2025 年 45 巻 p. 121-131
目的:再発・転移がんサバイバーの療養生活における調和のプロセスを明らかにする.
方法:研究参加者16名を対象に半構造化面接を行いM-GTAを用いて分析した.
結果:調和のプロセスは,『ニュートラルな自分で生きる』を中核に据え,【変わりゆく状況に自己存在が揺らぐ】から【死を傍におき自分軸をもつ】【がんは自分の一部である】【自己の拡がりに気づく】自己認識の拡大プロセスで,【今あるものに意識を向ける】【安定した自分を確保する】方略との相互作用により支えられ促進されるものであった.『ニュートラルな自分で生きる』は,がんの再発や転移を繰り返すなかで生じる絶え間ない揺れに対峙する自己の在りようで,本プロセスの循環により強化されるものであった.
結論:『ニュートラルな自分で生きる』を中核に据え,自己認識とコントロール感覚の回復・拡大の促しが,最良な健康を保つ療養生活の支えになることが示唆された.
Purpose: The purpose of this study was to elucidate the process of harmony in the lives of recurrent and metastatic cancer survivors during recuperation.
Methods: Semi-structured interviews were conducted on 16 participants, and the data were analyzed using the Modified Grounded Theory Approach (M-GTA).
Results: The process of harmony in the lives of recurrent and metastatic cancer survivors during recuperation centered on “Living with a neutral self”, in which there was an expansive process of self-awareness from [Wavering self-existence in changing circumstances] to [Putting death aside and remaining true to oneself], [Cancer is a part of me], and [Perceiving expansion of the self]. This was supported and facilitated by the interactions of strategies for [Directing one’s attention to what one has at the moment] and [Maintaining a stable self]. “Living with a neutral self” is a state in which the individual maintains an unwavering self amid the constant changes that occur during the process of repeated rounds of recurrence and metastasis of cancer, and was strengthened by cycling through this process.
Conclusion: These results suggest that promotion of the recovery and the expansion of self-awareness and sense of control that centers on “Living with a neutral self” serve as support for survivors’ recuperation in maintaining the best possible health.
がんは,無制限に増殖し,浸潤や転移を伴う進行性疾患の特徴をもつため,治療後も再発や転移を繰り返す可能性がある.再発や転移に対する治療は,根治を目指せる場合もあるが,ほとんどの場合,がんの進行を抑えること,がん症状を和らげることが目標になる(国立がん研究センターがん情報サービス,2019).最近では,新たな治療薬の登場で,治癒が望めなくても治療を続けながら長く生きられるようになった.現在,継続的にがん治療を受けている人は466万人近くおり(厚生労働省,2022),通院しながら社会生活を送るがんサバイバーは増加している.政府も「がんとの共生」の実現を目指し(厚生労働省,2023),がんサバイバーの生き方やQuality of Lifeを支える視点の転換を求めている.
がんサバイバーは,亡くなる直前まで比較的日常生活動作が保たれる(Lynn, 2001)が,再発や転移後は,Cancer TrajectoryのLiving with progressive disease段階を辿り,生活のあらゆる要素に不確実性が浸透する(Reed & Corner, 2015)日常を過ごす.このような日常の中でも自分らしく過ごせるよう,再発・転移がんサバイバーの健康を支える支援の探求が重要な課題であると考える.
再発・転移がんサバイバーは,再発や転移を抱える気がかり,治療継続への不安や社会生活への見通しの不確かさ,衰える身体への情けなさなどに対処しながら療養している(浦ら,2014;橋本・鈴木,2019).このようなストレスフルな状況に対処できない場合,自己に否定的感情を抱き,抑うつや社会的孤立感を高め,心身の健康に影響を与える(Nipp et al., 2016;Kolsteren et al., 2022).一方,調和へ向かう場合,生活の質を高め,心身共に満たされた豊かな生き方が可能になる(Jonsson et al., 2010;Balthip et al., 2013).このことから,調和を維持することは健康を維持するための重要な基盤であり(Chan et al., 2005),がんの出現や増大を繰り返すたび心身ともに不安定になる再発・転移がんサバイバーの健康を支えるためには,調和を基盤とした看護支援を構築する必要があると考える.
調和の概念は多くの学問領域で活用されてはいるものの,調和そのものに焦点を当てた研究はほとんど見当たらない.岡西・藤田(2020)は,調和の概念分析において,【自分の枠の拡張】【自己リズムの創出】【自己と環境との融合】【心地よさ】の属性を抽出し,調和は,生きる力,健康,成長を促進する概念であること,がんサバイバーの健康を支え,自分らしく生きることを支援するうえで適用できる概念であることを明らかした.しかし,再発・転移がんサバイバーの特徴を踏まえた調和については明確にしていない.
そこで,本研究では,再発・転移がんサバイバーの療養生活における調和のプロセスは,どのようなプロセスを辿るのかを明らかにし,看護の示唆を得ることを目的とした.調和の観点から再発・転移がんサバイバーの対象理解を深め,再発・転移がんサバイバーの調和を支え促進する看護実践に貢献できると考える.
調和:自分の枠を拡げ,自己リズムを創出し,新たな状況に置かれた自己や環境と融合することで,心地よさを感じる状態(岡西・藤田,2020).
本研究は,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Modified Grounded Theory Approach:以下,M-GTA)を用いた質的研究である.M-GTAは,領域密着型の理論生成を目指した研究方法であり,人間と人間が直接的にやり取りをする社会的相互作用に関わる研究や研究対象とする現象がプロセス的性格をもつ研究に適している(木下,2003).本研究テーマは,再発・転移がんサバイバー自身との相互作用,再発・転移がんサバイバーを取り巻く周囲の人々や環境との相互作用の中で展開される現象であり,プロセス的性格をもつことから,M-GTAが適切であると考えた.
2. 研究参加者再発あるいは転移の診断を受けたがんサバイバーで,①直近の診断後2年以内である(再発・転移を繰り返す場合に診断時期を設定することは難しく,また療養期間が長いほど記憶が修正され曖昧になる可能性があるため),②仕事をしている,または地域や家庭内で役割を果たしている(再発・転移という困難な状況に直面しながらも自らの健康回復に向けて主体的に療養行動がとれる人に焦点を当てるため),③年齢,性別,がんの種類や治療内容,現在治療中かどうかは問わない,④1時間程度の面接が可能な心身の状態であると医師が判断している,⑤日常会話が可能な認知・言語能力を有している,①~⑤の条件をすべて満たす者とした.
