2022 年 42 巻 p. 642-651
目的:妊娠糖尿病の女性が認識するセルフマネジメント行動に影響を与える促進・阻害要因を明らかにする.
方法:質的記述的研究.妊娠糖尿病と診断された産後の女性に半構造的インタビューを行いフレームワーク分析を行った.
結果:参加者は8名.促進要因・阻害要因は,個人・人との相互関係・病院・コミュニティの4つの領域に渡り抽出された.促進要因は【妊婦ゆえの受け入れと高いモチベーション】【応援してくれる家族の力】【多職種からの個別性を尊重した専門的な指導】【ピアサポートによる情報共有と孤立感の解消】を含む11カテゴリー,阻害要因は【セルフマネジメントに対する自己効力感の低下】【上の子の育児と療養行動の両立の困難さ】【医療者から提供される情報や保健指導の個別性と具体性の欠如】【妊娠糖尿病に関する社会資源の不足】を含む12カテゴリーが得られた.
結論:促進・阻害要因は4つの領域に渡り様々な要因が抽出された.それぞれの領域での支援改善が求められる.
Purpose: This study aimed to identify the facilitators and barriers that influenced self-management behaviors among women with gestational diabetes mellitus (GDM).
Methods: This was a qualitative descriptive study. Semi-structured interviews were conducted with postpartum women diagnosed with GDM, and framework analysis was conducted.
Results: 8 women participated. Regarding facilitators and barriers, the following four areas were identified: individuals, inter-personal relationships, hospitals, and communities. Regarding facilitators, 11 categories were identified, including Acceptance and high motivation as a pregnant woman, Power of supportive family members, Professional guidance respecting individuality from multiple professions and reassuring attitude of health professionals, and Relief of isolation through peer support and information about GDM and medical treatment. Regarding barriers, 12 categories were identified, including Low self-efficacy in self-management, Difficulty in balancing treatment behavior with childcare of older children, and Lack of individualization and specificity of information and health guidance provided by health professional, Lack of social resources regarding GDM.
Conclusion: Various factors that promoted or inhibited self-management behaviors among women with GDM were identified in the four areas. Improvement of support at each level is required.
妊娠糖尿病の診断件数は世界的に急増し,日本では全妊婦の約13%が妊娠糖尿病と診断されている(Nobumoto et al., 2015).妊娠糖尿病は,妊娠高血圧症候群,帝王切開率の増加,肩甲難産,新生児高血糖など様々なリスクを引き起こす(Metzger et al., 2008).そのため,妊娠糖尿病の妊婦は,食事療法や運動療法などを取り入れながら,今までのライフスタイルからセルフマネジメントのための行動変容が必要となる.しかし,多くの妊娠糖尿病の妊婦は,自己責任感・恐怖・悲しみ・混乱を生じ,医療者とのコミュニケーションの問題や,妊娠糖尿病に関する知識の欠如などから,血糖コントロールのためのセルフマネジメント行動を困難に感じていると報告されている(Craig et al., 2020).
セルフマネジメント行動の促進・阻害要因に関する海外の研究(Martis et al., 2018)によると,促進要因として経験者の話や栄養士からの栄養指導などが抽出され,阻害要因としては妊娠糖尿病に関する情報が限られていることや,医療者からの一貫性のないアドバイスなどが抽出された.一方,国内の研究ではセルフマネジメント行動に影響を与える促進・阻害要因に関する調査は行われていない.そのため本研究の目的は,日本国内の妊娠糖尿病と診断された女性が認識するセルフマネジメント行動に影響を与える促進・阻害要因を明らかにすることである.なお,妊娠糖尿病セルフマネジメント行動とは,妊娠糖尿病と診断された妊婦が行う血糖コントロールのための療養行動と定義した.
半構造的インタビューを用いた質的記述的研究.本論文における研究報告は,Standards for Reporting Qualitative Research(SRQR)チェックリスト(O’Brien et al., 2014)に従った.
2. 研究対象者研究対象者は,A病院で出産し今回の妊娠中に初めて妊娠糖尿病と診断された女性.A病院は地域周産期母子医療センターであり妊娠糖尿病妊婦への治療や支援に産科医師,内科医師,栄養士,看護師,助産師が関与している.対象者の組み入れ基準は,分娩による身体的疲労と妊娠中の体験を鮮明に記憶している期間を考慮し産後3日~6か月と設定.ただし精神疾患の合併がある者,身体的な負担が大きい者,20歳未満の者は除外とした.サンプルサイズは質的インタビュー調査のデータサチュレーションに関するシステマティックレビュー(Hennink & Kaiser, 2022)の結果より10名程度とした.
