2023 年 43 巻 p. 450-457
目的:病院において新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)流行期第1波から第3波に,COVID-19患者を受け入れた部署の看護師長が直面した困難を明らかにすることである.
方法:九州地方にある病院でCOVID-19患者を受け入れた部署に所属する看護師長7名に半構成的面接を実施し,得られたデータを質的帰納的に分析した.
結果:看護師長が直面した困難として,【情報不足の中で臨機応変の対応を求められる】【過酷な状況で部下の心身の負担が増す】【疲弊する部下への支援が不十分である】【他患者の治療にリスクが及ぶ】の4カテゴリーに集約された.
結論:今後の新興感染症流行時の医療提供体制のあり方と看護管理者への支援に関する示唆を得た.
Purpose: This study aimed to clarify the difficulties experienced by nurse managers of hospital wards with Coronavirus disease 2019 (COVID-19) patients from the first wave to third wave of the pandemic.
Methods: This qualitative inductive study was conducted with seven nurse managers of wards with COVID-19 patients in the Kyushu region. Data were obtained through individual semi-structured interviews and then subjected to inductive analysis.
Results: Difficulties experienced by nurse managers were categorized into the following four categories: 1) the need for flexibility in dealing with a lack of information; 2) increase of the burden on subordinates in a severe situation; 3) inadequate support for subordinates who become fatigued; and 4) risks to treatment of patients with conditions other than COVID-19.
Conclusion: The results of the present study could help to facilitate the development of medical care provision systems and support for nurse managers in similar situations of emerging infectious diseases in the future.
新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)は,2019年12月に中国武漢市で原因不明の肺炎として発生が報告され,その後,急速に全世界に拡大した.日本でも2020年1月に国内初の感染者が確認され,以後,人々の生命・健康や社会生活に大きな影響を及ぼし続けている(鎌田,2021).特に,看護職員への影響を明らかにする目的で,日本看護協会(2020a)は,2020年9月に「看護職員の新型コロナウイルス感染症対応に関する実態調査」を行った.これによると,いわゆる第1波時には,感染症指定病院等を中心に看護の労働力が逼迫しつつある状況にあったと考えられ,看護職員を取り巻く状況として,超過勤務時間の増加という労働環境の変化や看護職員自身や家族に向けられた差別・偏見があったことが報告されている(日本看護協会,2020a).
病院の看護管理者に目を向けると,その機能として「看護職のもつ能力が有効に発揮され,直接の業務が円滑に遂行され,24時間最良の看護が提供されるよう,組織の系統,権限及び責任を明らかにし,人事・設備・備品・労働環境を整えること」(日本看護協会,2007)を遂行することが求められる.さらに,看護管理者がコンピテンシーを発揮することで,医療安全などの質の高いケアの基準が定まり,スタッフを介した良質なケアの提供(Axley, 2008)が行われ,患者のQOLの向上や医療事故等の患者アウトカムの改善につながる(Sherman et al., 2007)ことが報告されている.看護管理者の中でも第一線の管理者である看護師長を対象とした研究(Moore et al., 2016)では,組織の効果的な運営に不可欠であり,看護師長の行動は,看護師の定着や看護の質,収益性に影響を与えることが検証されている.つまり,看護師長は,部署の看護師に対して影響力をもち,看護師が提供する看護の質を左右する存在であるといっても過言ではない.
