日本看護科学会誌
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原著
長期入院統合失調症患者が地域で社会の一員としての自己価値を見いだすプロセス
藤野 清美斎藤 まさ子
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2023 年 43 巻 p. 943-952

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Abstract

目的:長期入院統合失調症患者が地域で社会の一員としての自己価値を見いだすプロセスを明らかにした.

方法:精神科病院に1年以上入院し,6ヶ月以上地域生活を継続した統合失調症患者10名を対象とした.データは修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて分析した.

結果:長期入院による【社会から疎外された自己価値】を抱く患者は,安寧を満たすシステム/人的要因の【安寧な地域生活の保障】/【身近な人との支え合い】を受けて,【社会とのつながりの拡張】を体験し《意思を持って社会で生きる》という核心を形成し,【地域生活の営み】と【生きがいの発露】を経て【社会構成員としての自己価値】に至った.

結論:安寧を満たすシステム/人的要因を受け社会とのつながりを拡張することが,社会の一員としての自己価値を取り戻し主体性を回復する契機であった.自らの意思を持ち社会で生きることにより,社会構成員としての自己価値に至った.

Translated Abstract

Objective: We aimed to clarify the process of long-term hospitalized patients with schizophrenia having recovered their sense of self-worth as members of society in the community.

Methods: The subjects were 10 patients with schizophrenia, who had been hospitalized in Japanese psychiatric hospitals for 1 year or longer, and then continuously living in communities for 6 months or longer. Data were analyzed using a Modified Grounded Theory Approach.

Results: The patients felt their <sense of self-worth alienated from society> due to long-term hospitalization, received <assurance of a peaceful community life> and <mutual support by people close to them> as systems human factors that satisfied their peace of mind, and experienced the <extended social ties> and formed a core for <<participating in society with their own will>>. Thus, they came to have <their sense of self-worth as members of society> by <living in the community> and <feeling fulfillment in their lives>.

Conclusions: Extending social ties while receiving the systems human factors that help them achieve peace of mind was the opportunity for them to regain their sense of self-worth as members of society and to recover their independence. By living in society with their own will, they came to recover their sense of self-worth as members of society.

Ⅰ. はじめに

2021年の全国の精神病床における1年以上の長期入院患者は約16万4千人であり,約6割を統合失調症患者が占め(令和3年度630調査集計 厚生労働科学研究費補助金「持続可能で良質かつ適切な精神医療とモニタリング体制の確保に関する研究」研究班,2021),多くの長期入院統合失調症患者(以下,長期入院患者)が存在してきた.

精神障害や行動障害をもつ人びとのケアは,常に精神病の社会的認知に関する社会的価値観を反映してきた(World Health Organization, 2001/2004).今世紀に精神を病む人々の治療はより包括的なケアへ展開し,人々は中心にあるものとして認められ,健康の改善は単なる症状の軽減よりむしろリカバリーから見られる(Aoki et al., 2022).

長期入院患者の地域移行は政策課題として推進されてきた.地域移行とは,「病院や施設から退院・退所し,本人が望む場所で地域とのつながりや必要な支援を受けて自分らしい暮らしを実現すること」である(日本精神保健福祉士協会「精神保健福祉士業務指針」委員会,2020).本研究では「社会の一員としての自己価値を見いだす」ことについて,三川(秋葉ら,1995)の価値観の定義を参考にして,「社会の一員としての自己の存在の重要性に関する個人の認知的評価を回復する」ことと定義した.わが国の精神保健医療福祉における長期入院患者の自己価値に関する研究は,入院と地域社会という異なる環境における横断的研究が散見された.入院環境では,長期入院患者の首尾一貫感覚(Sense of Coherence: SOC)は,入院期間が長いほど有意味感が低くなることが明らかにされていた(山口・元村,2009).精神病院という環境に長期間にわたって身を置くことの意味として,他者からの評価に影響される自己評価(奥村・渋谷,2005)が報告されていた.将来への否定的自己評価であるDefeatist Beliefsは,退院を示さない群において有意に重度で,交絡因子を含めても有意な関連が認められた(渡部・杉原,2019).長期入院精神障害者の主体性を尊重する看護実践として,「担当看護師」から「周囲の人々」,そして「家族」との関係性の再構築が報告された(村上,2020).