3. データ収集方法データ収集期間は2019年7月1日~9月30日.リクルートは対象施設の産褥入院中,もしくは産後の健診時に研究対象者に研究説明・同意書を用いて行った.同意書が得られた研究対象者に対してプライバシーが確保できる個室で,インタビューガイドを使用し対面式の半構造的インタビューを実施.インタビューガイドは対象者が妊娠中の妊娠糖尿病のセルフマネジメント行動の実際を想起した上で促進・阻害要因について語れるよう,次の5つを設定:1)属性(年齢・産科歴・インスリン使用の有無),2)妊娠糖尿病やセルフマネジメントの理解のために自分で行ったこと,3)妊娠糖尿病の治療やセルフマネジメントを行う上で実際に受けた支援,4)自分が行えた/行うのが困難だったセルフマネジメント行動,5)セルフマネジメント行動を行うにあたり役に立った/役に立たないもしくは阻害されたサポートや要因.インタビューは一回60分程度とし,参加者の許可を得てICレコーダーに録音を行った.
4. 分析方法録音されたインタビューデータから逐語録を作成.分析方法は個人の健康行動に影響を与える要因を5つの層(interpersonal factors; interpersonal process and primary group; institutional factor; community factors; public policy)で概念化したモデルであるSocial-Ecological Model(McLeroy et al., 1988)を基盤にしたフレームワーク分析(Ritchie & Spencer, 1994)を行った.質的分析の厳密性を高めるために分析作業は2名の研究者で行い,不一致は第三者を交えてコンセンサスが得られるまで検討.最終的には質的研究の専門家と言語学の専門家からスーパーバイズを受け妥当性を確認した.また,分析を系統的に行うためにNVivoを使用.なお,本研究チームは助産師の国家資格を持つ者で構成され,そのうち2名はアドバンス助産師の資格を持ち,2名はPh.D.の資格を持つ者である.
5. 倫理的配慮本研究は,聖路加国際大学研究倫理審査委員会の承認を得た上で実施(倫理審査番号19-A033).研究対象者に,調査目的,調査方法,研究参加の任意性,拒否や撤回の自由,研究参加に伴う負担,個人情報の取り扱い方法や結果の公表に関して文書を用いて説明した.
11名の研究対象者に参加依頼を行い,8名から同意を得た.産科歴の内訳は初産婦6名,経産婦2名でインスリン使用者は1名であった.インタビュー時間は36分~70分であった.
ID | 年齢 | 産科歴 | インスリン使用 | インタビュー時期 |
---|---|---|---|---|
A | 31 | 初産 | 無 | 産後3か月 |
B | 35 | 初産 | 無 | 産後1か月 |
C | 36 | 1経産 | 無 | 産後4か月 |
D | 35 | 初産 | 無 | 産後4日 |
E | 31 | 初産 | 無 | 産後4日 |
F | 36 | 初産 | 無 | 産後3日 |
G | 29 | 初産 | 無 | 産後4日 |
H | 40 | 1経産 | 有 | 産後3日 |
促進要因を表2,阻害要因を表3に示す.促進要因・阻害要因共に,個人,人との相互関係,病院,コミュニティの4つの領域に渡りカテゴリーが抽出された.これらの領域は基盤としたSocial-Ecological Model(McLeroy et al., 1988)の5つの要素のうちinstitutional factorを本研究の対象施設の特性を踏まえて病院に修正したが,新たな領域は抽出されなかった.また,本研究ではPolicy領域の要素は抽出されなかった.以下結果の詳細をカテゴリー【 】,サブカテゴリーを《 》とし,参加者の語りを「 」と斜字で示し,語りの後にIDをアルファベットで表記した.また,意味内容の理解のために研究者が補足した部分は( )で示した.
