2025 年 45 巻 p. 916-926
目的:看護師として働く小児がん経験者が闘病体験を意味づけるプロセスを明らかにする.
方法:看護師として働く小児がん経験者7名にインタビューを行い,TEM(複線径路・等至性モデル)を用いて分析した.
結果:入院治療に伴い,【見えない出口に入院治療の意味を探求】する闘病は,時間の経過とともに【楽しい共同生活】となる.治療終了後に社会に戻ると【刺さる偏見の目による傷心】となるが,後に【特別な体験】とし【病者に還元できる軌跡】として看護師を目指すようになる.看護師として闘病体験は【類似病者への支援の源】と意味づけ【自己形成の構成要素】を経て【患者への共感性の基軸】であると意味づけていた.
結論:看護師として働く小児がん経験者が闘病体験を意味づけるプロセスは,闘病体験を患者への共感性の基軸として看護に活用していくプロセスであった.小児がんの闘病体験を活かし,尊厳を持って生きている様が示された.
Objective: To clarify the process by which childhood cancer survivors working as nurses make meaning from their experience with cancer.
Method: This study was a qualitative study using the Trajectory Equifinality Model (TEM) Interviews were conducted with seven childhood cancer survivors who work as nurses.
Results: For childhood cancer survivors working as nurses, their struggle with illness meant finding meaning in their hospital treatment, or “searching for an invisible exit.” However, they later came to view it as “enjoyable community life in the hospital.” After completing treatment and returning to society, they experienced “heartbreak due to prejudice,” but later came to view it as “a special experience” and “a way to give back to others with an illness.” After becoming nurses, they began to view their struggle with illness as “support for others with the same illness” and “a part of self-development.” They also began to interpret it as “the basis for empathizing with patients.”
Conclusion: The process by which childhood cancer survivors working as nurses make meaning from their struggle with illness was a process of utilizing their struggle as a basis for empathy with patients in nursing. These findings suggest that childhood cancer survivors are living with dignity, drawing on their experience with cancer.
第4期がん対策推進基本計画(厚生労働省,2023)の「がんとの共生」分野では,「がんになっても安心して生活し,尊厳を持って生きることのできる地域共生社会を実現することで,全てのがん患者及びその家族等の療養生活の質の向上を目指す」ことが掲げられている.現在,小児がん患者の5年生存率は80%以上となり(公益財団法人がん研究振興財団,2025),成人期を迎えた小児がん経験者は若年成人の400~1,000人に一人と推定される.
小児がんの治療は,化学療法,放射線療法,骨髄移植等を組み合わせた集学的治療であり,年単位に及ぶ入院生活を伴う.副作用や侵襲の大きい処置により,死への恐怖感や孤独感と苛立ちなどを伴う体験(小代・早川,2015)が報告されている.また,治療終了後も二次がんや晩期合併症など,長期的な健康課題に直面している(Ishida et al., 2018).
一方で,「小児がんを克服した今の自分に自信を持つ」(益子・住吉,2021)といった前向きな変化や,Posttraumatic Growth(心的外傷後成長:以下PTG)の視点からまとめられた報告(開,2020)もみられる.また,「病気をして嫌なことだけではなかった」(大池ら,2021)と捉える者や,経験を活かしたい(佐伯・大西,2021),入院治療の経験を活かした仕事に就きたいと対人援助職を目指す者もいる(下山・中村,2021).さらに,看護師として自身の闘病を体験した病院を職場として選ぶ者もいる(山崎ら,2021).加えて,研究者が定期的に開催している小児がん経験者の会に看護師として働く方が参加し,やりがいをもって働いていることや患者への思いが語られる場面がある.その語りからは,闘病体験が看護の実践の中で意味づけられ,患者支援の原動力となっている様子がうかがえる.これらのことから,小児がん経験者がどのように自身の闘病体験を意味づけ,看護師として活かしているのか明らかにする必要があると考えた.
以上のことから,闘病体験を活かし看護師として働いている小児がん経験者は確かに存在する.しかし,看護師として働く小児がん経験者を対象とした調査は見当たらず,小児がん経験者がどのように闘病体験を意味づけ,社会の中で役割を見出し,尊厳をもって生きているのかについての学術的知見が不足している.したがって,本研究では,看護師として働く小児がん経験者に焦点を当て,闘病体験をどのように意味づけ,その意味づけが時間の経過とともにどのように変化してきたのか,そのプロセスを明らかにする.
