目的:訪問看護師による高齢者の難聴ケアに関する困難を明らかにすること.
方法:訪問看護師21名を対象に,高齢者の難聴ケアに関する困難についてフォーカスグループインタビュー調査を実施し,計量テキスト分析を実施した.
結果:訪問看護師は〔難聴判断や耳鼻科の受診サポートを訪問時間内で実施する難しさ〕〔補聴器の知識不足と難聴対応への戸惑い〕〔難聴高齢者との会話に関する困難〕〔耳掃除に関する不安と準備や時間調整の難しさ〕〔難聴ケアにおける他職種との協働・連携の希薄さ〕について困難を抱えていた.
結論:高齢者の難聴ケアを実施する訪問看護師に対し,難聴ケアに関する知識や技術,コミュニケーション方法や難聴ケアに携わる専門機関や専門職との連携に関する教育的支援の必要性が示唆された.
Objective: The aim of this study was to identify the challenges faced by visiting nurses in providing care to the elderly with hearing loss.
Methods: A focus-group, interview-based study was conducted with 21 visiting nurses regarding challenges associated with providing care to the elderly with hearing loss. Further, a quantitative text analysis was performed.
Results: Visiting nurses experienced challenges in the following areas: challenges in assessing hearing loss and facilitating otolaryngology consultations within the visit duration, insufficient knowledge about hearing aids and bewilderment about managing hearing loss, challenges in communicating with older adults with hearing loss, concerns regarding ear cleaning and challenges in preparation and scheduling, and lack of collaboration and coordination with other professionals in the provision of care for older adults with hearing loss.
Conclusion: The findings suggest a need for educational support for visiting nurses who provide care to older adults with hearing loss. This support should encompass knowledge and skills pertaining to care for patients with hearing loss, communication strategies, and collaboration with specialized institutions and professionals engaged in care services for patients with hearing loss.
難聴には,外耳や中耳で生じる耳垢栓塞や中耳炎が原因となる伝音難聴と,内耳で生じる突発性難聴やメニエール病,加齢性難聴などの感音難聴がある(小川,2020).高齢者の場合,年齢とともに生理的変化として現れる加齢性難聴と,加齢以外の疾患の存在あるいは合併している難聴や(内田,2023),加齢性難聴に耳垢栓塞が重なり聴力増悪している状況があり(杉浦ら,2009),高齢者の難聴は加齢性難聴だけでなく広範的な捉え方が重要といえる.
そして,加齢性難聴を含む高齢者の難聴(以下,難聴)は,聞こえないから不便であるというだけの問題ではなく,抑うつ(Li et al., 2014)やADL低下(Sakurai et al., 2022),そして認知機能低下の危険因子(Lin et al., 2011)とされている.加齢に伴うさまざまな臓器機能変化や予備能力低下により,ストレスに対する回復力を有する健常な状態と要介護状態の中間的な状態であると定義されているフレイル(荒井,2023)と難聴の関連についても近年注目されている.難聴はフレイルを予測する変数ではないものの,高齢者の聴力とフレイルは関連していることが報告されており(小川ら,2023),高齢者の難聴に対するケアは重要である.特に,看護の対象を地域で生活する人と捉え,地域で自立した生活が営めるよう支援し,生活の質を向上させるべく働きかけることは在宅看護ならではの重要な機能である(尾崎・佐野,2021).自立した生活には,生活や健康に必要な情報を収集し意思決定することが求められ,地域で暮らす高齢者が可能な限り聴力を維持することは重要であるといえる.
一方,難聴のある高齢者と関わった経験がある訪問看護師は90%以上いることがわかっているが(鍋島・又吉,2020),約80%の訪問看護師が難聴のアセスメントに困難を抱え,約30~50%の訪問看護師が難聴高齢者との会話時の環境調整に困難を抱えている(鍋島・安東,2023).このように多くの訪問看護師が難聴ケアに関して困難を抱えていることが指摘されているが,先行研究では,終末期がんや小児ケアなど専門性の高いケアに関する訪問看護師の具体的な困難は報告されている(古瀬,2013;渡邉・富田,2021)ものの,訪問看護師が抱えている難聴ケアに関する困難の詳細を明らかにした報告は見あたらない.
そこで,本研究は,訪問看護師による高齢者の難聴ケアに関する困難を明らかにすることを目的とした.本研究により,訪問看護師を対象とした難聴ケアの困難に対する教育的支援への示唆が得られ,在宅看護の質向上に貢献することができる.