病院において,COVID-19患者を受け入れた部署の看護師長の実践内容として複数の報告がある.まず,国内の調査では,看護師長は,COVID-19病棟を整備した後に,病院スタッフの力を結集しながらジレンマを調整し看護の質を保つよう指揮を執り,同時に,スタッフのメンタルを守ることや面会禁止の中で患者の家族に寄り添うこと,感染管理部門との連携を行っていた(矢口ら,2021).また,国外では,トルコの病院の看護師長を含む看護管理者が直面した困難として,十分な危機管理ができなかったこと,業務負担が過度であったこと,管理者として意思決定する際に道徳的な負担があったこと(Ozmen & Yurumezoglu, 2022)が報告されている.看護師長は,このようにCOVID-19患者の受け入れ体制を構築し,看護提供体制を整えるプロセスの中で,多くの困難に直面してきたと推察される.COVID-19患者を受け入れた医療機関の看護管理者の中でもトップマネジャーである看護部長が直面した困難に関する報告(鈴木,2020;Monroe et al., 2022)はみられるが,部署の第一線の管理者で提供する看護の質の鍵を握るとされる看護師長が直面した困難について,特にわが国においてその詳細を明らかにした研究はわずかである.
本研究では,看護師長に着目し,特に現場での混乱が大きかったCOVID-19感染流行期第1波から第3波の際に,わが国の病院の看護師長が直面した困難について明らかにする必要があると考えた.看護師長が直面した困難を明らかにすることは,今後の新興感染症流行時の医療提供体制のあり方と看護管理者への支援に関する示唆を与えると考える.
病院において新型コロナウイルス感染症流行期第1波から第3波に,COVID-19患者を受け入れた部署の看護師長が直面した困難を明らかにすることである.
本研究は,これまで明らかにされてこなかった,わが国でCOVID-19患者を受け入れた部署の看護師長が直面した困難は何であったのかを詳細に記述するため,質的帰納的研究デザインを選択した.
2. 用語の定義困難:看護管理を実践するうえでの困り事であり,苦しみや悩みを指す.
3. リクルート方法と研究対象九州地方には,2021年1月時点で,第二種感染症指定医療機関が92施設,新型コロナウイルス重点医療機関が160施設あった.機縁法にて研究協力を依頼し,5病院より協力が得られた.研究対象者の選定基準を「COVID-19患者を自部署で受け入れた看護師長」とし,実際にCOVID-19患者を受け入れた部署の看護師長7名に研究協力を依頼し,全員から同意を得た.
4. データ収集方法研究者と研究対象者の1対1の対面での半構成的面接を,1人の研究対象者につき1回実施した.COVID-19の感染防止のために,研究者はマスクを着用し,インタビュー開始前に手洗いと手指消毒を実施した.さらに,研究対象者と2 mの距離を確保したうえでインタビューを実施した.調査時は,インタビューガイドにもとづき「2020年3月から2021年1月の間に,COVID-19の患者を自部署で受け入れることで困ったことについて語ってください」と対象者に依頼し,自由に語っていただいた.
面接時間は約1時間とし研究対象者の許可を得て面接内容をICレコーダーに録音した.
5. データ収集期間2021年1月~2021年3月であった.
6. 分析方法本研究では,萱間(2007)が示す方法を参考に分析した.萱間(2007)は,現象を記述するための分析方法として,①データのスライスを作る,②分析の目的に該当するデータの抽出,③他のデータの比較によるカテゴリーの明確化を示している.これをふまえて,まず,看護師長が直面した困難に関する部分を抽出し要約してコード化した.次に,各コードを比較検討し,類似した意味を持つものをまとめて抽象化したサブカテゴリー名をつけた.各サブカテゴリーを比較検討し,共通性を持つものをまとめて,さらに抽象化しカテゴリー化した.データとの整合性を確保するために,カテゴリー化する過程において,各サブカテゴリーに分類したコードは適切であったかと,各カテゴリーに分類したサブカテゴリーは適切であったかを繰り返し確認した.妥当性の確保のために,分析過程において,質的研究に精通した研究者によるピアスーパービジョンを受けた.また,全ての研究対象者に個別に,逐語録と分析結果について,確認を依頼した.