領域 | カテゴリー | サブカテゴリー |
---|---|---|
個人 | セルフマネジメント行動に対する自己効力感 | 血糖値の安定からくる自信 |
自身の食事療法と今後の治療方針への理解と割り切り | ||
血糖測定の講習を受けて自分でできる自信をもてた | ||
妊婦ゆえの受け入れと高いモチベーション | 血糖測定が期間限定であるがゆえの受け入れ | |
子どもに迷惑かけられないという思い | ||
診断前から身近だった糖尿病や食事制限 | 妊娠前から食事制限が好き | |
診断される前から持っていた食事や糖尿病に対する知識やイメージ | ||
前回の妊娠経験からの体重増加のイメージ | ||
本人の肯定的な受け止めやストレス対処行動 | 神経質過ぎず楽観的な対応 | |
血糖のことは考えない気分転換の時間をもつ | ||
人との相互関係 | 応援してくれる家族の力 | 家族みんなで頑張ろうという応援 |
血糖測定を一緒にやって寄り添ってくれる子どもや家族の存在 | ||
出産経験や妊娠糖尿病歴のある家族からの経験談や交流 | ||
制限食や運動に付き合ってくれる家族の存在 | ||
ピアサポートによる情報共有と孤立感の解消 | 妊娠糖尿病の既往のある知人の経験談 | |
出産経験のある友人からの経験談 | ||
同じ妊娠糖尿病を持つ妊婦との情報交換 | ||
同じ妊娠糖尿病を持つ妊婦からの励ましや仲間意識 | ||
病院 | 多職種からの個別性を尊重した専門的な指導 | 難しいと感じさせない実行可能な生活指導 |
栄養士からの生活に即した具体的な栄養指導 | ||
医師からの血糖測定に対するポジティブフィードバック | ||
医療者の安心感を与える姿勢 | 医療者からの傾聴と応援 | |
顔見知りのスタッフと妊娠・出産と継続して会える安心感 | ||
多職種・他部署間の連携 | 同一施設内で支援を受けられる利便性 | |
多職種間での情報共有 | ||
コミュニティ | 取捨選択しながら得るインターネットや書籍からの参考情報 | 学会から提供されているガイドラインや医師監修の患者向け情報 |
妊娠糖尿病妊婦の個人ブログからの情報 | ||
妊娠糖尿病や糖尿病の食事に関する書籍からの情報 | ||
療養生活が可能な生活環境 | 産休や在宅勤務により血糖測定や食事療法が可能であった |
領域 | カテゴリー | サブカテゴリー |
---|---|---|
個人 | セルフマネジメントに対する自己効力感の低下 | 自己のセルフマネジメント方法に関する不安 |
血糖値が下がらず落ち込む | ||
妊婦ゆえの変化と制限 | つわりによる嗜好の変化 | |
妊娠の影響で運動ができない | ||
流早産歴があるため運動が制限された | ||
妊娠糖尿病への不安や困難なストレスマネジメント | 巨大児など妊娠糖尿病が引き起こすリスクへの不安 | |
血糖検査の値に一喜一憂 | ||
妊娠糖尿病のリスクに対する危機感と楽観性のバランスが困難 | ||
医療資源の活用と治療方法に関する意思決定の困難さ | 誰に何を相談したらいいか分からない | |
相談するタイミングと必要性が分からなかった | ||
インスリン治療開始の選択の困難さ | ||
人との相互関係 | 上の子の育児とセルフマネジメント行動の両立の困難さ | 上の子の育児のため活動と休息のバランスが困難 |
上の子との関わりなど優先事項が他にあった | ||
上の子の食事内容と自分の食事内容のバランスの調整が困難 | ||
病院 | 医療者から提供される情報や保健指導の個別性と具体性の欠如 | 診断時や診断初期の療養計画と治療の全貌に関する説明の不足 |
一般的な情報提供に留まる栄養指導 | ||
妊娠糖尿病と診断される前からの情報提供や支援の不足 | ||
医療者の十分な患者理解の不足 | ||
医療者からの指導の機会と時間の不足 | 医療者が忙しそうで相談することを躊躇した | |
医師と話せる時間が限られている | ||
栄養士に相談できる機会の不足 | ||
多職種・他施設間の連携不足 | 生活に取り入れることが困難な断片的な指導 | |
専門職間でのたらいまわし | ||
職種間で言われることが違う | ||
