日本看護科学会誌
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原著
周産期医療施設の災害への備えの実態と関連要因
~施設の防災対策と妊産婦への防災教育について~
細川 由美子大友 章司木村 玲欧
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2022 年 42 巻 p. 908-917

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Abstract

目的:全国の周産期医療施設の災害への備えの実態を明らかにし,その実態に関連する要因を検討した.

方法:日本医療機能評価機構の産科医療補償制度加入分娩施設一覧に登録された2,909カ所の産科,産婦人科,助産所の災害への備えの管轄を行う管理職を対象に,無記名自記式質問紙調査を実施した.主に施設の防災対策と妊産婦への防災教育の実態を調査した.データは,記述統計,相関分析及び重回帰分析を行った.

結果:有効回答795部の分析の結果,施設の防災対策で実施された項目は平均9.3点(0~22点),「設備・準備」「文章化」は概ね実施,「訓練・教育」「人材」「地域連携」の実施率は低く,妊産婦への防災教育は,回答があった施設の3割程度で実施され,実施項目の平均は2.5点(0~18点)であった.関連要因は,「災害拠点病院である」「被災地への看護職派遣経験がある」「施設の自然災害リスク認知が高い」などであった.

結論:災害対策能力向上のための訓練,教育の強化,妊産婦への防災教育への認識の向上が必要である.

Translated Abstract

Purpose: This study examined the current status of disaster preparedness at perinatal medical care facilities across Japan and supporting factors.

Method: An anonymous self-administered questionnaire was administered to the nursing supervisors of 2,909 facilities (hospitals, clinics, and birthing centers) that were on the list of birthing facilities participating in the Japan Obstetric Compensation System for Cerebral Palsy operated by the Japan Council for Quality Health Care. Mainly investigated disaster management in facilities and disaster education for perinatal women. Descriptive analysis, correlation analysis, and multiple regression analysis were performed.

Results: Seven hundred and ninety-five participants provided valid responses to the questionnaire. The mean number of disaster management-related items that were in place was 9.3 (0–22). The implementation rates of the items “Facility and Preparedness” and “Documentation” were high whereas those of the items “Training,” “Human Resources,” and “Regional Alliance” were low. Regarding disaster education for perinatal women, the mean number of items in place was 2.5 (0–18). Only about 30% of the facilities had implemented such education. Factors that promoted disaster preparedness included “The facility is a disaster base hospital,” “The facility previously dispatched nurses to disaster areas,” “The facility is well aware of natural disaster risks,” “Nursing supervisors have been trained to provide nursing care during a disaster,” and “Nursing supervisors are well aware of the post-disaster care needs of perinatal women.”

Conclusion: It is necessary to develop strategies for establishing a perinatal medical care system, implementing training to improve disaster management competency, strengthening disaster education, and enhancing awareness of disaster education among perinatal women.

Ⅰ. はじめに

医療施設における災害への備えを目的とした指針は,「仙台防災枠組(内閣府,2015)」に加えて,「仙台枠組の健康面の実施に関するバンコク原則」(災害科学国際研究所,2016)がある.ここでは,防災を組み込んだ保健医療政策の推進,災害に強い保健医療システムの構築,保健医療者の能力強化等,人や健康を中心とした防災への取り組みが宣言された.さらにWHO(2018)は,すべての災害に対する脆弱性と能力に焦点を当てたリスクの低減,地域コミュニティへの参加を含む,リスク管理を優先した事前の備えの強化などを提唱している.

周産期医療施設における災害への備えについては,厚生労働省(2016)が,自然災害リスクに応じた防災対策の強化,専門職の災害対応能力の向上,妊産婦の脆弱性や能力に応じた事前対策への支援,及び地域連携体制の強化を掲げている.また,地域や施設での防災対策,災害対応能力に関する先行研究は行われている.例えば,産科有床診療所の看護管理者を対象にした調査では,看護管理者は現状の防災対策に危機感を抱いており,災害時の地域での情報共有や連携体制が課題であった(福島,2019).産科・地域包括ケア病棟を対象とした調査では,災害マニュアルがある災害拠点病院であっても災害に不安を抱えていること,既存のマニュアルが自部署に適しておらず機能していないことが問題であると述べられており,今後は自部署での災害訓練,自部署にあった行動レベルでのマニュアルを充実させる必要があると指摘されている(仲二見ら,2020).産科病棟看護職を対象にした防災に関する教育プログラムでは,看護職個人と自部署の防災対策の強化に効果があったことが報告されている(渡邊ら,2012, 2019).このように周産期医療施設の防災対策は,一層の強化,見直しが必要である.

