日本看護科学会誌
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異なる湯温における手浴の自律神経活動に及ぼす影響
中野 元根津 彩香池上 萌絵四十竹 美千代
著者情報
キーワード: 手浴, 自律神経系, 湯温
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2024 年 44 巻 p. 932-939

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Abstract

目的:日常的に使用される一般的な範囲の異なる湯温で手浴を行い自律神経活動に及ぼす影響を明らかにすることを目的とする.

方法:女性ボランティア15名を対象とした.実験的に交感神経活動が優位の状態および副交感神経活動が優位な状態を誘発し,湯温39°Cと42°Cの2種類を設定し,4種類の実験を各3分間実施した.

結果:暗算負荷による交感神経賦活状態では交感神経指標は39°Cが1.31(0.77~1.70),42°Cが2.09(1.17~2.50)と42°Cが39°Cに比較して有意に高値であった.閉眼による副交感神経賦活状態では交感神経指標は39°Cが0.13(0.01~0.36),42°Cが0.44(0.21~0.66)と42°Cが39°Cに比較して有意に高値であった.

結論:39°Cと比較した場合,42°Cの手浴が交感神経系を亢進させる効果があることが示され,リラックスや覚醒などの目的に応じて手浴の湯温を選択することでより効果的なケアが可能であると考えられた.

Translated Abstract

Purpose: This study aimed to clarify the effects of hand baths at commonly used water temperatures on autonomic nervous activity in daily life.

Methods: The subjects were 15 healthy female volunteers. We experimentally induced states of predominant sympathetic nervous activity and predominant parasympathetic nervous activity, setting two hand bath temperatures at 39°C and 42°C. We performed a total of four types of experiments, each lasting 3 minutes.

Results: During sympathetic nerve activation induced by mental arithmetic loading, the sympathetic activity index at 39°C was 1.31 (0.77–1.70), and at 42°C it was significantly higher at 2.09 (1.17–2.50). During parasympathetic nerve activation induced by eye closure, the sympathetic activity index at 39°C was 0.13 (0.01–0.36), and at 42°C it was significantly higher at 0.44 (0.21–0.66).

Conclusions: The study has revealed that a water temperature of 42°C stimulates the sympathetic nervous system more effectively than a temperature of 39°C, both during sympathetic and parasympathetic nerve activation. Furthermore, the findings indicate that adjusting the water temperature based on the desired outcome, whether for relaxation or arousal, can lead to more effective care.

Ⅰ. 緒言

手浴は簡便な物品で行うことができ臨床現場で多く用いられる清潔保持の看護技術である.清潔効果以外にも温感が上昇し,快適傾向になることや爽快感が向上すると報告されている(河津ら,2002岡田・深井,2003).さらに,自律神経系への影響については,許ら(2009)による交感神経系の亢進,加藤ら(2005)による副交感神経の亢進と,相反する結果が示されており,これらの生理学的効果に関する見解が一致していないのが現状であった.この背景には,手浴による自律神経系への影響を評価する際の方法論や条件の違いが関係している可能性があると考えられる.特に,異なる湯温による自律神経活動への影響を比較分析する研究は,これまでに十分に行われていない.中野ら(2020)は心拍変動を用いた自律神経活動の評価によって,手浴は交感神経活動が優位な状態では湯温39°Cの手浴によって交感神経活動が抑制され,副交感神経活動が優位状態では手浴により交感神経活動が亢進するという個々の生理学的状態によって手浴による影響が変化する可能性があることを示している.さらに中野・堀(2021)は,この研究をさらに発展させ,自律神経活動を人為的に誘発した状態で手浴の効果の検討を行い同様の結果を示している.しかし,湯温の違いに着目した詳細な分析は行われていないことが,手浴の自律神経系に与える影響を詳細に解明する上での障壁となっている.

