日本看護科学会誌
Online ISSN : 2185-8888
Print ISSN : 0287-5330
ISSN-L : 0287-5330
原著
インストラクショナルデザインを用いた産後うつ病に関する研修プログラムの開発と評価
武井 勇介
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2023 年 43 巻 p. 499-508

詳細
Abstract

目的:インストラクショナルデザインを用いて開発した産後うつ病に関する保健師の実践能力向上のための研修プログラムの効果と有用性を評価する.

方法:産後うつ病に関する研修プログラムを開発し,保健師を対象にeラーニングを用いて実施した.研修前,研修直後,研修1か月後の知識テスト得点,目標達成度の得点はFriedman検定,各時期の比較はBonferroni法を用いた多重比較を行った.

結果:保健師40名を分析対象とした.研修プログラム内容は興味関心など高い反応が得られ,対象者は研修前に比べ研修直後,1か月後では知識テスト得点,目標達成度の得点が有意に上昇(p < .05)し,本研修で得た知識,技術を実践活動で活かしていた.

結論:本研修プログラムでは,対象者への高い学習意欲や動機付けがされ,知識の習得や実践能力の向上に繋がった.今後の保健師教育でもインストラクショナルデザインの手法を取り入れて教育や研修を行うことは有用であることが示唆された.

Translated Abstract

Purpose: To evaluate the effectiveness and usefulness of a training program for postpartum depression using an instructional design.

Method: Using the theory of instructional design (ID) as a framework, a training program on postpartum depression for public health nurses was developed and implemented using e-learning. For the knowledge test and goal attainment scores, before training, immediately after training, and one month after training scores were calculated, and Friedman tests were performed. Multiple comparisons were performed for each time period using Bonferroni’s method.

Results: The study included 40 public health nurses. The training content was highly responsive to interest and concerns. The participants significantly improved their knowledge test and goal achievement immediately after the training and one month after the training,compared to before the training (p < .05); and they applied the knowledge and skills gained from this training to their practical activities.

Conclusion: This training program motivated the subjects to learn, and led to the acquisition of knowledge and improvement of practical ability. The results suggest that it would be useful to incorporate the ID method into future education and training programs for health workers.

Ⅰ. 緒言

近年,急速な少子化の進行,核家族化,育児の孤立など,母親を取り巻く環境は大きく変化し,社会環境や人間関係などに伴うストレスから,妊産褥婦にうつ病など精神疾患の合併が増加している(宗田,2017).母親の精神疾患の中でも産後うつ病は,国際的に広く見られる疾患であり(Wang et al., 2021),児童虐待や自殺の危険性が高まるため社会的に重大な問題として考えられている(竹田,2021).特に,わが国の産後うつ病の有病率や(Tokumitsu et al., 2020),自殺率は高く(Takeda et al., 2017),早期からの支援が重要となっている.その中で,産後うつ病を含めた周産期メンタルヘルスの問題を解決する専門職として,自治体保健師(以下,保健師)の期待が高まっている(公益社団法人日本産婦人科医会,2021).しかし,産後うつ病の支援の難しさや,地域における支援体制が整っていない現状(武井・宮村,2019)があるため,それらを解決するためには,保健師それぞれの資質向上が求められている.

