日本看護科学会誌
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ISSN-L : 0287-5330
原著
在宅介護の役割獲得から役割不全を経て安定した生活の獲得に至る諸相
―高齢者虐待経験のある養護者への面接結果―
栗田 真由美操 華子
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2025 年 45 巻 p. 466-477

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Abstract

目的:高齢者の虐待経験がある養護者を対象に,被虐待高齢者の介護を引き受け,役割不全の状況(虐待)から安定した生活を獲得する諸相を明らかにした.

方法:高齢者虐待の経験がある養護者5名を対象に半構造化面接を実施し,Meleisの移行理論を基盤に作成した概念枠組みをDirected Content Analysisを用いて質的に分析した.

結果:【養護者が自力で介護役割を担う】状況下で介護役割を獲得し,【追い詰められた状況と現状の苦しさからの解放】という役割不全の状況から役割支援を受け,安定した生活の獲得に至る諸相が得られた.

結論:養護者の介護役割の獲得後,保健師等支援者やサービスなどの支援による介護と生活との調和により,介護役割の一時的移行がみられた.一方で,適切な支援が得られず,介護負担の軽減に至らない,負担の増大が役割不全(虐待)を招いた.しかし,適切な支援介入により,虐待や再燃を防ぎ,安定した生活を獲得につながることが明らかとなった.

Translated Abstract

Purpose: The purpose of this study was to clarify the various phases of caregiving by caregivers experienced in elder abuse, from assuming the care of the abused to re-establishing a stable lifestyle after the role dysfunction (abuse) that hindered care.

Methods: Semi-structured interviews were conducted with five caregivers from Prefecture A with experience in committing elder abuse. The interviews were qualitatively analyzed by directed content analysis based on a conceptual framework derived by the authors from Meleis’ Transitions Theory.

Results: Results: The results revealed that in situations where [caregivers assume the caregiver role on their own], they take on caretaking responsibilities and are relieved from role dysfunction situations in which [they feel trapped or are suffering under the current circumstances] by receiving caregiver support. Receiving support allowed the caregivers to re-establish stability in their day-to-day life.

Conclusion: After taking on a caregiving role, a temporary shift in the caregiving role was observed due to the support of public health nurses, other health care workers, and support services. If appropriate support was not received by caregivers, the caregiver’s burden was not relieved, leading to accumulation of burden and role dysfunction (or abuse). However, it was revealed that appropriate support interventions prevented abuse and relapses, which led to the caregiver being able to re-establish stability in their day-to-day life.

Ⅰ. 緒言

高齢化の進展に伴い,令和4年度の養護者による高齢者虐待の相談・通報件数が過去最多となっている(厚生労働省,2023).虐待を受けている高齢者(以下,被虐待高齢者)は,約7割が女性,半数が80歳以上,また要介護認定者が7割を占めている.虐待者は息子(39.0%),夫(22.7%),娘(19.3%)と続き男性の養護者による虐待が6割であり,虐待者の年齢は50~59歳が最も多い.虐待の主な要因は,被虐待高齢者の認知症の症状や,虐待者側の介護疲れ・ストレスの影響が大きいことが報告されている(厚生労働省,2023).

国は高齢者虐待防止のため,虐待を行う養護者だけでなく,家族全体を支援する観点から情報収集と分析を行い(厚生労働省,2024a),高齢者への支援と合わせて,養護者及び家族も含めた高齢者虐待防止支援への強化を行っている(厚生労働省,2025).また,先行研究では,養護者による虐待対応の終結と高齢者及び養護者支援について,支援過程で成長し変化した高齢者や養護者の生活の安定化を図ること,支援者と高齢者や養護者の関係が支援の終結に向けて終了していくことへの感情的な変化などを十分に配慮し,終結の判断基準や仕組み,対応の実態や状況を把握し,その課題を明らかにする必要性が報告されている(山口,2023).さらに,在宅の高齢者虐待防止支援に関する研究動向は,我が国は家族養護者を対象とした研究が海外に比べて少ないことが,課題の一つとして明らかとされた(栗田,2023).

そこで,本研究は高齢者虐待の経験がある養護者を対象とし,養護者が被虐待高齢者の介護を引き受けた状況から介護に支障をきたす役割不全に陥る状況(虐待),そしてそこから安定した生活を獲得する諸相を明らかにすることを目的とした.この研究を通じて,被虐待高齢者の安全とともにある養護者支援の在り方を検討する一助としたい.

Ⅱ. 研究方法

1. 用語の定義

養護者による高齢者虐待:養護者が養護する高齢者に対して行う身体的虐待,介護・世話の放棄・放任,心理的虐待,性的虐待,経済的虐待.

なお,移行理論の6つの諸相の用語については概念枠組み(図1)に示した.

図1  高齢者虐待の経験のある養護者の役割移行に関する諸相の概念枠組み

出典:Meleis(2010/2019),片田範子(監訳).

補足:概念枠組み構築の基盤となった理論的枠組みMeleis(2010/2019)

※1 役割の獲得:新しい役割を受け,役割レパートリーの一部として完成させること

※2 役割不全:自己または重要他者によって認識される役割,または役割行動に関する感情及び目標の認識または遂行における困難

※3 役割喪失:対応役割の喪失

※4 役割補完:役割不全を減少,改善,予防するための予防的,治療的介入

※5 役割移行:役割関係,役割期待,役割能力の変化

※6 安定した生活の獲得:移行により安定した期間に達したこと(必要な新しいスキルの熟達とアイデンティティの発達)

2. 研究デザイン

半構造化面接を用いた質的記述的研究

3. 研究協力者

高齢者虐待を経験した養護者

なお,10年以上の行政保健師経験かつ5年以上の高齢者虐待相談支援経験を有する保健師(以下,熟練保健師)により相談支援(直接介入または地域包括支援センターの保健師,介護支援専門員,社会福祉士(以下,包括)に指導をした事例)を受けた者とした.面接協力時点で心身や生活状況,虐待関係に陥る可能性がなく安全性が支援者間で確認でき,高齢者虐待防止法施行後の介護経験を語れる者とした.

