日本看護科学会誌
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原著
幼児期にある先天性難聴の子どもと母親に対する看護師の意識やケアの変化
中村 智子小村 三千代
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2023 年 43 巻 p. 593-601

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Abstract

目的:先天性難聴の子ども(以下子ども)と母親に対する看護師の意識やケアの変化を明らかにする.

方法:アクションリサーチを用いた.研究参加者は看護師10名であり,データは参加観察法および半構成的面接法,会での看護師の語り等を用いて質的記述的に分析した.

結果:看護師の意識の変化は,子どもに対して「近づけないが近づきたい」「できなかった手話をやってみたい」,母親では「話しかけにくいが話しかけたい」「思いは聞きにくいが知りたい」が導き出された.ケアの変化は,子どもでは「話し言葉ではなく見せ方や触れ方を工夫する」「痛みを聞けなかったが手話を使って聞く」が,母親は「話しかけられずにいたが話しかける」「聞きにくかった思いを聞く」が見出された.

結論:看護師は語ることで時間の流れを止め内省し,意識が変化した.また,語り合うことで発想が柔軟となり,新たなケアを創出することが示唆された.

Translated Abstract

Objective: To determine changes in nurses’ attitudes toward, and care of, children with congenital hearing loss (hereafter referred to as “children”) and their mothers.

Methods: Action research was applied to conduct the study. Study participants included 10 nurses. Data were analyzed qualitatively and descriptively through participant observation, semi-constructive interviews, and nurses’ narratives at meetings.

Results: The changes in the nurses’ attitudes were as follows: regarding the children, the nurses said, “I cannot approach but want to approach” and “I want to try sign language, which I could not do,” and for the mothers, they said, “I want to talk to them although it is difficult to talk to them” and “I want to know their thoughts although it is difficult to hear their thoughts.” The changes in care were “to show and touch the child instead of using spoken words” and “to listen using sign language although I could not ask about the pain” for the children, and “to talk to the child although I could not talk to him” and “to listen to his thoughts although it was difficult for me to ask” for the mothers.

Conclusions: By talking to the children and their mothers, the nurses were able to reflect and change their perceptions. In addition, it was suggested that talking with each other made them flexible in their thinking and devise new methods of care.

Ⅰ. 緒言

先天性難聴(以下難聴)は,遺伝性や胎児感染が原因で出生数1,000名に対し1名の割合で発症する(加我,2015).難聴の早期発見には,新生児聴覚スクリーニング検査が用いられ,その結果Pass(反応あり)あるいはRefer(反応なし)と判定される.Referと判定され難聴の診断が確定すると補聴器を作成し,難聴の程度により人工内耳手術などの手術療法が行われる.

幼児期にある難聴の子ども(以下子ども)は,音という概念がない中で生活をしている.子どもは聞こえないことが普通であり,聞こえないことは不便ではあるが不幸ではないと感じている(山内,2017).難聴の早期発見に伴い補聴器や人工内耳を用いた音を聞くことへのサポートが普及されてはいるが,聞こえることと聞いて理解することには差が生じる(中津ら,2012).子どもは聞いて理解できない場合,複雑かつ抽象的な論理の思考ができなくなり(山内,2017),自分の気持ちや考えを深めて伝えることに困難を要する.

子どもの母親は我が子が難聴と診断された瞬間からパニックに陥り,子どもの耳が聞こえてほしいと願う(佐々木,2015).また,難聴の早期発見や早期治療に伴い,親が子どもの言語を日本語にするか手話言語にするかを決定することになる.子どもの成長に伴い,母親の悩みや課題が変化している(田中ら,2013).子どもが幼児期や学童期を迎える頃になると母親は,言語訓練や言語発達,小学校をろう学校にするか普通学校かの選択や病気の説明などで悩むことになる.このように母親は,子どもの発達段階に応じた困難を抱えている.

子どもに関わる看護師は,子どもとのやり取りに困っている(藤井,2013)ことが報告されている.看護師の説明が子どもにどの程度伝わっているのか反応が捉え難く,ケアに対する評価を得ることも難しい.看護師が子どもと関わる上で困難ととらえていることの1つに,子どもの反応と看護師の解釈が合っているのかどうか確証を得られないことがあげられていた(藤井,2013).

