2020 年 29 巻 1 号 p. 23-32
【目的】WRAPの視点を反映した看護計画を用いた精神科訪問看護の効果を明らかにすることである.
【方法】本研究では1群事前事後テストデザインを用いた.2015年1月~9月に精神科訪問看護を受けている15名を対象にWellness Recovery Action Plan(WRAP)の視点を反映させた看護計画を用いた介入を6か月間行い,介入前と6か月後で日本語版Profile of Mood States(POMS)短縮版,日本語版Rosenberg Self Esteem Scale(RSES-J),日本語版Rathus Assertiveness Schedule(RAS),Global Assessment of Function(GAF)を測定した.
【結果・考察】6か月後の中央値で有意に改善したものは,POMSの「不安-緊張」「抑うつ-落ち込み」「活気」「疲労」「混乱」,RASの「目標志向・成功志向・希望」「自信をもつこと」「手助けを求めることをいとわないこと」,GAFであった.WRAPの視点を反映させた看護計画を用いた精神科訪問看護は,リカバリーを促進する有効な方法であると示唆された.
Objectives: To clarify the effectiveness of psychiatric home-visit nursing based on a nursing-care plan reflecting the philosophy of wellness recovery action plan (WRAP).
Methods: This study used a one-group, pretest-posttest design. We conducted an intervention based on the nursing-care plan reflecting the perspective of WRAP with 15 consumers who received psychiatric home-visit nursing for 6 months from January 2015 to September 2015. We performed measurements with the Japanese version of the following instruments before the intervention and 6 months afterward: Profile of Mood States (POMS), short form; Rosenberg Self Esteem Scale (RSES-J), Rathus Assertiveness Schedule (RAS), and Global Assessment of Function (GAF) scale.
Result: After 6 months, significant improvements included “Tension-Anxiety,” “Depression-Dejection,” “Vigor,” “Fatigue,” and “Confusion” on the POMS; “goal/success orientation and hope,” “personal confidence,” and “willingness to ask for help” on the RAS; and the GAF score.
Conclusion: The nursing-care plan reflecting the perspective of WRAP was an effective way to promote recovery in psychiatric home-visit nursing.
厚生労働省が精神医療において入院医療中心から地域生活中心へという基本理念を推進し地域生活支援体制を強化している今(厚生労働省,2009),精神疾患を有する人の安定した地域生活を支援するための効果的な方法の同定およびその普及は急務な課題である.近年,精神科領域ではリカバリー概念が認識されてきており,当事者のエンパワメントや当事者と専門職のパートナーシップが重視されている(木村,2004).そして,リカバリーに焦点をおいた活動としてWellness Recovery Action Plan(以下,WRAP)が世界で取り組まれ普及されてきている(坂本,2012).WRAPとは精神的な困難を抱えた人たちが健康であり続けるための知恵や工夫を蓄積してつくられたセルフヘルプのツールであり,アメリカではWRAPプログラムの効果が報告されている(Vermont Psychiatric Survivors, Ins. and the Vermont Department of Develop Mental and Health Services, 2000).介入研究の結果では,WRAPワークショップへの参加によって精神症状の改善や希望が上昇したこと(Fukui et al., 2011),依存行動やアイデンティティ・自尊心が改善したこと(O’Keeffe et al., 2016)などが報告されている.