4. データ収集期間

2023年2月から2023年5月31日までとした.

5. データ収集方法

自治体所属長または熟練保健師に研究目的と意義,倫理的配慮を説明し,研究協力の理解を得た.その後,協力候補となる養護者への打診を熟練保健師に依頼した.打診は,日頃から協力者と関与の多い熟練保健師または包括を通じて行い,自由意志での協力を促し,圧力を排除した.協力への意向を示した養護者については,熟練保健師を通して研究者へE-mail等での連絡を依頼した.連絡後,改めて熟練保健師及び養護者へ研究目的と意義,倫理的配慮について文書と口頭で説明し,同意を得た.なお,説明から同意取得までは,研究協力者が研究参加の有無について十分に考えられるよう1週間の期間を設けた.同意書は,研究者が研究協力者から面接当日に受け取った.面接時,同意を得てICレコーダーを用いて録音を行った.面接場所は,面接内容が漏洩せず,研究協力者が希望する場所とした.

6. データ収集内容

インタビューガイドを用い,研究協力者の属性,高齢者の介護の実情(過ごしてきた日々,介護に費やす時間,支援者の関りによる変化等),高齢者を介護する家族や支援者に伝えたいこと等について面接を実施した.

高齢者が介護を要しない状態の頃の生活から介護を要する状態となった高齢者と養護者の生活状況を起点とした.その後,養護者の役割不全の状況から,養護者が介護をしながら生活する役割状況を受け入れ,高齢者との安定した生活の獲得に至る経験を終点として聴取した.なお,研究者は研究協力者の反応や状況を常に考慮し,インタビューの順番は柔軟に対応し,研究協力者の心理的負担に最善をつくし無理のない面接を実施した.

7. 分析方法

分析には,内容分析手法の一つDirected Content Analysis(Hsieh & Shannon, 2005)を用いた.Directed Content Analysisとは,既存の理論や研究結果に基づき,収集したデータをコード化し,演繹的に分析し,研究者が探求する現象に関する理論を産出する方法である.本研究においては,Meleisの移行理論(Meleis, 2010/2019)を基盤とし,「高齢者虐待の経験のある養護者の役割移行に関する諸相の概念枠組み」を作成した(図1).なお,移行は,「比較的安定したひとつの状態から比較的安定した別の状態への道筋であり,変化が引き金となる過程」と定義されている.本研究では,高齢者及び養護者が介護を伴うようになった生活の変化に直面し,介護負担感やそれまでの人間関係,社会経済環境の軋轢等から虐待関係または虐待に陥る危険性のある状態である役割不全から,高齢者及び養護者が次の安定した状態に移るまでの変化を探求することが目的であり,Meleisの移行理論を理論的基盤として適用した.

半構造化面接の逐語録を作成後,逐語録を読み込みコード化し,作成した概念枠組みの諸相に応じてコードを分類した.さらにサブカテゴリー,カテゴリーとして抽象化を図った.生成したカテゴリー,サブカテゴリーとコードの内容が,諸相の分類にデータの内容が表現できているか確認し,分類できないものは新たなカテゴリーまたは既存のカテゴリーのサブカテゴリーとして分類した.抽出・分類されたサブカテゴリー,カテゴリーを用い作成した概念枠組み(図1)の修正を行った.

8. 真実性の確保

Lincoln & Guba(1985)による質的研究の信憑性の評価基準を満たすため,質的研究者として経験豊富な研究者のスーパーバイズを受けてデータ収集及び分析を進めた.なお,研究協力者の安全性を考慮し,逐語録の確認依頼は行わなかった.

9. 倫理的配慮

本研究は,研究者らが所属している大学の研究倫理審査委員会(研04-51)の承認を受けて実施した.さらに研究協力者が面接等による心理的影響があった際は,研究者への連絡を依頼した.連絡を受けた際には,研究者が研究協力者の居住する自治体保健師及び研究者らの所属大学の医師へ相談助言を仰ぎ,医療機関へつなげるなどの安全性に対する体制整備をした上で実施した.また,研究協力者には,研究目的や方法,途中撤回・拒否が不利益にならないこと,個人情報の保護について説明をした.

Ⅲ. 研究結果

1. 研究協力者の概要

A県内5名の高齢者虐待を経験した養護者を対象とした.研究協力を得た養護者は,年齢48~74歳,被虐待高齢者からみた続柄は夫1名,息子1名,嫁1名,娘2名,高齢者と同居4名,別居1名であった.介護を要する高齢者全員に認知症があり,介護度は要介護4が3名,要介護度3が2名であった.インタビュー時間は,平均53.4(標準偏差24.1)分であった.

2. 分析結果

面接内容を分析した結果,在宅介護での役割獲得,役割から一部解放,役割不全,役割不全(虐待),役割移行,役割補完,安定した生活の獲得の諸相は213コード,63サブカテゴリー,15カテゴリーが抽出された.著者らが作成した概念枠組みを修正し,「高齢者虐待の経験のある養護者の在宅介護の役割獲得から役割不全を経て安定した生活の獲得に至るまでの諸相」(図2)を作成した.以下に図2の構成要素6つの諸相について【カテゴリー】,〈サブカテゴリー〉を用いてストーリーラインを記す.なお,【カテゴリー】,〈サブカテゴリー〉を生成したコード(研究協力者A~E)の一部は表1に示した.

