日本看護科学会誌
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原著
統合失調症者の「心の理論」における他者の意図の推論機能と精神症状の関連
鈴木 美央田上 美千佳森 千鶴
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電子付録

2023 年 43 巻 p. 520-528

詳細
Abstract

目的:統合失調症者は,他者の言動の意図の理解に困難を示すことがあり,対人交流上の問題を引き起こす可能性がある.本研究では,他者の意図の推論機能と精神症状との関連を明らかにすることを目的とした.

方法:入院中の統合失調症者45名を対象として構造的面接調査を行った.他者の意図の推論はヒント課題,精神症状はPANSSにて評価した.

結果:ヒント課題の「願望」の課題の得点が1.67~1.80であり,「怒り」「皮肉」の課題の得点は0.73~1.60であった.ヒント課題合計点とPANSSの「概念の統合障害」(r = –.58),「常同的思考」(r = –.53)において関連が認められた.

結論:統合失調症者は,怒りや皮肉のような二次感情を理解することが難しく,思路障害や内的な体験による思考が強い場合に他者の意図の推論が困難になる傾向があると考えられた.

Translated Abstract

Objectives: Schizophrenics may exhibit difficulties in understanding the intentions of others’ words and actions, which may cause problems in their interpersonal interactions. This study aimed to clarify the relationship of the inferential function of the intentions of others with psychiatric symptoms in schizophrenics.

Methods: A structured interview survey was conducted with 45 hospitalized schizophrenics. The inference of others’ intentions was assessed using the Hinting task, and psychiatric symptoms were assessed via the Positive and Negative Syndrome Scale (PANSS).

Results: Scores on “desire” task ranged from 1.67 to 1.80, and scores on “anger” and “sarcasm” tasks ranged from 0.73 to 1.60. An association was found between total the Hinting task scores and PANSS scores for “conceptual disorganization” (r = –.58) and “stereotyped thinking” (r = –.53).

Conclusion: This study found that schizophrenics experience difficulty in understanding secondary emotions such as anger and sarcasm. Particularly, those who had a thought disorder or thinking through internal experiences tended to exhibit difficulty in inferring the intentions of others.

Ⅰ. はじめに

統合失調症者は,状況や文脈に応じた振る舞いや,他者の表情や言動を理解する機能が低下することがあり(Casacchia et al., 2004),円滑な対人コミュニケーションを困難にさせる一因となっている.対人コミュニケーションの困難により,人との交流が消極的になり社会的にひきこもることや,対人ストレスやトラブルをきっかけとした精神症状の再燃,他者と関わることへの自信の低下などの社会生活上の問題につながる(Tomotake, 2011).

対人コミュニケーションを円滑にするためには,他者の表情や視線,言動などの言語的・非言語的メッセージを理解し,他者の言動の意図を理解することが必要である.他者の言動の意図を推論する機能は「心の理論(Theory of Mind)」と呼ばれ(Penn et al., 2008),自己や他者の考えや気持ち(意図や信念など)を推測し,それを自分や他者に帰属させる働きをもつ(Premack & Woodruff, 1978).他者の意図を推論できると,人は考えや感情に基づいて行動し,自分と他人は異なる視点や考えを持つことが理解できるため(小川,2010),他者の言語的・非言語的メッセージの意味を理解することができる.「心の理論」には,他者と自分では出来事に対する見え方や捉え方が違うということを理解するための視点取得(perspective-taking)(Fiszdon & Reddy, 2012)と,他者の心の状態を自己の脳内で言語化・表象化するためのメタ表象(metarepresentation)(Wimmer & Perner, 1983)と,他者の言語的・非言語的メッセージから他者の考えや気持ちを推測するための他者の意図の推論機能の3つで構成される(Penn et al., 2008).特に他者の意図の推論機能は,対人コミュニケーション場面において場の空気を読んでそれに沿った応答をするために必要な機能であり,統合失調症者を対象とした心の理論の研究において重視されている.「心の理論」の評価は,誤信念課題を代表として,イラストを用いながら課題ストーリーを提示して,登場人物の視点からの心の理解を測定するものであり,自他の心の認知的な理解を測定している.そのため,他者の表情や仕草のような非言語的メッセージの理解や,共感や思いやりのような情緒的な理解は心の理論には含まれていない.しかし,心の理論は目に見えない他者の心の状態を理解し,他者の行動に意味を持たせて,他者に対して自分の考えを表現する基盤となる認知機能であり(Ho et al., 2022吉澤・柴崎,2011),コミュニケーションにおいて重要な役割を果たしている.