子どもと母親への看護師の意識やケアに関する先行研究は,非常に少ない.既存の研究動向として子どもに対する看護師の意識や母親の思いに関する研究は散見しているが,子どもと母親へのケアに関する研究はほとんど見当たらない.そこで,子どもと母親について看護師と研究者が共に考える機会を創り出すことで,看護師の意識やケアがどう変化するのか見いだすため,研究に取り組みたいと考えた.

Ⅱ. 研究目的

幼児期にある難聴の子どもと母親に対する看護師の意識やケアの変化を明らかにする.

Ⅲ. 研究の意義

子どもと母親に対する看護師の意識やケアの変化を明らかにすることで,子どもと母親へのケアの方向性が見出せると思われる.

Ⅳ. 研究方法

1. 研究デザイン

アクションリサーチを用いた.その理由はアクションリサーチが課題を明確にし変化をもたらす行動を起こし,継続させ,意味の構築を行う(Greenwood & Levin, 1998)研究方法であるからである.そのため,研究者が病棟に入り,研究参加者である看護師と共に子どもと母親に対する意識とケアについて問題や課題を考える機会を創ることで,看護師の意識やケアの変化を捉えるのに適していると考えたからである.

2. 研究フィールド

研究フィールドは,関東圏内にある総合病院のNICUも併設している混合病棟であった.この病棟の平均在院日数は7.2日であり,入退院や急変の多い病棟であった.看護師は45名であり,看護経験年数は1~22年,約7割が4年以下の看護師で構成されていた.ここでは,高度難聴の子どもに対し,人工内耳埋込み術が年間50件以上実施されていた.遠方から入院してくる子どもが多く,入院日数は7日間,子どもの平均年齢は2.4歳であり,母親が付き添い入院をしていた.しかしながら看護師は,「難聴の子どもと母親に対しどんなケアをしたらいいのかわからない」と往々にして呟いていた.

3. 研究参加者

研究参加者は,研究の同意が得られた幼児期にある難聴の子どもの看護経験が3年以上ある女性の看護師10名であった(表1).研究の概要を記載したポスターを病棟休憩室に提示し,参加者を募った.

表1 

研究参加者の背景

NO 仮名 小児看護経験(年) 年齢 性別 参加した『Referの会』
1 A 5 20代後半 女性 1回 3回 4回 5回 7回 8回 9回 12回 14回 15回 16回
2 B 4 20代前半 女性 1回 2回 3回 4回 7回 8回 9回 11回 12回 13回 15回 16回 17回
3 C 10 30代前半 女性 1回 3回 4回 5回 6回 8回 10回 11回 12回 13回 15回 16回 17回
4 D 5 20代後半 女性 2回 4回 5回 6回 10回 14回 15回 17回
5 E 13 30代前半 女性 2回 3回 4回 5回 6回
6 F 10 30代前半 女性 2回 3回 7回 8回 9回 16回
7 G 6 20代後半 女性 2回 3回 4回 7回 9回
8 H 5 20代後半 女性 2回 3回 4回 10回 11回 12回 13回 14回
9 I 4 20代前半 女性 2回 3回 10回 12回 13回 14回 15回
10 J 8 20代後半 女性 6回 10回 12回 14回 15回 17回

4. データ収集

データ収集は,子どもと母親を語る会を『Referの会』として命名し,そこに出席した看護師の語りおよび参加観察やインタビューから行った.『Referの会』の内容は看護師の同意を得てICレコーダーに録音し,逐後録に起こした.また,参加観察は,『Referの会』の前後数日,看護師が子どもと母親へのケアの場面を妨げにならぬよう離れた場所から観察し,フィールドノーツに記載した.参加観察した看護師に対し,インタビューを行った.インタビューは,インタビューガイドを用いて半構成的面接法で行った.子どもや母親に行ったケアの理由,その時に感じた反応を自由に語れるようにした.インタビューの内容は,ICレコーダーに録音し逐語録に起こした.なお,データ収集期間は約1年であった.

5. アクションの概要

アクションは,『Referの会』とした.『Referの会』は,月に1~2回開催し,ファシリテーターは研究者が行った.1回あたり20分程度,話し合いテーマは,参加者が提案したテーマで進行した.場所は声が漏れない個室で行い,自由に語ってもらった(表2).初回は,看護師からの発言が少なかったが,回数を重ねる度に発言が活発となっていた.また,参加者の要望で『Referの会』は研究終了後も定期的に継続される予定である.

