2025 年 45 巻 p. 727-738
目的:緩和ケアを担う看護師のスピリチュアルケアに関する臨床判断の内容,根拠,ケア実践への反映を明らかにすることである.
方法:緩和ケア病棟に2年以上勤務する看護師9名に半構造化インタビューを実施し,Krippendorffの内容分析を行った.本研究は質的研究論文の統合基準チェックリスト(COREQ)に準拠して実施した.
結果:判断内容は【死への恐怖や生きる意味,存在価値に対する苦悩を全人的に推察する】などの3カテゴリであった.判断の根拠は【何気ない会話や日常生活に表れる価値観や特性を示す言動】などの3カテゴリであった.スピリチュアルケア実践への反映と評価は【看護師の専門性を生かしたスピリチュアルケアを提供する】などの3カテゴリであった.
結論:看護師は,スピリチュアルケアにおいて,患者の価値観,特性,内的変化を根拠に,死の恐怖や生の意味を推察し,時間制約を意識し現状と価値に即したケアの方針を判断した.
Aim: This study aimed to clarify the content and rationale of clinical judgments regarding spiritual care made by palliative care nurses, and how they are reflected in care practice.
Method: Semi-structured interviews were conducted with nine nurses who had worked in palliative care units for more than two years, and Krippendorff’s content analysis was employed. The Consolidated criteria for reporting qualitative research (COREQ) checklist were applied as the reporting guideline for this study.
Results: Three categories were generated for the content of judgments, such as [Holistic interpretation of existential distress—death anxiety, meaning in life, and sense of worth]. Three categories were generated for the rationale for judgments, such as [Verbal and nonverbal behaviors reflecting patients’ values and attributes in everyday conversations and daily life]. Three categories were generated for reflection and evaluation of spiritual care practice, such as [Utilizing the nurse’s expertise to provide spiritual care].
Conclusion: In spiritual care, nurses based their judgments on cues derived from patients’ values, personal characteristics, and changes in internal state; they inferred concerns related to fear of death and meaning in life and, mindful of time constraints, determined care directions aligned with patients’ current condition and values.
緩和ケアは,生命を脅かす疾患を抱える患者とその家族に対し,身体的,心理的,社会的,スピリチュアルな問題を早期に特定し,苦痛を予防・軽減するアプローチである(World Health Organization, 2020).終末期には,患者は死への恐怖や生の意味への問いに直面し,内的苦悩がQuality of Life(以下,QOL)を低下させうる.QOLを維持・向上させる上で,スピリチュアルケアは緩和ケアの重要な構成要素である(World Health Organization, 2020).看護師は患者に関わる専門職として,スピリチュアルな側面の支援に重要な役割を担っている.Rahnama et al.(2020)は,スピリチュアルケアを「感情,心理的および宗教的ニーズを理解し,それに基づいて行われる計画的かつ責任あるケアの一種」と定義した.この定義は,全人的ケアや倫理的実践とも関連しており,スピリチュアルケアが看護実践に位置づけられるといえる.
先行研究では,看護過程の活用がスピリチュアルケアを促進する(van Leeuwen & Cusveller, 2004)一方で,スピリチュアルニーズのアセスメントは,患者の内面に深く関与するため容易ではないとされている(Baldacchino, 2006).また,看護師自身がスピリチュアルケアを「効果的ではない」「効果がわからない」と感じる報告(Baldacchino, 2006)や,経験豊富な看護師であっても,緩和ケア病棟へ異動した直後には,臨床判断に対する不安や迷いを抱き,それまでの経験が通用しないことによる無力感や戸惑いを感じることが指摘されている(稲垣ら,2016).看護師には患者のQOL向上のためにスピリチュアルケアの提供が求められているが,アセスメントや評価は曖昧であり,特に臨床判断が不明確であるといえる.臨床判断の不確かさについて,先行研究はスピリチュアルケアに対する認識(Shah et al., 2018)やケア提供の実態と患者への影響(Wong & Yau, 2010)に焦点を当てており,判断のメカニズムを扱った研究は限定的である.看護師がどのような認識を経てスピリチュアルケアを行うかは明らかになっているものの(Giske & Cone, 2015),判断の構造や思考過程に焦点を当て体系的かつ理論的な分析は十分に行われていない.
看護分野では,Tanner(2006),Tanner et al.(2022)やLevett-Jones et al.(2010)の臨床判断・推論モデルが開発されている.これらのモデルは再現性のある判断を導くことを目的とするが,スピリチュアルケアでは非言語的・文脈的手がかり(Bush & Bruni, 2008)や倫理的適切性(Puchalski et al., 2009)などが重視され,客観指標中心の枠組みだけでは十分に説明しきれない可能性がある.したがって,看護師がどのように患者のスピリチュアルな苦悩を意味づけ,ケア方針を決定しているかを解明する必要がある.
スピリチュアルケアは,医療機関に限定されず,地域・在宅・宗教的支援等の多様な場で実践される.本研究は緩和ケアおよび終末期ケアを提供する看護師に焦点を当て,スピリチュアルケアにおける臨床判断の内容とその根拠,およびケア実践への反映を明らかにすることを目的とする.本研究の意義は,スピリチュアルケアにおける判断の様相を探索的に記述することによって,場所を問わず参照可能な共通言語と枠組みを提供する点にある.これにより,判断の透明性が高まり,教育に汎用できる基盤になると考える.
本研究は,質的記述的研究である.
2. 用語の操作的定義 1) スピリチュアルケアにおける臨床判断「日常的な観察を通じて患者のスピリチュアリティに関する手がかりを見出し,限られた時間を意識しつつ,全人的に患者の内的世界を理解することによって,癒しまたは自己探求のケアの方向性を定めること」と定義した(上原・山下,2025).
