2025 年 45 巻 p. 306-318
目的:スピリチュアルケアにおける臨床判断を定義することである.
方法:医中誌Web,CiNii,PubMed,CINAHL,Academic Search,ScienceDirectを用いて,臨床判断とスピリチュアルケアをキーワードとして検索した.Rodgersの進化的概念分析を用いて基準を満たした36件を分析した.
結果:属性は【日常の観察から患者のスピリチュアリティの手がかりを得る】,【患者の内的世界を全人的に捉え深く考える】,【限られた時間を意識しながらケアのタイミングを判断する】,【癒しや自己探求のケアの方向性を定める】であった.
結論:本概念は,日常的な観察を通じて患者のスピリチュアリティに関する手がかりを見出し,限られた時間を意識しつつ,全人的に患者の内的世界を理解することによって,癒しまたは自己探求のケアの方向性を定めると定義された.
Objective: This study aimed to obtain a definition of clinical judgment in spiritual care.
Methods: Six databases were searched: Ichushi-Web, CiNii, PubMed, CINAHL, Academic Search, and ScienceDirect. Search terms included “clinical judgment” and “spiritual care.” Meeting the criteria were 36, which were analyzed using Rodgers’ evolutionary method of concept analysis.
Results: The following four attributes were extracted: “gaining clues about the patient’s spirituality through everyday observations,” “Seeing the patient as a whole person and thinking deeply about even the inner world of a patient,” “deciding the timing of care while considering the time limit,” and “deciding the direction of care for healing or self-exploration.”
Conclusion: This concept of clinical judgment in spiritual care is defined as follows: identifying clues related to the patient’s spirituality through daily observations, while being mindful of limited time, and understanding the patient’s inner world holistically, in order to determine the direction of care for healing or self-exploration.
判断や決定は,ほぼ全ての認知活動に内在する基本的なもの(都築・松田,2015)であり,人間は常に判断と決定を繰り返し行っている.医療現場で行われる臨床判断は,患者中心の医療を実践・提供することを目的とする(道又,2023).これにより,患者の安全と健康の回復を促進し,合併症の予防や早期発見につながると考えられる.
看護における臨床判断は,患者の状況を総合的に評価する認知的プロセス(Manetti, 2019)や,患者のデータ,臨床的な知識,状況に関する情報が考慮され,認知的な熟考と直感的な過程によって患者へのケアについて決定を下すこと(Corcoran, 1990)と定義される.すなわち,看護師の臨床判断は,患者に関する様々な情報から状態を評価し,ケアを決定する認知的プロセスである.2012年から2022年の看護師の臨床判断に焦点を当てた研究では,国外よりも国内での研究が多く(吉森・宮林,2023),臨床判断への関心の高さが示されている.Tanner(2006)の臨床判断モデルは国内外で広く指標として用いられている.臨床判断に関する研究は,特定の看護場面や臨床判断の経験的な差の比較,臨床判断のプロセス(吉森・宮林,2023)などに焦点が当てられている.
医療現場では,医療従事者が不確実な状況や限られた時間の中で迅速かつ的確な判断を下さなければならないという課題がある.特に,終末期や重大な病気の発覚,喪失や葛藤,苦しみが強い局面では,判断がさらに難しくなる.このような局面では,患者が人生の意味や目的,信念,存在についての強い不安や深い苦しみなどのスピリチュアルな苦悩を感じていることが多い.医療従事者は患者のスピリチュアルな側面にも配慮しながら判断を行う必要がある.スピリチュアリティとは,人間の尊厳や存在意義を表現し,個々人が自身の信念や価値観をどう捉え,どのように生きるかに関連するものである.これは信仰や宗教に限らず,超越的な存在や自然,社会とのつながりから生じ,内面的な安らぎや強さをもたらすことがある(日本看護科学学会看護学学術用語検討委員会,n.d.).終末期や重大な病気を抱える患者とその家族は,人間存在の根底を支える意味や関係性についての苦しみを抱えることがある.そのため,医療現場では,死に直結する病を負い,身体的,精神的,社会的,霊的(スピリチュアルな)苦痛を持つ人へのケアの一つとしてスピリチュアルケアが行われる(世界保健機関,1990/1993).スピリチュアルケアとは,患者と家族が自分の現実の「いのち」としっかり向き合いつつ質の高い生活ができるように援助すること(窪寺,2019)であり,その実践には,患者の生命に対する意味や価値観を尊重することが不可欠である.スピリチュアルケアが,患者に適切に行われた場合,人生の意味を見出すことで,患者は自分の人生に対する満足感や幸福を感じることができる一方で,意味を見出せない場合には,絶望感を抱いてしまうことがあると報告されている(Bowes et al., 2002).このようにスピリチュアルケアが患者に与える影響を踏まえ,医療現場におけるスピリチュアルケアの重要性は高まっている.
看護におけるスピリチュアルケアは,感情や心理的・宗教的ニーズを理解し,計画的かつ責任を持って行うケアであり,看護師が患者とその介護者と建設的に関わり,患者の尊厳や敬意,神聖さを大切にしながら,ストレスの多い状況下でも患者が落ち着いて問題を解決し,身体的,精神的,社会的側面のバランスを取れるように支援すること(Rahnama et al., 2020)と示されている.具体的に行われているスピリチュアルケアは,宗教的ニーズに注意を払うこと,共感や優しさの態度を示すこと,希望やエネルギーを与えること,患者と共に時間を過ごすこと,患者の話に耳を傾けること,看護師は患者の問題に対して責任を感じること,そして患者に感情を表現する機会を与えることである(Rahnama et al., 2020).つまり,スピリチュアルケアは,患者の心身の健康に対する全人的なアプローチを意味している.看護師が患者のスピリチュアリティを支援するためには,共感を示し,尊厳を尊重し,信頼関係を築くことが重要であり,その結果,患者が自分の感情を表現し,問題解決の力を得ることができると考えられる.
