日本看護科学会誌
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原著
カオス解析を用いた看護学生を対象とするマインドフルネス呼吸法の評価
藤後 栄一村松 歩水野(松本) 由子
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2023 年 43 巻 p. 203-214

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Abstract

目的:本研究の目的は,看護学生を対象とし,瞑想を中心とするマインドフルネス呼吸法の効果について,カオス解析を用いて脈波の特徴を抽出することとした.

方法:看護学生20名(21~22歳)をランダムに振り分け,マインドフルネス実施群(Mi群)10名とマインドフルネス非実施群(nMi群)10名とした.10日間を実験期間とし,1日目,5日目,10日目の脈波を測定した.脈波から算出したアトラクタを視覚的に評価し,両群間の安静閉眼・暗算課題時の最大リアプノフ指数を比較した.最大リアプノフ指数は,交感神経活動の賦活によって増大する.

結果:実験10日目のアトラクタの形状は,Mi群は変化が少ないのに対し,nMi群は変化が複雑であった.Mi群の最大リアプノフ指数は1.7以下で推移し,nMi群と比較し有意に低値を示した.

結論:実験10日目のMi群のマインドフルネス実践後に交感神経系が抑制されたことが示唆された.カオス解析を用いた信号処理によりマインドフルネス呼吸法の特徴を評価できる可能性がある.

Translated Abstract

Purpose: This study aimed to use chaos analysis to extract the pulse wave characteristics on the effects of mindful breathing exercises, mainly meditation, in nursing students.

Methods: Twenty nursing students (aged, 21–22 years) were randomly assigned to either the mindful group (Mi group, n = 10) or the non-mindful group (nMi group, n = 10). The experiment was carried out for 10 days, and pulse waves were measured on days 1, 5, and 10. The attractors calculated from the pulse wave were visually evaluated, and the maximum Lyapunov exponents while resting with the eyes closed and during a mental arithmetic task were compared between the groups. The maximum Lyapunov exponent increased with sympathetic nervous system activation.

Results: The shape of the attractor on day 10 of the experiment exhibited little variation in the Mi group, whereas the nMi group had more complex changes. The maximum Lyapunov exponent of the Mi group stayed at ≤1.7, which was significantly lower than that of the nMi group.

Conclusion: This suggests that inhibition of the sympathetic nervous system occurred after mindful practice in the Mi group on day 10 of the experiment. Signal processing using chaos analysis could be used to evaluate the characteristics of mindful breathing techniques.

Ⅰ. はじめに

看護学生のメンタルヘルスとの関連要因を調査した研究では,学生全体の3割以上が精神的に不健康であり,関連要因が消極的対処行動,実習ストレス,仲間意識の希薄であったと報告されている(岩永ら,2007).さらに,看護大学生のストレス状況の研究では,医師に相談するレベルのストレスのある群が42.9%と報告しており,中にはとりわけこのような高値を示している報告もある(大島・福島,2017).厚生労働省の報告では,「性・年齢階級別にみた悩みやストレスがある者の割合」において,12歳以上の年齢階級別の割合は,青年期が男女ともに高くなっており,男性が43.6%,女性が53.1%である(厚生労働省,2020).これらの報告から,青年期の対象の半数がストレスを抱えている状況であり,看護学生のストレス状況の中には,治療を必要としている学生もいる.看護学生は,学業だけでなく,人間関係といった日常生活においても悩みやストレスを抱えている状況と言える.看護学実習ガイドラインでは,学生はストレスマネジメントと時間のマネジメントを心がけ,生活を調整し,実習科目の学修ができるようにすることを明記している(日本看護系大学協議会,2020).このことから,看護基礎教育では,看護学生の学習が円滑に行えるように教育体制を整えるだけでなく,メンタルヘルスの改善につながる心理支援が必要である.