2) スピリチュアルケアRahnama et al.(2020)を参照し,「心理的,宗教的ニーズを理解し,患者とその家族の尊厳や敬意,神聖さを重視しながら建設的に関わり,身体的,心理的,社会的側面のバランスを保てるように支援すること」と定義した.
3) スピリチュアルな苦悩日本看護科学学会看護学学術用語検討委員会(n.d.),Martins et al.(2021),Siler et al.(2019)を参照し,「尊厳や存在意義,信念や価値観が脅かされる際に生じる疎外感,無力感,絶望感,無意味感などの苦しみ」と定義した.
3. 研究協力者と選定の手続き本研究は情報量の豊富な文脈から深いデータを得るため,目的的サンプリング法を用いた.研究協力者は,緩和ケア病棟の看護師であった.選定基準は,臨床経験6年以上,かつ緩和ケア病棟に2年以上勤務していること,日常的にスピリチュアルケアを実践し,その経験を言語化できることとした.6年目以降に実践的判断が可能なレベルに達する(Benner, 2004)との先行知見,および2年以上の緩和ケア経験でスピリチュアルケアを含む専門的ケア能力が高まる(坂井ら,2021)との報告に基づいて設定した.看護管理者を通じて研究説明書を配布し,説明書の二次元コードから研究説明会に参加した者のうち,参加基準を満たし,同意が得られた看護師を研究協力者(以下,協力者)とした.研究説明会では,口頭でスピリチュアルケアに対する考えや経験について簡潔な聞き取りを行い,語りうる具体的経験があることをもって言語化が可能であることを確認した.
研究協力施設は,緩和ケア病棟を有する医療機関のうち,公開情報(緩和ケア病棟紹介,院内教育プログラム等)において,スピリチュアルケアに関する明示的記載,宗教的専門職の配置,教育・研修体制の記載のいずれかが確認できた施設を候補とした.加えて,研究に無関与の第三者からの情報提供により上記公開情報の妥当性を確認し,協力を依頼した.看護管理者に研究協力の承諾を得た後,対象基準を明示し,当該基準に合致する看護師への周知を依頼した.
4. データの収集方法2024年9月から2025年1月に,オンライン会議システムを用いて1回約90分の半構造化インタビューを実施した.インタビュー前に協力者へインタビューガイドを提示した.インタビューガイドの内容は次の通りである:患者のスピリチュアルな苦悩に気づき,得た情報の解釈,必要性の判断とケアの内容の決定,ケアの評価・振り返り,スピリチュアルケアの実践で大切にしていること.
協力者の基本属性(年齢,性別,看護師経験年数,緩和ケア病棟経験年数,最終学歴,認定資格の有無,スピリチュアルケア研修の有無)はMicrosoft Formsを用いて収集した.
5. 分析方法本研究では,各要素の多様性を記述するために,テキストの文脈を重視して反復可能かつ妥当な推論を行うKrippendorff(1980/1989)の内容分析法を用いた.
協力者の同意を得てインタビューをICレコーダーに録音し,音声データから逐語録を作成した.文脈に即して意味単位を検討し,複数の意味を含まないようにデータを区切り,基本データとした.次に,研究目的に基づき「臨床判断の内容」「判断の根拠」「ケア実践への反映」の記述を抽出した.これは,臨床判断が対象の把握,判断,ケアへの反映という思考や行動で構成されるという理解(藤内・宮腰,2005)に基づく.
抽出基準は次の通りである:臨床判断の内容に関する記述はケアの方向性や選択に関する記述,判断の根拠は苦悩の察知や意味づけに関する記述,ケア実践への反映は実践されたケア内容および自他評価の記述.
抽出したデータは,意味内容が変化しないように要約し,コード化を行った.さらに,コード間の類似性と相違性に従って分類しながら抽象度を高め,サブカテゴリ,カテゴリを生成した.分析の厳密性および真実性を確保するため,データ抽出,コード化,カテゴリ化の全過程において,研究者間で討議を重ね,場面や状況の解釈について整合性を確認した.
なお,本研究は質的研究論文の統合基準であるConsolidated Criteria for Reporting Qualitative Research(COREQ)チェックリスト(Tong et al., 2007;宮崎・中山,2016)に準拠して実施した.
6. 倫理的配慮本研究は,東京都立大学荒川キャンパス研究倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:24028).研究協力施設の看護管理者には,研究内容および倫理的配慮を記載した文書を提示し,承諾を得た.看護師への案内は,強制力が及ばないよう,説明書の配布のみを看護管理者に依頼した.研究責任者は協力者に対して,自由意思での参加,何ら不利益を受けることなく同意の拒否又は撤回ができること,個人情報の保護について書面と口頭で説明し,十分な理解を得た上で,同意書への署名と返送により,同意を確認した.
協力者は,宗教的背景のある病院1施設と一般病院2施設の緩和ケア病棟勤務の看護師9名,全員女性であった.そのうち,3名が緩和ケア認定看護師資格を有していた.平均年齢は48.0歳(SD 10.1),平均看護経験年数は20.7年(SD 9.7),平均緩和ケア病棟経験年数は8.88年(SD 5.6)であった.平均面接時間は88分(SD 11)であった(表1).