3. データ収集方法A県内のがん診療連携拠点病院3施設から研究協力の承諾を得て,選定条件に該当する研究参加者の紹介を依頼した.研究協力への同意を得た研究参加者に対して,1人1回,60分程度の半構造化面接を行った.面接は,施設内の個室で行い,研究参加者または施設の要望に従って直接対面,またはオンライン活用による調査のいずれかの方法をとった.
インタビューガイドの内容は,再発あるいは転移の診断を受けてから現在に至るまでに,再発や転移と治療を繰り返しながらどのように現在の生活を築いてきたのか,その過程における心境や思考の変化と影響した出来事,経験から得られたことは何かなどとした.面接では,インタビューガイドを用いて話の展開や流れに沿って質問し,研究参加者のペースで自由に語ってもらった.面接内容は許可を得た上でICレコーダーに録音した.
データ収集期間は,令和3年11月~令和5年3月であった.
4. 分析方法M-GTAの手法を用いて分析した.分析焦点者を「再発・転移がんサバイバー」,分析テーマを「療養生活における調和のプロセス」と設定した.内容が豊富な1事例を選択し,データを熟読して分析を開始した.分析焦点者と分析テーマに照らして関連箇所に着目し,それを1つの具体例として意味内容を検討し,概念を生成した.新たな概念を生成するごとに,分析ワークシートを作成し,概念名,定義,具体例,理論的メモを記載した.2例目以降のデータからは,対極例や類似例の観点から継続比較分析を行い,新たな概念がこれ以上生成されないと判断できるまで理論的サンプリングを行いながら分析を繰り返した.分析を進めるなかで,既に生成した概念の具体例が確認できた場合は,該当する概念のワークシートに具体例として追加し,適宜,定義や概念名を検討し,その精緻化を図った.14名分の分析後,2名分のデータを追加しても新たな概念が生成されないことを確認した.全事例の分析終了後,生成した概念間の関係を検討しながら,サブカテゴリ,カテゴリを生成し,最終的にコアカテゴリを見出し,結果図とストーリーラインを作成した.真実性を確保するために,がん看護ならびに質的研究に精通した研究者から定期的なスーパーバイズを受け,分析の精度が高まるよう努めた.また,研究参加者2名に結果を提示し,データの解釈に矛盾がないかを確認した.
5. 倫理的配慮本研究は,高知県立大学研究倫理委員会(承認番号:看研倫19-48/看研倫21-16)と研究協力施設の倫理委員会(承認番号:900,2019-226,19-028/21-004/21-052)の承認を得て,実施した.研究参加者には,研究の目的と方法,研究参加の任意性と中断の自由,個人情報の保護,データの厳重管理,結果の公表等について文書と口頭で説明し,署名による同意を得た.なお,本研究はCOVID-19流行中の調査であった.研究参加者は,再発あるいは転移の診断を受けているため,主治医や看護師と連携を図り,面接に伴う心身の変化に留意するとともに,面接時の感染対策を徹底して,研究参加者の安全確保に努めた.
研究参加者は16名(男性6名,女性10名),年齢は平均57.5歳(36~75歳),再発転移の回数は1~5回,面接時のPerformance Statusは0~1であった.面接時間は平均61.8分(47~81分),直接対面による調査9名,オンライン活用による調査7名であった(表1).
参加者 | 性別 | 年齢 | 再発・転移(直近)診断名 | 再発・転移回数 | 直近診断から調査までの期間 | 現在の治療 | 面接方法 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 女性 | 50歳代前半 | 多発性骨転移/骨髄がん腫症 | 4回 | 3か月 | 無 | オンライン |
2 | 女性 | 50歳代前半 | 乳がん/肺がん | 2回 | 8か月 | 化学療法 | オンライン |
3 | 女性 | 60歳代前半 | 肺転移/がん性リンパ管症/多発性肺転移 | 2回 | 7か月 | 化学療法 | 直接対面 |
4 | 女性 | 60歳代後半 | リンパ節転移(縦隔・肺門・傍大動脈 他) | 3回 | 8か月 | 化学療法 | 直接対面 |
5 | 女性 | 70歳代前半 | リンパ節転移(傍大動脈・鎖骨上窩) | 3回 | 11か月 | 化学療法 | 直接対面 |
6 | 女性 | 60歳代後半 | S状結腸がん/傍大動脈リンパ節転移/他 | 5回 | 10か月 | 無 | 直接対面 |
7 | 女性 | 60歳代前半 | 肝転移増大 | 2回 | 7か月 | 化学療法 | 直接対面 |
8 | 女性 | 30歳代後半 | 肝転移/左上顎骨転移 | 2回 | 1年7か月 | 化学療法 | 直接対面 |
9 | 男性 | 40歳代後半 | リンパ節転移 | 1回 | 2か月 | 化学療法 | オンライン |
10 | 女性 | 50歳代前半 | 乳がん再発/骨転移 | 2回 | 1年6か月 | 化学療法 | オンライン |
11 | 男性 | 70歳代前半 | 腹部大動脈周囲リンパ節再発 | 3回 | 6か月 | 化学療法 | 直接対面 |
12 | 男性 | 70歳代後半 | すい臓がん/肺転移 | 2回 | 1か月 | 化学療法 | 直接対面 |
13 | 男性 | 40歳代前半 | 肺がん増大/脳転移 | 5回 | 10か月 | 化学療法 | オンライン |
14 | 男性 | 50歳代後半 | 右頸部リンパ節転移/再発・増大 | 2回 | 2か月 | 化学療法 | 直接対面 |
15 | 男性 | 40歳代前半 | 局所再発/腹膜播種 | 1回 | 5か月 | 化学療法 | オンライン |
16 | 女性 | 40歳代後半 | リンパ節転移(右肺門 他)/肺転移増大 | 2回 | 7か月 | 化学療法 | オンライン |
分析の結果,1つの『コアカテゴリ』,6つの【カテゴリ】,17の《サブカテゴリ》,46の〈概念〉が生成された.以下,コアカテゴリ,カテゴリの関係性を結果図(図1)に示し,ストーリーライン,コアカテゴリ,カテゴリの詳細を説明する.なお,カテゴリ,サブカテゴリ,概念,具体例の一覧は表2に示す.