これまで,保健師の資質向上のための教育体制は,「保健師に係る研修の在り方に関する検討会 最終とりまとめ」において,自治体保健師の標準的なキャリアラダーが示され(厚生労働省,2016),各段階において必要な技術や能力を獲得できるような教育体制が整い始めている.しかし保健師は,多様な業務を担い,なおかつ分散配置や単独配置,財源確保等により必要な教育や研修に参加することが困難な状況があること(湯浅ら,2011),個々の保健師の能力の獲得状況や職場環境などに合わせた研修内容は少なく,研修を受けても思うほどの成果が十分に現れないという現状がある(加藤ら,2018湯浅ら,2011).その背景には,研修が系統的に設計されていない中で実施されている(厚生労働省,2016)ことや,研修を行うこと自体が目的となってしまっている(鈴木,2018)という課題がある.そこで,地域における複雑・困難な健康課題を解決し,住民のニーズに対応するためには,効率的に効果が得られる研修方法の確立が必要と考える.教育や研修の効果・効率・魅力を高める手法として,インストラクショナルデザイン(Instructional Design;以下,ID)が,国外の様々な分野で取り入れられている(Olmedo et al., 2019Troussas et al., 2019).IDとは「教授設計」であり,学習者にとって最適な学習を設計することを目指し,学習者に対して「教え込む」のではなく「学習を支援する」という視点で,学習者の準備状況,教材の選択,教授活動の評価など,教えること以外の様々なことが含まれ,よりよい研修等を行うために多くの手法やモデルが開発されている(浅香,2016).その中でも,IDの最も基本的な,ADDIEモデル[Analysis(分析),Design(設計),Development(開発),Implementation(実施),Evaluation(評価):以下,ADDIEモデル](Gagné et al., 2005/2007)は,Plan-Do-Check-Action(PDCAサイクル)をIDに当てはめたモデルのため,看護学分野での思考過程と類似し,身近な考えとして活用しやすい.そのため,このIDは,近年わが国の看護学分野でも着目され始め,高い学習効果が報告されている(荒木田ら,2020浅野ら,2021磯山,2016岩佐・川崎,2020松田ら,2016梅野・淺田,2015).しかしながら,保健師の教育や研修へ用いられているものはほとんどない.そのため,保健師の実践能力を向上し,今後の保健師現任教育の改善や研修企画への活用の可能性を検討する上で,IDのシステム的なアプローチ方法を用いた研修プログラムを検討し,その効果を検証することが必要である.

そこで本研究では,IDを用いて開発した産後うつ病に関する保健師の実践能力向上のための研修プログラムの効果と有用性を評価することを目的とする.

Ⅱ. 方法

1. 研究デザイン

保健師を対象とした介入プログラムの開発,および対象群のない前後比較研究デザインとした.

2. 調査対象者

A県内の全市町村に勤務する産後の母親に関わりを持つ保健師148名(非常勤職員含む)を対象とした.

3. 調査方法および調査期間

各市町村の母子保健を担当する代表保健師に,電話で調査目的を説明し,調査対象者となる保健師の人数を確認した.その後,各市町村の代表保健師宛に,調査協力依頼および説明文書,研修プログラム内容,研修登録方法等の書類を送付し,対象者を募った.調査期間は2022年12月から2023年1月である.

4. 研修プログラムの構造と内容

本研究における研修プログラムの方法論的枠組みは,IDの代表的モデルであり,基本プロセスの手順を示したADDIEモデル(Gagné et al., 2005/2007)を枠組みに用いた(図1).以下にADDIEモデルの構成要素と本研究の具体的な内容を示す.

図1 

ADDIEモデルを用いた本研究の枠組み

1) Analysis(分析)

分析では,学習者の学習の必要性や条件,特徴を明らかにし,学習を支援するためのニーズを分析する過程である.特に分析の過程では,社会的なニーズや学習者の置かれている現状を多様な側面から把握する必要がある(浅香,2016鈴木,2015)ため,先行研究(武井ら,2022武井・宮村,2019)より,わが国における地域母子保健対策や,産後うつ病に関する保健師の支援の困難感を明確にした.

2) Design(設計)

設計では,分析の結果を踏まえ,コース目標や学習活動,教授方法を決定し,学習者が何を学んだかを評価するための指標を明確にする過程である.そこで,本研修の学習目標を,(1)母親の置かれている社会的状況を説明できる(2)産後うつ病の病態を説明できる(3)母親の精神状態を把握する視点を説明できる(4)自殺予防のためのTALKの原則を説明できる(5)エジンバラ産後うつ病質問票(Edinburgh Postnatal Depression Scale;以下,EPDS)を活用し,母親の精神状態を把握できる(6)産後うつ病のリスクがある母親に対して自信を持って対応できる(7)産後うつ病に関する教育を職場の上司や同僚に実施できる(8)母親のメンタルヘルスケアに関心が持てる,の8つに設定した.