本研究の目的は,看護師として働く小児がん経験者が闘病体験を意味づけるプロセスを明らかにすることである.本研究の意義は,小児がん経験者が尊厳をもって生きる姿を提示することにより,小児がん経験者に対する社会的理解と認知の向上に繋がる知見を示す点にある.これは,第4期がん対策推進基本計画の「がんとの共生」に掲げられた目標にも合致し,がんになっても安心して生活できる地域共生社会の実現に寄与する.さらに,小児がんの闘病体験を意味づけていくための支援のあり方について示唆を得る点にもある.
複線径路・等至性モデル(Trajectory Equifinality Model:以下TEM)(サトウ,2009)を用いた質的研究である.TEMは,TEA(Trajectory Equifinality Approach:複線径路等至性アプローチ)を構成する「TEM」,「歴史的構造化ご招待(Historically Structured Inviting: HIS)」「発生の三層モデル(Three Layers of Genesis: TLMG)」の3要素の中心にある.人間の成長について,その時間的変化を社会・文化・歴史との関係で展望するデータの分析及び記述に関する方法論である.本研究は,小児がん経験者が数々の発達段階やライフステージの非可逆的時間を生き,看護師という職業を選択し就労する過程において,闘病体験を意味づけていく時間的変容のプロセスを捉えるためTEMでの解明が最適であると判断した.
サトウ(2012)は,研究を行う対象人数について,1・4・9の法則を提唱し「TEMによる研究の対象者数は,1人,4 ± 1人,9 ± 2人,16 ± 3人,25 ± 4人という具合で異なる質を生み出しうる」と述べている.さらに,荒川ら(2012)は,1人の話を分析すれば深みが出る,4人の話を分析すれば多様性が見える,9人の話を分析すれば径路の類型ができる,と述べている.本研究では,看護師として働く小児がん経験者の闘病体験の意味づけのプロセスを明らかにすることにより,小児がん経験者の活躍モデルの構築の基盤とすることを目指しており,経路の類型を目指すため,対象を9 ± 2人と設定した.
2. インタビュー協力者の概要(表1)TEMでは,ある経験(をした人)を研究の対象として焦点をあてる(抽出する)歴史的構造化サンプリング(安田・廣瀬,2013)を行う.等至点を先に設定し,その等至点に至った人を研究の対象とするため,本研究では,小児がん経験者が闘病体験を意味づけていく過程において生成された意味である「闘病体験から得る前向きな変容」(越雲・小嶋,2025)を等至点として分析を行った.よって,調査対象者は,「闘病体験から得る前向きな変容のある方」と設定した.研究者が代表を担うサポートグループの小児がん経験者の集まりに参加したことのある看護師で「闘病体験から得る前向きな変容」のある方に調査依頼を行い,同意の得られた看護師として働く小児がん経験者7名をインタビュー協力者とした.
| 年代 | 性別 | 病名 | 闘病時期 | 治療内容 | 晩期合併症治療の影響 | 看護師歴 | 看護実践の場 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| A | 30代前半 | 女性 | ①ユーイング肉腫 ②AML*(二次がん) |
①学童前期 ②中学生 |
①②化学療法 ①手術 |
肩甲骨摘出による可動域制限 | 8年 | NICU 婦人科病棟 |
| B | 20代後半 | 男性 | ALL** | 学童前期 | 化学療法 放射線療法 |
無 | 6年 | 小児病棟 急性期病棟 |
| C | 30代前半 | 女性 | ALL** | 中学生 | 化学療法 骨髄移植 |
生殖機能障害 | 5年 | 血液内科病棟 小児病棟 |
| D | 20代後半 | 女性 | ALL** | 学童中期 | 化学療法 | 無 | 3年 | 血液内科病棟 |
| E | 20代後半 | 女性 | ALL** | 幼児期後期 | 化学療法 | 無 | 5年 | 小児病棟 療育園 クリニック |
| F | 20代前半 | 女性 | 横紋筋肉腫 | 幼児期後期 | 化学療法 放射線療法 末梢血幹細胞移植 |
生殖機能障害 成長障害 脳出血 |
1年 | 内科病棟 |
| G | 30代前半 | 男性 | ①ALL** ②ALL**(再発) |
①学童前期 ②学童後期 |
①②化学療法 ②骨髄移植 |
生殖機能障害 成長障害 肺機能低下 |
3年 | 小児病棟 |
* AML:急性骨髄性白血病 ** ALL:急性リンパ性白血病 ①:1度目の闘病 ②:2度目の闘病
TEMでは,聴き手と話し手の異なる視点・観点を融合した状態であるトランス・ビューを目指す.サトウ(2012)は,「3回会うことで理解が深まり,何を話すべきかわかってくる.面接を繰り返すときにTEM図を用いることで,お互いの理解が深まるということもある.」,「トランス・ビュー的なTEM図を描くために最低3回は会った方がよい」と述べ,3回のインタビューを推進している.今回は,インタビュー協力者と筆者が初対面のものはいなかった.よって,インタビューガイドを用いた半構造化面接を1名につき2回行った.2回目のインタビューの際には,作成した個別のTEM図を提示すことで更なる語りを得た.インタビューの内容は,「看護師となるきっかけ」,「看護師になる過程での迷いや揺れの体験」,「小児がんの闘病体験をどのように捉えているか」,について,入院中,退院後,現在と時間の流れで語ってもらった.1回目の面接時間の平均は43.4分,2回目の平均は44.6分であり,1回目および2回目を合わせた平均は44分であった.インタビュー協力者に同意を得た上でICレコーダーに録音し逐語録をデータとした.