統合失調症者では,他者の意図の推論機能が低下する場合があるということが示されている.他者の言語的・非言語的メッセージを誤って推測し,それに基づいてリアクション(反応)するため,他者が予測できない行動をとることがある(Harvey & Penn, 2010).統合失調症者は,言葉通りの意味と,他者の発言の背景にある意図にズレがあるような隠喩的な表現を理解することが難しいとの報告がある(Cutting & Murphy, 1990).さらに,喜びのようなポジティブな感情よりも,恐怖や悲しみのようなネガティブな感情を理解することが難しいことが示されている(Cohen et al., 2009).一方で,他者の意図の推論機能が高い者は,対人コミュニケーション場面における問題解決能力が高いことが示されている(Couture et al., 2011).

また,他者の意図の推論機能は精神症状とも関連するとされている.例えば,陽性症状である妄想は,他者の言語的・非言語的メッセージを受け取る際に,他者の言動の意図を誤って推測することによって生じると考えられ,社会的ひきこもりや意欲の欠如などの陰性症状は,自分や他者の意図を適切に理解できないことで,自分の行動の目標や意図を持つことができないために,自発的な行動ができなくなるとも考えられている(最上ら,2010).また,心の理論は精神症状が激しい急性期において一時的な低下で回復することが多いが,症状が落ち着いた寛解期であっても心の理論の低下が残存することが明らかになっている(Bora et al., 2009).つまり,他者の意図の推論機能は精神症状の生起の要因の一つとなったり,症状の重症度によって変化しうると考えられている.

他者の意図の推論機能は,統合失調症者における対人コミュニケーションスキルと密接に関わっている.その機能が高い場合には,集団活動が活発であり(元久ら,2008),コミュニケーションに必要な会話のスキル(発語の明瞭さ,発語の流暢性,適切な表現,適切な視線,会話への集中力)が高い(Pinkham & Penn, 2006).さらに,社会参加が活発で,余暇・レクリエーション活動が充実し,就労機能も高い(Bora et al., 2006).心の理論が高いと,他者とのコミュニケーションが円滑で,対人関係の構築や維持がしやすくなり,社会適応も円滑になると考えられる.

統合失調症者が,その人らしい安定した社会生活を送るためのリカバリーの過程には,社会で他者とのつながりをもつことが重要である(Leamy et al., 2011).安定した他者とのつながりを持つためには,対人コミュニケーションスキルを高めることが重要である.他者の意図の推論機能は,対人コミュニケーションスキルの基盤となる重要な機能である.統合失調症者における他者の意図の推論機能の特徴を明らかにすることで,対人コミュニケーションを高めるための支援を検討するための一助とすることができると考える.

Ⅱ. 研究の目的

本研究の目的は,統合失調症者における他者の意図の推論機能の特徴,および精神症状の関連を明らかにし,統合失調症者とのコミュニケーション上の工夫と支援について検討することである.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

横断的観察研究である.

2. 対象施設

関東圏にある総合病院1施設における精神科病棟2病棟とした.

3. 対象者

精神科病棟に入院中の統合失調症の診断を受けており,一般的な成人年齢に達していることおよび加齢による認知機能低下の影響を少なくするため,20~60歳の者を対象とした.

4. 調査項目

1) 属性

年齢,性別,発症年齢,罹病期間,入院回数を診療録より収集した.抗精神病薬の服薬量をクロルプロマジン(Chlorpromazine:以下CP)換算にて算出した.