研修方法は,eラーニングを用いた.これは,保健師の活動状況から,時間や場所を問わず,それぞれの理解度に応じて何度でも学習が進められ,本研修に適していると考えたためである.

3) Development(開発)

開発では,教材や活動の素案を準備,修正,改善し,精緻化する過程である.本研究では,学習者の自律や学習意欲を支援するために,IDの9教授事象(鈴木,2015)を用いて,学習目標を達成するための動画教材を開発した.内容は(1)産後うつ病に関する基礎知識(2)母親を支えるための支援方法(3)EPDSの活用方法,の3部構成とし,それぞれの動画教材の時間は20分程度の内容で,音声と文字だけではなく,写真やイラスト,また,解説を受けて取り組む課題を設定するなど,興味関心が持てる内容とした(図2).また,本教材内容の理解と,知識の習得状況を測定するために,正誤式の二者択一の知識テストを作成した.

図2 

eラーニングを用いた研修プログラムの概要

4) Implementation(実施)

実施では,学習者に教材を試用し,必要に応じて学習支援を提供する過程であるため,本研究の対象者とは別の保健師4名にプレテストを実施し,教材内容やeラーニングの使いやすさを検討し,修正を行った.その後,学習管理システム(Learning Management System;以下,LMS)へ,対象者の受講登録を行い,運用を開始した.運用期間は2か月を設定し,対象者の進捗状況の確認や学習支援はLMS上で行い,研修プログラムの各段階において,対象者へフィードバックを行った.なお,対象者は,パソコン,タブレット,スマートフォンなどの端末を用いて,期間内であれば,いつでも自由に受講できるものとした.

5) Evaluation(評価)

評価では,目的や目標が達成したかを測定する過程であり,学習者の反応や学習者の到達度など様々な側面から評価を行う必要がある.そのため,本研究の評価は,IDの評価に幅広く用いられ,実践活動へどのように活かされたかを広い視点から考えられ,評価の観点を明確にできる,Kirkpatrickモデル(Gagné et al., 2005/2007)を採用した.このモデルは,レベル1反応(Reaction):受講者アンケートなどによる,研修に対する反応の評価,レベル2学習(Learning):筆記試験など事後テストによる受講者の知識などの学習到達度(理解度)の評価,レベル3行動(Behavior):受講者へのフォローアップ調査や研修の成果が職場で活かされているか等の行動変容の評価,レベル4業績(Results):研修受講による受講者の組織への業績評価,の4段階の評価指標から構成されている.しかし,レベル4業績(Results)の評価については,短期間で評価できず,様々な要因が関連していることや,先行研究(荒木田ら,2020福田,2018松田ら,2016)においては,レベル3までで,十分な評価を行うことができていることや,研修そのものの効果を測定するにはレべル3までで十分なため,本研究では,レベル1反応(Reaction),レベル2学習(Learning),レベル3行動(Behavior)までを評価とし,レベル1~3の項目について,詳細な評価項目を調査項目として設定した.

レベル1反応(Reaction)

Keller(Keller, 2010)が作成した,科目の興味度調査(Course Interest Survey;以下,CIS)を,川上・向後(2013)によって翻訳,検討された,CIS日本語版尺度を用いた.この尺度は,授業や研修に対して学習者の反応を分析する測定ツールで,学習意欲や動機付けに影響を及ぼす,Attention(注意),Relevance(関連性),Confidence(自信),Satisfaction(満足感)の4因子14項目から構成されている.質問方法は,まったくあてはまらない(1点)~とてもあてはまる(5点)の5件法で,得点が高いほど各因子の認識が高いことを意味する.なお,本尺度は信頼性および妥当性が確認されている.

レベル2学習(Learning)

正誤式の二者択一の20問の知識テストを,研修前,研修直後,研修1か月後に実施した.

レベル3行動(Behavior)

研修前と比べ実践活動や行動がどのように変化したかを,目標の8項目の達成度の状況で,研修前,研修直後,研修1か月後に尋ねた.質問方法は,まったくあてはまらない(1点)~とてもあてはまる(5点)の5件法とした.また,研修を受けたことで,実践活動への具体的な行動の変化を,研修1か月後に自由記述で尋ねた.

