日本看護科学会誌
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原著
トラウマにより生きにくさを抱えた人の体験と回復に影響を与える要因
―幼少期から逆境体験があった人の語りに焦点をあてて―
加藤 隆子渡辺 尚子渡辺 純一
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2024 年 44 巻 p. 893-902

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Abstract

目的:トラウマにより生きにくさを抱えながら地域で生活している人の体験と回復に影響を与える要因について,トラウマ体験を語ることができる人の語りから明らかにし,支援ニーズを検討すること.

方法:幼少期からの逆境体験により生きにくさを抱えた成人女性5名を対象にした質的帰納的研究である.対象者にはトラウマ体験とその体験にまつわる感情や思考や行動,回復のために助けになったことを中心に半構造化面接を行い,質的帰納的に分析した.

結果:【不安定な養育環境での生活】【成育過程で育まれなかった自尊感情】【深刻化する生きにくさ】【援助希求の困難さ】【孤立した中で自分を守るための対処】【生活環境が整う】【人に受け入れられる体験】【自分の逆境体験を振り返ることによる視野の広がり】【自分の逆境体験に折り合いをつける】というカテゴリーが抽出された.

結論:公衆衛生的な視点をもってトラウマの知識やケアについて普及していくこと,生活環境を整えること,感情表出を助け当事者が自身のニーズに気づくことができる働きかけが必要である.

Translated Abstract

Objective: To clarify the experiences of people who are living in the community with difficulties in their lives after traumatic events and the factors that influence their recovery, and to examine their support needs, based on the narratives of those who are able to talk about their traumatic experiences.

Methods: This was a qualitative inductive study of five adult women facing difficulties in their lives due to adversities since childhood. We conducted semi-structured interviews with them, focusing on their traumatic experiences and related emotions, thoughts, behaviors, and factors of recovery, and the interview data were qualitatively and inductively analyzed.

Results: The analysis revealed the following: [living in an unstable nurturing environment], [self-esteem that was not nurtured during the growth process], [increasing difficulties], [difficulty in seeking help], [one’s own coping behavior while being isolated], [improvement in living environment], [experience of being accepted by others], [broadening of perspective by reflecting on one’s own adversities], and [coming to terms with adversities].

Conclusions: The results indicate the necessity of disseminating knowledge and care of trauma from a public health perspective, improving the living environment of people facing difficulties after traumatic events, and helping them recognize their own needs by encouraging their emotional expression.

Ⅰ. 緒言

トラウマとはその人が日常行っている対応では,対処することができないような圧倒的な体験をすることによって被る,著しい心理的ストレス のことである.その原因には,災害や戦争,事故,暴力や犯罪被害,虐待,性被害,喪失体験などがある.個々のトラウマは,出来事や状況の組み合わせの結果として生じ,それは身体的または感情的に有害であるか,生命を脅かすものとして体験され,個人の機能的および精神的,身体的,社会的,感情的またはスピリチュアルな幸福に長期的な悪影響を与える.トラウマへの適切な支援がないと,精神障害および物質使用障害,慢性的な身体疾患のリスクが増加する(Substance Abuse and Mental Health Services Administration, 2014).

トラウマに起因する精神障害の代表的なものにPTSDがある.American Psychiatric Association(2022/2023)のDSM5によるとPTSDの診断基準は,「実際にまたは危うく死ぬ,重症を負う,性的暴力を受ける出来事への曝露または目撃したことがあること」となっている.Herman(1992/1999)は,従来のPTSDの概念の不十分さを指摘し長期反復性トラウマを「複雑性外傷後ストレス障害」と呼び,単回性トラウマと区別しトラウマの概念を拡大させた.また,池田ら(2014)は,必ずしも診断基準に合った暴露の有無にかかわらずPTSDの症状を呈することがあることを報告している.当事者にとって深刻な影響を及ぼす出来事とは,生命を脅かすものばかりでなく「長期継続性」「対処困難性」「コントロール感の剥奪」が挙げられており,客観的に明らかな出来事だけでなく,主観的な認識も対象とする必要性について述べている.このことから,明確なPTSDの診断基準に合致しなくても主観的な認識から生きにくさを抱えている人,一見すると見過ごされがちな人への支援も重要である.