専門職間の指導内容に関する連携不足 | ||
医療側からの支援提供方法の問題 | 必要時にオンタイムで受けられない栄養指導 | |
不定期で予測できないタイミングで行われる助産師外来の指導 | ||
担当制ではない助産師外来 | ||
コミュニティ | 妊娠糖尿病に関する社会資源の不足 | 地域の妊娠糖尿病に関する地域の講座が少ない |
妊娠糖尿病に関する書籍が少ない | ||
他の妊娠糖尿病妊婦との情報交換や交流する機会の乏しさ | ||
不正確で不安を煽る情報の氾濫 | インターネット上の正しくない情報の氾濫 | |
不安を煽るだけの情報や経験談 | ||
セルフマネジメント行動が困難な職場環境 | 仕事の時間や場所により血糖測定や食事制限が困難 | |
仕事の環境により運動が困難 |
4つのカテゴリーが抽出された.【セルフマネジメント行動に対する自己効力感】では「血糖値の結果で,その回がよければこれだったら食べても大丈夫って自信も増えてきました(A)」と語られるように《血糖値の安定からくる自信》や,《自身の食事療法と今後の治療方針への理解と割り切り》ができることが促進要因として語られた.また,《血糖測定の講習を受けて自分でできる自信をもてた》ことも促進要因となっていた.【妊婦ゆえの受け入れと高いモチベーション】では,《血糖測定が期間限定であるがゆえの受け入れ》や「(食事制限は)お腹の中に赤ちゃんがいると考えるとそんなに苦痛はなかった(E)」と語られるように《子どもに迷惑かけられないという思い》はセルフマネジメント行動の促進要因となっていた.【診断前から身近だった糖尿病や食事制限】では《妊娠前から食事制限が好き》という思いや《診断される前から持っていた食事や糖尿病に対する知識やイメージ》,さらには《前回の妊娠経験からの体重増加のイメージ》が促進要因となっていた.【本人の肯定的な受け止めやストレス対処行動】では《神経質過ぎず楽観的な対応》や《血糖のことは考えない気分転換の時間をもつ》ことが促進要因であった.
(2) 人との相互関係2つのカテゴリーが抽出された.【応援してくれる家族の力】では,《家族みんなで頑張ろうという応援》,《血糖測定を一緒にやって寄り添ってくれる子どもや家族の存在》,《出産経験や妊娠糖尿病歴のある家族からの経験談や交流》,《制限食や運動に付き合ってくれる家族の存在》が促進要因として影響を与えていた.中でも《制限食や運動に付き合ってくれる家族の存在》は4人の参加者より聞かれた.【ピアサポートによる情報共有と孤立感の解消】では,「保育園のお母さんで妊娠糖尿病だった人がいたんです.その人の話がとても役に立った(C)」と語られるように,《妊娠糖尿病の既往のある知人の経験談》や《出産経験のある友人からの経験談》など具体的な妊娠糖尿病や療養行動に関する助言も促進要因であった.また,「ツイッターをやっていたのですが妊娠糖尿病の人からフォロアーがいて,(食事内容に関して)じゃあこうしてみたら?とかアドバイスをもらった(A)」と語られるように《同じ妊娠糖尿病を持つ妊婦との情報交換》や《同じ妊娠糖尿病を持つ妊婦からの励ましや仲間意識》などSNSを通した情報交換や励ましが促進要因となっていた.
(3) 病院3つのカテゴリーが抽出された.【多職種からの個別性を尊重した専門的な指導】では,妊娠糖尿病の妊婦は,医師,栄養士,看護師,助産師などの様々な専門職から《難しいと感じさせない実行可能な生活指導》を得られること,特に《栄養士からの生活に即した具体的な栄養指導》や《医師からの血糖値に対するポジティブフィードバック》が促進要因となっていた.【医療者の安心感を与える姿勢】では医師,栄養士,看護師,助産師など《医療者からの傾聴と応援》,特に看護師や助産師への相談のしやすさが語られた.また,産科の医師が担当制で妊娠期間を通して同じ医師から妊婦健診を受けられたことや,外来で会っていた助産師と出産時にも会えたことなど《顔見知りのスタッフと妊娠・出産と継続して会える安心感》が得られたこともセルフマネジメント行動を継続できる促進要因となっていた.【多職種・他部署間の連携】では,産科の妊婦健診と内科の診察に関して《同一施設内で支援を受けられる利便性》があることや,《多職種間での情報共有》がされていたことが促進要因として語られた.