7. 倫理的配慮本研究は,日本赤十字九州国際看護大学研究倫理審査委員会の承認を受けて実施した(承認番号:20-014).研究対象者に,研究参加の任意性と拒否・同意撤回の自由,研究参加による利益,不利益の軽減,個人情報とプライバシーの保護,研究目的に限ったデータの使用,データの保管と破棄,研究結果の公表について文書を用いて口頭で説明し,署名により研究参加の同意を得た.研究対象者のリクルートに際し,研究対象者が本研究に協力したか否かは,研究者から看護部長には伝えないことを約束し,その旨を,看護部長宛ての研究協力依頼書と看護師長宛ての研究協力依頼書に明記した.なお,インタビューの際に,研究対象者に対して,語りたくないことは語らなくてよいこと,インタビューはいつでも中断できることを説明した.
対象者の平均年齢は47.4 ± 4.4歳,看護師長としての経験年数の平均は4.1 ± 3.4年であった.性別は,女性4名,男性3名であった.属性を表1に示した.
対象者の属性
研究対象者 | 年齢(歳代) | 看護師長としての経験年数(年) | 所属施設の病床規模 |
---|---|---|---|
A | 40 | 1 | 400~499 |
B | 50 | 10 | 300~399 |
C | 40 | 2 | 900~ |
D | 50 | 5 | 100~199 |
E | 40 | 1 | 200~299 |
F | 50 | 9 | 900~ |
G | 40 | 0.9 | 200~299 |
対象者の所属施設はいずれも九州地方にあり,病床数は約160~1,000床であり,5施設のうち1施設が感染症指定医療機関であった.
面接時間の平均は,65.6 ± 14.5分であった.
2. 看護師長が直面した困難逐語録より抽出された困難に関するコード数は合計92で,11のサブカテゴリーと4のカテゴリーに集約された(表2).カテゴリーは【 】,サブカテゴリーは〔 〕,研究対象者の語りは「 」として示す.
新型コロナウイルス感染症患者を受け入れた部署の看護師長が直面した困難
カテゴリ | サブカテゴリ | 代表的なコード | コード数 |
---|---|---|---|
情報不足の中で臨機応変の対応を求められる | 不十分な情報の中で判断と対応を求められる | 混乱の中タイムリーに情報を得られないまま対応しなければならない(F) | 13 |
情報が不十分な中で部下の疑問や不安に対応しなければならない(E) | |||
頻繁に変わる方針に合わせた対応を求められる | 患者数の増減に合わせて頻繁に体制を変えなければならない(E) | 5 | |
患者の重症度に応じて体制を変えなければならない(A) | |||
過酷な状況で部下の心身の負担が増す | 部下がCOVID-19に感染するリスクを負う | 部下がCOVID-19に感染リスクをゼロにできない(F) | 12 |
部下がCOVID-19に感染するリスクに不安を抱きつつ業務につく(C) | |||
増員ができず部下に業務の負担が集中する | COVID-19患者を担当できる部下に負担が集中する(H) | 8 | |
他患者への交差回避で二倍となる業務量に見合う増員ができない(B) | |||
部下が周囲から差別され偏見をもたれる | 他部署の医療従事者から差別的発言をされる(A) | 10 | |
部下の子どもが保育園から預かりを拒否される(F) | |||
他の医療従事者から協力を得られない | 検査業務を看護師以外の職種に引き受けてもらえない(D) | 10 | |
レッドソーンの清掃業務を看護師に任される(E) | |||
疲弊する部下への支援が不十分である | 部下の心身の負担へのケアを十分にできない | 表面化されない部下のストレスを表出できる機会がない(D) | 10 |
部下の心のケアを十分にできない(G) | |||
手当て等の報酬を整えられない | 賞与の支給を実現できない(D) | 7 | |
危険手当の支給を複数回実現できない(B) | |||
部下の看護師としての成長を促進できない | 部下に看護師として幅広い経験を積む機会を与えられない(A) | 7 | |
部下の看護記録や患者対応の場面を確認し助言する時間がない(E) | |||
他患者の治療にリスクが及ぶ | 他患者への感染リスクをゼロにできない | 隣接している他の患者への感染リスクをゼロにできない(A) | 5 |
COVID-19の認知症患者が病室外に出てしまうことを回避できない(D) | |||
救急患者の受け入れを断らざるをえない | 病床逼迫のため受け入れ要請された救急患者を断らざるをえない(F) | 5 |
コード末尾のアルファベットは研究対象者を識別する記号である
看護師長は,COVID-19の感染拡大第1波の時,COVID-19の重篤性や感染力,さらには感染防御の方法が不明確な状況で,管理者として患者の受け入れを決断し受け入れ体制を構築することや臨機応援に対応することに困難を感じていた.〔不十分な情報の中で判断と対応を求められる〕と〔頻繁に変わる方針に合わせた対応を求められる〕の2つのサブカテゴリーから構成された.
