日本看護科学会誌
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原著
市町村保健師の部署横断的な政策形成コンピテンシー
柴生田 英香嶋津 多恵子山谷 麻由美
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2026 年 46 巻 p. 227-236

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Abstract

目的:市町村保健師の部署横断的な政策形成コンピテンシーを明らかにすることを目的とした.

方法:部署横断的な政策形成の経験がある市町村保健師10名に,半構造化インタビューを行い,質的記述的に分析した.

結果:市町村保健師の部署横断的な政策形成コンピテンシーは,【部署を越えた健康課題の改善に向き合う】【他部署を巻き込み政策の合意形成を図る】【部署を越えた体制を整えながら政策を展開する】が生成された.

結論:市町村保健師の部署横断的な政策形成コンピテンシーは,部署を越えた健康課題に向き合い,政策の合意形成に向けて庁内を巻き込み,庁内の体制を整えて政策展開へとつなげるものであった.本研究では,市町村保健師が部署横断的に政策形成を推進する実践を理解するための視点が示唆された.

Translated Abstract

Introduction: This study aimed to clarify the cross-sectional policymaking competencies of municipal public health nurses (PHNs).

Methods: Semi-structured interviews were conducted with 10 municipal PHNs who had experience in cross-sectional policymaking. The data were analyzed using a qualitative descriptive approach.

Results: The following competencies of municipal PHNs in cross-sectional policymaking were identified: [Facing the improvement of health issues across sectors], [Facilitating consensus building in policymaking by engaging with other departments], and [Promoting policymaking while organizing cross-sectional structures].

Conclusions: The cross-sectional policymaking competencies of municipal PHNs involved facing the improvement of health issues across sectors, facilitating consensus building in policymaking by engaging with other departments, and promoting policymaking while organizing cross-sectional structures. These results suggest perspectives for understanding how municipal PHNs promote cross-sectional policymaking in practice.

Ⅰ. はじめに

現代の日本は,生活に困窮しているため外来受診を控える患者など,個人に起因しない社会構造の様々な状況・要素が健康に影響し,健康格差の原因となっている.その対策として,健康増進を図る一次予防や,早期発見・早期治療の二次予防ではなく,健康格差の原因である社会環境を変えることで,暮らしているだけで健康になる人を増やす「ゼロ次予防」(WHO, 2006/2008)の考え方が示されている.さらにWHO(2010/2013)は「すべての政策において健康を考慮すること(Health in All Policies: HiAP)(以下「HiAP」)に関するアデレード声明」を報告し,すべての部門が「健康と幸福」を政策展開の主要要素として取り込むことで,行政の目的が最もふさわしい形で達成されることを示した.つまりHiAPは,保育・就学前教育から,労働政策,社会保障政策など「原因の原因」に迫り,健康格差の社会的決定要因に位置づく,すべての政策による対策が必要である(近藤,2022)ことを表している.「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)」(以下「SDGs」)は,2015年の国連サミットにおいて採択された,誰一人取り残さない持続可能でより良い社会の実現に向けた,2030年を年限とする17の国際目標(外務省,2022)である.HiAPはSDGsを推進するためのツールとして位置づけられている(WHO, 2017).地方分権以降,地方自治体は政策形成によって地域の様々な課題を解決することが求められている.市町村保健師は,住民に身近な健康問題に取り組む立場として,地域特性を反映した各種保健医療計画を策定し実施する(厚生労働省,2013)と示されている.これらのことから,市町村保健師は分野ごとの課題を解決するだけでなく,すべての政策において健康が考慮されるよう,部署横断的な政策形成に携わることが期待されていると考える.

先行研究では,行政保健師の政策形成に関連する能力として,塩見ら(2009)は事業創出に必要な「事業化コンピテンシー」を提示した.また鈴木・田髙(2014)は,政策を具体的な施策として具現化する「施策化能力評価尺度」を開発した.さらに坪内(2009)は,住民主体のまちづくりを推進する自治体保健師の活動を分析し,他部署や関係機関と協働して課題解決に向けた取り組みを展開するための構成要素を示した.海外においては,HiAPの実現に向け,公衆衛生専門職の果たすべき役割が報告されている.Hagen et al.(2018)は,政策形成におけるコーディネーターの配置が不可欠であることを示し,Karlsen et al.(2022)は,そのコーディネーターが行政内で地位を確立することの重要性を指摘した.これらの知見は,公衆衛生専門職が政策形成に関与するために必要な役割や条件を具体的に示したものである.

