標となってきている(Slade, 2013).
パーソナルリカバリー支援のため,そのプロセスの構成要素を特定するための系統的レビュー(Leamy et al., 2011)や,評価し測定するための尺度開発(Penas et al., 2019),日本語尺度の検討(千葉ら,2020)も進められている.パーソナルリカバリーの促進そのものを目指した試みは少ないが,1つの介入手法として,アクセプタンス&コミットメント・セラピー(Acceptance and Commitment Therapy;以下,ACT)が注目されている(O’Donoghue et al., 2018).ACTの実践においては,シングルケースデザインを用いてセッションごとの変動を反復測定することで,介入前,介入期,フォローアップ期までの変化していくプロセスを,時系列にモニターできる.
パーソナルリカバリーのためには,疾患を経験した個人が,症状の軽減だけでなく,人生において大切にする価値とつながることが重要である(Slade, 2013).ACTにおいて価値とは,「人生において拠り所とする,自身がどのようにありたいかという心の奥底にある願望である」と説明される(O’Donoghue et al., 2018).ACTによる介入は,この個人が大切にする価値を明確にし,そうした価値に基づく行動を促進するという意味において,パーソナルリカバリーを支援することができる(O’Donoghue et al., 2018).
これらのことから,加藤ら(2021)は,統合失調症への集団ACTプログラム(Group-based ACT for psychosis:以下,G-ACTp)を,看護師を含む多職種チームで実施し,パーソナルリカバリー支援におけるG-ACTpの効果を検討している.定量的な分析の結果,参加者における価値に基づく行動の生起回数が介入前と比較し介入後において統計的に有意な増加が認められ,パーソナルリカバリー支援におけるACTの有用性が示唆されている.しかし,パーソナルリカバリーは個別的で主観的なプロセスであることから,個人の内的視点によって,生活の中でどのような価値に結びついた体験をしていたのか,という主観的体験を捉えることが,さらに必要である.本研究では,加藤ら(2021)の実施したG-ACTp参加者のうち,1名の統合失調症の慢性期にある50代女性患者を対象とし,ACT参加による価値に結びついた体験の変化のプロセスを明らかにすることで,パーソナルリカバリー支援への示唆を得ることを目的とした.
一事例の質的分析による事例研究であった.個人の主観的な体験を明らかにするため,質的記述的分析(Sandelowski, 2000, 2009を参考)を選択した.また,この事例の文脈を捉える他の証拠源(Yin, 2018)として,G-ACTp介入を通し,自己記録によって収集した「価値に基づく行動」の種類,および種類ごとの行動の累積データ(武藤,2012を参考)を用いた.
2. 対象者の選択G-ACTpの参加者は,医師により統合失調症(ICD10: F20)と診断を受け,精神科デイケアへ通所する者であった(加藤ら,2021).G-ACTpに参加した3名のうち,縦断的な変化のプロセスを捉えるため,介入前後および1年半後の半構造化面接を実施することのできた1名を,今回の事例研究の対象とした.
3. G-ACTpの実施状況精神科デイケアにて,看護師である第一著者がファシリテーターとなり,公認心理師である第二著者と共にプログラムを実施した.ACTの実施にあたっては,ACTの実践歴のある第二著者および第三著者のスーパーバイズの下で実施した.G-ACTpは隔週の全4回実施し,フォローアップ介入を2週間後と1ヶ月半後の2回実施した(表1).1回のセッション時間は60分であった.
G-ACTpの内容
質的記述的分析のデータは,G-ACTp介入前後および1年半後の半構造化面接によるインタビューにより収集した.変化のプロセスを捉えるため,①これまでの症状を抱えながらの生活に対する対処,②今現在,生きる上で大切にしている価値,③今後の精神的健康の維持,という時間の流れに沿って,インタビューガイドを作成した.面接では,「自身の価値をどのように感じながら,日々の生活の中でどのような体験をしていたか」という主観的体験に焦点を当てて,話を聴いていった.対象者には,「価値」を,人生において大切にするものであり,その大切なものに向かおうとするときに経験するであろう辛い思考,感情,記憶などにも特別な意味を与えてくれるもの(Dahl et al., 2009),として説明した.「価値に結びついた体験」は,自身の「価値」に向かいながら対象者が感じていた主観的体験とした.所要時間は30分~60分で実施した.