日本におけるトラウマケアは,阪神淡路大震災をはじめとした災害,児童虐待やドメスティックバイオレンス(DV),性被害の問題からその関心が広がった.また,トラウマインフォームドケアは,トラウマを熟知したケア,すなわちトラウマの広範な影響を理解し,トラウマの兆候や症状を認識する,トラウマに関する知識を方針・手続き・実践に統合して対応することであり,再トラウマ化を予防することの重要性を示している(Substance Abuse and Mental Health Services Administration, 2014).

トラウマ体験に関連した先行研究では,災害や事故後の体験,そしてDV体験者を対象にしたものがあった.東日本大震災による死別体験者の研究によると,被災者が求めてきたものは苦しみに対して自分なりに意味を見出だすこと,それには「自己と向き合うこと」などが鍵となることが明らかにされている(安井,2018).DV被害女性を対象にした研究では,DV被害の客観的理解やトラウマ体験の直面化というプロセスを経て心理的自立を促進することが示唆されている(井ノ崎・大辻,2010).また,単回性心的外傷者の回復に関する研究では,安全な環境の提供や自然な感情がよみがえるような支援の重要性を示している(菊池,2018).以上の報告からトラウマ体験のある人は,どのようなプロセスを経て回復に向かっているのか,回復を促すための要素について検討されていることがわかった.しかし,対象者が災害,DV,単回性心的外傷者と対象者が限定されており,幼少期からの逆境体験により生きにくさを抱えた人の体験や回復に影響すること,支援ニーズに焦点を当てた研究は見当たらない.飛鳥井(2016)は,トラウマとなる体験をした人に困難をもたらしている一連の心の変化をトラウマ体験後に生じる反応,行動や思考のパターンとして,治療やケアの標的にすることを医療者と当事者は共通理解する必要があると述べている.しかし,精神科領域の支援者であっても,トラウマを体験した人の生きにくさを理解することや支援への困難さがあることもわかってきた(加藤ら,2020).

そこで本研究の目的は,トラウマにより生きにくさを抱えながら地域で生活している人の体験と回復に影響を与える要因について,トラウマ体験を語ることができる人の語りから明らかにし,支援ニーズを検討することとした.当事者の体験を理解し,実態に即した支援ニーズを明らかにすることで,回復を促進するために効果的な支援の方策を導きだすことができる.

Ⅱ. 研究方法

1. 研究デザイン

質的記述的研究

本研究デザインは,これまで明らかにされていない事象や量的な研究では表現することが難しい事象を明らかにすることが可能である.幼少期からの逆境体験という極めて難解な事象を明らかにするために,本研究方法は適切であると考えた.

2. 用語の定義

幼少期からの逆境体験:Felitti et al.(1998)によるAdverse Childhood Experienceの定義を参考に,「幼いころからの精神的・身体的な被虐待の体験や機能不全家族との生活による困難な境遇」とした.

生きにくさ:自分らしく生きたいという人間本来の欲求を妨げられた状態で,そこには自分ではどうにもできない葛藤があるこという(武井,2021).武井の定義を参考に,「逆境体験によって,自分らしく生きたいという人間本来の欲求が満たされず,生活していく中で自分ではどうにもできない葛藤や苦悩がある状態」とした.

3. 研究対象者

研究対象者は,幼少期からの逆境体験により生きにくさを抱えながら生活し,自身のトラウマ体験を自覚している人とした.選定基準として,これまで自身のトラウマ体験について語る機会があり,トラウマ体験について語ることが可能な人とした.選定基準を満たす人であれば,自身のことを客観的に振り返る経験があり,トラウマの再体験を防ぐことが可能であると考えた.また,幼少期からの逆境体験により生きにくさを抱えながら生活していた者であれば,性別や年齢,精神疾患の種類や発症の時期は問わないこととした.