本研究における「難聴」とは,加齢性難聴に加え既往の疾患や耳垢栓塞による難聴を含む高齢者の聞こえにくい状態とする.
また,「難聴ケア」とは,上記「難聴」に対して訪問看護師が実践するアセスメントから看護援助の実施・評価に至る全てを指し,する者とされる者との相互作用の中に生じる行為とする.
「訪問看護師の困難」とは,訪問看護師が上記「難聴ケア」を実施する過程において経験する不安や戸惑い,そして難しいと感じることと定義した.
2. 調査対象者A市内にある訪問看護ステーションに勤務する訪問看護師を対象とした.調査対象者の選定基準は,難聴のある高齢者に訪問看護を実施した経験がある看護師とした.
3. データ収集方法地域・在宅看護学領域に所属する研究者が機縁法により得られた訪問看護ステーション4施設に対し,文書にて研究協力を依頼した.その後,同意を得られた施設の看護管理者に訪問看護師を紹介してもらった.訪問看護師には,研究の趣旨を説明し,研究参加と匿名化での公表に同意の得られた者にインタビューを実施した.相互作用および連鎖的反応による広範でまとまった意見の収集が可能であり,複数の参加者がいる環境による発言へのプレッシャーを少なくできるフォーカスグループインタビューを設定した.グループは調査の実効性を優先し,施設毎での構成とした.参加者が全員自由に発言できるように心がけながら,インタビューガイドを用いて1グループ1回約40~50分程度で半構造化インタビューを実施した.質問内容は,訪問先での高齢者の難聴ケアの実際,高齢者の難聴ケアにおける困難の内容とその理由,高齢者の難聴ケアにおいて困難を感じるタイミングから構成し,経験や思いを語ってもらった.
インタビュー内容は承諾を得てICレコーダーにて録音し,逐語録を作成して分析データとした.フォーカスグループインタビュー調査は2023年4月~5月に実施した.
4. 分析方法作成した逐語録から訪問看護師の難聴ケアに関する困難を抽出するために,テキストマイニングの一種である計量テキスト分析を行った.計量テキスト分析とは,質的データをコーディングで数値化し,計量的分析手法を適用してデータを整理,分析,理解する方法である(樋口ら,2023).計量テキスト分析によりテキスト型データである逐語録を単語に分節および数値化し,計量的にその単語の関連を分析し,実際の逐語録と照らし合わせながら解釈を進めた.計量テキスト分析は,量的にデータ分析し訪問看護師の難聴ケアに関する困難を概観した後に,全体像で示されたキーワードから研究目的に沿った視点で詳細に読み解くことが可能であることから,本研究において本分析方法を採用した.
まず,テキストチェックとして,「コミュニケーション」を「会話」に置き換え同一語として扱い,未知語や複合語を確認し抽出されていない単語であった「耳掃除」「ケアマネ」「ケアマネージャー」「認知症」「認知機能」「電池交換」「訪問看護」「リハビリ」「担当者会議」「認知機能」「セルフケア」「外耳道ケア」「看護ケア」「耳リハ」「ホワイトボード」を強制抽出した.次に,出現回数4回以上の頻出語の結びつきを明らかにするために,共起ネットワークを作成した.計量テキスト分析はKH Coder3(樋口ら,2023)を使用し,分析の過程は計量テキスト分析に精通した研究者のスーパーバイズを受けながら,共同研究者間で十分に協議し分析した.本稿における共起ネットワークのグループ名は〔 〕,グループを構成するサブグループ名は〈 〉,抽出語は「 」,実際の語りは「斜字」とした.
対象者の年齢,看護師経験年数,訪問看護師経験年数は平均と標準偏差を算出した.統計解析はSPSS Ver28を用いた.
5. 倫理的配慮本研究は,名古屋市立大学大学院看護学研究科の研究倫理審査委員会(ID番号22039)の承認を受けて実施した.調査では,各施設の管理者に研究概要,研究目的,方法,倫理的配慮,研究参加の任意性を口頭及び文書にて説明した.訪問看護師にも同様の説明を口頭および文書にて行い,書面にて研究参加の同意を得た.得られたデータは匿名性,安全性を確保し厳重に管理した.