医療施設における災害への備えは,施設の防災対策の整備だけではない.WHO(2018)の提唱にもあるように,医療の対象である当事者への防災教育も災害への備えの一環である.例えば,慢性疾患を持つ当事者(西川・野嶋,2016),医療的ケアを必要とする児の保護者(寺門・高木,2012)への防災教育は,当事者の疾患や脆弱性,能力に応じた防災教育を実施し,地域で被災した場合の対応と,被災後の健康被害の軽減など自助の育成を目的としている.大規模災害では,妊産婦はADLが比較的自立しており,医療支援の優先順位が低くなる傾向にある.また,妊産婦は避難所から早々に移動し,所在がつかめなくなることから,行政・医療の提供が難しかったとも報告されている(岡村ら,2013).東日本大震災を経験した褥婦を対象にした産後うつ病の調査では,平時より多くの妊産婦が,長期間ハイリスクの状態で推移していることが明らかとなり,災害時の中長期的な支援の必要性,妊産婦の自助の育成が指摘されている(有馬,2013).以上より,周産期医療施設は,妊産婦の自助を高める防災教育を実施することも重要である.なお,渡邊(2020)は,実際に医療施設で実施した妊婦への防災教育プログラムの効果を報告しているが,妊産婦への防災教育に関する研究はわずかである.

医療施設における災害に対する備えの調査は,全国病院看護部や災害拠点病院を対象に実施されている(西上・山本,2009西上ら,2020).しかし,周産期医療施設は,分娩を取り扱う上,妊産婦と胎児・新生児の命を守り,健康の保持増進を担う特殊性を持つため,他の診療科や病院組織全体と一括りにはできない.周産期救急は,妊産婦と胎児・新生児の診療を同時に行うという特殊性から,これまでも厚生労働省の緊急医療体制に関する検討会では,一般救急医療とは別枠で取り扱われてきた.全国の周産期母子医療センター377施設中,災害拠点病院ではない病院が79施設もあり,それらの施設では自力の災害対策を行っている.他にも産科医師の偏在,医療機能の集約化など周産期医療の地域格差が問題視されており,災害時の周産期医療体制の脆弱性が指摘されている(厚生労働省,2016).これまでの大規模災害では,周産期医療施設の従事者は災害時の医療活動の仕組みを理解できておらず,情報収集の方法や搬送手段の確保が困難を極め,自力の災害対策では対応困難であった(菅原,2011, 2012).どの地域においても自然災害が生じることが予想される日本では,2019年の新型コロナ感染症拡大の世界的パンデミックが2年以上猛威を振るう中,豪雨災害も頻発するようになり,複合災害の危険性が顕在化している.今後は,広域な周産期医療施設の連携体制,複合災害を見据えた周産期医療施設に特化した災害への備えが急務であるが,現在の周産期医療施設を取り巻く災害への備えを対象とした研究は限定的である.そこで周産期医療センター,一般病院,全国で6割の分娩を取り使う診療所・クリニックと地域に根ざした助産所を含む周産期医療施設全体の災害への備えの実態を把握し,その関連要因を明らかにすることで,周産期医療施設に特化した災害への備えについて示唆を得ることができると考えた.

Ⅱ. 研究の目的

全国の周産期医療施設を対象に災害への備えに関する調査を実施し,実態と関連する要因を検討する.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

無記名自記式質問紙による横断調査を実施した.

2. 方法

1) 用語の定義

本研究では,周産期医療施設(以降,施設)における災害への備えを施設の防災対策と妊産婦への防災教育に大別した.施設の防災対策とは,災害による被害の防止や軽減,継続して医療を提供するための備えである.妊産婦への防災教育とは,災害の被害の防止や軽減に向けた備えを目的に看護専門職が行う教育である.

2) 研究対象者および調査期間

研究協力依頼施設は,日本医療機能評価機構産科医療補償制度の加入分娩施設一覧に記載されている全国の病院,診療所・クリニック,助産所の医療情報をインターネットで確認し,不妊治療のみ,閉院(調査時2021年9月)などを除く全国周産期医療施設2,909カ所を選定し,施設の看護部,代表者宛てに研究協力依頼を行った.研究対象者は,産科,産婦人科,助産所の災害への備えを管轄する主任,師長,所長,院長など看護管理の責務を担う役職者(以降,管理職)である.研究協力依頼書と質問紙の配布は,2021年10月初旬に実施し,質問紙の回収は10月末までとした.