「価値に基づく行動」のデータは,G-ACTp介入1ヶ月前より自己記録による活動記録表への記載を依頼し,介入3ヶ月後まで収集した.
5. データの分析方法質的記述的分析においては,面接を録音したものを逐語録に起こし,逐語録を何度も読み返しテーマに関連のある対象者の語りを意味のまとまりごとにコード化した.コードの類似した内容を集約して命名しカテゴリー化した.類似性と差異性により集約することを繰り返すことで抽象度を上げていき,抽象度を同程度に整理してサブカテゴリーとした.サブカテゴリーをさらに集約し抽象化したものをカテゴリーとした.カテゴリーの適切性を,オリジナルの対象者の語りへの参照を何度も繰り返すことで吟味し検討した.分析の信憑性・真実性を高めるため,研究者複数名で分析を行い,体験内容を誤って理解し分析していないかを確認するため,対象者本人に分析結果の確認を依頼した.
「価値に基づく行動」のデータの分析においては,介入1か月前に第一著者と第二著者が共同で初回面接を実施し,活動記録表に記載する価値に基づく行動を対象者と共に決めた.介入開始後は,G-ACTpにより明確化した価値により,対象者が記載する価値に基づく行動を見直してもらい,価値に基づく行動の促進を支援するため,スモールステップで実践可能な行動目標(Shepherd, 2001を参考)となるように記載を継続してもらった.活動記録表に記載された行動を,研究者が集計し武藤(2012)の累積グラフの手法を参考に図表化し,機能的な行動のまとまりごとに分類し整理した.
その上で,質的記述的分析による価値に結びついた体験と,価値に基づく行動の実際とを比較検討し,変化のプロセスを検討した.
6. 倫理的配慮本研究は,第一著者の所属大学および研究協力施設の倫理審査委員会の承認を受けた(承認番号:31愛県大学情第1-37号).研究対象者には,研究の目的,方法,倫理的配慮を口頭および書面にて具体的に説明した.研究への同意は任意であり,承諾が得られなくとも不利益になることはない旨を伝え,研究として公表することの同意を得た.
Aさんは50歳代前半の女性である.精神症状を評価するPANSS(Positive and Negative Syndrome Scale)得点は,陽性尺度16点,陰性尺度16点,総合精神病理尺度38点であり,服薬量はCP換算値750 mgであった.両親と3人暮らしで,兄は家を出て独立している.高校時代に発症し入院歴があり,精神症状に「自分の考えが筒抜けになり怖い」という体験があった.「自分にはできない,どうしよう」と不安が強くなると動けず,「母に依存的な生活を続けている」と話した.単独で外出する場所は,本屋,美容院,受診,ショッピングセンターとのことで,週に2回支援施設,1回デイケアに通所していた.対人関係はデイケアに親友と呼べる女性がおり,毎日電話し時折その親友の交際相手も含めて3人で車に乗せてもらい外出していた.趣味や余暇時間については,「読書と音楽が好き」で「自分の趣味の時間は好きなだけとれている」と話していた.
2. 質的記述的分析による価値に結びついた体験Aさんの価値に結びついた体験の質的記述的分析の結果,5つのカテゴリーと23のサブカテゴリーが抽出された(表2).以下に,各カテゴリーの説明を,事例を示しながら記述する.文中の【 】はカテゴリー,『 』はサブカテゴリー,サブカテゴリーを説明する聴き取りの内容を「 」で引用した.
