日本看護科学会誌
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原著
働く世代のがん患者の治療継続と社会生活の両立に向けた対処によってアイデンティティの揺らぎを収束するプロセス
森 莉那
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電子付録

2023 年 43 巻 p. 852-863

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Abstract

目的:働く世代のがん患者が治療継続と社会生活の両立に向けた対処によって,アイデンティティの揺らぎを収束するプロセスを明らかにする.

方法:働く世代のがん患者11名に半構造化面接を行い,複線径路・等至モデルを用いて分析した.

結果:働く世代のがん患者のアイデンティティの揺らぎを収束するプロセスは7つの時期に区分され,時期ごとのアイデンティティと対処が明らかとなった.そしてそのプロセスは4パターンに分類され,いずれのパターンも治療経過に応じて現実自己と理想自己と対峙しながら,治療継続と社会的役割の遂行にむけた様々な対処により【がんサバイバーとしての自己を受け入れ自分なりにこれからの生き方を明確にできる】というアイデンティティに至るプロセスであった.

結論:働く世代のがん患者のアイデンティティや認識,対処行動の違いに着目して支援することで,アイデンティティの揺らぎをより円滑な収束に導くことが示唆された.

Translated Abstract

Objectives: To clarify the processes by which working-age cancer patients converge fluctuations in their identity by implementing coping strategies that improve compatibility between their ongoing treatment and their social lives.

Method: Semi-structured interviews were conducted with 11 working-age cancer patients, and the data were analyzed using the trajectory-equifinality model.

Result: The processes by which working-age cancer patients converge fluctuations in their identity were divided into seven stages. Patients’ identities and coping strategies were clarified for each stage, and the processes were categorized into four patterns. In each of the patterns, patients confronted their actual self and their idealized self in a manner that corresponded to the course of treatment. The process of doing so led to an identity in which the patient has accepted themself “as a cancer survivor and is able to identify an individualized way of living for the future” through the implementation of different strategies to fulfill their social roles while continuing their treatment.

Conclusion: The findings suggest that providing support that considers differences in identity, awareness, and coping behavior among working-age cancer patients can help such patients to more easily converge fluctuations in their identity.

Ⅰ. 緒言

我が国のがん罹患率は40歳代以降で増加し(公益社団法人がん研究振興財団,2022),社会的役割を担う働く世代にとってがん罹患による影響は多方面に及ぶ.また現在のがん治療は集学的治療が主流であり,手術後も長期間外来で治療が行われ,がん患者は治療の副作用症状と付き合いながら生活する必要がある.働く世代のがん患者たちは,体力・精神的な負担感や他者との関わりへの不安,疾患や治療の見通しがつかないことへの社会的・経済的な気がかり,生活調整や協力を求めることの難しさ等の困難を抱いていることが報告されている(田中・田中,2012藤塚ら,2016Kimberly et al., 2016).

「働くこと」は単に収入を得るだけではなく,自己の成長や自己実現の欲求の充足に向けて「自己を生かすため」でもある(所,2002)とされ,働く世代のがん患者にとって「働くこと」は自己概念(以下,アイデンティティ)に影響する重要な意味をもつといえる.光井ら(2009)は,外来化学療法を受ける患者にとって仕事や役割を果たすことは,社会生活における自身の存在価値であり,他者から必要とされているという自分の有用性を実感するものと示している.廣川ら(2020)は,治療を受けながら就労するがん患者は,身体や気持ちを整えることに努めながら,職場の管理者とともに自分なりの働き方を組み立て,治療と就労の継続に向けた対処をしていることを明らかにした.そして河田(2018)は,がん患者でありながら働くためには,個々人が自らに固有のがん経験を客観視し,それを他者に説明し,人間関係を再構成する必要があると述べている.また,治療期間中は従来担っていた役割を遂行しながら病者役割も果たすこととなる(田中・田中,2012)ため,治療や副作用症状などに伴うさまざまな困難によってアイデンティティに揺らぎが生じることはやむを得ない.病気や治療を経験している現実の自己を捉え,これまでの自己との乖離を自覚することによって,その対処として治療と社会生活の両立に向けた行動が導かれるといえる.しかし,患者のアイデンティティの揺らぎや対処の状況は個々に異なり,看護師は患者の揺らぎの状況や対処の志向性を捉えて支援する必要がある.

そこで本研究では,働く世代のがん患者の治療継続と社会生活の両立に向けた支援のあり方を検討するために,がん患者が治療継続と社会生活の両立にむけた対処によって,アイデンティティの揺らぎを収束させていくプロセスを明らかにすることを目的とした.

Ⅱ. 用語の定義

1. アイデンティティの揺らぎ

これまで経験してきた出来事やそこにおける自分の役割を背景に,自分はこうありたいと思う自分(理想自己)と実際にある自分(現実自己)との間に乖離が生じている状態.

2. アイデンティティの揺らぎの収束

アイデンティティに揺らぎを感じていた状態から,理想自己と現実自己とがまとまり収まっていったと感じ,自分なりにこれからの生き方を明確にできた時点.

3. 治療継続と社会生活の両立に向けた対処

治療を継続しながら仕事や家庭内における社会的役割を遂行するための意図的かつ意識的な行動.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

複線径路・等至モデル;Trajectory Equifinality Model(以下,TEM)を用いた質的記述的研究である.TEMは非可逆的な時間の流れのなかで生きる人の行動や選択の径路を示すことができる(安田・サトウ,2016).本研究においては,働く世代のがん患者が社会生活を送る非可逆的な時間軸のなかで,治療と社会生活との両立において生じる困難によって認識したアイデンティティの揺らぎが,人的・社会的・文化的等のさまざま影響を受けながら対処することにより,収束するプロセスを明らかにできると考えTEMを用いた.

