2022 年 42 巻 p. 881-888
目的:サージカルマスク装着下におけるフェイスシールドの装着および発声方法と,主観的評価および音圧レベルとの関連を明らかにする.
方法:都内の看護学部学生を対象に11名の看護師役に指定した文を明確音声と標準音声で発声してもらい,フェイスシールド装着時と非装着時の音声をICレコーダーで録音した.1名の患者役が看護師役の音声の聞き取りやすさを評価した.分析は,単変量解析及び音響分析ソフトPraatのLong-Term Average Spectrumを用いて音圧レベルを図示した.
結果:標準音声はフェイスシールド装着に関わらず,フェイスシールド装着時の明確音声に比べ,有意に聞き取りやすいという結果であった.0~2,000 Hzの周波数ではフェイスシールド装着時と非装着時で声の音圧レベルが同様である人の割合が多かった.
結論:音声の違いをより明らかにするため音圧レベル以外の指標も用いた調査が必要である.
Purpose: This study aimed to clarify the relationship between use of a face shield and vocalization methods under the wearing of a surgical mask through a subjective evaluation and assessment of sound pressure level.
Methods: Participants comprised 11 undergraduate nursing students in Tokyo, who played the role of nurses. They were asked to vocalize specified sentences in both clear and standard voices, and their voices with and without a face shield were recorded with a digital voice recorder. One participant assumed the patient’s role and was asked to evaluate the audibility of the four different voices of participants in the nurse’s role. Univariate analysis was used, and speech was graphed for sound pressure level using the acoustic analysis software Praat’s Long-term Average Spectrum.
Results: The standard speech vocalization with a face shield (p = 0.021) or without a face shield (p = 0.005) was significantly easier to hear than the clear speech with a face shield. The sound pressure level was similar in the frequency range of 0–2,000 Hz for a large percentage of people with and without a face shield.
Conclusions: It is necessary to use indices other than sound pressure level to clarify the differences in speech depending on whether the face shield is worn and the method of speech vocalization.
わが国では2020年からのCOVID-19のまん延によりマスクを着ける人口が増加した(日本リサーチセンター,2021).2021年5月の新型コロナウイルス感染症専門家会議による「新しい生活様式」では,感染拡大を防止するために症状がない場合でも,不特定多数の人が集まる場ではマスクを着けるように提言されている.
綿マスク,サージカルマスク,N95マスクには感染性飛沫・エアロゾルの伝播に対する防御機能があり,ウイルス散布者がマスクを装着している場合には防御効率が高く(Ueki et al., 2020),フェイスシールド(以下,FS)の装着に関しても,サージカルマスクとFSを両方装着した場合は感染リスクが99.9%以上低減する(Mizukoshi et al., 2020).
一方,マスクやFSを装着することによって,頭痛や皮膚症状,口渇などの身体への悪影響を及ぼす(Selma & Şengül, 2020).また,マスクやFSを装着することによって口元が覆われ,声が遮断され,音声が聞き取りにくくなることが考えられる.北島ら(2012)は,マスクの装着時と非装着時で比較した結果,高い周波数域ではマスクを装着すると音圧レベルが低下すること,マスクを装着した時の声は,高音域で聞き取りにくいことを示唆している.また,服部・西沢(2020)は,FSを装着した場合の音声について,一定の周波数をピークに5 dB程度増幅し,ピーク周波数以上では急激に減衰していることを明らかにしている.さらに,石井ら(2014)の研究では,聞きやすいとされる発声は,声の大きさに加え,文節での間隔や声の抑揚が関連することを明らかにしている.
このように,マスクを装着して発せられる声が,聞き手にどのような音として伝わっているか,話し手のどのような文節での間隔や声の抑揚が,どのくらい聞き手の聞きやすさと関連しているのかについて明らかにされている.
しかし,マスクとFSを装着した時の声について検討している研究は見当たらない.そこで,本研究ではマスクとFSを装着した時の声の抑揚や文章を文節に分けて間隔を空けて意識した声と意識しない声の特徴を主観的・客観的指標で比較し,マスクおよびFS装着と発声方法との関連を明らかにする.
1.FS装着時と非装着時における標準音声と明確音声の聞き取りやすさについての主観的評価を比較する.
2.FS装着時と非装着時における標準音声と明確音声の音圧レベル(dB/Hz)を比較する.
抑揚をつけて強調し,文章を文節に分けて間隔を空けて話す音声.
2. 標準音声明確音声を意識しないで話す音声.