カテゴリー | サブカテゴリー |
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家事をやらなければならない思いとやりたくない思いとの間で葛藤する | 両親も高齢で今の依存的な生活では生きていけない 家事をやれない理由を挙げて先延ばしにする 家事をやるべきと思えば思うほど不安が増大し辛い 家事は絶対やらなければと思うがやりたくはない 事故に遭う不安から自転車に乗ることをやめておく |
症状に対処し続けながらも社会とつながり趣味を楽しむいつも通りの生活を大切にする | 酷かった精神症状を理解し対処を続けている 決められた予定通りに過ごすことで安心する 社会勉強になることを意識して生活している 人と話すことを呆けないためにも大切にしている 読書と音楽を聴く趣味を続けている 親友と言ってくれる尊敬できる友人がいつも助けてくれる |
試行錯誤と不安への対処によって尊敬する母を目標に家事に取り組む | 家族のために家事をこなす母を尊敬している 一人でできるようになりたい家事の目標を表明する 母とぶつかってもやると決めた食器洗いに取り組む 自分ができる料理の工程を試行錯誤して繰り返す やりたくてもやれなかった家事行動が増えたことを喜ぶ 不安が出たら呼吸法で気持ちを落ち着けてそのままにする |
自転車での外出や市役所での手続きが一人でできるようになる | 雨の日以外は新たに買った自転車で外出することもある 市役所に一人で手続きができるようになる |
家族と仲良く暮らしたい希望を持ち母を意識し家事する機会を増やす | 母と台所に立つ機会が増える 母のやることを意識するようになっている 兄や家族と仲良く生活していきたい 母に任せっぱなしにせず親孝行をしていきたい |
このカテゴリーは5つのサブカテゴリーから成る葛藤の体験である.『両親も高齢で今の依存的な生活では生きていけない』老後の不安と『家事をやるべきと思えば思うほど不安が増大し辛い』という不安体験が入り混じっていた.『家事は絶対やらなければと思うがやりたくはない』という本音と,「趣味の断捨離が終わったら家事に取り組もうと思っている」「火とか包丁は危ないから使わない」など,『家事をやれない理由を挙げて先延ばしにする』生活となっていた.家事は食材の買物など外出も必要であったが『事故に遭う不安から自転車に乗ることをやめておく』と家事を縮小してしまっており,やりたい思いとやらずに回避したい思いとが混在した体験となっていた.
2) 【症状に対処し続けながらも社会とつながり趣味を楽しむいつも通りの生活を大切にする】6つのサブカテゴリーから成る日常の生活体験である.遷延する精神症状に「周りのことに一生懸命取り組むことで,頭の中で変なことを考えないようにする」など,『酷かった精神症状を理解し対処を続けている』ことで症状と距離をとっていた.『親友と言ってくれる尊敬できる友人がいつも助けてくれる』体験により「親友とのお付き合いは大切」と語り,「詐欺とかに騙されないように」と『社会勉強になることを意識して生活している』体験をしており,社会的ルールが大切にされていた.また,親友以外にも,施設で『人と話すことは呆けないためにも大切にしている』と他者とのコミュニケーションが意識されていた.自宅では『読書と音楽を聴く趣味を続けている』など,『決められた予定通りに過ごすことで安心する』変わらぬ日常を大切にする体験をしていた.
3) 【試行錯誤と不安への対処によって尊敬する母を目標に家事に取り組む】6つのサブカテゴリーから成り,G-ACTp開始後に新たに表出された体験である.『家族のために家事をこなす母を尊敬している』体験が明確となっており,行動目標として『一人でできるようになりたい家事の目標を表明する』体験を伴っていた.具体的には「食器洗いをする」「料理ができるようになりたい」と語られていた.水を使い過ぎて『母とぶつかってもやると決めた食器洗いに取り組む』ことや,料理工程を細分化して『自分ができる料理の工程を試行錯誤して繰り返す』という体験を実際にしていた.家事に取り組むことで『不安が出たら呼吸法で気持ちを落ち着けてそのままにする』体験は,G-ACTpで体験した呼吸法が生活に取り入れられ,さらに,家事を繰り返し続けることで『やりたくてもやれなかった家事行動が増えたことを喜ぶ』体験につながっていた.