なお,すべての評価は,LMS上で実施できるように設定し,研修開始前には,対象者の状況を把握するため,対象者の属性・職場特性9項目(性別,年齢,雇用形態,保健師国家試験受験資格取得教育機関,保健師経験年数,所属部署での経験年数,所属組織の人口規模,保健師活動の体制,過去に産後うつ病に関する研修会への参加の有無とその回数)について尋ねた.

これらの研修プログラムの開発過程においては,看護学研究者1名,教育学研究者1名から助言を受けて検討を重ねた.また,一般財団法人日本教育学習評価機構(2023)による,IDチェックリストのすべての基準を満たしていることを確認した.

5. 分析方法

分析は,研修プログラムの対象者のうち,研修前,研修直後,研修1か月後の調査すべてに回答し,変数に欠損のない者を対象者とした.対象者の属性と各変数の値は,記述統計量を算出した.CIS得点は,先行研究(浅野ら,2021)に基づき,5件法による回答の2点以下を各因子の認識が低い状態,4点以上を認識が高い状態として評価し,回答の得点分布は各質問項目の中央値により評価した.知識テスト,目標の達成度の得点については,研修前,研修直後,研修1か月後の点数の中央値,平均値,標準偏差を算出し,Friedman検定を行い,各時期の比較には,Bonferroni法を用いた多重比較を行った.解析には,IBM SPSS.ver27を使用し,有意水準は5%とした.自由記述は,KH Coder(樋口,2018)を用いて整理し,実際の記述データと照らし合わせながら,内容の分析を行った.

6. 倫理的配慮

研究対象者には研究の趣旨,研究協力の自由意思の尊重,個人情報の保護,データの取り扱い,結果の公表,研究への不参加による不利益がないこと,研究に同意した後でも辞退が可能であること等,文書と口頭で説明し,同意書により署名を得た.なお,本研究は,筆者の所属する山梨大学医学部倫理審査委員会の承認を得て実施した(受付番号2507,承認年月日:2021年9月22日).

Ⅲ. 結果

1. 対象者の属性・職場特性

研究参加に同意した41名のうち,変数に欠損のない40名(有効回答率97.6%)を分析対象とした.対象者の年齢は,平均38.6(SD = 10.7)歳で,30歳代が13名(32.5%)と最も多かった.保健師国家試験受験資格取得教育機関は,専門学校(保健師養成機関)が12名(30.0%),四年制大学が28名(70.0%)であった.保健師経験年数は,平均10.9(SD = 10.3)年で,現在の所属部門での保健師経験年数は,平均5.4(SD = 7.1)年であった.対象者が所属する自治体の人口規模は,3万人以上5万人未満が14名(35.0%)と最も多く,保健師の活動体制では,地区担当制と業務分担制の併用を実施している者が32名(80.0%)と8割を占めていた.過去に産後うつ病に関する研修会への参加の有無では,参加したことがある者は20名(50.0%)で,参加回数は1回が最も多かった(表1).

表1 

対象者の属性・職場特性(N = 40)

項目 n %
性別 女性 38 95.0
男性 2 5.0
年齢(38.6 ± 10.7)歳 20歳代 9 22.5
30歳代 13 32.5
40歳代 11 27.5
50歳代 7 17.5
雇用形態 正規職員 38 95.0
非正規職員 2 5.0
保健師国家試験受験資格取得教育機関 専門学校(保健師養成機関) 12 30.0
短期大学専攻科 0 0
四年制大学 28 70.0
大学院 0 0
保健師経験年数(10.9 ± 10.3)年 1~5年 17 42.5
6~10年 10 25.0
11~15年 1 2.5
16~20年 4 10.0
21年以上 8 20.0
所属部署での経験年数(5.4 ± 7.1)年 1~5年 30 75.0
6~10年 5 12.5
11~15年 2 5.0
16~20年 1 2.5
21年以上 2 5.0
所属組織の人口規模 5千人未満 8 20.0
5千人以上1万人未満 1 2.5
1万人以上3万人未満 9 22.5
3万人以上5万人未満 14 35.0
5万人以上 8 20.0
保健師活動の体制 地区担当制 7 17.5
業務分担制 1 2.5
地区担当制と業務分担制の併用 32 80.0
過去に産後うつ病に関する研修会へ参加の有無 はい 20 50.0
いいえ 20 50.0
参加回数(研修会に参加の有る者) 1回 7 35.0
2回 5 25.0
3回 6 30.0
4回以上 2 10.0