このように,国内外の先行研究は,政策を事業・施策として展開する能力や,他部署と協働するための構成要素,自治体内で政策形成を推進する公衆衛生専門職の役割を示してきた.HiAPは,部署を越えて政策形成に取り組むことを前提とする枠組みである.この枠組みは国際的にも提唱されており,部署横断的な政策形成の重要性は一層高まっている.そこで本研究は,部署横断的な政策形成という点に着目し,市町村保健師が部署横断的に政策形成に取り組む際に発揮していたコンピテンシーを明らかにすることを目的とした.本研究で得られた知見は,市町村保健師が部署横断的に政策形成を進める実践を理解する上で有益な視点を提供し,協働による健康づくりや健康なまちづくりを支える知見となることが示唆される.

Ⅱ. 用語の操作的定義

1)部署横断的な政策形成

部署横断的な政策形成とは「所掌の異なる複数部署が,それぞれの専門性を生かしつつ,共通の政策成果を目指して政策の企画・展開に取り組む」と定義する.

2)政策形成

政策形成とは「施策・事業を含めた,政府や自治体によって採用される問題解決のための基本方針と,その方針に沿って採用される解決手段の体系を形作ることを指す」と示されている(真山,2001).また道林(2015)は事業化・施策化について「住民の健康ニーズに基づき,不足または未整備の保健事業や地域組織などの社会資源を新たに創り出すことに課題認識と創出意思をもって関与することであり,既存事業の見直しやトップダウンの事業を地域特性に応じてアレンジすることも含む」と述べている.これらを参考に,本研究における政策形成は「住民の健康ニーズや地域の実情に応じ,施策・事業を含めた基本方針とその実施手段を体系的に構築することであり,既存事業の見直しやトップダウンの事業を地域特性に応じてアレンジすることも含めた過程」と定義する.

3)コンピテンシー

コンピテンシーとは,「ある職務または状況に対し,基準に照らして効果的あるいは卓越した業績を生む原因として関わっている個人の根源的特性」であり,この根源的特性とは「様々な状況を超えて,かなり長期間にわたり,一貫性をもって示される行動や思考の方法」とされている(Spencer & Spencer, 1993/2001).これを参考に,「(部署横断的な政策形成の)成果を生みだす特徴的な行動や姿勢」と定義した.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

質的記述的研究とした.

2. 研究参加者

研究参加者は,専門誌やホームページの関連記事および機縁法から,市町村保健師10名を選定した.選定の基準は,単なる事務的補助ではなく,意思決定や合意形成に中心的な役割を担った部署横断的な政策形成に携わり,一連の過程を経験した者とした.また,大規模自治体では保健師数や部局構造が複雑であり,庁内調整や合意形成のプロセスが制度的に整備されやすいのに対し,小規模自治体では人員が限られるため,保健師が多岐にわたる業務を担い,個々の裁量によって部署横断的な調整を行う場面が多い.異なる規模の自治体から参加者を選定することにより,政策形成の環境差に左右されずに共通して発揮される市町村保健師のコンピテンシーを抽出できると考え,指定都市,中核市,その他の市,町,村など異なる規模の自治体から参加者を含めるようにした.

3. データ収集方法

データの収集期間は,2024年4~10月であった.データの収集方法は,半構造化面接法によるインタビューを行った.インタビューガイドに基づき,①手がけた部署横断的な政策形成の内容,②担当となった経緯,③これまでの保健師経験で役に立ったこと,④部署横断的な政策形成を行う過程で大切にしたこと,⑤部署横断的な政策形成をやり遂げられた理由を自由に語ってもらった.また,市町村の人口や保健師数,研究参加者の年齢,経験年数などを尋ねる基礎調査票を事前に送り,インタビュー当日に回答を得た.

研究参加の同意が得られた者に対し,勤務等に支障がないよう,希望日時と対面またはオンラインのインタビューのいずれかを調整した.研究参加者の許可を得て,インタビュー内容はICレコーダーに録音し,逐語録を作成した.