臨床における心理支援として,Kabatが開発した「マインドフルネスに基づくストレス低減法(Mindfulness-Based Stress Reduction: MBSR)」が注目されている(Kabat-Zinn, 1990/2007).国内のマインドフルネスを用いた教育における実践では,看護学生を対象に,マインドフルネスを実践することで,講義の集中力向上に繋がる可能性があることが明らかになっている(齋藤ら,2019).これまでのマインドフルネスに関する研究は,マインドフルネス実践の主観的評価や,生体・心理状態に関する生体信号を線形的にとらえる手法が主とされてきた(Teasdale et al., 2000村上,2012).従来の解析手法の一つであるスペクトル解析は,計測された時系列データを周波数成分に分解し,その強度と位相を解析する(小野,2019).スペクトル解析の手法の一つである高速フーリエ変換(Fast Fourie Transform: FFT)は,時間的にサンプルしたデータを使用する際に誤差を生じることが報告されている(Johnsson & Krawitz, 1991高橋,1973).近年では新たに,生体・心理状態を定量的に推定する手法として,カオス解析が注目されている.FFTに限らず,従来のデジタルのデータを解析する方法では,時間のデータを扱う時に誤差を生じるのは一般的な問題とされている(高橋,1973).非線形時系列解析であるカオス解析を用いた生体信号の解析では,時間とともに複雑な変動をみせる脳波,指尖容積脈波などの時系列信号の動的変化を調べることが出来る(今西・雄山,2008).このことから,カオス解析を用いることで,看護学生を対象に精神作業負荷時のマインドフルネス呼吸法の影響について,刻々と変化する心理状態を推定できると考えられる.

先行研究において,マインドフルネス時の感情制御メカニズムについて,マインドフルネス実践と偏桃体の活動との関連性が明らかになっている(中村ら,2020).マインドフルネスの実証的知見は,心理測定尺度が主である(宮田ら,2021).これまでの研究は,心理尺度によるマインドフルネスの評価やマインドフルネス実践における作用メカニズムの研究はあるが,マインドフルネス呼吸法の実践における精神作業負荷時の時間的影響を調べた研究は少ない.先行研究では,カオス解析による時系列信号のアトラクタの構成によって,脈波の信号を視覚化することが可能となり,リアプノフ指数を用いることで生体信号の時間的影響を定量化できることが明らかになっている(今西・雄山,2008).本研究ではカオス解析を用いることで,マインドフルネスの評価において,これまでの主観的なデータ分析,脳の活動との関連性だけでなく,時間とともに複雑な変動をみせる脈波の生理学的な時間的影響の特徴を捉えることが出来ると考えられる.

これまでのカオス解析に関する研究では,認知症の患者の症状の程度と脈波の関係が明らかなっている(Oyama-Higa et al., 2006).近年のカオス解析に関する研究では,作業中の疲労状態の可視化の手法としてカオス解析の有効性が明らかになっている(桐山・酒井,2018).また,母児の心音から母子関係を定量的に評価できることが報告されている(石山ら,2018).これらの研究で未解決な点は,精神作業負荷時の心理状態の推定や精神作業負荷時における精神と身体の関連性についての生理学的評価である.本研究では,看護学生を対象に精神作業負荷時の脈波の経時的変化に及ぼすマインドフルネス呼吸法の影響を生理学的に評価し,心理状態を推定することに新規性があると考えられる.仮説として,マインドフルネス呼吸法を実践した対象は,マインドフルネス呼吸法を実践していない対象と比較することで,脈波に特徴が現れるのではないかと考えた.

そこで本研究では,マインドフルネス呼吸法の効果を調べるため,マインドフルネス呼吸法を適用した群と適用していない群を対象とし,脈波を基に算出したアトラクタとリアプノフ指数を用い,カオス解析による非線形時系列解析を行った.本研究の目的は,マインドフルネス呼吸法の効果の指標として,アトラクタや最大アノプリノフ指数を用いて,脈波の変化を捉えることである.

Ⅱ. 方法

1. 対象

先行研究では,指尖容積脈波を用いた心理状態の評価の被験者数が8名(岡島ら,2017),カオス解析を用いた母と胎児の関係性についての評価の被験者が4名(石山ら,2018)であった.そのため,先行研究を基に各群で10名分の被験者データがあれば群間の差を明らかにすることが可能であると考えた.脱落率を10%と見込み,各群11名ずつデータを収集することして,解析が可能な被験者データ数が,20名に達するまで実験を継続した.本研究では,被験者は,A大学の看護学生3年生から4年生の20名,年齢21~22歳とした.被験者は,マインドフルネス呼吸法実施群(mindfulness group以下Mi群と略す)とマインドフルネス呼吸法非実施群(nonmindfulness group以下nMi群と略す)の2群に分類し,各群での被験者数の偏り,被験者の年齢差等の影響の偏りを少なくするため,各群は同数の10名とし,ランダムに振り分けた.被験者の分類は,表計算ソフトウェアMicrosoft Excel®のRAND関数を使用して乱数を割り振り2群に分類した.被験者の除外条件は,マインドフルネス呼吸法の効果の誤差をなくすため,瞑想経験とマインドフルネス経験がある学生とした.実験は,実験初日を実験1日目として,5日目,10日目の測定日に,大学の同じ実験室で測定した.環境設定は,自律神経機能に概日周期や気温の温度差による影響を少なくするため,実施時間帯を16時から19時,室温を24度に設定した.