スピリチュアルケアに関する先行研究では,ケアを提供する者(以下,ケア提供者)の経験(Wong & Yau, 2010)や認識(Karaman & Midilli, 2021),プロセス(Parameshwaran, 2015)などケア提供者がどのようにスピリチュアルケアを捉えているかや,スピリチュアリティの定義が明らかになった.Ramezani et al.(2014)は,スピリチュアルケアの先行要件として,患者のパターンと兆候の識別とアセスメントの向上につながる一種の集中した意識として「意図性」を挙げている.スピリチュアルケアの文脈における「意図性」とは,看護師が患者の身体的,精神的,社会的,さらにはスピリチュアルな状態に注意を払い,患者の言動や感情的な変化,非言語的なサインなどを識別し,患者個々のパターンや兆候を捉えることと考えられる.すなわち,意図性は,臨床判断の一環として,患者の状態を把握し,その状態に基づいて適切なケアを提供するために必要不可欠な要素である.ケア提供者が,患者の文化的背景や宗教的信念,その時々の状態に応じて適切なアプローチをとるためには,スピリチュアリティに関する理解と臨床判断力を備えていることが求められる.しかし,スピリチュアルケアにおける臨床判断の具体的な様相は解明されていない.
臨床判断は,看護業務の性質や関連する状況,そして事前に持っている知識に影響を受けるという特徴がある(Lauri & Salantera, 1998).つまり,スピリチュアルケアにおいて臨床判断は,スピリチュアリティの知識や患者の個別の価値観や信念といった特有の要素から影響を受けると考えられる.しかし,既存の臨床判断の概念や臨床判断モデルでは,どのように患者のスピリチュアリティや価値観を考慮し,判断を下すかについて,十分に説明できない可能性がある.また,医療現場では,医師,看護師,臨床心理士,臨床宗教師など,様々な専門職がスピリチュアルケアを提供している.このような多職種が関与する現状を踏まえ,患者のスピリチュアリティや価値観を考慮したケア判断を行うためには,職種を超えてスピリチュアルケアに特化した統一的な臨床判断の概念を検討する必要がある.
日本は少産多死の時代となり(厚生労働省,2024),終末期ケアを必要とする患者は増加する.スピリチュアルケアは終末期に限らず,患者の生涯にわたる支援であり,特に終末期においてその必要性が一層高まる.ケア提供者にとって死に直面した患者のスピリチュアルな苦悩や問いにどのように対応するのかは重要な課題であり,スピリチュアルケアを実践する上で,臨床上の判断は必要不可欠である.以上のことから,本研究の目的は,スピリチュアルケアにおける臨床判断の概念を定義することである.スピリチュアルケアにおける臨床判断の概念を定義することは,医療従事者に共通の枠組みを提供し,スピリチュアルケアを向上させる一助になると考える.
本研究ではRodgersの進化的概念分析の手法(Rodgers & Knafl, 2000)を用いた.スピリチュアルケアは,1980年代までは宗教的なケアとして認識されていたが,時代の変化や文化特性の影響を受け,1990年以降,宗教的要素にとどまらず,人間の実存や意味,目的など自己に焦点が当てられ変化している(Egan et al., 2011).Rodgersの進化的概念分析では,時代や文脈によって概念が変化し発展するという進化的視点を哲学的基盤にもつため,適していると考えた.
2. データ収集方法文献データベースは,医学中央雑誌Web版,CiNii,PubMed,CINAHL,Academic Search,ScienceDirectを用いた.検索キーワードは,(“判断” or “臨床判断”)and(“スピリチュアルケア” or “スピリチュアル” or “スピリチュアリティ”)英語では(“judgment” or “clinical judgment”)and(“spiritual care” or “spiritual” or “spirituality”)とした(検索日:2024年6月4日).検索対象期間は,全年度検索とした.その結果,医学中央雑誌72件,CiNii 26件,PubMed 12件,CINAHL 27件,Academic Search 214件,ScienceDirect 246件が検索された.文献の抽出は,PRISMA 2020チェックリストに則り行い,検索された文献の中から,重複文献,システマティックレビュー,商業誌,紀要,入手困難な文献を除外した(図1).タイトルや抄録を確認し,研究対象者が医療従事者ではない文献,臨床場面が含まれていない文献,記述内容から研究目的と関連性がないと判断された文献を除外し,最終的に36件を分析対象とした(表1).36件の研究概要は,質的研究法30件,量的研究法4件,混合研究法2件であった.また,研究対象者は,看護師が最も多く,医師,ソーシャルワーカー,心理士などであった.国別の内訳は,アメリカが最も多く,イラン,イギリス,オーストラリア,日本などであった.