2. 研究参加者

外来で術後補助化学療法を受け,予定の化学療法が終了して3~6か月を経過した患者とし,がんの治療開始時に何らかの職業(自営業含む)に就いていた11名を対象とした.TEMでは研究参加者の人数について9 ± 2人で径路の類型を把握できるとされる(安田・サトウ,2016).研究参加者の選定は,協力施設の診療科(乳腺外科・消化器外科・婦人科)の外来担当医から候補患者の紹介を受け,上記条件に合致する患者を研究参加者とした.

3. データ収集方法および内容

2018年6月~2019年8月に,半構造化面接を1名の参加者に対して2回実施した.面接はプライバシーが保護できる個室で行い,許可を得て録音した.

面接内容は,治療継続や社会生活に関連したと思われる身体症状や精神状況,こうありたいと思っていた自分ががんの診断や治療過程でどのように変化したか,治療と社会生活の両立に困難と感じたこととその時とった行動,周囲からの助けになったことなどとした.

4. 分析方法

1) 個別のTEM図の作成

研究参加者ごとの逐語録からデータの意味内容のまとまりを切片化して抜き出し,まとまりごとに予備的要約したものをコードとし,一文で意味が理解できるようにサブカテゴリーとして表現を修正した.アイデンティティの揺らぎや対処の状況からサブカテゴリーが意味することを解釈し,サブカテゴリーがTEMのどの概念に該当するかならびにサブカテゴリーの関係性を考慮しながら径路にそって配置し,「個別のTEM図」を作成した.

2) 全体のTEM図の作成と時期区分の設定

(1) 全体のTEM図の作成

「個別のTEM図」をもとにサブカテゴリーを集約し,等至点,分岐点,社会的ガイド,社会的方向づけについて意味内容の類似性に基づいてカテゴリーを生成し,「全体のTEM図」を作成した.

「全体のTEM図」では,多様な経験の径路が収束する地点を示す概念として等至点(Equifinality Point:以下,EFP)を設定し,その後でEFPと対極の意味をもつ両極化した等至点(Polarized Equifinality Point:以下,P-EFP)を定めた.P-EFPとは,EFPとP-EFPの軸(次元)を時間の軸と直交させることによって,2つの次元を定義することがTEMの特徴とされる.次に,ある選択によって行為が多様に分かれていく地点を示す概念としての分岐点(Bifurcation Point:以下,BFP)を捉え,さらにすべての参加者が通る地点を示す概念として必須通過点(Obligatory Passage Point:以下,OPP)を設定した.

本研究において,アイデンティティの揺らぎが収束する地点としてEFPを【がんサバイバーとしての自己を受け入れ自分なりにこれからの生き方を明確にできる】とし,P-EFPは【アイデンティティの揺らぎの継続】とした.BFPにはその時のアイデンティティと困難への対処行動を示し,OPPはアイデンティティの転換を目安とするポイントとして捉えた.さらに社会的な力を示す概念として,社会的ガイド(Social Guidance:以下,SG)をアイデンティティや対処行動の選択に促進的に働くものとし,社会的方向づけ(Social Direction:以下,SD)は選択に阻害的な影響を及ぼすものとした.SGとSDは同じ事象であっても,促進的に作用する場合もあれば阻害的な影響を及ぼす場合もあることから,BFPとの関係を捉えて設定した.

(2) 時期区分の設定

「全体のTEM図」から,アイデンティティの転換する局面を捉え,揺らぎの収束プロセスにおける時期区分を明らかにし,その時期のアイデンティティを命名した.

3) 治療継続と社会生活の両立に向けた対処によるアイデンティティの揺らぎを収束する径路のパターンの検討

「全体のTEM図」から参加者ごとの径路を確認し,アイデンティティや対処行動の違いから径路のパターンを把握し,「全体のTEM図」に径路のパターンを示した.

4) 分析の確証性と確実性の確保

分析の全過程において,質的研究の経験をもつ研究者のスーパービジョンを受け確証性を確保した.分析の確実性の確保として,1回目の面接終了後に作成した「個別のTEM図」を2回目の面接時に研究参加者に見てもらい,分析結果に相違がないかを確認した.

5. 倫理的配慮

本研究は愛知県立大学倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:29愛県大学情第6-28号).また,協力施設の倫理審査委員会の承認を得て研究を実施した.特に,本研究では術後外来化学療法期間中の体験や生活を振り返ることとなるため,心理的に負担のない範囲で答えてもらうよう説明し,研究参加者の体調や心理状況等に注意して実施した.

Ⅳ. 結果

1. 研究参加者の概要

参加者は男性3名,女性8名,平均52.6歳であり,がん種は,胃がん3名,乳がん7名,卵巣がん1名であった.がん治療開始時の就業形態は,正規雇用が5名,パート/アルバイトが4名,自営業が2名で,治療期間中に退職したものが3名,休職しているものが1名であった.