(1) 〔不十分な情報の中で判断と対応を求められる〕看護師長は,COVID-19患者の受け入れで現場が混乱する中,看護師長自身も確かな情報を得られない状況で判断し,対応することに困難を感じていた.
「COVID(-19の患者の受け入れ)に関して何か一番しんどかったのどこですかっていったら,私の中では最初ですかね.本部も立ち上げたばっかりで,会議はえらいありようけど,具体的な話は何も進まないみたいな.みんな,それが分からんのは分かってるんやけど,どうしたらいいですか?みたいな.誰も答えを出してくれないみたいな.でも,差し迫って,来週とか言いながら,(COVID-19患者が)来るってよ,みたいな.~中略~見えないもの,どうなるかも分からないものを整備していくっていうのは,私の中ではきつかったですね」(F氏)
「第1波のときが一番大変だったと思います.よく分からないし,あっという間に患者さんがばあっと増えてった時期が本当に第1波だったので.みんなが,病院自体も全部署が手探りな状況ではあったので」(G氏)
(2) 〔頻繁に変わる方針に合わせた対応を求められる〕看護師長は,第1波の流行以降,COVID-19患者数の増減や重症化の変化に応じて,患者受け入れ体制を変更せざるを得ないことに困難を感じていた.
「いや,なんかつらかったですね.本当に,昨日,言ってる(いた)ことが変わるんですよ.対応の方法だったり.(一旦決めた後)今度,(患者が)増え始めるんで,これは一旦中止になったとか~中略~その辺のなんかルールを,とにかく日々変わるので,みんな(部下)にどう伝えるかっていうのが苦労したっていうのが印象がありますね」(E氏)
2) 【過酷な状況で部下の心身の負担が増す】看護師長は,COVID-19患者を受け入れて看護提供体制を整備する中で,部下にCOVID-19に感染するリスクを負わせ,心身にさまざまな負担をかけていることを認識するが軽減できずに困難を感じていた.〔部下がCOVID-19に感染するリスクを負う〕〔増員ができず部下に業務の負担が集中する〕〔部下が周囲から差別され偏見をもたれる〕〔他の医療従事者から協力を得られない〕の4つのサブカテゴリーから構成された.
(1) 〔部下がCOVID-19に感染するリスクを負う〕看護師長にとって,COVID-19患者の看護を部下に命ずることは,部下にCOVID-19に感染するリスクを負わせることになる.特に第1波の流行の時は,感染防御策が確立していなかったため,部下を感染から確実に守り,部下が安心して看護ができる体制整備ができずに困難を感じていた.
「ここ(第1波の頃),すごいきつかったですね.このプロジェクト(COVID-19患者を受け入れて看護を提供する体制)を組んで,彼女(部下)たちに(COVID-19患者の看護を)してもらう.どういう言葉をかけて,どういうところをきちんとフォローしてあげれば安心して彼女(部下)たちができるのかとか,そこら辺は私もかなり悩んで,涙したことも確かにあって.~中略~(部下は)救急の使命として行かないかんのは分かる,でも,(看護師を)辞めるぐらい怖い,嫌だ,(COVID-19の)患者さんと接するのも怖い,みたいな子たちも半分ぐらい多分いたと思います」(F氏)
(2) 〔増員ができず部下に業務の負担が集中する〕看護師長は,COVID-19患者を受け入れることで増加した業務量に見合う看護師の増員ができず,部下の負担を軽減できずに困難を感じていた.