No. | 筆頭著者 | 発行年 | 第一著者 所属機関の国名 |
研究方法 | 研究対象者 |
---|---|---|---|---|---|
1 | Zwerling, B. | 2024 | アメリカ | 質的研究 | 病院またはクリニックに勤務するチャプレン13名 |
2 | Evans, C. B. | 2024 | アメリカ | 質的研究 | 病院のチャプレン10名 |
3 | 伴佳子 | 2023 | 日本 | 質的研究 | 看護師1名 |
4 | Palmer, J. A. | 2022 | アメリカ | 質的研究 | チャプレン10名,看護スタッフ6名,ソーシャルワーカー6名,活動療法士6名 |
5 | Akbari, O. | 2022 | イラン | 質的研究 | 看護師19名 |
6 | Cone, P. | 2022 | アメリカ | 量的研究 | 医療従事者24名 |
7 | Linda, N. S. | 2021 | 南アフリカ | 質的研究 | 臨床看護スキルを教える臨床指導者9名 |
8 | Frick, E. | 2021 | ドイツ | 量的研究 | 医師,看護師,セラピスト,心理学者など647名 |
9 | Kang, K. A. | 2021 | 韓国 | 混合研究 | 質的研究:6名のホスピスセンターを代表する看護専門家,量的研究:ホスピスケア病棟看護師282名 |
10 | Sukcharoen, P. | 2020 | タイ | 質的研究 | 看護講師2名,看護師2名,宗教指導者1名,看護学生2名 |
11 | Galehdar, N. | 2020 | イラン | 質的研究 | COVID-19患者のケアに携わる看護師20名 |
12 | Hirakawa, Y. | 2020 | 日本 | 質的研究 | 看護師5名,介護士13名 |
13 | Ramezani, M. | 2019 | イラン | 質的研究 | 看護師17名,医師3名,看護助手1名,患者3名,家族1名 |
14 | O’Brien, M. R. | 2019 | イギリス | 質的研究 | スピリチュアルケアの研修を受けたジェネラリストとスペシャリストの医療従事者21名 |
15 | Siler, S. | 2019 | アメリカ | 質的研究 | 医療従事者(看護師・医師・ソーシャルワーカー・チャプレンなど)19名 |
16 | Desmond, M. B. | 2018 | アメリカ | 量的研究 | 看護師40名 |
17 | Shah, S. | 2018 | ニュージーランド | 量的研究 | 地区保健局で働く看護師 ・医師・医療従事者および管理者722名 |
18 | Toivonen, K. | 2018 | フィンランド | 質的研究 | 看護師17名 |
19 | Minton, M. E. | 2018 | アメリカ | 質的研究 | 緩和ケア・ホスピスケアの看護師 10 名 |
20 | Ormsby, A. | 2017 | オーストラリア | 質的研究 | 従軍看護師 10 名 |
21 | Karimollahi, M. | 2017 | イラン | 質的研究 | 看護師10名,患者・家族25名 |
22 | Siyun Chen, C. | 2017 | シンガポール | 質的研究 | 急性期総合病院の老年科,内科,外科病棟の看護師18名 |
23 | Pfeiffer, J. B. | 2014 | アメリカ | 質的研究 | 看護師14名 |
24 | Brown, O. | 2013 | 南アフリカ | 質的研究 | 臨床心理学者とカウンセリング心理学者15名 |
25 | Markani, A. K. | 2013 | イラン | 質的研究 | がん看護を行う看護師24名 |
26 | Deal, B. | 2012 | アメリカ | 質的研究 | 透析の現場でスピリチュアルケアを提供する看護師10名 |
27 | Egan, R. | 2011 | ニュージーランド | 混合研究 | 質的研究:医療従事者・患者・家族52名 量的研究:医療従事者・患者・家族642名 |
28 | Abbas, S. Q. | 2011 | イギリス | 質的研究 | ホスピス病棟で働く医療従事者(医師・看護師・ソーシャルワーカー・医療補助員)15名 |
29 | Smyth, T. | 2011 | オーストラリア | 質的研究 | 急性期病棟の看護師16名 |
30 | Carron, R. | 2011 | アメリカ | 質的研究 | ナースプラクティショナー3名,スピリチュアルケア指導者/教育者4名,修道女2名,患者3名 |
31 | Wilkes, L. | 2011 | オーストラリア | 質的研究 | パストラルケアワーカー18名と高齢者11名 |
32 | Pesut, B. | 2010 | カナダ | 質的研究 | 看護師・医師・ソーシャルワーカー・その他20名,ボランティア17 名,患者・家族,管理者12 名 |
33 | Wong, K. F. | 2010 | 香港 | 質的研究 | 一般病棟の看護師10名 |
34 | Noble, A. | 2010 | イギリス | 質的研究 | がんセンターで勤務する看護師7名 |
35 | 尾崎雅子 | 2007 | 日本 | 質的研究 | 看護師1名 |
36 | Kociszewski, C. | 2004 | アメリカ | 質的研究 | 集中治療室の看護師10名 |
注.患者や家族が研究対象に含まれる文献において,患者や家族の判断に関連するデータは抽出していない
Rodgersの進化的概念分析の手法(Rodgers & Knafl, 2000)に従い,論文を精読し,スピリチュアルケアにおける臨床判断について,概念の内容や特徴を示す「属性」,属性が発生する前に起こることを示す「先行要件」,その概念に続いて起こる事象を示す「帰結」の3つに分け,コーディングシートに整理した.記述内容は生データのまま抽出し,データごとに意味内容を崩さないように簡潔なラベルをつけ,類似性と相違性に基づいてカテゴリ化した.さらにスピリチュアルケアにおける臨床判断の構成要素を明らかにし,概念を定義した.
抽出に際しては,スピリチュアリティは人間の尊厳や存在意義を表現し,個々人が自身の信念や価値観をどう捉え,どのように生きるかに関連するものと定義した(日本看護科学学会看護学学術用語検討委員会,n.d.).また,スピリチュアルケアは,Rahnama et al.(2020)の定義を参照し,感情や心理的・宗教的ニーズを理解し,患者とその介護者と建設的に関わり,患者の尊厳や敬意,神聖さを大切にしながら,ストレスの多い状況下でも患者が落ち着いて問題を解決し,身体的,精神的,社会的側面のバランスを取れるように支援することと定義した.スピリチュアルケアを実践するために,患者のデータ,臨床的な知識,状況に関する情報が考慮され認知的な熟考と直感的な過程によって患者へのケアについて決定を下すこと(Corcoran, 1990)を臨床判断と定義し,ケア提供者の知覚や思考に該当する記述を属性として抽出した.先行要件は,臨床判断に先だって生じる認知,行動などを抽出した.帰結は,ケア内容の判断が下された後のケアの実施や評価等に関する記述を抽出した.
分析のプロセスでは,共同研究者と分析結果を繰り返し検証し修正を重ねた.また,看護学の専門家や大学院生と意見を交換し真実性や信憑性,妥当性の確保に努めた.
分析の結果,スピリチュアルケアにおける臨床判断は,4つの属性,6つの先行要件,4つの帰結で構成された(図2).以下,カテゴリを【 】,サブカテゴリを[ ]で示す.
属性として【日常の観察から患者のスピリチュアリティの手がかりを得る】,【患者の内的世界を全人的に捉え深く考える】,【限られた時間を意識しながらケアのタイミングを判断する】,【癒しや自己探求のケアの方向性を定める】の4つのカテゴリが抽出された(表2).
