2023 年 43 巻 p. 919-929
目的:看護師の共感疲労について記述されている和・英文献より,看護師の共感疲労の概念と構造を明らかにすることを目的とした.
方法:和文献12件,英文件10件を分析対象とし,Walker & Avantの手法を用いた.
結果:属性5項目,先行要件7項目,帰結5項目を抽出し,看護師の共感疲労を「苦悩や苦痛を抱えた患者や家族に長期的,連続して共感的に関わり,看護の意味が見いだせない時に,倫理的葛藤に伴う無力感や罪悪感,身体的・精神的な不調,共感性の低下,深い疲労感,自尊心の低下を呈し,ケアの質の低下,離職などにつながる状態」と定義した.
結論:看護師にとって,共感は必要不可欠な要素であるが,リスクもある.看護師は,共感のリスクを認識し,共感疲労の知識を身につけ,対策を考えていく必要があることが示唆された.
Objective: This study aimed to clarify the concept and structure of compassion fatigue in nurses based on the relevant Japanese and English literature.
Methods: Twelve Japanese and ten English papers were reviewed using Walker and Avant’s concept analysis approach.
Results: Five attributes, seven antecedents, and five consequences were extracted. Compassion fatigue in nurses was defined as “a state in which nurses are continuously involved empathically with patients and their families in distress and pain for a long period of time, and experience feelings of helplessness and guilt associated with ethical conflicts, physical and mental illness, decreased empathy, deep fatigue, and low self-esteem when they cannot find meaning in nursing, leading to decreased quality of care, leaving the job, etc.”
Conclusion: Compassion is an essential element for nurses, but it is also a risk. The results of this study suggest that nurses need to be aware of the risk of compassion, acquire knowledge of compassion fatigue, and consider countermeasures.
共感疲労が注目されたのは,Joinson(1992)が救急病棟の看護師のバーンアウトに関する研究で,看護師が患者を亡くしたことで,深く悲しみ無力感に陥った後に患者との関わりを避け,ケアの意欲や熱意を失っている状態を示す語として「共感疲労」を用いたことにはじまっている.その後,Figley(1995)が,「共感疲労は,重要な他者の精神的ショックを与える出来事を知ることに起因する自然な結果として起こる行動と感情であり,精神的ショックを受けたり,苦しんでいる人を助ける,または助けたいということに起因するストレス」と定義し,「共感疲労はケアの代償であり,援助者の健康状態に影響を及ぼす可能性がある」と指摘した.看護分野では,Coetzee et al.(2010)が,共感疲労を「患者との長期的,連続的,濃密な接触,自己活用,ストレスへの暴露によって引き起こされる進行的,累積的な過程の最終結果である」と定義した.複数の研究者や実践家達によって,様々な共感疲労の定義が行われているが,共感疲労の研究では,Figley(1995)の定義が多く用いられている.
Stamm(2009)は,Figleyと共に長年の研究の結果,援助者の共感疲労を測定する尺度として,Professional Quality of Life(以下ProQOL)を開発した.海外では多くの研究者により,看護師を含む援助者を対象にProQOLを使った実証的研究が進められてきた.しかし,日本では,共感疲労の研究は少なく,特に看護師を対象とした研究はごくわずかである.その背景には,共感疲労の定義が明確になっていないことや日本人に適した共感疲労の測定尺度がないことが要因と考えられる.福森ら(2018)は,看護師を対象にProQOLの日本語版の信頼性と妥当性の検討を行い,米国と日本の異文化に適応するための対処が必要であることを示唆している.今後,看護師の共感疲労に関する研究を発展させるためには,共感疲労の類似概念である「二次的外傷性ストレス」「バーンアウト」「逆転移」との差異を明確にし,和・英文献から看護師の共感疲労の定義を行うことが必要だと考えた.そこで本研究は,国内外の論文を概観し,看護師の共感疲労の概念と構造を明らかにすることを目的とした.
本研究は,明確になっていない看護師の共感疲労の概念と構造を明らかにすることに加え,「二次的外傷性ストレス」「逆転移」「バーンアウト」といった類似概念との差異を明らかにすることを目的としたため,Walker & Avantの分析手法(2005/2008)が適切であると考えた.そして,まず,書籍,先行研究論文などを基に,類似概念の相違の検討を行った.次に,表1に示す対象文献を精読し,先行要件と属性,帰結について記述されている内容を抜粋してコード化し,コードを最小単位として意味内容の類似しているデータをまとめ,類似性を的確に表す表現を探し命名した.その後,共感疲労の典型例,境界例,関連例,相反例,間違った例についての検討を行い,属性,先行要件,帰結についての検討を繰り返した.信頼性,妥当性の確保のため,分析は研究者間で合意が取れるまで検討を行った.