一方,地域社会では,統合失調症患者の「入院期間」および「罹病期間に対する入院期間の割合」と「地域生活に対する自己効力感」は負の相関を示した(朝倉・鈴木,2011).精神科デイケアを利用する統合失調症患者へのソーシャルスキルトレーニングを組み込んだ心理教育プログラムの介入において,長期入院は自己効力感の改善と有意な関連が示された(Yamaji et al., 2005).「自己有用感」回復のプロセスは,精神障害者が僅かなことから自己の存在意義や存在価値を見出す自分なりの【生きる意味の集積】である(余傳・國方,2020)ことが明らかにされた.

以上より,長期入院患者の自己価値は,時間や場所,周囲の人々との関係,精神保健医療福祉等の環境により変容するものと考えた.村田(1981)は,分裂病のリハビリテーション過程において,自己価値の再編強化につながる,「価値志向的な働きかけ」も自己の有能感や自己選択に伴う自律性を保持し強化するために不可欠であることを示唆した.社会から閉ざされた精神科病院に長期入院してきた患者達は,どのように社会の一員として自己価値を見いだすのだろうか?長期入院患者が地域で社会の一員としての自己価値を見いだすプロセスに関する研究は不十分であった.本研究は,当事者の視点より社会の一員としての自己価値を再構築するプロセスを明らかにし,社会との相互作用に着目した支援の示唆を得る.

1. 研究目的

本研究では,長期入院統合失調症患者が地域で社会の一員としての自己価値を見いだすプロセスを明らかにした.

Ⅱ. 研究方法

1. 研究デザイン

本研究は,質的帰納的分析手法を用いた記述研究とした.

2. 対象者の選定

本研究の対象は,関東甲信越地方の障害者総合支援法による地域移行支援・地域定着支援を行う,地域生活支援センターまたは相談支援事業所を利用した長期入院患者とした.対象者へのアクセスは,2018年9月から12月に,仲介に同意した施設長等より,以下の選定方針に基づき選定して貰い協力を依頼した.

選定方針の選択基準は,20歳以上の慢性期統合失調症患者で,精神科病院へ1年以上入院した経験があり,6ヶ月以上地域生活を継続した者,施設長を含む医療・介護従事者の2名以上が,研究協力へのインフォームド・コンセントを行う能力があり,地域生活への支障が無いと判断した者,言語的コミュニケーションをとることが可能であり,統合失調症であることを知る者とした.除外基準は,症状性を含む器質性精神障害や精神遅滞[知的障害](World Health Organization, 1993/2008)であり,施設長が参加を不適当と判断した者とした.

3. データ収集方法

インタビューガイドを用いて,1人1回30~60分の半構造化面接を行った.面接内容は承諾を得てICレコーダーに録音し,逐語録を作成した.面接では自由な語りを尊重し,評価しないように留意した.研究者の解釈の妥当性を確保するため,意味づけの理解を本人へ確認し面接を進めた.質問項目は,社会との相互作用における自己の在り方に関する認識に着目し,「地域生活で大切にしていることや新たに大切だと気づいたこと」「地域移行で支えになった信念」「健康や疾病の管理で重視すること」「役割の変化」「精神疾患による劣等感や価値ある人生の困難さ(Ritsher et al., 2003Tanabe et al., 2016)と克服する方法」「成長を感じた体験」「生きがいや幸せを感じる時」「退院の決定時に重視したこと」「仲間や家族及び支援者からの支援と関係性」「今後の夢や希望及び人生の送り方」等であった.面接時間は平均53分であった.

基本属性として,年齢,精神科病院の入院回数と通算入院期間,施設契約期間の病歴を,施設長の承認及び本人の文書に基づく同意を得た上で,施設へ情報の取得の経緯を確認し,記録閲覧または施設職員から口頭で収集した.本人の意向または施設と契約が終了した場合は,文書による同意を得た上で本人から聴取した.