カテゴリ | サブカテゴリ | ラベル | 文献No. |
---|---|---|---|
日常の観察から患者のスピリチュアリティの手がかりを得る | 身体症状,表情や発言,他者との関わりから患者の価値観や信念,人生観,病気に対する向き合い方の手がかりを得る | 慢性的な痛みの有無 | ②㉙ |
睡眠パターン | |||
同じ情報を繰り返し言う | ①⑩⑫⑯㊱㉙㉟ | ||
帰宅願望が強い様子 | |||
不安な様子 | |||
言語的発言 | |||
非言語的発言 | |||
他者とのつながりや意味の探求を示す患者の行動を観察する | |||
配偶者,子どもや友人,ペットの存在 | |||
宗教的な言動から患者の困難に対処するための信念,希望,内面的な力の手がかりを得る | 患者の宗教行為 | ④⑤⑯⑱㉞ | |
宗教的な言葉の使用 | |||
スピリチュアルな雑誌や文献を読んでいる様子 | |||
生活環境からどのような生活を送り,支えを求めているのか手がかりを得る | 家族写真を置いている | ⑯⑱ | |
携帯電話を傍に置いている | |||
ヘッドセットを置いている | |||
聴いている音楽 | |||
聖書を傍に置いている | |||
患者の微細な反応やサインに敏感に気づく | 日常会話を交わすことで患者のスピリチュアルの兆候に気づく | ③⑧⑬⑭⑱⑲㉓㉖㉙㉞㊱ | |
患者の微妙なスピリチュアルの苦痛のサインを察知する | |||
傾聴,観察により患者や家族の合図を受け取る | |||
生来の意識としての感覚を研ぎ澄ます | |||
気になるという感覚を大切にする | |||
仕草や反応,非言語的表現を直感的に解釈する | |||
患者の内的世界を全人的に捉え深く考える | 患者の内的世界を深く考える | コミュニケーションが取れなくとも患者の内的世界に入る | ⑬⑱⑲㊱ |
語られないことや質問されないことに気を配る | |||
知られたくないと思っている場合もあることを認識する | |||
その瞬間に身を置き賢明な洞察力を用いる | |||
死にゆく過程での身体的・スピリチュアルな変化を予測する | 何かが起こる前,患者が亡くなる前に準備をする必要性を認識する | ⑨⑩ | |
死にゆく過程における各段階で生じるスピリチュアルニーズを予測する | |||
スピリチュアルな苦痛が身体的症状として現れる可能性を考慮する | ⑭ | ||
患者を全人的に捉えスピリチュアルな状態を解釈する | 心理的な恐怖・不安・脅威が生じているか判断する | ②⑤⑥⑭⑯⑲⑳㉟㊱ | |
身体的苦痛がスピリチュアリティに影響を与えているか判断する | |||
患者のスピリチュアルな状態を判断する | |||
限られた時間を意識しながらケアのタイミングを判断する | 日々のケアと並行してスピリチュアルケアを組み立てる | 臨床的なケアと並行して行うことを考える | ⑳㉑㉙㉟㊱ |
身体的ケアを行いながらスピリチュアルケアも行うことを考える | |||
治療とケアの優先順位やタイミングを判断する | cureとcareの優先順位を判断する | ②③⑤㉘㉙㊱ | |
患者の話したいタイミングを見極める | ⑥⑮⑭⑱⑲⑳㉓㉖ | ||
スピリチュアルケアのタイミングを判断する | |||
限られた時間と空間を意識する | 患者や家族と今という時間や空間を共有する必要性を認識する | ④⑱⑲㉟ | |
実施の機会は患者がスピリチュアルな苦痛に対処できる時に限られることを理解する | |||
ケア提供者の準備状態を評価する | スピリチュアルな資源(神に頼る,祈りに頼る,人生経験に頼る)の活用を考える | ③⑩⑭⑲㉓㊱ | |
ケア提供者の準備状態を認識する | |||
ケア提供者の時間的・心理的ゆとりがあるのか評価する | |||
信頼関係の構築されたケア提供者が適切と考える | |||
他のスタッフへ協力を求めることを考える | 他のスタッフに協力を求めることを考える | ②⑩⑮㉖㉘ | |
癒しや自己探求のケアの方向性を定める | 患者主体のケアであることを意識する | 患者とケア提供者の信念を尊重し価値観や信念を押し付けない | ①②③⑩⑭⑮⑱⑲⑳㉘㉙㉞㉟㊱ |
患者の人格を判断しない | |||
計画を押し付けたりアドバイスをしたりしないように意識する | |||
ケア提供者が全てを解決するのではないことを理解する | |||
患者の立場で考える | |||
患者が自分で答えを見出せる場所までいけるよう伴走する | |||
自己の探求と再発見に向けたケアを選択する | 前向きな思考と回復のエネルギーを促進するというケアを選択する | ③⑨⑬⑭⑰⑱⑲㉓㉟ | |
人生の意味と価値を認識できるようなケアを選択する | |||
内なる平和を受容できるようなケアを選択する | |||
若き日のスピリチュアリティの記憶を呼び起こすケアを選択する | |||
心の支えと癒しをもたらすケアを選択する | 一人ではないと感じてもらえるケアを選択する | ⑭㉟ | |
生命を実感できるようなケアを選択する | |||
ささやかな喜びや楽しみを見い出せるようなケアを選択する | |||
皮膚感覚から心地よさをもたらすようなケアを選択する |
本カテゴリは,日常の観察から患者の価値観や信念,病気に対する向き合い方,生活の中での支えといったスピリチュアリティの手がかりを得ることを示す属性であった.サブカテゴリは[身体症状,表情や発言,他者との関わりから患者の価値観や信念,人生観,病気に対する向き合い方の手がかりを得る],[宗教的な言動から患者の困難に対処するための信念,希望,内面的な力の手がかりを得る],[生活環境からどのような生活を送り,支えを求めているのか手がかりを得る],[患者の微細な反応やサインに敏感に気づく]が抽出された.
