2022 年 42 巻 p. 899-907
目的:地域ケアにおける看護職によるコミュニティ・エンパワメント(以下,CE)の過程とコンピテンシーを明らかにする.
方法:看護職16名に対して半構造化面接を行い,CEの過程を複線径路等至性モデリングを用いて分析し,コンピテンシーを質的記述的に分析した.
結果:看護職によるCEの過程は,コミュニティケアの志向期,創出期,定着期に区分され,【動機づけ】【活動準備】【ニーズ把握】【仲間づくり】【試行錯誤】【協働促進】【活動維持】の7段階があった.各段階のコンピテンシーには《暮らしに着眼した課題発見力》《新しい看護活動にむけた行動力》《多様な価値観への共感力》《対話を重視した人間関係構築力》《社会資源創出に挑む遂行力》《住民の主体性を尊重したケア調整力》《事業継続にむけた管理力》があった.
結論:地域ケアにおける看護職によるCEは,住民や多職種と協働した活動の柔軟性と事業継続の困難性に特徴づけられた.
Purpose: This study was conducted to identify community empowerment (CE) processes and competencies of nurses employed in community-based care.
Methods: Semi-structured interviews were conducted with 16 nurses employed in community-based care. The processes of CE were analyzed using Trajectory Equifinality Modeling. Thereby, the competencies of the respective stages were assessed qualitatively.
Results: Processes of CE followed by nurses in community-based care include three phases: “aspiring community care,” “producing community care,” and “establishing community care.” The “aspiring community care” phase includes the “motivating” and “preparing a project” stages. The “producing community care” phase includes the “identifying care-needs” “building companionship,” and “repeating trial and error” stages. The “establishing community care” phase includes the “facilitating collaboration” and “continuing an activity” stages. The competencies of the respective stage include “competency to discover issues particularly addressing daily life,” “competency to take action toward new nursing activities,” “competency to empathize with diverse values,” “competency to build relationships through dialogue,” “competency to accept challenges of social resource creation,” “competency to coordinate care with respect for people’s autonomy,” and “competency to manage for business continuity.”
Conclusion: The CE followed by nurses in community-based care was characterized by flexibility of activities in collaboration with people of multiple professions and by the difficulty of project continuation.
コミュニティ・エンパワメント(以下,CEと略す)は,ヘルスプロモーションにおいて地域活動を強化する過程の主要概念である.その定義は「個人や集団,コミュニティが,社会的・政治的環境の変化のなかで自分たちの生活をコントロールすることであり,社会活動のプロセス」とされ(Zimmerman, 2000),地域保健や社会教育等の幅広い分野で実践と研究が蓄積されてきた.
近年,医療提供体制の変化に伴い,医療専門職の地域活動への関心が高まっている(秋山,2013;Oishi et al., 2022).看護分野でも,地域ケアにおいて既存の制度に基づかない社会貢献活動として,看護職によるCEが注目されている.CEに取り組む看護職の多くは,訪問看護ステーション等に所属しながら,組織の事業や個人的活動として健康相談や交流の場を開設する等,ユニークな活動を展開している(矢田,2019;秋山ら,2021).その背景には,多様な地域課題や住民の相談ニーズ(福井ら,2013)等があり,成果として,住民の介護予防や孤独の解消等が報告されている(藤田ら,2020).
看護分野におけるCEは,保健専門職については住民組織のCEの質的評価指標が示され(中山,2007),関連するコンピテンシーとして社会資源創出における健康課題の明確化力等がある(塩見ら,2009).一方,行政保健師以外の立場の看護職については,訪問看護師の地域づくりの実践に「個」の視点と柔軟な創造性があること(中村・月野木,2019)や,活動技法として,ニーズを元に新たな形態のケアを開拓し,地域に溶け込み馴染む等があることが報告されている(田中ら,2020).しかし,地域ケアにおける看護職の活動は未だ黎明期にあり,そのCEの過程やコンピテンシーは明らかになっていない.