4. 分析方法

本研究では,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下,M-GTA)(木下,2003)を用いて分析した.本研究は,自己と社会との相互作用に着目した研究であるため,M-GTAが適すると考えた.M-GTAの分析方法に基づき,分析焦点者を「長期入院を経て地域で暮らす統合失調症患者」とし,分析テーマを「長期入院患者が社会の一員としての自己価値を見いだすプロセス」と設定した.分析テーマと分析焦点者に照らし着目した箇所を,文脈を保持した文章のまとまりごとに解釈し,概念を生成した.概念ごとに分析ワークシートを作成し,概念名や定義及び具体例を記入し,類似例と対極例等について理論的メモに記述した.解釈の恣意的な偏りを防ぐため,概念の類似例だけでなく対極例の比較の観点からデータを継続比較分析した.概念間の関係を検討し,複数の概念からなるカテゴリーを形成し,結果図を作成した.カテゴリーの相互関係から,中心となるコアカテゴリーを決定した.最後に,結果図を分析・解釈し,ストーリーラインを作成した.真実性を確保するため,M-GTAに習熟した精神看護学の研究者よりスーパーバイズを受け,互いに分析への合意を得た.

5. 倫理的配慮

本研究は,新潟青陵大学研究倫理審査委員会の承認(承認番号201803号)を得た.仲介者へ,対象者の自由意思を尊重し,強制力や圧力がかからないよう配慮して仲介することを依頼し文書による同意を得た.仲介者にシナリオに沿い,研究は施設が行うものではなく,断っても不利益は及ばないことを伝えて貰い,説明を受ける了承を得た後に紹介を受けた.研究者は対象者へ,文書に基づき口頭で,研究課題,研究目的,研究方法,研究による利益と不利益,参加における自由意思の尊重と同意撤回の保障,個人情報の保護と管理及び廃棄の方法,結果の公表における匿名性の確保等について説明し,同意書に署名を得て実施した.

Ⅲ. 結果

1. 研究参加者の概要(表1

研究参加者は,7施設より10名(男性8名,女性2名)であった.年齢は40代1名,50代3名,60代5名,70代1名であった.精神科病院への平均入院回数は5.7回,通算入院期間は10年未満5名,10年以上5名であった.施設契約期間は5年未満4名,5年以上6名であった.

表1 

研究参加者の概要

参加者 年齢 性別 入院回数 通算入院期間 施設契約期間 面接時間
A 50代 女性 1 2年 2年6か月 52分
B 60代 男性 2 22年2か月 1年6か月 29分
C 60代 男性 3 8年2か月 11年5か月 60分
D 60代 男性 4 5年4か月 約4年前契約し終了 60分
E 50代 男性 4 5年 10年 62分
F 40代 女性 1 16年 5年10か月 62分
G 50代 男性 4 2年10か月 5年7か月 36分
H 70代 男性 30 15年 10年 61分
I 60代 男性 2 32年 5年6か月 53分
J 60代 男性 6 25年5か月(不明あり) 3年5か月 54分

2. ストーリーライン

分析の結果,33の概念が生成され,8つのカテゴリーで構成する結果図(図1)を作成した.以下に,ストーリーラインを示す.[ ]は影響要因,《 》はコアカテゴリー,【 】はカテゴリー,〈 〉は概念である.

図1 

長期入院統合失調症患者が社会の一員としての自己価値を見いだすプロセス

長期入院患者は,〈家族の受け入れの無さ〉や〈偏見による冷遇〉のもと〈他者の管理による不自由〉を受け,〈権利保障への不満〉を抱き,〈意思表明の抑制〉をし〈社会の一員の感覚麻痺〉に悩み,【社会から疎外された自己価値】に陥っていた.