| No. | ID | 年代 | 性別 | 看護師 経験年数 |
緩和ケア病棟勤務年数 | 緩和ケア認定資格の有無 | 資格取得後の経験年数 | 最終学歴 | 研修参加 | 面接時間(分) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | A | 50代後半 | 女性 | 35年目 | 13年目 | 有 | 19年目 | 高校専攻科(2年課程) | 無 | 80 |
| 2 | B | 40代前半 | 女性 | 15年目 | 5年目 | 無 | 看護学校(3年課程) | 無 | 72 | |
| 3 | C | 30代前半 | 女性 | 7年目 | 3年目 | 無 | 大学 | 有 | 107 | |
| 4 | D | 40代後半 | 女性 | 22年目 | 8年目 | 有 | 5年目 | 養成所(3年課程) | 無 | 99 |
| 5 | E | 50代前半 | 女性 | 33年目 | 8年目 | 無 | 短大(2年課程) | 無 | 84 | |
| 6 | F | 50代前半 | 女性 | 28年目 | 18年目 | 有 | 4年目 | 養成所(3年課程) | 無 | 80 |
| 7 | G | 回答なし | 女性 | 17年目 | 10年目 | 無 | 養成所(3年課程) | 無 | 89 | |
| 8 | H | 回答なし | 女性 | 10年目 | 5年目 | 無 | 養成所(3年課程) | 無 | 87 | |
| 9 | I | 50代後半 | 女性 | 20年目 | 10年目 | 無 | 養成所(3年課程) | 無 | 98 |
スピリチュアルケアにおける臨床判断の内容は,3カテゴリと11サブカテゴリ,78コードが抽出された(表2).以下,カテゴリは【 】,サブカテゴリは〈 〉,コード化の根拠となった協力者の代表的な語りは「斜体」,協力者はアルファベットで示す.
| カテゴリ | サブカテゴリ | 主なコード |
|---|---|---|
| 死への恐怖や生きる意味,存在価値に対する苦悩を全人的に推察する | 患者の様子から,耐え難い苦痛と死を意識した苦しみを抱いている可能性を考える | 状態がタイミング的に落ちてきた時に多いと思う 身体的苦痛に耐え続けている様子を見る 息ができなくなるとパニックになり,混乱すると,スピリチュアルな苦悩が結構強くなる 痛みはないと言うが,表情は冴えず,仕草が落ち着かない感じがあったため,身体的な苦しみ以外の要因があると考えた |
| 患者の発言や態度から存在の危機と喪失に対する苦悩が生じている可能性を考える | 頻回なナースコールという無言の訴えから,寂しさや恐怖があると感じる 排泄の世話が一番抵抗感があり,自立して行えなくなった時に生きる意味がないということに繋がっている 家庭内や社会的役割を全うできないことから,存在価値や意味に関する苦悩があるとアセスメントする 誰かにそばにいてほしい,特別な用事がなくても関係性を求めていると思う 何を大切にしているかを考えることで,何が脅かされているかを推論する 「早くお迎えにきてほしい」「あの世に逝けたらいいのに」という発言から,将来への喪失感があると推測する 今の苦しみから解放されたいという思いと,死ぬことへの恐怖が交差し,それがさらなる苦しみとなっていると考える 世の中から取り残されている感覚,自分の知らないところで何かが起きているという感覚が生じていると考える できてたことができなくなる,持っていたものを一つずつ手放さなければならないところにスピリチュアルが出てくる 自分の選択や遺伝に対する後悔など,罪の意識を持っていると考える |
|
| 全人的苦痛として深層に目を向け考え続ける | 明らかに何か苦悩がありそうだが何も発しない患者に対しては,これまで得られた情報をもとに考える 「役割ができていないことが負担」という発言は,トータルペインの社会的痛みにも精神的痛みにもつながると考える 全体的にみて,患者は入院によって変わらざるを得ないことや,自分が大切にしていることが脅かされている状況にあるのかを推測する 患者が病状に対してどう思っているのか,今の現状に対してどう感じているのか,今後どのようになっていくと考えているか,不安に思っているかも含めて,全人的に考える |
|
| 家族の無力感や罪悪感,予期悲嘆を抱いている可能性を考える | 見守ることしかできない家族が,無力感や罪悪感を抱く可能性を考える 家族に関する情報が分かりづらくとも,家族の疲弊や予期悲嘆の可能性を考える |
|
| 患者の時間的制約を意識した関わり方を判断する | 患者との関係性を参考に関わりのタイミングを判断する | 患者の声のトーンや態度をぱっと見て,自分を迎え入れてくれているかどうかで,ケアができるかを判断する 患者の人となりを知っていくと,今タイミングが良いか,これ以上踏み込んではいけないか,一歩引くべきかが分かる 関係性ができていない入院時や初回受け持ちでも,ケアのタイミングがある |
| 静かな環境で落ち着いた時間を適切なタイミングと判断する | 物思いにふけやすい夜は,静かで落ち着いている時間が多い 話を聞ける環境と時間を確保できると思える 患者に行われる他のケアのスケジュールや疲労度を考慮する |
|
| 身体的苦痛とスピリチュアルな苦悩のケアの優先順位を判断する | しんどい状態では何もする気にならないため,身体的苦痛を緩和しないと先に進めないと思う がん性疼痛は薬剤調整を行い,まず身体な苦痛を緩和して,そこからスピリチュアルケアを検討する |