以上から,地域ケアにおける看護職によるCEの過程とコンピテンシーには,対象の潜在・顕在ニーズを基に新たな事業を創出するという行政保健師と共通する要素があるが,医療的側面から活動を展開している(田中ら,2020)という特徴が指摘されているように,看護職特有の要素があると考えられる.地域包括ケアを担う多様な人材の育成や訪問看護ステーションの機能強化が求められるなか,先駆的な活動の分析により,その成果は地域包括ケアシステムの推進や看護人材の有効活用に寄与できると考える.そこで本研究では,地域ケアにおける看護職によるCEの過程とコンピテンシーについて明らかにする.
本研究では,地域ケアにおける看護職によるCEの過程を客観的に記述するため,複線径路等至性モデリング(Trajectory Equifinality Modeling: TEM)による質的記述的研究法(安田・サトウ,2012)を用いた.TEMは,人の発達や人生径路の多様性・複線性の時間的変容を捉える文化心理学の方法論であり,人間を開放システムとして捉えるシステム論に依拠し,個人が経験した時間の流れを重視する.したがって,多様な主体と関わりながら活動する看護職によるCEの過程を,時間の流れをふまえて捉える上で有効な方法であると考えた.
TEMでは,対象の経験の径路や影響を与える要因を明確に捉えるための概念ツールを用いる(表1).始めに,多様な経験の径路が一旦収束する地点を等至点(EFP: Equifinality Point)とし,研究者が研究目的に基づいて定める.本研究では,等至点をまず「住民のQOL向上に貢献している」と仮定し,分析過程で「住民のポジティヴヘルスが実現する」と修正した.ポジティヴヘルスは「社会的・身体的・感情的な問題に直面したときに適応し,自ら管理する能力としての健康」を意味する(Huber et al., 2016).また,分岐点(BFP: Bifurcation Point)は「CEを行う看護職の経験・行動において,複数の径路が発生・分岐する点」,必須通過点(OPP: Obligatory Passage Point)は「CEを行う看護職のほとんどが経験し,等至点に至る過程で必須性を持つ経験・行動」とした.
概念ツール | 定義 | 本研究における操作的定義 |
---|---|---|
等至点 EFP:Equifinality Point |
研究者が研究目的に基づいて定める,多様な経験の径路が一旦収束する地点のこと | 住民のポジティヴヘルスが実現する |
両極化した等至点 P-EFP:Polarized EFP |
等至点と対極の意味を持つ補集合的事象のこと | 住民のポジティヴヘルスが実現しない |
分岐点 BFP:Bifurcation Point |
複数の径路が発生・分岐する有り様を示す概念 | コミュニティ・エンパワメントを行う看護職の経験・行動において,複数の径路が発生・分岐する点 |
必須通過点 OPP:Obligatory Passage Point |
制度的・慣習的・結果的にほとんどの人が経験すること | コミュニティ・エンパワメントを行う看護職のほとんどが経験し,等至点に至る過程で必須性を持つ経験・行動 |
社会的方向づけ SD:Social Direction |
等至点に向かう個人の行動や選択に制約的・阻害的な影響を及ぼす社会的な力 | 看護職が行うコミュニティ・エンパワメントを制約・阻害する社会的な力 |
社会的助勢 SG:Social Guidance |
等至点に向かう有り様を促進する力 | 看護職が行うコミュニティ・エンパワメントを促進する社会的な力 |
非可逆的時間 Irreversible Time |
人間が時間と共にあることを表す概念 | 看護職がコミュニティ・エンパワメントを行うための特性を得た時期から現在までの時間 |
コンピテンシーは,看護職がCEにおいて駆使し,成果を生み出していく能力・行動特性であり,中核的人格で開発困難な特性・動因,経験や訓練を通じて変容可能な態度・価値観,開発が容易な知識・技術からなる(Spencer & Spencer, 1993/2011).本研究では,経験や訓練により変容・開発可能な態度・価値観および知識・技術をコンピテンシーとした.
2. 研究対象者TEMでは,等至点に至る過程を捉えるため,等至点に至った人々を対象とする.本研究では,研究対象者(以下,対象者)を地域の相談窓口や交流スペース等で1年以上CEにむけた活動を展開している看護職とし,機縁法にて16名を選定した.看護職の活動地域は大都市・地方都市・過疎地域,活動場所の形態は常設・非常設が含まれるようにし,一般化可能性を担保した.