また,入浴時において温かい範囲(39~41°C)では副交感神経活動が優位になるとされ,やや熱めの範囲(42°C以上)では交感神経活動が優位になるとされており(深井,2007),水温が上昇するにつれて交感神経系活動が亢進し,副交感神経系活動が抑制されると報告されている(Xu & Chen, 2021).しかし,手浴においてこれらの温度帯での異なる湯温での自律神経活動への影響について明らかにされていない.

そこで本研究では,中野・堀(2021)と同様のプロトコールで交感神経活動や副交感神経活動を人為的に誘発した状態で,39°Cと42°Cという,手浴において日常的に使用される一般的な範囲(宮下・矢野,2008深井,2007)の異なる湯温で手浴を行い自律神経活動に及ぼす影響を明らかにすることを目的とする.

Ⅱ. 研究方法

1. 対象

本研究に対して同意を得られた20歳代(22.5 ± 1.8歳(mean ± SD))の女性健康ボランティア15名を対象とした.対象人数の設定は,G*Power 3.1.9.7を用いて先行研究(栗田ら,2004)を参考に両側検定,効果量dzを0.8,αエラー確率を0.05,検定力を0.8,と設定し算出したところ15名であり15名を研究対象とした.女性は,性成熟期女性の大半がなんらかの月経症候群・月経前不快気分障害を持つとされ,自律神経活動に影響を与える(松本ら,2008)とされているため,月経中の実験参加は避けて月経後に実験を行った.また,対象者に喫煙者はおらず,前日は飲酒を控え睡眠を十分とってもらい実験を行った.

2. プロトコール

本研究は交感神経賦活課題中(後述)に湯温39°C,42°Cの2種類の手浴を実施し,副交感神経賦活課題中(後述)に湯温39°C,42°Cの2種類の手浴を実施するという計4種類のプロトコールの実験を行った.

実験は2021年10月~11月および2022年10月~11月の間で実施した.実験環境は,照度268.2 ± 37.0 lx,室温21.4 ± 1.2°C,湿度43.1 ± 3.9%の実験室で行った.対象者は,実験前に実験環境への順化(約30分間)を行った後に実験を開始した.実験中,対象者の姿勢は30°のセミファーラー位とした.湯温は,恒温槽(THERMAX TM-1A,AS ONE社)を用いて温度管理を行った.自律神経活動の測定はワイヤレス生体センサー(RF-ECG,ジー・エム・エス社)を本人に左胸に装着してもらい,胸部誘導にて行い心電図が正確に測定できていることを確認し実験を開始した(図1).

図1  体位・心拍変動の測定および手浴方法

1) 交感神経賦活課題

中野・堀(2021)の方法を参考に,プロトコールを設計した.実験的に交感神経活動を賦活する課題として,暗算負荷を行った.暗算負荷による精神的ストレスは,交感神経機能を亢進し,副交感神経機能を抑制することが知られている(浜田ら,2006).2分間以上安静座位にて交感神経活動の指標であるLF/HFが安定しているのを目視にて確認し,その後39°Cもしくは42°Cの湯温のお湯に両手を橈骨茎状突起まで浸ける手浴を3分間行いながら暗算負荷課題(4桁の整数から2桁の整数を連続引き算)を行った.手浴終了後速やかにタオルを用い手の水分を拭き取り,3分間安静とした.手浴後安静3分間は,手を拭き衣服を整え状態を観察する時間と仮定し設定した.なお,実験中の開眼,閉眼の指示は特に行わなかった.暗算の結果は,口答にて回答してもらった(図2a).

図2  プロトコール

a.交感神経賦活課題プロトコール

2分間以上安静座位後,39°Cもしくは42°Cの湯温のお湯に両手を橈骨茎状突起まで浸ける手浴を3分間行いながら暗算負荷課題(4桁の整数から2桁の整数を連続引き算)を行った.手浴終了後速やかにタオルを用い手の水分を拭き取り,3分間安静とした.

b.副交感神経賦活課題プロトコール

閉眼した状態で2分間以上安静座位を保ち,39°Cもしくは42°Cの湯温のお湯に両手を橈骨茎状突起まで浸ける手浴を3分間行った.手浴終了後速やかにタオルを用い手の水分を拭き取り,3分間安静とした.