図2  高齢者虐待の経験のある養護者の在宅介護の役割獲得から役割不全を経て安定した生活の獲得に至るまでの諸相
表1 在宅介護の役割獲得から役割不全を経て安定した生活の獲得に至るまでの諸相の構成要素

諸相 カテゴリー サブカテゴリー コードの例
在宅介護での役割獲得 養護者が自力で介護役割を担う 高齢者の要介護状態 歩行不可での退院が分かった時,夫は仕事,子どももいる,自分が在宅介護をすることとなった(D)
高齢者の自立度低下 寝たきりのまま自宅へ戻る告知がされ,経験のないオムツ交換を看護師から教えられ,初めは在宅介護をする受容ができなかったがせざるをえなかった(B)
高齢者の認知症の診断 本人が車いす状態から物忘れが激しくなり,言葉も話せなくなるレベル低下を感じ,受診すると認知症と診断された(A)
養護者以外,家族介護協力者なし 介護できるのは息子と自分だけ,息子には仕事がある為,自分が家にいる以上,本人の介護をする責任がある(A)
経済的事情のため仕方なく在宅介護 施設入所も頭をよぎるが金銭的な負担ができず,仕方なく,車いす,衣服着脱,移乗は全介助,食事も全介助に近い一部介助とほぼ寝たきり状態での介護を嫁の立場で行うことになった(B)
役割から一部解放(役割喪失) 在宅介護の役割と養護者自身の生活との折り合い 医療機関 最初,病院からの勧めで市役所に行ったが介護保険を知らず利用に至らなかったが,後に病院の掲示物で地域包括支援センターの存在を知り,相談してみようとつながった(A)
地域包括支援センター
行政保健師 医師より診断名を聞き,ネットで調べ認知症の行動パターンを知り,行政保健師やケアマネジャーからも情報をえて養護者の対応方法を見通していった(E)
インターネット
介護支援専門員 退院時,ケアマネジャーの情報提供により介護保険制度や金銭的負担可能なデイサービス利用と包括等の相談支援者の関りにつながり,支援を受けながら介護を生活に組み入れていった(B)
介護保険制度
利用可能なサービス
役割不全(受容できない,虐待) 高齢者側の要因 身体レベルの低下 要介護状態の高齢者の便秘がひどく内服しても1~2週間出ず,出た時はオムツ,着替え,シーツも便まみれ,養護者が仕事を行く朝にその状態になると本人にあたりたくないけど,当たっちゃう手が出た(B)
認知レベルの低下 自分の洋服を選べない,夜パジャマで布団に入る,デイの迎えが来ると玄関で待つ,入れ歯がない,デイサービスの人が来ちゃうと30分毎の混乱を繰り返し,養護者は仕事にならずイライラした(E)
養護者側の要因 経済的状況 施設入所は金銭的な負担ができず,ほぼ寝たきり状態での介護を仕方なく背負ったが受け入れられなかった(B)
自己流の介護 ひとり歩きがありテレビ番組を参考につっかえ棒をして座敷牢のイメージで本人を閉じ込め軟禁状態となる自己流介護をした(C)
ダブルケアの介護負担 祖母の介護と夫の大病によりダブルパンチの介護状態がしんどかった(D)
介護の孤立 別居中の妻や同居の子に助けを求められなかった(C)
高齢者以外の家族の病気 養護者の夫も大病が見つかり,夫がイライラし,養護者と本人に暴言,暴力があり身体的心理的虐待が生じた(D)
養護者自身の生活の喪失 高齢者中心の生活リズム 毎日,朝起きてオムツを変えて,デイの日は着替えさせ,ご飯を用意して食べさせ,終わったら片付け,夫か自分がお昼に仕事を抜け,ご飯の支度をしに戻り,夜仕事から帰るとまずオムツを変えて,すぐご飯の支度をして,自分の時間はなくやるしかなかった(B)
出口の見えない日々の繰り返し 明日がなく,毎日同じことの繰り返し(A)
受容困難 何故,自分がこんなことしなければいけないの 何でこんなこと(便まみれの本人の介護)を私がやらなければいけないのかと思った(B)
思考停止 現実にどう対応してよいか考えられない 祖母の介護と夫の大病によりダブルパンチの介護状態に思考が停止した(D)
追い詰められた状況と現状の苦しさからの解放 手が出る,爆発 病院で認知症の診断がされデイサービスが入るまでの半年は手が出たし,爆発(虐待)があった(A)
心中を考える 先のみえない認知症介護の不安や介護負担は本人と心中したい気持ちにさせ,死ねば楽になると思った(A)
ネグレクト 介護負担が大きく暴力でできた痣をデイサービスで問われ,事実確認の連絡がケアマネジャー等から養護者にあり暴力やオムツ交換されないネグレクトの状態が介入した支援者と共有された(D)
在宅介護の限界の自覚 介護負担感の増大 介護者である娘の存在が,本人のなかから消え,薬を一気飲みし,救急医療にかかる事件より,施設に預ける決断をした(E)
本人の記憶から介護者の存在が消える 本人から介護者である娘の記憶が消えた時,もう終わりだと思いながら介護してきて現実になった(E)
度重なる虐待行為 度重なる虐待行為に相談支援者から入所を進められ決断した(D)
役割移行 役割関係 サービス利用と養護者の身体的,精神的,時間的,経済的負担 本人がデイサービス利用中で,仕事が休みの土曜に出かけることが唯一の発散,気分転換だった(B)
自己流介護と専門家の介護内容 自分なりの介護だった為,逆にデイやショートで専門家はどう介助をしているのか,自分との違いを考える(A)