2. 治療継続と社会生活の両立に向けた対処によるアイデンティティの揺らぎを収束するプロセスの全体像

「全体のTEM図」から得られた働く世代のがん患者のアイデンティティの揺らぎの収束プロセスは,がんの可能性を認識し,社会生活を送る自己とがんかもしれない現実自己との間に乖離を認識したときのアイデンティティOPP①【今まで普通に仕事をしながら生活をしていた自分とがん患者になっているかもしれない自分とに戸惑う】から始まり,治療経過に応じて現実自己と理想自己と対峙しながら,治療継続と社会的役割の遂行にむけた様々な対処により,EFP【がんサバイバーとしての自己を受け入れ自分なりにこれからの生き方を明確にできる】というアイデンティティに至るプロセスであった.

アイデンティティの揺らぎを収束するプロセスは7つの時期に区分され,その時期ごとのアイデンティティが明らかとなった.時期区分の説明をOPPと主要なBFPを用いて述べる.本文中の「 」はその時期のアイデンティティ,【 】はOPP,《 》はBFPを示す.

治療継続と社会生活の両立に向けた対処によるアイデンティティの揺らぎを収束するプロセスの全体像(抜粋)を図1,本研究におけるTEMの概念ならびにアイデンティティのカテゴリーおよびその定義と参加者の語りの一部を表1に示す.なお,すべてのBFPを含むプロセスの全体像は付録として添付する.

図1 

治療継続と社会生活の両立に向けた対処によるアイデンティティの揺らぎを収束するプロセスの全体像(抜粋)