表2 

『Referの会』の概要

テーマ 参加者(名) 時間(分) 具体的内容
1 子どもへの関わりで困っていること 3 5 ・子どもにどう近づけばいいのかわからない
・お母さんとばかり話しをしてしまう
・子どもに近づけない
2 8 15 ・子どもに対しどう関わったらいいのかわからない
・子どもとの距離を感じてしまう
・お母さんがいないと子どもに近づけない
3 子どもに近づけないことについて 9 18 ・近づけないことを引け目に感じていたが人に話すことができなかった
・看護師なのに子どもに近づけないなんて恥ずかしかった
4 7 18 ・子どもに近づけないけど近づきたい気持ちがずっとあった
・お母さんから子どもに伝えてもらうだけでなく,自分と子どもでやりとりしたい
5 手話について 4 12 ・手話をやりたいけど,一人でやりはじめる勇気が持てない
・難聴だから手話を使うわけでないから手話を始めるべきか悩む
6 5 15 ・手話は気になる.やってみたい気持ちはあるけど踏み出せない
・手話ができたら難聴の子どもに関わる時,少し自信が持てる気がする
7 子どもへの伝え方について 5 14 ・見る力があると思う
・聞こえないからとってもよく見ている
・絵を書いたら子どもが近づいてきた
8 4 13 ・突然子どもに触ったらとても驚いて泣かれた
・聞こえない分,見たり触ったりする感覚が鋭いと感じる
9 ケアを実践してみて 4 35 ・恥ずかしくて言えなかったことを話したことで,何をすればいいのかが見えてきた
・気づいているようで意識していなかったことを話しあうことでその意味を考える時間になった
10 母親への関わりで困っていること 5 18 ・お母さんがいないと子どもに近づけない自分をお母さんはどう感じているのかといつも思う
・お母さんにお願いばかりしていて,お母さんに対して何もできていない
11 4 24 ・お母さんを介して子どもと触れ合ってしまっていると感じている
・お母さん自身に話しかけるというより子どもに伝えてもらうという行為が多い
12 母親に話しかけることについて 6 21 ・お母さんに話しかけることができていない
・看護師から子どもに近づけないからそんな自分をお母さんがどう感じているのかと想像するとお母さんに話しかけられない
13 4 14 ・お母さんに話しかけていいのか迷う
・お母さんに話しかけたいけど,なかなか行動できない
14 母親の思いについて 6 16 ・お母さんが今どんな思いなのか,気になるし気にしているつもりだけど聞く時間を作れていない
・お母さんの思いを聞いていいのかなという気持ちもある
15 6 16 ・お母さんの思いを聞いてみたいけど,行動できなかった
・一人で何もできない思いを抱えていた
・スッキリした
16 ケアを実践してみて 5 13 ・何もできないではなく,何もしていなかったんだなと感じました
・立ち止まって考えることで自分を見つめ直すことができ,何をしたらいいのか考えることができた
17 5 20 ・私にも何かできるんだなと感じた
・話しをすることで色々な考えがでて,その考えがケアに繋がると思った

『Referの会』と並行して参加観察を実施し,看護師が意識の変化と共にケアをどのように変化させるのか観察した.看護師の意識とケアが変化した理由を明らかにするためにインタビューを行った.

6. データ分析

『Referの会』およびインタビューの逐語録,フィールドノーツを精読した.その文脈から子どもと母親に対する参加者の意識やケアの変化を抽出し,生じている意識やケアの変化についての意味を熟考し,検討を繰り返した.参加者の子どもや母親への意識やケアの変化に沿ってデータを再構成し,現場でその時何が起きていたのかを研究目的に照らし合わせ分析した.また,データの解釈は,参加者に確認することで信頼性を高めた.研究のすべての過程において質的研究の専門家からスーパーバイズを受け,妥当性を確保した.

Ⅴ. 倫理的配慮

研究参加者には本研究の趣旨を文書および口頭で説明し,同意を得た.『Referの会』およびインタビューは声の漏れない個室で行い,会話はICレコーダーに録音することの同意を得た.インタビューは研究参加者の希望する日時で行い,当日のキャンセルも可能であることを伝えた.参加観察を行うにあたり子どもと母親には研究の趣旨を口頭で説明し,同意を得た.乳幼児の子どもの場合は,母親の同意をもって子どもの同意とみなした.参加観察は,ケアの妨げとならないよう2メートル程度離れた場所から観察した.研究に参加しない看護師に不利益が生じぬよう,『Referの会』で配布した資料は,病棟休憩室に置き誰でも取れるようにした.本研究は,東京医療保健大学ヒトに関する研究倫理委員会(院28-27)及び研究施設の倫理委員会(R16-172)の承認を得た研究計画書に基づいて実施した.