|
| 時間的制約がある中で,患者の意向を尊重した関わりを判断する | ケアの提案ができる時は,患者が覚醒しており,状態が少し良い時が多い 患者から断られることも多々あるが,その時は強制的にはせず,提案のみにとどめる 患者の体力的に次第にできなくなるため,できる期間は本当に短いと考える 患者がどうしたいかに合わせると,うまく歯車が回ると思う |
|
| 患者の現状と価値に即したケアの方向性を定める | 苦悩へのケアかスピリチュアリティを育むケアかを選択する | 苦悩へのケアと,スピリチュアリティを育むケアのどちらにするかを,瞬時に判断する スピリチュアルペインが顕在化している瞬間は苦しいため,その場の苦悩を和らげる必要があると思う |
| 患者の力を引き出し生活の質を向上させるケアを選択する | 残された時間がわずかでも,患者を支え,希望を持つことができれば,生きる上での糧になると思う 一瞬一瞬,今を大事に,その人がより良く生きることを大切にしたい 自然の力や季節感,当たり前の生活音を感じてもらいたいと思う 室内の清潔さや患者の整容が保たれていることが大切だと思う 患者の生活パターンを知り,ケアに活かそうと考える 共に時間を過ごし,一緒に話し合いながら支援していくことを考える 時間をとるのは話をするだけではなく,同じ空気感の中で一緒の時間を過ごすことだと患者にも捉えてほしいと思う 患者にとって心地よいと感じ,リラックスできる時間をつくりたいと思う |
|
| 患者が自らの苦悩や思いを解放できるケアを選択する | 患者が感情を表現しやすい環境を整えることで,さまざまな思いを聴ける場になると思う 患者の意思が大事であることを示すことを考える 涙ぐむなどの表情から,患者の気持ちを聴く必要があると判断する 患者は話す相手を選ぶため,看護師のペースではなく,患者のペースに合わせた関わり方がとても大切だと思う 距離が近いと緊張感しやすいため,患者が視線をそらしやすいように距離や座位に余裕をもたせる 同じ目線で話をすることを意識する 患者のスピリチュアルな問題,悩みを,シスター等に伝えた方がよい場合は適切に引き継ぐことを考える |
【死への恐怖や生きる意味,存在価値に対する苦悩を全人的に推察する】は,スピリチュアルな次元で患者の言動や態度の意味を推察するサブカテゴリから成る.「人って息ができなくなるとパニックになる,混乱する,そういう中で症状が緩和してきた後に,そういう(スピリチュアルな苦悩)表出を感じますね(B)」との語りからは,〈患者の様子から,耐え難い苦痛と死を意識した苦しみを抱いている可能性を考える〉を示した.「その方が,本当に寂しいのと死ぬのが怖いのと痛みがあって辛いっていうのがあって,すごく頻回コールだったんです(F)」との語りからは,〈患者の発言や態度から存在の危機と喪失に対する苦悩が生じている可能性を考える〉を示した.「全体的にみて,患者が入院することで,変わらざるを得ない,自分の大切にしていることが脅かされてしまっている状況かを推測をしながら(D)」と〈全人的苦痛として深層に目を向け考え続ける〉を示した.「そういう時(患者が反応しないとき)は家族も辛いよね.…略…辛さがあるだろうなって思うので,家族ケアにもつなげていく(E)」との語りからは,〈家族の無力感や罪悪感,予期悲嘆を抱いている可能性を考える〉を捉えた.
【患者の時間的制約を意識した関わり方を判断する】は,終末期特有の状況を踏まえ,ケアの優先順位やタイミング,意向の尊重を判断するサブカテゴリから成る.「日々自分がこうしたらどうかなって考えながら,その人を知りたいと思ったら,(中略)言葉の駆け引き,これ以上いったらちょっといけないかな,一歩下がろうかなとか(わかるようになってきた)(H)」との語りからは,〈患者との関係性を参考に関わりのタイミングを判断する〉を示した.「話を聞く環境を整えていこうだったり,話を聞ける時間の確保だったり(G)」との語りからは,〈静かな環境で落ち着いた時間を適切なタイミングと判断する〉を示した.「身体的な苦痛を緩和しないとしんどい思いは何もする気にならないと思うので(G)」との語りからは,〈身体的苦痛とスピリチュアルな苦悩のケアの優先順位を判断する〉を示した.「(患者は)どんどんできなくなってしまうので,できる期間ってほんとに短いんですよね(F)」との語りからは,〈時間的制約がある中で,患者の意向を尊重した関わりを判断する〉を示した.
【患者の現状と価値に即したケアの方向性を定める】は,患者の状態や背景,スピリチュアルな苦悩の推察を踏まえて,状況に応じたケアの方向性を選択するサブカテゴリから成る.「苦悩のケアをしていくのか,スピリチュアリティをより強めていくケアをするのかを瞬時に判断してます(D)」との語りからは,〈苦悩へのケアかスピリチュアリティを育むケアかを選択する〉ことを示した.「音楽聞いて癒されるとか家族と会えてよかったなって思える,支えになる希望になるような時間が持てたら.(中略)日々,今を生きていける力になるんじゃないかなって(C)」との語りからは,〈患者の力を引き出し生活の質を向上させるケアを選択する〉ことを示した.「環境を変えることで,気分転換を図りながら自分の思っていることが吐露しやすい空気もある(G)」との語りからは,〈患者が自らの苦悩や思いを解放できるケアを選択する〉ことを示した.
3. スピリチュアルケアにおける臨床判断の根拠スピリチュアルケアにおける臨床判断の根拠は,3カテゴリと10サブカテゴリ,41コードが抽出された(表3).