「(人員不足が)一番の困ってるところですね.(患者が)発熱って来ると個室に入れて,(看護師)1人は,バイタルとったり点滴ルートとったり処置とかなんかをずっとする役割の人が入っちゃうので.外回り(看護師)が,採血を取ったものを検査室まで持って行ったり,エコー,レントゲンとかそういうの手配をしたり.今までは,そういうの全部一人でやれることはやってたんですけど,なかなか2人いないとできないと.~中略~なかなか人手が(足りない),今までできたことができてない」(B氏)
(3) 〔部下が周囲から差別され偏見をもたれる〕看護師長は,自部署でCOVID-19患者を受け入れることで,部下が院内外の関係者から差別的な発言を受けたり,日常生活に制約を受けたりすることを認識するものの,なすすべがなく困難を感じていた.
「(看護補助者は)更衣室ですごいうわさ話(される)というか,それもすごい嫌って言ってましたね.“あそこの病棟でコロナみようらしいよ”とか.そういうひそひそ話っていうか,そういうのがすごい気になると」(C氏)
「ママ(子育て中の看護師)たちが風評被害じゃないけど,まず,○○病院で働いてるっていうだけで,“絶対,○○病院には(COVID-19患者が)来てるでしょう”とか(周囲から言われる).しかも救急に所属なので,いろいろ言われよったみたいですよ.“お子さんを預けられたら困る”とか,実際,言われたスタッフもいる.~中略~私もあの頃,今,思い出したらナーバスでしたね.いろんなこと考えれば考えるほど涙が出てきたり(していた)」(F氏)
(4) 〔他の医療従事者から協力を得られない〕看護師長は,感染防止を理由にこれまで他職種が担っていた業務を看護師に負わされることで看護師の負担が増えることを問題と捉えていたが,解決できずに困難を感じていた.
「(他職種が)手を引いてるところに対して,私たちのモチベーションがなかなか継続が難しくなりつつあるので.~中略~(具体的には)検査室ですね~中略~看護師がその方(COVID-19患者)のケアに時間が取られて,(心電図の)12誘導までなかなかとる暇がない.ポータブルだからとりに来てって思うけど,ちょっとノータッチというか.そういったときに来てくれればいいのにねとか,PCR検査だったり採血だったりしたときにも,検体を取りにきてもらうだけでも助かるんですけれど.そのときに,どうにかなんないのかなってやっぱり思ったり.今それがずっと,ここ数カ月,交渉中なんですけどなかなか(うまく)いかない」(D氏)
3) 【疲弊する部下への支援が不十分である】看護師長は,COVID-19患者の看護に奮闘し心身の負担を感じている部下の心身のケアをすることや部下に対して金銭面で報いることが十分にできずに困難を感じていた.〔部下の心身の負担へのケアを十分にできない〕〔手当て等の報酬を整えられない〕〔部下の看護師としての成長を促進できない〕の3つのサブカテゴリーから構成された.
(1) 〔部下の心身の負担へのケアを十分にできない〕看護師長は,COVID-19患者を看護することで心身の負担を抱えている部下をケアする機会をもちたいと考えていたが,できずに困難を感じていた.
「使命感というか看護師の性なのか,そういう場面が多い中,(部下が)本当につらいって言えないで頑張ってくれてるんじゃないかなと思うと,どこでその気持ちを吐かせてあげたらいいんだろうとか思うんですね」(D氏)
(2) 〔手当て等の報酬を整えられない〕看護師長は,COVID-19患者の看護に奮闘している部下に,手当て等の形で報いたいと考えていたが,十分な形でできずに困難を感じていた.