2) 精神症状

精神症状は,陽性・陰性症状評価尺度(Positive and Negative Syndrome Scale;以下PANSS)にて評価した(Kay et al., 1987/1991).PANSSは全般的な精神症状を評価することが可能であり,臨床的にも研究的にも広く用いられている.陽性尺度7項目(妄想,概念の統合障害,幻覚による行動,興奮,誇大性,猜疑心,敵意),陰性尺度7項目(情動の平板化,情動的引きこもり,疎通性の障害,社会的引きこもり,抽象的思考の困難,会話の自発性の欠如,常同的思考),総合精神病理尺度16項目(心気症,不安,罪責感,緊張,不自然な姿勢,抑うつ,運動減退,非協調性,不自然な思考内容,失見当識,注意の障害,判断量と病識の欠如,意志の障害,衝動性の調節障害,没入性,自主的な社会回避)の合計30項目で構成される.各項目にはアンカーポイントが設定されており,なし(1点)~最重度(7点)の7段階で評価し,得点が高いほど精神症状が重度であることを示す.評価は評価者による客観評価である.評価者は精神科病棟での看護師としての臨床経験5年以上で,PANSSの評価方法のトレーニングを受けた研究者が,精神科医師のスーパーバイズを受けながら行った.

3) 他者の意図の推論機能

他者の意図の推論機能は,Corcoranらが作成したヒント課題にて評価した(Corcoran et al., 1995).ヒント課題は,対象者に短いストーリーと1枚のイラストを提示し,そのストーリーをもとに質問をし,その回答の正誤を得点化するものである.ストーリーは,会話をする場面で,登場人物Aが登場人物Bに対して意図を伝える発言をするというものである.ストーリーの提示後,「登場人物Aの発言の意図は何でしょう(質問1)」と対象者に質問し,正答した場合2点とする.質問1で誤答した場合,理解のヒントとなるような追加のストーリーを提示し,「登場人物Aは何をしてほしいと思っているでしょうか(質問2)」と対象者に質問する.質問2で正答した場合1点とし,誤答した場合には0点とする.ヒント課題は10課題で構成され,得点が高いほど他者の意図の推論機能が高いことを示す.

ヒント課題は日本語版がないため,原作者に許可を得て日本語版を作成した.日本語版の作成には3段階の手順で翻訳を行った.1段階目として,本研究の研究者が意味内容や課題の難易度を変えないように留意しながら日本語に翻訳した.さらに,イギリスで作成されたヒント課題のストーリーで使用されている用語(人名や商品名など)は,日本人に馴染みやすい表現に変更した.2段階目として,日本語に翻訳されたものを研究経験のあるバイリンガル(日本語と英語)が逆翻訳を行った.3段階目に逆翻訳されたものを原作者に提出し,内容について了解を得られたことを確認し,最終版とした.

ヒント課題で扱っている意図の内容は,願望(3課題),怒り(4課題),皮肉(3課題)である.以下に願望・怒り・皮肉について各1課題の例を示す.

(1) 願望【課題名:誕生日プレゼント】(付録1)

ストーリー:愛美さんの誕生日が近づいています.愛美さんは,お父さんにこう言いました.「私,動物が大好き.特に犬が好きなの.」

質問1:愛美さんの発言の本当の意味は何でしょうか.

正答:「お父さん,私の誕生日に犬を買ってくれない?」

追加ストーリー:愛美さんは続けてこう言いました.「お父さん,私の誕生日の日にペットショップは開いてるかな?」

質問2:愛美さんは,お父さんに何をしてほしいと思っているのでしょうか.

正答:誕生日に犬を買ってほしい.

(2) 怒り【課題名:暑くて長い旅】(付録2)

太郎さんは,暑い日に高速道路を長距離運転した後に花子さんの事務所に着きました.花子さんは,すぐに仕事の話を始めました.太郎さんは花子さんを遮ってこう言いました.「ちょっとちょっと!僕はこの暑い中,長距離運転をしてきたばっかりなんだよ!」

質問1:太郎さんの発言の本当の意味は何でしょうか.

正答:「飲み物をもらえますか?」,「仕事の話を始める前に,少し休憩をとってもいいですか?」

追加ストーリー:太郎さんは続けてこう言いました.「僕はのどがからからだよ!」

質問2:太郎さんは花子さんに何をしてほしいのでしょうか.