カテゴリ | サブカテゴリ | 概念 | 具体例の一部*2 |
---|---|---|---|
変わりゆく状況に自己存在が揺らぐ | 初めて身に迫る危機に自分を見失う | 再発や転移を告げられ迫りくる死に平常心を失う | 「再発してから今にも自分が死ぬんじゃないかって情緒不安に…眠れなかったり,布団から起きられなかったり…,今まで自分が死ぬなんて思ってもいませんでしたし,自分の何か人間力のなさをもろに痛感しました.」(No. 6) |
これまで経験のない症状に上手く対応できず自分の限界を感じる | 「仕事の前日に起き上がれなくなって…2週間前まで走り回って仕事のことも家のことも全部できていたのに何もできなくなって…ズシンと落ち込みました…今までは自分の力でみたいな感じだったんですけど.」(No. 1) | ||
衰えていく自分に自信がもてない | がんの進行や繰り返される治療で弱っていく自分を実感する | 「体力に自信がなくなってくるとか,この数か月やっぱり考えさせられます…今回は息もしづらいし,抗がん剤が始まったら(しびれで)歩くのもそろそろ….」(No. 2) | |
体の異変や治療の影響を心配して過剰に反応する自分がいる | 「ちょっと体調が悪くなると,この間,(顎下から)痛みが出だして…,もう歯が原因って分かるまですごい調べました.…やっぱり脳とかにもいくとか聞くので…違和感があるときはね…今はもう過敏です.」(No. 10) | ||
家族の役割を果たせない自分に不甲斐なさを感じる | 「下の子は,治るんやろって,事あるごとに言ってくるんで…ちょっとしんどいです…先週,実家に帰ったんです.色々(両親と)話しました…(涙).高齢ですがまだ元気なんで,(私の方が)先に逝くかもしれない.」(No. 9) | ||
死を傍におき自分軸をもつ | 見え隠れする死を意識する | だんだんと悪くなっていく病状から死を覚悟する | 「次の年に再発しました.やっぱりリンパ節やから流れます,それががんです,(先生に)はっきり言われました.だけん,いつかはと思っています.でも,だんだん現実になってくるから,余命とか気になってきますね.」(No. 4) |
良い治療経過や身体症状のなさからがんの深刻さを感じとれない | 「余命宣告されたんだけど,あんまり死にそうにもないんで…入院した時,隣の人がもう顔面真っ青でね…あとひと月って,その目がうつろでね,やっぱり亡くなる前とかこうなるんかなって.これはまだまだ俺はだめや,まだ逝かんぞ…まだ時期ではない,どっちゃないから.」(No. 14) | ||
想像し難い自分の最期に思いを巡らす | 「がんになって死ぬってどんな感じか,全然分からなくてふわふわしている状態なんです…,死ぬのが怖いという感覚でもなく,…死への思いがあまり具体的に思い描けないのが実情…普通に体も動いているので…今はこういう気持ちを持ちながら普通の生活を送っていくかなと.」(No. 9) | ||
自分の生き方を見つめる | 残された時間を自分のためにどう生きるかを考える | 「(妻に)自分のために何かしたらと言われて…自分のためにって何だろうって…やっぱ家族と一緒に楽しく過ごしたいというのが僕のやりたいことだったんで,それを達成するために旅行に行こうかなと…妻がそう言ってくれたんで,色々出かけようという気にもなりましたし.」(No. 9) | |
自分にとって大切なものは何かを考える | 「25年勤めてきて一応課長というポジションになって…ちょっと悔しいのはあったんですけど…仕事のこだわりも今はもうなくなってしまったというか,それよりは家族が1番になっているので.」(No. 9) | ||
最期まで諦めずに生きようと考える | 「2回目の放射線のときに通院でしんどかったのでやめてもいいかなと…やっぱり(がんは)出てくるからね…でも良くなろうと思って,希望を持って…家族もいるので,できることしてあげたいし,それで続けていました.」(No. 4) | ||
これまでの思考から自分を解放する | 自分の望む生活のために現在の治療をやめても良いと考える | 「先生に(抗がん剤)やめたいって…金曜が来ると…どっと熱が出て横になる回数も多かったと思います.食べたいし,やりたいこともやれるんだけど,副作用でできなくなるのは嫌,生活の質が下がるので私はもう飲みませんって…辛いときはもう無理せずにね.」(No. 1) | |
日常において完全性を求めない自分を受け入れる | 「もう欲しくなければ食べなくていい,作りたくなければ作らなくていい…今日はもういい加減でええと思う時とか,作り置きをチンして食べたり,無理はしない.だから,お掃除も毎日しないですよ.昔よりもちょっとずぼらになりましたね.」(No. 5) | ||
今あるものに意識を向ける | 自分の回復力を信じる | 再発や転移をしても治療に抵抗できている自分は運が良い | 「自分の体はタフなんかなと思う時もあるよね.抵抗力がある,自分の体すごいなと.先生がお酒飲めん人の方がよく効くと言うから…私全然お酒飲めへんから…その影響か分からんけど,薬が効く体みたい,それも運命.」(No. 3) |
過去の経験や日頃の心がけで困難を乗り越える力がある | 「もう小さいときから困難なことがあったら,なんか面白いことになってきたな,そういう考え方ですね.ずっと落ち込むんじゃなくて,さあ今からどうしようかみたいな.…もう落ち込んでも仕方がないって.」(No. 1) | ||
安心して頼れる存在がいる | 家族や友人,同僚に支えられている | 「みんな電話かけてきて,どないしよん,あんたの声,元気やけん大丈夫じゃ,まだ死なんわとか言うて.周りにがんの人も多くてね,あんたががんやけに助け合える,心強いわとか言いながら…まあ,恵まれていると思います.」(No. 5) | |
真摯に向き合ってくれる医療者のおかげで今がある | 「先生がちゃんと話を聞いてくれてね.イリノテカンも(渋ると)…じゃあ延ばそうか,じゃあやめようかとかね,合わせてくれてね…すごい聞いてくれる先生だったからありがたい.」(No. 3) | ||