3) データの収集方法

研究協力依頼施設の看護部または代表者宛に,研究協力依頼書と質問紙(返信封筒付き)を郵送した.研究協力依頼書と質問紙の表紙には,研究目的・趣旨,研究協力を明記した.研究協力の同意が得られた場合,質問紙に対して適切に回答できる研究対象者を選定してもらった.質問紙は紙媒体に加えてWEB調査画面を作成し,WEB回答も可とした.回答方法は,返信用封筒の投函,WEB回答のどちらか一方を選択するように依頼した.

3. 調査内容

1) 施設属性と個人属性に関する項目

施設属性として,所在地,設置主体,医療機能,施設規模,医療体制,災害拠点病院の有無,分娩取り扱い,被災経験,被災地への看護職派遣の経験の有無などを尋ねた.個人属性として,性別,年齢,所属部署での管理職経験年数,個人の被災経験,加えて災害看護研修受講の有無,研修を受講した場合はその研修内容,被災後の妊産婦の状況認識の程度を尋ねた.研修内容は,専門職能団体が実施した研修テーマをもとに,災害発生のメカニズム,災害時の看護職の役割など9項目を設定した.本設問の回答は,受講した研修全てを選択する複数回答方式で求めた.なお,被災後の妊産婦の状況認識の程度とは,先行研究(岡村ら,2013東京都,2014)をもとに,震災後の妊産婦の避難状況や身体面,精神面,生活・育児への影響など6項目を設定し,それぞれに対して,「1.全く知らない」から「4.よく知っている」の4件法で回答を求めた.

2) 災害への備えに関する項目

災害への備えを「施設の防災対策」と「妊産婦への防災教育」の2つに大別して調査内容を設定した.施設の防災対策は,先行研究(林ら,2005岡村ら,2013日本看護協会,2013福島,2019西上ら,2020)を参考に,周産期医療施設における「設備・準備」「文章化」「訓練・教育」「人材」「地域連携」に関する22項目を設定した.妊産婦への防災教育は,日本看護協会(2013)日本助産師会災害対策委員会(2011, 2017)が推奨している妊産婦への防災教育の内容や先行研究(三澤,2018東京都,2014)を参考に,「健康管理」「緊急連絡・情報提供」「避難の備え」「出産・育児の備え」「地域とのつながり」に関する18項目を設定した.施設の防災対策と妊産婦への防災教育の回答は,調査時に実行している項目全てを選択する複数回答方式で求めた.

4. 調査内容の妥当性

調査内容は,長年災害に関する研究や企業や自治体のBCP策定,防災教育,心理学,行動科学に携わっている研究者2名からスーパーバイズを受けた.また,周産期医療施設の看護師長2名にプレテストを行い,調査内容の洗練化を図った.

5. 分析方法

医療機能は,厚生労働省の医療施設類型(厚生労働省,2002)を用いて集計し,医療体制は,周産期医療体制の現状(日本看護協会,2015)を用いて分類,集計した.施設の防災対策と妊産婦への防災教育の実態は,実行している項目(各1点)を全て選択する複数回答で測定し,災害看護研修は,受講した研修内容(各1点)を複数回答で測定した.それぞれ単純加算で合計得点を算出し,備え行動が充実しているほど得点が高くなるように設計した.データは,調査項目ごとに記述統計で分布を明らかにし,施設の防災対策の実態と妊産婦への防災教育の実態に対して,施設属性と個人属性との関連,災害看護研修内容との関連について相関分析及び重回帰分析を行った.統計解析はIBM SPSS 23.0 for Windowsを使用し,有意水準は危険率5%未満(p < .05)とした.

6. 倫理的配慮

研究依頼書と質問紙の表紙には,研究目的,方法,研究参加の自由意思,プライバシーの保護,匿名性の確保,データ管理・破棄は研究者が責任をもつこと,研究成果公表方法,答えたくない質問には答えなくてよいこと,研究に同意しない場合は質問紙の回答及び返信は不要であることなどを明記した.研究参加の同意は,質問紙およびWEB回答の「同意する」の選択によって確認した.本調査は,神戸女子大学研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号2021-23-1,2021年9月13日承認).

Ⅳ. 結果

配布した質問紙2,909部のうち,回収できた803部(郵送回収部数707部,WEB回収部数96部,回収率27.6%)のうち,研究参加について「同意する」を選択していない回答,ほとんどの質問に無回答,回答不備のものを除外して,795部(有効回答率27.3%)のデータを分析対象とした.