Ⅵ. 結果

『Referの会』の開催は17回4時間47分,参加観察は12回3時間36分,インタビューは12回3時間9分であった.ここでは,1.子どもに対する看護師の意識の変化,2.子どもに対する看護師のケアの変化,3.子どもの母親に対する看護師の意識の変化,4.子どもの母親に対する看護師のケアの変化について述べる.なお,看護師の語りはゴシック体を用い「」で示した.

1. 子どもに対する看護師の意識の変化

1) 近づけないが近づきたい

A看護師(20代,経験5年)は子ども(2歳,女児)の入院時,まず母親(30代)に挨拶し,子どもに「よろしくね」と声をかけた.その後,病棟内オリエンテーションでA看護師は母親と会話しながら棟内を歩いていたが,子どもに話しかける様子は見られなかった.手術の説明時もまた,A看護師は子どもではなく母親に説明していた.

何故,子どもに説明しなかったのかA看護師に尋ねると,「子どもにどうしたら話が伝わるのかわからない.お母さんと子どもがやりとりしている姿を自分は見ているだけになってしまい,子どもに近づけないです」と話した.

2回目の『Referの会』においてB看護師(20代,経験4年)は,「どうやって子どもと関わったらいいかわからない.だから,子どもと距離ができて近づけません.みなさんどうですか?」と参加者に問いかけた.すると,「私も,私も」と同調する声が続き,A看護師は「看護師なのに子どもと触れ合えないから,うしろめたい.結局何もできずに退院されてしまう」と言った.B看護師もまた「私も子どもへ近づけず,時間だけが過ぎてしまう」と話すと,「私もです」という声があがった.A看護師は,「今までずっとこの思いを一人で抱えて悶々としていた.でも,話ができてスッキリしたら,子どもに近づきたくなりました」と語り,B看護師は「子どもに近づけないことをみんなで話したら,じゃあどうしたら良いか,考えられたように思います」と話した.

A看護師はその後,自ら子どもに近づき話しかける様子が見られるようになった.子どもに近づくことについてA看護師は,「子どもに近づけないなんて,人に言えずにここまできてしまった.でも話したことで何かが吹っ切れて,近づいてみようと思えました」と笑顔で話した.

看護師は,子どもとのやりとりを母親に仲介してもらうことに後ろめたさを感じながらも,子どもに近づけぬまま時間が過ぎてしまっていた.一人で抱え込んでいた気持ちを表出し,同僚に共感してもらえた安堵感が,子どもへ近づきたい思いを呼び起した.

2) できなかった手話をやってみたい

子ども(3歳,男児)と母親(30代)が手話でやり取りしている姿を見ていたC看護師(30代,経験10年)は,子どもではなく母親に体温を測ることを伝えた.子どもではなく母親に伝えたことを看護師は「手話ができないので.だから,お母さんから子どもへ伝えてもらいました」と話した.

5回目,6回目の『Referの会』は,手話について話したいと希望があり,自由に語ってもらった.5回目にD看護師(20代,経験5年)が「手話を学んだことがないです」と話すと,E看護師(30代,経験13年)も「私も手話ができないです」と手話に関する現状を語った.また,C看護師は,「1人で学ぶのも不安です」と1歩前に進めない状況を話し終了となった.6回目の『Referの会』でも手話に関して話が盛り上がり,「手話を知りたかった」「手話をやってみたい」と,手話を学びたい気持ちが参加者から表出された.その後C看護師は,「手話ができないのが私だけじゃないことがわかったので,安心した.みんなで手話を学んでみたいなと感じたんです」と述べた.

手話ができない看護師は,一歩を踏み出せずにいた.できない自分を開示できたことや同僚も似通った状況であったことで,手話を学ぶ意欲が湧きあがってきた.

看護師の意識は,今まで打ち明けられなかった子どもに近づけない思いを語ることで変化した.意識の変化は,子どもに近づく方策を模索させた.