理想的な介護と現実的に実行可能な介護とのバランス 本当は食事も本人の出来る範囲でやらせるのが一番いいと分かっていても,まともに手が動かず汚す本人をみると自分が楽なように食べさせてしまう(A)
寄り添う,残存能力を活かす等,高齢者主軸の介護と介護者ペースによる介護関係 ボケてる人はわからないかもしれないが,ボケとツッコミで漫才だと思って楽しくその人の水準に合わせてやっている(C)
家族間の役割と介護 介護できるのは息子と自分だけ,息子には仕事があり自分が家にいる以上,介護する責任があると思っている(A)
信頼できる保健師等への相談と役割受容 大変な状況下での介護も保健師等支援者(包括)に相談し救われてきた(D)
役割期待 包括等の勧めにより決意したサービス利用への期待 最初はショート利用に抵抗があるも,包括の勧めにより一度試してみることにした(A)
ネット社会による医療介護のタイムリーな情報獲得 現代はネット社会で認知症の方への関わり方や医療,専門家の情報を調べ情報が得られたのは救われた(C)
サービスや支援者の介入による怒りのコントロール(虐待の抑制) サービス利用で爆発が抑えられ変われるきっかけとなった(A)
介護役割をゆだねることによるゆとり このままサービス利用すれば,自分で色々考える余裕ができ,今まで出来なかったことができるようになると思えた(A)
介護を楽しめる 認知症の本人にはわからないかもしれないが,漫才だと思って楽しくやっている(C)
家族の介護意欲を高める 介護に対する不安や恐怖より,家族を養護者と同じモチベーションにすることの方が辛かった(C)
介護方法の習得 介護生活のなかで同じことを繰り返すうちに自分なりの負担がかからないやり方を考える必要があった(A)
役割能力 教科書的な介護と養護者ができる介護 トイレ介助の時間や方法も色々あるが,大変だったため(出ても出なくても時間で連れていく)自分で考えた(A)
介護に対する理想への心理的折り合い 周囲の支援者の助言を受け,介護できないボーダーラインを介護者の存在が高齢者本人から消えた時と決めた(E)
背負いこまず他者へ支援を求められる力 大変な状況下での介護も支援者に相談し救われてきた(D)
介護者の持病や家族介護力との調和 高齢者と同居している発達障害の養護者の兄では,支援は困難であり,養護者は仕事と介護,自分の時間のバランスをどう取れるかパニックになりながら介護を背負った(E)
不適切な介護への認識 座敷牢のような介護は,良い言い方をすれば安全管理,悪い言い方をすれば軟禁状態,本人に対する後ろめたさはあった(C)
役割補完(支援) 支援者 手を出すほど辛い状況を保健師等支援者と共有 手を出すほどの介護状況の限界を包括に言えた時,わかってくれ楽になった(B)
支援や助言を求める 本人と養護者自身が家族から暴力を受け続け,ケアマネの助言により,包括や保健師への相談を進められ相談し助けてもらった(D)
サービス 在宅サービス利用とケアプランの見直し 手を上げるほどの苦しい介護状態から施設入所の相談をし,施設の入所待機中は,ヘルパーや訪問看護の利用を週1回ずつ入れ排便コントロールをして少し楽になった(B)
インターネット,テレビ 昔からテレビは好きで特別な勉強をしなくても認知症の介護をするようになったらこうすればいいというのは頭に残っていて,それが現実になった(A)
心の拠り所 故人へ胸中を語る 心中を考える度,他界した養護者の父や夫の両親の仏壇に手を合わせ泣きながら胸内を語ることで癒され,生きていればいいことあると言ってくれている気がした(D)
生きていれば何とかなる
ロールモデル 歯を食いしばり,抱え込み苦しんでいる時に最初に変わるきっかけをくれたのは経験者の経験談だった(C)
安定した生活の獲得 サービス利用による介護と養護者自身の生活バランス 昔はにっちもさっちもいかず爆発もあったが,今はサービスでリズムができ,相談できる支援者がいて安定した(A)
介護の理想への折り合い デイやショートに行き,自宅と同じ介護をしてもらえているのか,しょうがないとの考えと共に今はとにかくハッピーだと思える(A)
限りある命や愛おしい存在への気づき 人間いつかは死ぬ,頭がおかしくなった父母をどう楽しく,上手に介護できるかという考え方になった(C)
信頼できる支援者と伴走できる生活 養護者の困ったことにすべて支援者(包括)が親身に相談に乗ってくれ,その都度,必要な対応を一緒にしてくれる(D)
養護者自身の身体的,精神的,時間的ゆとり ゆとりは自分で努力して作っていかないとだめだと思う(A)
養護者の介護役割と不適切介護を内省 養護者を育ててくれた高齢者(母)が,徐々に頭が壊れていく(認知症が進んでいく),高齢者の関わり方(座敷牢的に閉じ込めた介護)に申し訳ない気持ちはあり,一人になると涙が出た(C)
介護経験者として他者に貢献したい気持ち これから介護する人へ虐待とかはしないで,困ったら支援者へ相談して心中など考えず,ストレスを溜めないよう,助けてらえるからと伝えたい(D)
継続的な介護者支援を望む(見捨てないでという思い) 介護する家族の声として(一見,状況が安定しても)見捨てないで欲しいと伝えたい(A)