1. 回答者の施設の概要と個人属性

表1には,回答者の施設の概要を示した.医療機能別では,総合・地域周産期医療センターと一般病院(病院と呼称)の合計が395カ所(49.7%),診療所・クリニックと助産所(病院以外の施設と呼称)の合計が395カ所(49.7%)で同数であった.災害拠点病院は253カ所(31.8%)で,被災経験がある施設は193カ所(24.3%)であった.また,被災地への看護職派遣の経験があるのは113カ所(14.2%)であった.表2には,回答者の個人属性を示した.平均年齢は52.2歳,所属施設での看護管理職の平均経験年数は9.1年であった.災害看護研修を受講していたのは411名(51.7%)であった.

表1  施設の概要 N = 795
項 目 総 数
n %
所在地 北海道地方 47 5.9
東北地方 65 8.2
関東地方 218 27.4
中部地方 153 19.2
近畿地方 158 19.9
中国地方 62 7.8
四国地方 23 2.9
九州地方 67 8.4
無回答 2 0.3
設置主体 25 3.1
公的医療機関 216 27.2
社会保険関係団体 24 3.0
医療法人 341 42.9
助産所 122 15.3
その他 57 7.2
無回答 10 1.3
医療機能 総合周産期医療センター 51 6.4
地域周産期医療センター 127 16.0
一般病院 217 27.3
診療所・クリニック 270 34.0
助産所 125 15.7
無回答 5 0.6
施設規模 無床 49 6.2
1~9床 170 21.4
10~19床 245 30.8
20~29床 94 11.8
30~39床 103 13.0
40床以上 120 15.1
外来のみ 8 1.0
無回答 6 0.8
医療体制 総合周産期医療センター 50 6.3
産科単独病棟(助産所含む) 251 31.6
産婦人科病棟 218 27.4
他科との混合病棟 175 22.0
外来のみ 40 5.0
無回答 61 7.7
災害拠点病院 253 31.8
533 67.0
無回答 9 1.1
分娩取り扱い 726 91.3
66 8.3
無回答 3 0.4
被災経験 193 24.3
599 75.3
無回答 3 0.4
被災地への看護職派遣 113 14.2
675 84.9
無回答 7 0.9
災害時の妊産婦受け入れ経験 74 9.3
712 89.6
無回答 9 1.1
自施設の自然災害リスク認知 全くそう思わない 13 1.6
あまりそう思わない 133 16.7
ややそう思う 351 44.2
非常にそう思う 289 36.4
無回答 9 1.1
表2  個人属性 N = 795
項 目 総 数
n %
性別 女性 752 94.6
男性 35 4.4
無回答 8 1.0
年齢
平均52.2歳 SD ± 8.2歳
中央値52歳
20歳台 2 0.0
30歳台 38 4.8
40歳台 235 29.6
50歳台 379 47.7
60歳台以上 124 15.6
無回答 2 0.0
自施設での看護管理職経験年数
平均9.13年 SD ± 9.09
中央値5年
1年未満 103 13.0
1年以上5年未満 223 28.1
5年以上10年未満 161 20.3
10年以上 262 33.0
無回答 46 5.8
個人の被災経験 134 16.9
653 82.1
無回答 8 1.0
災害看護研修受講経験 411 51.7
376 47.3
無回答 8 1.0
【災害看護研修内容】
災害発生のメカニズム 116 14.6
679 85.4
災害時の看護職の役割 249 31.3
546 68.7
過去の自然災害 170 21.4
625 78.6
災害対策 238 29.9
557 70.1
避難訓練 230 28.9
565 71.1
災害時の対応 285 35.8
510 64.2
災害ボランティア活動 94 11.8
701 88.2
災害時の妊産婦への支援 314 39.5
481 60.5
災害時のこころのケア 189 23.8
606 76.2
【被災後の妊産婦の状況認識】
妊産婦の避難や避難所での状況 全く知らない 65 8.2
あまり知らない 373 46.9
まあまあ知っている 293 36.9
よく知っている 36 4.5
無回答 28 3.5
妊産婦の身体面への影響 全く知らない 37 4.7
あまり知らない 328 41.3
まあまあ知っている 358 45.0
よく知っている 42 5.3
無回答 30 3.8
妊産婦の精神面への影響 全く知らない 28 3.5
あまり知らない 300 37.7
まあまあ知っている 389 48.9
よく知っている 53 6.7
無回答 25 3.1
妊産婦の愛着形成や相互作用への影響 全く知らない 43 5.4
あまり知らない 397 49.9
まあまあ知っている 293 36.9
よく知っている 37 4.7
無回答 25 3.1
妊産婦の生活や育児への影響 全く知らない 34 4.3
あまり知らない 349 43.9
まあまあ知っている 342 43.0
よく知っている 42 5.3
無回答 28 3.5
妊産婦の周囲の人間関係の変化影響 全く知らない 47 5.9
あまり知らない 408 51.3
まあまあ知っている 277 34.8
よく知っている 35 4.4
無回答 28 3.5