正答:飲み物を持ってきてほしい.

(3) 皮肉【課題名:汚れた浴室】(付録3)

ストーリー:優子さんは,シャワーを浴びに浴室に行きました.その前には,千里さんがお風呂を使っていました.優子さんは浴室が汚れていることに気付き,2階にいる千里さんにこう声をかけました.「千里さん!お風呂用の洗剤ってどこにあったかしら?」

質問1:優子さんの発言の本当の意味は何でしょうか.

正答:「なぜ浴室をきれいに使わないの?」,「浴室をきれいにして」

追加ストーリー:優子さんは続けてこう言いました.「千里さん!あなたは時々とてもだらしないわ!」

質問2:優子さんは,千里さんに何をしてほしいと思っているでしょうか.

正答:浴室を掃除してほしい.

5. 調査方法

対象施設において精神科医師に向けて研究の目的・方法・対象者・調査内容・倫理的配慮についての説明会を開いて研究協力依頼を行った.対象者の主治医より研究対象者の選定基準を満たし,調査への参加が可能であると判断された対象者の推薦を受けた.研究対象者に対しては,研究参加の同意を確認し,同意が得られた後に調査を開始した.

属性については,対象者の診療録からデータを収集した.PANSSは,研究者が入院中の対象者の様子の観察や,会話などを通して客観評価を行った.ヒント課題の調査は,対象者が集中して課題に取り組めるように個室で行い,研究者との1対1の形式で行った.調査時間は10~20分程度で実施した.

6. データ収集期間

2018年1月~10月であった.

7. 分析方法

はじめに対象者属性,PANSS,ヒント課題の記述統計を行った.ヒント課題の回答については記述統計をもとに,課題(他者の意図の内容の違い)による正答の傾向について確認した.他者の意図の推論機能と属性および精神症状の関連要因をみるため,属性およびPANSSとヒント課題のSpearmanの順位相関分析を行った.統計処理には,IBM SPSS Statistics Version 25を使用し,統計学的有意水準は5%とした.

8. 倫理的配慮

本研究は,対象者の人権擁護を図るため,筑波大学医学医療系医の倫理委員会(承認番号:第1243号)と国立国際医療研究センター研究倫理委員会(通知番号:NCGM-G-002338-01号)の承認を得て実施した.対象者には研究の目的・方法,研究への参加は自由意思であること,協力を拒否しても不利益は被らないこと,匿名性の保持,データの管理方法,結果の公表について,文書を用い口頭で説明した.説明内容について理解し,同意書に署名が得られた者を対象とした.ヒント課題の調査は対象者のプライバシー保護と集中力に留意して個室で行った.調査中は対象者の疲労感に配慮しながら実施した.

Ⅳ. 結果

1. 対象者の基本属性

対象者の属性について表1に示した.対象者は45名であり,男性22名,女性23名であった.平均年齢は44.56歳,平均発症年齢は26.09歳,平均罹病期間は18.73年,平均入院回数は5.16回だった.服薬量は,平均CP換算量640.31 mg/日であった.PANSS合計点の平均は77.64 ± 10.91(陽性尺度19.44 ± 4.48,陰性尺度18.98 ± 3.37,総合精神病理尺度39.22 ± 5.49)であった.PANSSと年齢,発症年齢,罹病期間,入院回数,CP換算量には関連は認められなかった.

表1 

対象者の属性

平均値 標準偏差 中央値 最小~最大
年齢(歳) 44.56 9.19 45 24~60
発症年齢(歳) 26.09 8.69 23 12~49
罹病期間(年) 18.73 9.87 20 0~40
入院回数(回) 5.16 4.49 4 1~25
CP換算量(mg/日) 640.31 334.64 600 100~1300
PANSS 77.64 10.91 77 52~95
 陽性尺度 19.44 4.48 19 9~28
 陰性尺度 18.98 3.37 19 8~24
 総合精神病理尺度 39.22 5.49 39 27~48