2. 実験構成

先行研究では,2週間中10回のマインドフルネストレーニングにおいて,認知的スキルに影響があったことが報告されている(勝倉ら,2009).本研究では,先行研究を参考に,被験者1人に対して,10日間を実験期間として実験を実施した.実験は,Mi群とnMi群の両被験者を対象として,大学の研究室にて,1日目,5日目,10日目に実験プロトコルに基づく指尖容積脈波評価実験を行った.Mi群は,実験1日目から自宅にて1日1回マインドフルネス呼吸法を実施するよう依頼した.

3. 心理検査

被験者の心理状態を把握するために,Mi群とnMi群の両被験者は,実験1日目の指尖容積脈波評価実験の前に,状態-特性不安検査(State-Trait Anxiety Inventory-Form JYZ: STAI)を実施した.

STAIは,状態不安尺度と特性不安尺度を各20問で測定する.状態不安は,不安を喚起する事象に対する一過性の状況反応であらわす.特性不安は,脅威を与える様々な状況を同じように知覚し,そのような状況に対して同じように反応する傾向をあらわす.状態不安,特性不安の合計と不安存在項目のP項目と不安不在項目のA項目に分けて男女別に得点を求め,パーセンタイル値に換算,または5段階に区分する.

本研究では,5段階に区分したものを分析対象とした.

4. 実験プロトコル

実験プロトコルは,マインドフルネス呼吸法の実践効果を比較する「検証」を基準として,検証前(Before),検証(Control),検証後(After)の3つの構成とした.

Beforeは,最初に安静閉眼1(closed eyes 1: CE1)のタスクが180秒間,次に精神作業負荷の暗算課題(arithmetic: AC)のタスクが180秒間,最後に安静閉眼2(closed eyes 2: CE2)のタスクが180秒間とし,3つのタスクを1セクションとした.この1セクションを2回繰り返し行い,同時に脈波の解析(Analysis of plethsmogram)として指尖容積脈波測定を行った(図1).

図1 

実験プロトコル

Controlは,実験結果を検証するため,Mi群がマインドフルネス呼吸法を実施し,nMi群がPC画面の十字を注視(cross-shape: CS)することとした.

Afterは,Beforeと同様にCE1,AC,CE2の3つのタスクを1セクションとし,計2セクション実施した.ACは,Pythonを用いてランダムに作成された2桁の加算課題をPCに解答を入力させるタスクとした.

5. マインドフルネス

マインドフルネスの言葉は,仏教の伝統の中で広く使われており,瞑想の実践の中心となるものと理解されている(Dreyfus, 2011).Kabatの開発したMBSRは,意識,注意力,感情などに影響あることが明らかになっている(Kabat-Zinn, 1990/2007).本研究では,Kabatの開発したMBSRを基に,独自にMicrosoftのWindows Movie Maker®を使用して,マインドフルネス呼吸法の音声ガイダンスを作成して実験を実施した.マインドフルネス呼吸法の呼吸は,腹式呼吸をして,呼吸の動きに注意を集中し,いろいろなことが思い浮かんだ場合,呼吸の感覚に注意を向けなおすことである(Kabat-Zinn, 1990/2007).本研究で用いたマインドフルネスの腹式呼吸は,副交感神経活動を最も促進させる呼気延長呼吸を用い,呼気:吸気のタイミングを2:1とした(飯尾ら,2015).本研究でのマインドフルネスの手順は,①座位にて瞑想の姿勢をとる,②楽な座位の姿勢を維持したまま,呼吸に意識を向ける(呼気と吸気の流れに意識を向ける),③呼吸に意識を向けたまま,指先,背中,腹,胸,首,頭などに順次に注意を集中してゆき,その部分の感覚を感じ取るとした.

また,実験日がある時は,就寝前の実施と合わせて1日に2回実施した.