準実験研究
2. 対象者 1) 看護師役(発声者)北島ら(2012)に倣い発語に問題がなく,質問への回答が可能な20代の女子看護学部生11名.縁故法にて募集,研究について説明し,研究協力への同意が得られた者とした.
2) 患者役(聴取者)北島ら(2012)に倣い聴覚に問題がないと質問紙の回答により確認でき,質問への回答が可能な20代の女子看護学部生1名.縁故法にて対象者を募集,研究について説明し,研究協力への同意が得られた者とした.
3. 実験方法 1) 実験期間2021年9月の1日間
2) 実験環境実験場所は大学キャンパス内の演習室で,空調の電源はOFFにし,看護師役が発声する直前にデジタル騒音計(SD-2200)で騒音レベルを測定し,30 dB ± 1であることを毎回確認した.看護師役と患者役の距離を1.5 mとし,ICレコーダー(Panasonic社RR-XS460;録音モードは「MP3-192kbps」,マイク感度は「高」に設定)は患者役の耳元に設置した(図1).

実験環境
看護師役に発声してもらう文章を提示するためのモニターは,看護師役の前方でベッドの頭側に設置し,すべての発声において,看護師役に同じ大きさの声を心掛けて発声してもらった.看護師役が発声する文章は,「本日は午後から手術ですが,7時までは飲水が可能です.」とした.明確音声は,「本日は/午後から/手術ですが/7時までは/飲水が/可能です.」と「/」(スラッシュ)で区切って発声してもらった.
患者役には,ベッド上で45度のファウラー位の状態で①FS装着時の標準音声,②FS非装着時の標準音声,③FS装着時の明確音声,④FS非装着時の明確音声の4つの音声を,アイマスクを装着し聴取してもらった.音声を提示する順番は看護師役ごと,ランダムに提示した.マスク(サラヤ社 サージカルマスクブルー LEVEL2)は看護師役自身で常に装着してもらい,口元が覆われていることを研究者が確認した.FS(CENTERSHOJI社TEC-2)は看護師役自身で装着してもらい目元,口元が覆われていることを研究者が確認した.
4. 調査項目およびデータ収集方法 1) 主観的評価4つの音声の聞き取りやすさについて,患者役に「1,全く聞き取れなかった」,「2,あまり聞き取れなかった」,「3,やや聞き取りやすかった」,「4,かなり聞き取りやすかった」の4段階リッカート尺度で評価してもらった.
2) 客観的評価(音圧レベル)看護師役にはマスクおよびFSを用いて,4つの音声を患者役に向かって椅座位の状態で発声してもらいICレコーダーで録音した.
5. 分析方法看護師役の音声についての評価をスコア化し,記述統計を算出した.患者役の主観的評価を目的変数として,FS装着の有無と発声方法により分類した4グループを説明変数としてKruskal-Wallisの検定,および多重比較法(Steel-Dwass検定)を実施した.看護師役の音声データの分析には,音響分析ソフトPraatのLong-Term Average Spectrumを用いスペクトラム分析を実施した.横軸をFrequency(周波数Hz),縦軸をSound pressure level(音圧レベルdB/Hz)として,標準音声と明確音声におけるFS装着時と非装着時の2つの音声ごとにグラフを作成し視覚的に比較した.北島ら(2012)を参考に,周波数の範囲を0~8,000 Hzに設定し,さらに人の聴覚感度は3,000~4,000 Hzで最も鋭い感度を持つ(岩瀬,2017)ため,周波数の範囲を0~4,000 Hzに限って分析した.そして,標準音声と明確音声のそれぞれについて,2,000 Hzごとの各周波数の範囲のうち,FS装着時と非装着時で音圧レベルが同様の周波数の範囲,FS非装着時の方が音圧レベルの高い周波数の範囲,FS装着時の方が音圧レベルの高い周波数の範囲の3つのパターンに分類した.また,音圧レベルを目的変数として,FSの装着の有無と発声方法により分類した4グループを説明変数として,一元配置分散分析を実施した.患者役の主観的評価と音圧レベルの関連を明らかにするために,スピアマンの順位相関係数を求めた.すべての統計解析はJMP Pro ver. 14を用い,統計学的有意水準は0.05とした.
6. 倫理的配慮東京医療保健大学ヒトに関する研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:33-16,承認日:令和3年9月10日).実験前に,研究協力への参加は自由意志であり,同意撤回しても何ら不利益が及ばない旨を対象者に説明した.本研究において開示すべき利益相反関係はない.