4. 分析方法

分析にあたっては,研究目的に照らして部署横断的な政策形成に関連する記述を抽出した.その中から,本研究で定義した「部署横断的な政策形成コンピテンシー」に照らし,他部署との協働や合意形成に関連する行動や姿勢を含む発言を取り出し,日常業務や単なる事務的手続きに留まる記述は除外した.研究参加者が庁内において他部署と関わり,合意形成を行った具体的な場面や,その行動,姿勢を含む意味のまとまりのある文脈を抜き出した.政策形成には課題の把握から合意形成,体制整備,実施に至る一連のプロセス性が含まれることが先行研究により示されており(柴生田ら,2025),逐語録から発言を抽出し,コード化する際の判断基準としてこの視点を用いた.コードは類似性,相違性に基づき下位カテゴリに整理し,さらに抽象度を高めてサブカテゴリ,カテゴリ,コアカテゴリを生成した.研究の真実性を確保するために,全過程を通して公衆衛生看護学の質的研究者からスーパーバイズを受けた.データの分析は,公衆衛生看護学の研究者,大学院生と検討した.

Ⅳ. 倫理的配慮

研究参加者である保健師の所属長に対し,調査協力依頼書,研究計画書,承諾書,返信用封筒を送付した.承諾を得て紹介された保健師に,研究の主旨,参加は自由意思であること,匿名性を確保すること,同意しない場合でも不利益を生じないこと,個人情報の取扱いには十分配慮すること,同意後の撤回はインタビュー実施から10日以内はいつでもできることを説明し,研究参加対象の保健師から同意が得られた場合,同意書を返信してもらった.なお本研究は,国際医療福祉大学倫理審査委員会(承認番号:23-Ig-193-3)の承認を受けて実施した.

Ⅴ. 結果

1. 研究参加者の概要(表1

研究参加者10名の所属は,指定都市1名,中核市1名,特別区1名,その他の市5名,町2名であった.性別は女性9名,男性1名,所属市町村の経験年数は平均30.3,SD 6.1(範囲23~41)年であった.部署横断的な政策形成に携わった時の職位は,課長級3名,課長補佐級4名,係長級1名,主任級1名,その他1名(再任用,元課長級)であった.インタビュー時間は70.4,SD 8.7(範囲60~90)分であった.

表1 研究参加者の概要

No. A B C D E F G H I J
市町村種別 指定都市 特別区 中核市 その他の市 その他の市 その他の市 その他の市 その他の市
人口 50万以上 20~50万 20~50万 10~20万 5~10万 3~5万 1~3万 1~3万 3~5万 1~3万
保健師数 100人以上 50~100人 20~50人 20~50人 10~20人 10~20人 20~50人 20~50人 10~20人 10~20人
統括保健師の有無
年齢 50~54歳 50~54歳 55~59歳 55~59歳 55~59歳 45~49歳 60歳以上 55~59歳 45~49歳 60歳以上
性別 女性 女性 女性 女性 女性 女性 女性 女性 男性 女性
保健師教育機関 専門学校 短大専攻科 専門学校 専門学校 専門学校 専門学校 専門学校 専門学校 短大専攻科 専門学校
現職経験年数 29年 28年 32年 36年 25年 23年 38年 29年 22年 41年
政策内容 減塩対策 健康づくり
総合計画策定
子育て世代
包括支援センター立ち上げ
保健事業と
介護予防の
一体的実施
自殺対策
推進計画・
関連事業
データヘルス
計画策定・
関連事業
地域医療
介護連携ICT
導入事業
新型コロナ
対策・ワクチン接種
新型コロナ
対策・ワクチン接種
保健事業と
介護予防の
一体的実施
政策実施年 R6(2024)年 R5(2023)年 R2(2020)年 R2(2020)年 R1(2019)年 H29(2017)年 R1(2019)年 R2(2020)年 R3(2021)年 R3(2021)年
実施時職位 課長補佐級 課長補佐級 課長補佐級 課長補佐級 主任級 係長級 課長級 課長級 課長補佐級 再任用
インタビュー時間 72分 63分 66分 72分 73分 61分 90分 69分 78分 64分

2. 市町村保健師の部署横断的な政策形成コンピテンシー(表2

市町村保健師の部署横断的な政策形成コンピテンシーは,3つのコアカテゴリとそれらを構成する10のカテゴリ,51のサブカテゴリが生成された.以下,コアカテゴリを【 】,カテゴリを《 》,サブカテゴリを〈 〉,研究参加者の語りは斜体「 」で表記する.また,研究参加者を識別するために,語りの末尾にアルファベットを付す.