目の前の快ある日常を励みにする | 半年先,1年先ではなく,少し先に目標をおいて過ごす | 「先週主人と旅行に行って…やっぱりいいですね…もうちょっと頑張ってみようかなと,励みになりますやん.目標を常に持っておく…毎日楽しみをね,今日はこれがある日だから今から何をしようかな.それと少し先にも何か一つ置いて.」(No. 7) | |
自分の生きる拠り所を毎日の活力にする | 「短歌を作るのが趣味なんですよ.雑誌の編集をしたり,自分の作品を総合雑誌に出したり,色々とするから何とか気持ちが支えられとるという感じで.もう40年日記のようなもんですよ.」(No. 5) | ||
新薬の開発を期待しながら今の治療を続ける | 「今は毎日レンビマを飲んで,6週間に1回キイトルーダを点滴しています.この9年の間にそういう可能性が少しでもある薬が出たのは,やっぱり凄いなと…会社の人からも,光を当ててがんを消す治療があるぞ,みたいな話を聞いたりするんで,それが一般的に出回るときまでおれたらなと.」(No. 15) | ||
変わらない毎日を自覚する | 職場の支援のおかげで仕事を続けられている | 「パートさんを雇ってくれて,私が休んだ時はその人が必ず入ってくれる体制を整えて下さって,治療しながらですが,以前と変わらないぐらい働けています.」(No. 16) | |
がんや治療の影響に悩まされずに過ごせている | 「(抗がん剤)打ったら2,3日倦怠感が出るぐらい,それ以降は別に制限もないし…普通に生活できているんで…抗がん剤じゃない飲み薬の副作用もあるんですけど…手とか足とか…それが痛いかな…だけど薬もらってるし,仕事の時はカバーしてたら別に全然.」(No. 13) | ||
安定した自分を確保する | がんの危うさをありのまま受け止める | がんはどこかに潜んでいてずっと付き合っていくしかない | 「これは治ったとしても,また出てくるような気がするねん.春先に1回消えて,治療もやめとったやろ.今治療しよるけど,良うなったとしてもどっかに出てくるかもしれん.そういう体質やろうと思う.もうがんは消えても出てくる.そういうもんや.」(No. 12) |
がんの出現や増大は予想通りのことである | 「次また3月に…肺に2か所,小っちゃいのが…半年もてばいいかな.4月から抗がん剤治療して10月のCTでもう影はないと.先生は,ないけども,どっかにあるから出てくるんだろうねって…もう3回目はやっぱりなって感じ…慣れみたいなもんやね.」(No. 3) | ||
がんや治療経過,先行きに振り回されてもなるようにしかならない | 「落ち込む時もありますけどね.同じ胃がんの手術をしたお友達なんかは再発しなくて,様子見ましょうってお許しが出たんよ.それを聞いたらね,あの子ええなあと思ってね…でもね,そない言いながらもどないもしようがないわ,私はそういうもんやと思って.」(No. 5) | ||
がんが悪さをしないで現状維持できていれば良しとする | 「(先生から)良くなってますよが聞きたいのに,いつも大丈夫ですよ,お薬は効いていいですよって…これはもう維持する薬なんやなって自分で納得しとんやけどね.だから友達にね,良うもならんって言うたら,悪うならんだけええじゃないのって言うから,…そういうふうに考えるようにしてる.」(No. 5) | ||
いつもの日常を崩さない | 自分のことで家族の日常が揺るがないようにする | 「いつ何が起きてもね…私の中ではある程度覚悟してるんです.たぶん母とか義理の父母は,そこまで今は考えたくもないでしょうし,詳しいことは言ってないです.だから今日もね…(母が)治療一緒に行こうかって言ったら,1人で行ってくるしみたいな感じで.」(No. 2) | |
自分のことができるうちはこれまで通りの役割を果たす | 「もうずっと(家事を)やってきたから,元気な間はできる時はしようかなと思って.ご飯ぐらいですね.あとはお掃除したり,ご飯やね…ご飯作ると全部食べてくれるから.」(No. 4) | ||
感情の波にのまれない | 家事や仕事,趣味などに打ち込み気持ちを落ち着かせる | 「今は自分の気持ちを一定以上になるように気を付けています.その一つがアウトドア,外に出てご飯食べたり,お買い物したりという感じで…忘れるようにするというか.」(No. 16) | |
がんや治療に伴う困難な状況を前向きに捉える | 「1週間ここに(入院する),両親の介護から離れてゆっくりできる,ホテルじゃないけど,そういう気持ちで…(治療後は)しんどい,動けないとかありましたけど,とにかく1週間も我慢すれば,元に戻るわというところでいきましたね.」(No. 6) | ||
思いを綴ったり人に話をして気持ちを整理する | 「落ち込んだときには,落ち込んだような歌を作るもんで,誰かにぱっとそれを見せるから,悩みってなくなる…もう発表してしまうと,気持ちまた新たに違うことをね.」(No. 5) | ||
ゆとりある暮らしを求める | 食事や運動で体力を落とさない | 「食事とかね,タンパク質とか,コラーゲンとかも意識してる.もうね,(治療で)骨がもろくなるような感じ…筋肉がなくなる…ちょっとそこまで歩いても疲れるから,運動はね,週に3回4回ぐらい…そんなにたくさんは歩かないけど…なるべく外に出てね.」(No. 3) | |
体の負担が増す中で快適に過ごせる方法を考える | 「ちょっと呼吸法を変えてみようと思って…そろりそろり歩きながら,スースーハーハーで行くと大丈夫だったんです.呼吸の仕方一つで,だからもう自分はゆっくりでないと動けないけど,こうすると楽になるとか…ちょっと見つけていこうかなと思って.」(No. 1) | ||
家事や仕事などの活動は無理をせず体調に合わせる | 「ちょっとの時間でも一生懸命するとしんどくなります.…休み休みしながら,今日はこれしようとか,そんな感じでしないと無理やね…治療の中で,自分自身で休んだり,考えて,結構ゆっくりしてます.」(No. 4) | ||
ストレスをためないように周囲と適度な距離を保つ | 「がんのお話する所…よく勧められてね,そういう会に入ったら色んな人の話が聞けて,いい面もあると思うんですけど辛いこともあると思って.私はラジオでいいかな…日曜日にがんサバイバーの番組をやっていて…がんになった人の立ち上がる時とか,それを聞くと…頑張らないかんなと思う時があります…私はそれでいいかなと思っています.」(No. 4) | ||