4. 分析方法TEM(サトウ,2009;安田・サトウ,2012)は,基本概念や構造を守り発展させながら分析する.本研究における分析手順を表2に示す.
| 手順 | 方法 | |
|---|---|---|
| 1回目のデータ収集 | 1 | インタビューによる1回目のデータ収集を行った. |
| 個々のTEM図の作成 | 2 | 1回目インタビューで語られた経験を,意味のまとまり事に切片化し,それぞれに内容を端的に表現する見出しを付けた. |
| 3 | インタビュー協力者の経験を個別に非可逆的時間に並べ,個人としての時間の流れを捉えた. | |
| 4 | 1名ずつのTEM図を作成した. | |
| 2回目のデータ収集と確認 | 5 | 2回目のインタビューを行った. その際,作成したインタビュー協力者毎のTEM図を提示し,確認するとともに,さらなる語りを得た. |
| インタビュー協力者全員の TEM図の作成 |
6 | 2回目のインタビューで語られた経験も,1回目同様に,意味のまとまり毎に切片化し,端的に表現する見出しを付けた. |
| 7 | 1回目および2回目のインタビューから得られた見出しを個別に非可逆的時間に並べた. | |
| 8 | その下に別のインタビュー協力者と同じような経験を同じ列にそろえて並べた. | |
| 9 | 経験を列毎にラベルを付けた. | |
| 10 | 等至点へと向かう経験やその後に続く経験を,TEMの枠組みを用いて図に示した. | |
| インタビュー協力者への確認とTEM図の完成 | 11 | インタビュー協力者に統合したTEM図を示し納得できるか確認した.納得できない内容やラベル名はインタビュー協力者とともに検討した.十分な共感と納得が得られたところでトランス・ビュー的飽和と判断した. |
分析の過程は,質的研究者である指導教員のスーパーバイズの下で行い,大学院のゼミで何度も検討を重ね,信憑性の確保に努めた.また,統合したTEM図をインタビュー協力者に示し納得できない内容やラベル名は協力者と共に検討し.十分な共感と納得が得られたところでトランス・ビュー的飽和とし真正性の確保に努めた.
なお,TEMで用いる「等至性」とは,個人が多様な経験を積み重ねていたとしても,等しく到達する通過点があることである.また,「等至点(Equifinality Point.以下EFP)」は,多様な経路がいったん収束しうる地点,「分岐点(Bifurcation point.以下BFP)」は,ある選択によって経路が多様に分かれていく場合とその地点,「必須通過点(Obligatory Passage Point.以下OPP)」は,論理的・制度的・慣習的・結果的にほとんどの人が辿ると考えられる地点である.また,分岐点で生じる緊張関係のうち,等至点から遠ざけようと働く力を「社会的方向づけ(Social Direction.以下SD)」,等至点へ至るように働く力を「社会的ガイド(Social Guidance.以下SG)」と呼ぶ(安田ら,2015).
5. 用語の定義闘病体験の意味づけ:Travelbee(1971/1974)によると,「意味(meaning)」とは,特定の生活体験から得られたその体験に対しての理由,なぜその体験に耐えるのかという理由への気づき」としている.本研究では,「闘病体験の意味づけ」を,闘病から現在に至るまでに多様な体験をする中で志向的に統一された,小児がんの闘病体験に対する捉えや理由付け,それによる気づきとする.