表2 市町村保健師の部署横断的な政策形成コンピテンシー

コアカテゴリ カテゴリ サブカテゴリ
部署を越えた健康課題の改善に向き合う 健康課題を政策によって改善することは保健師の使命であると意識する 部署に捉われずに地域および住民の実態を捉える
健康課題はライフサイクルを通じてつながっていると理解する
健康課題には根本的な要因があることを認識する
保健師には健康課題を政策によって改善する使命があると捉える
健康課題に関連する分野から幅広く情報を収集して分析する ヘルス以外にも関心を持って日頃から学習する
市町村が保有するデータを分析してわがまちの傾向を把握する
他市町村や都道府県から先進事例の具体的な内容を聞く
他部署が実施している関連事業を洗い出して検討する
議員の関心や意向を把握して健康課題の背景分析に反映する
健康課題を部署横断的に改善することに責任感を持つ 自身の業務経験や職位を踏まえて政策の主担当となることを意識する
部署を越えた健康課題に政策の担い手として取り組む姿勢を持つ
他部署を巻き込み政策の合意形成を図る 庁内全体の業務や人材を把握する 他部署の業務内容や強みを把握する
予算や計画策定など庁内に共通した行政事務の経験を通して理解する
庁内の幅広い人的ネットワークを広げる
日頃から他部署の困りごとに協力して関係性を築く
共に政策を創っていくコアとなる仲間を引き込む 自分だけではできないと感じて他部署と共に進めようと捉える
分野が異なるエキスパートの意見を素直に受ける
共に政策形成できる部署を越えた仲間を探す
政策形成に関与してほしい部署を選定する
事業を担う他部署の職員の目星を付ける
他部署の人員や業務状況から行動を起こすタイミングを見計らう
他部署の主要な職員に政策内容を根回しする
協力を得たい関係機関とつながりのある部署に相談を持ちかける
健康課題に取り組むための庁内協働の基盤を築く 後輩と共に部署横断的な政策形成に取り組んで育成を図る
課題改善に取り組んでいる姿を他部署に見せる
協力してくれる他部署の職員に感謝の気持ちを伝える
庁内の仲間に共鳴して市町村共通の課題に取り組む意識を醸成する
政策を実現する熱意を伝え続ける
データの分析から得られた健康課題を他部署に説明する
他部署の理解や協力を得るため政策の構想や根拠を説明する
職員に課題の認識を得られるよう住民や関係機関の声を伝える
他部署職員の政策に関する意見や不満を受け止める
わがまちの課題という認識を得て庁内の合意形成を図る わがまち全体の課題であることを他部署の職員に訴える
他部署ひいてはわがまちが発展する機会であることをアピールする
政策の進捗状況を報告して首長の理解と支援を得る
部署を越えた体制を整えて政策を展開する 部署横断的な政策を検討する庁内の体制を構築する 関係する課の担当者レベルで顔を合わせる場を設ける
関係する課に研修や勉強会に参加するよう促す
政策に必要な人事や組織の改正について人事担当課に掛け合う
他部署の得意分野に合わせて役割を振る
複数の部署で政策の管理を担う会議体をつくる
政策の目的,スケジュール,役割分担を関係課間で共有する
情報を選定して他部署とタイムリーに共有する
変化をおそれずに新たな仕組みを提唱する
関係する部署と同じ方向を向いて政策を立案する 他部署が実施している既存事業を部署横断的な政策として活用する
政策実施による事務負担を減らすために業務の効率化を図る
他部署職員の適材適所を見極め,それぞれの裁量に任せる
政策の評価を関係部署間で検討する
政策全体を俯瞰して他部署の進捗状況を集約する
首長の政策方針と手がけている政策との整合性を図る
職員や住民の理解と共感を得て政策の実施につなげる 政策の持続的な効果を見据えて制度や仕組みを整える
部署を越えた政策について住民の理解を得る

1) 【部署を越えた健康課題の改善に向き合う】

保健師は,住民の実態を把握しようと意識する中で,健康課題は世代を越えて連続しており,自身の所属する部署だけでは解決できないと認識した.その過程で《健康課題を政策によって改善することは保健師の使命であると意識する》ようになり,《健康課題に関連する分野から幅広く情報を収集して分析する》ようになっていった.さらに,計画策定の経験や職位を通じて《健康課題を部署横断的に改善することに責任感を持つ》ようになっていった.

保健師は,地域の実態を正確に認識しようと意識して,〈部署に捉われずに地域および住民の実態を捉える〉ようにしていった.

