におい・かおり環境学会誌
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40 巻, 3 号
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特集 (植物のかおり物質の不思議な働き)
  • 大平 辰朗
    2009 年 40 巻 3 号 p. 139
    発行日: 2009/05/25
    公開日: 2016/04/01
    ジャーナル フリー
    我々の周辺環境には様々な生物が生活しています.そのような環境では植物をはじめ,昆虫,動物,微生物などがお互いに棲み分けを演じており,そのためには環境に適応する様々な戦略が必要となってきます.特に植物はいったんある場所で根をはり,生育を始めると,昆虫や小動物などと異なり,移動することができません.昆虫や動物は他の生物から攻撃された時に,移動する手段がありますが,植物にはそのような手段がありません.植物は周辺環境に適応するためにどのような戦略をとっているのでしょうか.そのような疑問に答えるべく研究成果が最近数多く発表されています.その一つとして植物は何らかの化学物質を生産し,放出し,周辺の生物に情報を伝達する手段としている事実が明らかになってきました.これらの知見は植物のもつ未知の機能や化学物資による生物調節の概略を知る上では重要なものとなります.本会は「におい・かおり」と「環境」に関わる分野を包括的に取り扱う学会ですが,この意味でも植物のもつ未知の機能などを理解することは本会の発展にとっても重要であると考えられます.そこで植物の生産する様々な化学物質の他の生物への影響について情報を整理し,活用するために本特集を企画しました.
    最初の特集では様々な情報に対する植物の応答について解説しています.周辺からもたらされる情報(音,気温,乾燥の他,生物からの情報)に対して何らかの応答をします.特にここでは生物からもたらされる化学物質などの情報に答えるために植物が生産し,放出すると考えられている信号化学物質について概説的にまとめ,研究例もふまえて紹介しています.研究が進むにつれて,それらの化学物質の分類が細分化され,複雑になっています.一読しただけでは理解しがたい部分もありますが,実例もまじえたわかりやすい解説になっています.
    次に植物のケミカルコミュニケーションについて解説しています.植物は周辺に存在する昆虫などに食害を受けます.その時に周辺の食害を受けていない同族植物に対して,危険を知らせる揮発性物質を発散する機能が紹介されています.一昔前ならば,似非科学扱いされかねない内容ですが,エビデンスの伴った研究例の紹介,機能の実証がされており,その機能の巧妙さには感動さえ覚えます.
    さらに植物の化学物質,特にかおり物質のアレロケミカルズとしての働きについて解説いただいています.アレロケミカルズとしては他の植物や昆虫,微生物などへの影響が考えられますが,ここでは特に他の植物への影響に関するアレロパシーについて紹介しています.アレロパシーとは,植物が放出する化学物質が他の植物に阻害的あるいは促進的な何らかの作用を及ぼす現象のことですが,ここではそれらの現象に関与する化学物質,特に揮発性のかおり物質についての研究例を解説いただいています.
    最後に「みどりの香り」を介した生物間相互作用についてであります.「みどりの香り」とは炭素数6のアルデヒド,アルコール,アセテート類の総称であり,それらは陸上植物に普遍的に見いだされています.最近の研究で「みどりの香り」には人に対しては抗ストレス効果が,植物自らには生息する生態系をモニターし,制御する役割がそれぞれ見いだされています.植物が周辺の生物と情報を交換するための手段として,植物自らが生産する化学物質を使用していることを示す研究例を拝読すると,それらの機能の精密さにはたいへん驚かされます.
    「植物のかおり物質」は様々な働きがあります.ここで紹介した内容はそのほんの一部にすぎません.本特集を機に,多くの読者が「植物のかおり物質の不思議な働き」について認識を深めていただければ幸いである.
    最後に,ご多忙中にもかかわらず,執筆をご快諾いただいた方々に,本紙面を借りて厚く御礼申し上げます.
  • 大平 辰朗
    2009 年 40 巻 3 号 p. 140-151
    発行日: 2009/05/25
    公開日: 2016/04/01
    ジャーナル フリー
    植物は生育し始めると身動きがとれないため,様々な周辺環境に対応するために,進化の過程でいろいろな手段を獲得してきた.特に微生物,昆虫,植物などの他の生物と共存共栄するためには,巧妙な生存戦略が必要である.最近植物は,何らかの情報を相手に伝達するため,化学物質を使用し,それらを用いたケミカルコミュニケーションを演じていることが明らかにされてきている.それらの化学物質は,受け身的に植物体内に蓄えているもの(ファイトアレキシンなど)と,積極的に体外に放出して機能させているもの(アレロケミカルズなど)がある.主な化学物質としては,テルペン類や揮発性オキシピリン類があり,これらを植物が受容する器官についても研究が進展している.