表1 

TEMの概念ならびにアイデンティティのカテゴリーとその定義

TEMの概念 カテゴリー 定義 参加者の語りの一部 ※( )内は参加者ID
等至点(EFP) がんサバイバーとしての自己を受け入れ自分なりにこれからの生き方を明確にできる がんの不確かさを受け入れ,がんサバイバーとしての今後の自分の生き方が明確になったことの自覚をもつ 自分の生きてる意味ってどうだったの?って考えたり,だったら残りはどうやって生きていこうか,すごい考える.だから逆に収穫かもしれない.病気にならんかったらあんまり考えてないかもしれないし.(K)
①がんを経験したからこそ得られた新たな自分を活かして悔いのない人生を生きていきたい がんの経験から得た知識や対処,人との繋がりなどを活かして,今度は自分が同病のサバイバーに還元していきたいという新たな価値観のもとで生きていきたいという認識をもつ 私は病気のことを隠そうと思わなくて,むしろいろんな人に話してあげたい.実際に体験しないとわからないこともあるし,少しでも話したことが役立ててもらえるんだったらどれだけでも話してあげたいって思う.(E)
②体調を第一優先として無理のない範囲で社会的役割を担い自分らしく生きていきたい 体調を優先しながら,社会のなかで自分の役割を遂行していたこれまでの自分を取り戻せるように自分らしく生きていく いまのところ身体もキツくないから仕事も問題なくやれている.でも体力はどんどん落ちていくし,病気が進めば当然体力は落ちる.体力が落ちてきた時にはついに(仕事は)辞めないかんと思う.自分はよくても会社に貢献できなくなっちゃう.要は身体がついていけないもんだから.みんなに迷惑をかけるようだったら自分の方から身を引くつもり.(B)
両極化した等至点(P-EFP) アイデンティティの揺らぎの継続 がんの不確かさを認識したことで今後の生き方の方向性が定まらず,継続的に戸惑いをもつ
必須通過点(OPP) 今まで普通に仕事をしながら生活をしていた自分とがん患者になっているかもしれない自分とに戸惑う 当たり前に仕事で役割を果たしていた自分が,がん患者になることで「仕事をする自分」を失うかもしれないことに戸惑いをもつ 直属の上司,その上の管理職にそういう(がんになったこと)話をして,このまま辞めてくれって言われると思っていたら,休んでもらって結構だからとりあえず辞めんといてくれっていう話で.そのまま継続できることになりました.(H)
がん患者の自分になってしまった これまでは可能性に過ぎなかった「がんかもしれない自分」が確信に変わり「がん患者の自分」になった認識をもつ 確定診断がつくまでは,違うかもしれないというか,なってしまっても不思議ではないけど,でも自分はならないんじゃないかな,でもなるんかなって.それが(結果を聞いたら)本当にそうだったんだって.(J)
仕事をする自分は一旦置いてがんの手術を受ける自分に転換する 「手術を受ける自分」を受け入れて「仕事をする自分」から離れることで,生きるための保障を得る 術後すぐに復帰できるかどうかわからないと思って,中途半端じゃなく(手術のために)ちゃんと休もうって思って,まずはひと月休みをとることを申請した.(K)
化学療法を受けざるを得ない自分と社会で役割を果たしたいと思う自分に思いあぐねる 生きるための選択として,「化学療法を受けなければならない自分」を受け入れるが,「社会で役割を果たしたい自分」と折り合いをつけることに困難さをもつ 化学療法を受けてたら絶対大丈夫ともいえないけど,あの時やっておけばよかったじゃんって後悔しないためにはやるしかないかなって思った.(K)
化学療法を受けたことで変化した自分と治療前から何も変わらない現実社会との乖離 化学療法を受けたことで生活が一変した自分と,何も変わっていない現実社会との間に孤独感や置き去られ感を認識し,「社会に戻る自分」に焦りの感覚をもつ 抗がん剤が終わると周りの気遣いが一気になくなる.だけど自分は体調不良をずっと引きずってて,その体力のなさは治療中よりもさらにここで感じる.外界と違い…終わったからこそのギャップがある.(G)
再発や転移の可能性を含めたこれからの生き方の再考 がんの不確かさを受け入れて,今後の生き方を考えていくことへの認識をもつ 治療が一旦終わったところで再発や転移の不安がみんな出てると思う.いつか自分も(再発や転移することが)あるかもしれないって常に思ってる.だから生前整理も全部やった.(E)
分岐点(BFP) 自分の身体に何か異変を感じる 自分の身体にみられる症状に何か異常があるのかもしれないと不安をもつ セルフチェックで胸を触っていると三角のひらぺったい硬いようなものがあって.反対側にはないけど,こっちにはある.やっぱりそれはちょっとおかしいよな~って思って.(D)
自分の身体に不確実さをもつ 自分の身体に異常はないとは言い切れない不確かさをもつ ただちょっと痛かっただけで,何かすごく嫌な予感.(E)
自分は健康に自信がある これまでに大きな病気をしたこともなく,健康を意識して生活していた自負があり,健康体であるという自信をもつ すごい痩せてはいってたんだけど,健康づくりと思って体幹運動や犬の散歩に行ったりしていたので,痩せたのは運動の効果が出てきたんだって思っていた.(H)
きっと大したことはなく自分は大丈夫 自覚症状はあるが自分に限ってはすぐに治るだろうと重く受け止めない認識をもつ 胃がもたれるな~とか,胃が調子悪いのは仕方ないくらいの程度で(気にしていなかった).(B)
仕事をする自分を失いたくない がん患者になることで,「仕事をする自分」のもつ役割を失うことにはなりたくないという認識をもつ やっぱり,(がんになって治療して)何らか仕事に支障を来すということになると不利だとどうしても思う.(C)
がんかもしれない自分を受け入れない 「仕事(家庭内の役割)をする自分」を優先することで,「がんかもしれない自分」を受け入れないで済むという認識をもつ お風呂で何かすごいここ硬いなって気づいて.でも子どもの卒業式とか入学式があったので,それが終わってちょっと落ち着いてからにしよって,ちょっと怖くて逃げてた.(F)
がん患者になった自分を受け入れざるを得ない 専門家である医師が診断した結果であり,専門家が診断を間違えるはずがないととらえて,「がん患者になった自分」を受け入れる決意をもつ 動揺はもちろんあったけど,「もう戦うしかない」ってすぐ頭を切り替えられた.「やるしかない」って.「すべてのつらい治療も全部やるしかない」,「もう生きるためにどんなに無様でも何でもやろう」ってすぐに切り替えられた.(E)
仕事をする自分とがん患者になった自分とが対峙して混乱する 医師から検査結果を聞いて「がん患者になった自分」を理解しようとするが,「仕事をする自分」とどう向き合えばいいのかわからず,折り合いをつけられない自分を認識する 悪性ってわかった時に,辞めることを早く会社に言わないとと思って,すぐに会社の上司に言った.それなのに,先生から抗がん剤を勧められたときは,髪の毛が抜けながらどうやって仕事をしようかと考えていた.(J)
もう必要以上に自分の身体を傷つけることはしたくない 手術で傷つけた身体にさらにむやみやたらに化学療法で身体に負荷をかけて傷つけることはしたくないという認識をもつ 術前には化学療法をするとは言われていなかったから本当に想定外.抗がん剤の副作用…見た目はかつらで何とかなっても,体力的な部分とか免疫力がどこまで落ちるのか,自分が今までと同じように働いていけるのかが心配で.(K)
今までと同じ人生は諦めないと生きられない自分 化学療法を受けるためには,いままでのように「社会で役割を果たす自分」を諦めて「化学療法を受ける自分」にならなければ生きられないことの認識をもつ 手術後にやっぱり抗がん剤の適用になるっていう話だった.やらないかんならやらないかんでそりゃやったほうがいいけども,自分の中でちゃんと納得したいと思ってセカンドオピニオンに行って,家族とも話し合って,もう,やるしかないって(覚悟した).(D)
以前のように仕事をする自分は手放すしかない 休業補償等の補償制度を受けられないことで,「仕事をする自分」を諦めて,治療に専念する「化学療法を受ける自分」にスイッチする 治療をしながら仕事も続けるつもりだったけれど,私はパートで扶養内だったので,健康保険にも入っていなくて傷病手当もなかったんです.なので有給使い切って一旦辞めることになりました.(J)
治療を受けた後はバリバリ仕事をする自分に戻りたい 「バリバリ仕事をする自分」に戻るために一旦「仕事をする自分」はおいて,治療期間中は「化学療法を受ける自分」になる認識をもつ 仕事戻る気マンマンだったので自分は.だから(治療スケジュールを)計算して,確実に終わらせて戻りたかったからそのタイミングで「やりまーす」っていうふうだった.(K)
治療を受けながらも仕事を続けて自分の役割を果たしたい 「化学療法を受ける自分」と「仕事をする自分」を両立しながら化学療法を受ける覚悟をもつ 化学療法は(副作用の)何が出るかわからず,すごく恐怖だったので,先生の勧めもあって診断書を書いてもらって診断書を職場に提出した.仕事中は,立ち仕事が多い職場なので,なるべく座るようにして仕事が続けられるようにした.(C)
あらかじめ万全に備えて自分の身体を副作用のダメージから守りたい 術後に想定以上の症状に苦しんだ経験を繰り返さないために,あらかじめ副作用症状や対処方法の情報を得て,万全な準備のもとで「化学療法を受ける自分」になりたいという認識をもつ 治療の前に化学療法の副作用が書いてあるパンフレットをもらって,ちゃんとそれには目を通した.忘れてたりするんだけどでもそれはちゃんと一度読んでおこうって思った.(A)
事前情報にとらわれず成り行きに任せる自分でいたい 自分にどの副作用が出るかわからない不確かな状況と不要な不安に脅かされないために,あえて自分から治療前に副作用などの情報を得ることはせず,成り行きに任せるという意思をもつことで平穏な自分でいられる認識をもつ いいことも悪いことも入ってきて,それに振り回されるのがイヤだから一切調べなかった.敢えて調べなかった.(I)
副作用に対応できている実感と未知の副作用の出現への不安との共存 治療前の準備によって副作用に対応できている実感を得ると同時に,これから新たな副作用が出現するかもしれない不安に,自分の行っている症状マネジメントに自信をもてない自分という認識をもつ 意外と治療の1日目は症状が来ない.3日目,4日目になって「急に何かちょっとだるい.でも想像してたのとちょっと違う.明日はもっとひどくなるのかな」って.今日できたことが明日できなくなるかもしれないっていう不安があった.(G)
自分の身体を自分で思い通りに扱うことすらできない 自分の身体にも関わらず,化学療法の副作用症状に対応できない自分を認識し,ふがいなさをもつ 化学療法の10日間くらいずっと気持ち悪くって,ご飯ももう家族に買ってきてもらって,家のことも全部やってもらう.私はもう寝てるしかないっていう状態.(J)
見るからに治療前の自分に戻り切れていない今の自分 予定の治療が終わっても外見や体力が明らかに治療前の自分に戻りきれていないことを自覚したことで,すぐにもとの自分に戻ることは諦めて,いまの自分にできることを無理なく行うことに目標をもつ 治療が終わったあとも浮腫んでるな~とは思ったけど,じわじわ戻っていくだろうなって.自分のなかでは勝手に(今までの)自分の姿を想像してるんだけど,鏡に映った自分(の姿)を見てビックリしちゃうんだよね.(K)
体調を常に気にしなくてはいけなくなった自分の身体 治療が終わっても「がん患者の自分」として,常に体調や症状を意識しなければならなくなったことを捉え,定期受診をしながらまずは焦らずに体調の回復を待とうという認識をもつ 治療がひと段落したらやっぱり次は再発と転移が心配.でも,定期的に診てもらってるからそれで早期発見できて,治療につなげれるんだったら,いいかなっていう感じですね.(E)