Note:N = 45

2. ヒント課題の結果

ヒント課題の結果を表2に示した.表2には,10課題それぞれの得点について得点が高い順に記載した.総得点の平均は14.33 ± 3.35であり,最小値6.0,最大値19.0であった.1課題の平均は1.43 ± 0.63だった.最も得点が高かったものは,「誕生日プレゼント」1.80 ± 0.46であり,質問1での正答者数37名(82.2%),質問2での正答者数7名(17.3%)だった.最も得点が低かったものは,「汚れた浴室」0.73 ± 0.65であり,質問1での正答者数5名(11.1%),質問2での正答者数23名(51.1%)だった.ヒント課題の平均得点が上位3位までのものは「願望」を推論するものであった.一方,「怒り」や「皮肉」は得点が低い傾向が認められた.

表2 

ヒント課題の課題ごとの結果(平均値が高い順)

課題名 意図の内容 平均値 標準偏差 質問1での正答者数 質問2での正答者数
誕生日プレゼント 願望 1.80 0.46 37 7
チョコレート 願望 1.76 0.53 36 7
しわだらけのシャツ 願望 1.67 0.56 32 11
電車のおもちゃ 怒り 1.60 0.58 29 14
重い荷物 怒り 1.58 0.54 27 17
長くて暑い旅 皮肉 1.51 0.63 26 16
荷物 皮肉 1.29 0.63 17 24
無一文 怒り 1.22 0.85 22 11
仕事のプロジェクト 皮肉 1.18 0.83 20 13
汚れた浴室 怒り 0.73 0.65 5 23
合計 14.33 3.35
平均 1.43 0.63

Note:N = 45

3. ヒント課題と属性および精神症状の関連

ヒント課題と属性においては,発症年齢と有意な相関が認められた(r = .44, p < .01).年齢,性別,罹病期間,入院回数,CP換算量とは関連が認められなかった.

ヒント課題とPANSSの相関について表3に示した.ヒント課題合計点とPANSS合計点には相関は認められなかった.ヒント課題の合計点および「願望」「怒り」「皮肉」の得点と,PANSS各項目との相関係数を表3に示した.ヒント課題合計点と有意な相関を示したのは,「概念の統合障害」r = –.58,「抽象的思考の困難」r = –.51,「常同的思考」r = –.53,「注意の障害」r = .–39であった(p < .01).PANSS合計点,各下位尺度合計点との相関は認められなかった.ヒント課題の「怒り」とは,「不自然な思考内容」r = –.35,「没入性」r = –.32が有意な相関を示した(p < .05).

表3 

ヒント課題合計点とPANSS各項目との相関係数

妄想 概念の統合障害 幻覚による行動 興奮 誇大性 猜疑心 敵意 情動の平板化 情動的引きこもり 疎通性の障害 社会的引きこもり 抽象的思考の困難 会話の自発性の欠如 常同的思考 心気症
ヒント課題合計点 –.06 –.58** –.16 –.22 .02 .02 –.02 .04 .26 –.08 .17 –.51** –.08 –.53** –.29
 願望(3) –.29 –.37* –.27 –.14 .13 –.06 –.06 –.03 .18 –.16 .07 –.26 –.03 –.35* –.26
 怒り(4) –.07 –.34* –.10 –.19 .00 –.11 –.04 .01 .15 –.09 .12 –.40** –.03 –.49** –.21
 皮肉(5) .07 –.53** –.08 –.15 .03 .20 .11 .02 .18 –.01 .14 –.48** –.10 –.39** –.29
不安 罪責感 緊張 不自然な姿勢 抑うつ 運動減退 非協調性 不自然な思考内容 失見当識 注意の障害 判断力と病識の欠如 意思の障害 衝動性の調節障害 没入性 自主的な社会回避 PANSS合計点
ヒント課題合計点 –.04 .08 .20 .04 .22 .06 –.18 –.22 –.20 –.39** –.10 –.15 –.12 –.25 .06 –.22
 願望(3) .08 .05 .13 .02 .15 .13 –.04 –.13 –.06 –.08 –.04 –.14 –.08 –.11 .04 –.14
 怒り(4) –.17 .08 .10 .06 .10 .08 –.24 –.35* –.22 –.14 –.11 –.11 –.07 –.32* .04 –.20
 皮肉(5) –.03 –.02 .17 –.03 .12 –.09 –.17 –.11 –.20 –.47** –.04 –.09 –.11 –.09 .02 –.20