| カテゴリ | サブカテゴリ | 主なコード |
|---|---|---|
| 何気ない会話や日常生活に表れる価値観や特性を示す言動 | 対人交流に表れる感情の表出や反応 | 「こういうふうな話をしたら患者はいろいろ話す」などの特徴 挨拶時やケア時に笑顔で接すると,患者も笑顔で返してくる様子 |
| その人らしさや精神状態を表す微細な行動 | その人の素や,今の精神的なものが表れる足音や,話しているときのしぐさ | |
| 患者が大切にしていることを示す発言・行動 | 「妻・母・講師としての役割を全うしたい」という発言 「ボランティアをすることはいいが,人にボランティアをされることは嫌だ」という発言 患者は,汚れても自分で食べることを大切にしている様子 リハビリ以外でも下肢筋力をつけるために,屈伸運動などを行う姿 |
|
| 生活史・職業・趣味に関する情報 | 「今までどのように生活をして,どのような周りの人たちと暮らし,仕事をして,どのような困難を乗り越えて今に至るのか」などの人生に関する発言 「普通に苦しくなく動けるときにはクラシックを聴きに行ったり音楽を聴いたりするのが好きだ」という発言 |
|
| 身の回りの物に表れる価値観の手がかり | 患者の周りに置かれている全ての物(生活に必要な物のほか,お守りや家族の写真,花,雑誌,ゲーム雑誌など) | |
| 家族や他のスタッフから得られた患者の価値観に関する情報 | 家族は一番身近な人であり,家族からの「この人はこういう性格」といった情報 患者がどのように生活してきたかなどの,他のスタッフからの情報 |
|
| 普段の患者との微細な違いから察知した内的変化 | 患者の表情,目線,佇まい,行動の微細な違いから察知した内的変化 | 「この患者はいつもの様子と違う」と分かる何気ない仕草や態度 普段なら目を合わせて話してくれるが,目をそらして話し始める様子 冴えない表情,笑顔が見られない,硬い表情,涙を流す,シャッターを下ろしたような表情 話をしているが集中できていない様子 家族の思いが強いときに,患者が看護師を見る これまで笑っていた患者が急に静かになり,重い空気になって話す様子 他者の存在を感じることで変化した患者の様子 普段は掛け布団を胸くらいに掛けているのに,口元までさっと持っていく様子 普段と違う部屋の明るさ,空気,におい,室温など 朝になってもカーテンを閉じたまま |
| 沈黙や言葉の間から感じ取った苦悩の兆候 | 患者に言葉をかけて静かにうなずく,検温中も閉眼したままの様子 会話に少し「間(ま)」がある 患者の「あのね」という言葉 |
|
| 言動に表れた苦悩と切実な意向 | 身体症状に伴って吐露された苦悩 | 夜間,眠れていない様子 いつもより痛みが強い様子 食事がとれていない 動くと息が苦しくなる 咽頭の狭窄音や喘鳴の出現 息が苦しい時の言葉:「なんで私がこんな病気になるのか」や「こんなにしんどいならもうすっとあの世に行けたらいいのに」 吐き気が続いている時の言葉:「いつまで続くのか」 患者は体のしんどさからも解放されたいという思いの言葉:「まだお迎えが来ないのか」 |
| 患者の言動に表れる切実な意向 | 患者にとって何が希望かを聞いた時の言葉:「息子のためにそばにいたい一心で,自宅退院したくて一生懸命頑張ってきた」 拒薬行動の裏に隠されている真実の思いの発言:「薬を飲んでも症状が軽くならないのであれば,飲まずに早く旅立ったほうがまわりも自分も楽だから.こんなに苦しいんだったら早く楽になりたい」 |
【何気ない会話や日常生活に表れる価値観や特性を示す言動】は,患者の価値観や心の支えなどを示す言動のサブカテゴリから成る.「患者も家族も足音とか,普通にしゃべっていても(中略)その人の素というか,今の精神的なものも見えてくるから,すごくアンテナを張っていますね(H)」との語りからは,足音や話している時のしぐさなどから〈その人らしさや精神状態を表す微細な行動〉を捉えた.「周りに置いてあるもの,生活に必要なものが置いてあるのか,お守りが置いてあるのか,家族の写真が置いてあるのか,花が置いてあるのか,雑誌が置いてあるとか,そういうところをアセスメントの要素として見ていますかね(D)」との語りからは,〈身の回りの物に表れる価値観の手がかり〉を捉えた.また,〈対人交流に表れる感情の表出や反応〉〈患者が大切にしていることを示す発言・行動〉〈生活史・職業・趣味に関する情報〉〈家族や他のスタッフから得られた患者の価値観に関する情報〉から価値観や特性を捉えた.
【普段の患者との微細な違いから察知した内的変化】は,内面変化を察知した手がかりを示すサブカテゴリから成る.「普段だったら目を合わしてお話してくれるのに,ちょっと目を逸らしてお話され始めるとか(B)」との語りからは,〈患者の表情,目線,佇まい,行動の微細な違いから察知した内的変化〉を捉えた.「患者さんの口調がちょっと口ごもったり,言葉を選んだり,言いにくいもの,我慢していたものを堰を切ったように話すという時もあります(A)」との語りからは,〈沈黙や言葉の間から感じ取った苦悩の兆候〉を捉えた.
【言動に表れた苦悩と切実な意向】は,身体症状から生じるスピリチュアルな苦悩や患者の意向を示すサブカテゴリから成る.「身体症状,息が苦しい時に“なんで私がこんな病気になるんかな”と言われることもあります(C)」との語りには,〈身体症状に伴って吐露された苦悩〉を捉えた.「患者に何が希望なのって聞いたら,(中略)息子さんのために傍に居たい一心で自宅退院したくて一生懸命頑張ってきた(H)」との語りからは,〈患者の言動に表れる切実な意向〉を捉えた.
4. ケア実践への反映と評価スピリチュアルケアにおける臨床判断によって導かれたケア実践への反映と評価は,3カテゴリと14サブカテゴリ,125コードが抽出された(表4).