看護師の共感疲労の概念分析に用いた文献一覧
文献番号 | 文献名 | 著者 | 掲載雑誌(本) | 発表年度 |
---|---|---|---|---|
1 | がん看護に携わる看護師の共感疲労 | 荒尾晴惠,他 | がん看護,20(2), 294–298 | 2015 |
2 | An exploration of the experience of compassion fatigue in clinical oncology nurses, | Beth, P., et al. | CONJ • RCSIO Spring/Printemps, 91–97 | 2011 |
3 | Compassion satisfaction, Burnout, and Compassion fatigue among emergency nurses compared with nurses in other selected inpatient specialties | Hooper, et al. | Journal of Emergency Nursing, 36(5), 420–427 | 2010 |
4 | Compassion fatigue in nurses, Applied Nursing Research | Elizabeth, A. Y. | Applied Nursing Research, 23, 191–19 | 2010 |
5 | Compassion fatigue in nursing A concept analysis | Emily, P. | Nurs Forum, 53, 466–480 | 2018 |
6 | 医療従事者の共感疲労とその特徴 | 福森崇貴 | ストレス科,31(3), 217–225 | 2017 |
7 | 精神科看護師の共感疲労体験の分析 | 礒松尚美,他 | 日看会論集:精看,45, 207–210 | 2015 |
8 | Compassion fatigue and compassion satisfaction among Chinese palliative care nurses:A province-wide cross-sectional survey | Juejin, L., et al | J Nurs Manag, 14, 1–14 | 2022 |
9 | A Study of the relationship between selfcare satisfaction compassion fatigue and burnout among hospice professional | Karen, A., et al | J Soc Work End Life Palliat Care, 4(2), 101–119 | 2008 |
10 | Secondary traumatic stress and associated factors among Japanese nurses working in hospital | Komachi, N. H., et al | Int J Nurs Pract, 18,155–163 | 2012 |
11 | ケアと共感疲労 東日本大震災での救護体験をめぐる2人の看護師の語りから | 小宮敬子 | 看護研究,47(7), 658–669 | 2014 |
12 | Compassion Fatigue in Palliative Care Nursing:A Concept Analysis | Lisa, A. C. | J Hosp Palliat Nurs, 21(1), 21–27 | 2019 |
13 | 精神科病棟における患者の語りを聴く看護師の感情体験―共感疲労の視点からー | 柴田真紀 | 日看研会誌,39(5), 29–41 | 2016 |
14 | 緩和ケア病棟に勤務する看護師の共感疲労に至る体験過程 | 白野絹子 | 新潟看ケア研会誌,2, 22–29 | 2015 |
15 | Compassion fatigue within nursing practice: A concept analysis | Siedine, K. C., et al | Nurs Health Sci, 12, 235–243 | 2010 |
16 | Compassion fatigue, Burnout, and Compassion satisfaction among Oncology nurses in the United States and Canada | Stacey, W., et al | Oncol Nurs Forum, 43(4), 161–169, doi: 10.1188/16.ONF.E161-E169 | 2016 |
17 | ナースのストレスマネジメント | 鈴木靖子 | 看技,56(2), 166–167 | 2010 |
18 | 共感疲労 | 高橋晶 | Japanese Journal of Traumatic Stress, 19(1), 78–79 | 2021 |
19 | 共感疲労という二次災害から看護師を守る | 武井麻子 | 精神看護,14(3), 18–22 | 2011 |
20 | 医療従事者の傷つきと回復―医療と死をめぐってー | 武井麻子 | トラウマス・ストレス,9(2), 63–71 | 2011 |
21 | 小児看護における看護師の共感疲労の体験の分析 | 米村敬子 | 日本応用心理学会発表論文集,76, 18 | 2009 |
22 | Extent of compassion satisfaction, compassion fatigue and burnout in nursing: A meta-analysis | Ying, Y. Z., et al. | J Nurs Manag, 26, 810–819 | 2018 |
文献の選択は,医学中央雑誌Web版及びCiNiiとPubMedを用いた.和文献の検索期間は,2023年までの全期間とした.キーワードは「共感疲労AND看護師」とし,論文の種類は「原著論文」に加え,「解説/特集」も含めて検索を行った.その結果,44件の文献がヒットした.英文献は,「compassion fatigue AND nurse」をキーワードとして検索を行った.検索期間は,2010年から2023年までとした.その結果,642件の文献がヒットした.これらの文献の表題および要旨を熟読し,看護師の共感疲労に関連する文献を精選した.以上より,最終的に和文献12件,英文献10件の計22件を概念分析の対象とした(表1).
3. 倫理的配慮文献は,全て公開後の文献を用いた.また,引用する場合は,出典を明記することで,著作権などの侵害がないように配慮した.
共感疲労と類似概念である「二次的外傷性ストレス」「逆転移」「バーンアウト」と共感疲労との相違を検討した(表2).