3. データ収集方法2020年8月~2022年2月に対象者1名につき60分程度の半構成的面接を3回実施し,面接内容は対象者の同意を得てICレコーダーに録音し逐語録を作成した.面接前に,基本情報として,年齢,性別,基礎教育,保有資格,看護職としての実務経験の内容・期間等について文書で回答を得た.面接はインタビューガイドを用い,CEを志向したきっかけ・動機,CEにおける経験・行動(活動の過程,活動における阻害・促進要因,住民や関係職種との関わり等),目標・成果,態度・価値観(大切にしたことや心構え)および知識・技術(必要とした知識・技術とそれらを得た方法)について聴き取った.
4. 分析方法 1) 対象者ごとのTEM図の作成1回目の面接後に,逐語録からCEにおける経験・行動およびコンピテンシーについて語られたフレーズを抽出・切片化しラベルをつけ,時系列に整理した.TEMの概念ツール(表1)を用いて,対象者ごとのCEの過程をモデル化した図(以下,TEM図)を作成した.2回目の面接では,作成したTEM図を提示し,研究者と対象者の間で内容を確認しあい,さらに深く聴き取り,追加・修正を行った.3回目は,修正したTEM図を提示し,再度内容を確認しあい,研究者と対象者の双方が納得する対象者ごとのTEM図を完成させた.
2) すべての対象者のTEM図の統合すべての対象者のTEM図について類似点・相違点を比較検討し,CEにおいて共通の意味をもつ内容を焦点化した.そして,対象者のCEの過程の全体像を可視化するため,統合したTEM図を作成した.
3) コンピテンシーの明確化対象者のCEにおけるコンピテンシーを活動の段階ごとに抽出し,抽象化のレベルを上げ,それぞれカテゴリ化した.そして,それらを統合し,各段階のコンピテンシーを明確化した.
4) 確証性および信用性の確保3回の面接により,対象者ごとのCEの過程およびコンピテンシーの分析結果の確証性を確保した.また,統合したTEM図は,メンバーチェック,地域・老年看護学分野の大学教員およびTEM研究者の検証により,本研究の結果が対象者および第三者の立場からも適切であるという信用性を確保した.
5. 倫理的配慮対象者に対して,倫理的配慮について文書と口頭で説明を行い,文書による同意を得た.匿名性と守秘義務を遵守し,収集したデータは正確に記録し安全に保管した.本研究は,大阪市立大学大学院倫理審査委員会の承認を受け実施した(承認番号2020-1-4).
対象者の属性を表2に示す.対象者は16名で,平均年齢は50.0(SD9.0)歳,看護職としての平均経験年数は27.0(SD9.3)年,CEの平均活動年数は3.6(SD1.9)年,保健師資格保有者は7名であった.所属機関は訪問看護ステーションである者が7名と最も多く,活動地域は大都市である者が5名,地方都市である者が7名,過疎地域である者が4名であった.活動場所の設置形態は,常設の形態をとっている者が10名,非常設の形態をとっている者が6名であった.所属組織において業務として活動している者は13名,個人のボランティアとして活動している者は3名であった.平均面接時間は,1回目が69(SD12)分,2回目が69(SD11)分,3回目が45(SD11)分であった.