「保健師が(地域に)足を運んで,住民がどんな生活をしているのかということを聞き出すと,自然に住民さんは発言してくれる.自分で畑をやってるけど『虫に食わせてた,自分で食わない』とか,そういう発言が聞かれる.同じ市だけど,地区によったら生活様式や文化が違う.そこに合わせて(部署を越えた)対策を考えなきゃいけない.」(D)

健康課題をライフサイクル全体で捉え,〈健康課題はライフサイクルを通じてつながっていると理解する〉ようになっていった.健康課題には根本的な要因があることを認識し,保健師として,また市町村職員として業務経験を積み重ねていった.健康を担う行政職員である保健師だからこそ,健康課題を事業や施策として対策できると〈保健師には健康課題を政策によって改善する使命があると捉える〉ようになっていった.

「私達は,何か施策として起こすことができる立場でいるので,いろんな職種の課題を施策にできる可能性をいつも気にしながら聞いている.」(G)

保健師は,特定健診や介護給付費データなど〈市町村が保有するデータを分析してわがまちの傾向を把握する〉とともに,健康課題に関する事業を先行して行っている市町村など〈他市町村や都道府県から先進事例の具体的な内容を聞く〉ことをしていった.また,〈他部署が実施している関連事業を洗い出して検討する〉ことを行っていった.

保健師は,計画策定に携わった経験や,課長など管理職としての立場や人事異動の経験から,〈自身の業務経験や職位を踏まえて政策の主担当となることを意識する〉ようになっていった.住民の利益を最優先にとの思いから〈部署を越えた健康課題に政策の担い手として取り組む姿勢を持つ〉ようになっていった.

「(新型コロナ禍に)PCR検査も,他の(事業に関連する)課に協力してもらってドライブスルーで市の方でやりました.保健所待ってたら先になるし,市民も自分が陰性か陽性かわからなかったら,みんな社会生活ストップしてしまうし,1日でも早く検査してほしいという要望もあったし.」(H)

2) 【他部署を巻き込み政策の合意形成を図る】

保健師自らが部署横断的な政策形成を担うことに向き合ったものの,一人では成し得ないと感じ,《庁内全体の業務や人材を把握する》ことをし,《共に政策を創っていくコアとなる仲間を引き込む》ことをしていった.次いで《健康課題に取り組むための庁内協働の基盤を築く》ようにし,《わがまちの課題という認識を得て庁内の合意形成を図る》ことをしていった.

保健師は,部署を越えた健康課題への対策のために,〈他部署の業務内容や強みを把握する〉ようにしていった.趣味の仲間,選挙事務など市町村行事でつながりを作って〈庁内の幅広い人的ネットワークを広げる〉とともに,他部署の計画策定に協力したり,新型コロナ流行時に他部署からの相談に応じて〈日頃から他部署の困りごとに協力して関係性を築く〉ようにもしていった.

保健師は,己の能力を過信せず〈自分だけではできないと感じて他部署と共に進めようと捉える〉ようになっていった.

「スーパーマンだったらできないんですよ,部署横断的な政策形成って.不全だからできるって思ってるので.いろいろ聞いたりしなくても自分でできるから抱えちゃうと思うんです.」(E)

保健師は,課題に共感を示してくれる職員や,政策に対する夢を語り合える職員,過去に困難を共に乗り越えてきた職員など〈共に政策形成できる部署を越えた仲間を探す〉ことを行っていった.

「国保の係長とか事務職にまず糖尿病のデータを見せてやばい感を伝え,『これをちょっとどうにかしたいんです』ってお話をさせてもらったんです.正直,保健師より事務職の方が話が早かったです.」(F)

保健師は仲間を見つけた後,〈事業を担う他部署の職員の目星を付ける〉ことをし,課内や仲間同士で話し合い,年度の切り替えや好人材が他部署に異動してきた機会など〈他部署の人員や業務状況から行動を起こすタイミングを見計らう〉ことをしていった.課長など決定権のある職員,政策方針に理解を示してくれそうな職員など〈他部署の主要な職員に政策内容を根回しする〉ことを行っていった.

さらに保健師は,わからないことをなりふり構わず他部署職員に聞いて,〈課題改善に取り組んでいる姿を他部署に見せる〉ようにしていった.また,理解や協力を示してくれた他部署職員に対して喜びを表したり,謝意を感じたときは素直に言葉に表して〈協力してくれる他部署の職員に感謝の気持ちを伝える〉ようにしていった.