4施設21名の訪問看護師を訪問看護ステーション毎の4組に分けてフォーカスグループインタビューを実施した.各グループの人数は,4名2グループ,5名1グループ,8名1グループであった.対象者の年齢は平均32.6 ± 6.8歳で,性別は男性6名,女性15名であった.看護師経験年数は平均10.5 ± 5.7年,訪問看護師経験年数は平均3.6 ± 3.1年,職位は管理職5名であった.4組のインタビュー時間は35~49分であった.
N = 21
項目 | n | (%) | 平均±標準偏差 | |
---|---|---|---|---|
年齢 | 32.6 ± 6.8 | |||
看護師経験年数 | 10.5 ± 5.7 | |||
訪問看護師経験年数 | 3.6 ± 3.1 | |||
性別 | 男性 | 6 | 28.6 | |
女性 | 15 | 71.4 | ||
職位 | 管理職 | 5 | 23.8 | |
スタッフ | 16 | 76.2 |
KH Coder3(樋口ら,2023)により抽出された総抽出語数は10,801語で,そのうち出現回数4回以上の頻出語98語についてリストを作成した.最も出現回数が多かった語は「人」62回であった.次いで「聞こえる」59回,「補聴器」49回であった.
頻出語 | 出現回数 | 頻出語 | 出現回数 | 頻出語 | 出現回数 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 人 | 62 | 34 | 感じる | 9 | 67 | 環境 | 5 | ||
2 | 聞こえる | 59 | 35 | 調べる | 9 | 68 | 耳かき | 5 | ||
3 | 補聴器 | 49 | 36 | 本当に | 9 | 69 | 情報 | 5 | ||
4 | 言う | 41 | 37 | 本当 | 8 | 70 | 病院 | 5 | ||
5 | 耳 | 31 | 38 | 生活 | 8 | 71 | 指示 | 5 | ||
6 | 難聴 | 28 | 39 | 相談 | 8 | 72 | 受診 | 5 | ||
7 | 結構 | 28 | 40 | 筆談 | 8 | 73 | 対応 | 5 | ||
8 | 会話 | 26 | 41 | 耳あか | 8 | 74 | 訪問看護 | 5 | ||
9 | 多分 | 25 | 42 | 考える | 8 | 75 | 違う | 5 | ||
10 | 家族 | 24 | 43 | 出る | 8 | 76 | 見える | 5 | ||
11 | 聞く | 23 | 44 | 着ける | 8 | 77 | 持つ | 5 | ||
12 | 声 | 23 | 45 | 入る | 8 | 78 | 出す | 5 | ||
13 | 実際 | 22 | 46 | 調整 | 7 | 79 | 変わる | 5 | ||
14 | 取る | 21 | 47 | 言える | 7 | 80 | 気 | 4 | ||
15 | 先生 | 19 | 48 | 限る | 7 | 81 | 頭 | 4 | ||
16 | 行く | 19 | 49 | 全然 | 7 | 82 | 時々 | 4 | ||
17 | 知る | 19 | 50 | トーン | 6 | 83 | テレビ | 4 | ||
18 | 見る | 18 | 51 | 家 | 6 | 84 | 感覚 | 4 | ||
19 | 耳鼻科 | 16 | 52 | 逆 | 6 | 85 | 基本 | 4 | ||
20 | 訪問 | 15 | 53 | 一応 | 6 | 86 | 雑音 | 4 | ||
21 | 使う | 15 | 54 | 何とか | 6 | 87 | 頻度 | 4 | ||
22 | 自分 | 14 | 55 | 高齢 | 6 | 88 | お話 | 4 | ||
23 | 困る | 14 | 56 | 状況 | 6 | 89 | 共有 | 4 | ||
24 | 耳掃除 | 12 | 57 | 部分 | 6 | 90 | 在宅 | 4 | ||
25 | 付ける | 12 | 58 | 綿棒 | 6 | 91 | 質問 | 4 | ||
26 | 話す | 12 | 59 | サービス | 6 | 92 | 説明 | 4 | ||
27 | 音 | 12 | 60 | 控除 | 6 | 93 | 反応 | 4 | ||
28 | 知識 | 11 | 61 | 認知症 | 6 | 94 | 評価 | 4 | ||
29 | 本人 | 11 | 62 | 取れる | 6 | 95 | 利用 | 4 | ||
30 | 電話 | 10 | 63 | 通じる | 6 | 96 | リハビリ | 4 | ||
31 | 話 | 10 | 64 | 買う | 6 | 97 | 合う | 4 | ||
32 | ケア | 9 | 65 | 目 | 5 | 98 | 触る | 4 | ||
33 | ケアマネ | 9 | 66 | ボリューム | 5 |
KH Coder3(樋口ら,2023)により作成された共起ネットワークは,出現回数4回以上の頻出語を用い,共起したネットワークを1つのグループとみなし5グループが検出された.