長期入院患者は,〈経済的な裏づけ〉や〈社会資源による補充〉,及び〈途切れない医療〉や〈権利擁護の活用〉という【安寧な地域生活の保障】と,〈家族との交流と後援〉や〈理解し合う仲間との支え合い〉及び〈支援者による伴走〉という【身近な人との支え合い】を受け,【社会とのつながりの拡張】をしていた.【社会とのつながりの拡張】をする中で,〈退院推進の機運に乗じる〉ことにより,〈社会生活に順応〉し〈経験による方策を図る〉ことに努めていた.本プロセスにおいて,【安寧な地域生活の保障】は[安寧を満たすシステム的要因]であり,【身近な人との支え合い】は[安寧を満たす人的要因]であった.

長期入院患者は【社会とのつながりの拡張】より漸進的に〈正確な情報の選択と活用〉や〈価値観に基づく意思決定〉を行い,〈自身の役割の受諾と認識〉をして〈きまりを知り守る〉ことに留意し,〈自分の思いを表す〉ことで《意思を持って社会で生きる》ことを行っていた.【安寧な地域生活の保障】と【身近な人との支え合い】は,《意思を持って社会で生きる》ことを支えていた.

《意思を持って社会で生きる》ことにより,〈社会構成員としての役割の遂行〉による〈承認や報酬による充実感〉や〈自立に伴う自信の獲得〉が生まれ,〈自分自身を大切にする〉という【社会構成員としての自己価値】を見いだしていた.そして,〈自由な地域生活の営み〉の中で,〈ストレス対処法の習得〉や〈社会文化への参加〉及び〈社会の人々との対話による交流〉を図り,【地域生活の営み】を送っていた.また,〈家族の価値の継承〉や〈有意義な人生の享受〉,〈夢や希望の実現を願う〉ことや〈自己を社会に役立てたい〉という【生きがいの発露】となっていた.

長期入院患者は《意思を持って社会で生きる》ことにより,【社会構成員としての自己価値】を見いだし,【地域生活の営み】の中で【生きがいの発露】となり,さらに【社会構成員としての自己価値】に至っていた.《意思を持って社会で生きる》ことは,【社会から疎外された自己価値】より【社会とのつながりの拡張】を経て,【社会構成員としての自己価値】や【地域生活の営み】及び【生きがいの発露】に至る.即ち,本プロセスの核心であるためコアカテゴリーとした.

3. プロセスを構成するカテゴリーと概念

本プロセスを構成するカテゴリーと概念について,定義と具体例を用いて説明する.研究参加者の語りは「 」,……は中略,( )内は補足説明である.

1) 【社会から疎外された自己価値】

社会から疎外され,自己が尊重されないことにより,負の感情が内在化され,自己の存在に価値を見いだせないことを表す.6つの概念から構成された.

〈家族の受け入れの無さ〉は,家族の生活や経済面により,退院を受け入れて貰えないことを表す.「先生はいつでも退院してもいいと言ったんですけど,親が駄目でずっとおかせて貰ったんです」

〈偏見による冷遇〉は,家族や友人及び医療職等の社会の人々から,精神疾患への偏見による冷遇を受けることにより,負の感情が内在化され,自身でも偏見に苛まれることを表す.「病気になったら突然に,友達が遠ざかったというか」

〈他者の管理による不自由〉は,病院の規則等により,外出や金銭管理等を他者に管理された生活を送り,不自由な思いを抱くことを表す.「病院の生活に慣れちゃうと,恐ろしい.自由がないから.……不自由だね.普通のね,生活ができない.みんな管理されていてね」

〈権利保障への不満〉は,社会資源が不足し,情報が途絶え,配慮が不十分であり,権利保障への不満を抱くことを表す.「病院だと外泊できればいいけど,うちなんか一人外泊できない時なんか,ずっと病院にいると情報が入ってこない」

〈意思表明の抑制〉は,相手の態度により,自分の思いを表すことを抑制することを表す.「僕ら障害者というのは,やっぱり弱みじゃないけど,気持ちの面でやっぱり昔入院したなと思って,……意見も,実際に僕らが言って職員が全部聴いてくれるかというのは,分かってくれるわけでもないし」

〈社会の一員の感覚麻痺〉は,長期間,安楽な入院生活に浸ることにより,社会生活を忘却し,社会の一員としての感覚が麻痺することを表す.「早く退院したいのが普通なんですよ.それを長くいると,麻痺しちゃって,段々おかしくなっちゃう.環境に慣れてしまう」

2) 【安寧な地域生活の保障】

医療や経済面等の社会資源を活用することにより,安定した地域生活が保障されることを表す.4つの概念から構成された.