2) 【患者の内的世界を全人的に捉え深く考える】本カテゴリは,得られた情報を基に患者の内的世界について深く考察することを示す属性であった.サブカテゴリは[患者の内的世界を深く考える],[死にゆく過程での身体的・スピリチュアルな変化を予測する],[患者を全人的に捉えスピリチュアルな状態を解釈する]が抽出された.
3) 【限られた時間を意識しながらケアのタイミングを判断する】本カテゴリは,ケアのタイミングの判断に関わっており,その判断が患者の状態,ケア提供者の準備状態,他のスタッフの協力態勢などに基づいて行われることを示す属性であった.サブカテゴリは[日々のケアと並行してスピリチュアルケアを組み立てる],[治療とケアの優先順位やタイミングを判断する],[限られた時間と空間を意識する],[ケア提供者の準備状態を評価する],[他のスタッフへ協力を求めることを考える]が抽出された.
4) 【癒しや自己探求のケアの方向性を定める】本カテゴリは,患者の身体的,精神的,社会的,スピリチュアルな側面を含む全体的な状態を考慮に入れたケアの方向性を定めることを示す属性であった.ケア提供者は,患者の意思を尊重し,患者と相談しながら最適なケアの方向性を選択する.サブカテゴリは[患者主体のケアであることを意識する],[自己の探求と再発見に向けたケアを選択する],[心の支えと癒しをもたらすケアを選択する]が抽出された.
2. スピリチュアルケアにおける臨床判断の先行要件先行要件は6つのカテゴリが抽出された(表3).【判断基準や答えのない事象について考える】は,標準的な解答がなく,曖昧な状況にどのように対応すべきかを事前に考えることを示した.【専門職として倫理的規範と責任を意識する】は,臨床判断の前提として,患者の意思や価値観,文化的背景を尊重するための倫理的な枠組みを意識することを表した.【スピリチュアリティに関する知識を身につける】は,ケア提供者の専門的な知識に加え,スピリチュアリティに関する知識,実践経験を身につけることを表した.【ケア提供者の自己認識を深める】は,自己認識を深めることで,バイアスや感情的な反応を抑え,臨床判断に先立って客観的な視点を持つことであった.【信頼関係の発展を意識する】は,患者やその家族との関係性が発展することや,患者の知る権利とプライバシーの保護を意識することであった.【チームで患者と家族をサポートしていることを認識する】は,スタッフ同士のスピリチュアリティを配慮しつつ,チームで患者やその家族のスピリチュアルな苦悩に対応することを共通認識することであった.
カテゴリ | サブカテゴリ | ラベル | 文献No. |
---|---|---|---|
判断基準や答えのない事象について考える | 判断の基準は曖昧であることを理解する | 正しい/間違い,良い/悪いなどの二択で判断をすることはできないことを理解する | ⑲ |
明確な答えがない事象について考える | 答えや解決策があるとは限らないことを理解する | ⑭㉙ | |
患者のスピリチュアルニーズをすべて満たすことはできない | |||
専門職として倫理的規範と責任を意識する | 倫理的規範を遵守する | 患者を尊重する | ③⑤⑩⑬⑱⑲㉑㉓ |
倫理の原則を順守することが必要である | |||
良心に従いケアを提供する | |||
使命を感じる | ケア提供者の使命を感じる | ㉕ | |
自らの能力を他者の支援のために使う | |||
専門職としての責任を意識する | 患者のスピリチュアルニーズを満たす責任を意識する | ⑬㉞㉟ | |
導き出された判断に伴う行動こそが専門性 | |||
スピリチュアリティに関する知識を身につける | 身体的,心理,社会的,スピリチュアリティの知識を身につける | 人間の存在の核心について理解する | ③⑥⑨⑩⑬⑭⑱⑲⑳㉓㉘㉙㉜ |
宗教を含むが宗教に制約されない広い意味を理解する | |||
個人的かつプライベートな性質であることを知る | |||
宗教や歴史の影響を受けることを理解する | |||
身体的苦痛の管理に関する知識を得る | |||
未解決の家族の問題は心理的苦痛として認識する | |||
感情的な問題がスピリチュアルな問題につながると考える | |||
時代背景や世代間の価値観の知識を身につける | 文学や資料,身近な人からスピリチュアリティの知識を得る | ⑫⑱ | |
世代間の価値観の違いに関する知識を得る | |||
人生の終末に現れるスピリチュアルな苦痛の知識を身につける | 終末期患者のスピリチュアルな苦悩の内容や理由に関する知識を得る | ⑤⑫⑭ | |
家族のスピリチュアルな苦悩の内容と理由に関する知識を得る | |||
意思決定に関する知識を身につける | 意思決定と信念やスピリチュアリティに関する知識を得る | ⑬⑰ | |
ケア提供者の自己認識を深める | ケア提供者の感情や価値観,人生観などのスピリチュアリティを自覚する | 自らがどう感じ,どう反応したいかを認識する | ⑤⑦⑩⑳㉞㉟㊱ |
自分の感情や気持ちを認識する | |||
スピリチュアリティがどのように発達したか考える | |||
スピリチュアルな側面を自覚する | |||
ケア提供者も一人の人間であることを自覚する | ⑩⑳㉚㉟㊱ | ||
自らが持っている力をケアに活かそうと考える | |||
当たり前に感じることが最も愛おしく価値のあるものと考える | |||
生と死の本質を理解する | |||
自分自身の経験が他者に影響を与えることを認識する | |||
他者の行為に対する自分の判断基準を明らかにする | |||
ケア提供者の信念や宗教とケアに対する考え方を意識する | 誰もが自分の道を持っていると信じる | ①②③④⑤⑩⑬⑮⑰⑱⑲㉒㉓㉔㉖㉘㉙㊱ | |
思いやりを持つことは,スピリチュアルな幸福を向上させると信じる | |||
自己価値を感じ,自分自身を幸せにすると信じる | |||
ケア提供者の信念や宗教行為とケアの関連を意識する | |||