「スタッフには,金銭面もやっぱり多少なりあったほうがいいのかなと.今の人たちは,そこら辺は結構シビアだなと常々思うので.やっぱり本当,コロナが落ち着くまでは,厚い手当を付けるからっていうような形を取ってもらえると,“救急でやります”っていうふうにはなるとは思うんですよね」(B氏)
(3) 〔部下の看護師としての成長を促進できない〕看護師長は,特に若手の看護師が,COVID-19患者専用病棟で勤務することで経験できる看護が限定されることを危惧しており,部下に看護師として幅広い経験を積む機会を提供できずに困難を感じていた.
「若い子(部下)たちのキャリアという意味では,(COVID-19患者専用病棟で勤務することで)1年棒に振ったような感じだと思うんですよね.20代の時って1年ってとても差が大きい.20代の2年目,3年目,4年目って,2年目と4年目でものすごい開きがある感じがあるし,~中略~(部下がCOVID-19患者の看護を)いい経験にしてくれればいいんですけど,比較的,後ろ向きなスタッフが多いので,(部下が自身の成長が)停滞してしまったっていう結果に思ってしまわないようにしたいなっていうところはありますけど,なかなかどうしたらいいのか,私もまだそこら辺は……」(A氏)
4) 【他患者の治療にリスクが及ぶ】看護師長は,自施設でCOVID-19患者を受け入れることで,自施設を利用しているCOVID-19以外の患者に感染のリスクを及ぼすことや,自施設の利用を希望する患者の受け入れを制限せざるを得ないことに直面し,その影響を最小限にしたいと考えていたができずに困難を感じていた.〔他患者への感染リスクをゼロにできない〕と〔救急患者の受け入れを断らざるをえない〕の2つのサブカテゴリーから構成された.
(1) 〔他患者への感染リスクをゼロにできない〕看護師長は,COVID-19患者専用病棟と隣接している病棟に入院しているCOVID-19以外の患者に感染が及ぶことを避けるためにゾーニングしていたが,完全に防ぐことができずに困難を感じていた.
「(COVID-19患者は専用病棟から)出てこないようにしてます.基本的には部屋の中に入れて,エレベーターが3台あるんですけど,1つを一番向こうのところを(隣接する)NICUのお母さんたちが通るほぼ専用にして,1つをコロナの患者さんの搬入口みたいな形でやってるんですけど.ただ構造上,医療者はどれも使わないとちょっと難しいですので.混じっちゃうことはもちろんある.むちゃくちゃリスクがある」(A氏)
(2) 〔救急患者の受け入れを断らざるをえない〕看護師長は,COVID-19患者を自施設で受け入れることで,本来受け入れるべき救急の患者を断ることとなり,病院の役割を果たせずに困難を感じていた.
「さっき○○病院の役割というのに触れたんですけど.COVID(-19患者)を受けることによって,その分救急で受ける患者のベッドが足りなくなったときに,お断りをする件数も増えてきていると思うんです.もともと(私が)救外にいたときは,やっぱりこの地域の患者さんはうちが守るというか,そういう役割があるというのをたたきこまれたので.そこはちょっと悩みどこです」(F氏)
本研究で明らかとなった看護師長が直面した困難について先行研究と比較する.小池ら(2022)は,COVID-19対策に取り組む看護管理者・感染管理認定看護師が捉えた困難について,第3波の時期に着目し量的調査によって明らかにした.これによると,約5割の看護管理者が,看護職員に正しい情報を周知することが困難であったと感じていた(小池ら,2022).本研究でも,看護師長が直面した困難として,【情報不足の中で臨機応変の対応を求められる】が抽出されており,先行研究(小池ら,2022)と情報の取り扱いに関して共通点がみられた.COVID-19という未知の感染症の流行で,情報が不足し,錯そうする中で,最新の正しい情報にもとづき,看護管理者が判断し対応することや部下に周知することが困難であったと考えられる.