2. 子どもに対する看護師のケアの変化

1) 話し言葉ではなく見せ方や触れ方を工夫する

F看護師(30代,経験10年)は母親(30代)に挨拶した後,子どもへの紹介を母親に依頼した.また,子ども(3歳,男児)の初めての血圧測定時F看護師は「痛くないよ」と母親に話し,母親から子どもに伝えてもらった.なぜ子どもに直接伝えないかを尋ねるとF看護師は,「子どもにどう伝えたらいいのかわからない.だからお母さんに伝えてもらっている」と話した.

7回目の『Referの会』は,子どもへの伝え方について話したいと希望があり,語ってもらった.F看護師は子どもへ伝えるとき,「子どもに説明がどの程度伝わっているのか,わからない」と話した.またG看護師(20代,経験6年)は「子どもが理解したのかわからない」と言い,参加していた他の看護師も子どもの理解度を捉えることの難しさを語った.そこで8回目は,子どもの理解度とは何か,子どもへの問いかけの際どのような配慮や工夫が必要かを話し合った.

B看護師は「聞こえない分,他の五感が鋭いと思う」と聴覚以外の五感について語った.さらに,「視覚が勝っていると感じることがあった」「絵を描いたら,私に近寄ってきた」,「突然触ったら驚かれた」と,活発に話が続いた.A看護師は,「触ったり,遊んだりしているうちに,子どもと仲良くなれた」と触覚という視点を提示し,視覚と触覚からケアの方向性が話し合われた.

その後F看護師は,子どもと視線を合わせて視線が合ってから挨拶をする様子がみられた.また,子どもに触れる際は突然触れて驚かせないよう,子どもと視線を交わしてしてから,手や肩など末梢から少しずつ触れていた.F看護師は,「子どもは,まず見て確認している.だから,見たことを確認してからじわじわ触れていきました」と,見せ方や触れ方の工夫を語った.

看護師は,話し言葉では子どもの理解が得られず,子どもと分かり合えないことを痛感していた.しかし,見せ方や触れ方を工夫するケアを創り出していた.

2) 痛みを聞けなかったが手話を使って聞く

H看護師(20代,経験5年)は,術後の子ども(3歳,男児)に痛みを聞けずにいた.そのことを「手話をうまく使えないです」と話し,子どもとのやりとりの中で手話を使う難しさを語っていた.

『Referの会』で手話について学びたいという看護師からの要望があり,手話の会(表3)を手話ができるA看護師が主体となり,10分程度3回開催した.手話の会では挨拶や自己紹介,痛みの有無や薬を使用するかなど,実践に即した内容で行った.参加したH看護師は,「少し自信がもてました」と話し,「手話を使って子どもとやりとりしたい」と意欲的だった.

表3 

手話の会の概要

時間(分) 参加者(名) 内容
1 15 11 挨拶,自己紹介,痛みの程度,薬使用の有無
2 15 9 挨拶,自己紹介,痛みの程度,薬使用の有無
3 12 10 挨拶,自己紹介,痛みの程度,薬使用の有無

手話の会終了後,手術後の子どもに手話で痛みを聞いているH看護師の姿があった.そのことをH看護師は,「無意識に,手話で子どもに痛みを聞いていました.子どもが手話を見て,反応したのがわかりました」と,手話による子どもの反応も読み取っていた.

看護師は手話ができなかったため,子どもに痛みの程度を尋ねることができなかったが,手話を学び手話で子どもに痛みを聞けるようになっていた.

看護師は,子どもに対するケアに確証を持てずにいた.その思いを語り,仲間と分かち合うことで,看護師の意識が変わりケアへのアイデアが浮かび上がるよう変化した.

3. 子どもの母親に対する看護師の意識の変化

1) 話しかけにくいが話しかけたい

I看護師(20代,経験4年)は検査の説明を母親(30代)に行い,母親から子ども(4歳,女児)にその内容を伝えてもらった.その後,子どもが検査をしている約20分間看護師は母親と同席していたが,お互い終始無言であった.そのことをI看護師は「お母さんに話しかけにくいです」と,うつむきながら話した.

母親へ話しかけることをテーマにした12回目にI看護師は,「子どもに近づけない自分をお母さんはどんな風に感じているかと思うと,話しかけられない」と話した.H看護師も「私もお母さんがいないと子どもに近づくことができないから,どう思われているかと考え,話しにくい」と,子どもへ近づけないことを母親にどう思われているのか不安に感じていると語った.少し間をおいてI看護師が,「ずっとこれでいいのかなって思いながら働いていたけど,自分ではどうしようもできなかった」と言うと,C看護師は「私も何も解決しないまま時間だけが過ぎてしまっていた」と語った.