「他課の課長がいろんな段取りをする時に,課の職員何人か連れてきてくれるんですよ.手伝いに来てくれた時に私が一番心がけてたのは,もう大袈裟なぐらい喜ぶ.」(H)

また保健師は,この市町村で働く職員として目指すものは同じであることを呼びかけて,〈庁内の仲間に共鳴して市町村共通の課題に取り組む意識を醸成する〉ようにしていき,諦めない気持ちを持ち続け,時には他部署と喧々諤々言い合いながら〈政策を実現する熱意を伝え続ける〉ようにしていった.

保健師は,〈他部署の理解や協力を得るため政策の構想や根拠を説明する〉ことを行ったり,他部署職員にアルコール依存症当事者の体験を聞かせて〈職員に課題の認識を得られるよう住民や関係機関の声を伝える〉ことを行っていった.同時に,対策に関する他部署職員の不満を受け止めたり,協力を繰り返しお願いして〈他部署職員の政策に関する意見や不満を受け止める〉ようにしていった.

「(新型コロナ集団ワクチン接種事業で)他の課から『協力するけど,ああいうやり方はないよな』と不満を言われて,そういう愚痴をひたすら聞きました.たぶん言った人も,(私は)わかってくれるというポジションという役割だったんですかね.」(I)

政策形成に協力してもらうため,保健師は同じ課題に取り組む同じ市町村の同志だと〈わがまち全体の課題であることを他部署の職員に訴える〉ことや,手がけている政策がわがまちにどれだけ有意義であるかを説明して,〈他部署ひいてはわがまちが発展する機会であることをアピールする〉ようにしていった.

「他課にまたがる保健師に向けたメッセージとして,手がけている事業は半強制的なもので『ねばならぬ』ではあるんだけど,わがまちにどれだけ有意義であるかっていう視点で考えるといいよねって伝えました.」(J)

3) 【部署横断的な体制を整えて政策を展開する】

保健師は,他部署の職員の能力を見出しながら《部署横断的な政策を検討する庁内の体制を構築する》ことをし,政策の進捗状況を俯瞰しながら,《関係する部署と同じ方向を向いて政策を立案する》ようにし,《職員や住民の理解と共感を得て政策の実施につなげる》ことをしていった.

保健師は,関係部署の担当者を集めて顔の見える関係を築こうと〈関係する課の担当者レベルで顔を合わせる場を設ける〉ようにしていった.

「毎月1回この担当者会議をすることによって,もう顔が見えるんですよ.最初の頃は果たして意味があるかなって思っていたんですけど,集まって話をするだけで状況がつかめて,概要が見えてくるから会議がやっぱり大きい.」(C)

保健師は,課題に対して皆が同じ知識を得てもらおうと,〈関係する課に研修や勉強会に参加するよう促す〉ことを行っていった.他部署の担当業務をふまえて〈他部署の得意分野に合わせて役割を振る〉ことを行っていった.課長など決裁権のある職位を集めて,組織内に位置づけられた部署横断的な会議体を立ち上げ,〈政策の目的,スケジュール,役割分担を関係課間で共有する〉ようにしていった.同時に〈情報を選定して他部署とタイムリーに共有する〉ことを行っていった.

保健師は,これまでの対策と同じでは課題を改善できないと感じ,検討部会の仕組みを大幅に変更したり,手がけている政策の根拠となる例規を変えるなど〈変化をおそれずに新たな仕組みを提唱する〉ことを行っていった.

「今回の計画は体制からガラッと変わってるんです.変化をおそれずに,変えるっていうところにトライしたと思っています.」(B)

政策を具体化するために保健師は,他部署が実施していた市町村内の飲食店との提携事業など,〈他部署が実施している既存事業を部署横断的な政策として活用する〉ようにしていった.手がけている政策の事業内容が具体的になると,事業ごとにグループリーダーを置き,各々の判断で行動できるよう,〈他部署職員の適材適所を見極め,それぞれの裁量に任せる〉ようにしていった.〈政策全体を俯瞰して他部署の進捗状況を集約する〉ことを行いながら,市町村の基本構想や関連計画と政策との整合性を図り,首長と直接意見を交わして〈首長の政策方針と手がけている政策との整合性を図る〉ことをしていった.

保健師は,人事異動などによって手がけている政策から自身が離れても自律していくよう,データ授受のフォーマットを整備したり,特定健診に塩分測定を入れ込むなど,制度や仕組みに位置付けて〈政策の持続的な効果を見据えて制度や仕組みを整える〉ようにしていった.

