2023 年 54 巻 3 号 p. 161-166
超高齢社会の現在において,高齢者の健康やwell-beingに関する研究は社会全体で取り組むべき喫緊の課題である.本稿では,嗅覚刺激によって喚起される過去の出来事の記憶,すなわち自伝的記憶に関する従来の研究を概説したあと,3つの観点から高齢者を対象とした近年の研究を紹介する.第1に,嗅覚同定能力に注目した研究を取り上げ,若年者は嗅覚同定能力の個人差によって自伝的記憶の鮮明さが異なるが,高齢者ではその差がみられないことを報告した.第2に,若年者よりも高齢者がポジティブな記憶を想起する現象である加齢性ポジティビティ効果に焦点をあて,嗅覚刺激による想起事態でもこの現象が生起されることを示した.第3に,新たに開発された高齢者のための嗅覚刺激による自伝的記憶の機能を測定する尺度について説明した.今後はこのような基礎知見をもとに,認知症高齢者を対象とした嗅覚刺激による回想法などへの応用展開が望まれる.