(4) コミュニティ2つのカテゴリーが抽出された.【取捨選択しながら得るインターネットや書籍からの参考情報】では,個人の用途に合わせて《学会から提供されているガイドラインや医師監修の患者向け情報》《妊娠糖尿病妊婦の個人ブログからの情報》《妊娠糖尿病や糖尿病の食事に関する書籍からの情報》が幅広く活用されていた.【療養生活が可能な生活環境】では,セルフマネジメント行動の促進要因で重要なこととして,《産休や在宅勤務により血糖測定や食事療法が可能であった》ことが述べられた.
2) 阻害要因 (1) 個人4つのカテゴリーが抽出された.【セルフマネジメントに対する自己効力感の低下】では,食事や運動など自分が行っていることが正しいのかどうか判断がつかなくて心配だったなど,《自己のセルフマネジメント方法に関する不安》や「血糖値が何をしても下がらないタイミングがあって落ち込んで血糖値を測るのが辛くなりました(A)」と語られるように《血糖値が下がらず落ち込む》ことは妊娠糖尿病セルフマネジメント行動の阻害要因となっていた.【妊婦ゆえの変化と制限】では,《つわりによる嗜好の変化》や《妊娠の影響で運動ができない》ことや,《流早産歴があるため運動が制限された》ことがセルフマネジメント行動に対する困難感として述べられた.【妊娠糖尿病への不安や困難なストレスマネジメント】では,《巨大児など妊娠糖尿病が引き起こすリスクへの不安》や,「心理的には(血糖値)の一回の測定結果に一喜一憂することはすごく辛かったです.(途中省略)一回でも超えてしまうと強迫観念に駆られてしまう(A)」と語られるように,《血糖検査の値に一喜一憂》してしまうことがセルフマネジメント行動を肯定的に継続することへの阻害要因となっていた.一方で妊娠糖尿病のリスクを軽視している場合セルフマネジメントを十分に行えないため《妊娠糖尿病のリスクに対する危機感と楽観性のバランスが困難》であったことが語られた.【医療資源の活用と治療方法に関する意思決定の困難さ】では,妊娠糖尿病の管理や支援には多くの医療者が関わるが,《誰に何を相談したらいいか分からない》ことや《相談するタイミングと必要性が分からなかった》こと,特に「一番困ったのは,血糖値が上がった時にインスリンを打ったほうがいいかもしれない.1か2ぐらいみたいなすごい少量をうってもいいかもって言われた時の判断は全然つかなかった(B)」と語られるように《インスリン治療開始の選択の困難さ》が挙げられた.
(2) 人との相互関係1つのカテゴリーが抽出された.【上の子の育児とセルフマネジメント行動の両立の困難さ】では,《上の子の育児のため活動と休息のバランスが困難》,《上の子との関わりなど優先事項が他にあった》,そして《上の子の食事内容と自分の食事内容のバランスの調整が困難》であったことが抽出された.
(3) 病院4つのカテゴリーが抽出された.【医療者から提供される情報や保健指導の個別性と具体性の欠如】では,妊娠中の管理に関する内容として,《診断時や診断初期の療養計画と治療の全貌に関する説明の不足》や,《一般的な情報提供に留まる栄養指導》など,妊娠中の血糖コントロールのための情報や個別性に応じた保健指導が不足していることがセルフマネジメント行動の阻害要因として抽出された.また,「(妊娠糖尿病に)なってからというか,なる前にもうちょっとなんか食い止めるような情報が欲しい(H)」と語られるように《妊娠糖尿病と診断される前からの情報提供や支援の不足》など予防についての情報提供が不足していたことが参加者から語られた.【医療者からの指導の機会と時間の不足】では,「本当に先生も忙しそうでこういうことを忙しい中で聞いていいのかなと思うことが結構あったと思います.結局質問しないで終わってしまうことが結構あった(C)」と語られるように《医療者が忙しそうで相談することを躊躇した》ことや,《医師と話せる時間が限られている》こと,そして《栄養士に相談できる機会の不足》などが阻害要因として抽出された.【多職種・他施設間の連携不足】では,「(多職種からの情報は)単発なので,どういう風に自分の生活の中でやっていくかというのは自分で考えなくてはいけなくて難しかった(D)」と語られるように《生活に取り入れることが困難な断片的な指導》は阻害要因として語られ,運動・栄養・血糖値と生活のバランスなどトータルで相談できる専門家の存在がニーズとして語られた.また,「(助産師には)話をよく聞いてもらいました.でも具体的な話になると医師か栄養士に誘導されてしまう(A)」と語られるように《専門職間でのたらいまわし》,また《職種間で言われることが違う》ことや《専門職間の指導内容に関する連携不足》もセルフマネジメント行動の阻害要因として語られた.【医療側からの支援提供方法の問題】では,支援の中でも栄養士の行う栄養指導のニーズは高く,栄養指導を血糖コントロールが不安定な際に受けたかったなど《必要時にオンタイムで受けられない栄養指導》が阻害要因として語られた.また助産師の支援体制に関して,参加者が妊婦健診を受けていた病院では,助産師外来の日程を事前に把握することができないシステムであった.そのため,《不定期で予測できないタイミングで行われる助産師外来の指導》により,あらかじめ助産師に聞きたいことを準備できなかったことが阻害要因として語られた.また,「まあ超難しいかもしれないけれども担当の助産師さんがいた方が本当はいいです(D)」と語られるように《担当制ではない助産師外来》も困難だったこととして語られた.