加えて,同研究(小池ら,2022)では,5割弱の看護管理者が,濃厚接触者等に該当し出勤停止となった看護職員の代替え要員を確保できないことや手当てを支給できないことから,人員不足時の体制づくりに対して困難と捉えていた.本研究でも,看護師長が直面した困難のサブカテゴリーとして,〔増員ができず部下に業務の負担が集中する〕と〔手当て等の報酬を整えられない〕を抽出しており,業務量の増加や手当ての支給の困難さが共通していた.特に,COVID-19患者の中でも人工呼吸器や体外式膜型人工肺(extracorporeal membrane oxygenation,以下,ECMO)を装着した重症患者の看護には,高い専門性をもった看護師の配置が必要であり,先行研究(鈴木,2020)でも「人工呼吸器管理のニーズの高まりから,救命病棟の看護師の協力という形で対応病棟を拡充した」と報告されていた.多くの病院において,人工呼吸器やECMOの管理ができる看護師の数には限りがあり,短期間で増員することは困難であると考える.そのため,おのずと重症のCOVID-19患者を担当する看護師が限定されてしまい,彼らに負担が偏っていたと考えられる.これ以外にも,本研究では,感染拡大防止の観点から「他患者への交差回避で二倍となる業務量」などのように業務量が増大したことが明らかとなっていた.
このように,COVID-19患者の看護の特徴として,重症な場合は高度な呼吸器管理を要すること,さらに他患者や医療者への感染防止のために厳重な感染管理が求められることが挙げられ,このことで看護業務の質と量が増大していた.それにもかかわらず,看護職員の増員ができずに相対的な人員不足を招き,これによって,【過酷な状況で部下の心身の負担が増す】こととなり,看護師長は困難と捉えていたと考えられる.
また,看護師長は,管理者として患者に最善の看護を提供する役割と部下に対して安全な労働環境を整備する役割をもち,平時であればこの2つの役割は両立可能である.しかし,看護師長がCOVID-19患者を受け入れて最善の看護を提供しようとすると,本研究で抽出されたカテゴリーである【過酷な状況で部下の心身の負担が増す】こととなり,かつ【疲弊する部下への支援が不十分である】ことから,看護師長の中で葛藤が生じたと考える.つまり,看護師長は,COVID-19患者を受け入れて最善の看護を提供することを目指すと,部下を感染から守り負担を軽減することが難しくなるという葛藤や【他患者の治療にリスクが及ぶ】という葛藤を抱えることとなり,これらは管理者としての倫理的なジレンマといえる.先行研究(鈴木,2020)においても,COVID-19患者を受け入れることで,一般の診療を極端に閉じることや救急車を断るといった事象が起こり,さらには看護師が大切にしていた看護を実施できずに看護管理者が倫理的ジレンマを抱えていた,という報告があり,本研究との共通性がみられた.この倫理的ジレンマを解決できないことが,看護師長の直面した困難と考えることができる.
さらに,国外の文献に目を向けると,トルコの病院の看護管理者が認識した,COVID-19パンデミックにおける困難(Ozmen & Yurumezoglu, 2022)が報告されている.この研究では,看護管理者が経験した困難として「看護師に対する心理社会的支援の不十分さ」が挙げられていた.具体的には,看護管理者は,部下の労働環境の安全性を高めるために心理的な支援を提供して部下の心身の健康を守ろうとしていたが,不十分であったと認識していた,と報告されている.これは,本研究の【疲弊する部下への支援が不十分である】の〔部下の心身の負担へのケアを十分にできない〕と共通していたと考えた.このように,トルコと日本において,COVID-19患者を受け入れた病院の看護管理者が直面した困難には共通性がみられた.
2. 新興感染症患者を受け入れる病院の看護師長に対する支援への示唆看護師長を支援する方策として以下を挙げる.まず,本研究で抽出した【情報不足の中で臨機応変の対応を求められる】に対しては,新興感染症患者を受け入れる施設に感染症専門医や感染管理に関する専門看護師や認定看護師を派遣することや,行政をはじめ各学会や職能団体が最新の情報を発信していくことが必要であると考える.実際,今回のCOVID-19に関しては,日本看護協会から看護管理者向けに情報発信があった(日本看護協会,2020b).これらの支援によって,看護師長が最新の情報や知見を得て,適切な対応をとることが可能となると考える.