  • 渡邊 定元
    2009 年 40 巻 3 号 p. 152-157
    発行日: 2009/05/25
    公開日: 2016/04/01
    ジャーナル フリー
    生物の持っている機能とその役割りは,個体維持の社会関係と系統維持の社会関係にわけてとらえることができる.生物の情報伝達物質に関する機能と役割も,この二つの側面からとらえると理解されやすい.高等植物は,固着性生物であるゆえに,系統維持のために風や水などの物理現象や,昆虫,鳥,ほ乳類などの動物を利用して交配や散布を行っており,動物とは異なった独自の進化をとげてきた.そして,交配のためには,香り,花期,花形,花色,蜜などを進化させ,また,散布には,香り,果実のかたち,果肉,エライオソームなどを進化させている.系統的にみて新しい植物であるカバノキ属植物は,風媒により交配し,風散布によって種子を散布させる.この属の植物は,香りによって開葉と開花を同期させていることから,風媒をスムーズに行うために,植物がchemical communicationを用いたのは系統的にみて新しいものと判断される.
    消費者である植物は,動物に被食される必然性がある.このため植物は個体維持のための防御機能を発達させた.食葉性昆虫の被食から葉を防御するため,植物はタンニン類,アルカロイド類,テルペン類などの毒物を進化させてきた.安定したアルコール体物質である青葉アルコールは,シラカンバの葉が,食葉性昆虫に摂食されたとき,昆虫の咀嚼(そしゃく)によって葉のもつ成分の一つであるリノレン酸から生合成される.青葉アルコールは,空気中に発散されるとエコモン(ecomone)としての機能を有する.すなわち,同一個体の他葉にはエコホルモンとして,同種他個体の葉にはフェロモンとして,他種の葉にはアレロケミクスとして作用し,それらの葉の中にフェノール(DHP-Glu)を生合成させる.なお,エコホルモンは新しい概念として著者が提起したものである.孵化したばかりの幼虫は,フェノールを多く含んだ葉をたべると,大部分の個体が死んでしまう.こうして樹木の葉は食葉性昆虫の大量発生を防ぐ.したがって,青葉アルコールは,植物にとって食葉性昆虫から防御するための共通した情報伝達物質であるといえる.
  • 藤井 義晴
    2009 年 40 巻 3 号 p. 158-165
    発行日: 2009/05/25
    公開日: 2016/04/01
    ジャーナル フリー
    アレロパシー(他感作用)は,植物に含まれる化学物質(アレロケミカル)が体外に放出され,他の植物,昆虫,微生物,動物等に,阻害,促進,あるいは何らかの影響を及ぼす現象を意味する.植物に特異的に含まれ,二次代謝物質として知られる天然物質は,生物間相互作用に重要な役割を果たしているとする「アレロパシー仮説」がある.植物から放出される揮発性の「かおり」物質のアレロパシーへの関与を検定するために「ディッシュパック法」と名付けた方法を開発し,いくつかの植物について作用成分を同定したので,これらを概説する.
  • 松井 健二, 杉本 貢一
    2009 年 40 巻 3 号 p. 166-176
    発行日: 2009/05/25
    公開日: 2016/04/01
    ジャーナル フリー
    みどりの香り(GLV)は炭素数6のアルデヒド,アルコール,アセテート類の総称である.GLVは陸上植物にほぼ普遍的に見いだされ,様々な食品の重要なフレーバー成分となっている.また,GLVがヒトに抗ストレス効果を誘導することが報告され,注目されている.最近の研究で,植物は自らの生息する生態系をモニターし,制御するためにGLVを利用していることが明らかになってきた.C6アルデヒドはその高い反応性により外敵に対する直接防衛に寄与している.また,三者系では害虫の天敵を呼びつけて害虫駆除に利用している.また,植物自身もGLVを感知する能力を得,周りの状況を把握することで生態系の変化に敏感に対応しているらしい.
研究論文
  • 秋山 優, 戸田 英樹, 小早川 達, 斉藤 幸子, 長野 祐一郎, 小林 剛史
    2009 年 40 巻 3 号 p. 177-185
    発行日: 2009/05/25
    公開日: 2016/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究では,馴染みの薄いにおい刺激(アニスシード・オイル)に対して異なる情報付与を行い,それぞれの情報付与がにおいにする主観的反応および心臓血管系の反応に及ぼす影響について検討した.本研究はヘルシンキ宣言および文京学院大学倫理委員会規定に則って行った.その結果,これまでの我々の報告と同様に情報付与の内容によってにおい刺激に対する主観的反応が有意に変化した.さらに心臓血管系反応の一部の指標にも情報付与の効果による反応の違いが見られた.具体的には,におい刺激に対してネガティブな情報を与えられた群はポジティブな情報を与えられた群に比して当該におい刺激をより不快に感じ,さらに収縮期血圧(SBP)と拡張期血圧(DBP)において血圧上昇が確認された.以上の結果から,におい刺激に対して予め情報付与によって植えつけられた先入観がにおいの知覚・認知に影響を与え,その影響が主観的指標のみならず心臓血管系反応にも見られることが明らかになった.
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