4. リクルートの方法

関東圏内にあるトラウマにより生きにくさを抱えた人を支援する団体や精神障害をもちながら地域生活を支援する団体に研究協力依頼を行い,本研究の対象者を募集した.

5. データ収集

データ収集の期間は,2021年1月~7月であった.面接時間は60~90分程度とし,追加情報が必要な場合に再度,面接を依頼した.面接時間は1人あたり平均87分(最小60分~最大118分)で,うち1人は2回面接を行った.インタビューは,対象者の承諾を得てICレコーダーに録音した.インタビューでは,トラウマ体験とその体験にまつわる感情や思考や行動,どのような時にどのようなことが助けになったのかを中心に語ってもらった.

6. データ分析

谷津(2014)の分析手順を参考に,以下の通り行った.半構造化面接のデータから逐語録を作成した.まず,研究目的と関連のある内容,トラウマ体験とその受け止め,トラウマの回復に関連している体験に着目し,意味のまとまりごとに分けてその意味をあらわすコードを作成した.意味内容が類似するコードをまとめ抽象度を上げサブカテゴリーとした.サブカテゴリー間の類似性と相違性を検討しながらカテゴリー化を行った.研究の厳密性の確保のため 研究者間で,分析内容について合意が得られるまで検討した.

Ⅲ. 倫理的配慮

本研究は,千葉県立保健医療大学研究倫理審査委員会の承認を得て行った(2020-17).本研究では幼少期からのトラウマ体験を語ってもらうため,インタビューに際してはトラウマを熟知した研究者の助言を受け,対象者の語られた体験を共感的理解,受容的態度で臨み,二次被害につながることがないよう配慮した.また,対象者には自由意思による参加と途中辞退の権利を保証した.

Ⅳ. 結果

1. 研究対象者

30~60歳代の女性5名であった.いずれも明確なPTSDの診断を受けていないが,統合失調症,うつ病,摂食障害,アルコール依存症などの診断を受けたことがある人,精神科の受診歴はないがフラッシュバック等の精神症状があり,自身のトラウマ体験を自覚し生きにくさに苦しむ人であった.

2. 分析結果

対象者のインタビューを分析した結果,9つのカテゴリーが抽出された.対象者は【不安定な養育環境での生活】と【成育過程で育まれなかった自尊感情】から【深刻化する生きにくさ】を体験していた.【援助希求の困難さ】や,【孤立した中で自分を守るための対処】は【深刻化する生きにくさ】に影響を与えていた.しかし,【生活環境が整う】ことや【人に受け入れられる体験】によって,【自分の逆境体験を振り返ることによる視野の広がり】につながり,【自分の逆境体験に折り合いをつける】という体験に至っていた(図1).以下,カテゴリーごとに内容を記述する.文中の【 】はカテゴリー,〈 〉はサブカテゴリー,「 」は語りの要約,( )は語った人を示す.

図1  幼少期からの逆境体験によりトラウマを抱えた人の体験と回復に影響を与える要因

1) 【不安定な養育環境での生活】

このカテゴリーは,心身の安全を十分に感じられない不適切な環境で育ってきたことを示す.

〈身体的・精神的・性的暴力を受ける〉では,幼少期から,親の気分によって身体的・精神的暴力を受け,なかには父親や親戚から性的な虐待を受け孤独感や絶望感を体験していた.〈親の意向に逆らうことは許されない〉では,「父親の考えが絶対であり,逆らったところで解決できることではない」(A氏)ことを幼いころから悟っており,父親の意向に沿いながら,日々耐える生活を過ごしているという体験があった.〈親の気分に合わせた世話しか受けられない〉では,「精神障害を抱えた母親から不安定な世話しかしてもらえず,自分でおむつ交換をする,冷蔵庫にある生肉を食べるなど,自分自身で生活をしなければならない」(C氏)という体験があった.〈何をしても親に認められない〉では,父親から優秀な成績を取ることを期待され,試験で高得点を取ったとしても,満点でなかったことを咎められ,「自分はどんなに頑張ってもどこか足りない人間だ」(A氏)という体験があった.