〈経済的な裏づけ〉は,自立支援医療制度や生活保護制度等を活用することにより,最低生活が保障され,経済的な裏づけとなることを表す.「生保に入りましたから,今度からお金は管理できますよって……,そこまで丁寧に言われちゃった」

〈社会資源による補充〉は,社会資源による補充を受けて,地域生活を成り立たせることを表す.「家族の受け皿とか,そういう態勢がとれない時は困ったけど.そういうことがあったから,ここ(グループホーム)に来た」

〈途切れない医療〉は,精神疾患や精神科身体合併症の治療のため,外来診療や訪問看護等の医療を地域で継続して受けることを表す.「退院してきてすぐには,日曜日,祝日にも訪問看護さん来て下さいまして.寂しくないですね」

〈権利擁護の活用〉は,成年後見制度や日常生活自立支援事業等により金銭管理等の権利擁護を活用することを表す.「お陰さまで(日常生活自立支援事業)利用しているから,お金は通帳にいっぱいある」

3) 【身近な人との支え合い】

家族や仲間及び支援者等の身近な人々と交流することにより,お互いを理解して支え合うことを表す.3つの概念から構成された.

〈家族との交流と後援〉は,家族との交流を継続し,相互に慮り,家族から後方的支援を受けることを表す.「(家族)心強いというか,やっぱり,色々面倒みてくれるんで,助かっていますけどね」

〈理解し合う仲間との支え合い〉は,真に理解し合える仲間と交流することにより,相互に支え合うことを表す.「お互い様だから,僕が聞いてあげれば,向う(友達)も聞いてくれるし.まあ,いいやってなってくるから」

〈支援者による伴走〉は,支援者と協働で行為することにより,思いに寄り添った支援を受けることを表す.「相談して,……対応がすぐでしょう.しゃべって.それでありがたいです」

4) 【社会とのつながりの拡張】

退院推進の機運に乗り,社会生活での体験を意味づけ,自身の経験から方策を見出し,社会とのつながりを拡げることを表す.3つの概念から構成された.

〈退院推進の機運に乗じる〉は,入院医療から地域生活中心へという退院推進の機運に乗り,地域移行することを表す.「国の方針が変わって,病院を出す方針になったという方針にのっかってきているんですね」

〈社会生活に順応〉は,社会生活を体験することにより,不安を軽減し,生活感覚を回復して,社会生活に次第に順応することを表す.「病院に入院中も,A(グループホーム)の体験外泊ということがあって.それを3,4回して下さって.月に1回位,……ペースをつかんで出たんだけど.それはすごく助かりましたね」

〈経験による方策を図る〉は,人生体験を振り返り意味づけ,失敗をも糧として,自身で方策を図ることを表す.「私も必死で一人暮らしを続けて,それでやっと道も見つけてね.私も対策を立てたんですね.病院を退院する前はね,もう退院したらこれをやろうってね」

5) 《意思を持って社会で生きる》

情報を選択し自らの価値観に基づいて意思決定し,きまりを守り,社会での役割を認識し,自分の意思で生きることを表す.5つの概念から構成された.