1) 在宅介護での役割獲得

【養護者が自力で介護役割を担う】は,これまで高齢者が介護を要しない状態であった頃の生活から,〈高齢者の要介護状態〉や〈高齢者の自立度低下〉,医師より〈高齢者の認知症の診断〉がなされ,〈高齢者本人の希望〉や家族に仕事があり自分が家にいる以上,本人の介護をすべきなど〈養護者以外,家族介護協力者なし〉という状況,さらには〈経済的事情のため仕方なく在宅介護〉を選択せざるを得ない状況から在宅介護での役割の獲得に至っていた.

2) 役割から一部解放(役割喪失)

養護者は,高齢者が〈医療機関〉で介護を要する状態になった現実に直面した際,医療機関の掲示物や医療従事者の勧めをきっかけに,自ら市役所や〈地域包括支援センター〉の相談先へアクセスしていた.市役所では〈行政保健師〉へ相談し,〈地域包括支援センター〉や〈介護支援専門員〉を紹介され,これらの相談を通じて〈介護保険制度〉や〈利用可能なサービス〉の情報を入手し,実際の利用に至っていた.また,〈インターネット〉を活用して,高齢者の疾病や介護情報を収集し,今後の対応方法を見通していた.

これにより,介護役割の一部が軽減され,【在宅介護の役割と養護者自身の生活との折り合い】がつき,役割から解放される状況が見られる一方で,介護役割の負担が完全に解消されない,もしくはさらに増大する場合もあり,役割不全に影響を与える状況も確認された.また,病院のすすめで市役所に行ったが介護保険を知らず利用にいたらなかったという状況から後に病院の掲示物で地域包括支援センターを知り,掲示物をきっかけに,時間を経て支援につながった事例も存在した.

3) 役割不全(虐待)

養護者が高齢者の介護役割を受容できず,虐待につながる役割不全となる要因は,まず【高齢者側の要因】と【養護者側の要因】があった.【高齢者側の要因】は,歩行不能,排泄行動の失敗など〈身体レベルの低下〉や,物忘れ,ひとり歩き,薬の多量内服,時間感覚の欠如,衣服の選択不可など〈認知レベルの低下〉という自立度の低下が養護者の仕事や生活リズムを狂わせ追い詰めた結果,養護者の介護役割の受容を困難にした.【養護者側の要因】は,自立度が低下した高齢者を〈経済的状況〉により介護を背負わざるを得ない状況が養護者を追い詰めていた.また,仕事と介護の両立のため,居室に閉じ込め外出を困難にする〈自己流の介護〉が,結果的に虐待行為につながる諸相があった.また,養護者の〈ダブルケアの介護負担〉や〈介護の孤立〉,〈高齢者以外の家族の病気〉も養護者を追い詰めた.

さらに〈高齢者中心の生活リズム〉や〈出口の見えない日々の繰り返し〉は,【養護者自身の生活の喪失】につながった.そこから〈何故,自分がこんなことしなければいけないの〉かという【受容困難】や〈現実にどう対応してよいか考えられない〉という【思考停止】の状況を生じさせていた.その結果,衝動的に〈手が出る,爆発〉や〈心中を考える〉〈ネグレクト〉という行為で【追い詰められた状況と現状の苦しさからの解放】が現象として見られた.加えて,養護者の〈介護負担感の増大〉,高齢者〈本人の記憶から介護者の存在が消える〉ことで日々の介護に限界を感じたことや,〈度重なる虐待行為〉を第三者に指摘されたことなどから【在宅介護の限界の自覚】に至っていた.

4) 役割移行

役割移行は,養護者が役割不全(虐待)に至った状況から安定した生活の獲得への変化につながる【役割関係】【役割期待】【役割能力】を含めていた(図2).なお,保健師等支援者への相談と役割受容などの【役割関係】,サービスやゆとりがもてる介護などの【役割期待】,養護者自身の【役割能力】が上手く養護者に寄与できなければ役割不全につながる可能性のある不確実な時期であった.その為,図1の概念枠組みで想定した役割不全から役割移行へ一方向のプロセスではなく双方向性があると考えられ概念枠組みを修正した(図2).

【役割関係】は,〈サービス利用と養護者の身体的,精神的,時間的,経済的負担〉や,〈自己流介護と専門家の介護内容〉,〈理想的な介護と実行可能な介護とのバランス〉,〈寄り添う,残存能力を活かす等,高齢者主軸の介護と介護者ペースによる介護関係〉,さらに〈家族間の役割と介護〉など,多様な役割関係を含んでいた.これらは,〈信頼できる保健師等への相談と役割受容〉を通じて,養護者自身の感情や行動の動機に影響を与え,変化につながる可能性があった.

また,介護に費やす時間に関する質問からは,サービス利用中に外出することが唯一の気分転換であるという声が聞かれ,〈サービス利用と養護者の身体的・精神的・時間的・経済的負担〉の実態が浮かび上がった.さらに,本人ができる範囲でやることがよいとわかっていても自分が楽なように食べさせてしまうなど,養護者自身の負担軽減のために食事介助を優先してしまう状況から〈理想的な介護と実行可能な介護とのバランス〉の難しさが示された.

これらの結果から,サービスを利用していてもなお介護負担の大きさや,理想と現実のギャップが明確に表れていたことが確認された.

【役割期待】は,〈包括等の勧めにより決意したサービス利用への期待〉があり,〈ネット社会による医療介護のタイムリーな情報獲得〉を求めていた.また,〈サービスや支援者の介入による怒りのコントロール(虐待の抑制)〉や,〈介護役割をゆだねることによるゆとり〉が介護には必要であり,養護者が〈介護を楽しめる〉ようになることや〈家族の介護意欲を高める〉こと,〈介護方法の習得〉などの関わりも期待されていた.

【役割能力】は,〈教科書的な介護と養護者ができる介護〉や,〈介護に対する理想への心理的折り合い〉,〈背負いこまず他者へ支援を求められる力〉や〈介護者の持病や家族介護力との調和〉が図れるかどうか,〈不適切な介護への認識〉の有無が,介護役割を担う養護者の能力に影響を与えていた.