ケア提供者の超越的存在に対する考え方を認識する | |||
判断や実行に影響する感情を認識し整理する | 患者のスピリチュアルな苦痛に困難感を抱いた経験がある | ①⑥⑬⑲㉑㉓㉖㉘㉚㉛ | |
患者のスピリチュアルな苦痛に関わり疲労した経験がある | |||
沈黙などのケアが不快に感じるため実施には消極的になった経験がある | |||
スピリチュアリティに対する自信が持てない | |||
自らの感情を記録に残す | |||
自制心を持つ | |||
信頼関係の発展を意識する | 知る権利とプライバシーの保護を理解する | 知る権利と知られたくない権利を理解する | ㊱ |
患者や家族との関係性を発展させるすることを意識する | 患者や家族と信頼関係を構築することを考える | ⑤⑬⑱㉓㉖㉙㉛ | |
関係構築の順番を意識する(最初に患者,次に家族の順) | |||
継続的かつ連続的に関係は発展されることを意識する | |||
チームで患者と家族をサポートしていることを認識する | チームで患者と家族のスピリチュアルな苦悩を支える | チームで患者や家族のスピリチュアルな苦悩に関する共通認識をもつ | ②③⑥⑩⑬⑮㊱ |
チームで患者や家族をサポートできるよう考える | |||
スタッフ同士の価値観を尊重し配慮する | スピリチュアリティについて話したくないスタッフもいることを配慮する | ㉘ |
帰結は,4つのカテゴリが抽出された(表4).【患者が平穏や幸福を感じられるようにケアを実施する】は患者に行われる具体的なケアの実施内容を表した.【温かみのある態度でケアに集中する】は,ケア提供者の態度に関する内容で,患者の状態に合わせてケアに集中することを表した.【患者の変化からケアの効果を評価する】と【患者や家族からのフィードバックや内省によってケアの意味づけをする】は,ケアの評価及び効果を再確認し,臨床判断がどのように結果として現れるかを理解し,スピリチュアルケアの意義を明確にすることを表した.
カテゴリ | サブカテゴリ | ラベル | 文献No. |
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患者が平穏や幸福を感じられるようにケアを実施する | 宗教的ケアを実施する | 宗教儀式(祈りなど)を行う | ①⑪⑬⑱㉓ |
超越的な存在との関係構築を支援する | |||
援助的コミュニケーションを実施する | 傾聴する | ③㉓㉙ | |
共感する | |||
患者の状態に合わせた言葉かけ(慰める,死生観に関すること,病気に関すること,痛みに関すること,人生に関することなど)を行う | |||
患者が話すのを待つ | |||
喜びや幸福を感じてもらえるようなケアを実施する | 人生を回顧し楽しかった思い出を話す | ③⑮⑱ | |
一緒に歌を歌う | |||
音楽を聴く | |||
ケア提供者の存在感を活かし癒しのケアを実施する | タッチング(背中をさする,手を握るなど)を行う | ③⑬⑮㊱ | |
慰める | |||
立ち会う | |||
存在を示す | |||
安心を与える | |||
落ち着かせる | |||
そばにいる | |||
平穏を保つ場所と機会を提供する | 十分な情報に基づき意思決定の選択を行う機会を提供する | ①⑩⑬⑭⑮⑲㉓㉖㊱ | |
患者にとって尊厳が保たれ快適で安全な空間を確保する | |||
ケア提供者は患者が話したいタイミングで時間の確保をする | |||
家族と一緒に患者を支えるケアを考え実施する | 家族が介護環境の中で意味を見つけるのを手伝う | ⑩⑬㉓㉙ | |
家族と一緒に相談しながらケアを行う | |||
エンゼルケアを一緒に行う | |||
温かみのある態度でケアに集中する | 思いやりから生まれる温かい関係性を意識する | 患者にも自身にも真心を込めて関わる | ①②④⑤⑦⑨⑩⑬⑱㉑㉖ |
思いやりのある態度で関わる | |||
余裕のある態度で関わる | |||
近づきやすい態度で関わる | |||
尊敬と忍耐をもつ | |||
眼差しを意識する | |||
笑顔でいることを意識する | |||
自分にできるケアに集中する | 自身の役割を理解し役割の範囲でニーズを満たす | ⑲㉘㊱ | |
ケアに自分自身を注ぎ込む | |||
患者の変化からケアの効果を評価する | 患者の変化からケア効果を評価する | 患者の変化からケアの効果を評価する | ③㉖㉙ |
ケア提供者の態度,表情,関係性を含めて評価する | 評価にはケア提供者の感受性や共感,思いやりなどの態度も含む | ③⑬⑱⑳㉓㉛㉝㊱ | |
信頼関係の効果を評価する | |||
感覚器を刺激するケアの効果を評価する | |||
傾聴の効果を評価する | |||
患者や家族からのフィードバックや内省によってケアの意味づけをする | 実践後の内省と意味づけをする | スピリチュアルケアの内省 | ⑤⑧⑩⑬⑭⑲ |
ケア後の判断の内容を評価する | |||
ケア提供者にとってのスピリチュアルケアの意味を見出す(幸福,名誉を得る) | |||
患者や家族からフィードバックを受ける | 患者や家族からフィードバックを受けることで次につながる | ⑤⑩ |
Rodgersの進化的概念分析の手法を用いて,スピリチュアルケアにおける臨床判断の概念分析を行った.その結果,【日常の観察から患者のスピリチュアリティの手がかりを得る】,【患者の内的世界を全人的に捉え深く考える】,【限られた時間を意識しながらケアのタイミングを判断する】,【癒しや自己探求のケアの方向性を定める】の4つのカテゴリが抽出された.この結果をもとに,本研究ではスピリチュアルケアにおける臨床判断を「日常的な観察を通じて患者のスピリチュアリティに関する手がかりを見出し,限られた時間を意識しつつ,全人的に患者の内的世界を理解することによって,癒しまたは自己探求のケアの方向性を定める」と定義した.