年齢 | 看護経験年数 | 活動年数 | 活動場所の形態※ | 主な活動内容 | 過去の所属機関での経験年数 | |||
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病院 | 訪問看護ステーション | 保健所 | ||||||
A | 40歳代 | 27 | 1 | 常設 | 商業施設や交流場所での健康相談・イベント開催,中高生の居場所づくりへの参画 | 15 | ||
B | 40歳代 | 23 | 1 | 常設 | 商業施設や交流場所での健康相談・イベント開催,医療・ケアのマネジメント | 18 | 5 | |
C | 50歳代 | 25 | 5 | 常設 | 地域の保健室・交流場所の開設・運営,健康相談・イベント開催,まちづくり,ACPの啓発 | 8 | 12 | |
D | 50歳代 | 32 | 8 | 常設 | 地域の保健室・交流場所・ホームホスピスの開設・運営,健康相談・イベント開催 | 1 | 5 | 5 |
E | 60歳代 | 39 | 3 | 常設 | 診療所併設の保健室での健康相談・イベント開催,地域でのACPの啓発 | 36 | ||
F | 40歳代 | 29 | 3 | 非常設 | 商業施設や飲食店での健康相談・イベント開催 | 23 | 2 | |
G | 50歳代 | 28 | 3 | 非常設 | 飲食店・商店街・公民館での健康相談 | 10 | 16 | |
H | 60歳代 | 45 | 4 | 常設 | 訪問看護ステーション併設の保健室の開設・運営,健康相談・イベント開催 | 4 | 22 | 11 |
I | 50歳代 | 30 | 4 | 常設 | 地域の保健室・交流場所での健康相談・イベント開催,ボランティア育成,出張健康講座 | 20 | ||
J | 30歳代 | 10 | 3 | 常設 | 自治体の支援員として健康相談・イベント開催,医療マネジメント | 5 | ||
K | 30歳代 | 17 | 1 | 非常設 | 居住する団地でのサロンの開設・運営,健康相談,居場所づくり | 8 | 6 | |
L | 30歳代 | 12 | 4 | 非常設 | 出張型保健室での健康相談,イベント開催 | 5 | 3 | |
M | 30歳代 | 18 | 3 | 非常設 | 子育て世代対象の交流の場の開設・運営 | 8 | 1 | |
N | 50歳代 | 25 | 3 | 常設 | 介護保険施設併設の保健室の開設・運営,子どもや子育て世代対象のイベント開催 | 15 | 10 | |
O | 50歳代 | 36 | 7 | 非常設 | ケアカフェ,住民向け講演会,多職種での事例検討会,子どもの発達支援のプロジェクト活動 | 5 | 21 | 3 |
P | 50歳代 | 36 | 4 | 常設 | 訪問看護ステーション併設の保健室の開設・運営,健康相談,がんサロン・事例検討会開催 | 10 | 22 |
※看護職の活動場所の形態で,「常設」は一定の場所に常に設置している状態,「非常設」は定期・不定期の催事として開設している状態のこと
全ての対象者のCEの過程を統合したTEM図を図1に示す.対象者の経験・行動および径路を実線で示し,対象者からは語られなかったが実現可能性の高かった経験・行動および径路は点線で示した.本文中では,活動の段階は【 】,対象者の経験・行動,BFP,OPP,EFP,両極化した等至点(P-EFP: Polarized EFP)は〔 〕,社会的方向づけ(SD: Social Direction)および社会的助勢(SG: Social Guidance)は[ ]で記す.
地域ケアにおける看護職によるコミュニティ・エンパワメントの過程
CEの過程は,コミュニティケア志向期,コミュニティケア創出期,コミュニティケア定着期の3期に区分され,7つの段階が見出された.コミュニティケア志向期では,対象者は【動機づけ】【活動準備】の段階を経て,〔OPP①:コミュニティを定める〕に至っていた.コミュニティケア創出期では,【ニーズ把握】【仲間づくり】【試行錯誤】の段階を経て,〔OPP②:住民や関係機関との信頼関係を築く〕に至っていた.コミュニティケア定着期では,【協働促進】【活動維持】の段階を経て,EFPとして仮定した「住民のQOL向上に貢献している」状態ではなく,〔住民のポジティヴヘルスが実現する〕状態に至っていた.
3. 看護職のコミュニティ・エンパワメントの過程とコンピテンシーCEの各段階におけるコンピテンシーを表3に示す.看護職のコンピテンシーとして,態度・価値観は311コードを抽出し16カテゴリ,知識・技術は240コードを抽出し16カテゴリが生成され,コンピテンシーが明確化された.本文中では,コンピテンシーを《 》,カテゴリを〈 〉で記す.