2. 周産期医療施設における災害への備えの実態

表3には,施設の防災対策と妊産婦への防災教育の実態を示した.実施されている防災対策の平均得点は,9.3 ± 4.8点(0~22点)であった.「設備・準備」「文章化」のうち緊急時の備えや避難の装具,部署のマニュアル整備は7割以上の施設で実施されていたのに対して,災害・緊急時の受け入れの取り決めを定めていた施設は135カ所(17.8%),災害時の受援計画を策定していた施設は121カ所(15.9%)であった.「訓練・教育」の項目の実施率は半数以下で,特にライフライン途絶に備えた助産実践訓練の実施は60カ所(7.9%)と,全22項目中最も低かった.「人材」の項目では,災害支援登録者が所属している施設は117カ所(15.4%),妊産婦への防災教育を行える人員配置や現任教育を実施している施設は138カ所(18.2%)であり,「地域連携」の項目で,他施設との災害時の連携体制を構築している施設は196カ所(25.8%)であった.

表3  施設の防災対策と防災教育実施の実態 N = 795
実施項目 実施していると回答した合計 割合%
施設の防災対策 設備・準備 耐震性の強化,安全性の確保あり 451 59.4
緊急時の備えあり 611 80.5
避難ができる装備あり 666 87.7
新生児移送具の備えあり 574 75.6
職員の安否確認方法の確認あり 503 66.3
文章化 部署の防災計画・マニュアルあり 543 71.5
災害・緊急時の夜間・休日対応あり 392 51.6
災害・緊急時,職員の動員基準あり 312 41.1
発災直後の初期対応マニュアルあり 291 38.3
アクションカードあり 388 51.1
災害・緊急時の受け入れの取り決めあり 135 17.8
災害時の受援計画あり 121 15.9
訓練・教育 災害看護教育・研修の体制整備あり 361 47.6
外部研修参加の奨励あり 236 31.1
部署に特化した防災訓練あり 308 40.6
ライフライン途絶に備えた助産実践訓練あり 60 7.9
人材 災害専任職員や委員会あり 369 48.6
災害支援ナース,小児周産期リエゾンなど災害支援登録者あり 117 15.4
妊産婦への防災教育を行える人員配置や現任教育あり 138 18.2
地域連携 地域との顔の見える連携体制あり 348 45.8
他施設との災害時の連携体制あり 196 25.8
行政の窓口との連携・連絡方法の確認あり 276 36.4
妊産婦への防災教育 防災教育実施 257 33.9
527 69.4
無回答 11 1.4
健康管理 母子健康手帳への記載を説明している 130 17.1
母子健康手帳,健康保険証の常時携帯を説明している 186 24.5
情報収集・緊急連絡 医療施設緊急連絡方法・手段を確認している 160 21.1
家族との連絡方法を説明している 105 13.8
伝言ダイヤルの使用を説明している 47 6.2
災害・防災アプリなど災害情報の入手先を説明している 49 6.5
避難の備え 避難経路・避難場所の確認をしている 122 16.1
入院中の避難経路,新生児移送具の使用を説明している 187 24.6
発災時にとる妊産婦の命を守る行動について説明している 117 15.4
避難時に持ち出す非常持ち出し品について説明している 134 17.7
出産・育児に必要な備え 分娩に備えた入院の物品について説明している 138 18.2
災害時・緊急時に対応できる子育て物品の準備について説明している 106 14.0
緊急時に備えた常時携帯するバッグの中身について説明している 87 11.5
母乳育児を推進している 153 20.2
避難生活で自分や児の健康・生活を守るために必要な知識を説明している 76 10.0
ライフラインが確保できない場合の育児技術を説明している 57 7.5
地域とのつながり 母親の仲間づくりを促している 46 6.1
地域活動への参加を促している 42 5.5
その他 3 0.4

妊産婦への防災教育は,全国施設の257カ所(33.9%)で実施されていた.実施されている防災教育の平均得点は2.5 ± 4.3点(0~18点)で,高い実施率を計上した4項目でも2割程度であった.具体的には,母子健康手帳,健康保険証の常時携帯を教育していた施設が186カ所(24.5%),入院中の避難経路,新生児移送具の使用の説明を実施していた施設が187カ所(24.6%),医療施設緊急連絡方法・手段の確認を教育していた施設が160カ所(21.1%),母乳育児の推進をしていた施設が153カ所(20.2%)であった.