| カテゴリ | サブカテゴリ | 主なコード |
|---|---|---|
| 看護師の専門性を生かしたスピリチュアルケアを提供する | 安心感や心の支えにつながる身体的接触や寄り添いを行う | 患者の発言に「そう思われるのですね」と,否定も肯定もしない 話したくない場合もあれば,何かを話そうと考えている場合もあるため,沈黙の際は待つ 様子を見ながら,検温以外の時間も訪室する 看護師の声のトーンを,患者の感情のトーンに合わせる 信頼関係ができていないときは,テーブル越しに対角線上で距離をとって話す 近くに行き,椅子に座らせてもらう 患者と同じ目線になるようにするが,目線を合わせるかどうかはそのときの患者に合わせる 足浴をしながらそばにいる 看護師からは何も伝えず,タッチングやマッサージをしながら話を聴く |
| 関係性を深め心の平穏を保てるよう支援する | 「歳だから仕方がない」という苦悩を吐露する高齢患者には,ライフレビューを聴く 家族やペットとつながりを感じられる時間をつくる 家族からの大切な贈り物を身につけられるよう,身体的な状況に配慮しながら方法を提案する シスターや神父と話す機会をつくる 患者自身も気づいていないスピリチュアルニーズを言語化できるように支援する |
|
| 患者の自己実現と充実した生活を支援する | 看護師が患者に対して感じていることや気持ちを,はっきり伝える 大切な時間をどうやって過ごすか,患者と相談する 時間や状況,調子がよさそうだと思ったときに,患者の好きな音楽を流す 天気が良い日や体調が良い日は,散歩に出かけて外の空気を吸う,部屋の外で過ごす時間をつくる 患者が一人で過ごしたい時間は,訪室を控える 誕生日に花束や歌,記念撮影のお祝いをする 患者のできることを奪わないように見守る 残された機能の中で,患者が自分でできることを見つけられるようにする |
|
| 家族の気がかりを和らげ後悔のないよう支援する | 最後まで患者を思う時間をつくる 家族の気がかりを解消する 患者の死後,家族の後悔が残り続けないように,患者と家族の橋渡しをする |
|
| 柔軟な視点で患者の反応と行動の変化を評価する | 長期的視点で継続的に観察する | その場だけの評価と,全体を通した評価で患者の変化を評価する 計画的に何かを行うのではなく,患者の表情や言動の変化を観察し続ける スピリチュアルケアを含むすべての評価で,患者のわずかな日常生活の変化を重要視する |
| 日常生活や感情の変化を評価の観点とする | 看護師が関わることで,患者の感情に変化が見られる 正解はないため,患者の言葉だけで評価しないようにする |
|
| 多角的な視点と慎重な評価を取り入れる | 看護師と家族では患者の様子に違いが見られることがあるため,家族の評価も参考にする 他のスタッフが患者の行動や様子の変化に対して反応したことを参考にする |
|
| 感情の動きや行動変容に意味を見いだす | 残された時間の中で,自らの意思で行動に移す様子が見られる 呼吸が整い,気持ちよさそうに眠っている様子が見られる 一瞬や一時的に楽になったと感じている,と評価する 「心が軽くなった」「そばにいてくれてよかった」という言葉を受け取る 患者はしんどくなると,口調が強くなり,直接的な言い方になる 怒り,焦り,つらいという感情がみられる |
|
| 自らの思考過程を客観的に捉え必要に応じて見直す | ケア過程を振り返り困難に感じたことを認識する | 苦悩のアセスメントに基づいて導き出されたケア介入が実施できていなかったことを振り返る ケアの時間配分や態度が適切であったかを振り返る |
| ケアの意味づけを行い,困難に感じたことに対応できるよう考える | 振り返ることで,これまで見えてこなかった家族の苦悩を理解することができる いったん引いて考えてみる,距離を置いて考える時もある 対話は話すだけではなく,考え続けるということを言われ,考え続けることを鍛えた |
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| 自身の感情や行動の背景を探求する | 「なぜ病気になったのか」のように,意味づけまで考えるようになったのが今までと違う 研修をきっかけに,沈黙の場面は苦ではないと意識に変わっていった 「自分はこういう人なんだ」という理解を深めていったから,患者を見れるようになった 医療者の自己満足であってはいけないと思っているため,患者の意思が一番と思って関わる 行ったケアが絶対の正解だと自分の中では思っていない |
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| 自身と他者の感情や思考の違いを認識する | 私だったらこう感じるけど,この人はこういうふうに感じている,その感じ方の違いが,価値観や考え方だと思う | |
| 思考や行動の基盤として倫理規範を遵守する | 患者を見捨てない,言いたくないのに言わせるということはしないようにしている 自分の行動を倫理綱領とリンクさせている 信頼関係が築けていないと,本当の意味でのスピリチュアルな部分を見つけられないと思う |
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| チームで情報を共有しスピリチュアルケアを協働で行う | 普段と違う患者の様子をチームスタッフ間で共有する 時間の許す限り患者のそばにいるために,他のスタッフに伝えて協力を得るようにする いろいろな職種が関わっているため,カンファレンスの中で行ったケアについて,それぞれの視点から振り返る |
【看護師の専門性を生かしたスピリチュアルケアを提供する】は,行為や態度,空間づくりなどを組み合わせたケア実践のサブカテゴリから成る.「話を聞くときには,タッチング,身体的症状があるのであれば,そこをさすりながら思いを聞きます(B)」と〈安心感や心の支えにつながる身体的接触や寄り添いを行う〉ことを示し,「沈黙の場面は,日々の患者さんとのやり取りというか関わりの中から多分こういう人はなんか考えてるんだろうなと思ったらちょっと待ちます(C)」と〈関係性を深め心の平穏を保てるよう支援する〉ことを示した.さらに,〈患者の自己実現と充実した生活を支援する〉および〈家族の気がかりを和らげ後悔のないよう支援する〉のサブカテゴリが生成された.
【多角的な視点で感情や行動の変化に意味を見い出す】は,ケア評価の観点などのサブカテゴリで構成された.「一番評価でみるのが,患者さんの表情,口調,生活かなと思います(A)」と〈日常生活や感情の変化を評価の観点とする〉ことを示し,「楽しいとかうれしいとか,もちろん怒りとか焦り,どちらかといえばマイナスな感情も色々ですけど.話した中で向き合おうと葛藤しているということは,何か影響を与えているのかな(C)」と〈感情の動きや行動変容に意味を見いだす〉ことを示した.「その場ではなくってずーっと入院生活を通しての評価になってくるとは思うんですよね(D)」との語りから,〈長期的視点で継続的に観察する〉ことを通して,患者の全体性を評価の観点にしていた.「患者さんの表情や態度,発言をカンファレンスでも評価をしています.(中略)家族の評価も大事になると思うので,家族からの話を聞いて評価させてもらっています(I)」と〈多角的な視点と慎重な評価を取り入れる〉ことを示した.