2. 研修プログラムの有用性を評価するための成果変数の結果

Kirkpatrickモデルの各レベルに基づき,結果を以下に示す.

1) レベル1反応(Reaction)

CISの各因子得点は,Attention(注意)の項目全体で,平均値3.65(SD = 1.08)点,中央値4.00点であった.Relevance(関連性)の項目全体では,平均値3.56(SD = 1.00)点,中央値4.00点で,Confidence(自信)の項目全体は,平均値3.74(SD = 0.89)点,中央値4.00点であった.Satisfaction(満足感)の項目全体では,平均値3.52(SD = 0.96)点,中央値4.00点であった(表2).

表2 

CIS得点の評価(N = 40)

ARCSの各因子 質問項目(各項目5点満点) 中央値 平均値 標準偏差
Attention(注意) 講師は重要なポイントに向けて話を盛り上げていた 3.50 3.48 0.88
講師は熱中させるような方法を知っていた 4.00 3.73 0.85
講師はいろいろなおもしろい教え方を使っていた 3.00 2.98 1.10
この研修では注意をひきつけられた 5.00 4.43 0.98
Attention全体 4.00 3.65 1.08
Relevance(関連性) 私はこの研修で高い目標を立て,それを達成しようとしていた 3.00 3.28 0.72
自分の目的を達成するには,この研修で良い成績をとることが重要だ 3.00 2.87 1.11
この研修の内容は,私の期待や目的に沿っていた 4.00 4.23 0.73
私たちはこの研修に積極的に参加した 4.00 3.88 0.82
Relevance全体 4.00 3.56 1.00
Confidence(自信) この研修の内容は,難しすぎるということはなかった 4.00 4.08 0.89
この研修の難易度はやさしすぎも難しすぎもせず適切であった 4.00 4.02 0.73
私はこの研修をうまくやる自信があった 3.00 3.13 0.72
Confidence全体 4.00 3.74 0.89
Satisfaction(満足感) 私は思っていた評価と比べ,講師の評価には満足している 3.00 3.03 1.05
私の成績やその他の評価は,他の参加者同様に公平だった 4.00 3.88 0.76
この研修の課題の量は適切だった 4.00 3.65 0.86
Satisfaction全体 4.00 3.52 0.96

2) レベル2学習(Learning)

研修前の知識テストは,平均64.25点,中央値65.00点であり,研修直後は,平均87.50点,中央値90.00点,研修1か月後は,平均82.50点,中央値85.00点と,研修前と比較すると有意な上昇を示した(p < .01).しかし,研修直後と研修1か月後の比較では有意な減少を示していた(p < .05)(表3).

表3 

知識テストの得点比較(N = 40)

研修前 研修直後 研修1か月後 多重比較
項目 中央値 平均値 標準偏差 中央値 平均値 標準偏差 中央値 平均値 標準偏差
知識テスト(100点満点) 65.00 64.25 11.40 90.00 87.50 14.10 85.00 82.50 14.30 a**b**c*

反復測定は Friedman検定 多重比較Bonferroni

a:研修前と比較し研修直後に有意に上昇

b:研修前と比較し研修1か月後に有意に上昇

c:研修直後と比較し研修1か月後に有意に減少

* p < .05 ** p < .01

3) レベル3行動(Behavior)