5) 役割補完(支援)

役割補完(支援)は,【支援者】や【サービス】【心の拠り所】の存在が役割移行を助け変化につながる部分であった.

【支援者】は,〈手を出すほど辛い状況を保健師等支援者と共有〉することで「楽になった」,〈支援や助言を求める〉ことができる存在であった.また,【サービス】は,デイサービス・ショート等の〈在宅サービス利用とケアプランの見直し〉による役割不全の状況改善や予防,〈インターネット,テレビ〉からの情報取得による役割補完につながっていた.さらに,〈故人へ胸中を語る〉という行為によって感情が解放され,癒しを得る状況も見られた.また,〈生きていれば何とかなる〉という前向きな心情や,〈ロールモデル〉となる介護経験者の経験談が,養護者にとって変われるきっかけとなり,【心の拠り所】として機能していた.

6) 安定した生活の獲得

安定した生活の獲得は,〈サービス利用による介護と養護者自身の生活バランス〉や,〈介護の理想への折り合い〉が取れるようになったこと,さらに〈限りある命や愛おしい存在への気づき〉や〈信頼できる支援者と伴走できる生活〉などから,以前より日々の生活が安定していったことを養護者自身が実感できた部分であった.

また,〈養護者自身の身体的,精神的,時間的ゆとり〉や,〈養護者の介護役割と不適切介護を内省〉に至ること,自身の経験を〈介護経験者として他者貢献したい気持ち〉も安定してきた生活のなかで捕らえられた部分であった.

一方で,安定した生活を獲得した後も〈継続的な介護者支援を望む〉養護者の姿からは,一見安定しているように見える状況も,永続的なものではないことが示された.

Ⅳ. 考察

本研究は,高齢者が介護を必要としない状態から介護を要する状態へと移行した際の高齢者及び養護者の生活状況を出発点とし,高齢者の介護役割を受容することが困難となった「役割不全」の状況から「安定した生活の獲得」に至るまでの経験を養護者への面接を通じて明らかにした.これらの経験について,本研究では移行理論(Meleis, 2010/2019)を基に構築した概念枠組みを活用し,研究対象となる現象を具体的かつ体系的に解明することを目指した.以上の結果について考察する.

1. 役割獲得から役割不全(虐待)経験を経て,安定した生活の獲得への移行

在宅介護における役割獲得には,高齢者の要介護状態に加え,本人の在宅希望,同居家族の状況,息子・娘としての役割意識,さらには家族関係や経済的背景など,複数の要因が複雑に絡み合っていた.こうした個別の事情により,養護者は介護役割を担うに至っていた.

養護者が保健師等の支援者や介護サービスを通じて適切な支援や情報を得ることで,介護と自身の生活とのバランスを見出しやすくなり,結果として介護負担の軽減が図られ,虐待などの役割不全への移行の予防につながっていた.このような介護と自身の生活のバランスは,安定した生活の獲得にも影響を与える重要な要素であった.

檪(2021)は,介護生活との折り合いをつけることが,介護を肯定的に捉えるための重要な対処行動であると指摘している.本研究でも,養護者が「理想」と「現実」の間で自身の介護役割を見直し,より無理のないかたちで受け止め直す心理的な転機が確認された.こうした心理的折り合いは,介護と生活の調和を支える要素として,安定した生活を築く基盤のひとつとなっていた.

一方で,介護役割を獲得した養護者が市役所などの相談機関を訪れても,必要な支援につながらない場合,高齢者及び養護者の状況が悪化し,介護負担の増加が疲弊を招き,虐待リスクが高まることも明らかとなった.これは,介護疲れやストレスが虐待の主要な要因であるとされていること(厚生労働省,2023)からも裏づけられる.

実際に,信頼できる支援者との協働が得られなかった養護者は,自己流介護やダブルケアによる負担の増大,社会的孤立といった課題を抱え,次第に生活全体が損なわれていく様相を呈していた.そして,追い詰められた状況と苦しさからの解放として虐待が生じ,やがては在宅介護の限界を自覚するに至るケースも見られた.

しかしながら,役割不全(虐待)の状態から安定した生活への移行を促した役割補完(支援)としては,次の3点が重要であることが示唆された.すなわち,①養護者が思いを打ち明けられる信頼できる支援者の存在,②適時・適切な介護サービスの提供,③養護者にとっての精神的な支え(心の拠り所)の存在である.

また,安定した生活への移行を支援するためには,役割補完(支援)を受けながら,高齢者の残存能力に加えて,サービス提供状況や介護負担,理想的な介護と実行可能な介護とのバランスなどに関する【役割関係】を把握することが重要である.

さらに,介護サービスや支援者に対する期待といった養護者の【役割期待】,家族全体の介護力や養護者が担える介護の範囲などの【役割能力】を含め,役割補完(支援)の存在と養護者を含む家族全体を対象とした包括的なアセスメントの実施が求められる.

これらは先行研究とも一致する.たとえば,半田(2008)は,介護が生活の中心となって負担が増加した介護者が,信頼できる他者やサービスに支えられ,介護から一時的に離れることができたことを報告している.さらに,河本(2023)は,家族全体を対象とした視点,つまり包括的なアセスメントの実施が,「ダブルケア」や「介護の孤立」といった複合的課題への対応に有効であると述べている.川口ら(2018)も,精神的な支えとなる心の拠り所の存在が養護者のレジリエンスを高める重要な要素であることを指摘しており,本研究でも,ロールモデルや故人との対話といった内的支援を通じて精神的安定を得ていた実態が確認された.

このような支援を可能にするためには,信頼できる支援者との継続的な関係性,そして安心して支援を受けられる環境整備が不可欠である.それらは養護者の心理的安定を支え,役割不全の脱却や虐待の予防に大きく寄与すると考えられる.