1) 第I期:「自分の身体の異変への気づき」

自分の身体の異変に気づき,これまで仕事をしていた自分(理想自己)が,がん患者になったかもしれない自分(現実自己)を捉え,戸惑いを示す時期である.アイデンティティの揺らぎを起こす最初の認識である【自分の身体に何か異変を感じる】から,《自分の身体に不確実さをもつ》,《自分は健康に自信がある》,《きっと大したことはなく自分は大丈夫》の3つに分岐し,その後8つの分岐を経て,理想自己と現実自己の乖離を初めて認識する【今まで普通に生活しながら仕事をしていた自分とがん患者になってしまっているかもしれない自分とに戸惑う】に至った.

2) 第II期:「がん患者になってしまったことの認知」

がんの可能性が告げられ,がんになった自分(現実自己)を受け止める時期である.理想自己と現実自己の乖離の初めての認識から《仕事をする自分を失いたくない》,《がんかもしれない自分を受け入れない》に分岐し,現実自己の認知として【がん患者の自分になってしまった】に至った.

3) 第III期:「がん患者になった自分と仕事をする自分の併存」

確実にがん患者となったこと(現実自己)を認識し,仕事をする自分(理想自己)との葛藤をもつ時期である.《がん患者になった自分を受け入れざるを得ない》,《仕事をする自分とがん患者になった自分とが対峙して混乱する》の2つに分岐し,その後5つの分岐を経て,現実自己を受け入れ【仕事をする自分は一旦置いてがんの手術を受ける自分に転換する】に至った.

4) 第IV期:「これからも生きていたいことの再認識」

生きるためには術後化学療法を受けなければならない自分(現実自己)と,早く仕事に戻りたいと思う自分(理想自己)との間に葛藤をもつ時期である.《もう必要以上に自分の身体を傷つけることはしたくない》,《今までと同じ人生は諦めないと生きられない自分》などに分岐し,生きることに関する現実自己と理想自己との対峙によって【化学療法を受けざるを得ない自分と社会で役割を果たしたいと思う自分に思いあぐねる】に至った.

5) 第V期:「化学療法を受けなければならなくなった自分の認識」

化学療法を受ける自分(現実自己)を受け入れ,治療と社会的役割に対する向き合い方を考える時期である.《以前のように仕事をする自分は手放す》,《治療を受けてバリバリ仕事をする自分に戻りたい》,《治療を受けながらも自分の役割を果たしたい》に分岐し,《あらかじめ万全に備えて身体を副作用のダメージから守りたい》,《あがくことはせず成り行きに任せる自分でいる》など7つの分岐点で示された.

6) 第VI期:「治療をしながら社会で生活する自分の取り戻し」

がんによって変化した自分の状況(現実自己)と,何も変わらない現実の社会状況に乖離を認識しながら,社会で生活する自分を取り戻していこうとする時期である.《副作用に対応できている実感と未知の副作用の出現への不安との共存》や《自分の身体を自分で扱うことすらもできず戸惑う》などの6つの分岐点を経て,現実自己と社会の状況とのギャップを捉え【化学療法を受けたことで変化した自分と治療前から何も変わらない現実社会との乖離】に至った.