6. 指尖容積脈波測定

先行研究では,カオス解析を用いた生体信号の評価において,指尖容積脈波はヒトの心的変特性を定量化できることが示唆されている(藤田ら,2004).指尖容積脈波の測定は,被験者の装着が非侵襲的であることから,機器装着時のストレスを減らすことにつながる.

指尖容積脈波測定は,非侵襲的に自律神経機能を評価できる株式会社TAOS研究所製の光電式指尖容積脈波計BSCS・ディテクタ®を用いた.指尖容積脈波は,サンプリング周波数200 Hzで記録し,測定データから体動によるアーチファクトを取り除くため,0.8~12.0 HzのFIR帯域通過フィルタを使用した.被験者は,左手の第2指にプローブを装着し測定した(Allen, 2007).

7. 加速度脈波加齢指数及びアトラクタと最大リアプノフ指数

測定された指尖容積脈波を株式会社TAOS研究所製のBACS-Advance®用いて,加速度脈波加齢指数(Second derivative of photoplethysmogram (SDPTG) or acceleration plethysmogram (APG) aging index: SDPTGAI or APGAI)及びアトラクタと最大リアプノフ指数(Largest Lyapunov Exponent: LLE)を算出した.

加速度脈波加齢指数(以下SDPTGAI)は,指尖容積脈波の波形変化を示す指標として,加齢に伴う血管の変化,動脈硬化の指標として用いられる(高沢ら,1999).本研究では,被験者の指尖容積脈波における血管の特性の指標としてSDPTGAIを用いた.

指尖容積脈波の時系列データから算出されたアトラクタは,心拍出に伴う血液の容積変動を示す指標として用いられる(清水・広瀬,2003).アトラクタは,脈波の末梢に伝わる収縮波が減少することで,定常的な軌道で表し,収縮波が増加することで,基線が複雑になることが示唆されている(今西・雄山,2008清水・広瀬,2003鈴木・岡田,2008).本研究で用いたアトラクタの基線は,多種多様な大きさや形状の暖色から寒色で表現した軌跡であり,図2の(c)に定常的な軌道のアトラクタの1例を示し,図2の(d)に基線が複雑なアトラクタの1例を示す.

図2 

指尖容積脈波の原波形とベクトルの基本概念及びアトラクタ

本研究では,カオス解析にはTakensの埋め込み定理を用いて,指尖容積脈波波形から時間遅れ座標にアトラクタを構成した(Takens, 1981).アトラクタの構成は,tを時間として用い,指尖容積脈波から観測された時系列データをx(t)とし,m個の状態変数を復元する際に,遅れ時間τを用いて,ある時間iにおけるベクトルX(i)を次式(1)で示すことができる(津田,1992).

  

Xi = { xi, xi+τ, xi+2τ, x i+(m-1)τ } (1)

このベクトルX,座標軸x(i),x(i + τ)にプロットして得られた軌道がアトラクタとなる.図2の(a)に指尖容積脈波の原波形の1例とベクトルX(i)の基本概念を示し,図2の(b)にX(i)のベクトルを順次プロットしたアトラクタの軌道の算出モデルの基本概念を示す.本研究では,脈波のアトラクタについて,2次元へ投影して表示されたアトラクタを評価した.リアプノフ指数を算出するスライド計算条件は,1区間のデータ時間を17.5秒,遅れ時間τを0.05秒とし,解析区間を1秒ずつスライドさせることでリアプノフ指数を算出した.リアプノフ指数の構成は,カオス力学の初期値として,半球εの微少球を描き,軌道集合体を構成したものである.カオス尺度の計算に用いる分割は等間隔な分割とし,各分割区間は一様に拡大(縮小)される.各軸における拡大率をアトラクタ内において数量化した対数λiをリアプノフ指数とし,λiを大きい順に並べたとき最大のものをLLEとした(Shimada & Nagashima, 1979長島ら,1990真尾ら,2019).LLEは,自律神経機能のバランスに影響することが明らかになっている(今西・雄山,2008清水・広瀬,2003鈴木・岡田,2008).

本研究では,指尖容積脈波のSDPTGAI及びアトラクタとLLEを用いて評価した.