共感疲労と類似概念の類似点と相違点
概念 | 特徴 |
---|---|
共感疲労 | ・対象者は,苦痛や苦悩を抱えている被援助者 ・被援助者に継続的に接触 ・他者を支援する中で自然に起こるストレス反応 ・共感が存在する ・急激に発現 ・無力感や孤立無援間の出現 |
共感疲労の類似概念 | 共感疲労との相違 |
二次的外傷性ストレス | 〈共感疲労との類似点〉 ・他者を支援する中で自然に起こるストレス反応 ・共感が存在する ・急激に発現 ・無力感や孤立無援間の出現 〈共感疲労との相違点〉 ・対象者は,トラウマの体験している親しい人 |
逆転移 | 〈共感疲労との類似点〉 ・対象者は,苦痛や苦悩を抱えている被援助者 〈共感疲労との相違点〉 ・被援助者の中に自己をみる ・被援助者との過剰な同一化 ・自己欲求を満たす |
バーンアウト | 〈共感疲労との類似点〉 ・自己卑下や仕事嫌悪,関心や思いやりの喪失を伴う 〈共感疲労との相違点〉 ・感情的疲弊の中で長時間仕事に従事 ・徐々に出現 ・心身の疲労と感情の枯渇が主訴 |
「二次的外傷性ストレス」は,配偶者などの親しい間柄の者がトラウマとなる出来事を体験したことを知ることにより自然に必然的に起こる行動や感情であり,トラウマを受けた人あるいは苦しんでいる人を支える,支えようとすることにより生じるストレスであると定義されている(Stamm, 1999/2003).また,小西(2007)は,外傷性ストレスを受けトラウマを体験している人に対して,周囲の人々が共感的に関わる中で,本人同様の心的トラウマを体験することと述べている.これらより,共感疲労と二次的外傷性ストレスは,共感的関わりにより苦しんでいる人を支えようとする時に起因するストレスという点では同じであるが,対人援助者が被援助者の苦悩や苦痛に継続的に接触する場合は共感疲労であり,身近で親しい関係にある人のトラウマな出来事に触れる場合は二次的外傷性ストレスと区別していると考える.
「逆転移」は,クライエントのなかに自己を見る過程,過剰にクライエントと同一視する過程,または,クライエントを通して欲求を満たす過程と定義されている(Stamm, 1999/2003).また,Farber(1985)は,クライエントとの治療関係で,セラピストの未解決な,あるいは無意識下の葛藤や気がかりが活性化されることを逆転移と述べている.共感疲労は,相手に共感し援助をしたいと強く思うが上手くいかない時に起こりうるストレスであり,逆転移のように相手と同一化することはないといえる.
「バーンアウト」は,感情的にぎりぎりの状況下で長時間従事することによって起こる身体的,感情的,精神的疲弊と定義されている(Stamm, 1999/2003).また,Maslach & Jacson(1981)は,長期間に人を援助する過程で心的エネルギーが絶えずに過度に要求された結果,極度の心身の疲労と感情の枯渇を主とする症候群であり,自己卑下,仕事嫌悪,関心や思いやりの喪失などを伴う症状であると定義している.バーンアウトは,共感疲労同様に対人援助職に起こるが,バーンアウトに共感は存在する必要はなく,人を援助する中で長期に過度のストレスに曝されることによって起こるといえる.Figley(1995)は,バーンアウトは感情的疲弊の結果として徐々に現れるのに対して,共感疲労の症状は急激な発現に加え,無力感や困惑,孤立無援感があると述べている.
2. 先行要件看護師の共感疲労の先行要件は,【被援助者に対する専門職としての継続的な接触】【被援助者の苦痛が緩和される願い】【被援助者の苦痛への共感】【治療やケアの無力感や無意味さの実感】【看護経験や共感疲労の知識不足】【不適切な自己管理】【職場環境の増悪】の7項目のカテゴリーが抽出された(表3).以下,【 】はカテゴリー,[ ]はサブカテゴリーとする.