時期 | 【段階】 | 《コンピテンシー》 | 〈態度・価値観〉 | 〈知識・技術〉 |
---|---|---|---|---|
コミュニティケア志向期 | 動機づけ | 暮らしに着眼した課題発見力 | 住民同士の助け合いの重視 住民の暮らしや背景への関心 暮らしへの中長期的な関わりの重視 |
在宅看護の実践力 社会資源の知識と多職種と連携する力 住民の健康課題を感知する力 |
活動準備 | 新しい看護活動にむけた行動力 | 住民への予防的支援の重視 医療者によるコミュニティケアへの意欲 |
課題解決に向けて探求する力 自律的に活動する力 | |
コミュニティケア創出期 | ニーズ把握 | 多様な価値観への共感力 | 多様な価値観・ニーズの尊重 コミュニティの全体像の把握 |
コミュニティの課題を捉える力 住民のニーズに共感する力 |
仲間づくり | 対話を重視した人間関係構築力 | 住民とのパートナーシップの構築 対話による思いと課題の共有 |
コミュニケーション技術 多様な人びとと協働する力 | |
試行錯誤 | 社会資源創出に挑む遂行力 | 相談窓口と交流の場の創出 自由度の高さの活用 試行錯誤を楽しむ余裕 |
発想・企画・創造力 発信・プレゼンテーション力 ファシリテーション力 | |
コミュニティケア定着期 | 協働促進 | 住民の主体性を尊重したケア調整力 | 住民の潜在能力への着目 住民の主体的活動の促進 |
包括的アセスメント力 ケアマネジメント力 |
活動維持 | 事業継続に向けた管理力 | 活動の成果の提示 事業としての継続性の重視 |
経営管理能力 変化への対応力 |
【動機づけ】の段階では,対象者は生育環境等において[SG:親の姿,先輩の導き]等の影響を受け,〔コミュニティケアに関心をもつ〕経験をしていた.〔関心をもたない〕径路もあったが,いずれも在宅看護実践や子育て経験等から〔コミュニティの課題に直面する〕経験を経て,〔BFP①:制度で対応できないニーズに気づく〕ことがコミュニティケアへの動機づけとなっていた.この段階のコンピテンシーは,〈住民同士の助け合いの重視〉〈住民の暮らしや背景への関心〉等の態度・価値観と,〈在宅看護の実践力〉〈社会資源の知識と多職種と連携する力〉等に基づく《暮らしに着眼した課題発見力》であった.
【活動準備】の段階では,対象者は〔先駆的な活動から学ぶ〕〔実践のチャンスを得る〕等の活動の足がかりを得て,〔OPP①:コミュニティを定める〕経験に帰着していた.この段階のコンピテンシーは,〈住民への予防的支援の重視〉〈医療者によるコミュニティケアへの意欲〉の態度・価値観と,〈課題に向けて探求する力〉等を用いた《新しい看護活動に向けた行動力》であった.
2) コミュニティケア創出期【ニーズ把握】の段階では,対象者は〔コミュニティの情報を集める〕〔住民や関係機関に相談する〕ことにより住民のニーズを捉え,〔BFP②:課題を包括的に理解する〕に至っていた.この段階のコンピテンシーは〈多様な価値観・ニーズの尊重〉〈コミュニティの全体像の把握〉の態度・価値観と,〈コミュニティの課題を捉える力〉等を用いた《多様な価値観への共感力》であった.
【仲間づくり】の段階では,対象者は〔キーパーソンとつながる〕径路を経て,〔住民や多職種と語り合う〕ことで仲間をつくり,〔BFP③:住民や関係機関の共感を得る〕経験をしており,影響要因には[SD:仲間の不在,住民の警戒心]があった.この段階のコンピテンシーは,〈住民とのパートナーシップの構築〉〈対話による思いと課題の共有〉の態度・価値観と,〈多様な人びとと協働する力〉等を用いた《対話を重視した人間関係構築力》であった.