2) 【成育過程で育まれなかった自尊感情】

このカテゴリーは,幼少期から受けてきた親からの不適切な関わりによって動揺し,自分が大切にされていると感じる体験が少なく,その結果自分を価値ある存在とは思えないことを示す.

〈何が正しいのかわからない緊張・混乱・恐怖〉では,「どのような行動をしても親から叱責されることが多く,常に監視されているような感覚」(A氏)を持ち,自分の行為に自信が持てなくなるという体験があった.何が正しいのかわからない緊張や混乱,恐怖の感情を持ちながら生活している体験があった.〈自分の意志が尊重される感覚はない〉では,自分の意志を尊重されることがなく,自分の意志を持つという経験が少なかったため,自分自身何がしたいのかわからなくなるという体験があった.〈自分の価値を見出せない〉では,親にとって誇らしい自分であり続けなければいけないため,「親の期待に応えることができない自分に生きている価値はない」(B氏)と感じ,自分の価値を見出せなかった.

3) 【深刻化する生きにくさ】

このカテゴリーは,フラッシュバックなどの精神症状や人との関わりの難しさ,将来への不安によって生きていくことへ苦悩が深まることを示す.

〈精神の不安定さによる生きにくさ〉では,「過去の記憶がフラッシュバックのように蘇り,今でも辛い思いがある」(E氏)という体験があった.「自分は何者で,どのように生きていけばよいのかわからなくなり,摂食障害や自傷行為を繰り返し」(B氏),うつ病を発症していた.「自分が親にされたように子育てをしているのではないかと悩み,考えることが苦痛になり過量服薬によって,精神科の入退院を繰り返す」(B氏),「性被害にあうことが当たり前の感覚になり,その被害は日常的なものになっていても助けを求めていない」(C氏)という体験をしていた.〈生まれ育った家の家族との葛藤〉では,「今では親の介護をする年代になったが父親から受けた暴言暴力が今でも走馬灯のように蘇り,父親に対する復讐心と,一方で親を見捨てると自動的に罪悪感が生じるだろう」(E氏)ことを感じ,親との関係性を断ち切りたい思いと修復を望んでいる自分の中で揺らぎ葛藤していた.〈将来への不安と自分への違和感〉では,社会人になってからも自分のこれからの人生を考えた時,「他の人は何かしら人生の目標や方向性を持っているが,自分には何もないことに不安を感じる」(C氏)とともに,そのような自分に違和感を体験していた.〈対人関係構築の難しさ〉では,「これまでの生活体験から対人関係の不器用さや人への不信感をもち,人付き合いの難しさや社会人として職場で浮いてしまっている状況を感じる」(C氏)という体験をしていた.

4) 【援助希求の困難さ】

このカテゴリーは,逆境体験のある者への支援体制の不十分さのみならず,自分自身の生活している状況や体験の意味の理解が進まず,助けを求めることができないことを示す.

〈虐待に理解のない社会の風潮〉では,「親を大切にとか,虐待の連鎖は自分達の代で止めなければいけないという世の中の風潮を感じ,実際に福祉関係の人からそのように言われることがあり,もともとの苦しみにもう一つ重しをのせられた感覚」(C氏)を体験していた.〈支援体制の不十分さ〉では,「PTSDという言葉を知っていてもどうしたらサポートしてくれる人に出会えるのかわからず,精神面で負担を抱えていると生活も不安定になりがちであるため,経済的な助成が不十分である」(C氏)と感じていた.〈自分に何が起こっているのか理解できない〉では,「トラウマに関する知識が乏しく,生きにくさを抱えてることの理由がわからず辛さ」(B氏)を体験していた.そして,「トラウマが人にどのような影響を及ぼすのか,トラウマのある自分が恥ずべきものではないということを子どものころから知ることができたら,安心して助けを求めることができたかもしれない」(B 氏)と語っていた.〈どう支援を求めてよいかわからない〉では,「自分のことを客観的に見る場がないため,自分が体験していることを客観的に教えてくれる場が欲しい」(C氏)と感じていた.自分が育った環境が他と比べておかしいのだ思うこともなく,自分が経験してきた辛い体験や気持ちを表現する機会もなければ,人に自分の感情を訴えようと思ったこともなかった.