目標の達成状況の得点は,「母親の置かれている社会的状況を説明できる」,平均3.13点,中央値3.00点,「産後うつ病の病態を説明できる」,平均3.28点,中央値3.50点,「母親の精神状態を把握する視点を説明できる」,平均3.15点,中央値3.00点,「自殺予防のためのTALKの原則を説明できる」,平均2.45点,中央値2.00点,「EPDSを活用し,母親の精神状態を把握できる」,平均3.63点,中央値4.00点,「産後うつ病のリスクがある母親に対して自信を持って対応できる」,平均2.75点,中央値3.00点と,研修前と比較すると研修直後と研修1か月後に有意に上昇していた(p < .05, p < .01).また,「産後うつ病に関する教育を職場の上司や同僚に実施できる」は平均3.25点,中央値3.00点と,研修前と比較し研修1か月後に有意に上昇していた(p < .05).一方で,「母親のメンタルヘルスケアに関心が持てる」は,平均4.63点,中央値5.00点と,研修前,研修直後,研修1か月後の比較において有意差は認められなかった(表4).

表4 

目標の達成状況の得点比較(N = 40)

研修前 研修直後 研修1か月後 多重比較
項目(各項目5点満点) 中央値 平均値 標準偏差 中央値 平均値 標準偏差 中央値 平均値 標準偏差
母親の置かれている社会的状況を説明できる 3.00 3.13 1.04 4.00 4.30 0.52 4.00 4.10 0.55 a**b**
産後うつ病の病態を説明できる 3.50 3.28 0.96 4.00 4.20 0.52 4.00 4.08 0.57 a**b**
母親の精神状態を把握する視点を説明できる 3.00 3.15 1.12 4.00 4.33 0.53 4.00 4.20 0.46 a**b**
自殺予防のためのTALKの原則を説明できる 2.00 2.45 1.18 4.00 4.38 0.67 4.00 4.10 0.63 a**b**
EPDSを活用し,母親の精神状態を把握できる 4.00 3.63 1.17 4.00 4.33 0.53 4.00 4.28 0.72 a*b*
産後うつ病のリスクがある母親に対して自信を持って対応できる 3.00 2.75 0.98 4.00 3.65 0.77 4.00 3.75 0.63 a*b*
産後うつ病に関する教育を職場の上司や同僚に実施できる 3.00 3.25 1.15 4.00 3.80 0.91 4.00 3.90 0.81 b*
母親のメンタルヘルスケアに関心が持てる 5.00 4.63 0.74 5.00 4.75 0.49 5.00 4.70 0.65

反復測定は Friedman検定 多重比較Bonferroni

a:研修前と比較し研修直後に有意に上昇

b:研修前と比較し研修1か月後に有意に上昇

* p < .05 ** p < .01

研修1か月後の実践活動への具体的な行動の変化の自由記述では40名の記述があり,類似した意味内容をまとめ,【EPDSを活用した妊産婦の状態の評価】【これまで以上に妊産婦への丁寧な関わり】【妊産婦の精神状態を多面的に観察し理解する】【自信を持ち妊産婦へ関わる】【今後の実践への活用に期待】の5カテゴリに分類された(表5).

表5 

実践活動への具体的な行動の変化の内容(N = 40)

カテゴリ サブカテゴリ 代表的なデータ
EPDSを活用した妊産婦の状態の評価 EPDSから精神状態を把握する ・EPDSを書いてもらっている様子をしっかり観察するようになった.
EPDSの目的や項目について再確認する ・EPDSの結果から母親の状況確認をすることに加え,環境や母親の表情からも情報をキャッチすることを意識するようになった.
EPDSの点数の結果から,母親を理解する
これまで以上に妊産婦への丁寧な関わり 妊産婦に対して丁寧に関わる ・新生児訪問時の面接で,傾聴をする際に研修の視点を意識している.
妊産婦に対して,寄り添い声をかける ・産婦訪問や新生児訪問,相談等において母のメンタル面への声かけや支援をさらに気に留めながら行うようにした.
今までよりも,注意深く傾聴,共感的に関わる
妊産婦の精神状態を多面的に観察し理解する 母親の状態を様々な視点で観察する ・産後の母の状態を客観的に観察・把握することを意識できた.
新たな視点を持ち,個別ケースに関わり把握する ・産婦さんと関わる際の視点が多方向から見られるようになった.
自信を持ち妊産婦へ関わる 母親への対応に自信が持てる ・訪問時の対応が以前よりも自信をもってできるようになった.
学んだことを意識して自信を持ち関わる ・聞き取りのポイントなどが講義で学べたため,意識をもって,また自信をもって関わることができている.
今後の実践への活用に期待 研修後に実施する機会が少ない ・研修後に実施機会がなかった.
母親に関わる機会が少ないため,これからに活かす ・産後うつ病を経験した世代が増加してくることも視野にいれ,ライフステージで切れ目ない支援を行うことができるようにしていきたい.