その後,H看護師が「こういう会がなかったら,こんな思いを人には言えなかったです」と言うと,C看護師は「会があったから立ち止まって考えられた」と話した.続いてI看護師が,「自分の思いをことばにしたら,自分を見つめ直せたように思います.やっぱりお母さんと話したいな」と言い,H看護師は「私も話してみよう」という声が出て終了となった.

看護師は,子どもに話しかけられずにいたことを母親にどうみられているのか不安に感じ,母親にも話しかけられなかった.その思いを語り合い,同僚と分かち合えたことが振り返る機会となり,母親と話したい気持ちが湧き起った.

2) 思いは聞きにくいが知りたい

母親(40代)は子ども(3歳,女児)が手術している間病室の椅子に座っていたが,J看護師(20代,経験8年)は母親に話しかけることもなくベッドを作り終えると出て行った.そのことをJ看護師は,「お母さんがどんな思いでいるのかなとは思うのですが,聞きにくいです」と子どもに対する母親の思いを聞きにくいと話した.なぜ母親の思いが聞きにくいかをJ看護師に問いかけてみると,「難聴に対する思いは,特に聞きにくいですよ」と話した.

『Referの会』の14回で母親の思いをテーマに話すと,C看護師は「お母さんを責めてしまう気がして聞きにくい」と話した.J看護師は「聞きたい気持ちと,私が聞いていいのかなという気持ちが交錯しています」と言い,「一番聞きたいことだけど一番聞きにくい.お母さんが難聴について責任を感じているのではと,考えてしまいます」と話した.その後「そうなんだよね」と看護師同士で会話が飛び交った.D看護師は「難聴について責任を感じているかもしれないと思うから,聞きにくいです」と話すと,参加していた看護師が一同に頷いた.すかさずJ看護師が,「でも,看護師だからお母さんの思いが知りたいし,お母さんも思いを話しやすいのかもしれない」と言うと,C看護師が「看護師が耳を傾けないと」と話した.J看護師は「自分の思いを話したら,すっきりしました.お母さんの思いが知りたいです」と,参加者は晴れ晴れした表情で会が終了となった.

母親の思いを聞くことは子どもの難聴に触れることになるため,母親が自責の念を抱えている可能性を思案し,看護師は母親に思いを聞けずにいた.しかし,その思いを吐露し皆で共有すると看護師は,専門職としての使命感から母親の思いを知りたいと変化した.

看護師は,子どもに近づけないことで母親へも近づけずにいた.一人で抱えていた思いを話すことで,母親への看護師の意識が変化した.

4. 子どもの母親に対する看護師のケアの変化

1) 話しかけられずにいたが話しかける

12回目の『Referの会』の後もI看護師は,母親(30代)へ話しかけられずにいた.そのことについてI看護師は,「お母さんに話しかけるタイミングをつかめない」と言った.

母親へ話しかけることをテーマにした13回目の『Referの会』でC看護師は,「常にお母さんは子どもの傍にいるからお母さんと話せない」と言い,I看護師も「常に子どもと一緒だから母親といつ話したらいいのかわからない」と母親へ話しかけるタイミングの難しさをあげた.B看護師が「でも,検査とか手術とかお母さんが一人の時間もありますよね」と呟くと,I看護師は「結局話しかける勇気が出なかった」と言った.C看護師が「私もお母さんともっと話したいけど,一歩踏み出せなかった」と臆する思いを話した.B看護師は「私もです.話しかけるタイミングがあるのはわかっていたけど,自分が動けなかった」と語り,看護師同士お互いに目を合わせ頷いていた.I看護師が「話しかけてみようかな」と言うと,B看護師も「話しかけてみましょうよ」と話し,「そうしよう」という声が聞こえ終了となった.

I看護師は,子どもが手術をしている時間や午睡を利用し母親へ話しかけていた.そのことをI看護師は「お母さんと話したいから,話してみようと思って」と言い,「子どもに近づけないことが恥ずかしかった.だから話しかけたい思いに蓋をしていた.でも話してみたら自分の殻が破れた感じがしました」と話した.

看護師は,母親に話しかけたい思いを行動に移すことができなかった.しかし,その思いと向き合い,同僚と語り合うことが話しかける契機となった.

2) 聞きにくかった思いを聞く

J看護師は,母親がどのような思いで付き添っているか気になっていたが話しかけられずにいた.そのことをJ看護師は,「母親の思いを聞きたいのと聞いていいのかなという思いが交錯している」と話した.