4つの音声の主観的評価スコアの間に有意差が認められた(p = 0.001)(表1).具体的には,FS装着時の標準音声(p = 0.021)やFS非装着時の標準音声(p = 0.005)の方が,FS装着時の明確音声に比べて,有意に聞き取りやすいという回答結果であった(表2).
| フェイスシールド装着 | フェイスシールド非装着 | p | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 中央値 | 四分位範囲 | 中央値 | 四分位範囲 | |||
| 発声方法 | 標準音声 | 3 | 3-3 | 4 | 4-4 | .001 |
| 明確音声 | 3 | 3-4 | 4 | 4-4 | ||
Kruskal-Wallisの検定(目的変数:主観的評価スコア,説明変数:フェイスシールド装着の有無と発声方法で分類した4グループ)
標準音声:明確音声を意識しないで話す音声.
明確音声:文中の内容語は抑揚をつけて強調し,文節に分けて間隔を空けて話す音声.
| グループ | スコア平均の差 | 差の標準誤差 | Z | p | |
|---|---|---|---|---|---|
| 4 | 3 | 1.909 | 2.138 | .892 | .809 |
| 2 | 1 | .909 | 1.648 | .551 | .946 |
| 4 | 1 | –4.909 | 2.360 | –2.079 | .160 |
| 4 | 2 | –5.909 | 2.309 | –2.558 | .051 |
| 3 | 1 | –6.909 | 2.400 | –2.878 | .021 |
| 3 | 2 | –7.909 | 2.390 | –3.308 | .005 |
多重比較(Steel-Dwass検定)
グループ:1「フェイスシールド非装着の標準音声」,2「フェイスシールド非装着の明確音声」,3「フェイスシールド装着の標準音声」,4「フェイスシールド装着の明確音声」
周波数0~4,000 Hzにおいて4つの音声の音圧レベルの平均に有意差はみられなかった(p = 0.458).また,周波数0~8,000 Hzにおいても4つの音声の音圧レベルの平均に有意差はみられなかった(p = 0.456)(表3).
| フェイスシールド装着 | フェイスシールド非装着 | p | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 平均値 | 標準偏差 | 平均値 | 標準偏差 | |||
| 周波数0~4,000 Hz | 標準音声 | 63.45 | 2.69 | 62.46 | 2.18 | .458 |
| 明確音声 | 63.98 | 1.97 | 63.18 | 1.99 | ||
| 周波数0~8,000 Hz | 標準音声 | 63.48 | 2.69 | 62.49 | 2.17 | .456 |
| 明確音声 | 64.00 | 1.97 | 63.20 | 1.99 | ||
分散分析(目的変数:音圧レベル,説明変数:フェイスシールド装着の有無と発声方法で分類した4グループ)
音圧レベル:dBをHzで除した値.
標準音声:明確音声を意識しないで話す音声.
明確音声:文中の内容語は抑揚をつけて強調し,文節に分けて間隔を空けて話す音声.
Long-Term Average Spectrumで作成した音圧レベルのグラフを標準音声と明確音声におけるFS装着時と非装着時で1人ずつ見比べ,FS装着時と非装着時で音圧レベルが同様のパターン(図2),FS非装着時の方が音圧レベルの高いパターン(図3),FS装着時の方が音圧レベルの高いパターンの3つのパターンに分類した(図4).0~8,000 Hzを4つに区切り,発声方法ごとにFS装着時と非装着時の音圧レベルのパターンを図示する(図5).

FS装着時と非装着時で音圧レベルが同様と判断した1例(看護師役B)

FS非装着時の方が音圧レベルの高いと判断した1例(看護師役I)

FS装着時の方が音圧レベルの高いと判断した1例(看護師役K)

周波数の範囲ごとにみた4つの音声と音圧レベルの関係
看護師役の声に対する主観的評価と音圧レベルの間に有意な相関関係は認められなかった(r = –0.107,p = 0.491).
本研究では,普段の会話などにおいては,明確音声の方が標準音声に比べて聞き取りやすいという仮説のもと実験を行ったが,FS装着の有無および発声方法と主観的評価との関連については,FS装着の有無に関わらず,標準音声の方が明確音声よりも聞き取りやすいという結果であった.このことより,抑揚をつけて強調し,文章を文節に分けて間隔を空けて話す明確音声よりも,標準音声の方が聞き取りやすいことが示唆された.被験者が比較的若く,明確音声はFS装着時に関わらず普段聞き慣れていない速さで発声されるため,標準音声の方が聞き取りやすいという結果が生じたと考えられる.また,患者役が1人であったことから,ゆっくり話すより普段聞き慣れている速さの方が聞き取りやすいという個人の聴取特性が結果に影響した可能性がある.