国際医療福利大学研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号23-Ig-61).インタビュー協力者に,口頭と文書で研究の目的と主旨,プライバシーの遵守,研究参加の任意性と途中辞退の保証,個人情報の匿名化,結果の公表について説明し同意を得た.インタビューの場所は外に声が漏れない個室で実施し,個人情報の保護に留意しデータは厳重に保管した.
看護師として働く小児がん経験者が非可逆的時間の継続の中で闘病体験を意味づけるプロセスをTEM図(図1)に示した.

本文中は,必須通過点をOPP,分岐点をBFP,等至点をEFPとし,ラベルを【 】で示す.また,影響要因のうち促進要因である社会的ガイドをSG,抑制要因である社会的方向づけをSDとし《 》で示す.ラベルの詳細を示す下位ラベルを[ ]で示す.さらに,見出しを「イタリック文字」で表記する.
1. 看護師として働く小児がん経験者が闘病体験を意味づけるプロセス看護師として働く小児がん経験者にとって,闘病初期は【OPP:見えない出口に入院治療の意味を探求】するものであった.時間の経過とともに,闘病は【OPP:楽しい共同生活】と捉えるようになる.治療終了後,社会に戻ると【OPP:刺さる偏見の目による傷心】を経験するが,その後,【BFP:特別な体験】と捉え,【OPP:病者に還元できる軌跡】として看護師を目指す段階に至る.看護師として働くようになると,自身の闘病体験は【EFP:類似病者への支援の源】となり【OPP:自己形成の構成要素】として,最終的には【EFP:患者への共感性の基軸】と意味づけられる.
本調査における等至点は,看護師として働きだす段階で収束された【EFP:類似病者への支援の源】と類似病者を看護する中で収束された【EFP:患者への共感性の基軸】であった.分岐点は【OPP:特別な体験】であり,看護師を目指す【OPP:病者に還元できる軌跡】と,論理的には存在し得る看護の道を進まない【病者に還元しない】に分岐した.
このプロセスは,非可逆的時間の中で3期に分けられる.第1期は闘病期,第2期は看護師を目指す時期,第3期は看護の道を歩む時期である.以降では,時期ごとに,闘病体験の意味づけのプロセスと影響要因を詳述する.
1) 第1期:闘病期闘病体験は,【地獄からのスタート】または【知らぬ間に親からの隔離】という感覚から始まる.発症時中学生であったCさんは病気説明を受け,「メディアや授業による死ぬ病気という認識」による《SD:ネガティブな情報の植え付け》の影響で,自身の病気や置かれた状況を把握し,【地獄からのスタート】と捉えた.【告知の瞬間から恐怖と驚愕の迷宮入り】をし,当時は【長期にわたる日常の閉鎖】をされる感覚を持っていた.一方,発症時幼児期または学童前期の小児がん経験者は,《SD:親との離別の空虚感》によって【知らぬ間に親からの隔離】という感覚から闘病が始まる.《SD:漠然とした病気の知識》から【治すための入院治療】と受け止める.
両者に共通して,《SD:嘔気の強い検査と治療》《SD:食事制限のストレッサー》《SD:食欲を増強させる副作用》などの影響により,「終わりはあるのか」「なんでやらなきゃいけないの」といった【OPP:見えない出口に入院治療の意味を探求】する状況を経験する.その後,《SG:習慣化する抗がん剤治療》や《SG:身近な支えである看護師》の影響により【OPP:“やるしかない”】と闘病に向き合うようになる.また,《SG:激励し合う闘病仲間》や《SG:院内学級による学生の遂行と楽しみ》《看護師への憧れ》など周囲の支えに気づくことで【孤独からの脱却】が可能となる.結果として,「闘病仲間との楽しい生活」「辛いより楽しい」といった経験により闘病体験は【OPP:楽しい共同生活】として意味づけられるようになる.退院時は,《SG:家で過ごす楽しさ》等により【治療終了の達成感】を実感するに至る.