4) 【自転車での外出や市役所での手続きに取り組む】2つのサブカテゴリーから成り,G-ACTpで行動目標とした家事行動が,実際に実践されている体験である.「新しく買った自転車は昔の自転車と違うからふらふらする」が,「自転車をもっと練習しないといけない」との思いが表出され,『雨の日以外は新たに買った自転車で外出する』体験となっていた.自転車に乗り行動範囲が再拡大したことは,「昔は親任せにしていた」必要な手続きが,『市役所に一人で手続きができるようになる』体験につながり,目標とした家事行動が,実際に実践されている体験となっていた.
5) 【家族と仲良く暮らしたい希望を持ち母を意識し家事する機会を増やす】4つのサブカテゴリーから成る未来への希望が語られた体験である.G-ACTp後の生活の中で『母と台所に立つ機会が増える』体験があり,『母のやることを意識するようになっている』実感を伴っていた.一人だけでなく『兄や家族と仲良く生活していきたい』希望が語られ,『母に任せっぱなしにせず親孝行をしていきたい』という,他者にも向かう価値に結びついた体験につながっていた.
3. 活動記録表の自己記録による価値に基づく行動の変化活動記録表の自己記録による価値に基づく行動の種類と累積の変化を表3に示す.介入1ヶ月前の自己記録の記載を依頼する初回面接では,Aさんより「人と話したい」「母に頼りきりなため自分でできる家事を増やしたい」との意向が語られた.対人交流も限定的であり,ベースライン期より記載する価値に基づく行動を,“外出行動(誰とどこへ外出したか)”と“できた家事行動”にすることを共に決めた.G-ACTp開始後には,人生において大切にする価値の明確化のワークにより,家族を支える「母親のような人になる」という価値が表明された.最終的な価値に基づく行動の集計の結果,ベースライン期より記載された《社会的な外出行動》と《家事の手伝い》,G-ACTpによる課題分析的な介入により主に増加した《料理に向かう行動》,自ら実践するようになり記載された《新規に拡大した行動》の4つの行動カテゴリーに分類された.以下,《 》は行動のカテゴリーを,〈 〉は自己記録により記載されたそのままの行動を示す.
Aさんの価値に基づく行動の種類と累積
この行動カテゴリーには,9つの累積した行動が認められた.5つの行動は,ベースライン期からみられた対人交流の範囲と習慣行動であり,家族や友人と共に外出する行動が多かった.その後出現が確認された4つの行動は,長いスパンで定期的に行っている外出行動である.自ら実施した《社会的な外出行動》として頻度は少ないが活動の拡がりがみられた.移動距離は徒歩圏内であった.
2) 《家事の手伝い》この行動カテゴリーは,10の累積した行動が認められた.日頃から《家事の手伝い》は実施しており,ベースライン期より維持して習慣化されていた.G-ACTp開始後に,〈食器洗いをする〉行動が新規に追加され,介入期には維持していたが,フォローアップ期の19週目以降に出現回数の減少がみられた.
3) 《料理に向かう行動》この行動カテゴリーは20の累積した行動があり,G-ACTp開始後に新規に出現した行動が多くみられた.料理行動は,自身ができる工程に細分化し記載されていた.〈メモするノートを準備する〉ことに始まり,〈料理の作り方をメモする〉行動が維持され,これまでになかった《料理に向かう行動》がフォローアップ期の最終週まで累積していった.料理工程も,ただ〈カップラーメンに湯を注ぐ〉料理法から〈料理本を見て献立を考える〉ことができ,〈食材を煮る〉〈食材を炒める〉という本格的な料理行動が,最終週までに出現していった.