がんは自分の一部である | がんである自分に違和感がなくなる | がんは周囲が思うほど特別な病気ではない | 「学生の時から喘息もあるんで,薬を飲んでいるだけ,喘息もがんもおんなじ,ずっと一緒って思う…仕事場でがんと言ったらすごい衝撃を受けられて…自分はそうじゃないのに,周りの方がそういう重い感じに.」(No. 8) |
がんが自分の中にいることを意識しない毎日である | 「(がんで)お酒もたばこも全部やめとった…ある時ビール1杯飲んでみようと思って…あれ飲めるわ…ほんでしまいに家で晩酌するように…今は治療しよっても何の負担も感じん.日常生活は何の問題もない,前とおんなじ…それと今の人(主治医)が三代目,10年おるけん…先生も看護師さんも全部代わった.もう病院に通うのも普通のことや.」(No. 12) | ||
健康な頃と遜色ない自分である | がんになっても自分を必要としてくれる人がいる | 「ほんとにもう,みんな(仕事に)出てきてくれるだけでありがたいからって言われて…待ってくれている人がいるっていうのはすごく嬉しいですね.」(No. 2) | |
がんを抱えても変わらない自分でいられている | 「やっぱり人と話しても,お前,ほんまに病気なんかって言うぐらい,動いたり行動はできよるんでないかな,難しいことはできんでも,歩いたり走ったりゴルフしたり,普通の病気のない人と何ら変わりのないことはできよると思う.」(No. 12) | ||
自己の拡がりに気づく | 穏やかな気持ちである | がんや治療で経験した辛さも少しずつ癒えている | 「今は落ち着いて良かったなと…再発と言われた時は想像もつかなかった生活が送れていると思います.それなりにその流れで…自分としては何か穏やかでありがたいなと.」(No. 6) |
周囲に目を向けられる心の余裕がある | 「気が長くなったのか,話を聞けるようになった気がします.聞いてあげようという気が自分の中で出てきたような.なんか自分も聞いてほしいというのが少しあったのかもしれないですね.自分に余裕が出てきたのかな.」(No. 16) | ||
現在の自分に納得する | やりたいことや好きなことができて楽しめている | 「今,父と2人暮らしで…午前中は一緒にいて,午後からは訪看さんとか,お食事も作ってくださる方が来られて…午後は自分の病院に出掛けたりとか,孫や娘と一緒にいたりとかですね.夜はもうお習字,一生懸命練習して楽しんでいます.」(No. 6) | |
何事もなく普通に過ごせる毎日に感謝する | 「上を見なくなったというのもあります.逆に下を見てもきりがないから,この日常を送れているってことはすごい幸せだな,普通の生活を送れることに対しての感謝ですよね.そこはすごい感じています.」(No. 2) | ||
病気になってからの生活も悪くないと思う | 「今まで仕事ばっかりだったんで…当直から外れてしまって,自分の中では不本意なんですけど…充実しとったら一番ええかなと思うんです…今の生活が悪いわけではなくて,通常の仕事しよる時に比べたら,きちんと規則正しく寝て,朝起きて,薬飲んで,毎日会社に行く,それはそれでええかなと.」(No. 15) | ||
今の状態を維持してがんと共存できればよい | 「(腫瘍マーカー)上がったり下がったりずっと来てたから.次は上がるなと思っていると,やっぱり上がっている時もあるし.何となく分かってくる…慣れるって変ですけど.やっぱりがんになったら,そうやって一緒に生きていく…だから今の状態のままでいられたらと思います.本当にね.」(No. 4) | ||
新たな自分を発見する*1 | 「私,がんを理由に甘えていて…(最初の頃)あまりプラスに考えられなくて,本当大変な人なんかもっといっぱいいるってことも今なら分かるんです…もう小さな小さな幸せが積み重なって,そう考えられるようになったのかなと思います.」(No. 10) |
*1 サブカテゴリと同等の意味をもつ概念である.
*2 語りは「 」,補足内容は( ),省略は…,研究参加者は(No.)で示す.
再発・転移がんサバイバーは,初めて告げられる再発や転移の診断,初めて自覚する身体機能の低下や療養生活への支障など,死の近づきや自分の限界を感じる状況に直面すると大きな揺れが生じ,【変わりゆく状況に自己存在が揺らぐ】状態にあった.また,再発や転移でがんの出現や増大を繰り返しても自律した療養生活が保たれている状況においては,がんの深刻さを感じとれずにいたが,悪化と回復を行き来するなかで常に死を意識する療養生活となり,自己の存在は絶えず揺れ動いていた.
この快とも不快ともとれない状況に対して,『ニュートラルな自分で生きる』在りようのもと,【死を傍におき自分軸をもつ】生き方を見出し,【今あるものに意識を向ける】【安定した自分を確保する】方略で,がんや治療に伴う揺れに対峙していた.そして,再発や転移と治療で状況が変わるたび自分の生き方を問い直し,【今あるものに意識を向ける】【安定した自分を確保する】方略を繰り返すことで,【がんは自分の一部である】【自己の拡がりに気づく】日常を獲得していた.
【がんは自分の一部である】【自己の拡がりに気づく】は,本来の自分を見失わず,自己への信頼を高めることを可能にし,『ニュートラルな自分で生きる』在りようを揺るぎないものにしていた.そのうえで,【死を傍におき自分軸をもつ】生き方を基盤に,【今あるものに意識を向ける】【安定した自分を確保する】方略を促進させ,がんや治療の影響で再び【変わりゆく状況に自己存在が揺らぐ】ときも,その揺れ幅を小さく収めることを可能にしていた.
以上より,再発・転移がんサバイバーの療養生活における調和のプロセスは,『ニュートラルな自分で生きる』を中核に据え,【変わりゆく状況に自己存在が揺らぐ】から【死を傍におき自分軸をもつ】【がんは自分の一部である】【自己の拡がりに気づく】自己認識の拡大プロセスであった.これは,【今あるものに意識を向ける】【安定した自分を確保する】方略との相互作用により,支えられ促進されるもので,がんの再発や転移の影響を受け,悪化と回復を繰り返すたび,本プロセスが循環することで『ニュートラルな自分で生きる』は強化されるものであった.