またWRAPに対する患者満足を調査した研究では,早期からのWRAP導入への強い希望,回復のストーリーの共有による自律やエンパワーメント,十分な時間をかけることによる患者満足の上昇などが報告されており,全参加者がWRAPはリカバリーを助けることを語っている(Wilson, Hutson, & Holston, 2013).日本においてもWRAPプログラムのパイロット研究が行われており,リカバリーを促進させていく効果が示唆されている(清重・田尾,2009).また精神科臨床の実践報告もあることから(坂本,2006;小成,2014),少しずつ精神医療に取り入れられてきている.このようにWRAPプログラムの取り組みや効果は検証され,日本国内の各地でWRAPファシリテーター養成研修を修了した人たちによるワークショップの開催数は増えてはいるが,開催される地域は限定されており(清重・田尾,2009),全ての人が容易に受けられるとは言えない.また,精神機能の障害が強く,地域のプログラムに参加しにくい人に対してWRAPの活用を報告したものはない.WRAPは当事者の実体験に基づいたリカバリーのカギとなるコンセプトをベースにしていることから(坂本,2006),たとえ症状や障害が続いたとしても人生の新しい意味や目的を見出し,充実した地域生活を送る(Anthony, 1993;Deegan, 1988)力になると考えられる.そこで,WRAPグループに参加できない地域の当事者にもWRAPを提供していくための体制の整備が求められる.現在,地域生活を支える精神科医療として精神科訪問看護の効果が明らかにされており(萱間・宮本,2008),退院直後から介入できるアウトリーチの一つである.精神科訪問看護で提供されるケア内容として「日常生活の維持/生活技能の獲得・拡大」「対人関係の維持・構築」「家族関係の調整」「精神症状の悪化や憎悪を防ぐ」「ケアの連携」「社会資源の活用」「対象者のエンパワーメント」が明らかになっている(瀬戸屋ら,2008).このような看護援助を行っていく過程において,急性期症状で低下した日常生活能力や社会生活能力を,訓練という視点ではなくウェルネス,ストレングス,ソーシャルサポートに重きをおくWRAPの視点(清重・田尾,2009)を取り入れることにより,回復初期の段階から人生そのものの回復を目指すリカバリーを促進することが期待できる.しかし,これまでWRAPの理念を取り入れた精神科訪問看護の実態やその効果についての報告はない.
そこで著者らは,地域の当事者に対してWRAPの視点を取り入れた看護計画を用いた精神科訪問看護を導入した.今回は,その効果を明らかにするために,介入前と6か月後のリカバリーの変化を量的に評価することを目的とした.
WRAPの視点を反映させた看護計画に基づく精神科訪問看護の有効性が明らかになることによって,リカバリーモデルに基づく地域精神看護実践が浸透し,精神疾患を有する人が希望と責任を持って自らの経験を活かし自らの望む生活を獲得することに寄与するだろう.
WRAPの視点を反映させた看護計画は,WRAPで用いられる言葉を採り入れながら対象者と一緒に作成し,対象者にとってはセルフケア計画,看護師にとっては看護計画となる「共有ケア計画」である.本研究実施前に精神科訪問看護を受けている人2名を対象に,本人の同意に基づくプレテストの実施後,修正を経て作成したものである(小瀬古,2015).まず【私の思い】【家族・支援者の思い】【いい感じの私】を記載したうえで,オレム・アンダーウッドの6つの普遍的セルフケア要素(南,1987)に準じて【いい感じのとき,あるいは普段の生活】を記載する.そして,WRAPの要素(Copeland, 2002/2009)である【元気に役立つ道具箱】をもとにして【いい感じの私でいるために毎日するとよいこと】【時々するとよいこと】【引き金となること】【引き金に対する行動】【注意サイン】【注意サインに対する行動】【調子が悪くなっている時】【調子を取り戻すための行動】を本人の言葉で記載する看護計画である.
1群事前事後テストデザインの介入研究
2. 対象者A精神科訪問看護ステーションの訪問看護を利用しならが地域生活を送る人を対象とし,本研究の主旨と方法を説明した上で研究協力者を募集した.その際,疾患名や入院歴,在宅生活期間等は問わなかった.研究に同意が得られた22名のうち,今回の分析では6か月間の介入ができた15名を対象者とした.7名の脱落理由として3名は入院,3名は研究協力者の担当エリア変更,1名は症状改善にて訪問看護終了により介入が中断となった.
3. 調査期間2015年1月~2015年9月の9か月間であった.
4. 介入方法WRAPファシリテーターを取得した訪問看護師6名が,以下の3点に注意を払いながらWRAPの視点を反映させた看護計画を用いて訪問看護を行った.WRAPファシリテーターとは自分のWRAPを持ち,それを活用し,2日間の集中クラスに参加した経験があることを条件に5日間のWRAPファシリテーター養成研修を修了した人である.
1)訪問看護場面で本人と一緒に記入していく.
2)訪問看護師の言葉で言い換えをせずに,本人の言葉をそのまま記入する.