2) 第2期:闘病終了から看護師を目指す時期退院後,闘病前の学校に戻ると「うつる病気と言われる辛さ」などの経験から【OPP:刺さる偏見の目による傷心】を抱くようになる.また,闘病前とは異なる《SD:整わない身体》と容姿の変化により《SD:隠ぺいする脱毛》,通院や体調不良による《SD:学校生活の制限》,友人との距離感に《SD:阻まれた人間関係》《SD:学友からの“置いてけぼり”の隔たり感》を経験し,闘病は【後ろめたい】ものとなる.さらに,《SD:闘病仲間の再発の知らせ》《SD:もやもやから確信に変わる晩期合併症》により【付きまとう治療の影響と再発の心配】を抱くこともあった.しかし,時間の経過とともに,徐々に周囲から《SG:特別視の消失》を感じ,《SG:回復による周囲と同様の生活》が可能になり,さらに《SG:医師の“大丈夫”による再発の無意識化》や《SG:周囲への病気開示の見極め》により「病気を気にしない」などの【病人意識の希薄化】が起こった.晩期合併症を抱える場合,【合併症との共存による薄れぬ病人意識】をもつことも考えられるが,本調査では明確な語りは得られなかった.
加えて,成長に伴う「病気への関心」や「理解確認を含めた病気説明」により《SG:病気の理解の促進》がされ「亡くなる病気」を患っていたという《SG:ネガティブな情報と一致した病名》と照合する中で,「生存している奇跡」を感じる等,闘病を【乗り越えた大きな出来事】と捉えるようになった.そして,《SG:闘病体験の恩返しを模索》《SG:自分のルーツを回想》《SG:闘病中の支えに感謝》などの経験を通して,「珍しい貴重な闘病体験」「闘病経験があって良かった」と【BFP:特別な体験】と意味づけるようになる.
この分岐点を経て,当事者は《SG:職としての看護師を意識》するようになる.一方で,《SD:看護師就業に対する身近な大人からの体力の心配と反対》のせめぎ合いも経験する.その後,《SG:看護師を目指す身近な大人の勧め,承認,後押し》によって「悪い闘病体験を活かせるのではないか」「身近で見てきた私ならできるだろう」と【OPP:病者に還元できる軌跡】と闘病体験を意味づけるに至った.
3) 第3期:看護の道を歩む時期看護師として働く小児がん経験者は,「同病児に還元できる可能性」「されたように患者に寄り添いたい」など【EFP:類似病者への支援の源】として闘病を意味づけ,看護の道を歩み始める.さらに,《SG:患者から看護師として恩返しの伝播》があると,闘病体験は【人生に役立つ体験】と捉えられる.《SG:闘病体験を活かす看護の揺るがぬ根幹》は【看護職としての原動力】に影響し,《SG:人としての成長を痛感》《SG:かかわった人のおかげの看護の道》《SG:闘病仲間との繋がりによる視野の広がり》などにより「病気を経験していなかったらこの人たちに出会えていない」と【貴重な出会いのもと】として意味づける.その上で,《SG:闘病体験のある自分の使命》《SG:誇りである闘病体験》《SG:感謝の言葉に還元実感のやりがい》などが影響し「闘病があって今ここにいる」と【OPP:自己形成の構成要素】として意味づける.さらに,《SG:共感を基にした患者ニーズを模索し実践》することや,《SG:闘病体験に対する患者の関心と心のオープン化を察知》することにより,闘病体験は【EFP:患者への共感性の基軸】であると意味づけられる.
一方で,《SD:共感できる苦悩》《SD:患者の努力が報われないしんどさ》《SD:生存している自分が嫌味となる懸念》などにより「わかるからこそしんどく寄り添えないやるせなさ」「病気開示で与える期待と落胆を危惧」するなどの【P-EFP:闘病体験を語る苦渋】があり,等至点は両極化している.
さらに,【EFP:患者への共感性の基軸】として意味づけた未来に向け,さらなる意味づけを求めていた.「同病児に回復できることを身をもって伝達したい」という【求む回復可能のイメージ化】,「寄り添える場を作りたい」という【寄り添う看護を追求】,「治らない人のためにできることを志向」という【さらなる闘病体験の還元の場を模索】,「将来的な体力の心配」という【体調・生活とのバランス調整】である.