母親がどんな思いでいるのかをテーマにした15回目の『Referの会』でD看護師は,「今回の入院は,手術で聞こえるようになるという思いと,本当に聞こえるようになるのかという思いで付き添っていると思うんです.だから聞きにくいです」と話すとJ看護師は,「音が聞こえる手術をするために入院している.けど手術がうまくいかない可能性もあるわけで.そんな思いでいると感じるから,思いを聞いていいものか悩む」と踏む込めない思いを語った.すると,傍にいる看護師が顔を見合わせ頷いていた.

しばし沈黙の後I看護師が,「だから,聞き続けないといけないのかもしれないですね」と言うと,D看護師は「そうですよね.不安や心配な思いがあるからこそ,聞かないと」と話した.J看護師は「その時のお母さんの思いを聞いていかないとですね」と言った.

後にJ看護師は,子どもが寝ている時間を活用して,母親の思いを聞く時間を創るようになっていった.その理由を,「お母さんの今の思いを聞いてみようと思って」と話し,「みんなで話していたら,背中を押してもらえたように感じて聞くことができました」と嬉しそうに伝えた.

看護師は,母親の不安や心配な思いを気遣い踏み込めずにいた.看護師は互いにその思いを確かめ合うことで,母親の思いを聞く行動へと変化した.

看護師は,母親へケアすることへの一歩を踏み出せずにいた.『Referの会』で看護師は臆する思いを話せるよう変化し,仲間と共感できたことで,母親へのケアが変化した.

『Referの会』は,回数を増すごとに看護師の思いを話せる場所へと変化し,語り合うことで看護師の意識は変化した.意識の変化は看護師の視野を広げ,子どもと母親へケアを生み出す変化をもたらした.しかしながら,1年間という期間では,生み出されるケアに限界があった.

Ⅶ. 考察

難聴の子どもと母親に対する看護師の意識やケアがなぜ変化したかを,1.時間の流れを止めて内省する,2.柔軟な発想から創出するから考察する.

1. 時間の流れを止めて内省する

看護師は「子どもに近づけず時間だけが過ぎてしまう」と言い,子どもと母親に近づけないまま時間の流れも止められずにいた.なぜなら,それは時間が看護師にとって患者の生命と直結しており,時間を意識せざるを得ない状況に置かれていたからと考える.看護師は刻一刻と過ぎていく時間を追いかけるように,看護に取り組んでいる.Oliver Burkeman(2022)は,重要なことをやり遂げるには,思い通りにならない現実と向き合うことであると述べている.看護師は『Referの会』で子どもと母親に近づけないという課題と向き合うことで,立ち止まり,時間の流れを止めることができたと考える.

看護師は実践しながら思考を繰り返し,行動している(Schön, 1983/2007).その過程は日常的に止まることなく行われている.本研究において看護師は,日々抱えていた悩みや困難を閉じ込めていた.閉塞感に覆われていた看護師にとって,『Referの会』は安心して思いや悩みを語ることができる場と時間であった.そのため,看護師は内省することができたと考える.

『Referの会』に参加することで看護師は,時間の流れを止めることができ,それぞれがありのままの思いを表出できるようになった.なぜなら『Referの会』が看護師にとって臨床という現場から心理的に隔離された場所となっていたからである.看護師は身体の動きを止めて課題と向き合うことができたと考える.臨床から心理的な距離を取ることで看護師は,流していた課題をすくい取ることができた.困難の渦中から距離をおくことで看護師は,気持ちを切り替え,思い通りにならない現実に向き合うことができたと考える.

看護師が課題に目を向ける時間と場所として『Referの会』があり,そこには思いを分かち合える同僚がいた.対処できない課題を目の前にして,どんな思いも話すことができる時間や場所,同僚がいたことで看護師は,時間の流れを止め内省することができた.看護師にとって『Referの会』は,解決できない課題を取り組む時であり,ありのままの思いが語れる場所であったと考える.

看護師が語り合うことでどのように変化するかに関する既存の研究では,語る場があることでやる気を取り戻す(尾高ら,2011)ことが報告されているが本研究では看護師が,流れていた時間を止め,内省できることが見出せた.