Note:N = 45,( )は項目数,Spearman順位相関分析,*:p < .05,**:p < .01

Ⅴ. 考察

1. 他者の意図の推論機能の特徴

ヒント課題の得点は,統合失調症者を対象にした先行研究では13.0~16.1(Greig et al., 2004Ng et al., 2015Penn et al., 2007Rocha & Queiros, 2013)と報告されている.本研究も同程度の結果であり,本研究の対象者は他者の意図の推論に困難を示していた.平均値の上位3課題は,「願望」の意図を扱う課題であり,下位7課題は,「怒り」または「皮肉」の意図を扱う課題であった.精神疾患をもたない大学生を対象とした研究においても,単なる願望よりも皮肉の理解が困難であることが明らかにされているが(佐藤ら,2016),統合失調症者においても,意図の内容の違いによってその理解の難しさが異なると考えられた.

統合失調症者において,「怒り」や「皮肉」のような相手のネガティブな感情を理解することが難しいことが認められた.人は,出来事に対して不安・悔しい・苦しい・悲しい・恥ずかしい・不甲斐ないなどの一次感情が生じたとき,その不快な一次感情が相手に理解されなかったり,一次感情を増すような言動をとられたりすることで,二次感情として「怒り」に発展する(松本・柴山,2011山根,2005).本研究で「怒り」を扱った「暑くて長い旅」の課題では,太郎さんは,「暑くて大変な思いをしてのども乾いているのに,いきなり仕事の話をするなんて,なんで花子さんは自分の状況を分かってくれないんだ」という思いを抱いていると考えられる.つまり,暑い中大変で疲れたという思いを花子さんに受け止めてもらえず,それに加えて仕事の話まではじめられ,自分の気持ちをないがしろにされたという気持ちが「怒り」につながっている.単純な一次感情である「願望」の課題に対して,「怒り」や「皮肉」は複雑な二次感情を扱っていたことから,理解が困難になっていたと考えられた.

また,統合失調症者は,非言語的コミュニケーションにおいて,他者の視線や表情を見たときに,喜びのようなポジティブな感情よりも,恐怖や悲しみのようなネガティブな感情を理解することが難しい(Cohen et al., 2009).本研究で使用したヒント課題は,ストーリーに関連したイラストを見ながら回答するものではあるが,ストーリーを聞いたうえで質問に答えるため,他者の意図は言語的な理解を評価していると考えられる.つまり,本研究において怒りや皮肉を含んだ意図を理解することが難しかったという結果は,非言語的コミュニケーションだけでなく,言語的コミュニケーションにおいてもネガティブな感情のような二次感情については理解が難しいと考えられた.

ヒント課題合計点と発症年齢には有意な相関が認められ(r = .44, p < .01),発症年齢が高いほど他者の意図の推論機能が高かった.推論機能は目標に向けて自らの思考と行動をコントロールする機能(実行機能)との関連が指摘されており(Apperly et al., 2009),実行機能は幼児期に発達して10代後半まで発達を続ける(前原,2015).本研究の対象者の発症年齢は12~49歳であったため,十分に実行機能が発達していたことで他者の意図の推論機能が良かったと推測した.また,発症年齢が高いほど,家庭や学校だけでなく,職場などの社会でのコミュニケーションを経験してからの発症であると考えられるため,社会的な交流経験の差が影響しているとも推測された.

2. 精神症状と他者の意図の推論機能の関連

PANSS合計点とヒント課題には相関が認められなかったことから,他者の意図の推論機能は,精神症状の重症度に左右されないと考えられた.ただし,本調査ではストーリーに関連したイラストを見ながら回答する形式にて他者の意図の推論機能を評価しているが,実際のコミュニケーション場面では,他者の表情や仕草,前後の文脈の理解などをふまえたより複雑な推論機能が必要になる.症状別にみると,幻聴や妄想や,誇大性や興奮のような統合失調症の代表的な陽性症状は,他者の意図の推論には関連していなかった.つまり,幻聴や妄想が強く表れている者であっても,他者の意図の推論機能は低下せずに保たれていた.

