抄録
生物の持っている機能とその役割りは,個体維持の社会関係と系統維持の社会関係にわけてとらえることができる.生物の情報伝達物質に関する機能と役割も,この二つの側面からとらえると理解されやすい.高等植物は,固着性生物であるゆえに,系統維持のために風や水などの物理現象や,昆虫,鳥,ほ乳類などの動物を利用して交配や散布を行っており,動物とは異なった独自の進化をとげてきた.そして,交配のためには,香り,花期,花形,花色,蜜などを進化させ,また,散布には,香り,果実のかたち,果肉,エライオソームなどを進化させている.系統的にみて新しい植物であるカバノキ属植物は,風媒により交配し,風散布によって種子を散布させる.この属の植物は,香りによって開葉と開花を同期させていることから,風媒をスムーズに行うために,植物がchemical communicationを用いたのは系統的にみて新しいものと判断される.
消費者である植物は,動物に被食される必然性がある.このため植物は個体維持のための防御機能を発達させた.食葉性昆虫の被食から葉を防御するため,植物はタンニン類,アルカロイド類,テルペン類などの毒物を進化させてきた.安定したアルコール体物質である青葉アルコールは,シラカンバの葉が,食葉性昆虫に摂食されたとき,昆虫の咀嚼(そしゃく)によって葉のもつ成分の一つであるリノレン酸から生合成される.青葉アルコールは,空気中に発散されるとエコモン(ecomone)としての機能を有する.すなわち,同一個体の他葉にはエコホルモンとして,同種他個体の葉にはフェロモンとして,他種の葉にはアレロケミクスとして作用し,それらの葉の中にフェノール(DHP-Glu)を生合成させる.なお,エコホルモンは新しい概念として著者が提起したものである.孵化したばかりの幼虫は,フェノールを多く含んだ葉をたべると,大部分の個体が死んでしまう.こうして樹木の葉は食葉性昆虫の大量発生を防ぐ.したがって,青葉アルコールは,植物にとって食葉性昆虫から防御するための共通した情報伝達物質であるといえる.