共起ネットワークの作成を行った結果,抽出語は図1の通り付置された.共起ネットワークで検出された5グループにおいて,各グループの頻出語がみられる記述データの意味内容を解釈して,グループ名を以下の通りに命名した.記述データは斜字で示す.
(1) 〔難聴判断や耳鼻科の受診サポートを訪問時間内で実施する難しさ〕「難聴」「知る」「利用」「持つ」「対応」「買う」「家」「部分」「話」「聞く」「必要」「訪問看護」「大きい」「違う」「全然」「反応」「時々」が実線で繋がっていた.
これらの語が頻出する語りとしては,「難聴の方って,認知機能低下での反応なのか,本当に聞こえなくての反応かっていうのも曖昧な部分もあったりする」「難聴の評価基準ってネットで調べたら,何かしら,多分,出てくるかなと思うんですけど」「聞こえないものもあるかなっていうので,それで会話に困ったとか,難聴の評価スケールって簡易的なやつってあるんでしたっけ」「僕らでも普通に勘違いしちゃうときはありますね.にこにことして,うん,うんとかって聞いてくれてるから,分かったのかなと思ったら,駄目だねっていうこともありますね.」など,〈難聴を判断する難しさ〉について語られていた.
また,「私たちの訪問看護っていうところの,保険算定して,医師からの指示もらって訪問してる,その範囲の中ではあるんで,どこまでやる,みたいなところではある」「難聴の部分って,それ以外にもっと重要,優先度が高いところってあるんで,どうしても目が行きづらい部分かなと思うので,難聴だけを見に行くって言ったら,いくらでもできるんですけど」など,〈訪問時間内で難聴ケアをする難しさ〉について語られていた.
そして,「高齢になると,受診自体が難しくなってくるので,実際に,例えば,補聴器を検討してますってなったけど,そう簡単に出てけれないってなると,とはいっても,やっぱり検査とかは医療機関でってなると,そういったところの,通院の,まず準備っていうところからにもなるし,実際にそういうのを在宅でやってくれる,そういうシステムがあるかどうかっていうのも,知ってたら,そういう案内もできるのかなみたいな.」という〈受診サポートに関する連携の難しさ〉が語られていた.以上のことから,グループ名を〔難聴判断や耳鼻科の受診サポートを訪問時間内で実施する難しさ〕とした.
(2) 〔補聴器の知識不足と難聴対応への戸惑い〕「補聴器」「着ける」「相談」「実際」「調べる」「知識」「控除」「評価」「生活」「耳鼻科」「先生」「訪問」「耳」「見る」「取る」「限る」が実線で繋がっていた.
これらの語が頻出する語りとしては,「(補聴器のことを)意外と知らないことが多いなって思って.意外に電池変える頻度とか,雑音があったとき,ノイズがあったとき,どう対応するのかって,あんま知れていない」「補聴器のことは知識がほぼないので,やっぱ同じように一緒に調べるか,ちょっと先生に相談しましょうっていうようなお伝え方しかできてない」「補聴器については本当に知識がないから,自分からそれに触れることもできず,知らないことを言えないから,触れてもいなくて」など,〈補聴器に関する知識の少なさ〉が語られていた.
また,「補聴器を着けてても聞こえないみたいな.そこまでだいぶ聞こえてない方とか,一応,着けてるけど,着けるのすらやめたみたいな人とかがいて,そういった場合はどうしたらいいのか」「ご家族さんからも補聴器どうかなという相談もあって,本人に説得をしてみたんですけど,俺はまだいいって言って,だんだん怒ってきちゃって,結局,導入にも至らず.ご高齢の方が多い中で,新しく何科に行って検査受けて,新しいもの付けるってなると,どっちかっていうと拒否的というか,保守的で,そういうのは今はいいからっていうふうな人が多い中で,どううまいこと進めていけばいいのかな」など,〈補聴器を拒否する高齢者への対応の難しさや戸惑い〉が語られていた.