2) 副交感神経賦活課題

副交感神経活動を賦活する課題として,閉眼を行った.閉眼した状態にて2分間以上安静座位を保ち,副交感神経活動の指標であるHFが上昇し安定しているのを確認した状態で,その後39°Cもしくは42°Cの湯温のお湯に両手を橈骨茎状突起まで浸ける手浴を3分間行った.手浴終了後速やかにタオルを用い手の水分を拭き取り,3分間安静とした(図2b).

各実験は手浴の影響を考慮し,1時間程度の間隔を空けランダムな順序で行った.なお対象者の都合に合わせて午前9時から午後6時の間に実施した.

3. データ解析

自律神経系の測定

ワイヤレス生体センサー(RF-ECG,ジー・エム・エス社)から送信された心電図から,心拍変動解析用ソフトウエア(MemCalc/Bonaly Light,ジー・エム・エス社)を用いて心拍数(HR: Heart Rate)および心拍変動解析による自律神経活動の解析を行った.自律神経活動の解析では,心拍変動の時系列データをリアルタイムな測定・解析を行うため,短時間の時系列データを高分解能で周波数分析可能な最大エントロピー法により周波数解析し,high frequency成分(HF: 0.15~0.4 Hz)およびlow frequency成分(LF: 0.04~0.15 Hz)のパワー値を求めた.本研究では,先行研究(Chang et al., 2019Matsushita et al., 2019)に従い,LF/HF成分を交感神経活動の指標とし,HF成分を副交感神経活動の指標とした.交感神経賦活課題および副交感神経賦活課題中の自律神経活動およびHRは,課題直前の安静時と比較すると共に,課題中(3分間)の平均値から直前の安静時(2分間)の平均値を減ずることで変化量を求めた.なお,手浴が自律神経活動への影響を与えるのかを評価することが主な目的であり,この評価のためにはインターベンション前後の心拍変動(HRV: Heart Rate Variability)比較することが一般的であるため中野・堀(2021)のプロトコールと同様に呼吸の制御は行わなかった.また,手浴の時間を3分間とした理由は,長時間の手浴では全身効果に加えて生体のフィードバック機能も作動する可能性(加藤ら,2005Kudo et al., 2018),さらには対象者の疲労による自律神経系への影響も加わる可能性がある(Borchini et al., 2018Noh et al., 2018).そこで,手浴の効果に対する生体のフィードバック的な反応ではなく,手浴による1次的な自律神経系への効果のみを検出するため,手浴時間を3分間とした.また,心拍変動による自律神経活動の推定には,最低でも30秒以上の連続データが必要であり(中川,2016),1分では信頼性がやや低くなると考えられる.このことからも,本研究では手浴の実施時間を3分間とした.服装の統一は行わなかったが,前腕が露出でき下肢まで覆う服装で実験を実施した.

4. 統計解析手法

統計解析にはIBM SPSS Statistics 23(日本IBM)を使用し,得られたデータからLF/HF,HF,HRの平均値を算出した.手浴中のデータから手浴前のデータを差し引き,その差を用いて39°C群と42°C群の比較を行った.この比較には,副交感神経指標であるHFなどの個人差が大きく,正規分布ではないデータに対して外れ値の影響を受けにくいWilcoxonの符号付順位検定を用い,5%を有意水準,10%を有意傾向として検定を行った.

Ⅲ. 倫理的配慮

研究参加者に,研究者が本研究の趣旨を書面と口頭で説明を行った.また,研究への参加および協力は自由意思であり,参加および協力は拒否することが可能であること,拒否した場合にも不利益を被ることがないことを書面と口頭にて説明を行った.その上で,研究の趣旨に同意が得られた対象者には同意書に直筆で署名をしてもらった.本研究は城西国際大学倫理審査委員会の承認を得て実施した(01N2100141H).