【自らの思考過程を客観的に捉え必要に応じて見直す】は,ケアや判断に対する内省と自己認識などのサブカテゴリから成る.「自分はこういう人なんだっていうのを深めていったから患者さんをみれるようになった感じですかね(D)」と自らの死生観を深め〈自身と他者の感情や思考の違いを認識する〉ことを示した.さらに,〈ケアの意味づけを行い,困難に感じたことに対応できるよう考える〉〈自身の感情や行動の背景を探求する〉ことを示した.「倫理のところに結構関わってくるかなっていう風に思っていて,患者さんがどうしたいかみたいなところは,規範として倫理綱領もありますし,(臨床倫理の)4分割もありますし(F)」と〈思考や行動の基盤として倫理規範を遵守する〉ことを示した.「多職種のカンファレンスをやって,医師,心理士,薬剤師,栄養管理士全ての職種間で共有することで,色々な案が出てくるかなと思う(I)」と〈チームで情報を共有しスピリチュアルケアを協働で行う〉ことを示した.
本結果から,緩和ケア病棟看護師のスピリチュアルケアにおける臨床判断の内容とその根拠が明らかになった.以下では,判断がどのように形成され,どのような視点が用いられているのかを考察する.
【死への恐怖や生きる意味,存在価値に対する苦悩を全人的に推察する】は,看護師が知覚した患者の苦悩をどのように意味づけたかを示す内容である.「頻回なナースコールという無言の訴えから寂しさや恐怖があると感じた」という語りには,存在の危機や喪失感に起因する苦悩が推察された.この意味づけは,看護師の感覚に基づいた仮説的理解であり,患者の語りや仕草に現れるスピリチュアルな苦悩を読み取ろうとするものである.こうした推察は,経験や感覚を通じて体得される暗黙知(Polanyi, 1966/2003)に支えられており,無意識的で共有や継承が困難という特徴をもつ(大崎,2009).スピリチュアルケアは実体のない内面的領域への介入であり,特性上,患者の苦悩を形式知によって客観的に捉えることは困難である.そのため,判断には暗黙知への依拠が不可避である.暗黙知の重要性は既に指摘されているが(Banning, 2008),本研究では,スピリチュアルケアにおける臨床判断の中で,暗黙知に基づく推察内容を言語化し,実践知としての暗黙知を可視化した点に新規性が認められる.
また,〈全人的苦痛として深層に目を向け考え続ける〉という思考は,人間の苦しみを身体的側面のみならず,心理,社会,スピリチュアルな側面が相互に絡み合うものとして捉える,全人的苦痛(Total Pain)の枠組み(Saunders, 2007/2017)と一致する.この視点は,Saunders(2007/2017)によって提唱された概念であり,スピリチュアルケアにおける苦悩を理解するための基盤とされている.さらに,全人的苦痛は主観的表現であるため,苦痛を評価するものではなく理解しようとする態度に基づく(Saunders, 2007/2017).この視点は,客観的に知覚できる情報だけでなく,主観的かつ非言語的な側面にも注目しながら判断を行う姿勢を明確にしている.本結果では,全人的苦痛の枠組みを基に判断が行われており,実践での判断と理論的枠組みが結びついていることが示唆された.
【患者の時間的制約を意識した関わり方を判断する】では,患者の限られた時間を意識しながら,ケアのタイミングや深さを調整する.〈患者との関係性を参考に関わりのタイミングを判断する〉では,患者の関係性を踏まえて,どの程度まで内面に介入するかを判断する.「次第にできなくなるため,できる期間は本当に短い」という語りに対し,看護師は,身体機能の低下を見越した上で,残された時間の中でその人らしく過ごせるよう支援する関わりを考える.スピリチュアリティは,個々人の内面を通して見出されるものであるため(島薗,2012),他者からの介入に敏感に反応する可能性がある.看護師はスピリチュアリティの特性を踏まえ,患者の言動や反応を手がかりに介入のタイミングや深さを選択する必要がある.さらに,【患者の現状と価値に即したケアの方向性を定める】では,患者のスピリチュアルな苦悩に対して〈患者の力を引き出し生活の質を向上させるケアを選択する〉や〈患者が自らの苦悩や思いを解放できるケアを選択する〉ことが行われる.これらの判断は,患者の価値観や特性,内的変化,言動に表れた苦悩と意向を示す所見に支えられていることが示唆された.【普段の患者との微細な違いから察知した内的変化】では,〈患者の表情,目線,佇まい,行動の微細な違いから察知した内的変化〉のように,観察や数値に基づく情報だけでなく,看護師と患者の相互作用で醸成される非言語的な手がかりが含まれる.これは一方的な観察ではなく,患者の人間性や人生に関心を寄せ,信頼関係を築く中で深められる.先行研究においても,看護師は患者を包括的に理解しようとスピリチュアルな兆候に注意を払うことが示されている(Giske & Cone, 2015).スピリチュアルな兆候は,明確な数値や症状では表れにくいため,看護師は普段との微細な変化に敏感に反応し,内的変化を捉えている.微細な変化は,日常的な対話や観察を通じて形成された患者像に基づいて,瞬時に認識される.視覚,聴覚,嗅覚などの五感を通じて,【何気ない会話や日常生活に表れる価値観や特性を示す言動】を把握する点も特徴的である.この認識の背景には,人スキーマと言われる認知的枠組みが関与していると考えられる.人スキーマとは,特定の個人に対する記憶,経験,知識,期待などから成る枠組みである(田中ら,2005).看護師は,患者の行動パターンや特性を記憶し,それに基づき「いつもと違う」変化を敏感に捉える.すなわち,日常の反応や振る舞いに対する期待とのズレを,人スキーマを介して検知すると考えられる.スピリチュアルケアにおける臨床判断では,患者の微細な変化を捉えることが重要であり,その基盤は日常的な観察を通じた患者像の蓄積である.したがって,看護師は日常の関わりを通して患者の特性や生活史を深く理解し続けることが,適切な判断を支える鍵となる.