そして,「訪看ですと,耳鼻科の先生と関わる機会はめちゃくちゃ少ないというか,ほとんどないかなというところで,それが基本的に私たちは訪問診療だったりで,内科全般診れるよっていう先生だったりが,指示書というのをいただいて訪問することになる」「訪問医でも主治医と別で,食べることのために,歯を整えるために訪問歯科さんに来てもらって,歯磨き指導だったりとか,入れ歯の調整をしてもらったりとかっていう利用者さんいるんですけど,耳鼻科の先生が訪問してるっていうのを,あんまりピンと思い付かなくって,それは,そういう場所があったらいいのにな」など,〈補聴器に関連した耳鼻科医との希薄な関係性〉が語られていた.以上のことから,グループ名を〔補聴器の知識不足と難聴対応への戸惑い〕とした.
(3) 〔難聴高齢者との会話に関する困難〕「聞こえる」「言う」「人」「会話」「話す」「困る」「電話」「ボリューム」「出す」「リハビリ」「筆談」「環境」「頭」「考える」「合う」「結構」「多分」「本当」が実線で繋がっていた.また点線で繋がっている「声」を手掛かりに,「声」と実線で繋がっている「トーン」「音」「お話」「説明」「確か」の語を含む語りも合わせて以下の通りに捉えた.
「周りの環境を,ちょっと音を小さくしてとかっていうようなことしかできないので,手段は限られちゃうんじゃないのかなとは思って.あとは筆談っていうぐらい.それ以上となると多分,費用がかかってくるので.」「音を聞こえやすくするためにできることは,多分,ものすごく限られて,大きな声でしゃべるとか,低い声でしゃべるとかっていう,聞こえやすい声でしゃべるぐらいしか,多分,できない.」など,〈環境調整や会話の工夫の限界〉が語られていた.
また,「困ってるのが,難聴の方と電話で話すときに,こちらがいくら大声を出しても,向こうのボリューム設定でそれ以上聞こえなかったりすると,何も伝わらなくって,どうしようもないっていうケースが,いまだに時々あります」「難聴の方に電話をかけたときに,電子の音を返すからか,聞こえませんっていうふうに言われてしまって,声のトーン変えても,聞こえませんって言われて,だから,そこで連絡をするのが難しかったことがあって,結局,直接訪問したときにしゃべったっていうことがあったんで,そういう自分が気を付けてても聞こえないものもあるかなっていうので,それで会話に困ったとか.」「特に緊急の電話とか,かかってきたときに,相手が難聴の方だったら,いろいろ質問しても,なかなか返ってこないことがあると,こっちも焦ってくるというか.」など,〈意思疎通が難しい電話による会話〉について語られていた.以上のことから,グループ名を〔難聴高齢者との会話に関する困難〕とした.
(4) 〔耳掃除に関する不安と準備や時間調整の難しさ〕「耳掃除」「ケア」「自分」「見える」「綿棒」「逆」「病院」「感覚」「きれい」「取れる」「気」「つける」「トーン」「声」「音」「お話」「説明」「確か」が実線で繋がっていた.
これらの語が頻出する語りとしては,「耳掃除をやり過ぎちゃって,逆に中を傷つけちゃったりしたらどうしようとか,硬くなり過ぎちゃったら,もう病院に行ってもらうしかないかなと思うので,そこを,受診を促すタイミングも,見てもわからないなっていう」「どれが正解かわかんない.自分の耳掃除してる感覚で,この辺,汚いかなみたいな,やってるけど,それがちゃんときれいに取れてるかどうか分かんない感じで,取りあえず,きれいかなってやってる」など,〈耳掃除の知識・技術不足による不安〉が語られていた.
また,「おうちなので綿棒も必ずしもあるわけじゃなかったので,綿棒ない,耳かきもない,みたいな,物理的な,物がないというときは困ります」「綿棒入れて掃除とかまではしてないです.外耳は拭いたり,気になればありますけど,ないですね.」「取りづらいです.長時間,耳の中にあったので固くなってるし,道具が,おうちの中を探すと普通の綿棒しかなくて,普通の綿棒だと押し込んでしまうっていう感じになって,ピンセットの先が長いやつが欲しいぐらいなんですけど,そういう道具もないしなっていうところで,取るのに難渋するというか」など,〈訪問先での耳掃除に必要な物品準備の難しさ〉が語られていた.