(4) コミュニティ3つのカテゴリーが抽出された.【妊娠糖尿病に関する社会資源の不足】では,《地域の妊娠糖尿病に関する地域の講座が少ない》や《妊娠糖尿病に関する書籍が少ない》ことが阻害要因として抽出された.また,「(同じような妊娠糖尿病と診断された人と)情報交換をしたいと思いました.(途中省略)どのようにコントロールしているのかなとかインスリンうつことになったのかなとかお話しを共有できるようなことがあったらよかった(G)」と語られるように《他の妊娠糖尿病妊婦との情報交換や交流する機会の乏しさ》は3人の参加者から抽出された.【不正確で不安を煽る情報の氾濫】では,「正直(インターネットの)情報が正しいかジャッジが難しいところもありましたし,書いてあることも適当な,結果的に正しくない情報もたくさんありました(A)」と語られるように《インターネット上の正しくない情報の氾濫》や《不安を煽るだけの情報や経験談》が阻害要因として抽出された.【セルフマネジメント行動が困難な職場環境】では,《仕事の時間や場所により血糖測定や食事制限が困難》であることや,《仕事の環境により運動が困難》など仕事の融通が効かない場合,仕事とセルフマネジメント行動の両立が困難であり阻害要因となることが語られた.
まず個人領域の要因として,セルフマネジメント行動に対する自己効力感がある場合はそれが促進要因となる一方で,血糖値など結果が伴わないことによる自己効力感の低下は大きな阻害要因となっていた.自己効力感とは,ある行動を遂行することができると自分の可能性を認識していることである(Bandura, 1977).学習理論の一つである社会的認知理論(Social cognitive theory)においては,自己効力感が強いほど実際にその行動を遂行できる傾向になるとして,個人の行動変容に関わる主要な要素となっている(Bandura & National Inst of Mental Health, 1986).今回の研究で自己効力感が有ることがセルフマネジメント行動の促進要因として抽出されている結果はまさにそれらの理論をサポートする結果であると言える.Al-Hashmi et al.(2018)は妊娠糖尿病妊婦を対象とするプログラム(教育ビデオ・自己血糖測定のトレーニング・目標設定・ショートメッセージ・電話でのセッションを含む)を開発し,自己効力感への効果を示している.そのため,このようなプログラムを開発し導入・評価を行っていくことも効果的であると考えられる.
次に,妊娠に関連した要因が促進・阻害要因として抽出された.まず,妊娠糖尿病のセルフマネジメントの特徴として,妊娠糖尿病の療養行動は,妊娠期間限定であることや,お腹の中の子供に迷惑をかけられないと考えることが高いモチベーションとなり促進要因となっていた.この要素は他の研究(Carolan et al., 2012)でも促進要因として抽出されており,本研究でも同様の結果となった.しかし,このような妊娠糖尿病の特徴から生じるモチベーションが促進要因になる一方で,つわりによる嗜好の変化や妊娠の影響で運動ができないなど妊婦ゆえの変化と制限が阻害要因になることも明らかとなった.妊娠糖尿病は,妊娠による心身の生理的変化に適応しながら妊娠糖尿病のセルフマネジメント行動を行う必要があり,このことは妊娠糖尿病妊婦のセルフマネジメントを困難にしている一要因であった.現在の日本では,多くの病院で妊娠糖尿病に関する治療や支援は,産科医師,内分泌科医師,栄養士,看護師,薬剤師,そして助産師など多職種が関わっている(Matsunaga et al., 2021a).しかし多職種連携の欠如がある場合,心身の生理的変化に適応しながら妊娠糖尿病のセルフマネジメントを行うことは困難である.