看護師における共感疲労の先行要件
カテゴリー | サブカテゴリー | コード例 | 抽出元となった文献 |
---|---|---|---|
被援助者に対する専門職としての継続的な接触 | 被援助者の苦しみに継続的に接触 | 患者と長期的・連続的・過度に接触する | 2,3,4,6,8,9,13,14,15,17,19,22 |
他者の苦しみに慢性的にさらされる | |||
トラウマを抱えた患者との関わりが多い | |||
持続した自己犠牲や自己活用 | 自己犠牲にさらされ続ける | 14 | |
職業で自分を多く活用する | 15,22 | ||
被援助者の苦痛が緩和される願い | 被援助者の苦痛緩和を願望 | 被援助者に何かしたいと思う | 3,6,10,17,18 |
被援助者の苦痛緩和を熱望する | |||
被援助者の苦痛への共感 | 共感的関わり | 共感的に関わる | 1,12,18,19 |
共感能力がある | |||
被援助者の苦痛を追体験 | 相手の外傷体験に曝され,苦痛を体験する | 11,19 | |
家族の面会が少ない患児の看護実践 | 家族の面会が少ない患児の受け持ち | 21 | |
治療やケアの無力感や無意味さの実感 | ケアの無意味さを実感 | ケア後も患者の苦痛が緩和できない | 1,7,14 |
ケアが不満につながり,ケアの意味が見いだせない | |||
救助が困難な重症患者の看護実践 | 重症患者に対応できない | 2,4,5,7,10,16,17 | |
重症患者を助けられない | |||
信頼関係構築が困難な人の看護 | 患者の攻撃的な態度に接する | 7,8,14,21 | |
非協力的な患者の看護 | 20 | ||
家族が無益な積極的ケアを要求 | 4,14 | ||
家族が理不尽な期待 | |||
患者の死に接触 | 患者を亡くす | 4,7,14 | |
若い終末期患者のケア | |||
患者の自殺 | 7,20 | ||
倫理的な葛藤 | 自分の価値観に疑問がわく | 2,5,7,12 | |
自己の価値を保留 | |||
倫理的苦痛を感じる | |||
自己価値に基づくケアの不実施 | 価値対立から,ケアの主導が握られない | 7 | |
価値に基づく判断や決定が下せない | |||
看護経験や共感疲労の知識不足 | 看護経験の不足 | ケアの経験不足 | 4,7 |
共感疲労の知識不足 | 共感疲労の認識不足 | 5,6 | |
共感疲労対策のトレーニング不足 | |||
不適切な自己管理 | 職業的境界線を無視する過剰な感情移入 | 過剰な感情移入 | 2,4,13,21 |
職業的な境界線が無視される | 10 | ||
不適切なストレス管理 | 自己認識・洞察不足 | 5 | |
ケアされたい思いに蓋をする | 14 | ||
緩和ケアのあるべき論に圧され,持続的に自身を鼓舞する | 14 | ||
ストレスを無視し,仕事を継続 | 5,9,22 | ||
職場環境の増悪 | 職場のサポート不足 | 職場での四面楚歌 | 2,5,6,9,14 |
職場でのサポート不足 | |||
職場環境の悪化 | 時間不足で質の高いケアが提供できない | 2,4,5 | |
業務優先で質の高いケアが提供できない |
【被援助者に対する専門職としての継続的な接触】は,[被援助者の苦しみに継続的に接触][持続した自己犠牲や自己活用]から構成されていた.和文献のみから抽出されたのは,[持続した自己犠牲や自己活用]の“自己犠牲にさらされ続ける”のコードであった.また,英文献のみから抽出されたのは,“職業で自分を多く活用する”のコードであった.自分の感情を押し殺しながら被援助者の苦痛や苦悩に接触することが共感疲労になる要因であることが示された.【被援助者の苦痛が緩和される願い】は,[共感的関わり][被援助者の苦痛を追体験][家族の面会が少ない患児の看護実践]から構成されていた.和文献のみから抽出されたのは,[被援助者の苦痛を追体験][家族の面会が少ない患児の看護実践]の2つのサブカテゴリーであった.共感疲労は,他者に共感的に関わることが前提となることが示された.【治療やケアの無力感や無意味さの実感】は,[ケアの無意味さを実感][救助が困難な重症患者の看護実践][信頼関係構築が困難な人の看護][患者の死に接触][倫理的な葛藤][自己価値に基づくケアの不実施]から構成されていた.和文献のみから抽出されたのは,[ケアの無意味さを実感][自己価値に基づくケアの不実施]の2つであった.治療やケアによって助けることができない重症患者の看護や信頼関係の構築が難しい患者の看護は,共感疲労の要因になることが示された.【不適切な自己管理】は,[職業的境界線を無視する過剰な感情移入][不適切なストレス管理]から構成されていた.和文献のみから抽出されたのは,[不適切なストレス管理]の“ケアされたい思いに蓋をする” “緩和ケアのあるべき論に圧され,持続的に自身を鼓舞する”の2つコードであった.また,英文献のみから抽出されたのは,“自己認識・洞察不足”のコードであった.適切なストレス管理ができないと共感疲労の要因となることが示された.【職場環境の増悪】は,[職場のサポート不足][職場環境の悪化]から構成されていた.英文献のみから抽出されたのは,[職場環境の悪化]であった.サポート不足や業務優先となり,質の高いケアができなくなることが共感疲労になる要因であることが示された.