3. 周産期医療施設における災害への備えに対する関連要因

表4には,施設の防災対策の実施と妊産婦への防災教育の実施の合計得点と,施設属性,個人属性との相関分析の結果を示した.施設の防災対策と妊産婦への防災教育の実施,および災害看護研修の受講経験には有意な関連があった.

表4  「施設の防災対策」と「妊産婦への防災教育」の実施に対する関係
平均 SD 範囲 1 2 3 4 5 6
1 施設の防災対策の実施(22項目) 9.3 4.8 0~22 1 .343*** .342*** .260*** –.176*** .215***
2 妊産婦への防災教育実施(18項目) 2.4 4.3 0~18 1 .335*** .256*** .079* .110**
3 災害看護研修受講(9項目) 2.4 2.9 0~9 1 .345*** .068 .155**
4 被災後の妊産婦の状況認識の程度(6項目) 14.3 4.4 0~24 1 .130*** .096*
5 自施設での看護管理職経験年数 9.0 9.0 0~56 1 –.180***
6 自施設の自然災害リスク認知 3.2 0.8 0~4 1

* p < .05,** p < .01,*** p < .001

表5には,施設属性と個人属性,災害看護研修の内容を独立変数とし,施設の防災対策の実施と妊産婦への防災教育の実施を従属変数とした重回帰分析の結果を示した.独立変数は,周産期医療施設における災害への備えに関連のある変数を選定し,名義尺度はダミー変数で作成した.変数間に多重共線性は見られなかった.

表5  「施設の防災対策」と「妊産婦への防災教育」の関連要因
独立変数 従属変数「施設の防災対策」 従属変数「妊産婦への防災教育」
偏回帰係数 95.0%信頼区間 有意確率 偏回帰係数 95.0%信頼区間 有意確率
B 標準誤差 下限 上限 p B 標準誤差 下限 上限 p
施設属性 設置主体 0.137 .415 –0.678 0.952 .742 –0.231 .425 –1.065 0.603 .586
医療機能 0.308 .472 –0.619 1.236 .514 0.730 .483 –0.219 1.678 .131
病床数 –0.059 .135 –0.324 0.206 .662 –0.113 .138 –0.384 0.158 .413
医療体制 0.843 .358 0.139 1.547 .019* –0.302 .367 –1.022 0.418 .411
災害拠点病院 2.578 .373 1.845 3.311 .000*** 0.954 .382 0.204 1.703 .013*
分娩取り扱い 3.409 .601 2.229 4.590 .000*** 1.086 .615 –0.122 2.293 .078
施設被災経験 –0.583 .395 –1.358 0.193 .140 0.356 .404 –0.437 1.149 .379
被災地への看護職派遣経験 1.744 .486 0.788 2.699 .000*** 0.135 .498 –0.842 1.113 .786
災害時妊産婦の受け入れ経験 1.022 .560 –0.077 2.122 .068 0.239 .573 –0.886 1.363 .677
自施設の自然災害リスク認知 0.627 .220 0.195 1.059 .004** 0.178 .225 –0.264 0.620 .429
個人属性 自施設での看護管理職経験年数 –0.050 .019 –0.088 –0.013 .009** 0.045 .020 0.006 0.084 .022*
個人被災経験 0.128 .458 –0.771 1.028 .779 –0.445 .469 –1.365 0.476 .343
災害看護研修受講 1.396 .336 0.737 2.055 .000*** 1.947 .343 1.273 2.621 .000***
被災後の妊産婦の状況認識の程度 0.169 .041 0.089 0.249 .000*** 0.169 .042 0.087 0.251 .000***
R2 .323 R2 .144
調整済みR2 .308 p < .001 調整済みR2 .124 p < .001
災害看護研修内容 災害発生のメカニズム 1.134 .593 –0.031 2.298 .056 0.206 .539 –0.852 1.264 .703
災害時の看護職の役割 0.659 .504 –0.330 1.649 .191 –0.659 .458 –1.557 0.240 .151
過去の自然災害 0.988 .544 –0.080 2.057 .070 0.670 .495 –0.301 1.641 .176
災害対策 –0.207 .529 –1.245 0.832 .696 0.588 .481 –0.355 1.532 .222
避難訓練 0.725 .469 –0.195 1.645 .123 1.466 .426 0.630 2.301 .001**
災害時の対応 1.313 .534 0.265 2.361 .014* 0.471 .485 –0.482 1.423 .332
災害ボランティア活動 –0.273 .599 –1.449 0.904 .649 0.046 .544 –1.022 1.115 .932
災害時の妊産婦への支援 –0.693 .453 –1.583 0.197 .127 0.944 .412 0.135 1.752 .022*
災害時のこころのケア 1.320 .530 0.280 2.361 .013* 0.481 .482 –0.464 1.427 .318
R2 .131 R2 .122
調整済みR2 .121 p < .001 調整済みR2 .112 p < .001