2) コアカテゴリ『ニュートラルな自分で生きる』『ニュートラルな自分で生きる』は,がんや治療により自己や周囲の状況が変化しても左右されないフラットな心をもち,揺るぎない自分を保ちながら柔軟に生きる状態を表し,がんの再発や転移を繰り返すなかで生じる絶え間ない揺れに対峙する自己の在りようである.これは,【変わりゆく状況に自己存在が揺らぐ】【死を傍におき自分軸をもつ】【今あるものに意識を向ける】【安定した自分を確保する】【がんは自分の一部である】【自己の拡がりに気づく】の6つのカテゴリで構成され,本プロセスの中核に位置づくものであった.「ニュートラル」は,自身に起きる出来事に対して,自己の感情や思考,信念などに左右されず冷静に応じることであり,自己のあるべき姿や態度,行動の方向性を示す.
3) プロセスを構成する6つのカテゴリ (1) 【変わりゆく状況に自己存在が揺らぐ】このカテゴリは,がんの再発や転移を繰り返すなかで,がんや治療の影響に侵食されていく自分を自覚するたび,自分の核となるものが崩れ,自己の存在が揺らぐ状態を表し,2つのサブカテゴリで構成された.
再発・転移がんサバイバーは,〈再発や転移を告げられ迫りくる死に平常心を失う〉〈これまで経験のない症状に上手く対応できず自分の限界を感じる〉といった《初めて身に迫る危機に自分を見失う》状態にあった.また,〈がんの進行や繰り返される治療で弱っていく自分を実感する〉〈体の異変や治療の影響を心配して過剰に反応する自分がいる〉〈家族の役割を果たせない自分に不甲斐なさを感じる〉といった《衰えていく自分に自信がもてない》状態にあった.このように,再発・転移がんサバイバーは,がんや治療の影響を受けるたび,自分が自分でいられなくなっていくことを感じ,絶えず自己の存在は揺れ動いていた.
(2) 【死を傍におき自分軸をもつ】このカテゴリは,がんの再発や転移のたびに近づいては遠ざかる死と対峙するなかで,死を身近な存在として自分の傍におきながら,自分の軸となる価値や信念,目標に従って生きようとする状態を表し,3つのサブカテゴリで構成された.
再発・転移がんサバイバーは,〈だんだんと悪くなっていく病状から死を覚悟する〉が,〈良い治療経過や身体症状のなさからがんの深刻さを感じとれ(ない)〉ずにいた.そのなかで,自分が向かう先はどこなのか〈想像し難い自分の最期に思いを巡ら(す)〉し,《見え隠れする死を意識する》ようになっていた.そして,〈残された時間を自分のためにどう生きるかを考える〉〈自分にとって大切なものは何かを考える〉〈最期まで諦めずに生きようと考える〉といった《自分の生き方を見つめる》なかで,生きる意味や価値を見出していた.また,〈自分の望む生活のために現在の治療をやめても良いと考える〉〈日常において完全性を求めない自分を受け入れる〉といった自分を第一に考える生き方へと思考を変えて,《これまでの思考から自分を解放する》ようになっていた.このように,再発・転移がんサバイバーは,がんの再発や転移を繰り返すなかで,死を意識せざるを得ない状況を理解し,その現実を引き受けて自分の生き方に反映させ,主体的に生きようとしていた.
(3) 【今あるものに意識を向ける】このカテゴリは,がんの再発や転移のたびに死を意識するなかで,失われていくものではなく,今の自分に備わるものへ意識を向け,自己の肯定的認識を高めている状態を表し,4つのサブカテゴリで構成された.
再発・転移がんサバイバーは,〈再発や転移をしても治療に抵抗できている自分は運が良い〉〈過去の経験や日頃の心がけで困難を乗り越える力がある〉といった《自分の回復力を信じる》ことや,〈家族や友人,同僚に支えられている〉〈真摯に向き合ってくれる医療者のおかげで今がある〉といった《安心して頼れる存在がいる》こと,〈半年先,1年先ではなく,少し先に目標をおいて過ごす〉〈自分の生きる拠り所を毎日の活力にする〉〈新薬の開発を期待しながら今の治療を続ける〉といった《目の前の快ある日常を励みにする》こと,〈職場の支援のおかげで仕事を続けられている〉〈がんや治療の影響に悩まされずに過ごせている〉といった《変わらない毎日を自覚する》ことに目を向けて,療養生活を送るうえでの支えにしていた.このように,再発・転移がんサバイバーは,がんの再発や転移を繰り返しながら療養生活を送る現在の自分を見つめ,価値ある自分を信じて前進しようとしていた.
(4) 【安定した自分を確保する】このカテゴリは,がんの脅かしにとらわれず,いつも通りの日常を心がけ,日々の活動や生活のペースを柔軟に調整しながら,心身ともに安定した自分を確保する状態を表し,4つのサブカテゴリで構成された.
再発・転移がんサバイバーは,がんの再発や転移を繰り返すなかで,〈がんはどこかに潜んでいてずっと付き合っていくしかない〉〈がんの出現や増大は予想通りのことである〉〈がんや治療経過,先行きに振り回されてもなるようにしかならない〉〈がんが悪さをしないで現状維持できていれば良しとする〉と捉え,《がんの危うさをありのまま受け止め(る)》ようとしていた.そして,がんや治療の影響を受けながらも〈自分のことで家族の日常が揺るがないようにする〉〈自分のことができるうちはこれまで通りの役割を果たす〉ことで,《いつもの日常を崩さない》ようにしていた.そのなかで,〈家事や仕事,趣味などに打ち込み気持ちを落ち着かせる〉〈がんや治療に伴う困難な状況を前向きに捉える〉〈思いを綴ったり人に話をして気持ちを整理する〉ことで,《感情の波にのまれない》ようにしていた.また,〈食事や運動で体力を落とさない〉〈体の負担が増す中で快適に過ごせる方法を考える〉〈家事や仕事などの活動は無理をせず体調に合わせる〉〈ストレスをためないように周囲と適度な距離を保つ〉といった《ゆとりある暮らしを求め(る)》ようとしていた.このように,再発・転移がんサバイバーは,がんや治療の影響に翻弄されないよう,現在の自分に合った療養行動をとりながら自分の日常を守るなかで心身の平穏を保とうとしていた.