Ⅳ. 結果

1. 交感神経賦活課題での異なる湯温における手浴の自律神経活動変化

図3に交感神経賦活課題中の心拍変動による周波数解析による自律神経系の結果を示す.図3aに交感神経指標であるLF/HFの手浴前と手浴中の変化値について,39°Cと42°Cで比較して示した.39°Cでは1.32(0.77~1.70)(以下:中央値(四分位範囲))であり42°Cでは2.09(1.17~2.50)と有意に高値を示した(p = .017).

図3  交感神経賦活課題中の心拍変動による周波数解析による自律神経系の結果

(*:Wilcoxonの符号付順位検定 p < .05)

a.LF/HFの比較 39°Cと比較し42°Cは有意に高値を認めた.

b.HFの比較 39°Cと比較し42°Cで有意に低値を認めた.

c.HRの比較 39°Cと42°Cで有意な差を認めなかった.

図3bに副交感神経指標であるHFの手浴前と手浴中の変化値について,39°Cと42°Cで比較して示した.39°Cでは–1.01(88.01~–179.02)msec2であり42°Cでは–136.72(–95.01~–432.93)msec2と有意に低値を示した(p = .015).

手浴前のHRは,39°Cおよび42°Cの間に有意な差を認めなかった.また,図3cに心拍数であるHRの手浴前と手浴中の変化値について,39°Cと42°Cで比較して示した.39°Cでは14.99(9.60~18.54)拍/分であり42°Cでは12.98(9.61~17.76)拍/分と有意な差を認めなかった(p = .691).

表1に交感神経賦活課題中の暗算結果を示す.回答数は39°Cでは14(8~26)であり,42°Cでは15(10~30)で増加傾向を示した(p = .092).正答数は39°Cでは12(4.5~20.5)であり,42°Cでは13(7~23)で有意な差を認めなかった(p = .138).

表1 交感神経賦活課題中の暗算結果(中央値(四分位範囲))

39°C 42°C p
回答数 14(8~26) 15(10~30) .092
正答数 12(4.5~20.5) 13(7~23)

(Wilcoxonの符号付順位検定)

2. 副交感神経賦活課題での異なる湯温における手浴の自律神経活動変化

図4に副交感神経賦活課題中の心拍変動による周波数解析による自律神経系の結果を示す.図4aに交感神経指標であるLF/HFの手浴前と手浴中の変化値について,39°Cと42°Cで比較して示した.39°Cでは0.13(0.01~0.36)であり42°Cでは0.44(0.21~0.66)と有意に高値を示した(p = .001).

図4  副交感神経賦活課題中の心拍変動による周波数解析による自律神経系の結果

(*:Wilcoxonの符号付順位検定 p < .05)

a.LF/HFの比較 39°Cと比較し42°Cは有意に高値を認めた.

b.HFの比較 39°Cと比較し42°Cは有意に高値を認めた.

c.HRの比較 39°Cと42°Cで有意な差を認めなかった.

図4bに副交感神経指標であるHFの手浴前と手浴中の変化値について,39°Cと42°Cで比較して示した.39°Cでは–264.86(–571.65~–23.90)msec2であり42°Cでは–80.83(–110.15~–28.20)msec2と有意に高値を示した(p = .036).

図4cにHRの手浴前と手浴中の変化値について,39°Cと42°Cで比較して示した.39°Cでは2.08(0.79~3.15)拍/分であり42°Cでは2.73(1.05~4.54)拍/分と有意な差を認めなかった(p = .427).

Ⅴ. 考察

1. 異なる湯温による自律神経系の反応

先行研究において交感神経活動が優位な状態では湯温39°Cの手浴によって交感神経活動が抑制され,副交感神経活動が優位な状態では手浴により交感神経活動が亢進するが,湯温によって効果が異なる可能性があった(加藤ら,2005中野・堀,2021).本研究の目的は,日常的に使用される一般的な範囲の異なる湯温で手浴を行い自律神経活動に及ぼす影響を明らかにすることである.