3. 概念の属性看護師の共感疲労の属性として,【罪悪感や無力感や絶望感】【身体の不調や不安定な精神状況】【共感性の低下あるいは過剰な共感】【深い疲労の出現】【自尊心の低下】の5項目が抽出された(表4).
看護師における共感疲労の属性
カテゴリー | サブカテゴリー | コード例 | 抽出元となった文献 |
---|---|---|---|
罪悪感や無力感や絶望感 | 申しわけなさ・無力感の実感 | 被援助者に申しわけないと思う | 1,2,7,11,14,17,18,19 |
無力感を感じる | |||
罪悪感の出現 | 救えなかった罪悪感をもつ | 2,4,7,13,16,17,19,20 | |
絶望感の実感 | 絶望感を感じる | 3,5 | |
身体の不調や不安定な精神状況 | 客観視の低下 | 客観性を喪失する | 2,9,11,12,13,15,17,18,22 |
集中力・判断力が低下する | |||
持久力が低下する | 5,12,15 | ||
消化器・胸部症状などの身体不調の増加 | 胃痛・胃もたれが起こる | 2,5,6,11,9,12,15,20,22 | |
動悸・頻脈が起こる | |||
身体不調の増加 | |||
不安・睡眠障害の出現 | 不安になる | 2,5,7,9,11,12,18,19,22 | |
途中覚醒・夜に眠れない | |||
緊張・感情の崩壊 | 緊張する | 2,3,6,9,11,14,15,18,22 | |
出勤前後に涙がでる | |||
他者への怒りや不信感 | 怒りがでてくる | 1,2,3,7,8,11,12,20,22 | |
他者に嫉妬を抱く | |||
周囲への不信感を抱く | |||
孤立無援感 | 同僚と協働できないと感じる | 2,6,11,13,14,15,17,18,20 | |
孤立無援感がある | |||
抑うつ的気分 | 気分の落ち込みが起こる | 1,2,3,9,14,22 | |
深い悲しみに陥る | |||
共感性の低下あるいは過剰な共感 | 人や事柄からの回避 | 原因となった出来事の場所・物を回避する | 2,5,9,11,12,13,14,19,20,22 |
患者との接触を避ける | |||
救護体験を話すことを封印する | |||
患者への無関心 | 患者に無関心になる | 1,5,12,14,15,20 | |
患者に冷淡になる | |||
共感性の低下 | 共感性の低下・喪失が起こる | 3,4,5,12,15,22 | |
共感が持続できない | |||
過剰な共感 | 過剰な共感を示す | 12 | |
深い疲労の出現 | 疲労の蓄積 | 疲労が蓄積する | 5,11,12,15,18,22 |
疲弊感の出現 | 心身の深い疲労を体験する | 2 | |
疲弊感を感じる | 1,7,18 | ||
自尊心の低下 | 自尊心の低下 | 自分に問題があると考える | 2,4,12,19,21 |
自尊心が低下する |
【罪悪感や無力感や絶望感】は,[申しわけなさ・無力感の実感][罪悪感の出現][絶望感の実感]から構成されていた.和文献のみから抽出されたのは,[申しわけなさ・無力感の実感]の中で“被援助者に申しわけないと思う”とのコードであった.英文献のみから抽出されたのは,[絶望感の実感]であった.共感疲労になると,無力感や罪悪感をもつことが示された.【共感性の低下あるいは過剰な共感】は,[人や事柄からの回避][患者への無関心][共感性の低下][過剰な共感]から構成されていた.共感疲労になると,患者に無関心になったり,体験を封印するなどの回避行動をとり,共感性が低下あるいは過剰な共感になることが示された.
4. 帰結看護師の共感疲労の帰結として,【仕事満足度の低下】【ケアの質の低下】【医療事故の増加】【バーンアウト症候群のリスク増加】【離職】の5項目が抽出された(表5).共感疲労になると,看護ケアの質が低下し,離職する看護師が増えることが示された.
看護師における共感疲労の概念分析の帰結
カテゴリー | サブカテゴリー | コード例 | 抽出元となった文献 |
---|---|---|---|
仕事満足度の低下 | 仕事への意欲低下 | 熱意が低下する | 2,8,15,22 |
仕事の達成感が得られない | |||
業務遂行能力の低下 | 業務遂行能力が低下する | 2,3,6,12,14,15,22 | |
効率的に働けない | |||
ケアの棹を止める | |||
ケアの質の低下 | 患者満足度の低下 | 患者のニーズが満たされない | 15,22 |
ケアの質の低下 | ケアの質が低下する | 8,9,22 | |
医療事故の増加 | 仕事上の事故やミスの増加 | 事故を起こしやすい | 3,12,15,22 |
仕事でミスが増加する | |||
バーンアウト症候群のリスク増加 | 人間関係の維持困難 | 人間関係の維持が難しくなる | 2,8,12,13 |
患者との関係の悪化につながる | |||
バーンアウト症候群のリスク増加 | 長期化するとバーンアウト症候群リスクが増加する | 10,12,17 | |
病気 | 体力の低下が起こる | 2,12,15 | |
免疫力の低下が起こる | |||
離職 | 離職率の上昇 | 看護師を辞める | 2,3,5,6,15,18,20,22 |
離職を選択する |
概念の属性がすべて含まれているモデル例を示すことは概念の例証につながり,境界例や相反例などの補足例を示すことで概念を定義づけている特徴を示すことが可能となる.そこで以下の設定で著者が創作した看護師をモデルにし,例を以下に示す.