8. 解析方法

本研究では,Mi群とnMi群の実験結果を基に,2つの解析を行った.解析1では,指尖容積脈波を相空間に埋め込んだアトラクタを分析対象とした.2次元に再構成されたアトラクタから,マインドフルネスの影響について,時系列の挙動を視覚的に評価した.解析2は,定量的評価として,1日目のSTAIの状態不安尺度と特性不安尺度の値,SDPTGAIの1日目と5日目と10日目の全セクションの値,LLEの2セクションの値の平均値±標準偏差を評価に用いた.さらに,精神作業負荷中におけるマインドフルネスの効果を検証するため,AC中のLLEの値に着目した.その際,LLEの変化量で比較すると,基準となる1日目の値が後々に影響する可能性が考えられるため,CE1に対するACの変化率を算出した(表1).統計解析の有意水準を5%として判定した.統計解析には,IBM製のSPSS® Statistics version 26を用いた.

表1  被験者の最大リアプノフ指数
Mi nMi p-value
Average S.D. Average S.D.
Day1 Before CE1 1.39 1.02 1.99 1.14 <.001
AC 1.96 1.44 1.41 2.8 1.36 1.41 <.001
CE2 1.39 1.04 1.79 0.98 <.001
After CE1 1.58 1.29 2.3 1.86 <.001
AC 1.79 1.18 1.13 2.65 1.3 1.15 <.001
CE2 1.57 1.08 2.27 1.09 <.001
Before-After 0.28 0.26
Day5 Before CE1 1.25 1.06 1.81 1.14 <.001
AC 1.42 0.98 1.14 2.22 1.4 1.23 <.001
CE2 1.26 1.05 1.81 1.11 <.001
After CE1 1.49 1.32 2.29 1.22 <.001
AC 1.76 1.84 1.18 2.41 1.26 1.05 <.001
CE2 1.64 2.02 2.18 1.22 <.001
Before-After –0.4 0.18
Day10 Before CE1 1.19 1.01 1.93 1.05 <.001
AC 1.62 1.19 1.36 2.41 1.22 1.25 <.001
CE2 1.44 1.2 2.17 1.29 <.001
After CE1 1.69 1.13 2.41 1.41 <.001
AC 1.72 1.34 1.02 2.62 1.21 1.09 <.001
CE2 1.83 1.12 2.34 1.25 <.001
Before-After 0.34 0.16

Day 1:1日目,Day 5:5日目,Day10:10日目,Average:平均,S.D.:標準偏差,☆:CE1のLLE平均を基準としたACのLLE平均の変化率,p-value:有意確率,Before:検証前,After:検証後,Before-After:Beforeの変化率とAfterの変化率の差,CE1(closed eyes 1):安静閉眼1,AC(arithmetic):暗算課題,CE2(closed eyes 2):安静閉眼2,Mi(mindfulness group):マインドフルネス実施群,nMi(nonmindfulness group):マインドフルネス非実施群,統計解析:t検定

STAIは,各群の状態不安と特性不安の得点を5段階の尺度で評価し,尺度を両群間でt検定を用いて比較した.SDPTGAIは,各群における全セクションの平均値を両群間でt検定を用いて比較した.両群でCE1,AC,CE2の各タスクのLLEについてt検定を用いて比較した.また,LLEは,各群の各タスクの条件間で二元配置分散分析を行い,BeforeとAfterの条件要因とCE1,AC,CE2のタスク要因の2要因におけるLLEの変化を調べた.その後,各群におけるCE1,AC,CE2の各タスク間のLLEの比較として,一元配置分散分析と多重比較にTukey法を用いて比較した.

9. 倫理的配慮

全ての被験者に対しては研究開始前に,研究の趣旨・目的,プライバシーの保護,予期される危険性,途中辞退の権利やそれに伴う不利益のないこと,結果の公表,匿名性と任意参加の保証,研究以外に使用しないこと等について十分に説明し,書面により同意を得て研究を開始した.指尖容積脈波実験は,個室を確保し,1人ずつ測定し,プライバシー保護に努めて実施した.

本研究は,筆者の所属する兵庫大学の倫理審査委員会の承認を得た.(承認番号19001)

Ⅲ. 結果

1. 心理検査

1日目のSTAIの状態不安の平均尺度の段階の結果は,Mi群が2.3 ± 0.8,nMi群が2.1 ± 0.3であった.1日目のSTAIの特性不安の平均尺度の段階の結果は,Mi群が3.5 ± 0.8,nMi群が3.2 ± 1.0であった.Mi群とnMi群のSTAI「状態不安」とSTAI「特性不安」の群間の比較では,有意な差は認められなかった.STAIの「状態不安」と「特性不安」における被験者の男女差と年齢による比較では,有意な差が認められなかった.