〈正確な情報の選択と活用〉は,情報を入手し,正確な情報を選択して蓄積し,活用することを表す.「情報を得ると,どっちが正しいのかとか,正確な知識を積んでいかなきゃいけないなと思って.……テレビ,ラジオはしょっちゅう聞いて,情報だけは的確に判断しなきゃいけないなと」

〈価値観に基づく意思決定〉は,自らの価値観に基づいて意思決定し,希望や目標を持つことを表す.「ここに来る時でも,意思がないと来れなかったからね.……本人次第だから.行きたいと,こう言ったから」

〈自身の役割の受諾と認識〉は,自ら見いだしたり他者から勧められた役割を自身の役割として受けとめ,認識することを表す.「これも全部,人から与えて貰ったことだけど,やっていこうかなと思って.それが俺の役割かなと思って,続けていこうと思っています」

〈きまりを知り守る〉は,社会や施設のきまりを知り,自ら考えることにより規範を醸成し守ることを表す.「……歳をとって色々考えるからいいんじゃないでしょうかね.これは駄目とか,ああいうのは若い時は駄目でもがむしゃらに,こっちの方を曲がってこうしようとか思うけど,歳をとると,どれが悪い,良いをわきまえているし,……」

〈自分の思いを表す〉は,仲間や支援者等の人々やノートへ,体験や希望等の自分の思いを表すことを表す.「別に隠す必要もないし,自分が思っていることも言えるし.自分で思っていることを言えるのが一番いいのかな」

6) 【社会構成員としての自己価値】

社会を構成する一員として役割を遂行することにより,自信を獲得し,自己の存在に価値を見いだすことを表す.4つの概念から構成された.

〈社会構成員としての役割の遂行〉は,社会を構成する一員として,その人それぞれの役割を担い,遂行することを表す.「ここ〇(障害福祉サービス事業所)に来ることですね,……新しい人がいるんで,休んじゃうと仕事が成り立っていかない」

〈承認や報酬による充実感〉は,役割や目標を達成することにより,承認や報酬による充実感を得ることを表す.「実行委員をやって,良かったよと言われると嬉しいですね.……気の小さい俺ができたんだなと思って」

〈自立に伴う自信の獲得〉は,自立した生活を送ることができるようになり,自分に自信を持つことを表す.「自分でお風呂でお洗濯して乾かして,着替えるということができて,退院する意欲が,自信がつきましたね」

〈自分自身を大切にする〉は,自身で自分という存在を大切にすることを表す.「僕も人間ですから,人に左右されたりすることもありますけど,やっぱり自分という人間をもって生きていこうという,そういうつもりですよね.……自分を大切にしていきたいです」

7) 【地域生活の営み】

社会の人々と交流し,ストレスへ対処することにより,その人らしく社会文化的な地域生活を営むことを表す.4つの概念から構成された.

〈自由な地域生活の営み〉は,服薬や病気,金銭や鍵,火の元,栄養や衛生,運動と睡眠,人との交流やスケジュール等を自己管理し,自由な地域生活を営むことを表す.「真っ先に思ったのは,自分の管理.自己管理が大成しないと,あとはやっていけないんだ.……表だと,全部自分で管理しないと駄目でしょ.薬も全部」

〈ストレス対処法の習得〉は,ストレスを自覚して対処し,ストレスの蓄積を予防することを表す.「(日記)書くことがね,ストレス解消になっているんですね」

〈社会文化への参加〉は,花見や旅行及び祭り等の社会文化活動へ参加することを表す.「回覧板が来ますよね.その時,色んな旅行とか,そういったのがコミュニティセンターから来るんですよ.文化祭とか,……できるのは参加しようと思っています」

〈社会の人々との対話による交流〉は,社会の人々との相互を尊重した対話による交流を大切にすることを表す.「人と話さないと何が何だか分からない.先のことも分からないし,今の状態も分からないから,やっぱり話すことが一番大切だなと思ったね」

8) 【生きがいの発露】

自身を社会に役立て,生きがいのある有意義な人生を享受し,夢や希望の実現を願うことを表す.4つの概念から構成された.