4) 《新規に拡大した行動》この行動カテゴリーは,5つの累積行動がG-ACTp3回目以降に出現し,生活の中で自ら《新規に拡大した行動》である.〈自転車を買う場所を調べる〉行動は,事故に遭う不安から諦め友人に譲ってしまった自転車を,再び購入し外出範囲を拡大しようとする行動であった.〈市役所へ母と手続きに行く〉〈銀行へ記帳しに行く〉行動は,母任せだったことを,母に付き添ってもらいながらも自分で実践した行動である.〈どうしようが出たら呼吸法する〉は,G-ACTpで体験した呼吸法を用いて不安を受け止め,自ら新規に拡大して記載するようになった行動である.最終週には〈母のDIYを手伝う〉という,これまで他者に依存的だった行動から,他者を自分が手伝うという行動が出現していた.
4. Aさんの価値に結びついた体験の変化のプロセスAさんの価値に結びついた体験のカテゴリー間の関連とその変化について,累積記録で観察された価値に基づく行動と比較検討し,統合した(図1).その結果,Aさんの価値に結びついた体験が,新たに積み上がり変化していくプロセスが示された.以下,時間の流れに沿って述べる.
観察された価値に基づく行動との比較による価値に結びついた体験の変化のプロセス
G-ACTp介入前からの日常体験であり,『酷かった精神症状を理解し対処を続けている』という精神的安寧を図ることが第一の価値となっていた.『決められた予定通りに過ごすことで安心する』ことで安定した変わらぬ日常生活を送り,定期的な〈古本屋へ行く〉行動にも示されるように,『読書と音楽視聴の趣味を続けている』体験が,Aさんの価値に結びついた生活の大半を占めていた.Aさんが〈家族で外食をする〉行動は,定期的な家族交流の時間であり,家族に支えられ依存しながらも〈近医へ受診・薬局へ行く〉〈地域の施設へ通う〉という適切な受療行動も習慣化されていた.『社会勉強になることを意識して生活している』『人と話すことは呆けないためにも大切にしている』体験に沿って《社会的な外出行動》が維持されていた.社会性が維持されている最も大きな要因は『親友と言ってくれる尊敬できる友人がいつも助けてくれる』体験であり,〈親友カップルと外出する〉行動が習慣化していた.
2) 今現在に直面化した【家事をやらなければならない思いとやりたくない思いとの間で葛藤する】体験しかし,今現在において,『両親も高齢で今の依存的な生活では生きていけない』という現実に直面し,【症状に対処し続けながらも社会とつながり趣味を楽しむいつも通りの生活を大切にする】日常体験が脅かされる【家事をやらなければならない思いとやりたくない思いとの間で葛藤する】体験となっていた.その葛藤は,『家事をやるべきと思えば思うほど不安が増大し辛い』『家事は絶対やらなければと思うがやりたくはない』『家事をやれない理由を挙げて先延ばしにする』と逡巡し膠着状態となっており,『事故に遭う不安から自転車に乗ることをやめておく』という,できていた行動習慣さえ縮小してしまう回避してしまう体験が派生していた.価値に基づく行動には,習慣化した《家事の手伝い》と《料理に向かう行動》が維持されており,できることはしよう,し続けて変わらぬ日常を大切にしようとする行動習慣が示された.
3) 新たに積み上げられた【試行錯誤と不安への対処によって尊敬する母を目標に家事に取り組む】体験への変化G-ACTp介入後,『家族のために家事をこなす母を尊敬している』体験が明確となり具体化された行動目標が〈食器洗いをする〉行動であり,依存的な《家事の手伝い》ではなく,『母とぶつかってもやると決めた食器洗いに取り組む』回避せずに自ら向き合う体験に変化した.《料理に向かう行動》は,実践できる行動に細分化され,徐々に累積し,『自分ができる料理の工程を試行錯誤して繰り返す』という,葛藤を抱えながらも実践に向かう体験に変化した.前段階の『家事をやるべきと思えば思うほど不安が増大し辛い』体験がなくなったわけではなく,その対処として〈どうしようが出たら呼吸法する〉行動をすることで,『不安が出たら呼吸法で気持ちを落ち着けてそのままにする』体験となっていた.葛藤を乗り越え,『やりたくてもやれなかった家事行動が増えたことを喜ぶ』体験からは,介入前より変化し積み上げられたプロセスが示された.