2. SDPTGAI及びアトラクタと最大リアプノフ指数の経時的変化

Mi群のSDPTGAIは–0.841 ± 0.258で,nMi群のSDPTGAIは–0.915 ± 0.14で,Mi群の方が有意に高値を示した(p < 0.01).

図3の(a)の上段に10日目Mi群における,Afterの2セクション目のACのアトラクタの1例を示し,下段に上段のアトラクタから算出したLLEの時間経過の1例を示す.図3の(b)に上段に10日目nMi群における,Afterの2セクション目のACのアトラクタの1例を示し,下段に上段のアトラクタから算出したLLEの時間経過の1例を示す.図3上段は,指尖容積脈波から観測されたデータをx(i)とし,遅れ時間τを用いて,座標軸x(i),x(i + τ)にプロットされた2次元のアトラクタで,横軸と縦軸が座標軸,起動が0~30秒間,30~60秒間,60~90秒間,90~120秒間,120~150秒間,150~180秒間のアトラクタを示す.

図3 

10日目の2セッション目の暗算課題時のアトラクタとリアプノフ指数の経時的変化の1例

図3の(a)のアトラクタは,0~30秒間,120~150秒間において基線の変動がみられ複雑に変化していたが,30~60秒間,60~90秒間,90~120秒間では基線の変動が,形状の変化が少ない安定したアトラクタを示した.Mi群の被験者10名の内7名が同様の基線の変動を示した.180秒間のLLEが0~4付近で変動し,正の値を示した.図3の(b)のアトラクタは,0~30秒間,30~60秒間,60~90秒間,90~120秒間において基線の変動がみられ複雑に変化していた.nMi群の被験者10名の内7名が同様の基線の変動を示した.180秒間のLLEが0~7付近で変動し,正の値を示した.

3. 群間および実験日数と最大リアプノフ指数の関係

表1に各実験日におけるMi群とnMi群のCE1,AC,CE2の各タスクのLLEの平均値と標準偏差,CE1のLLEの平均値を基準としたACのLLE平均値の変化率,BeforeのLLE平均値の変化率とAfterのLLE平均値の変化率の差,両群間のLLEを比較したt検定の結果を示す.各実験日におけるMi群のLLEが,nMi群と比較して有意に低値を示した(p < 0.01).1日目のMi群の変化率の差が0.28,nMi群の変化率の差が0.26で差が見られなかった.Mi群の5日目と10日目の変化率は,1日目と比較して変化があった.nMi群の5日目と10日目の変化率は,変化がなかった.

図4の(a)にMi群,(b)にnMi群におけるLLEの二元配置分散分析の結果を示す.図4の各要因を示す線は,細線がBeforeであり,太線がAfterを示す.

図4 

最大リアプノフ指数の推移

図4の実験1日目,5日目,10日目のLLEの二元配置分散分析の結果,Mi群とnMi群の両群ともに,CE1,AC,CE2のタスク,BeforeとAfterの条件において,各要因の検定結果で有意な差がみられた(p < 0.001).なお,交互作用が認められた(p < 0.001).

図5の(a)に1日目,(b)に5日目,(c)に10日目におけるMi群とnMi群のLLEの一元配置分散分析の結果を示す.横軸に各群のCE1とACとCE2の各タスク,縦軸にLLEの測定値の平均,グラフのエラーバーはLLEの標準偏差を示す.Mi群のLLEの値は,1.7以下付近で推移し,nMi群のLLEの値は,1.7以上で推移し,両群間の各タスクの比較において有意差がみられた(図5).

図5 

最大リアプノフ指数の比較

1日目のMi群のBeforeとAfterの各タスクの一元配置分散分析の結果では,ACがCE1とCE2と比較して有意に高値を示した(p < 0.001).1日目のnMi群のBeforeとAfterにおいて,ACがCE1とCE2と比較して有意に高値を示した(p < 0.001).nMi群のBeforeにおいて,CE1がCE2と比較して有意に高値を示した(p < 0.001)(図5).

5日目のMi群とnMi群のBeforeの各タスクの一元配置分散分析の結果では,ACがCE1とCE2と比較して有意に高値を示した(p < 0.001).Mi群のAfterにおいて,CE1がCE2と比較して有意に低値を示した(p < 0.01).nMi群のAfterにおいて,CE1がCE2と比較して有意に高値を示した(p < 0.01)(図5).