さらに,養護者は多様な介護経験を通じて自己の内省を深めていた.たとえば,「限りある命」や「愛おしい存在」への気づき,あるいは「介護経験を他者に還元したい」という意識の変容が語られており,これらは安定した生活の獲得に至る重要な心理的プロセスと位置づけられる.

一方で,支援介入後も継続的な支援を求める声があり,介護と生活の調和が崩れれば,再び虐待に陥るリスクがあるという循環構造も示唆された.養護者の介護疲れが虐待リスクを高め,介護と就労の両立を困難にする(田中ら,2021).介護疲れ,虐待の発生を未然に防ぐという予防的観点においても,適切な情報提供と介護と生活のバランスを支える継続的支援体制の構築が,介護負担の軽減及び安定した生活への移行を導く鍵となると考えられる.

2. 移行理論における本研究の位置づけ

移行理論(Meleis, 2010/2019)は,人間が健康や病気,人生の変化をどのように知覚し,その意味を見出しながら役割を変容させていくかを理解するための枠組みを提供する.この理論は,移行の経験において生じる「気づき」「エンゲイジメント(関与)」「変化と差異」「期間」「重要なポイントと出来事」といった特性が,複雑に相互作用するプロセスとして捉えることを求めている.とりわけ,「気づき」は移行の始点となる重要な契機として位置づけられている.

本研究においては,養護者が高齢者の身体的・認知的変化に直面するなかで,精神的疲弊や【受容困難】【思考停止】といった心理的反応を経験し,やがて【在宅介護の限界の自覚】をする過程において「気づき」が生まれる様子が語られていた.この「気づき」は,養護者自身が自発的に感じ取った内的認識と,支援者による虐待の指摘といった外的介入の双方によって生じる複合的なものとして現れていた.

たとえばある養護者は,「自分の存在が母の記憶や認識から消えた時を在宅介護の限界」と語り,その語りは「関係の消失」による悲嘆とともに,介護継続の意味への問いへとつながっていた.このような経験は,介護への関与が深まるほど,理想と現実の乖離への気づきを促し,役割再編の出発点となっていたと考えられた.

このように,「気づき」は単なる認知的自覚にとどまらず,介護と自己の生活との折り合い,感情的・倫理的葛藤といった複数のレベルで生起していた.

さらに,「エンゲイジメント(関与)」は,養護者が支援者や制度との接触を経て,自身のケアの在り方を再構成していく様子が語られた.たとえば,ある養護者は「支援者の介入とサービス利用で爆発(虐待)が抑えられ変われるきっかけとなった」「手を出すほどの介護状況の限界を包括に言えた時,わかってくれて楽になった」と語り,支援者との対話を通じて,現実に即した介護の仕方への再調整が行われたことが示唆された.

このように,支援者との継続的な関係,適切なサービス提供,そして精神的支えとなる存在の確保は,役割移行を促す要因として機能していた.「重要なポイントと出来事」においては,「虐待への指摘」「初めてのショートステイ利用」「支援者とのつながり」など,養護者の意識を揺さぶり,行動の変容につながった節目も語られていた.以上の語りを移行理論の構成要素に照らして読み解くと,役割不全(虐待)という危機的状態を経たうえで,養護者が心理的に安定した生活へと再構築していく循環的な移行プロセスが描出されたと言える.

厚生労働省(2025)によるマニュアルでも,「虐待を行っている養護者も支援を要する存在であり,家族全体を支援する必要がある」ことが明記されている.本研究は,この方針を踏まえつつ,養護者の語りを通じて移行プロセスを具体化することで,理論と実践現場との橋渡しを試みた点に独自性がある.

また,語りからは,養護者が支援される経験を経て,「介護経験を誰かのために活かしたい」という新たな価値意識の芽生えや,高齢者に対し「限りある命と愛おしい存在としての再認識」など,移行の終盤にあたる安定の段階における心理的成長も確認された.このような語りを活かすことで,「困難な経験がどのように安定へとつながったのか」「どの段階で意味変容が起こっていたのか」といった移行の過程がより具体的に明示され,理論との対話が深化していった.

最終的に,本研究は移行理論の概念枠組みを用いて,語りに潜在する移行のプロセスと支援の可能性を抽出し,虐待予防及び養護者支援の実践的指針として位置づけた.今後は,既存の対応マニュアルや既存の支援体制との照合を行いながら,より体系的かつ継続的な支援枠組みへ発展させることが求められる.

3. 養護者支援とその実装への示唆

本研究では,在宅介護に携わる養護者が,複合的な負担や孤立状況のなかで身体的心理的疲弊を抱え,役割不全や虐待へと至る危機的状況に直面していた実態が明らかとなった.高齢者虐待の要因として,養護者の負担の蓄積,関係の悪化,適切な支援の欠如が介護ストレス増大に影響を与える(大塚ら,2011).特に認知症介護や社会的孤立は「介護疲れ」や「介護ストレス」を招き,虐待要因の過半数を占める要因とされており(内閣府,2024厚生労働省,2023WHO, 2021),適切な支援の有無が介護継続の可能性に大きく関与する.本研究においても,支援とのつながりを持てなかった養護者が,孤立のなかで負担を抱え込み,虐待に至る事例が確認された.介護の困難さ,経済的・心理的な背景に加え,ダブルケアの過重負担(相馬・山下,2024)や文化的規範意識といった複数の要因が養護者の生活を圧迫しており,支援を受けられない状況そのものが役割不全を引き起こす引き金となっていた.「仕事がない自分が介護すべき」「嫁や娘,息子として介護する責任がある」といった強い役割意識は,養護者に心理的負担をもたらし,家族内の力関係や集団意識,世間体が養護者の精神的負担をさらに増幅させることが指摘されている(平松ら,2003木立,2004).