【試行錯誤】の段階では,対象者はまず〔活動のコンセプトやターゲットを明確にする〕行動をしていた.実践に至るまでには[SG:活動資金の獲得][SD:スタッフとの意見の相違]等の影響要因があった.実際の活動では,アイデアからすぐに実践し,仮説があっていたのかどうかを振り返り,試行錯誤を重ね,〔OPP②:住民や関係機関との信頼関係を築く〕という経験に帰着していた.この段階のコンピテンシーは,〈自由度の高さの活用〉〈試行錯誤を楽しむ余裕〉等の態度・価値観と,〈発想・企画・創造力〉〈発信・プレゼンテーション力〉等を用いた《社会資源創出に挑む遂行力》であった.
3) コミュニティケア定着期【協働促進】の段階では,対象者は〔住民からの相談が増える〕という径路を経て,〔関係職種や異業種と協働する〕という経験をしていた.そして,住民と一緒にイベントを企画する等,〔住民と協働する〕経験を経て,〔BFP④:住民の主体的活動が広がる〕経験をしていた.この段階のコンピテンシーは,〈住民の潜在能力への着目〉等の態度・価値観と,〈包括的アセスメント力〉等を用いた《住民の主体性を尊重したケア調整力》であった.
【活動維持】の段階では,対象者は[SG:継続的な活動資金の確保]等により,〔事業として安定化する〕経験をしていた.個人で活動する対象者の一部は[SD:活動資金・時間の不足]の影響により,〔事業が安定化しない〕径路が示された.そして,新型コロナウイルス感染拡大等の社会情勢の変化に対しては,[SG:多角的な事業展開]により〔社会の変化に柔軟に対応する〕行動をとっていた.この時期において,対象者は住民の潜在能力に着目し,主体的活動を促進することにより住民の自己実現に寄与しており,〔EFP:住民のポジティヴヘルスが実現する〕状態に至っていた.一方,自治体から活動の縮小を迫られる等,〔変化に対応できない〕径路も示され,〔P-EFP:住民のポジティヴヘルスが実現しない〕状態に至った事例もあった.この段階のコンピテンシーは,〈活動の成果の提示〉〈事業としての継続性の重視〉の態度・価値観を持ち,〈経営管理能力〉〈変化への対応力〉を用いた《事業継続にむけた管理力》であった.
本研究では,地域で活動する看護職16名への面接とTEMによる分析の結果,CEの過程とコンピテンシーが明らかになり,以下の知見が得られた.
1. 地域ケアにおける看護職によるコミュニティ・エンパワメントの過程の特徴コミュニティケア志向期では,看護職は臨床経験や個人的経験において,制度で対応できないニーズに気づいたことが最初の分岐点となっていた.行政保健師が住民に対する事業を開発するきっかけには,住民のニーズや既存事業の限界があったことが示されている(宮崎,2003).本研究では,看護職は療養者へのケアを行う立場で地域の健康課題を把握しており,行政保健師とは異なる視点で健康課題を発見し地域活動を生み出す可能性があることが示唆された.そして,実践のチャンスを得る過程では,組織の理解や他者からの後押し等の社会的助勢があり,看護職が先駆的な社会貢献活動を実践するためには周囲の理解や協力を得る必要があったと考えられる.
コミュニティケア創出期では,看護職によるCEの過程は,エンパワメントの3段階(Freire, 1973)の「傾聴-対話-行動」に相当していた.先行研究では,保健師がCEにおいて住民との対話により活動の目指す姿を共有していること(大木・星,2006;中山ら,2021)が明らかにされている.本研究でも,看護職は住民や多職種と積極的に語り合うことにより,地域課題や活動に対する共感を得る経験をしており,住民との対話がCEを促進していたことが明らかになった.ここでは社会的方向づけとして住民の警戒心があり,既存の制度に基づかない立場にある看護職の活動の特徴が示されたが,住民との対話が仲間づくりにつながったと考えられる.そして,実際の活動場面では,集客力の不足等の社会的方向づけがあったが,看護職は自由度の高い立場を活かし,柔軟に活動を企画し,実践して振り返る過程を繰り返すことで活動を促進していた.牧野(2022)は,地域づくりにおいて経済協力開発機構が提唱するAAR循環(Anticipation〈自ら楽しいことを考える〉-Action〈やってみる〉-Reflection〈振り返る〉を繰り返す)の有効性を述べている.本研究では,看護職の試行錯誤の状況はAAR循環の過程を示していたことが明らかになり,CEを行う上で効果的な実践方法である可能性が示唆された.