10日目のMi群Afterの各タスクの一元配置分散分析の結果では,CE1がCE2と比較して有意に低値を示した(p < 0.001).Mi群のAfterにおいて,ACがCE2と比較して有意に低値を示した(p < 0.001).nMi群のBeforeとAfterにおいて,ACがCE1とCE2と比較して有意に高値を示した(p < 0.001)(図5).

4. 自宅でのマインドフルネス実施率

就寝前5分間のマインドフルネス呼吸法の実際の実施率は,口頭試問にて,100%であった.

Ⅳ. 考察

1. 心理検査

STAIの尺度の段階は,4,5は高不安,段階3は中不安,段階1,2は低不安として判定されている(肥田ら,2000).Mi群とnMi群の状態不安の尺度の段階が2の低不安で,有意な差がなかった.状態不安尺度は,一過性の状況反応であることから(肥田ら,2000),Mi群とnMi群の被験者は共に実験時の不安は低く,被験者の不安に差が少なかったことが考えられる.Mi群とnMi群の特性不安の尺度の段階が3の中不安で,有意な差がなかった.特性不安尺度は,ふだん一般にどのように感じているかを査定することから(Bergen-Cico et al., 2013),Mi群とnMi群の被験者は共に日常の中で不安を感じているが,比較的同程度の不安であったことが考えられる.状態不安の結果から両群の被験者は共に実験前の場面における不安は低いが,特性不安の結果から両群共に普段から同程度不安を知覚している.このことから,心理状態によるベースラインの偏りは無かったと考えられる.

2. SDPTGAI及びアトラクタと最大リアプノフ指数の経時的変化

10日目のマインドフルネス呼吸法実践後のAfterのACにおいて,Mi群の被験者10名の中で7名のアトラクタは,形状の変化が少ない安定したアトラクタであった.一方,nMi群の被験者10名の中で7名のアトラクタは,基線変動がみられ,複雑な変化があった.アトラクタが多種多様な大きさや形状の軌道で構成されていることで,リアプノフ指数が大きい値を示す(今西・雄山,2008).また,リアプノフ指数は,脈波波形の硬性波と収縮波にて,複雑に表す可能性が示唆されている(清水・広瀬,2003).Mi群のアトラクタが,nMi群のアトラクタと比較して,定常的な軌道で表していることから,Mi群の課題遂行時に,脈波の末梢に伝わる収縮波が少なかったことが考えられる.Mi群の1日目,5日目,10日目における全セクションのSDPTGAIの平均値は,nMi群と比較して,高値を示した.先行研究では,動脈硬化に特徴な硬性波を示すことで,SDPTGAIが高値を示すことが明らかになっている(清水・広瀬,2003高沢ら,1999).リアプノフ指数は,心理的負荷が低い状態,交感神経活動の抑制によって,低下することが明らかになっている(今西・雄山,2008清水・広瀬,2003鈴木・岡田,2008).つまり,Mi群はnMi群と比較して硬性波の緊張を示す動脈内の圧の条件において,マインドフルネス呼吸法実施後の課題遂行時に交感神経が抑制されたことが示唆された.ただし,Mi群においても3名のアトラクタが複雑な形状を示したので,さらなる検証が必要である.

3. 群間および実験日数と最大リアプノフ指数の関係

Mi群のLLEの値は,1.7以下付近で推移し,nMi群のLLEの値は,1.7以上で推移し,両群間の各タスクの比較において有意差がみられた.人は健康でリラックスした状態では,指尖容積脈波のカオスの情報受容能力が最も高く,集中すると低下する(田原,1995).また,カオスを特徴づける性質として,リアプノフ指数の量であること,LLEが大きければ軌道が不安定であることを報告している(長島ら,1990水田ら,2009).このことから,課題遂行時の緊張やストレスの程度が,個人のリラックスの状態に影響し,群間のLLEの特徴として反映したと考えられる.Mi群の各タスクのLLEの平均値が,nMi群のLLEの平均値を比較して,有意に低値を示した.リアプノフ指数は,外界の刺激での驚き,交感神経活動の賦活によって,大きくなることが明らかになっている(今西・雄山,2008清水・広瀬,2003鈴木・岡田,2008).このことから,Mi群は,nMi群と比較して,実験期間の10日間交感神経が抑制した状態で実験を実施したと考えられる.