そして,「すごい時間があったら,細かいのとか,綿棒とかピンセットとかいろいろ使って取ろうとはするんですけど,最低限でかいのだけ,時間がないときは,最低限それだけ取ってっていうことをしてるときはあります」「耳掃除が結構,後回しにされがちな気もして.絶対やらなきゃいけないケアと限られた時間の中でやるってなると,しばらくやらなかったりする人が見えて,最近も,線みたいなのが収穫できたことがあったので.最近,しかも聞こえてなかったので,これのせいかなとか思うことがあるので,自分でやってほしいとか言えないような人がいるので,見過ごされないように,私たちで気を付けなきゃいけない」など,〈訪問時間内で耳掃除を実施する難しさ〉が語られていた.以上より,グループ名を〔耳掃除に関する不安と準備や時間調整の難しさ〕とした.
(5) 〔難聴ケアにおける他職種との協働・連携の希薄さ〕「家族」「本人」「入る」「基本」「共有」「指示」「情報」「ケアマネ」「受診」「耳あか」「耳かき」「出る」「頻度」「雑音」「認知症」「嫌」「通じる」「何とか」「テレビ」「目」「感じる」「多い」「行く」「高い」「高齢」「難しい」「本当に」「状況」が実線で繋がっていた.
これらの語が頻出する語りとしては,「ご自宅でサービス担当者会議をやるときに,全然,聞こえないご本人さんと,家族と,ケアマネさんがいてしゃべってると,どんどんその人が置いていかれちゃうんで,少しずつパートに区切って,今,こういうことをしゃべってるよっていうことを,もう一回伝えるみたいなことはありましたね.それはちょっと大変だなと思う」「担当者会議とかのときにも,いろいろケアマネとか,いろんな人が来るときに,本人じゃなくても,ご家族の方が高齢で聞こえないときがあるんで,たくさんいろんな人がいて会話に,そもそもたくさん話されると付いていけないのに,余計,聞こえないせいで,頭に多分,半分も入ってないときとかはある」など,〈サービス担当者会議における難聴高齢者の対応の難しさ〉が語られていた.
また,「難聴,会話の伝え方の,多分,こうしたほうがいいぐらいは,共有することはあると思うんですけど,多分,それが,もう皆さん周知の事実になれば,それ以降もそういうもんだっていう感じで,対応される」「時折受診に行く,とびとびで受診に行く耳鼻科とかかかったりとか,眼科とかっていうようなところの先生に情報共有というか,連携を取る,みたいなところは,比較的というかほとんどない」「耳あかまでのセルフケアができるかっていうチェックは,IADLにも入ってないというか,視点として抜けていることが多いのかなとは,介護職とか含めてそう思います.」など,〈難聴ケアに関する他職種との情報共有の希薄さ〉が語られていた.以上のことから,グループ名を〔難聴ケアにおける他職種との協働・連携の希薄さ〕とした.
訪問看護師は,〔難聴判断や耳鼻科の受診サポートを訪問時間内で実施する難しさ〕として〈訪問時間内で難聴ケアをする難しさ〉,〔耳掃除に関する不安と準備や時間調整の難しさ〕として〈訪問時間内で耳掃除を実施する難しさ〉を語り,難聴ケアを訪問看護時間内で実施する困難を感じていた.訪問看護サービスは,介護保険で利用する場合20分未満,30分未満,30分~1時間未満というように療養者の状態に合わせて訪問時間に制限がある(秋山ら,2023).訪問看護師の語りには「それ以外にもっと重要,優先度が高いところってあるんで,どうしても目が行きづらい部分かなと思うので,難聴だけを見に行くって言ったら,いくらでもできるんですけど」といった制限時間内での難聴ケアの実施に困難を抱えていることが明らかとなった.訪問看護師に求められる看護実践能力の一つに「決められた時間を守ること」(片平・植村,2021)があることからも,簡便な難聴ケア方法を指導する等,必要な難聴ケアを訪問時間内で実施できるように訪問看護師への教育的支援が必要であることが示唆された.