5) 【孤立した中で自分を守るための対処】

このカテゴリーは,良くも悪くも身につけてきた生き延びる術を駆使して自分自身を守っていたことを示す.

〈感情に蓋をする〉では,「学校でいじめにあい,暗い顔をしていても,家で母親から何かあったのか聞かれることはなく,暗い顔をしていることを咎められ,感情を押し込めるようになった」(C氏)という体験があった.感情を表に出すことで,むしろ不快になることが多いため,何も感じないようにしていた.否定的な感情を押し込めていると,肯定的な感情までも蓋をしてしまい,喜怒哀楽を感じなくなっていた.「父親から暴力を受けていたことがあったが,痛かったことや周囲の風景の記憶はあるが,その時に自分が何を感じていたのかはわからない,叩かれているときは自分の中で,何も感じないようにする時間が始まる」(D氏)という体験をしていた.〈家族と距離をとる〉では,家族と過ごすことを苦痛に感じており,高校生や大学生からは自分から意識して,家族と距離をとるようにしていた.〈親をコントロールすることで優越感を得る〉では,これまで親に支配されてきた者にとって,「自分の行為によって,親がどのような反応を示すのか親の心理を読み,自分の思った通りに動かすことができる感覚,つまり親をコントロールすることで優越感を抱く」(D氏)体験をしていた.〈依存傾向になる〉では,「誰かがそばに居てくれるならなんだってするつもりでいた.何かに依存することで,自分を保っていたため治療しようとは思わなかった」(C氏)という体験があった.

6) 【生活環境が整う】

このカテゴリーは,トラウマからの回復のために人とつながり,必要な支援を受けて,安全な環境で生活することを示す.

〈社会とのつながりができる〉では,「社会人になることで社会とのつながりができた」(A氏)という体験をしていた.自分を認めてくれる上司や支援者によって,自分の能力が活かされ,自分の世界が広がることで,人生を前向きに取り組もうと考えていた.〈必要な社会資源を活用する〉では,必要な年金の手続きが進んだことで生活の幅が広がったこと,カウンセラーから支援を受けることができたこと,自助グループにつながることで,自分の生活が整うという体験があった.〈安心感のある自分の家族やパートナーができる〉では,安心できる居場所がある生活を体験し,自分のことを支え,大切にしてくれる家族やパートナー,知人の存在が回復のために大きな力になっていた.

7) 【人に受け入れられる体験】

このカテゴリーは,これまで人に尊重されることのなかった者が,他者に認められること大切にされることで,ありのままの自分でよいことを感じ救われた体験を示す.

〈人に認められ大切にしてもらう体験〉では,「自分が所属している施設では自分の主体性を尊重してくれる関わりや,間違ったことをしてしまっても人格を否定するような注意の仕方ではなく,間違いを指摘し次につながるような支援を受ける」(A氏)という体験をしていた.また,自分を粗末に扱うことに本気で心配してくれる人や自分のことを気にかけてくれる人の存在に励まされていた.〈ありのままに自分を受け入れてくれる人との出会い〉では,「虐待を受けて育った自分はとてもみじめだと認識し,周囲の人からみじめな自分,かわいそうな自分とは絶対に思われたくないため必死で学業も運動も頑張ってきたが,ありのままの自分でよいのだと受けとめてくれる人との出会いに救われる」(E氏)体験があった.自助グループに参加することで,これまで体験してきた生きにくさを含めすべてを受け止めてもらえる体験をしていた.〈自分の親はおかしいと気づく〉では,「自分の家庭や体験がおかしいことと気づかぬまま成長してきたが,高校生になって友人が,あなたの親はおかしいときっぱりと言ってくれたことから自分がおかしいのではなく,親がおかしいと思ってよいこと」(C氏)に気づかされていた.