PANSS合計得点とヒント課題の得点には有意な相関が認められず,PANSS各項目の得点とは有意な相関が認められたことから,出現している精神症状によって困難を抱きやすい他者の意図の内容が異なっていると考えられた.他者の意図の推論機能を含めた心の理論は,精神症状が安定しているときに比べて急性期の精神症状が重度であるときに低下することが明らかになっている(Bora et al., 2009).本研究においては,調査に参加できる程度の精神症状であると主治医に判断された者が対象となっていたため,精神症状全体の重症度との関連が認められなかったと推測した.

「概念の統合障害」や「常同的思考」は,ヒント課題の「願望」「怒り」「皮肉」の全ての理解と関連があった.「概念の統合障害」では,支離滅裂や連合弛緩,思考途絶など,「常同的思考」では,思考の流暢性や柔軟性の低下などを評価する項目である.つまり,思路障害が他者の意図の推論を困難にしている可能性があると考えられた.ヒント課題の「怒り」の理解と関連していた精神症状は「不自然な思考内容」と「没入性」であった.これらの項目は,内的な体験から脈絡なく唐突に生じる一次妄想や,内的な感情や考えに没頭することによるものであり,内的な体験による思考が強い状態であると考えられた.周囲や他者への志向性をもつことができないことで,他者の状況やそれに伴って生じる感情や考えについて理解することが困難になると推測された.「皮肉」の理解と関連していた精神症状は「注意の障害」であった.「注意の障害」は,多くの情報から必要な情報を選択し,集中力を持続させ,注意を向ける先を切り替えたり,同時に注意を向けながら行動する機能を評価しており,神経認知機能である注意機能やワーキングメモリの障害を反映したものである.統合失調症者において,ヒント課題の理解の低下には,注意機能やワーキングメモリの低下が関連していることが示されている(Bora et al., 2006).ヒント課題の理解には,ストーリーのイラストや内容に集中して注目し,登場人物一人一人の視点からの状況や気持ちについて考え,答えを導く必要がある.「願望」のような単純な一次感情に比べて,「皮肉」のような複雑な二次感情の理解には,注意を持続・分配することが必要であるため,「注意の障害」との関連が認められたと推測された.

3. 看護への示唆―統合失調症者とのコミュニケーション上の工夫と支援―

本研究の結果から,統合失調症者とのコミュニケーション場面において,コミュニケーション場面を円滑にするために支援者が工夫できる点と,統合失調症者の他者の意図の推論機能を高める支援について述べる.

統合失調症者とのコミュニケーションを円滑にするために支援者が工夫できる点としては,端的でわかりやすい表現を用いることがよいと考えた.本研究の結果から,統合失調症者は,「怒り」や「皮肉」のような二次感情を理解することが困難であり,「願望」のような一次感情の理解はよい傾向が示された.このことから,支援者が伝えたい思いや気持ちについては,「願望」のような分かりやすい表現にして伝えることが良いであろう.ヒント課題の「暑くて長い旅」を例にすると,太郎さんは,花子さんに対して「暑い中働いて疲れたから,少し休ませてほしい」「のどが渇いたから水を持ってきてほしい」など,支援者側の状況と願望について直接的に表現することによって,支援者の考えや意図を,正確に伝えることが出来ると考える.統合失調症者に支援者が自分の思いや気持ちを伝えたいときには,婉曲的な表現を避けて,端的にわかりやすく伝えることによって,理解が促進される可能性がある.

さらに,思路障害がある人や内的な体験による思考が強い人,注意機能の障害が強い人は,他者の気持ちを推測することができず対人交流に困難を感じている可能性があることを考慮する必要がある.これらの症状がある統合失調症者においては,より注意して分かりやすい「願望」の形で支援者の思いや気持ちを伝えられるようにすることが必要である.