* p < .05,** p < .01,*** p < .001

その結果,施設の防災対策は,施設が災害拠点病院である(β = 2.578, p < .001),分娩取り扱いがある(β = 3.409, p < .001),被災地への看護職派遣経験がある(β = 1.744, p < .001),施設の自然災害リスク認知が高い(β = 0.627, p < .01)と有意な関連があった.また,被災後の妊産婦への認識の程度が高い(β = 0.169, p < .001),災害看護研修受講経験がある(β = 1.396, p < .001)にも有意な関連があった.さらに,回答者の所属部署における看護管理経験年数は,施設の防災対策の実施と負の有意な関連があった(β = –0.050, p < .01).

妊産婦への防災教育は,施設が災害拠点病院である(β = 0.954, p < .05),回答者に災害看護研修受講の経験があること(β = 1.947, p < .001),被災後の妊産婦への認識の程度が高い(β = 0.169, p < .001)と有意な関連があった.

災害看護研修の個々の内容を独立変数とする重回帰分析では,施設の防災対策は,災害時の対応(β = 1.313, p < .05),災害時のこころのケア(β = 1.320, p < .05)と有意な関連があった.妊産婦への防災教育は,避難訓練(β = 1.466, p < .01),災害時の妊産婦への支援(β = 0.944, p < .05)と有意な関連があった.

Ⅴ. 考察

1. 防災対策の課題と今後の方策

回答があった施設の医療機能の割合は,現在の全国周産期医療施設の医療機能の割合(中井,2020)とほぼ同程度であった.調査の結果,災害に対する「設備・準備」「文章化」の整備は,全国の病院看護部の調査(西上ら,2020)の結果と同様,概ね実施率が高かった.全分娩件数の6割以上を担っている全国の診療所・クリニックにおいても,緊急時に対応できる設備やマニュアルの整備は進んでいると考えられる.西上ら(2020)の調査では,災害・緊急時の受け入れの取り決め,災害時の受援計画など発災後の連携体制に関わる文章化は,防災マニュアルにくらべて実施率が低かった.本研究の調査結果は,西上ら(2020)の調査結果よりも低い実施率を示した.加えて,災害時に他施設との連携体制を整備していた施設は2割程度であった.以上より,全国の周産期医療施設では,災害時に他施設からの受け入れや受援が行えるマニュアルと地域連携体制の整備は十分ではないとする福島(2019)の指摘を支持する結果となった.これまでの大規模災害では,ライフラインが途絶して医療機器が長期間使用できない状況下で,分娩取り扱いの停止,手術の制限,入院期間の短縮,被災していない施設での妊産婦の緊急受け入れ,他施設からの医師・看護職の支援によって医療継続ができたと報告されている(菅原,2017).近隣医療施設同士の相互扶助は限られた医療資源の有効活用を促し,平時からの顔の見える関係が災害時に有用であると指摘されている(菅原,2017)ことから,災害拠点病院の有無や医療機能・医療体制に関わらず,地域の周産期医療施設が一丸となって連携し,災害時に対応できる体制の構築に重点をおく必要がある.

全国の病院看護部の調査(西上ら,2020)では,「訓練・教育」の外部研修の奨励をしている施設は8割以上,災害看護教育・研修の体制整備をしている施設は5割以上であった.一方,本研究の調査結果では,「訓練・教育」の全項目を実施している施設の割合は低く,特に部署に特化した防災訓練を実施している施設が4割程度,ライフライン途絶に備えた助産の実践訓練を実施している施設が1割未満であることから,周産期医療施設の特殊性に応じた災害対応能力は十分でないと考えられる.妊産婦は,ホルモンの変化,緊張,疲労,心身のストレス,妊娠,胎児に対する不安や出産後の将来に不安を抱きやすい.被災による環境変化や強いストレスが加われば,容易に正常からの逸脱が生じてしまう.特に分娩は妊娠週数に関わらず,時間や場所を問わず生じる.以上より,安全な分娩に加えて妊産婦と胎児・新生児の命と健康を守る責務があり,災害時にライフラインが途絶しても対応できる周産期医療に携わる専門職を養成すべく,「訓練・教育」体制の更なる充実を提案する.