〈看護師設定〉
A看護師は,臨床経験10年目である.学生時代から緩和ケアに関心をもち,緩和ケア病棟の異動を希望し,緩和ケア病棟で勤務して3年目になる.
〈状況設定〉
A看護師は,40歳前半の女性患者のFさんの受け持ちとなった.Fさんは,2年前にがんと診断された.がんと診断されてからは子どものために生きたいと思い,辛い抗がん剤治療を受けてきた.しかし,治療効果が認められなくなり,1週間前に,これ以上の治療ができないこと,残された時間は長くないため子どもと有意義に過ごすようにと伝えられた.今回は,痛みのコントロール目的で緩和ケア病棟に入院した.Fさんは,以前にも痛みのコントロール目的で緩和ケア病棟に入院した経験があった.A看護師はその時もFさんの受け持ち看護師であり,Fさんとはよい関係を築けていた.A看護師が入院2日目にFさんの部屋を訪れた時,「今まで治療を頑張ってきたのに,どうしてこうなるの.どうして私ばっかりこんな目にあうの.子どものために頑張ってきたのに.こんな思いをするぐらいなら死にたい」と強い口調で言われた.
1) 典型例(共感疲労の属性を全て備えている例)A看護師は,今まで子どものために治療を頑張ってきて治療ができない状況だと言われたFさんのつらさや無念さは十分に理解できた.A看護師は,Fさんの苦痛や苦悩を緩和したいと強く思った.しかし,自分が何をすればいいのかわからず,ただFさんの訴えを聴くことしかできなかった.その後も勤務の度にFさんの担当となった.Fさんは,徐々に苦痛な表情で過ごすことが増え,口数が減ってきた.A看護師は,Fさんのところに訪室することに気が重くなってきた.家に帰ってもFさんのことが頭から離れずに,Fさんが苦しんでいるのに何もできない自分に無力を感じ,申しわけないと思った(【罪悪感や無力感や絶望感】).また,Fさんのところに足が遠のいていく自分を責めた.自分だけがこのようなことで悩んでいると考え,他のスタッフに相談することはできなかった.眠れない日が続き,仕事中にぼんやりしてしまうことが増え(【身体の不調や不安定な精神状況】),他の患者の話を聞いても共感できなくなっている自分がいた(【共感性の低下あるいは過剰な共感】).疲労は蓄積していき(【深い疲労の出現】),自分は緩和ケア病棟の看護師の適性がないのではないかと考えるようになった(【自尊心の低下】).
典型例は,概念の例証をするためにも属性の5項目のカテゴリーがすべて含まれている必要があり,上記の例は表4で示した属性が全て含まれている.
2) 境界例(いくつかの共感疲労の属性を備えているが典型例のようにすべてではない例)A看護師は,今まで子どものために治療を頑張ってきて治療ができない状況だと言われたFさんのつらさや無念さは十分に理解できた.A看護師は,Fさんのところに訪室することに気が重くなってきた.A看護師は,Fさんの苦痛や苦悩を緩和したいと強く思った.しかし,自分が何をすればいいのかわからず,ただFさんの訴えを聴くことしかできなかった.Fさんが苦しんでいるのに何もできない自分に無力を感じ,申しわけないと思った(【罪悪感や無力感や絶望感】).その頃からA看護師は,時折,胃痛を感じるようになった(【身体の不調や不安定な精神状況】).その後も勤務の度にFさんの担当となった.Fさんは,徐々に苦痛な表情で過ごすことが増え,口数が減ってきた.Fさんの表情がかたくなってきたことが気になり,このまま様子をみていていいのか疑問に感じ,先輩看護師にFさんの変化と接し方に悩んでいることを相談した.先輩看護師は,A看護師の話を聞き,「私も同じように感じていた.明日の病棟カンファレンスで看護師が抱えている悩みも出しあいながらFさんの関わりを話し合うことにしよう」と言ってくれた.翌日に病棟カンファレンスが開催された.多くの看護師がA看護師と同じように葛藤していることがわかった.Aさんは,自分だけが悩んでいるのではないと思えた.カンファレンスではFさんの具体的な関わり方について明確にはならなかったが,今後もFさんのことについては定期的に検討していくことになった.A看護師のモヤモヤした気持ちは残り,Fさんに何もできないことが申しわけないとの思いは消えなかったが(【罪悪感や無力感や絶望感】),毎日,訪室するだけでも意味があり,話を聴くこともケアの一つになっているのではないかと思えるようになり,以前より気持ちが楽になった.