8) 【自分の逆境体験を振り返ることによる視野の広がり】

このカテゴリーは,自分なりの逆境体験への捉え方を身に着け,自分の辛かった幼少期からの生活体験を振り返って受け止めていたことを示す.

〈本を読み様々な世界を知る〉では,その時々で自分が求めている本を手に取り,読書をすることで自分の気持ちを言語化し,自分の思考の整理に役立てるという体験があった.本を読むことで,色々な世界,人生があることを知り,生きている環境をどのように受け止めるかは自分次第であると考えていた.「自分は確かに不幸だし,なぜこのような不幸があるのかはわからないけれど,むしろその不条理が当たり前と感じ,本を読むことで,沢山の人生を知り,沢山の人生を生きてきたような感覚」(E氏)になっていた.〈これまで生きてきた親の人生を考える〉では,カウンセリングを受け自分の成育歴を振り返る中で,親はどのような人生を送ってきたのか考え,「決して親のしてきたことを許すことはできないが,苦労が多かったであろう親の人生を俯瞰して見られるようになった」(D氏)という体験があった.〈自分の体験を語ることで気持ちや思考の整理が進む〉では,自分の体験を言語化することで,自分の気持ちに気づき,自分の体験を受け止めようとしていた.そして,「苦しいことは人と比べてはいけないと言葉にして表現したことで,自分の気持ちも楽になっていく」(D氏)体験をしていた.〈生き延びる力に気づく〉では,自分の体験を語ることや自分自身を振り返ることで,もって生まれた知性や好奇心,客観的に見ることができる力に気づき,自分の良いところを活かして生きていこうと考えていた.また,「大変な人生だったが振り返ってみると生き延びる力が残っていた」(E氏)ことに気づいていた.

9) 【自分の逆境体験に折り合いをつける】

このカテゴリーは,これまで頑張ってきた自分を認め,誰かのために役に立ちたいという思いが生じ,苦悩と共に生きていこうとする覚悟を示す.

〈自分の感情を受け止める〉では,「自分と異なった環境で育ち,自分の感情を素直に表出する人を見ると苛立ちや怒りを感じていたが,今は羨ましいと思うようになり,気持ちの変化」(A氏)を体験していた.〈頑張ってきた自分を認める〉では,自分のことを冷静に振り返る機会を持つことで,「苦しい人生を歩んできた自分のことを初めて助けてほしいと思った」(D氏)と語り,これまで頑張ってきた自分を認め,気持ちが楽になっていた.〈自分の体験を誰かのために活かす〉では,「自分の体験してきたことを同じような苦しみをもつ誰かのために活かしたい」(D氏)という体験があった.〈苦悩や葛藤とともに生きていく〉では,これまでの逆境体験を完全に心の整理ができたわけではないが,その思いを抱えながら生きていき,「トラウマを完膚なきまでになくそうと思っていたがそうではなく,あってもよいのだと思えるようになった」(C氏)という体験をしていた.