その他,個人領域の阻害要因として,医療資源の活用とインスリン治療開始の選択の困難さを含む療養行動に関する意思決定の困難さが阻害要因として抽出された.既存の研究によると,特にインスリンを使用することへの恐怖心を生じる妊婦は多く,インスリン使用者はインスリンを必要としない妊娠糖尿病妊婦より高いストレスを感じていると報告されている(Hui et al., 2014).さらに,Figueroa et al.(2017)の研究によると,多くの妊娠糖尿病の妊婦は,インスリンの使用を含めた治療法の決定に発言権がないと感じたり,インスリンに関する情報を十分に得られないなど,インスリン使用に否定的な経験をしていたと報告がされている.近年,医療の高度化や複雑化,そして患者の価値観の多様化により患者の自己決定による医療が推進されている.また,医療者による患者の意思決定支援は重要であり,中でも患者のアドボカシーとしての役割を担う看護職の役割は大きい.そのため,特にインスリン使用の有無に関しては治療の選択を妊婦自らが意思決定するための支援が必要であると考えられる.
2) 人との相互関係前述した自己効力感に関して,Bandura(1977)は,自分自身の成功体験や,自分以外の者の成功体験を観察すること,そして自分に能力があるという言語的な励ましによって高まると述べている.本研究結果からも家族を含めた周囲からのサポートや励ましは妊娠糖尿病妊婦のセルフマネジメント行動に大きく影響していることが明らかとなった.この結果は国外の妊娠糖尿病女性を対象としたインタビュー調査と同様であった(Carolan et al., 2012).
3) 病院病院領域の要因は促進要因,阻害要因共に多くの要素が抽出されており,妊娠糖尿病妊婦に大きな影響を与えていた.一つ目に,医療者の姿勢では国外で行われた数々の研究(Craig et al., 2020)と同様に医療者の安心感を与える姿勢が大きな促進要因となっていた.その一方で医師と話せる時間が限られていることや,医療者が忙しそうで相談することを躊躇したなど医療者による指導の機会と時間の不足が阻害要因として抽出され課題となっている.
二つ目に,多職種からの個別性に応じた専門的な指導がセルフマネジメント行動に重要であることが明らかとなった.とりわけ栄養士からの生活に即した個別性に応じた具体的な栄養指導が大きな促進要因として語られ,これは海外の先行研究(Martis et al., 2018)とも同様の結果であった.妊娠糖尿病の血糖コントロールにおいて,食事療法の効果は多くの研究で明らかであり,国内外の多くのガイドラインで妊娠糖尿病の一次管理として推奨されている(Zhang et al., 2019).そのため,栄養指導は妊娠糖尿病支援にとって欠かせない.しかしここで注意すべきことは,本研究結果でこのような栄養指導を含む生活指導が促進要因となったと認識している妊婦がいる一方で,その指導が個別的かつ具体的な指導となっていない場合は阻害要因となる妊婦がいることである.これらの結果より,妊娠糖尿病妊婦のセルフマネジメント行動を促進するためには,栄養指導を含む保健指導をそれぞれの妊婦にとって個別的,かつ具体的であることが重要であることが示唆された.個別に応じたケアの提供の重要性は英国,米国のクリニカルガイドラインでも明記されており(Mensah et al., 2019),患者中心の医療においても非常に重要な概念である.
また,情報提供に関しては,現在インターネットを通して個人でも様々な情報を入手することが可能であり,そのような社会資源も効率的に活用していくことが求められる.本研究でも個人のブログや学会の資料などの情報が妊娠糖尿病妊婦から幅広く活用され促進要因となっていた.しかし一方で,不正確で不安を煽る情報の氾濫が大きな課題の一つとなっている.そのため,松永(2019)が述べているように,医療者は妊婦自らが社会環境から必要な正しい情報を入手し利用するためのヘルスリテラシーを高めるための教育も,妊娠糖尿病妊婦に対して同時に行っていくことが必要であろう.