〈家族の価値の継承〉は,家族が大切にしてきた信念や価値を受け継ぐことを表す.「(家族)はね僕に財布を持っていろよ(金銭管理)と言ったことがあるんですよ.僕貰うと全部使うから.……最後のことばだったんです」

〈有意義な人生の享受〉は,趣味等を楽しみ,一日一日を大切に過すことにより,健康による長生き等の有意義な人生を享受することを表す.「自転車で散歩するのが楽しみですね」

〈夢や希望の実現を願う〉は,今後の人生における夢や希望の実現を願うことを表す.「……旅行に行けるように体調を整えるのを気をつけていますね」

〈自己を社会に役立てたい〉は,自身を社会に役立てたいと願い行動することを表す.「できるだけ入院患者さんのお役に立てれば嬉しいと思っております」

Ⅳ. 考察

本研究より,長期入院患者は社会から疎外された自己価値を抱き,安寧を満たすシステム/人的要因である安寧な地域生活の保障/身近な人との支え合いを受けて,社会とのつながりを拡張していくことが明らかになった.長期入院患者は社会とつながり,意思を持って社会で生きることを核心として,地域生活を営み生きがいが発露し,社会構成員としての自己価値を見いだしていた.本プロセスと看護実践への示唆について,以下に考察する.

1. 長期入院患者が社会の一員としての自己価値を見いだすプロセス

長期入院患者は,社会から疎外され自己が尊重されないことにより,負の感情が内在化され,自己の存在に価値を見いだせないでいた.先述したが,統合失調症患者の「入院期間」と「地域生活に対する自己効力感」は負の相関を示した(朝倉・鈴木,2011).関根(2010)は,当事者にとっての「スティグマ」は,自分自身を【精神科の患者】という【位置性】に存在規定したことであり,【他者】や自分から自分自身に向けられた【メッセージ】を通じて【精神科病院の日常性】を受容し内面化して,自己アイデンティティに再編成していく過程,換言すれば,精神科病院での入院生活そのものが「スティグマ」付与の過程であると考察した.本研究においても,長期入院により,家族の受け入れの無さや偏見による冷遇,及び他者の管理による不自由な処遇を受け続けることにより,スティグマが内在化され,社会の一員という感覚が麻痺し,社会から疎外された自己価値に陥っていた.

本研究では,社会から疎外された自己価値を抱く長期入院患者にとって,安寧を満たすシステム/人的要因である安寧な地域生活の保障/身近な人との支え合いを受けて,社会とのつながりを拡張することが,社会の一員としての自己価値を取り戻し主体性を回復する契機であった.安寧を満たす人的要因は,家族や仲間及び支援者等の身近な人々による支え合いであった.安寧を満たすシステム的要因は,医療や経済面等の社会資源の活用であった.長期入院患者は,これらの安寧を満たすシステム/人的要因を受けることにより,退院推進の機運に乗り,社会生活での体験を意味づけ,次第に順応し,自身の経験から方策を見出し,社会とのつながりを拡げていた.日本精神科病院協会(2016)の調査で,長期入院精神障害者の退院意欲喚起のための取り組みの実施で最も多かったのは外泊体験であり,次に多かったのは,ピアサポーターや退院した元患者との交流会や講演会だった.また,本人の意欲に沿った移行支援では,精神障害者保健福祉手帳申請・障害年金受給に向けた支援や障害支援区分・要介護認定の申請手続きが多く,地域生活の支援では,病院のサポート・バックアップ(外来部門・デイ・ケア・訪問看護)により継続的な支援を行っていた.国の指針で長期入院をしている者に対しては,精神科病院内での面会や外出支援等の支援を通じて,障害福祉サービスを行う事業者等の外部の支援者との関係を作りやすい環境や,社会とのつながりを深められるような開放的な環境を整備すること等により,地域生活に近い療養環境の整備を推進する(厚生労働省,2014).長期入院患者は,安寧を満たすシステム/人的要因を受けることにより,地域移行に向けて,社会とのつながりを拡張することができる.社会から疎外され自己価値を見いだせない長期入院患者は,退院推進の機運に乗じ,身近な人に支えられ地域生活の保障を受けることにより,地域生活の意向を漸進的に形成し,意思を持って社会で生きる.杉原(2017)は長期入院者から,退院意思ありだが実行できない,専門職による退院意思の確認と促進,退院意思を継続させ強化する支援を報告した.長期入院患者の安寧を満たし社会とのつながりを拡張することは,社会生活に順応し自ら経験による方策を図り,主体性を取り戻すことに寄与することが示唆された.