境界例は,典型例と同様に【罪悪感や無力感や絶望感】【身体の不調や不安定な精神状況】の2項目のカテゴリーを認めている.先輩看護師に相談したことで,【共感性の低下あるいは過剰な共感】【深い疲労の出現】【自尊心の低下】は認めずにFさんと向き合っていく決意をしている.
3) 関連例(共感疲労と類似概念であるバーンアウトの例)A看護師が勤務する緩和ケア病棟は,数カ月前に退職者が多くでて,人手が不足し,担当する患者数が増え残業も多くなっている.A看護師は,勤務が終了すると強い疲労感を感じ,自分でも疲弊していると感じた(【深い疲労の出現】).Fさんからの言葉にも感情は動かず,「つらいですよね」と機械的に返答をし,業務を続けた.ふとした時に,自分は何をしているのだろう.以前に感じていたやりがいは感じなくなり,自分は緩和ケア病棟の看護師には向かないのではないかと考えるようになった.このような思いの中,業務に撤した.夜は眠れなくなり(【身体の不調や不安定な精神状況】),仕事に行くことも嫌になり,欠勤が増えた.そして,退職を考えるようになった.
関連例では,バーンアウトの例を取り上げた.バーンアウトは,極度の心身の疲労と感情の枯渇を主とする症候群であり,自己卑下,仕事嫌悪,関心や思いやりの喪失などを伴う症状であると定義されている(Maslach & Jacson, 1981).心身の疲労として,【深い疲労の出現】【身体の不調や不安定な精神状況】を認めているが,その原因はFさんに共感したことではなく,業務が多忙であるストレスにさらされているためである.
4) 相反例(共感疲労の属性がひとつも当てはまらない例)A看護師は,今まで子どものために治療を頑張ってきて治療ができない状況だと言われたFさんのつらさや無念さは十分に理解できた.A看護師は,Fさんの苦痛や苦悩を緩和したいと強く思った.しかし,自分が何をすればいいのかわからず,ただFさんの訴えを聴くしかできなかった.先輩看護師に自分がFさんにどう関わればいいのかを相談した.先輩看護師から,「AさんとFさんの間に信頼関係があるから自分の本心を吐露してくれるのではないかしら.今も寄り添うことができているのではないの」と言われた.A看護師は,Fさんとの間に信頼関係があるから本心を話せているという点は納得できた.先輩看護師に相談することで,Fさんの状況や思いを客観視し,自分にできることを考えていけるようになった.また,A看護師はストレスがかかっていると思う時は映画鑑賞をしたり,友人と食事に行き気分転換を図った.A看護師は,緩和ケア病棟に異動し3年目で学ぶことも多いが,患者さんから生きる強さややさしさを学べていると感じた.また,自分の今の仕事に誇りをもち,やりがいがあると感じた.
相反例は,属性のカテゴリーは1つも含まれていない.典型例と同様に,Fさんに共感し援助したいと強く思い悩んでいるが,先輩に相談し,自身のストレス管理を適切に行い,客観的にFさんとの関係性をみつめ直し,困難な状況に立ち向かい,仕事のやりがいをみつけている.
5) 間違った例(一見すると共感疲労に当てはまりそうだが共感疲労に当てはまらない例)A看護師が勤務する緩和ケア病棟は,数カ月前に退職者が多くでて,人手が不足し,担当する患者数が増え残業も多くなっている.A看護師は,Fさんの苦痛や苦悩の緩和を行うのが緩和ケアのプロだという考えをもっていた.しかし,自分が何をすればいいのかわからなかったが,ここから逃げるのはプロではないと思い,毎日,Fさんを訪室した.その後も勤務の度にFさんの担当となった.Fさんは,苦痛な表情で過ごすことが増え,口数が減ってきた.A看護師は,Fさんのところに訪室することに気が重くなってきた.家に帰っても自分がプロとして,Fさんに何もできないことに対して無力だと感じた.徐々に,Fさんのところに足が遠のいていき,プロとしての自分の姿勢のあり方を責めた.自分のプライドから他のスタッフに相談することはできなかった.眠れない日が続き,仕事中にぼんやりしてしまうことが増えた.自分のプロとしての評価が下がるような気がして,徐々にFさんと距離を置くようになった.
間違った例は,一見して共感疲労に属性のカテゴリーもはまるように見えるが,ここにFさんへの共感はなく,自分のプロとしての自意識のみから生じている行為である.