(5) 【がんは自分の一部である】このカテゴリは,がんの再発や転移を繰り返しても変わらない自分らしさを保つなかで,がんと共にいる自分や治療のある生活も自分の日常となり,がんをもつ自分も自分であると,がんを自分の一部として認識している状態を表し,2つのサブカテゴリで構成された.
再発・転移がんサバイバーは,がんの再発や転移を繰り返すなかで,〈がんは周囲が思うほど特別な病気ではない〉〈がんが自分の中にいることを意識しない毎日である〉と認識し,《がんである自分に違和感がなくな(る)》っていた.そして,〈がんになっても自分を必要としてくれる人がいる〉〈がんを抱えても変わらない自分でいられている〉ことを自覚し,《健康な頃と遜色ない自分である》と感じるようになっていた.このように,再発・転移がんサバイバーは,がんや治療にとらわれない自分の日常を積み重ねるなかで,がんと一体となった自分を認識していた.
(6) 【自己の拡がりに気づく】このカテゴリは,がんの再発や転移を何度も経験するなかで今の自分を引き受け,落ち着いた日常を取り戻すことで,新たな自分に気づき,自らの可能性を拡げている状態を表し,2つのサブカテゴリと,1つの概念で構成された.
再発・転移がんサバイバーは,〈がんや治療で経験した辛さも少しずつ癒えている〉〈周囲に目を向けられる心の余裕がある〉と捉え,《穏やかな気持ちである》と感じていた.また,がんや治療を抱えながらも〈やりたいことや好きなことができて楽しめている〉毎日や〈何事もなく普通に過ごせる毎日に感謝(する)〉し,〈病気になってからの生活も悪くないと思う〉〈今の状態を維持してがんと共存できればよい〉と考え,《現在の自分に納得(する)》していた.そして,がんを言い訳にしている自分や自分本位に考えている自分への気づき,恵まれた環境にいる自分や周囲を大切に思う自分への気づきなど,病気になって気づかなかった〈新たな自分を発見(する)〉していた.このように,再発・転移がんサバイバーは,がんの再発や転移を繰り返しながらも,現状の良し悪しにこだわらない日常を送るなかで,今の豊かさに目を向けられる新たな自分に出会い,自己理解を深めていた.
本研究結果より,再発・転移がんサバイバーの療養生活における調和とは,『ニュートラルな自分で生きる』在りようのもと,死を傍に置きながらも,がんや治療の脅かしにとらわれないよう自分軸をもち,安定した自分を確保するなかで,自己の拡がりを感じられる日常を獲得する状態であること,そして,そのプロセスは,『ニュートラルな自分で生きる』在りようを中核に据えた自己認識の拡大プロセスであることが明らかになった.
再発・転移がんサバイバーは,がんの再発や転移を繰り返すたび死を意識し,がん患者であることを何度も突きつけられる体験や,脆弱化していく自分を自覚し,自身の身体や健康に対する自信が奪われていく体験から,自己の認識や自己の存在意義を揺るがす情緒的反応が起こり,【変わりゆく状況に自己存在が揺らぐ】状態にあった.このような経験は,悲しみや苦しみを引き起こすが,新たな価値観を見出し,自己を再構築する機会になる(Prado et al., 2020).本研究の参加者も,がんの再発や転移を何度も経験し,自分が自分でいられなくなっていく状況の中で,がんから逃れられないことを理解し,自分の身に起きた避けられない経験として受け入れていた.そして,【死を傍におき自分軸をもつ】生き方を見出し,【今あるものに意識を向ける】【安定した自分を確保する】方略で,今の自分を認め,これまでの固定観念や思考を解き放った自分に優しい生き方を目指していた.つまり,再発・転移がんサバイバーは,死との対峙を繰り返すなかで『ニュートラルな自分で生きる』という新たな自己の在り方を見出しており,不確かな療養生活の中での自己の位置づけを明確にしたうえで,自分の気持ちに従った今に身を置く生き方を定めていたと考える.
再発・転移がんサバイバーは,がんの出現や増大,治療の脅かしにとらわれないよう,『ニュートラルな自分で生きる』在りようを意識し,【今あるものに意識を向ける】【安定した自分を確保する】方略をとっていた.絶え間ない変化や不確かさを抱えながらも自分にとって大切なことをしたいと願い,自分の意識や行動を調整して価値ある活動を意図的に続けることは,死が近づいても正常であるという感覚,自己効力感,アイデンティティを促進し,自己意識の維持につながる(Brose et al., 2023).その実践的な方略として,「現実的である」「優先順位を変更する」「普通の日常に焦点を当てる」ことが必要である(Walshe et al., 2017).本研究の参加者も,がんの再発や転移を何度も経験するなかで,自分に備わる価値や生きる目標,日々の日常に関心を寄せて,自己の肯定的認識を高めていた.そして,心身ともに消耗していくなかで,自律性が奪われないよう,自分の限界を認識しながら,その範囲内で自分の日常を保とうとしていた.【今あるものに意識を向ける】は,今の自分の力や周囲とのつながりを意識し,確かな自己の存在に価値を見出すことであり,生きる原動力やコントロール感覚を取り戻して自分を保つ方略であったと考える.【安定した自分を確保する】は,自己や周囲との関係を調整して,がんとの距離をとり,無理のない日常を築くことであり,本来の自分を見失わないよう自分を保つ方略であったと考える.これらは,がんや治療で揺るがされた日常の平穏や,今ここに在る自律した自己への信頼を取り戻し,変わりゆく状況にとらわれない心地よい日常を築く方略であったといえる.再発・転移がんサバイバーは,『ニュートラルな自分で生きる』在りようのもと,現在の自分の能力や限界をありのまま受け止め,現実的思考でその時の最適な生き方・在り方で,自分の日常を守り,心身の平穏を保っていた.対象にとって最良な健康状態を保つことは,がんや治療に伴う揺れを収めることを可能にすると考える.