施設の防災対策を促進する要因は,施設が災害拠点病院であること,被災地への看護職派遣経験があること,管理職が災害時の対応の経験があること,災害時のこころのケアといった災害看護研修を受講していることであった.災害拠点病院や被災地への看護職派遣の経験がある施設は,防災対策を実施できており,防災対策のモデルとして活用できる可能性がある.また,災害拠点病院での活動経験,被災地への看護職派遣経験,妊産婦の受け入れ経験など,リアルな経験を伝えることは,他施設にとっても防災対策への意識を高める効果があると考えられる.一方で,回答者の看護管理経験年数は,施設の防災対策の実施に対して,負の有意な相関を示した.これは「これまで大丈夫だったから,これからも大丈夫」という正常性バイアスが防災対策の妨げになっている可能性がある.我が国のどの地域においても自然災害は生じ,大規模災害ともなれば長期的な影響は免れない.「大災害とは縁遠い」「なんとかなる」などの思い込みを取り除き,大規模災害や複合災害の影響を受けるとの認識を持つ必要がある.

2. 周産期医療施設における妊産婦への防災教育について

調査の結果,施設の防災対策の実施率と妊産婦への防災教育の実施には有意な関連があり,施設の防災対策の強化は,妊産婦への防災教育を推進する可能性が示唆された.ただし,全国の周産期医療施設で妊産婦を対象にした防災教育の実態調査は見つけられず,比較検討ができない点に留意する必要がある.

これまで看護専門職能団体は,周産期医療施設における妊産婦への防災教育実施を推奨し,防災教育に関する情報をインターネットで容易に手に入れられるようにしてきた(日本看護協会,2013日本助産師会災害対策委員会,20112017東京都,2014).しかし,妊産婦への防災教育を実施している施設は3割程度に過ぎなかった.実施率が高い項目は,分娩入院のために行われる通常の健康教育の中に組み込まれる内容であった一方,地域で生活している妊産婦が被災した場合の対応や,被災後の健康・生活の備えに関する教育実施率は非常に低かった.このように妊産婦への防災教育の実施率が低く,実施項目に偏りがある理由として,時間的余裕がない,認知が低い,担い手となる人材不足,通常業務の多忙さ,知識や情報不足(西上・山本,2009)などが考えられる.妊産婦への防災教育を促進する要因は,被災後の妊産婦の状況認識の程度が高い,災害看護研修の受講をしていることであった.研修内容では,避難訓練と妊産婦への支援を取り扱っている内容であった.以上より,災害への備えを管轄する管理職が災害看護研修を受講するように促し,妊産婦の被災状況や中長期的に行われた妊産婦への支援の実態(岡村ら,2013東京都,2014)を理解することで,妊産婦への防災教育への認識が高まり,防災教育実施につながる可能性がある.実施されていた防災教育は,分娩入院のために行われる通常の指導や説明の中に組み込まれた内容であったことから,看護職が日常的な指導や説明に取り入れやすい方策の検討が必要である.

本研究は,災害への備えを実施している施設が回答に参加する傾向があり,1ヶ月未満の回収期間のため研究協力施設や回答者は限局的である.また,施設の防災対策と妊産婦への防災教育の関連を検証する尺度を独自に設定しているため,本研究結果を周産期医療施設における災害への備えの関連要因として一般化するには限界がある.本研究は実態調査のため決定係数R2があまり高くない結果であったため,今後さらに調査項目を検討する必要がある.

Ⅵ. 結論

周産期医療施設における災害への備えを調査した結果,設備や防災マニュアルについては概ね整備されていることがわかった.一方で,災害時に機能する周産期医療体制の構築,周産期医療の特殊性に応じた災害対策能力向上の訓練は不足しており,教育の強化・充実が求められる.特に妊産婦への防災教育は,その重要性を高く認識し直し,各施設における実施率を改善させるための方策が必須である.

謝辞:本研究の実施に際し,快くご協力いただきました医療施設の皆様,調査に回答いただきました看護管理者の皆様には深く感謝申し上げます.本研究は,JSPS科研費20K10863の助成を受けて実施された.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:YHは研究の着想,デザイン,データ収集,分析,解釈,原稿作成までの研究プロセス全体を,SOおよびRKは,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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