一般的に,暗算による認知的ストレスは交感神経の活動を亢進させ,逆に副交感神経の活動を抑制するとされている(浜田ら,2006).中野・堀(2021)は,暗算負荷による交感神経活動の変化は対照群,手浴群共に交感神経活動は亢進を示したが,対照群と比較し39°Cの手浴で交感神経活動の抑制効果を報告している.本研究においても同様に交感神経賦活課題として暗算負荷を実施した.39°Cおよび42°Cの両方で手浴前と比較し手浴中にLF/HFが有意な上昇を示した.次に39°Cと42°Cで比較を行ったところ39°Cの手浴による交感神経活動の上昇が42°Cの手浴と比較して有意に低値を示し,副交感神経指標であるHFは39°Cの手浴の方が42°Cの手浴に比べ有意に高値を示した.従って,ストレスを感じている際には39°Cの微温湯での手浴が,42°Cの熱めの湯温よりも交感神経の過度な活動を抑えるのに効果的であると考察される.

次に副交感神経賦活課題において中野・堀(2021)は,閉眼による副交感神経優位な状態では39°Cの手浴で交感神経活動の亢進する効果を報告している.本研究でも同様の方法を実施し,39°Cと42°Cの湯温での手浴による自律神経系の変化を調査した.その結果,39°Cおよび42°Cの両方で手浴前と比較し手浴中にLF/HFが有意な上昇を示した.次に39°Cと42°Cで比較を行ったところ39°Cの手浴と比較し42°Cの手浴による手浴は交感神経活動の上昇が有意に高値を示し,副交感神経指標であるHFは39°Cと比較し42°Cの手浴が有意に高値を示した.覚醒状態と比較し,傾眠状態では副交感神経活性が明らかに高まることが明らかになっている(深井ら,2002).このことから副交感神経優位のリラックスしている状態において,手浴は39°Cの微温湯で行うよりも42°Cの熱めの湯で行う方が交感神経活動を亢進させ覚醒効果を得られる可能性があることが示唆された.しかし,交感神経系の亢進は暗算等のストレスでも上昇を示す(浜田ら,2006).交感神経活動の亢進は,ストレスだけでなく,運動や集中時などの他の状況下でも観察されることが知られている(Hallin & Torebjörk, 1974Holmqvist et al., 1986).本研究においては,副交感神経指標であるHFも39°Cと比較し42°Cで有意に上昇を示したことからもストレス反応でなく覚醒や集中としてのポジティブな反応である可能性が考えられる.すなわち,覚醒や集中を促すことを目的とする場合には42°Cの比較的高温な湯温を選択する方が効果的であることが示唆された.

本研究の結果,交感神経賦活課題においても副交感神経賦活課題においても共に39°Cと比較し42°Cの湯温での手浴で交感神経指標が高値を示した.Xu & Chen(2021)は入浴において湯温の上昇に伴い,HRVの複雑性が低下し,迷走神経収縮に伴う交感神経活性にシフトすると述べている.すなわち,湯温の影響がHRVへの影響を大きくし湯温が高いほど交感神経系が優位になりやすい傾向を示している.この結果は,交感神経賦活状態及び副交感神経賦活状態で共に39°Cと比較し42°Cの湯温において交感神経系が優位となった本研究結果と同様であると考えられる.本研究の結果は,異なる湯温が自律神経系に及ぼす影響についての知見を提供しており,湯温が高いほど交感神経系が優位になりやすいことが示唆された.

2. 臨床における自律神経活動の状態に応じた手浴の湯温選択

交感神経活動は通常,ストレス応答や興奮状態に関連し,心拍数の上昇,血圧の上昇,血管収縮などを引き起こす傾向がある.対照的に,副交感神経はリラックス状態や安静時に優位で,心拍数の低下,消化器官の活性化,リラックスを促す.看護場面において,手浴は睡眠の促進やリラックス効果を目的として用いられることがある.例として手浴後の睡眠時間の延長には温熱効果ではなくリラクセーション効果の方に関連が深い(岩根ら,2011)ことが知られている.したがって,本研究の結果においてリラクセーション目的で手浴する際には,39°C程度の微温湯を使用した方が効果的である可能性が示された.また,急性期時期において,Borsook et al.(2010)は疼痛を含むさまざまなストレスとそれに引き続く交感神経系の興奮が周術期の長期予後を悪化させる因子のひとつだと報告している.例えば42°Cと比較し39°Cの手浴はこういった交感神経系の亢進を抑制し回復に役立つ可能性がある.

