超高齢社会の現在において,高齢者の健康やwell-beingに関する研究は社会全体で取り組むべき喫緊の課題である.本稿では,嗅覚刺激によって喚起される過去の出来事の記憶,すなわち自伝的記憶に関する従来の研究を概説したあと,3つの観点から高齢者を対象とした近年の研究を紹介する.第1に,嗅覚同定能力に注目した研究を取り上げ,若年者は嗅覚同定能力の個人差によって自伝的記憶の鮮明さが異なるが,高齢者ではその差がみられないことを報告した.第2に,若年者よりも高齢者がポジティブな記憶を想起する現象である加齢性ポジティビティ効果に焦点をあて,嗅覚刺激による想起事態でもこの現象が生起されることを示した.第3に,新たに開発された高齢者のための嗅覚刺激による自伝的記憶の機能を測定する尺度について説明した.今後はこのような基礎知見をもとに,認知症高齢者を対象とした嗅覚刺激による回想法などへの応用展開が望まれる.
本稿では,においの順応および慣れに及ぼす先入観の影響について,著者の研究を中心にレビューする.ヒトのにおいに対する順応および慣れはその個人差が大きく,再現性を伴う実験的検討が非常に難しいといわれる.しかし,実験計画を周到にたてることで,個人差に及ぼす影響を最小限に留め,結果的に実験的操作の影響を検出しやすくなる.そこで,においの感覚強度に及ぼす先入観の影響を検討する際,どのような実験計画を採用することが有効であるのかを中心に議論を展開していく.具体的には,においに対するポジティブ,あるいはネガティブな先入観が,においの感覚強度の推移に及ぼす影響について,におい刺激の連続提示と断続提示の比較に基づいて考察する.さらに,先入観を暗に与える研究の例として,人工観葉植物を室内に設置し,これにエッセンシャルオイルのにおいを随伴させた際の心身への影響についての研究も紹介する.
三点比較式臭袋法の測定結果から臭気指数を算定する手順が悪臭防止法に基づき公定法として定められているが,同じ検体でもパネル選定で臭気指数が異なることがある.三点比較式臭袋法はパネルの嗅力を超えた測定ではまぐれ当たりによる偶然の的中が3分の1の確率で生ずる.また,現行の公定法では環境試料と排出口試料で異なる算定手順が用いられている.これらの課題に対し,本研究ではパネルの嗅力分布や偶然の正解を考慮しつつ,確率論的手法を用いて現行の算定手順と新たな算定手順を比較した.その結果,嗅力分布の標準偏差によらず臭気指数の平均が本来あるべき値に近くなるのは,同一希釈倍数の3回の測定すべてが的中した場合を正解とし個人閾値を求め,上下カット平均または中央値で臭気指数を求める手順であった.一方で上下カット平均を用いると,嗅力分布の標準偏差が大きい時に一定の希釈倍数の範囲では臭気指数が測定できない確率が高くなった.
本研究の目的は,嗅覚刺激に伴う感情変化と前頭葉認知機能との関係を明らかにすることであった.5種類の異なる嗅覚刺激と対照臭に伴う快・不快度の変化とストループ課題の成績を解析し,両者の相関性を検討した.嗅覚刺激に伴う不快感情の誘発時に,ストループ課題の所要時間は有意に増加した.快・不快度とストループ課題の所要時間の間には有意な負の相関がみられた.以上の結果から,嗅覚刺激に伴う不快感情は,前頭葉認知機能を低下させる可能性が示唆された.
様々な生活環境や製造現場などで用いる,においセンシングを目的として,複数の半導体ガスセンサを用いたにおいセンサを開発している.試作したセンサ基板はスマートフォンに接続され,電源供給,制御などは,スマートフォンから行う.本試作機を用いて,多様なにおい源を計測して,5つのガスセンサの出力パターンの主成分分析による,においの嗅ぎ分けや,室内においに対する換気効果の把握が可能であることが分かった.
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