2) 難聴ケアに関する知識や技術の不足による困難訪問看護師は,〔難聴判断や耳鼻科の受診サポートを訪問時間内で実施する難しさ〕として〈難聴を判断する難しさ〉,〔補聴器の知識不足と難聴対応への戸惑い〕として〈補聴器に関する知識の少なさ〉,そして〔耳掃除に関する不安と準備や時間調整の難しさ〕として〈耳掃除の知識・技術不足による不安〉を語り,難聴ケアに関する知識や技術の不足による困難を感じていた.量的調査による先行研究でも,難聴を判断する際に必要な難聴スクリーニングの方法,補聴器に関する知識,難聴高齢者との会話に必要な環境調整の方法,さらに耳垢除去についての知識を訪問看護師は持っておらず,困難を感じている(鍋島・安東,2023)と報告されている.本研究結果は,先行研究の結果を支持するものとなった.訪問看護師の96.1%が難聴や補聴器に関する研修の受講経験がなく(鍋島・安東,2023),海外においても看護師を含む医療従事者の13%しか難聴のある対象者へのケアについて研修を受けたことがないと報告されている(Smith et al., 2020).国内外ともに,訪問看護師が難聴ケアに関する知識や技術を習得する機会は非常に少なく,教育環境は十分ではない.訪問看護師の看護実践能力の一つに在宅看護の知識や技術に基づいたケア力(片平・植村,2021)がある.訪問看護師が感じていた〈難聴を判断する難しさ〉,〈補聴器に関する知識の少なさ〉,〈耳掃除の知識・技術不足による不安〉といった難聴ケアの知識や技術に関する困難に対して,それらの知識や技術を習得できる看護教育の検討が必要であるといえる.先行研究では,訪問看護師の困難としてグリーフケアや小児ケアなど専門性の高いケアの知識や技術の体得には困難を伴うことが報告されている(村田ら,2021;渡邉・富田,2021).先行研究と同様,特有かつ専門性の高い難聴ケアにおいて訪問看護師が困難を抱えていることが明らかになったことから,今後,訪問看護師が困難を感じていた難聴ケアに必要な知識である難聴スクリーニングや補聴器ケア,耳掃除の知識や手技等が習得できる看護教育の検討が必要であることが示唆された.
3) 難聴ケアに必要な連携に関する困難訪問看護師は〔難聴判断や耳鼻科の受診サポートを訪問時間内で実施する難しさ〕として〈受診サポートに関する連携の難しさ〉,〔補聴器の知識不足と難聴対応への戸惑い〕として〈補聴器に関連した耳鼻科医との希薄な関係性〉,そして〔難聴ケアにおける他職種との協働・連携の希薄さ〕として〈サービス担当者会議における難聴高齢者の対応の難しさ〉〈難聴ケアに関する他職種との情報共有の希薄さ〉を語り,難聴ケアに必要な連携に関する困難を感じていた.これらの困難は,様々な難聴ケアに必要な連携に関する困難といえる.地域包括ケアシステム構築に向けた取り組みが進められる中,訪問看護ステーションが核となり多職種とともに在宅で療養する人へ必要なサービスを届ける仕組みづくりへの参画が求められており,訪問看護師はその役割を担う必要がある(一般社団法人全国訪問看護事業協会,2013).しかし,本研究結果と同様に,多職種との連携不足(渡邉・富田,2021;村田ら,2021)や関係職種の理解・認識不足(平尾・小笠原,2019)に関する困難を訪問看護師が抱えていることが明らかになっている.熟練訪問看護師は,多職種連携において,関係機関・職種と情報交換し,必要な支援を関係機関・職種に依頼し支援を働きかけており(菅沼・片平,2023),困難に対処するには多職種と日頃から連絡を取ることや多職種連携の体制を整えることが重要である(市来・沖中,2020).耳鼻科医や認定補聴器専門店など難聴に関する専門職や専門機関への日常的な連携の促進が,訪問看護師の困難への対処かつ難聴ケアに必要な支援であることが示唆された.
4) 難聴高齢者とのコミュニケーションに関する困難訪問看護師は〔難聴高齢者との会話に関する困難〕として〈環境調整や会話の工夫の限界〉〈意思疎通が難しい電話による会話〉を語り,難聴高齢者とのコミュニケーションに関する困難を感じていた.〈意思疎通が難しい電話による会話〉の語りでは「特に緊急の電話とか,かかってきたときに,相手が難聴の方だったら,いろいろ質問しても,なかなか返ってこないことがあると,こっちも焦ってくるというか.」とあり,緊急時は電話で対応することが多い訪問看護師にとって,その場の情報収集や必要な指示がうまくいかないことに困難を抱えていることが明らかになった.先行研究では,難聴高齢者における投薬ミスの原因はコミュニケーションが問題であると約10%の医師が回答し,90%以上の医師が加齢性難聴が医療の質に負の影響を与えていると回答している(Smith et al., 2020).そして,聴覚障害者は正常な聴力者と比較し医師とのコミュニケーションに対する評価が低く,馴染みのない医学用語などある場合は医師と話し合う事が難しいことが報告されている(Mick et al., 2017).コミュニケーションは適切な医療やケアの提供には欠かせないものであり,医療や看護の質に影響を及ぼすことからも,難聴高齢者とのコミュニケーションに関する困難への対応は急務といえる.訪問看護実践には,‘生活者として対象をよく知る’‘共に考える’‘先を見通す’という特徴があり,訪問看護師は生活の状況から変化を予測し,生活と医療を統合して判断することが求められる(仁科ら,2019).難聴高齢者を生活者としてとらえ共に考えるためにはコミュニケーションが重要であり,訪問看護師に対しコミュニケーションの工夫を周知する必要が示唆された.特に,緊急時対応を電話で行う訪問看護師に対して,電話での会話も含めたコミュニケーションの工夫に関する教育的支援をする必要性が示唆された.