7) 第VII期:「がんを経験した自分として生きていく」

予定の治療を終え,がんサバイバーとしての自分(現実自己)を受け入れ,今後の生き方(理想自己)を創造していく時期である.《見るからに治療前の自分に戻りきれていない今の自分》,《これからは成り行きに任せざるを得ない自分の身体》など5つの分岐を経て【再発や転移の可能性を含めたこれからの生き方の再考】に至り,EFP【がんサバイバーとしての自己を受け入れ自分なりにこれからの生き方を明確にできる】に至った.さらに,このアイデンティティは【がんを経験したからこそ得られた新たな自分を活かして悔いのない人生を生きていきたい】,【体調を第一優先として無理のない範囲で社会的役割を担い自分らしく生きていきたい】という2つのアイデンティティに分かれた.

3. 治療継続と社会生活の両立に向けた対処によってアイデンティティの揺らぎを収束する径路のパターン

揺らぎが収束したアイデンティティの具体は,【がんを経験したからこそ得られた新たな自分を活かして悔いのない人生を生きていきたい】(EFP-①),【体調を第一優先として無理のない範囲で社会的役割を担い自分らしく生きていきたい】(EFP-②)の2つが示された.これらのアイデンティティに至るプロセスは,アイデンティティと対処の違いによって,ともに2つの径路のパターンが示された.

なお本稿では第V期以降の径路のパターンについて,収束時のアイデンティティ(EFP-①,EFP-②)ごとに径路の特徴を示す主なアイデンティティと対処行動,社会的な力については促進的に作用するSGのみを用いて説明する.アイデンティティを【 】,対処行動については斜体字,SGを〔 〕で示す.

1) 【EFP-① がんを経験したからこそ得られた新たな自分を活かして悔いのない人生を生きていきたい】というアイデンティティに至る径路のパターン(パターン1・パターン2)(図2

パターン1では,化学療法を受けざるを得ない自分と社会で役割を果たしたいと思うアイデンティティの揺らぎに対し〔SG:1-①仕事中の休養や仕事量の調整が可能な職場環境〕である場合に【治療を受けながらも仕事を続けて自分の役割を果たしたい】と捉え,〔SG:1-②元の職場に戻れる保証がある〕場合に【治療を受けた後はバリバリ仕事をする自分に戻りたい】と,いずれも理想自己としてのアイデンティティが促進された.そして外来での化学療法開始にあたり〔SG:1-③外来治療は自分で症状に対応するしかない〕と認識することで【あらかじめ万全に備えて自分の身体を副作用のダメージから守りたい】というアイデンティティが促進され,治療開始前にウィッグを購入して準備しておくなどの理想自己の実現にむけた主体的な行動が導かれた.化学療法が開始となると〔SG:1-④明らかな身体的変化がある,仕事や家庭内で調整しながら社会生活を送ることができている〕と現実自己の変化に応じて役割調整ができている実感によって【化学療法による身体的変化に応じて自律した生活がしたい】という理想自己がさらに促進された.一方で社会における現実自己として〔SG:1-⑤社会からの疎外感や置きざられ感〕の認識により【化学療法を受けたことで変化した自分と治療前から何も変わらない現実社会との乖離】を捉えた.その後〔SG:1-⑥鏡に映る自分の姿がまだがん患者〕と捉えた場合は【見るからに治療前の自分に戻りきれていない今の自分】というアイデンティティが促進され,〔SG:1-⑦これからも再発や転移する可能性がある〕と捉えた場合は【体調を常に気にしなくてはいけなくなった自分の身体】と,いずれも現実自己が促進された.その後は【再発や転移の可能性を含めたこれからの生き方の再考】というアイデンティティを得て〔SG:1-⑧自分が助けてもらった分を恩返ししたい,自分に残された時間には制限がある〕とがんサバイバーとしての現実自己を捉え,次は自分が悩みをもつ同病者を救いたいという認識によって【がんを経験したからこそ得られた新たな自分を活かして悔いのない人生を生きていきたい】と理想自己のアイデンティティが促進され,現実自己と理想自己がまとまり揺らぎの収束に至った.

図2 

【EFP-① がんを経験したからこそ得られた新たな自分を活かして悔いのない人生を生きていきたい】というアイデンティティに至る径路のパターン(パターン1・パターン2)

パターン2では,職場の状況について〔SG:2-①非正規雇用で休業補償が使えない,家計を支える人がいる〕場合に現実自己として【以前のように仕事をする自分は手放すしかない】が促進され,仕事は辞めて治療に専念するという行動が導かれた.化学療法については〔SG:2-②副作用の出現には個人差があるという情報,治療中も外出したい〕と認識した場合に【あらかじめ万全に備えて自分の身体を副作用のダメージから守りたい】という理想自己が促進された.また〔SG:2-③元の職場に戻れる保証がある〕場合には【治療を受けた後はバリバリ仕事をする自分に戻りたい】と理想自己を捉え,一旦仕事を休んで治療後に復帰を目指すという行動が導かれた.しかし副作用は〔SG:2-④どの副作用が自分に出現するのかわからない,不確定な情報に惑わされたくない〕ことから【事前情報にとらわれず成り行きに任せる自分でいたい】というアイデンティティが促進され,自分で化学療法の副作用について調べることはしないという行動が導かれた.実際に治療が開始されると〔SG:2-⑤想像以上の副作用症状で動くことができない〕ことから【自分の身体を自分で思い通りに扱うことすらもできない】という現実自己を認識し,〔SG:2-⑥副作用について事前に十分準備していなかったことへの後悔と焦り〕によって【副作用への対応を想定できていなかったことを悔いる自分】が導かれた.また化学療法中は仕事から離れていたことにより〔SG:2-⑦社会との繋がりの希薄さによる孤独感〕によって現実自己と社会とのギャップを認識し【化学療法を受けたことで変化した自分と治療前から何も変わらない現実社会との乖離】を捉えた.今後について〔SG:2-⑧いつ再発や転移するかわからない,復職を急ぐ必要がない〕によって【体調を常に気にしなくてはいけなくなった自分の身体】という現実自己のアイデンティティが促進された.そしてこれからの生き方として,〔SG:2-⑨自分の経験が人の役に立つかもしれない,あとで後悔しない生き方をしたい〕と捉えたことでがんサバイバーとしての現実自己を受け入れ,【がんを経験したからこそ得た新たな自分を活かして悔いのない人生を生きていきたい】として,現実自己と理想自己がまとまりアイデンティティの揺らぎの収束に至った.