Ⅴ. 考察

1. トラウマにより生きにくさを抱えた人の自尊感情と生きにくさ

人は養育者との関係性において,基本的信頼の獲得がその後の成長発達に重要であり,この基本的信頼感の獲得によって希望という人格的活力が養われる(エリクソン・エリクソン,1989/2001).しかし,【不安定な養育環境での生活】では,基本的信頼の獲得が困難であり,このような生活は自尊感情に影響していたと考える.自尊感情の基本軸は,自己安全感,自己調整感,自己有能感と言われている(Yoon, 2016/2021).対象者が体験していた【成育過程で育まれなかった自尊感情】の〈何が正しいのかわからない緊張・混乱・恐怖〉は自己安全感の欠如,〈自分の意志が尊重される感覚はない〉は自己調整感の欠如,〈自分の価値を見出せない〉は自己有能感の欠如というように自尊感情の3つの基本軸の欠如に一致していた.他者への信頼とともに自分への信頼も育たず,自尊感情は育まれなかったと考える.複雑性PTSDの原因には,幼少期からの長期にわたる身体的,性的虐待の他,継続的な言語的虐待や精神的虐待があり,その結果として援助やつながりを求めることをあきらめ,無力感や絶望感という感情に陥ると言われている(Waker, 2014/2023).本研究の対象者も同様の感情を抱いていたと考えられる.

複雑性PTSDの中核は“無力化と人間関係の破綻”である(Herman, 1922/1999).【不安定な養育環境での生活】の中で,【成育過程で育まれなかった自尊感情】という体験は,対象者の無力化を強化し,【深刻化する生きにくさ】につながったと考える.生きにくさとは,自分らしく生きたいという人間本来の欲求を妨げられた状態で,そこには自分ではどうにもできない葛藤があるという(武井,2021).本研究の対象者は,幼少期の養育環境や生育過程に起因とした生きにくさを感じていた.対象者が体験していた【深刻化する生きにくさ】は,自分らしさの喪失であり,無力化と安全な他者との関係性を保つことができない状況であることがわかった.

2. トラウマからの回復と回復に影響を与える要因

Herman(1992/1999)はトラウマからの回復の3段階として,‘安全の確立’,‘想起と服喪追悼’,‘再結合’を示している.本研究で明らかになった【生活環境が整う】ことや【人に受け入れられる体験】を通して【自分の逆境体験を振り返ることによる視野の広がり】や【自分の逆境体験に折り合いをつける】につながる過程は,Herman(1992/1999)のいう3段階のプロセスと一致している.このように,本研究では,【生活環境が整う】【人に受け入れられる体験】【自分の逆境体験を振り返ることによる視野の広がり】は,トラウマからの回復を促進する要因と考えられた.安全で安心できる環境のもと生活の基盤を整え,他者との関わりにおいてありのままの自分を受け入れてもらう体験をしたり,逆境体験を振り返ったりすることは,自己理解を深め,さらに自尊感情が芽生え,自分の人生の再構築につながったと考える.

Tedeschi & Calhoun(1996)によれば,人は危機的な状況や困難な経験において,もがき苦しみながらも生じるポジティブな心理的変化,すなわち「他者との関係における人間的成長」,「新たな可能性を見出す」,「人間としての強さを自覚する」などをもたらすことがあるという.【自分の逆境体験を振る返ることによる視野の広がり】の中でも〈生き延びる力に気づく〉ことは,人間としての強さに類似するものであり,心のありようにポジティブな変容をもたらしていたと考える.

〈これまで生きてきた親の人生を考える〉は,先行研究では見られなかった体験である.親の人生を考えるとは,これまでの自分に対する親の行為を許したことではない.自分の育った家庭が普通ではなかったことを悟り,親もまた複雑な人生を歩んできたであろうことを考え,視点の置き換えによって,全体的な視点を広げ,バランスの取れた焦点へと視点を移すことである(Waker, 2014/2023).門永(2011)によれば,児童養護施設に暮らす高校生のレジリエンスが高い者に共通している要因の一つとして,自分の家族の複雑性を整理できていることがある.本研究の対象者は,安全な関係性の支援者と共にこのような作業を行っていたが,回復のための重要な作業であったと考える.

また,浦川(2014)は,自己受容について自己の性格や身体特徴,社会性などを認識し,そのような自分を「だめな所も含め,これが自分であり,価値のある存在なのだ」というように,自己を肯定的に受け入れることであると述べ,人生の中で親でなくても自分を認めてくれる他者に出会うことが自己受容にとって重要であることを指摘している.対象者は,親から認められる体験は乏しかったが【生活環境が整う】ことや【人に受け入れられる体験】によって,【自分の逆境体験を振る返ることによる視野の広がり】が促進され,【自分の逆境体験に折り合いをつける】ことに至っていた.必ずしも平たんな道のりではなかったが,【自分の逆境体験に折り合いをつける】という体験は,自分の感情を受け入れ,これまでの自分を認め,苦悩や葛藤と共に生きていくことであり,自己受容に通じるものがあると考える.