反対に覚醒が必要な場面やリハビリの参加などやる気が必要な場面では42°Cのような湯温での手浴が効果的であると考えられる.実際に岩崎ら(2010)は深夜勤務の看護師に対し4~6時に手浴を行ったところ覚醒効果が得られたと報告している.また,矢野ら(2009)は患者に対し手浴を行ったところやる気の向上を示したと報告している.

このように,疼痛の緩和やリラックスなどを目的とする場合には湯温39°Cを使用し,覚醒効果ややる気の向上などを目的とする場合には湯温42°Cを使用した手浴を行うことで目的に合わせた効果を得られる可能性がある.本研究により目的に応じた手浴の温度選択をすることでより効果的なケアを行うことができると示唆された.

Ⅵ. 本研究の限界

本研究では,手浴の効果の持続時間を考慮し実験間でインターバルを1時間設けた.その為,対象の自律神経系の日内変動や疲労ストレスを考慮し対照実験を設けることが困難であった.対照実験を設けなかったことで本研究の解釈に限界を生じている可能性があり今後比較実験を行う際には全体としてのプロトコールを考慮する必要性があると考えられる.また,対象者の都合に合わせたスケジュールでの実験プロトコールは,実施時刻や飲食による自律神経活動の変化に影響を与えた可能性を持ち本研究の限界であり今後の課題である.

臨床現場では本研究で用いたような恒温槽は使用することはできない.本研究で実施した温度条件は,実際の臨床環境での湯温変化を考慮すると,そのまま適用することには限界があると考えられる.実際には,湯温が時間とともに変化するため,この変化が患者の自律神経系にどのような影響を及ぼすかについて,さらなる研究が求められる.患者によって最適な湯温の範囲が異なる可能性が考えられるが,本研究の結果は目的に応じた温度設定の指標になる可能性があり,今後の研究でこれらの効果に対する個々の反応の違いをさらに詳細に調査する必要があると考えられる.

また,臨床現場での手浴は,単なる温湯に手を浸す行為以外に,拘縮予防のストレッチや手指洗浄が組み込まれる(永井ら,2019木村・佐々木,2019).また,緊張やストレスの軽減を目的として,香油を用いる場合もあるとされている(石塚・小倉,2017).しかし,本研究では温湯に手を浸す効果に特に焦点を当てており,マッサージやアロマテラピーのような他の要素は取り除き実施した.このため,本研究での手浴と臨床現場での手浴は,一部の要素が異なることが考えられる.今後,臨床現場での実践に近い手浴の効果,特に自律神経活動への影響を詳しく調査することが必要であると考えられる.

Ⅶ. 結論

39°Cと42°Cの異なる湯温における手浴の効果として,交感神経系を賦活した状態及び副交感神経系を賦活した状態で共に39°Cと比較し42°Cの方が交感神経系を亢進させる.リラックスや覚醒など目的に応じ湯温を選択することでより効果的なケアを行うことができると示唆された.

付記:本研究の一部は,第1回看護ケアサイエンス学会において発表した.

謝辞:今回の研究に快く参加してくださった協力者の方々に心から感謝いたします.本研究の経費の一部は,科学研究費補助金(21K17340)によるものです.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:中野元は研究デザイン,データ収集,データ分析,結果の解釈,原稿執筆を担当した.根津彩香は研究デザイン,データ収集,データ分析,結果の解釈を担当した.池上萌絵,四十竹美千代は研究プロセス全体への助言,データ分析および原稿への示唆を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

文献
 
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