こうした実態に対し,養護者の移行を促進した支援の視点には,以下の三つの要素が共通していた.

第一に,信頼関係に基づく関わり(関係性の支援)である.安心して語れる他者の存在は,養護者の孤立感や自責感を和らげる心理的支柱となり,「自分だけで抱えていた介護」という感覚を共有可能なものへと変容させた.支援者との継続的な関係性は,役割再構築の起点ともなりうる重要な支援のかたちであった.このことは患者や家族と医療関係者との良好なつながりの構築が役割移行を促進する重要な役割を果たすこと(Sun et al., 2023)や支援者との関わりが良い体験となり,養護者と支援者の信頼関係の構築が支援の質を向上させる(今村,2020)報告と共通する.

第二に,包括的な状況把握と柔軟な対応(アセスメント支援)が挙げられる.養護者自身だけでなく家族関係全体や生活の文脈にまで目を向けた支援は,的確な介護サービスの調整やケアプランの再構築につながり,養護者が抱える複合的負担の軽減に寄与した.

第三に,内省と意味づけを促す支援(気づきの支援)である.支援者との対話や支援の介入を通して,これまで過ごしてきた家族との時間や高齢者の存在意義を振り返り,命の尊さや愛おしさへの気づきに至った養護者もあった.とりわけ,介護と育児のダブルケアを担う養護者が,介護を中断する決断や家族形成の在り方を模索する過程で,「家族の幸せを願う」心理を示した結果と類似している(舩渡・山口,2025).

こうした気づきは,Meleis(2010/2019)が提唱する「移行理論」における「気づき(awareness)」や「関与(engagement)」の出発点として機能し,心理的な役割再構築を後押しする重要な要素となっていた.実際,支援が機能した事例では,養護者が一度は怒りや困難な介護体験に直面しながらも,その経験を支援者との関わりを通じて振り返り,新たな受け止め方や介護への折り合いを見出していた.また,安定した生活は永続的でなく,継続的な支援を求める養護者の声からも,支援の持続性の重要性が確認された.

このように,支援の本質とは,単にサービスやケアを提供することではなく,養護者が「揺れ」や「迷い」のなかにあっても語り,気づき,再構成していけるように,継続的に伴走しながら関係性を支える支援であることが明らかとなった.

本研究における語りの分析を通して,支援には以下のような構造的要素があることが示唆された.支援の構造と具体的内容として,整理する.①関係性の支援:安心して語れる他者との継続的な関係づくり,②状況把握の支援:家族・生活全体をふまえた包括的で柔軟なアセスメント,③意味づけの支援:内省と価値の再構築を促す対話的アプローチ,こうした支援の在り方は,最終的に「自分一人で介護を背負う」という閉じた認識から,「語ることも支援」「委ねることも支援」という開かれた意味づけへの転換を促していた.そしてそれは,他者や制度との協働のもとで新たな生活を再構築しようとする移行のプロセスそのものであり,今後の養護者支援の実践においても重要な視座を提供するものといえる.

今後,複数の役割を担う養護者が増加すると想定されることから,より効果的な情報提供とつながりを支えるインターネットやメディアなどツールの活用も求められる.適切な支援を受けることで養護者の負担が軽減され,役割不全(虐待)から安定した生活への移行が促進される.

介護の継続と高齢者の安全確保には,家族や友人以外の「第三の拠り所」となる社会的支援の拡充が欠かせない.複合的な課題に対応できる包括的な支援体制の充実が,持続可能な介護の鍵となる.国は,従来の縦割り型支援体制から分野横断的な相談支援への転換の必要性を提唱している(厚生労働省,2024b).養護者を支え,虐待を予防するためには,複合的な課題に対応できる支援体制の強化と,相談支援に携わる人々の資質向上が重要である.

Ⅴ. 本研究の限界と今後の課題

本研究は,高齢者虐待の経験があり,過去の経験を語れる精神的に安定した養護者を対象とした.しかし,対象者を抽出する際の困難さがあり,対象者の年齢や性別,経済状況を考慮した選定が行えず,制約が生じた.このことが本研究の限界となり,分析の深まりに影響を与えたと考えられる.

しかしながら,養護者が介護を引き受け,虐待に至る苦しみから安定した生活を獲得する当事者の経験は,相談支援に携わる支援者にとって今後の支援や体制整備に示唆を与えるものとなる.

今後の展望として,養護者の年齢や性別による介護負担の実態を明らかにし,当事者の声を反映しながら,孤立を防ぎ,仕事と介護の両立をはじめ複合的課題に対する社会的支援策の具体的検討が求められる.また,高齢者や養護者の初期相談に携わる職員の研修強化や,自治体ごとの切れ目のない支援体制の整備に当事者の声を活かし,支援者の資質向上と介護負担の軽減につなげることが重要である.これにより,伴走支援や相談支援体制の構築を行い,養護者の負担を軽減することで,高齢者と養護者双方にとっての安全と尊厳ある支援の実現を目指すことが期待される.

付記:本研究は静岡県立大学大学院看護学研究科博士論文の一部を加筆・修正したものである.また,一部を第44回日本看護科学学会学術集会にて口頭発表した.

謝辞:本研究にご協力いただきました熟練保健師様,ならびに貴重なご経験をお話しいただいた研究協力者の皆様に,心より感謝申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:MKは研究の着想,デザイン,データ収集,分析,論文執筆の全研究プロセスに貢献した.HMは研究デザインへの助言,データ分析の確認,論文全体の校正,推敲を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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