再発・転移がんサバイバーは,がんの再発や転移を繰り返すたび,『ニュートラルな自分で生きる』在りようのもと,自分の生き方を問い直し,心地よい日常を築くなかで,【がんは自分の一部である】【自己の拡がりに気づく】ようになっていた.がん患者という括りから自分自身を開放すれば,生活にある楽しさを感じたり,自分自身の「この手」にある価値や役割を再認識したりしながら,再発がんを生きる可能性を自らが編み上げることもできる(川端,2019).また,家族や自分自身を通して「自分であることに変わりはない」と認めることは,過去や失ったことにとらわれず,自分のできることに向かい,懸命に生きていくことを支える(矢ヶ崎・小松,2007).本研究の参加者も,がんの再発や転移を何度も経験するなかで,進行性疾患であるがんの特徴を受け入れ,【死を傍におき自分軸をもつ】生き方を見出しており,これまでの自分を解放することができていたからこそ,【今あるものに意識を向ける】【安定した自分を確保する】方略のもと,自分の日常を築けるようになっていた.そして,がんや治療にとらわれない日常や周囲との変わらない関係性から,現状に上手く対処できている自分を肯定し,がんは自分の中に存在するものと認識するようになっていた.【がんは自分の一部である】は,がんや治療のある療養生活も自分の日常となり,がんをもつ自分も自分であると受け入れる,自分らしさの回復であり,療養生活における自己のコントロール感覚を取り戻し,自己の価値や生きる意味を強化するものであったと考える.また,Iseki(2023)は,病気を自分の一部として受け入れながら,通常の生活を送ろうとする努力は,自己認識の拡大に繋がり,成長をもたらすと述べている.本研究の参加者も,がんや治療の影響を受けながら自分の日常を築いていくなかで,【がんは自分の一部である】と自己への信頼を高め,今の豊かさに目を向けられるようになっていた.そして,がんや治療と共にある自分に余裕が生まれ,現在に価値を置く自分に気づき,自身の成長や可能性を感じるに至っていた.【自己の拡がりに気づく】は,がんの再発や転移を繰り返す療養生活において,現状に満足する自分や穏やかさを獲得する自分を認識する新たな自己の発見であり,自己への確信や可能性を高め,進行性疾患の特徴をもつがんと共に生きることを支えるものであったと考える.このように,再発・転移がんサバイバーは,『ニュートラルな自分で生きる』在りようを意識した療養生活を送るなかで,柔軟に対応できる自分がいることや,変わらない自分もいることに納得し,自分らしさと自信を取り戻していた.そして,これまで気づかなかった自分に出会うなど,自己の拡がりに気づく日常を獲得するなかで,自己理解を深め,自己への信頼を高めていた.これは,不確かな療養生活の中でも自分の日常を保つための積極的な取り組みを支え,さらなる充実した日常の実現に向けて推進する力になるものであるといえる.
以上より,再発・転移がんサバイバーの療養生活における調和のプロセスにおいて,『ニュートラルな自分で生きる』在りようを中核に据えることは,自己認識とコントロール感覚の回復・拡大を促し,対象にとって最良な健康を保つ療養生活の支えになると考える.
2. 看護実践への示唆再発・転移がんサバイバーは,【変わりゆく状況に自己存在が揺らぐ】なか,【死を傍におき自分軸をもつ】生き方を見出し,自分の生き方を定めていた.対象は,がんの進行や治療の変更など,自身の置かれている状況が変化するたび自信を失い,当初定めた生き方も見失う可能性がある.看護師は,病状が安定し支援がそれほど必要なくとも,対象の様子を気にかけること,悪化と回復を繰り返すなかで抱える対象の苦悩に寄り添いながら,これまでの経験や療養過程における良い出来事などを共有し,自己の価値や生きる意味を取り戻せるよう働きかけることが必要である.変わりゆく状況の中でも確かな自己の存在に価値を見出す支援は,自己の生き方や在り方の問い直しを促し,今に身を置いた生き方への方向付けが可能になると考える.
再発・転移がんサバイバーは,【今あるものに意識を向ける】【安定した自分を確保する】方略をとり,心地よい日常を築いていた.看護師は,がんや治療に伴う心身の変化が,対象の療養生活に影響を及ぼすことを想定し,対象にとって自分に優しい生き方であるか,がんと向き合う対象の姿勢や日々の療養態度を確認する必要がある.また,対象の主体的な取り組みを支え,治療や日常への影響,その対処法など,対象の状況に合わせて必要となる情報を随時提供することも大切である.無理のない暮らし方や人との関わり方,変化が起こった時の対処法など,具体的な情報を伝えながら,対象が出来ることを見つけ提案する支援は,安全で快適な療養生活につながると考える.
再発・転移がんサバイバーは,【がんは自分の一部である】【自己の拡がりに気づく】ことにより自己理解を深め,自己への信頼を高めていた.看護師は,がんや治療で変わりゆく状況の中でも対象が自律した日常である,いつも通りの日常であると感じられるように支援する必要がある.普段の療養生活を把握し,対象の取り組みや努力,その成果に目を向け,本人も気づいていない対象の持てる力に働きかけることは,本来の自分を見失わず自分らしさを保つことを可能にする.また,毎日欠かさずに実行していることや毎日楽しみに実行していることは何か,今だからこそ経験できていることは何かと問い,その療養生活が充実したものである,意味あるものであると認識できると,新たな自分に気づき,自己への信頼を高め,自分の人生を前向きに生きる方向へと進むことができると考える.
本研究はCOVID-19流行中の調査であり,社会情勢や施設の制約を守りながら実施した結果である.都道府県をまたいだ移動の自粛も要請されていたため,データは地域性に偏りが生じた可能性がある.また,研究参加者は再発や転移を患い,厳しい状況下にあった.COVID-19への感染リスクや重症化リスクが高いことを想定し,研究参加者の安全確保を最優先に考えて調査を実施した.感染対策を徹底するなかで,研究参加者が安心して語れるよう最大限の配慮を行ったが,語りに影響があった可能性がある.今後は対象地域を拡大し,地域特性なども考慮して検討を積み重ね,再発・転移がんサバイバーの調和を支える看護援助方法を開発していくことが課題である.
付記:本研究は,第44回日本看護科学学会学術集会において発表した.本研究は,高知県立大学大学院看護学研究科に提出した博士論文に加筆・修正を加えたものである.
謝辞:COVID-19による感染拡大の中,本研究に快くご協力くださいました研究参加者の皆様,研究実施にあたり多大なご協力をいただきました研究協力施設の皆様に心より感謝申し上げます.本研究は,JSPS科研費20K10737の助成を受けて実施した研究の一部である.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:SOは,研究の着想,デザイン,データ収集,分析,原稿作成までの研究プロセス全体に貢献した.SFは,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言に貢献した.すべての著者は,最終原稿を読み承認した.