2. 類似病者への支援の源から共感性の基軸に至る類型(図2)本研究では,協力者がいずれかの径路を通る類型には該当せず,複数の径路が重なり合うものであった.そのため,特に看護師をしている小児がん経験者の闘病体験の意味づけに注目し,第3期の「看護の道を歩む時期」に焦点を当てて【EFP:類似病者への支援の源】と【EFP:患者への共感性の基軸】の2つの等至点を基に検討した.【EFP:患者への共感性の基軸】には,3通りの闘病体験を活かせた実感が下位ラベルとして含まれる.1つ目は[共感による寄り添い奨励の実感]であり,2つ目は[患者に闘病体験を開示することによる希望提供の実感],3つ目は[闘病体験に対する患者の関心と心のオープン化を察知]である.さらに,両極化した等至点として【P-EFP:闘病体験を語る苦渋】も含め,類型を整理した.【EFP:類似病者への支援の源】は7名全員が辿っていた.そのうち,5名(A~E)が[共感による寄り添い奨励の実感]を得ていた.4名(A~D)が[患者に闘病体験を開示することによる希望提供の実感]を得ていた.5名(A~D, G)が[闘病体験に対する患者の関心と心のオープン化を察知]をしていた.2名(A, G)が【P-EFP:闘病体験を語る苦渋】として意味づけていた.したがって,7名中4名(A~D)は【EFP:患者への共感性の基軸】の3つの下位ラベル全てを経験していたことになる.

看護師として働く小児がん経験者に焦点を当て,闘病体験の意味づけのプロセスを調査した.その結果,小児がん経験者として過ごす時間の経過と体調やライフステージの変化に応じて,闘病体験の意味が変容していくことが示された.
1) 闘病期闘病期は,【知らぬ間に親からの隔離】や【長期に渡る日常閉鎖】など,社会からの隔離と病気の症状や薬の副作用による【OPP:見えない出口に入院治療の意味を探求】する体験が特徴的であった.しかし,入院生活や治療への慣れ,闘病仲間や看護師との関わりを通して,周囲に恵まれた闘病に気づき,闘病している「今」を生きる視点へと変化している.これは,辛い治療だけではない闘病生活へと視野が広がり,現状を受け入れていく様相を示している.また,発病時に発達段階による意味づけの違いも示唆された.幼児期から学童前期では,ピアジェの認知発達段階の分類(Piaget, 2007)による前操作段階にあり,保存の概念や可逆性の理解が未熟であること,ならびに直観的思考が優勢であることから,入院時の体験は,親と分離することによる寂しさが中心的に印象付けられている.さらに,自己中心的思考により,【知らぬ間に親からの隔離】をされた体験として主観的に意味づけていると考えられる.一方で,発症時中学生であるCさんは,当時を【地獄からのスタート】と意味づけた.形式的操作段階(Piaget, 2007)に入っていたことで,論理的思考や予測・推理が可能となり,病気が自己に与える影響も理解し,これまでの「がん」の知識と結び付けて未来の自分を想像することができたためである.つまり,闘病期における意味づけは,発達段階に応じて大きく異なることを明らかにした.
2) 闘病終了から看護師を目指す時期第2期では,闘病終了後に,友人たちと比較して闘病による体力低下や容姿の変化など自身の身体の変化に気がつくと同時に,友人関係の変化に戸惑いを抱く様子がみられた.しかし,体調が回復し再び周囲と関わることが可能となるにつれて,生活に順応し,闘病体験に対する意味づけが肯定的に変容していった.さらに,闘病終了時には具体的操作の段階であった者も形式的操作段階になると,論理的に物事を捉えられる力が増し,《SG:病気の理解の促進》により,《SG:ネガティブな情報と一致した病名》を通じて,【乗り越えた大きな出来事】と捉えるようになっていた.自身の病気の重篤性や生存できない可能性があったことを理解できたとき,改めて闘病を振り返り大きな出来事であることを認識している様子を示している.また,進路を考える時期が重なることから,《SG:自分のルーツを回想》《SG:闘病体験の恩返しを模索》する中で,【BFP:特別な体験】と意味づける様相がみられた.これにより,看護職を志す契機として闘病体験を活かそうとする思いが芽生えていた.先行研究においても「闘病体験を活かしたい」という思いの存在は報告されている(牧野・野中,2010;山崎ら,2021).本研究は,その思いに至るまでの意味づけの過程を明らかにした点で新たな知見を示したと考えられる.
3) 看護の道を歩む時期第3期では,闘病体験を【EFP:類似病者への支援の源】【EFP:患者への共感性の基軸】として意味づけ,他者への支援に活かそうとする姿勢が明らかになった.第2期までの闘病体験が主に自己内面に限定されていたのに対し,第2期の後半で【OPP:病者に還元できる軌跡】と意味づけることを経て,第3期では他者視点での意味づけが加わる点が特徴的であった.