3. トラウマにより生きにくさを抱えた人が必要としている支援

第一に,トラウマに関する知識の普及の必要性である.対象者は,自分が体験していることの意味や自分自身への影響を理解することが難しいため,子どもの頃からトラウマに関する知識が必要であったと感じていた.近年,日本においてもトラウマインフォームドケアの普及が進みつつあるが,対象は保健医療福祉職,教育職のみならず,一般の人々も対象とすることが重要である.Bloom(2016)は,トラウマケアには3段階「トラウマインフォームドケア」「トラウマに対応したケア」「トラウマに特化したケア」があるとしている.そのなかでも「トラウマインフォームドケア」は公衆衛生的な視点からトラウマに対応することの重要性を述べている.地域で生活するすべての人が適切にトラウマの知識をもつこと,医療的な関わりではなく,トラウマに配慮した姿勢や考え方を身につけることが社会において必要である.具体的には,小中高の各教育機関や一般住民向けの講座で,年齢や状況に応じたトラウマに関する教育を進めていき,どのようなことが心の傷になるのか,心の傷はどのような影響を及ぼすのか,トラウマ教育を進めていくことである.

第二に,対象者は支援体制の不十分さを語っていた.保健医療福祉職者へのトラウマインフォームドケアの知識の普及(亀岡,2020)をこれまで以上に進めること,特に医療現場で直接ケアに当たる機会の多い支援者へのトラウマケアに関する知識の普及を強化していく必要がある.

第三に,当事者への支援として,支援者は当事者が生活環境を整えるための支援をすること,必要に応じて経済的な支援に繋げること,安心・安全な関係性のもと当事者が感情表出を行い自分のニーズに気づけるように,共感的・受容的にフィードバックしていくことである.そして,支援者は,当事者自身が自己の人生を振り返ると共に親の人生も振り返ることを支える伴走者として役割を果たすことが望まれる.

Ⅵ. 研究の限界と今後の課題

本研究対象者は,既に支援団体につながっている30~60歳台の女性5名を対象としたものであり,精神疾患の種類が多様であり,年齢にも幅があるため研究結果の一般化には限界がある.今後は性別に限らず,対象者を増やし多様な属性をもった人の体験の理解を進め,効果的な支援の実際について検討していくことが課題である.

Ⅶ. 結論

本研究から,【不安定な養育環境での生活】【成育過程で育まれなかった自尊感情】【深刻化する生きにくさ】【援助希求の困難さ】【孤立した中で自分を守るための対処】【生活環境が整う】【人に受け入れられる体験】【自分の逆境体験を振り返ることによる視野の広がり】【自分の逆境体験に折り合いをつける】という体験が明らかになった.回復を促す要因として,【生活環境が整う】【人に受け入れられる体験】【自分の逆境体験を振り返ることによる視野の広がり】が考えられた.公衆衛生的な視点をもってトラウマの知識やケアについて普及していくこと,当事者との安心・安全な関係をベースに生活環境を整え,感情表出を助け自分のニーズに気づくような働きかけが必要である.

付記:本稿の一部は,第43回日本看護科学学会学術集会において発表した.

謝辞・研究助成:本研究にご協力をいただきました方々に,心から敬意を表するとともに深く感謝申し上げます.本研究は,JSPS科研費JP20K19095の助成を受けたものである.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:RK は,研究の着想・計画,データ収集・分析,論文執筆まで研究全体のプロセスを行った.NWとJWは,計画,データ収集・分析,論文執筆に関する研究プロセス全体への助言を行った.著者全員が最終原稿を読み承認した.

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