2) 【EFP-② 体調を第一優先として無理のない範囲で社会的役割を担い自分らしく生きていきたい】というアイデンティティに至る径路のパターン(パターン3・パターン4)(図3

パターン3・4ともに,化学療法を受けざるを得ない自分と役割を果たしたいと思う自分のアイデンティティの揺らぎに対し〔SG:3-①,4-①生活と治療のために働かざるを得ない経済状況,仕事中の休養や仕事量の調整が可能な職場環境〕によって,現実自己を受け入れて【治療を受けながら仕事を続けて自分の役割を果たしたい】と捉え,仕事と治療を両立できるように仕事を調整するという行動をとる人たちであった.

図3 

【EFP-② 体調を第一優先として無理のない範囲で社会的役割を担い自分らしく生きていきたい】というアイデンティティに至る径路のパターン(パターン3・パターン4)

パターン3では,〔SG:3-②外来治療は自分で症状に対応するしかない〕という認識によって【あらかじめ万全に備えて自分の身体を副作用のダメージから守りたい】と理想自己を捉え,インターネットで副作用や対処法について調べるといった行動が導かれた.治療開始後は〔SG:3-③仕事や家庭内で調整しながら社会生活を送ることができている〕と実感したことで【化学療法による身体的変化に応じて自律した生活がしたい】という理想自己が促進された.しかし,〔SG:3-④今後の副作用症状の出方によって元通りに仕事ができなくなるかもしれない〕と現実自己を認識し【化学療法を受けたことで変化した自分と治療前から何も変わらない現実社会との乖離】を捉えた.今後については〔SG:3-⑤職場の人に迷惑をかけるかもしれないから無理はしたくない〕と捉えたことにより【体調を常に気にしなくてはいけなくなった自分の身体】という現実自己が促進され,職場の人と自分の体調に応じた働き方を調整するという行動が導かれた.そして,再発や転移の可能性を含めたこれからの生き方として〔SG:3-⑥仕事で体調を崩してしまうよりは体調を優先したい〕と現実自己を優先した生き方を理想自己として選択し【体調を第一優先として無理のない範囲で社会的役割を担い自分らしく生きていきたい】とアイデンティティの揺らぎの収束に至った.

パターン4では,化学療法について〔SG:4-②そもそも化学療法がイメージできない,具体的な副作用症状がわからない〕ことから【事前情報にとらわれず成り行きに任せる自分でいたい】と捉え,わからないことは受診に来た時に医師や看護師に質問するという行動が導かれた.化学療法が始まると〔SG:4-③想像以上の副作用で動くことができない,仕事に影響する症状がある,このままでは仕事すらもできなくなるかもしれない不安〕によって【副作用への対応を想定できていなかったことを悔いる自分】という現実自己が促進され,看護師からのアドバイスを受けて症状を記録に残すといった行動が導かれた.そして〔SG:4-④副作用で外見が変わってしまった〕という現実自己の認識により【化学療法を受けたことで変化した自分と治療前から何も変わらない現実社会との乖離】を捉え,〔SG:4-⑤副作用がまだ続いていて症状も見た目も戻らない〕と【体調を常に気にしなくてはいけなくなった自分の身体】という現実自己としてのアイデンティティを促進させた.今後の社会生活について〔SG:4-⑥体力が落ちてきたら仕事を辞めるのは仕方がない,仕事は生活の基盤として稼ぐことが第一の目的〕と,まずは仕事ができる自分を取り戻すことを理想自己とし【体調を第一優先として無理のない範囲で社会的役割を担い自分らしく生きていきたい】として現実自己と理想自己がまとまり揺らぎの収束に至った.

Ⅴ. 考察

1. アイデンティティの揺らぎと収束におけるアイデンティティのもつ意味

本研究では,自分なりにこれからの生き方を明確にできた時点をアイデンティティの揺らぎが収束した時点とし,周囲の人や職場の環境などの影響を受けながら揺らぎの収束に至るプロセスにおいて,2つのアイデンティティが示された.

【がんを経験したからこそ得られた新たな自分を活かして悔いのない人生を生きていきたい】というアイデンティティを示したプロセスは,がん経験者として発信していきたいという新たなアイデンティティを獲得するプロセスであったといえる.新たなる自己の生成へ向かう成長(島田,2009)として,今後はがんサバイバーとしての存在意義や自己肯定感を高めようとする決意の意味をもつと考えられた.【体調を第一優先として無理のない範囲で社会的役割を担い自分らしく生きていきたい】というアイデンティティを示したプロセスは,がん罹患によって揺らいだアイデンティティに気づき自己のアイデンティティに価値を見出すプロセスであったといえる.より高い秩序への移行(島田,2009)としてがんサバイバーの自分を受け入れ,これからは体調を第一として生活を調整し,がん罹患前のアイデンティティを安定維持して生きていくという意味をもつと考えられた.今後,治療の効果や再発・転移の出現等によってさらなるアイデンティティの混乱や喪失を招く可能性もあることから,今回の収束の地点は,終着点ではなくがんサバイバーとしての通過点と捉える必要があると考える.