三つ目に,医療側からの支援提供方法の問題として,栄養士の栄養指導と助産師外来に関する課題が明らかとなった.まず,栄養士の行う栄養指導に関しては上述したように妊娠糖尿病妊婦のセルフマネジメント行動の大きな促進要因となっており,血糖コントロールが不安定な際にオンタイムで受けられる栄養指導が求められていた.近年,妊娠ケアサービスの提供にモバイル技術が広く利用されている(Chen et al., 2018).そしてこれらのモバイルヘルスは世界的に妊娠糖尿病の血糖管理や食事の管理,さらには情報提供への活用がされている(Zahmatkeshan et al., 2021).そのため,日本においても,栄養の管理に関しては,栄養士の対面での支援に加えてこのようなテクノロジーの活用も対策の一つとなると考えられる.
次に,助産師外来に関しては,不定期で予測できないタイミングで行われる助産師外来の指導や担当制ではない助産師外来が阻害要因として語られた.現在,助産師外来を導入している病院はおよそ70%程度となっており(Matsunaga et al., 2021b),全ての病院で整備されている状況ではない.助産師外来を設置している病院のうち,どの程度が担当制を取り入れているかは明らかではないが,どのリスクの女性にとってもCaseload midwiferyモデル(各妊婦の担当助産師チームによる継続的なケアモデル)は安全であり,費用対効果は高い(Tracy et al., 2013).そのため可能な限り担当助産師による助産師外来を整備し継続的なケアを取り入れていくことは妊娠糖尿病の支援にとっても効果的であると考えられる.
4) コミュニティ人との相互関係の領域において同じ妊娠糖尿病を持つ妊婦とのつながりや仲間意識など,ピアサポートによる情報共有と孤立感の解消は大きな促進要因となっていた.しかし本研究結果より,現在ピアサポートとの機会を得られる社会資源は乏しく,妊娠糖尿病の妊婦は同じ疾患を持つ妊婦との交流が限られていることが明らかとなった.ピアサポートと健康行動に関するシステマティックレビュー(Fisher et al., 2017)によるとピアサポートは疾患の予防と管理のための健康行動の改善に有効である.そのため,セルフマネジメント行動を促進するために,妊娠糖尿病のピアサポートを得られる社会資源を整えていく必要があると考えられる.
2. 本研究の限界と今後の課題本研究は研究協力者のリクルートを多職種が常勤している病院1施設に限られている.診療所での出産が半数を占める日本の現状では.一般化可能性は十分ではない.今後は,インタビューの対象施設を診療所にも広げ調査を行っていく必要がある.また,研究参加者の背景に関するデータは限られており,対象者の背景を踏まえて結果を解釈することに限界がある.本研究より職場環境はセルフマネジメント行動に影響する一要因であることが明らかとなった.そのため,今後は対象者の背景として就業の有無についても収集する必要がある.また,分析過程でメンバーチェッキングを行っていないことや,研究者が全員助産師であることも結果とその解釈に影響を与えている可能性が考えられる.
妊娠糖尿病妊婦のセルフマネジメント行動の促進・阻害要因は,個人,人との相互関係,病院,そしてコミュニティの4つの領域に渡り抽出された.個人領域では,セルフマネジメント行動に対する自己効力感がある場合はそれが促進要因となる一方で,自己効力感の低下は大きな障壁となっていた.人との相互関係領域では,応援してくれる家族の力やピアサポートによる情報共有と孤立感の解消が促進要因として抽出された.病院領域では,多職種からの個別性を尊重した専門的な指導や,医療者の安心感を与える姿勢など多職種からの支援が促進要因となる一方で,個別性に応じた支援の不足や,多職種の連携不足がある場合,それらは阻害要因となり支援が十分にセルフマネジメントに活用されていない現状が明らかとなった.コミュニティ領域では,取捨選択しながら得るインターネットや書籍からの参考情報が促進要因となる一方で,地域の社会資源の乏しさや不正確で不安を煽る情報の氾濫などが阻害要因として抽出された.それぞれの領域での支援改善が求められる.
付記:本研究は,聖路加国際大学大学院看護学研究科に提出した博士論文の一部に加筆・修正を加えたものである.
謝辞:本研究にご協力くださいました研究参加者と研究協力者の皆様に心より感謝申し上げます.なお,本研究は2019年公益信託山路ふみ子専門看護教育研究助成基金を受けて実施した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:MMは研究責任者として研究の着想およびデザイン,データ収集・分析,論文執筆まで全ての過程を行った.ATは研究の着想,データ収集,ESはデータ分析・論文執筆への助言に貢献,SHは指導教員としてデータ分析および論文執筆への助言に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み承認した.