6. 概念モデル概念分析の結果をふまえ,看護師の共感疲労を,「苦悩や苦痛を抱えた患者や家族に長期的,連続して共感的に関わり,看護の意味が見いだせない時に,倫理的葛藤に伴う無力感や罪悪感,身体的・精神的な不調,共感性の低下,深い疲労感,自尊心の低下を呈し,ケアの質の低下,離職などにつながる状態」と定義した.概念モデルを図1に示す.
看護師における共感疲労の概念モデル
「共感疲労」と類似概念である「二次的外傷性ストレス」「逆転移」「バーンアウト」との相違を検討した結果,共感疲労は被援助者の苦痛や苦悩に共感し,接触し続ける状態で起こることが明らかになった.伊藤(2003)は,共感は相互理解のプロセスであり,他者の体験,感情を一方的に理解するものではなく,当事者にわかり合うという理解をもたらすものであると述べている.看護師は,被援助者の苦悩や苦痛を理解し,それらの苦悩や苦痛体験を共有することを通して信頼関係を築いていく.看護師にとって共感は,被援助者と信頼関係を築く上で不可欠な要素である.Figley(1995)は,共感疲労はケアの代償であると述べている.看護師は,看護を行っていく上で共感が重要な要素であると認識しているが,そのリスクについての認識はまだ十分にないと考える.そのことが共感疲労の先行要件の【看護経験や共感疲労の知識不足】につながっているといえる.看護師は,共感疲労の知識を身につけ,看護師なら誰でも共感のリスクである共感疲労を抱えていることを十分に認識する必要がある.
看護師の共感疲労の属性として,【罪悪感や無力感や絶望感】【身体の不調や不安定な精神状況】【共感性の低下あるいは過剰な共感】【深い疲労の出現】【自尊心の低下】の5項目が抽出された.Figley(2002b)は,共感疲労の特徴として緊張,不安,不眠,無力感,混乱,孤立感を示している.本研究の結果でも【罪悪感や無力感や絶望感】【身体の不調や不安定な精神状況】が共感疲労の属性として示された.看護師は,相手の価値観を理解することを大切にしながらコミュニケーションを通して共感していく.そのため,倫理的な葛藤を抱えやすいと考える.このような倫理的葛藤が無力感や絶望感につながることが本研究の結果より示された.また,武井(2011b)は,「人は,病気になると自分を生きている.これからも生き続けるだろうという自己感覚が損なわれ,眠っていた死の不安が呼び覚まされることになる.患者は死の恐怖にさらされ,身体的に心理的にも自己そのものが脅かされる」と述べている.武井が述べるように,自己そのものを脅かされている人に共感するということは,大きなストレスとなり,[消化器・胸部症状などを伴う身体的不調の増加][不安・睡眠障害の出現]などの【身体の不調や不安定な精神状況】になると考える.そして,これらのストレスから自己防御するために,【共感性の低下あるいは過剰な共感】が生じる.これらの悪循環の中で【深い疲労】に陥り,看護師として大切な要素である共感が十分にできないことに対して,自分を責め,【自尊心の低下】が起こると考える.共感疲労は,それに気づき,それに応じた行動をすれば十分に対応可能であることが指摘されている(Figley, 2002a).その反面,共感疲労はわかっていてもなってしまうものである(武井,2011a)との指摘もある.共感疲労の悪循環に陥る前に共感疲労に陥っていることに自他共に気づくようなシステムや支援体制の整備が必要である.
本研究は,分析対象の文献から抽出された概念である.和文献を含め分析を行ったが,対象文献の件数が少なく,今後は,本研究で示された結果を基に,看護師の共感疲労の調査を行い,本研究の概念をより検討していくことが必要だと考える.
Walker & Avantの分析手法(2005)を用いて「看護師の共感疲労」の概念分析を行った結果,属性5項目,先行要件7項目,帰結5項目が抽出され,「苦悩や苦痛を抱えた患者や家族に長期的,連続して共感的に関わり,看護の意味が見いだせない時に,倫理的葛藤に伴う無力感や罪悪感,身体的・精神的な不調,共感性の低下,深い疲労感,自尊心の低下を呈し,ケアの質の低下,離職などにつながる状態」と定義した.看護師にとって,共感は必要不可欠な要素であるがリスクもある.看護師は,共感のリスクを認識し,共感疲労の知識を身につけ対策を考えていく必要があることが示唆された.
謝辞:本研究に関してご指導いただきました皆様に深く感謝申し上げます.本研究はJSPS科研費研究活動スタート支援(課題番号23K18994)の助成を受けておこなった研究の一部である.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:YNは,研究の着想・デザイン・データ収集・分析・解釈,原稿の作成に貢献,SY,MM,NMは,研究の着想デザインへの助言,原稿への示唆および研究全体への助言に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.