Ⅳ. 考察

1. 研修プログラムに参加した対象者の特徴

対象者の各年齢,経験年数の構成割合を見ると,幅広い層の対象者が参加しており,経験年数に関わらず,どの対象者も日々の実践力を向上する必要性を感じ,本研修プログラムに参加していたと考えられる.加えて,過去に研修会へ参加したことがある者が半数以上いたことは,様々な研修を受講していても,産後うつ病の支援の難しさや,支援方法に悩みを抱え,日々の実践活動に活かせる研修の必要性を感じていたとも推察される.また,保健師国家試験受験資格取得教育機関は,専門学校(保健師養成機関)より四年制大学の方が多く,活動体制では,地区担当制と業務分担制の併用が最も多い.これらの状況は,保健師の活動基盤に関する基礎調査報告書(公益社団法人日本看護協会,2019)と比較すると,対象者の属性については大きな差異はみられず,全国の状況と同程度の集団の特徴であると考える.しかし,これらの状況は,限定された地域での結果で,分析対象者が40名と母集団の全体の意見を十分に反映していない状況のため,対象者の地域による偏りが生じていることも考えられる.そのため,今後はサンプリング方法等,データ収集方法についても検討する必要がある.

2. 研修プログラムの効果と有用性

CISの各因子の平均値は3.50点以上,中央値4.00点と,各因子の認識が高い状態であり,CISを用いた先行研究(浅野ら,2021)と比較しても同等の結果であることから,本研修プログラムは,興味関心や満足度など,高い反応が得られる内容であったと考えられる.また,研修プログラムを実施している先行研究(浅野ら,2021磯山,2016松田ら,2016)では,研修へ参加しても途中で辞退してしまう参加者が多いが,本研修プログラムでは,1名を除いたすべての対象者が,プログラム内容をすべて終了していることから,本研修プログラム内容が,対象者に対して高い動機付けがされていたものと推察される.浅香(2016)は,「学習者のニーズから学習課題を抽出することが,IDの大事な要素であり,そのことは,学習者の学習意欲を向上させる」と提言している.本研修プログラム内容は,対象者の置かれている環境やニーズを基に設計したことで,対象者の学習意欲の持続や動機付けに繋がる内容になったと考えられる.しかし,CISの各項目では,目標や評価に関する内容が,中央値3.00点台の項目もあり,対象者の目標の達成度や評価方法を明確にすることで,より満足感が得られ,学習意欲が高まる内容になったと考える.さらに,本研修プログラムに参加した対象者は,自ら希望している対象者のため,研修に対する高い意識や関心を持っていたと考えられる.そのため,今後は,研修に対して関心が低い者への受講の働きかけを検討していく必要がある.

対象者の知識習得状況では,知識テスト得点が,研修前より,研修直後,研修1か月後で,有意に得点が高かった.研修を受講したことで,知識が定着した可能性が考えられる.しかし,研修直後から,研修1か月後の得点は,有意な減少を示している.この要因は,人の記憶は学習したことを忘れていく(Gabriel, 2017/2021)ため,本研修プログラム内容が対象者の知識の定着を持続させる方法が不足していたことが考えられる.知識の定着を強化するためには,繰り返しの学習が必要となる(Gagné et al., 2005/2007)ため,研修終了後からも対象者に継続的な働きかけを行うことや,学習課題を課すなど知識の定着を図る方法が必要であったと考える.