標準音声と同様に,明確音声において,FS装着時の方が非装着時より音圧レベルが高かった人もいた.明確音声では「はっきり正確に発声し伝えなければならない」という意識や,標準音声と同様に,FSという障壁があったことから無意識に声を大きく発していた人がいたと考えられる.
FS装着の有無および主観的評価と音圧レベルの関連については,石井ら(2014)の研究において,患者役の感想では,標準音声より明確音声を聞き取りやすいとする評価基準に声の大きさなどが選ばれている.男女共に65歳以上で老人性難聴の有病率が高くなる(増田,2014).老人性難聴は感音難聴であり,音の性質の判別機能が著しく低下し,たとえ音を大きくしたとしても,語音が不明瞭で聞こえにくい状態をもたらす(生井ら,2015).
北島ら(2012)の研究結果では,0~2,000 Hzの周波数の範囲は,マスク装着時と非装着時に同様の音圧レベルであった割合が多く,低い周波数の範囲は,マスクの有無に関わらず音圧レベルはほとんど変化しなかった.北島ら(2012)の研究と一概には比較できないが,本研究においても,0~2,000 Hzの周波数の範囲では,FS装着時と非装着時に同様の音圧レベルであった割合が多かった.これは,本研究では常にマスクを装着している実験であったが,人の声の周波数が高ければ高いほどFSのような音を妨げる障害物を通過しにくくかつ,障害物の背後に音が伝搬しにくくなり,周波数が低ければ低いほど障害物の背後に音が回り込んでいく(日本建設業連合会,2019)ことから,低い周波数の範囲ではFS装着は音圧レベルには影響しなかった可能性が考えられる.高齢者における聴力低下は4,000 Hzや8,000 Hzの高い周波数域から障害されてくるといわれる(須藤ら,2019).また,高音域の聴力が低下した高齢者とのコミュニケーションにおいては,低音域での会話が推奨されている(北島ら,2012).これらのことから,マスクとFSを装着した際も,低音域の会話を心掛ける必要があるかもしれない.
本研究は,騒音レベル30 dB ± 1の環境下で実験を行ったが,より信頼性のある音声データを収集するため,騒音が少ない無響室で実験を行う必要がある.看護師役の音声を1人の患者役が,繰り返し同じ言葉を聞き取ったため,回数を重ねるにつれて,ゆっくり聞き取れていたことが考えられる.今後は,実験期間を再検討し,実験と実験の期間を空けることや,聴取する文章を変更することが必要である.また,音声のサンプル数が少なく実験対象を20代の女子看護大学生と設定しため,本研究の一般化には課題が残る.
本研究の目的は,FS装着時と非装着時における標準音声と明確音声について,主観的評価と音圧レベル(dB/Hz)を比較することであり,以下について明らかとなった.
1.主観的評価においては,FS装着時の標準音声(p = 0.021)やFS非装着時の標準音声(p = 0.005)の方が,FS装着時の明確音声に比べて,有意に聞き取りやすいという回答結果であった.
2.周波数の範囲0~4,000 Hz,0~8,000 Hzにおいて,音圧レベルについて4つの音声(①FS装着時の標準音声,②FS非装着時の標準音声,③FS装着時の明確音声,④FS非装着時の明確音声)の間に有意差はみられなかった.
3.看護師役の声に対する主観的評価と音圧レベルに有意な相関関係はみられなかった(r = –0.107, p = 0.491).
謝辞:本研究における音声実験にご参加いただきました学生の方々に厚くお礼を申し上げます.また,地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター 光音技術グループ長 服部遊様,久留米大学 医学部 看護学科 准教授 加悦美恵先生,草場万裕子様,上智大学 外国語学部 英語学科 教授 北原真冬先生,東京医療保健大学 医療情報学科 助教 安枝和哉先生,山西文子先生には,研究計画段階および分析の進め方について有益なご助言をいただきました.厚くお礼を申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:TS,MM,IY,YM,YR,KK,SM,HA,YNは研究の着想およびデザイン,データの入手に貢献;TS,YR,YN,UKは統計解析の実施,TS,MM,IY,YM,YR,KK,SM,HA,YNは草稿の作成;CM,UKは原稿への示唆および研究プロセス全体への助言.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.