本概念の看護実践への活用可能性を検討するために,看護全般における臨床判断の概念や先行研究と比較し,本概念の特徴を考察する.
2. スピリチュアルケアにおける臨床判断の属性の特徴Manetti(2019)の看護全般における臨床判断の属性は,「総合的な評価」,「批判的思考と臨床推論」,「実践的な知恵」,「直感」,「リフレクション」がある.「総合的な評価」は情報収集と重要な情報の選別によって患者の状態を認識すること,「批判的思考と臨床推論」は,あらゆる行動から結果を予測し,適切な行動を選択し,優先順位の判断をすることである.「直感」は経験に基づく判断である.スピリチュアルケアにおける臨床判断は看護全般の臨床判断と比べて,情報を選別することや,あらゆる行動から結果を予測するという点で異なっていると考えられる.
スピリチュアリティとは,人間の尊厳や存在意義を表現し,個々人が自身の信念や価値観をどう捉え,どのように生きるかに関連するものである(日本看護科学学会看護学学術用語検討委員会,n.d.).【日常の観察から患者のスピリチュアリティの手がかりを得る】は,ケア提供者が日常的な患者の語りなどの主観的情報と客観的情報を多角的に観察し,観察を通じて患者の価値観や信念,病気に対する向き合い方,生活の中での支えといったスピリチュアリティの手がかりを得る.看護全般の臨床判断では,現在患者に生じている事柄に関連する情報を収集し,選別する(Manetti, 2019).しかし,スピリチュアルケアにおける臨床判断では,患者の病気や症状,心理状態に関する断片的な情報だけでなく,患者を取り巻く価値観や信念,人生観に関わる環境や関係性などの情報も同等に考慮される.そのため,多角的な情報を選別することなく,患者の生活全体に関連するあらゆる側面を包括的に扱うことが,スピリチュアルケアの臨床判断において不可欠である.この点が,スピリチュアルケアの臨床判断として特徴的であると考える.
内的世界は他者と親しく交わることで養われ,また,自分や他者,人生の喜びと苦難,死や永遠について時間をかけて思索し,取り組むことで育つ世界である(窪寺,2019).【患者の内的世界を全人的に捉え深く考える】において,患者が抱えている苦悩やニーズは,内的世界と密接に関連している.内的世界を理解しようとする過程で,患者の信念や価値観,人生観が徐々に明らかになり,病気や苦しみの背景にある苦悩の根源が見えてくる.このように,ケア提供者は,患者の内面を深く考察することで,苦悩の背景をより深く理解し,スピリチュアルケアが患者にとって必要かどうかを判断できると考えられる.
看護全般の臨床判断では,検査データなどの一般的な基準に照らして,正常や異常を評価し,患者の状態を重症,中等症,軽症などに分類することによってケアの必要性を判断する.一方,スピリチュアルケアにおける臨床判断では,スピリチュアルな苦悩やニーズを他の患者との比較や一般的な基準に照らして評価したり,カテゴリに分類したりすることはなく,患者の状態をありのまま捉え,患者がどう感じているのか,どのような意味を求めているかによってスピリチュアルケアの必要性を判断すると考えられる.評価的視点は,患者のスピリチュアリティをカテゴリ化し,知的な物差しによる理解に結びつくことが多いため,治療志向や行動変容志向になりがちである(伊藤,2021).そのため,患者のスピリチュアルな苦悩やニーズを物理的な指標や診断に基づいて評価し分類することなく,患者の内的側面に焦点を当て,人生観や信念,価値観への理解を深める点は,従来の臨床判断の枠組みと異なる本概念の特徴と考える.
【限られた時間を意識しながらケアのタイミングを判断する】では,限られた時間を意識しながらタイミングを判断する点が,看護全般の臨床判断では抽出されていない独自の属性と考えられる.スピリチュアルケアを行うタイミングは,患者がスピリチュアルな苦痛に対処できる時に限られるため(Palmer et al., 2022),ケアの機会は患者側に委ねられている.また,ケアは,患者が話したいと思うタイミングに合わせて(O’Brien et al., 2019),患者の反応から判断することが重要である.そのため,ケア提供者は,身体的情報をもとに経過を予測し(Sukcharoen et al., 2020;Kang et al., 2021),患者の要望に応じる準備をすることが必要である.患者や家族の限られた時間を意識し,さらにケア提供者の準備状態やスタッフの協力態勢を考慮して,タイミングを判断することが重要と考えられる.
【癒しや自己探求のケアの方向性を定める】は,ケアの方向性を定めることに重点が置かれる.ケアの方向性は,大きく[心の支えと癒しをもたらすケアを選択する]と[自己の探求と再発見に向けたケアを選択する]の枠組みである.看護全般における臨床判断では,批判的思考と臨床推論を基に,患者の状態に応じて取るべき行動を検討し,その結果を予測した上で最適な行動を選択する(Manetti, 2019).一方,スピリチュアルケアは,患者の信念や文化的,宗教的価値観を尊重する(Ramezani et al., 2014)ことから,非常に個別的である.つまり,スピリチュアルケアの結果は,患者の価値観や人生観に基づいて異なるため,行動から結果を予測することが難しい.そのため,スピリチュアルケアにおける臨床判断では,ケアの方向性を定めることが主な判断となり,ケアの方向性に沿って様々な行動が選択される.例えば,ケア提供者は,患者に心の支えと癒しをもたらすために,患者と相談しながら傾聴やタッチング,言葉による慰め,静かな時間の提供などを選択する.また,行動は同じでも定められた方向性によって意図や目的が異なることがある.ケアの方向性を定め,その方向性に基づいて多様な行動を選択する点がスピリチュアルケアの臨床判断の特徴である.
以上のことから,スピリチュアルケアにおける臨床判断の特徴は,日常の広範囲な情報を取捨選択することなく,患者のスピリチュアリティの手がかりとして関連させること,患者のスピリチュアルな苦悩やニーズをありのままの内的世界として理解すること,限られた時間を考慮してタイミングを判断すること,癒しまたは自己探求のケアの方向性を定めることであった.