治療継続と社会生活の両立に向けた支援として,就労の有無だけではなく,がんサバイバーとして社会的役割をもつ自分をどのように認識しているか,どう生きていきたいかを問いかけ,自己のアイデンティティを認識できるよう働きかけることで,患者自身がアイデンティティの揺らぎの収束に向けた主体的な行動を導くことを可能にすると考えられる.

2. 治療継続と社会生活の両立に向けた対処によるアイデンティティの揺らぎの収束プロセスの特徴と看護

本研究で示された,アイデンティティの揺らぎを収束するプロセスの4つの径路のパターンについて,それぞれの特徴と支援のあり方について述べる.

パターン1の人たちは,身体の異変に気づいた時期からがんかもしれない現実自己を受け入れ【治療を受けながらも仕事を続けて自分の役割を果たしたい】という理想自己を強く認識していたことにより主体的な対処行動を導いた.廣川(2016)は通院するがん患者の調整力として,考案する力や実行する力,評価する力,拠り所をつかむ力,方向性を変える力,調整方法を拡大する力を示しており,パターン1のプロセスを辿った人たちは,これらの調整力を活用した対処によって理想自己と現実自己のギャップを埋めることができていたといえる.彼らのもつスキルや資源を効果的かつ有効に活用・強化できるようにかかわることで,治療と社会生活の両立に向けてより自律性を高めることができると考える.

パターン2の人たちは,不確実な情報や身体症状の出現がアイデンティティに危機感をもたらした一方で,その状況が【治療を受けた後はバリバリ仕事をする自分に戻りたい】という理想自己にむけた行動の動機づけとなり,自ら課題を見出し行動する人たちであった.身体症状は調整力発揮の促進にも阻害にも関連する(廣川,2016)ことから,自身の状況(現実自己)を適切にマネジメントできるようにかかわることで,役割の変化を含め,より効果的な対処行動を導くことができると考える.

パターン3の人たちは,術後合併症に対応できなかった経験から現実自己を捉え直し,【体調を常に気にしなくてはいけなくなった自分の身体】というがんサバイバーとしての認識をもった人たちであった.彼らは術後の身体症状への対処がうまくできなかったことをストレスと捉えたと考えられ,渡邊(2020)は,強いストレスを伴うネガティブな出来事の経験は,出来事を再評価しその経験に新たな意味を付与すると述べている.治療早期から仕事や日常生活に影響を及ぼす症状などの情報を提供し,現実自己に向き合いながら患者自身で対応できるように支援することによって,コントロール感を得ながら治療に向き合うことができると考える.

パターン4の人たちは,がんの治療や症状に対応しきれないことによってアイデンティティの脅かしを経験し【治療を受けながら仕事を続けて自分の役割と果たしたい】という理想自己に常に危機を生じていた.しかし,仕事に影響する症状の出現により今後の役割遂行に不安を抱いたことで現実自己を認識し,これが内発的動機づけとなり理想自己に向けた行動を導いた人たちであった.早期から治療や社会的役割に対する思い,療養行動などを確認し,状況に応じた対処方法の知識を提供することで,理想自己に向けた患者主体の対処が可能になると考える.

本研究では,アイデンティティの揺れが生じやすいタイミングとして捉えた7つの地点を介入のタイミングとして位置づけることができると考える.これらのタイミングで患者のアイデンティティをアセスメントすることによって,早期から揺らぎを生じやすい患者のスクリーニングが可能となり,パターンの特徴に応じた支援の可能性が示唆された.

Ⅵ. 本研究の限界と今後の課題

今回の参加者はがん種や性別に偏りがあったが,ボディイメージやジェンダーのアイデンティティへの影響は示されなかった.また,がん患者の状況は非常に複雑で混沌としているため,今回の揺らぎの収束プロセスでは説明しきれていない現象が存在すると考えられる.今後はこれらのプロセスを臨床の場で検証し,必要に応じて過程の多様性を示していくとともにパターンに応じた具体的な支援方法を検討していく.

Ⅶ. 結論

働く世代のがん患者11名の治療継続と社会生活の両立に向けた対処によるアイデンティティの揺らぎの収束プロセスを明らかにし,揺らぎの収束時のアイデンティティは【がんを経験したからこそ得られた新たな自分を活かして悔いのない人生を生きていきたい】と【体調を第一優先として無理のない範囲で社会的役割を担い自分らしく生きていきたい】が示された.働く世代のがん患者のアイデンティティや認識,対処行動の違いに着目して支援することで,アイデンティティの揺らぎをより円滑な収束に導くことができることが示唆された.

付記:本研究の内容の一部は,第41回日本看護科学学会学術集会において発表した.本研究は,愛知県立大学大学院看護学研究科に提出した博士論文の一部に加筆・修正を加えたものである.

謝辞:本研究にご協力くださいました対象者の皆様,研究協力施設の皆様,また,ご指導くださいました愛知県立大学大学院看護学研究科の片岡純教授に心より御礼申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

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