「〇〇調査を健診項目に入れたなら,このプロジェクトが終わっても(中略)私たちが死んだ後も多分続いていくと思うんですよね.」(A)

保健師は,政策が形になった後,地域に出向いて住民向けの説明会を開催して〈部署を越えた政策について住民の理解を得る〉ようにしていった.

Ⅵ. 考察

1. 部署横断的な政策形成コンピテンシーの特徴

本研究では,部署横断的な政策形成コンピテンシーとして【部署を越えた健康課題の改善に向き合う】【他部署を巻き込み政策の合意形成を図る】【部署横断的な体制を整えて政策を展開する】がみられた.

3つのコアカテゴリは,まず健康課題は部署を越えて対策する必要性に気づき,次にその課題を他部署と共有して,他部署と共に政策形成を進めるための合意を図り,その合意を元に政策を制度や仕組みに位置づけて,実施可能な状態に整えていくというプロセスとして相互に関連していた.先行研究では,庁内調整者の配置が政策の多部門展開を支える(Hagen et al., 2018)ことが示されている.本研究では,その役割を担う保健師がどのように政策形成を具体化しているかという行動特性が明らかとなった.本研究で示された保健師の実践は,庁内の調整者としての役割が具体的に発揮されていたことを示すものであったと考える.

保健師は,住民の健康課題を生活や社会的な側面から捉え,部署を越えた対策が必要だと捉えて他部署に働きかけ,共に政策形成を展開して,庁内や地域に根付くような仕組みづくりへとつなげていた.このプロセスは,部署を越えて政策形成に取り組むとするHiAPの考え方(WHO, 2010/2013)に共通すると考える.

1) 部署を越えた健康課題の改善に向き合う

保健師は,地域に出向いて住民や地域の実態を把握するなかで,健康課題はライフサイクルを通じてつながっていることを理解し,《健康課題を政策によって改善することは保健師の使命であると意識する》ようになっていた.そこから〈部署を越えた健康課題に政策の担い手として取り組む姿勢を持つ〉ようになっていった.この意識の変化は,単一の部署のみでは改善が難しい課題に対して,政策的な対応の必要性を主体的に見出していたと考える.真山(2018)は,保健師は住民に最も近い立場で地域課題を捉え,政策へつなげる実践を担う役割があることを指摘している.本研究結果は,こうした役割を保健師自身が自覚し,政策形成の主体として踏み出していく過程を具体的に示したものと考える.

そして保健師は,健康課題には根本的な要因があることを認識するなかで,その改善には複数部署にまたがる政策的な対応が必要であると捉え,《健康課題を部署横断的に改善することに責任感を持つ》ようになっていった.〈部署を越えた健康課題に政策の担い手として取り組む姿勢を持つ〉ことは,組織の一部署にとどまらず,自治体全体の政策形成に自ら関わるという意識の芽生えであると考える.この姿勢は,単一の事業のみでは改善が難しい住民の健康課題に対し,保健師自らが政策によって改善の方向を示そうとしていたものと推察する.真山(2018)は,保健師は住民の複合的な課題を捉え,政策へとつなげる役割が求められると指摘している.本研究結果は,この指摘に合致し,保健師が部署横断的な政策形成の担い手として,意識を転換していくプロセスを具体的に示したと考える.

2) 合意形成に向けて庁内を巻き込む

保健師は,部署を越えた健康課題を政策として扱う必要性を認識したうえで,自分一人の能力には限界があることを認識し,他部署や関係部署と共に政策形成に取り組む必要性を見出していた.そこから〈共に政策形成できる部署を越えた仲間を探す〉ようになっていった.こうした行動は,健康課題が複数の部署にまたがっていることを踏まえ,政策の推進に向けて他部署を巻き込む最初の一歩を踏み出していたものと考える.坪内(2009)は,自治体保健師が地域課題の解決に向け,他部署や地域関係者との協働を成立させる構成要素として,他部署との協力関係の構築が保健師の重要な役割であると指摘している.本研究結果はこの知見と一致しているうえに,部署横断的な政策形成の具体的なコンピテンシーを示したと考える.