3. 本概念の活用可能性と課題次に本概念が,臨床の看護師に対してどのように活用可能であるか検討する.
本概念は,全ての状況で必須ではないが,特に患者のスピリチュアルな側面が顕著な場合や,身体的,心理的ケアに加えて,患者のニーズに基づき,信念や価値観に配慮する必要がある状況では,実践的かつ柔軟に判断を行うための指標として活用可能であると考える.具体的には,スピリチュアルケアを実施する際に,どのような基準や観察ポイントが重要であり,そこから何が考えられるのかを参照することが可能になる.また,看護師がスピリチュアルな苦悩やニーズを抱える患者に対して,個別の価値観や背景を考慮し,ケアを決定する手助けとなる.これまで,看護師のスピリチュアルケアの認識不足(狩谷,2018)が指摘されてきたが,判断という思考の側面において,患者のスピリチュアリティを理解し,適切なケアを選択するための視点が明確に認識できるようになる.その結果,看護師は,個別で質の高いスピリチュアルケアを実現することができると考える.
また,看護師自身のスピリチュアリティや価値観が判断に影響を与える可能性があるため,先行要件の【ケア提供者の自己認識を深める】や帰結の【患者や家族からのフィードバックや内省によってケアの意味づけをする】という自己認識や内省が求められると考えられる.Kant(1783)は,判断が知覚から始まり,経験を通じて普遍的な法則を導き出す過程だと述べている.この観点に基づくと,看護師はスピリチュアルケアの経験を振り返る中で,判断の過程を認識し,本概念を基に内省を通じて改善することができると考えられる.内省は自己認識の深まりも促進させる.看護師が自己認識を深めることで,バイアスや感情的な反応を抑え,より客観的な判断を導きやすくなると考える.また,行われた実践を振り返り,考察するための語りを開発することは,優れた臨床判断をするために特に有益である(Benner, 2004).加えて,適切なフィードバックや内省は,患者と家族のスピリチュアリティの状態を理解する手助けとなり,スピリチュアルニーズに気づくための支援となる(Akbari et al., 2022).また,ケア提供者もスピリチュアルケアを通して幸福感や誇りを得ることができる(Sukcharoen et al., 2020).つまり,フィードバックや内省は,臨床判断能力を高めるだけでなく,看護師のスピリチュアリティを充足させ,自信にもつながると考えられる.
ケア提供者が,患者に適した温かみのある態度でケアに集中することによってスピリチュアルケアの効果を高めることが期待される.スピリチュアルケアは,受け入れ,寛容,尊重,信頼の雰囲気と態度の中で行われるときに,最も効果的であるとされており(Ormsby et al., 2017),ケア提供者の人格や態度は,患者にとって癒しや支えとなる要素である.誠実さ,謙虚さ,忍耐などの態度は,日々の実践や内省,学びの中で育まれるものである.したがって,ケア提供者は自己の成長を常に意識し,患者との関わりを通じて,自身の態度や行動を深めていくことが求められる.
スピリチュアルケアにおける臨床判断の過程で,看護師は倫理的ジレンマに直面することがある.先行要件の【専門職として倫理的規範の遵守と責任を意識する】や【判断基準や答えのない事象について考える】に示されるように,事前に倫理的原則を理解し,判断基準や答えのない事象に対して準備をすることが求められる.倫理的枠組みは,判断基準や答えのないスピリチュアルな事象において,看護師が最良の方向を選ぶための基盤になると考えられる.さらに,臨床判断は,理論的知識と実践的知識に基づいて患者の状況を把握し,分析的過程と直観的過程を組み合わせて行われる(江口・明石,2014).【スピリチュアリティに関する知識を身につける】と先行要件にあるように,知識は臨床判断を支える欠かせない要素であり,患者の内的世界を深く考えるためには,事前知識として必要である.看護師は,本概念を参照することで,スピリチュアリティに関する知識を身につけるとともに,倫理的規範や答えのない事象に対しても熟慮し,適切なタイミングで判断ができるよう準備を整えることが可能になると考える.
本研究は,参照した文献の多くが海外のものであり,日本の文化的特徴を踏まえた臨床判断は十分に検討されていない.もっとも,医療従事者が提供するスピリチュアルケアの臨床判断について記述された文献を基に検討を行った結果,職種を超えた統一的な臨床判断の様相が示された.本概念は,医療現場で患者と家族に対して行うスピリチュアルケアにおける臨床判断に関するものであり,限定的な文脈に焦点を当てている点が課題である.スピリチュアルケアは,患者や家族に限定して提供されるケアではない.また,医療現場のみならず,生活の場や災害時の避難所など様々な場で提供されるケアである.今後は,様々な場面や対象者におけるスピリチュアルケアの臨床判断の要素や構造を検証し,本概念の妥当性を高める必要がある.将来的に,本概念は,患者のスピリチュアルニーズや苦悩に対し判断するための指標として発展する可能性がある.
スピリチュアルケアにおける臨床判断の概念は,「日常的な観察を通じて患者のスピリチュアリティに関する手がかりを見出し,限られた時間を意識しつつ,全人的に内的世界を理解することによって,癒しまたは自己探求のケアの方向性を定める」と定義された.スピリチュアルケアにおける臨床判断の概念は,日常の広範囲な情報を取捨選択することなく,患者のスピリチュアリティの手がかりとして関連させること,患者のスピリチュアルな苦悩やニーズをありのまま受け止め,内的世界として理解すること,限られた時間を意識してタイミングを判断すること,癒しまたは自己探求のケアの方向性を定めることが特徴であった.
付記:本論文の内容の一部は,EAFONS2025において発表した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:HUは研究の着想,デザイン,文献の収集,分析,解釈,論文作成の研究プロセス全てを主導し執筆した.MYは研究プロセスへの助言,分析と考察,論文作成に関与し,すべての著者は最終原稿を確認し,承認した.