1日目実験開始時からMi群とnMi群の群間で有意差が見られた.しかし,一群配置分散分析と二群配置分散分析のCE1,AC,CE2の推移を見ると,同等の推移をしていることから,両群のリアプノフ指数の推移率は同等程度であったと考えられた.1日目の2群のLLE平均値に違いがみられるが,2群の変化率でみると変化がみられなかったため,推移率を10日間引きずっていないことが考えられる.一般的に安静閉眼時は,開眼時と比較すると自律神経機能に影響することから,nMi群において安静閉眼と暗算課題時に交互作用があらわれたと考えられる.1日目,5日目の推移率は同等であったが,10日目では,Mi群のACは上昇せず,CE1とACに同程度のLLEの反応を示した.これは,10日目でマインドフルネスの効果が表れ,マインドフルネスの実施によって,課題遂行時に交感神経活動が抑制する影響があったのではないかと考えられる.

1日目のMi群とnMi群のLLEでは,両群共に条件間の要因に相殺効果がみられた.指尖容積脈波は,心臓の収縮により左室から血液が大動脈に拍出することで,大動脈圧が変動し圧脈波となって末梢動脈に伝わり,圧脈波により生ずる容積変動をとらえたものである(大久保ら,2004).先行研究では,課題と心拍との相関を評価し,課題への集中が心拍増加の要因であることを明らかになっている(Klinger et al., 1973).このことから,Mi群とnMi群共に初めての実験にともなう課題への集中から心拍数が増加することで,BeforeのACのLLEを上昇させたと考えられる.

5日目のMi群とnMi群のLLEにおいて,両群共に条件間の要因に相乗効果がみられ,Afterの要因がBeforeの要因と比較して,LLEが高くなった.この両群共に相乗効果がみられた結果から,両群共に不安が増加していると考えられる.ただし,Mi群では,AfterとBeforeの条件間において,LLEの変動が少なかった.先行研究では,課題遂行時に高不安の被験者は低不安の被験者と比較して,心拍数の増加が有意に増加する(Harleston et al., 1965).このことから,Mi群は,軽度な不安状態で実験に取り組め,実験中も不安の変動が軽度であったと考えられる.一方,nMi群は実験開始時の課題遂行時に不安の変動がみられたと考えられる.

本研究の仮説では,マインドフルネス呼吸法を実践した対象は,マインドフルネス呼吸法を実践していない対象と比較することで,脈波に特徴が現れるのではないかと考えた.10日目のMi群のAfterのLLEにおいて,タスク間の変動が少なく,CE2がCE1とACと比較して,有意に高値を示した.最大リアプノブ指数の傾きの減少はゆらぎの単純化,つまりゆらぎが小さくなり,皮膚血管の血流量が多くなることを示している(藤田ら,2005).また,ストレス要因に反応して血管抵抗が増加するのは,αアドレナリン作動性の交感神経活動を反映している(Miller & Ditto, 1991).マインドフルネス呼吸法実践後は,安静閉眼時と課題遂行時のLLEの変動が少ないことから,皮膚血管の血流量の変化が少なかったと考えられる.

つまり,本実験の条件下では,仮説通り課題遂行時において,マインドフルネス呼吸法を実践することで脈波に特徴が現れることが示唆された.

Ⅴ. 結論

本研究では,10日目のMi群のBeforeとAfterの条件内でLLEの変動が少ないだけではなく,Mi群とnMi群の各群のCE1,AC,CE2の各タスク間の比較において有意差がみられたことから,Mi群の交感神経が抑制した状態で実験に取り組めたと考えられる.このことから,マインドフルネス呼吸法実践後は,精神作業負荷時において,指尖容積脈の特徴として交感神経系が抑制することが示唆された.看護学生を対象とする10日間のマインドフルネス呼吸法実践の効果について,指尖容積脈波を基に算出したアトラクタとLLEの変化の特徴を抽出することが出来たと考えられる.

付記:本研究の内容の一部は,日本地域共生ヘルスケア学会第2回学術集会(2022年度)において発表した.

謝辞:本研究はJSPS科研費21K10566及び兵庫大学・兵庫大学短期大学特定課題研究助成の助成を受けた.

利益相反:本研究における,開示すべき利益相反関連事項はない.

著者資格:ETは研究の着想およびデザイン,データ収集,分析,解釈,論文執筆;YMとAMは解釈および研究プロセス全体への助言.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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