また,【疲弊する部下への支援が不十分である】については,看護師長の権限と責任では実現が難しい内容もあり,看護師長が部下にとって必要と認識した支援を,看護部を中心に組織的に速やかに提供することが求められる.これによって,看護師長は,部下の心身に対する支援を充実させることが可能となり,患者に提供する看護の質も向上できると考える.これらに加えて,看護師長に対する心身のサポートが不可欠である.看護管理者に特化した支援策について先行研究からは見当たらないが,実際に看護職員全体に対して行われた支援策(本村,2020)である,臨床心理士によるメンタルサポートの提供や休暇の取得の促進が考えられる.さらに,看護部長をはじめ上層部からの理解と支援がのぞまれる.
3. 新興感染症流行時の医療提供体制のあり方への示唆グローバル化が進む現代において,将来もCOVID-19のような新興感染症が流行する可能性がある.まず,本研究で明らかとなった,看護師長が直面した困難である【過酷な状況で部下の心身の負担が増す】と【他患者の治療にリスクが及ぶ】に着目して,今後の新興感染症流行時の医療提供体制のあり方について考察する.
【過酷な状況で部下の心身の負担が増す】は,「COVID-19患者を担当できる部下に負担が集中する」や「他患者への交差回避で二倍となる業務量に見合う増員ができない」等のコードから構成された.これら看護師長が直面した困難は,COVID-19患者を受け入れる施設で一般診療も継続するという二重構造により生じると考えた.具体的には,COVID-19患者を受け入れた施設では,一般患者と感染症患者との交差を避ける手立てを講じなければならず,加えて,感染症患者と感染症専用病棟以外の部署の医療者との交差を避ける手立ても必要となり,新たな業務負担が発生し,特定の看護師に負担が偏ることとなる.また,どれだけ感染管理を徹底しても,一般患者への感染リスクをゼロにはできない.そして,同一の施設の中で,感染症患者に対応する医療者に対して,他部署の医療者からの差別や偏見が発生する.これらをふまえて,将来,COVID-19のようなパンデミックが発生した場合は,1つの施設で感染症患者とそれ以外の患者を受け入れるという二重構造を避け,速やかに感染症患者を受け入れる専用施設を設置することが望ましいと考える.
令和4年度診療報酬改定の基本方針においても「今後,新興感染症等が発生した際に,病院間等の医療機関間の役割分担や連携など,関係者が連携の上,平時と緊急時で医療提供体制を迅速かつ柔軟に切り替えるなど円滑かつ効果的に対応できるような体制を確保していく必要がある」(厚生労働省,2022)と指摘されている.新興感染症患者を受け入れる専用施設を設置できれば,ヒト・モノ・カネ・情報を集中的に投入することで効率的に感染症治療と看護を提供できる.これによって,医療従事者の業務負担の軽減につながるとともに,感染症患者から他患者に感染させるリスクを回避できると考える.
4. 本研究の限界と今後の課題本研究は,COVID-19患者を受け入れた部署の看護師長が直面した困難について,COVID-19の感染拡大第3波の最中に,看護師長7名にインタビューを行った.研究対象施設のリクルートの際に研究協力を断られることもあったため,本研究で見出した困難とは異なる困難に看護師長が直面していた可能性がある.また,看護師長には,2021年1~3月時点で,約1年前の第1波や数か月前の第2波当時を回想して直面した困難について語っていただいたため,当時の認識とは異なった可能性は否めない.今後の課題として,本研究の対象者と異なる看護師長を対象に直面した困難に焦点を当てるなどして,研究を発展させる必要がある.
謝辞:本研究にご協力いただきました看護師長の皆様に心より感謝いたします.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.