本結果から,スピリチュアルケアにおける臨床判断は,主観的かつ個別的であり,患者の生活史,価値観,関係性,その時々の状態によって絶えず変容する性質を持つ.さらに,スピリチュアルな苦悩は,非言語的な表現や患者との関係性の中に現れることが多い.したがって,スピリチュアルケアにおける臨床判断の妥当性は,その場の文脈に応じた適切性によって評価される.この領域の臨床判断は,正解を導く判断というよりも,患者や家族にとって意味のある応答を生成する営みであり,マニュアルでは捉えきれない複雑さと多様性を内包していると考えられる.
2. 臨床判断とスピリチュアルケア実践への反映・評価スピリチュアルケアにおける臨床判断に基づくケア実践は,静かな傾聴や体調に応じた声かけ等の行動,および声のトーン,発話速度,距離感,視線の調整といった非言語的対応に反映された.さらに,看護師の専門性を生かし,タッチングや足浴,マッサージなどの身体的ケアを通して,寄り添う姿勢を体現していた.これらは,臨床判断に基づいて選択された実践であり,「どう寄り添うか」を具現化するものであると考えられる.欧米の緩和ケアの教科書The Pallium Palliative Pocketbookには,「すべての質問に答えようとするよりも,ただ患者に寄り添うことが重要な介入である」と記されている(Pereira, 2016/2017).一見,受動的に見える「寄り添う」という行為は,実際にはその背景にあるケアの方向性によって意味や形が異なると考えられる.先行研究では,現象学的視点からスピリチュアルケアの意味が論じられてきた(Bush & Bruni, 2008;Hosseini et al., 2015;Wright, 2002;Deal, 2010).一方,本研究の新規性は,「寄り添う」行為に至る判断過程,ならびにその最中の思考に着目した点にある.つまり,本研究は,「寄り添う」行為を静的な状態として捉えるのではなく,患者に「どのように寄り添うか」「なぜその場面で寄り添いを選択したのか」といった,スピリチュアルケアにおける存在の動的側面を明らかにした点で意義がある.また,【柔軟な視点で患者の反応と行動の変化を評価する】とあるように,ケアの続行,変更,中断の評価は患者の反応から行いつつも,ケア効果の判断には一元的な良否に基づく判定ではなく,長期の視点で患者の多様な変化を捉えることが必要である.
人間の存在や意味といった抽象的かつ個別性の高い領域に関わるスピリチュアリティの言語化は容易ではない(Taylor, 2002/2008).本知見は,看護師が患者の苦悩にどう向き合い,必要な判断と対応を行うかの指針となりうるものであり,スピリチュアルケアの実践に対する自信や確信の基盤になると考えられる.判断内容や根拠は,緩和ケア病棟の実践に基づくが,病棟特性への依存は小さく,他の場でも参照可能である.また,看護基礎教育においては,本知見を基盤としてスピリチュアルケアにおける臨床判断力の育成を試みることができる.看護師は内省と研鑚を通じて,確定的な判断を避ける倫理的態度と謙虚さを有し,スピリチュアルケアにおける判断力を高めていた.したがって,シミュレーションなどを活用した内省的学習は,スピリチュアルケアにおける判断力の向上に寄与することが示唆される.
本結果は,Tanner(2006),Tanner et al.(2022)の臨床判断モデルの主要構成要素と概ね整合する.一方で,既存モデルは要素の具体的記述に乏しい.本研究は,スピリチュアルケアの文脈に即し,判断内容や根拠,ケア内容の具体像を同定した.今後は,要素間の関係性を明確化したうえで,異なる文脈での再現性や妥当性を検証する必要がある.
スピリチュアルケアにおいて行う臨床判断の内容は,【死への恐怖や生きる意味,存在価値に対する苦悩を推察する】などの3カテゴリ,判断の根拠は【何気ない会話や日常生活に表れる価値観や特性を示す言動】などの3カテゴリ,ケア実践への反映は【看護師の専門性を生かしたスピリチュアルケアを提供する】などの3カテゴリが生成された.本研究は,緩和ケアを担う看護師のスピリチュアルケアにおける臨床判断の具体的実態を明らかにし,その判断が患者との関係性や実践知を基盤として構築されることが示唆された.
本研究は,緩和ケアの経験豊富な看護師が,終末期患者のスピリチュアルな苦悩に対して行う臨床判断の内容と根拠を明らかにした.ただし,緩和ケア以外の領域や経験年数の異なる看護師の視点は含まれておらず,緩和ケア病棟の特性に依存する可能性もあるため,知見の適用には限界がある.協力者の語りは経験や認識の意味づけを示す重要な情報源である一方,個人的な解釈が反映されており,実際の行動や判断過程の全体を直接示すとは限らない.そのため解釈に留意が必要である.また,再帰性を意識して分析を行ったが,研究者の影響を完全に排除することは困難であり,解釈には主観性が含まれる可能性も本研究の限界の一つである.
今後は,緩和ケア以外の領域や経験年数の異なる看護師を対象とすることで,多様な視点から臨床判断を検討する必要がある.また,本研究で明らかになった判断の特徴や要素については,量的研究により検証することで,医療提供の場を問わず再現性と適用可能性を有する臨床判断モデルの構築が期待される.
付記:本論文の内容は,第35回日本保健科学学会学術集会にて発表した.
謝辞:本研究にご協力いただいた緩和ケア病棟の看護師の皆様に,心より感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:HUは研究の着想,デザイン,調査,分析,解釈,論文作成の研究プロセス全てを主導し執筆した.MYは研究プロセスへの助言,分析と考察,論文作成に関与し,すべての著者は最終原稿を確認し,承認した.