長期入院患者は,意思を持って社会で生きることを核心として,安寧を満たすシステム/人的要因に支えられ,地域生活を営み,生きがいが発露し,社会構成員としての自己価値を見いだしていた.本研究の社会の一員として自己価値を見いだすプロセスは,長期入院患者のリカバリープロセスとも捉えられる.リカバリーは,精神疾患の破局的な影響を越えた成長として,人生に新しい意味と目的を創りだすことを含むとされる(Anthony, 1993).そのリカバリープロセスの構成要素として,人々のつながり,将来への希望と楽観,アイデンティティ,人生の意義,エンパワメント(Leamy et al., 2011)が明らかにされた.本研究では,長期入院により社会の一員の感覚が麻痺し,権利保障に不満を抱き,意思表明を抑制した状態から,権利擁護を活用し,社会とつながり,自分の思いを表すことが明らかになった.また,精神障がい者の地域生活におけるセルフケアとして,生活の基礎をつくる,生活を営む,生活の質の充実の要素(山下,2017)が明らかにされていた.長期入院患者は,セルフケアにより自由な地域生活を営み,社会構成員として役割を遂行することにより自立に伴う自信を獲得し,生きがいを見出し自己の存在に価値を見いだしていた.本プロセスは,長期入院患者が社会から疎外された自己価値を抱き,社会とつながり自らの意思を持ち社会で生きることにより,社会構成員としての自己価値を見いだすというリカバリープロセスであったと言える.本研究より,長期入院患者が意思を持って社会で生きることは,社会構成員としての自己価値に至ることが示唆された.

2. 看護実践への示唆

看護師は長期入院患者の社会の一員としての自己価値を高めるために,処遇を改善し,社会との交流を保てるように環境を調整する役割がある.長期入院患者の安寧を満たすために,経済面や住居等の権利を保障できるような社会資源の拡充と開発が求められる.家族や仲間及び支援者等の身近な人々が相互に支え合い,長期入院患者が社会とのつながりを維持できるように,精神科病院と地域機関の有機的連携システムの構築が課題であり,多機関からなる多職種が柔軟に協働する姿勢が求められる.精神保健福祉士との協働が鍵となる.長期入院患者が社会へ順応し経験を積み重ね,自己の存在を価値づけることができるよう,社会の人々に受容され承認・支持されることが自信の回復につながる.社会的役割を遂行し生きがいを見いだすことができるよう,長期入院患者の意思を尊重し継続して看護することが重要である.

Ⅴ. 研究の限界

本研究は,長期入院の経験をもち地域生活を継続した統合失調症患者を対象としており,結果は限定されたものである.看護教育や精神科看護師へ知見を伝え,転用を図る.長期入院患者の権利を擁護する意思決定支援モデルを開発し,定量評価が課題である.

Ⅵ. 結論

本研究は,地域移行した長期入院患者が地域で社会の一員としての自己価値を見いだすプロセスを明らかにした.長期入院患者にとって,安寧を満たすシステム/人的要因を受け社会とのつながりを拡張することが,主体性を回復する契機であった.長期入院患者は意思を持ち社会で生きることにより,社会構成員としての自己価値を見いだしていた.長期入院患者の意思を尊重し継続して看護することが重要である.

付記:本研究はJSPS科研費JP18K17506,新潟青陵大学個人研究費の助成を受けたものである.本研究は,The 6th International Nursing Research Conference of World Academy of Nursing Scienceのホームページにおいて発表した.

謝辞:本研究にご協力を頂きました施設と研究参加者の皆様へ心より感謝申しあげます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:KFは研究の着想,デザイン,データ収集・分析,原稿作成を行った.MSはデータ分析と原稿への批判的検討,研究プロセス全体への助言を行った.著者らは最終原稿を読み,承認した.

文献
 
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