4) 新たに拡大した【自転車での外出や市役所での手続きが一人でできるようになる】体験《新規に拡大した行動》が維持され積み上げられた体験となっていた.〈自転車を買う場所を調べる〉行動は,その後に『雨の日以外は新たに買った自転車で外出する』体験となり,〈市役所に母と手続きに行く〉行動は,その後に『市役所に一人で手続きができるようになる』体験につながり維持されていた.また,自転車に乗る行動は,『事故の不安から自転車に乗ることをやめておく』といったん縮小していたが,再び乗り始めるという変化があった.
5) 未来に向けた【家族と仲良く暮らしたい希望を持ち母を意識し家事する機会を増やす】体験G-ACTp終了後,自身の生活の中でさらに成長し未来に向かう体験が積み上げられていた.〈母のDIYを手伝う〉行動は,フォローアップ期の最終週に観察され,介入期にはなかった自分事だけではない他者に向かう行動であった.1年半後の『母に任せっぱなしにせず親孝行していきたい』体験は,G-ACTp介入時には述べられていなかったものであり,Aさん自身が人生において見出し,新たに成長した価値に結びついた体験であった.
今回の事例では,価値に結びついた体験の変化のプロセスを検討することにより,葛藤や試行錯誤を繰り返しながらも,その体験が発展し積み上がっていくプロセスが捉えられた.G-ACTpを契機としながらも,その後のAさんの生活の中で,新たに見出された価値に結びついた体験につながり,成長のプロセスを捉えられた.このことは,G-ACTpの効果が,一時的なものではなく,長期的な変化のプロセスへの支援として有用である可能性を示唆するだろう.パーソナルリカバリーは,疾患を経験した個人が成長し,人生の新しい意味や目的を見出し,その人の態度・価値・感情・目的・技能・役割を変化,発展させていく極めて個別的なプロセスである(Anthony, 1993).また,リカバリーの道のりは小さな一歩の連続であり,次々と達成されていく直線的なプロセスではない(Deegan, 1988).Aさんが葛藤の膠着状態から脱却し,過去からの価値に結びついた体験を基盤としつつ,G-ACTp後に試行錯誤を繰り返し積み上げていったプロセスは,行きつ戻りつしながら一歩ずつ発展し成長していくパーソナルリカバリーにつながる過程であったと考える.
2. パーソナルリカバリーを支援するための看護への示唆パーソナルリカバリーは,看護を含む医療保健福祉分野の支援目標であり(Slade, 2013),その特性から①変化のプロセスそのものであること,②主観的で個別的なものであること,を重視した支援と方法論が必要である.G-ACTp介入で用いたシングルケースデザインが,①変化のプロセスそのものに介入できる支援と方法論であることは,前研究(加藤ら,2021)において実証的に示した.本研究では,②の主観的で個別的なものであること,を価値に結びついた主観的体験に焦点をあてることで検討した.看護への示唆として,支援者として介入のプロセスに伴走しながらも,主観的な個人の視点を大切にし,価値に結びついた体験を丁寧に一緒に確認していく支援の重要性が示唆された.
3. 本研究の限界と今後の課題本研究は,変化のプロセスとしてパーソナルリカバリーの過程を検討することを試みた一事例のみの研究であった.今後はさらなる支援の有用性を実証的に検証できる方法論を用い,より実践に有効な研究を積み重ねていく必要がある.
謝辞:本研究にご協力頂きましたA様,および研究協力頂きました関係職員の皆様に心より感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:HKは研究の着想,デザイン,データ収集と分析,論文作成の研究プロセスを主導し執筆を行なった.HYは,研究デザインとデータ収集に関与し,助言を行なった.TMは,研究全体の指導を行なった.全ての著者が最終原稿を確認し,承認した.