先行研究においても,小児がん経験者が闘病体験を「自分の人生に病気を取り込むプロセス」(林,2014)や,「自分というシステムの再構築」(益子・住吉,2021)として捉えていることが報告されている.本研究の対象者も同様に【BFP:自己形成の構成要素】として闘病体験を意味づけていたが,特に看護師として働く小児がん経験者の場合には,《SG:闘病体験のある自分の使命》や《SG:感謝の言葉に還元実感のやりがい》といった要素が,自己形成をさらに強める要因となっていた.職業的アイデンティティ(グレッグ,2002)の確立に直結している点が特徴的であった.
さらに,この時期には,闘病体験が看護師としての強みとして認識されるようになった.患者に寄り添える実感や,闘病体験の開示によって患者に希望を与える実感を通して,闘病体験を共感性の基軸として活用し,患者によい影響を与えていることを自覚していた.このプロセスは,PTG(Tedeschi & Calhoun, 1996)における逆境を経た先の成長を経ており,森本ら(2014, 2015)の示した「自分自身を成長させる意識である自己形成意識を高めていた主な要因は強みの活用感」とも共通する.本研究においては,小児がん経験者が闘病体験を通して自己形成意識を高めるのみならず,看護師としての職業的アイデンティティを強化し,尊厳を持って生活する姿が示された.
2. 闘病体験の意味づけへの影響要因小児がんの闘病は,約1年間に及ぶ長期入院を伴う.発達途上である小児は日常生活において大人の介入が必要である.入院中は病院の面会ルールや家族の状況により,親と過ごす時間も限られる.そのため,看護師は最も身近な大人として,治療のみならず,入院生活全般を支えていた.本研究では,闘病期における《SG:闘病中の身近な支えである看護師》の存在が,「見えない出口」の感覚から脱する要因の一つであることが示された.家族よりも多くの時間を共に過ごした看護師の存在は闘病中の励みとなり,後に《SG:看護師への憧れ》へと繋がったと考えられる.
小児がん経験者は,《SD:整わない身体》や《SD:阻まれた人間関係》の中で学校生活を再開し,外来通院により《SD:学校生活の制限》や《SD:さぼりと誤認される通院による早退》を余儀なくされる.しかし,《SG:アットホームな外来》の雰囲気は,制限や整わない生活の中でも安心できる場所となり,ポジティブに捉えられるようになる.また,【BFP:特別な体験】と捉える要因として,《SG:闘病体験の恩返しを模索》《SG:自分のルーツを回想》《SG:闘病中の支えに感謝》などが影響していた.
Miyagishima et al.(2023)は,小児がん経験者の自立には専門家をロールモデルとしてみることが影響していることを報告している.本調査でも,医療職を目指すうえで看護師との関わりが闘病の励みとなり,感謝の気持ちが看護師を志す動機に影響していたと考えられる.一方で,看護師になることに対し,体力の心配や反対があることも明らかとなったが,身近な大人からの勧めや外来での看護師からの後押しにより【OPP:病者に還元できる軌跡】と捉え,看護師としての進路の揺らぎを整えられていた.
看護師の仕事は,立ち仕事が多く,勤務体制は夜勤を含めた交代勤務もあるため,生活リズムの形成は容易ではない.吉岡ら(2017)は,多忙や能力以上の仕事量,体調不良や体調管理の難しさを看護師の困難感として報告している.それにもかかわらず,小児がん経験者が看護師を選択する背景には,闘病体験を役に立てたい思いや恩返しの気持ち,身近な大人の後押しや応援が影響していると考えられる.また,《SD:実習を含めた看護学習得による実践への不安》および《SD:治療の影響による看護上のハンディキャップ》を示す一方で,《SG:周囲の激励》や《SG:目標の看護師像による貫徹》が,【EFP:類似病者への支援の源】に影響していた.自身の闘病体験を通して,看護師の働く姿を具体的に思い描けることや,憧れの看護師像を持つことにより,闘病体験が類似病者への支援に繋がるという具体的なイメージを形成していたと考えられる.第3期の看護の道を歩む時期においても,《SG:かかわった人のおかげの看護の道》という闘病中の出会いが【貴重な出会いのもと】として闘病体験を捉える要因となった.看護師として就労を継続する上で,闘病体験を意味づけ活かし,患者に還元できた感覚を得ることがやりがいに繋がると考えられる.