目標の達成状況の得点変化では,研修前と比較し,研修直後,研修1か月後に有意に上昇していた6項目は,本研修プログラムを受講したことで知識や技術を習得することができ,本研修の効果と考えられる.また,「産後うつ病に関する教育を職場の上司や同僚に実施できる」は,研修1か月後に有意に上昇していたことは,実践活動を行う中で習得した知識や技術が活用され,それらが対象者の自信を高め,他者へ教育を実践できる状況になったと考えられる.特に他者への教育は,教育する側が十分な知識を習得し,理解していることが求められるため(野口・田中,2020),対象者が,本研修プログラムを通して必要な知識や技術を身に付けていくことができたと考えられる.また,小林(2020)によると,他者へ教えることは,自分自身の学びを深める機会となることから,今後は学習者が学んだ内容を他者へ教育する機会を意図的に作ることで,さらなる学習効果が期待できると考える.一方で,「母親のメンタルヘルスケアに関心が持てる」は有意差が認められず,このことは,対象者が,研修に対してもともと高い関心を持っていたことが影響したと考えられる.また,実践活動の行動の変化で,【EPDSを活用した妊産婦の状態の評価】【これまで以上に妊産婦への丁寧な関わり】【妊産婦の精神状態を多面的に観察し理解する】は,対象者の多くが,本研修目標や研修内容に含まれているワードを記載し,上岡(2022)は,「キーワードとして多く記述される内容は,指導の効果である」と述べていることから,本研修の意図した内容の理解や知識の定着から,研修で学習したことが実践で活かされていると推察された.

また,【自信を持ち妊産婦へ関わる】では,本研修を受講したことで,これまで支援方法に悩み,困難を抱えていた状況(武井ら,2022)から,知識や技術を習得したことで自信がつき,実践活動へ結びついたものと考えられる.鈴木(2015)は,「研修で何かを学んだとしても,その成果が職場で活かされなければ研修の成果があったとは言いにくい」と述べている.これらのことからも,本研修プログラムが対象者にとって効果的な内容であったと考えられる.しかし,【今後の実践への活用に期待】では,実践が行えていない対象者もいるため,対象者の活動状況の違いから,評価時期を1か月だけではなく,継続して実施することで実践活動への変化を継続して把握できると考える.さらに,本研修プログラムの評価は主観に基づくため,職場の上司や同僚からどのような変化があったかや,支援を受ける母親からも客観的な評価を得ることで,本研修の効果がより明確になると考えられる.そのため,今後は,それらの客観的な評価も検討していく必要がある.

3. 本研究の限界と今後の課題

本研究は,単群前後比較であることから,他の研修プログラムとの比較ができず,本研修の効果の判断が難しい部分がある.また,評価においては,対象者の主観による自己評価であることや,一地域での実施で,研修に対して高い意識を持つ対象者であることや経験年数や職場特性など対象者の偏りがあり,結果に影響している可能性がある.さらに,研修プログラムの効果検証は1か月後までの実施のため短期的な評価である.今後は,対照群を設定したランダム化比較デザインや,評価方法の中に,客観的な評価指標を取り入れるなど,長期的に研修プログラムの有用性を検証していくことが必要と考える.

Ⅴ. 結論

本研修プログラムでは,IDの手法を用いることで,保健師に必要な産後うつ病に関する実践力向上のための教育内容や方法を精選し,保健師の活動環境の違いがある中でも,実践活動につながる研修プログラムを開発し,その効果を多面的に評価した.特に,本研修プログラムでは,高い学習意欲や動機付けがされ,研修前に比べ,研修直後,1か月後では知識の習得や実践能力向上に繋がっていた.これらの結果から,今後の保健師教育や研修を行う際のひとつの方法論として,IDの手法を取り入れていくことは有用であると示唆された.

謝辞:本研究にご協力いただきました対象者のみなさま,ならびに施設のみなさまに心より感謝申し上げます.また,ご指導いただきました,山梨大学大学院総合研究部の宮村季浩先生,神崎由紀先生に心より御礼申し上げます.本研究は,JSPS科研費JP20K19272の助成をうけて実施した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

文献
 
© 2023 公益社団法人日本看護科学学会
feedback
Top