2. 難聴ケアにおける訪問看護師に対する今後の教育的支援我が国における高齢化率(65歳以上の人口が総人口に占める割合)は,2023年に過去最高の29.0%となり(内閣府,2023),今後も加齢性難聴のある高齢者の増加が予測される.それに伴い本研究で明らかになった難聴ケアに関する困難をもつ訪問看護師が増えることが予測される.訪問看護師の難聴ケアに関する困難に対処するため,前述したような難聴ケア特有の看護実践能力を強化するための教育的支援が重要である.
また,〔難聴ケアにおける他職種との協働・連携の希薄さ〕の頻出語に抽出された「家族」については着目すべき点である.実際「担当者会議とかのときにも,いろいろケアマネとか,いろんな人が来るときに,本人じゃなくても,ご家族の方が高齢で聞こえないときがあるんで,」や「ご家族さんからも補聴器どうかなという相談もあって,本人に説得をしてみたんですけど,俺はまだいいって言って,」など訪問看護師が家族も含めた難聴ケアに関する相談や対応をする中での困難が語られている.先行研究においても,訪問看護師が様々なケアをする中で感じる困難のうち,家族とのコミュニケーション(渡邉・富田,2021)や家族の理解・認識不足(平尾・小笠原,2019)など家族に関わる難しさが報告されている.在宅看護の対象は療養者本人とその家族であり,地域包括ケアシステムの根底にも本人の選択と本人・家族の心構えが重要とされている(尾崎・佐野,2021).今後は,難聴に関する情報提供や難聴のある生活での工夫などについて,家族を含めた難聴ケアに関する教育的支援の必要性が示唆された.
本研究は,A市内の訪問看護師21名のデータ分析であり,限られた地域や対象者の傾向が反映されている可能性がある.グループ編成は調査実効性を優先としたため訪問看護ステーション毎で構成したことから,管理者を含む知り合い同士であり,発言に制限がかからなかったとは言い切れない.今後の課題は,知り合いでない難聴ケアに携わる訪問看護師同士にてグループ編成し,より自由な発言による訪問看護師の困難を検討することである.
訪問看護師の難聴ケアに関する困難を明らかにするために,高齢者の難聴ケアに関する困難についてフォーカスグループインタビュー調査を実施し,計量テキスト分析を行った.訪問看護師による高齢者の難聴ケアに関する困難として,〔難聴判断や耳鼻科の受診サポートを訪問時間内で実施する難しさ〕〔補聴器の知識不足と難聴対応への戸惑い〕〔難聴高齢者との会話に関する困難〕〔耳掃除に関する不安と準備や時間調整の難しさ〕〔難聴ケアにおける他職種との協働・連携の希薄さ〕の5つの困難が抽出された.高齢者の難聴ケアを実施する訪問看護師に対する支援として,難聴ケアに関する知識や技術,コミュニケーション方法を習得できる教育支援や,難聴ケアに携わる専門機関や専門職との連携に必要な情報提供が必要である.
付記:本論文は名古屋市立大学大学院看護学研究科に提出する博士論文の一部である.
謝辞:本研究にご協力いただきました研究対象施設の管理者様,訪問看護師の皆様に心より感謝申し上げます.本研究はJSPS科研費(23K10248)の助成を受けたものである.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:SNは研究の着想およびデザイン,調査の実施,分析,原稿の作成までの全てのプロセスを行った.SIは原稿への示唆および分析への助言者として貢献した.YAは原稿への示唆および研究プロセス全体への助言者として貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承諾した.