以上より,復学や進学,就職などライフステージの変化に伴い,闘病体験の意味づけは変容していくことが明らかとなった.その際,新しい場での周囲の反応や後押しが意味づけの方向性を左右していた.特に定期通院や長期フォローアップ外来は,闘病や小児がん経験者としての生活を振り返り,将来を共に考える機会として重要であり,安心して相談できる場を提供することが支援の方向性として示唆される.
3. 同一視による看護への影響と意味づけへの支援1つ目の等至点である【EFP:類似病者への支援の源】と2つ目の等至点の【EFP:患者への共感性の基軸】の下位ラベルを全て得ていた4名は,闘病体験を患者への共感性の基軸として意味づけ,それを看護に活かしている実感を持っていた.一方,Gさんは,【EFP:患者への共感性の基軸】のうち,患者の関心と心のオープン化のみを捉えており,同時に【P-EFP:闘病体験を語る苦渋】を多く体験していた.また,Aさんも【EFP:患者への共感性の基軸】と意味づけながら【P-EFP:闘病体験を語る苦渋】を抱えており,類似体験を分かち合える一方で,感情を重ねてしまう苦悩を有していた.特に,《SD:患者の努力が報われないときのしんどさ》や,《SD:生存している自分が嫌味となる懸念》は,自己効力感が低下する状況であると考えられる.小児がん経験者は希少であり,さらに看護師になった小児がん経験者同士が出会う機会はほとんどない.そのため,他者の経験や思いに触れる場が不足しており,自らの闘病体験をどのように位置づけていくか模索し続けている.先行研究(角,2018)でも,がん経験のある看護師が支援される側の患者になることのむずかしさや,同じ背景を持つ看護師同士の繋がりの必要性が指摘されている.
以上のことから,看護師として働く小児がん経験者同士が出会い,経験や苦悩を語り合える環境やネットワークの整備が重要である.それにより,感情の対処方法を見出す機会となり,小児がん経験者である看護師としての看護観や職業的アイデンティティの形成を支え,尊厳を持ち続けることに繋がる.さらに,この支援のあり方は,さまざまな立場にある小児がん経験者にも応用できる.小児がんの闘病後の人生を歩む中で,その経験を意味づけていく過程において,仲間との語り合いの場は,自己理解を深め,闘病体験を肯定的に再構成する機会となる.このような語りの場やネットワークの整備は,小児がん経験者が孤立せずに自分らしく生きる力を促し,社会の中で尊重されながら生活する環境づくりに寄与する.
看護師として働く小児がん経験者にとって闘病体験は【EFP:類似病者への支援の源】と意味づけられ,看護実践を重ねる中で【EFP:患者への共感性の基軸】へと再意味づけされるプロセスを辿っていた.闘病体験は,看護師としての職業的アイデンティティの形成にも寄与し,自己の強みとして活用されていた.支援される立場と考えられていた小児がん経験者が,実際に専門職として活躍する様を通して,尊厳をもって生きる姿が示唆された.一方で,一部【P-EFP:闘病体験を語る苦渋】を抱えており,患者との同一視による感情的負担や自己効力感の低下といった課題も見られた.
本研究は,看護師として働く小児がん経験者を対象としており,対象者数は限られた.また,他職種で働く小児がん経験者や,就労に至っていない者に関する知見は得られていない.今後は,対象を拡大し,より多様な職種・背景をもつ小児がん経験者における闘病体験の意味づけのプロセスを検討することが求められる.また,本研究で得られた知見を基に,同じ背景をもつ仲間が相互に支え合う交流の場やネットワークを整備する必要がある.さらに,教育現場や医療現場に還元し,闘病体験を肯定的に活かせるような支援体制や社会環境の整備についても検討し,小児がん経験者の強みを最大限に活かす支援体制の構築が課題である.
付記:本研究は,国際医療福祉大学に提出した博士論文に加筆・修正を加えたものである.本研究の一部は,第22回日本小児がん看護学会学術集会(京都府)で発表した.
謝辞:本研究を実施するにあたり,ご協力くださったインタビュー協力者の皆様に深く感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:MKは研究の着想,研究デザイン,データ収集,分析,論文の執筆のすべての過程を実施した.SKは研究の全過程について,特に分析の指導を行った.全ての著者は最終原稿を読み,承諾した.