2. 柔軟な発想から創出する

看護師は難聴の子どもに対し話し言葉以外の方策が見出せず,関わり方の難しさに悩んでいた.また,子どもに関われない看護師を母親がどう感じているのか不安に思い,子どもの母親にも話しかけられずにいた.それは看護師が子どもと関わる際,会話以外に目を向けることができず,子どもと関わる方法として話し言葉に頼っていたためと考える.

知的複眼的思考法の著者である刈谷(2021)は,物事の一面だけに目を向ける考え方を単眼思考といい,常識的な考え方にとらわれずに物事を考えていく方法を知的複眼的思考法と名づけ相対化する視点をもつことが重要であると述べている.看護師は無意識のうちに話し言葉に依存して子どもと関わり,単眼思考に陥り行動していた.話し言葉に主眼をおいていたため,看護師は子どもの反応を捉えることに苦渋していたと考える.母親に対し看護師は,自分が子どもに関われない看護師と思われているのではないかという認識に駆られていた.看護師は思い込みにより単眼思考に陥り,母親にも話しかけられず,子どもと母親へのケアにも行き詰まりを感じていた.

しかし,『Referの会』が生み出す看護師の語り合いは,看護師に気づきを促し新たな発想へと連動する機会となった.看護師は,語り合うことでそれまで抱いていた固定概念に気づき,当たり前として捉えていた考え方から物事の見方を変え,複眼的思考で捉えることができるよう変化したと考える.複眼的思考を身につけるためには,相手の立場になって考えることが大切である(刈谷,2021).語り合うことで看護師は,子どもや母親の立場から考えることができるように変わった.看護師は,単眼思考により自分の立場から物事をみて考えていたが,『Referの会』で同僚と語り合うことでその見方に気づき,子どもや母親の立場に自分を置き換えて思案することができるよう変化したと考える.『Referの会』で様々な思いや考えが膨らむことで看護師は,視野を広げて考えることができた.また,視野の広がりにより看護師の発想が柔軟に変化したと考える.発想が柔軟になったことで「聞こえない分,他の五感が鋭い」という新たな考えが連想され,子どもに触ったり見せたりした時の子どもの反応を想起した語りへと繋がった.『Referの会』における看護師の語りは様々なアイデアを彷彿させ,看護師は新たなケアを創り出すことができた.

看護実践の語り合いによる看護師の気づきと行動に関する先行研究によると,語る会は学習の機会となる(東・河口,2022)ことが報告されているが,本研究では看護師が『Referの会』で語り合うことで,柔軟な発想を創造しケアを創出することが明らかとなった.

3. 研究の限界と課題

本研究は1施設での研究であるため今後は研究フィールドを追加し,継続して探求していく必要がある.また,本研究の協力施設は子どもと母親に対しケアを見出すことができたが,その後子どもと母親に対する看護師の意識やケアがどう変化し何が継続され,どのような成果が生み出されているか,調査していく必要がある.

4. 実践への示唆

難聴の子どもと母親に関わる看護師は,

1.臨床から心理的に離れた場を設定して看護師間で語ることで時間の流れを止め,子どもと母親への関わりを見つめ直すことができる

2.看護師同士の語り合いから生み出された考えは,看護師の見方が変わり視野も広がり新たなアイデアを生み出すことができる

3.様々なアイデアと気づきにより看護師の発想が柔軟となり,新たなケアが創出できる

ことが示唆された.

Ⅷ. 結論

本研究は,難聴の子どもと母親への看護師の意識やケアがどのように変化するかを目的にアクションリサーチを用いて行った.その結果,看護師は子どもと母親へ近づけない思いや悩みを抱えており,それらを『Referの会』で語ることで課題と向き合い,意識が変化した.また,看護師同士で語り合うことで様々なアイデアと気づきを導き,ケアを創り出すことができた.看護師は課題に取り組むことで流れていた時間を止め,あるがままの思いを話せる同僚がいる『Referの会』で内省することができた.また語り合うことで柔軟な発想が生み出され,看護師は新たなケアを創出できることが明らかとなった.

付記:本論文の内容の一部は,第38回日本看護科学学会学術集会において発表した.本研究は東京医療保健大学看護学研究科看護学専攻(修士課程)に提出した修士論文の一部に加筆・修正を加えたものである.

謝辞:本研究を実施するにあたり,研究にご参加いただきました皆様,ご協力ご指導いただきました皆様に心より感謝申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:著者NTは研究の着想,デザイン,分析,および草稿の作成を行った.KMは研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者は最終論文を読み承認した.

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