また,統合失調症者の推論機能に合わせた支援に加えて,推論機能を高める支援をすることも重要である.他者の意図の推論機能を高めるための介入プログラムについては,その効果が示されている.代表的なプログラムであるSCIT(Social Cognition Training)では,他者との交流場面の認知が形成されるプロセスに注目し,他者の発言の背景にある思いや,他者の言動の解釈について,適応的な理解ができるよう促すものである(Penn et al., 2007).また,ETIT(Emotion and ToM Imitation Trainig)では,イラストで示した他者の行動をみて,行動の意図を推測し,その後の行動を予測するトレーニングを行う(Mazza et al., 2010).近年では,より現実的なコミュニケーション場面でのトレーニング方法として,仮想現実(virtual reality: VR)を活用したものも開発されており,小説をもとにしたストーリーを用いたものなどがある(Vass et al., 2020).いずれの介入も,他者の意図の推論機能が形成されるプロセスに注目している.他者とのコミュニケーション場面において,どのような情報(表情や仕草,発言など)に注目し,それを自己視点と他者視点から客観的に把握することで,他者の言動の意図を適切に推論するための方略について習得することを促進している.このような介入プログラムの活用によって,機能の向上を図ることも有用な介入となると考える.

Ⅵ. 本研究の限界と課題

本研究では,他者の意図の推論としてヒント課題を用いて調査しており,意図の内容については「願望」「怒り」「皮肉」のみである.他者の意図や感情は様々であるため,他の意図や感情の場合の推論機能の違いについて検討することが必要である.さらに,ヒント課題はストーリーに関連したイラストを見ながら回答するため,実際のコミュニケーション場面において求められる他者の意図の推論機能とは異なる可能性がある.さらに,イラストについても対象者の理解を補助するだけでなく,イラストの表情や仕草によっては解答の困難さに影響を与えた可能性もあると考えられる.そのため,イラストではなく,ドラマ仕立ての動画による課題提示や,ロールプレイなどを用いてより実際のコミュニケーション場面に近い設定での課題提示をするなど,調査方法を工夫することが必要であると考える.

また,本研究では入院中の統合失調症者を対象としており,10~20分程度の本調査に参加できる程度に精神症状が安定している人が対象であった.そのため,地域生活を長期間維持している人や,長期入院されている比較的精神症状が重症である人など,地域生活を送っていることによる対人コミュニケーションスキルへの影響や精神症状の重症度の影響については検討することが出来なかった.さらに単施設での調査であるため,施設での薬物療法やリハビリテーション等の取り組みが異なる他施設においては結果が異なる可能性がある.そのため,今後はより広い対象者に調査を実施し,対象者の属性による違いなどについても検討することが今後の課題である.

Ⅶ. 結論

本研究は,入院中の統合失調症者45名において,ヒント課題を用いた面接調査による横断研究を行い,内容の異なる他者の意図の推論機能の特徴と,精神症状の関連を調査し,以下のことが明らかになった.

1.統合失調症者において,他者の意図の「願望」の理解が高く,「怒り」「皮肉」の理解が低かった.

2.他者の意図の推論機能において,思路障害をもつ場合には他者の意図の推論が困難である傾向があり,内的な体験による思考が強い場合には「怒り」の理解が困難で,注意機能の障害が強い場合には「皮肉」の理解が困難であった.

付記:本研究は,筑波大学大学院の博士論文の一部を加筆・修正したものであり,本論文の内容は日本精神保健看護学会第32回学術集会にて発表したものです.

謝辞:本研究の実施にあたり,ご協力いただいた参加者の皆様,対象施設のスタッフの皆様に心より感謝申し上げます.調査の実施にあたりご支援をいただいた国立国際医療研究センター国府台病院 伊藤寿彦先生に心から感謝いたします.また,本論文をまとめるにあたりご助言をいただきました千葉大学大学院看護学研究院 池崎澄江先生,飯野理恵先生,千葉大学医学部付属病院総合医療教育研修センター 臼井いづみ先生に御礼申し上げます.

利益相反:本研究における開示すべき利益相反はありません.

著者資格:MSは研究の着想,データ収集,分析,および草稿の作成,MTとCMは原稿への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.全ての著者は最終原稿を読み承認した.

文献
 
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