坪内(2009)は,自治体保健師が他部署や地域関係者との協働を成立させるうえで,相手への敬意や関係性の維持が重要であると述べている.本研究でも,保健師は他部署の専門性や立場を尊重し,〈協力してくれる他部署の職員に感謝の気持ちを伝える〉ことや,〈他部署職員の政策に関する意見や不満を受け止める〉ことで,他部署職員との信頼関係を築き,共に政策形成を展開する仲間として巻き込んでいた.こうした姿勢は,坪内(2009)が指摘する「協働の基盤となる関係性の維持」を具体的に表したものと考える.

さらに保健師は,〈データの分析から得られた健康課題を他部署に説明する〉とともに,〈職員に課題の認識を得られるよう住民や関係機関の声を伝える〉ことで,他部署が自分ごととして課題を捉えられるよう働きかけていた.これらは,政策形成を推進するために,他部署が納得できる根拠を提示する実践であり,健康課題はわがまち全体の課題として共有するための重要な行動であると考える.吉岡(2014)は,政策形成において根拠に基づき課題を整理し,住民や関係者の理解を得ることが重要であると指摘している.本研究でも,データと住民の声を基にした説明によって,他部署の理解と参画を促していたと考える.

3) 庁内の体制を整えて政策展開を進める

保健師は,他部署との協働体制が立ち上がり始めた段階で,他部署を巻き込んでわがまちの課題を共有した後,《関係する部署と同じ方向を向いて政策を立案する》なかで,〈他部署職員の適材適所を見極め,それぞれの裁量に任せる〉ことをしていた.また,〈政策全体を俯瞰して他部署の進捗状況を集約する〉ことによって,各部署の取り組み状況を把握し,政策の推進に向けた全体調整を担っていた.こうした実践は,政策展開を前進させるために,保健師が庁内のコーディネーターとして機能していたことを示すと考える.塩見ら(2009)は,保健師が事業を創出する際に,組織内の調整や役割分担を行う力を事業化コンピテンシーの一つとして示している.鈴木・田髙(2014)は,関係部署の職員と協働し,役割分担を調整しながら施策を運営し,その成果を評価する能力を施策化能力の中に位置づけている.本研究結果はこれらの知見と一致しており,さらに複数の部署が共に政策形成する場面において,役割分担と調整の具体的な行動として明らかにしたと考える.

2. 公衆衛生看護実践への示唆

本研究は,市町村保健師が自治体において部署横断的に政策形成を進めるために必要なコンピテンシーを明らかにした.本結果は,保健師が部署の枠を越えて健康課題に向き合う役割認識を持ち,他部署を巻き込みながら政策の合意形成を図り,庁内の体制を調整して,政策を推進していくというプロセスを示している.これらのコンピテンシーは,複雑化する健康課題に対応し,健康をすべての政策に組み込む HiAPの理念(WHO, 2010/2013)を実践するうえで重要な視点となる.また,市町村保健師が部署横断的な政策形成に取り組む際の行動の手がかりとなる.

Ⅶ. 研究の限界と今後の課題

本研究は,部署横断的な政策形成の豊かなデータを得るためにエキスパートを選定していたことから,研究参加者はすべて40代以上であり,保健師経験年数も20年を超えていた.またほとんどの研究参加者が係長級以上の役職に就いており,本研究では経験の浅い保健師からデータを収集できていない.自治体保健師の標準的なキャリアラダー(厚生労働省,2016)において,事業化・施策化を含めた政策形成能力は,経験の浅い保健師でも備えるべき能力であることが示されている.今後は,幅広い年齢層や経験年数,職位の市町村保健師に対して研究を継続する必要がある.

Ⅷ. 結語

市町村保健師の部署横断的な政策形成コンピテンシーは,部署を越えた健康課題に向き合い,政策の合意形成に向けて庁内を巻き込み,庁内の体制を整えて政策展開へとつなげるものであった.本研究では,市町村保健師が部署横断的に政策形成を推進する実践を理解するための視点が示唆された.

付記:本論文の内容の一部は,第84回日本公衆衛生学会総会において発表した.また,本研究は国際医療福祉大学大学院博士課程における博士論文の一部に加筆・修正を加えたものである.

謝辞:本研究にご協力くださった市町村保健師の皆様に心より感謝申し上げます.なお本研究は,代表著者の所属する機関の研究補助金(学校法人光星学院イノベーションプログラム(基金)研究等補助金)を受けて実施した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:柴生田英香は研究の全てを実施し,嶋津多恵子および山谷麻由美は研究の着想およびデータ分析,原稿作成のプロセス全体に貢献した.すべての著者は原稿を読み,承認した.

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