コミュニティケア定着期では,CEにおいては住民への中長期的な関わりが不可欠であることから,看護職は継続的な活動資金の確保による事業の安定化や,社会の変化に対して多角的な事業展開等の対応を行うことにより,等至点に至っていた.しかし,社会の変化に対応できなかった事例では,活動維持が困難となり等至点に至らず,看護職の活動の脆弱性が示された.また,社会的方向づけとして,活動の評価の難しさが示され,看護職によるCEの価値や成果を示す評価基準が明確化されていないことが課題であると考える.
2. コミュニティ・エンパワメントにおける看護職のコンピテンシーコミュニティケア志向期では,看護職のコンピテンシーには,まず《暮らしに着眼した課題発見力》があり,行政保健師を対象とした先行研究(塩見ら,2009)における「創出を要する健康課題の明確化力」と類似する知見が示された.看護職は退院支援や訪問看護の経験をとおして,疾病予防から看取りまでの医療・ケアに関する啓発の重要性を強く意識し,さらに看護実践において療養生活を支える能力を培っており,これらは行政保健師とは異なるコンピテンシーであると考えられる.この時期の看護職のコンピテンシーは,ケア提供者としての経験から得た価値観と実践・連携力を基盤としており,地域ケアにおける看護職のCEの特徴として新しい知見であると考えられる.
コミュニティケア創出期では,前段階で把握した健康課題について,そのコミュニティの状況を包括的に理解するための《多様な価値観への共感力》が必要であった.そして,仲間づくりにむけて,住民との対話に価値を置き,コミュニケーション技術を用いて住民の共感を得ていたと考えられる.【試行錯誤】の段階で必要であったコンピテンシーには社会資源の創出に向けた企画力や発信力があり,行政保健師における「創出の企画・推進力」(塩見ら,2009)と類似した知見が示された.本研究の対象者の半数以上は保健師資格を有しておらず,看護職はこのようなコンピテンシーを先駆的活動の報告や地域づくりの研修等により習得していたことが明らかになった.CEにおいては,コミュニティの特性や状況に応じたアプローチが必要であり,様々な事例を蓄積・分析することにより,看護職の育成に資する可能性があると考えられる.
コミュニティケア定着期では,看護職は組織に成果を提示し経営管理能力を用いることにより事業としての継続を図っていた.しかし,事業継続が困難となり等至点に至らなかった事例では,変化への対応力を十分に発揮できなかったことが示され,このようなコンピテンシーの獲得は容易ではないと考える.本研究では,看護職による新しい地域活動が広がるためには,事業継続にむけた管理力の習得が必要であることが示唆された.
本研究は,CEを行う看護職が対象であり,等至点に至った対象として1年以上活動している看護職を選定したが,一部の対象については等至点に至っていない径路が見出された.今後,看護職によるCEを促進する要素について明らかにするために,CEが達成しなかった事例についても調査する必要がある.また,本研究では看護職が関わった住民や関係職種からの聞き取りは行っておらず,CEの過程は看護職による解釈にとどまることが限界である.このような限界はあるが,本研究は地域ケアにおける看護職によるCEに着目し,その過程とコンピテンシーを明らかにした初めての研究であり,新規性がある.本結果は,地域における看護職の社会貢献活動と医療専門職人材の有効活用に資する一知見として有用と考える.
地域ケアにおける看護職によるCEは臨床経験で得た価値観と実践力を基盤とし,住民や多職種と協働した活動の柔軟性と事業継続の困難性に特徴づけられた.
謝辞:本研究にご協力いただきました看護職の皆様に心より感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:KMは研究の着想およびデザイン,データ収集,データの分析・解釈,原稿作成までの研究プロセス全体の実施;AKは研究の着想およびデザイン,データ収集,データの分析・解釈,原稿作成までの研究プロセス全体に渡る助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.