3)全てのプランにおいて,次に示す「WRAPの視点を反映させた看護計画の記入項目について聴取する手順④」の5つのキーコンセプトに意識が向いているかを対象者と確認しながら進める.
WRAPの視点を反映させた看護計画の記入項目について聴取する手順を以下に示す.
① 【私の思い】について「本人のやりたいこと」「どんな生活を送りたいか」「これだけはしたくないこと」などを中心に聴取し記入する.
② 【元気に役立つ道具箱】に記入する道具は,本人の対処行動を示すことを説明する.この道具箱の内容を毎回の訪問看護で追加,修正していく.
③ 【いい感じの私】について「いい感じのときの自分はどんな人なのか」を聴取する.対象者がうまく表現できない場合は「もし悩み事や不安がないとするならば,そもそものあなたはどのような人か」「なりたいあなたは,どのようなあなたか」「理想の自分の姿はどのような姿か」など,その対象者が表現しやすいような聞き方をする.
④ 【いい感じの私】を中心に【希望を感じること,希望に感じること】【責任(自分で選択する・していること)】【学ぶこと,学んでいること,学びたいと思っていること】【権利擁護(自分を信じること,自分の権利を知り,それらが尊重されるように主張すること)】【サポート】の5つのキーコンセプトを聴取する.【サポート】に関してはサポートされるだけではなく,自分がサポートすることも含むことを説明する.
⑤ 【いい感じのとき,あるいは普段の生活】について【食事】【清潔】【日中の活動】【睡眠】【人との関係】【内服と治療に対する思い】の項目に沿って聴取し記入する.
⑥ 【いい感じの私でいるために毎日するといいこと】【ときどきするといいこと】について【元気に役立つ道具箱】を参考にしながら聴取し記入する.
⑦ 【引き金となること】は自分とは関係のない外部からおこるストレスに感じることについて,例を挙げながら(例:悲惨なニュース,過労,仕事のストレスなど)聴取し記入する.【引き金に対する行動】は引き金となることが起きた時に,これをすれば乗り切れるだろうと思うことについて道具箱を参考に聴取し記入する.
⑧ 【注意サイン】は自分の内側で沸き起こっていることについて例を挙げながら(例:不安感,緊張感,イライラ感,否定的な考えが浮かぶ,やる気が無くなる,楽しみを感じられないなど)聴取し記入する.【注意サインに対する行動】は気分が改善するまで,毎日すべきことについて道具箱を参考に聴取し記入する.
⑨ 【調子が悪くなってきているとき】は深刻で危険かもしれないと感じ始め,直ちに何か対処をしなければいけない状態について,例を挙げながら(例:食事をしなくなる,薬を乱用する,死にたいと思う,人に怒りをぶつけることなど)聴取し記入する.【調子を取り戻すためにする行動】は「するべきこと」を多く含む選択の余地があまりない,明確で指示的な行動について道具箱を参考に聴取し記入する.
⑩ 立案した看護計画に基づき手順④の5つのキーコンセプトに留意しながら6か月間訪問看護を実践した.また,WRAPの視点を反映させた看護計画が対象者にとってのセルフケア計画となるように,毎回の訪問看護において訪問看護経過記録を対象者に確認してもらい看護計画書の追記,修正を一緒に行った.
⑪ 訪問看護師6名には,上記①~⑩の介入を確認できる用紙を渡し,訪問ごとに自己チェックを依頼した.
本研究では,事後評価の時期を6か月間の介入後に設定した.これは,WRAPの視点を反映させた看護計画を用いて3か月間の介入後に測定した研究(小瀬古ら,2016)では,RASの「症状に支配されない」のスコアに変化が認められておらず,3か月の介入では測定できるだけの変化があらわれない可能性があると推察されたため,本研究では6か月間の介入をし,その効果を測定することとした.なお,この6ヶ月間は介入期間であり精神科訪問看護は継続的に続けられている.
5. データ収集方法デモグラフィックデータとして初回介入前に,性別,年齢,精神科訪問看護実施期間,住居形態,世帯構成,最終学歴,職業(無職,就労支援,一般就労),疾患名,発病からの期間,入院歴,社会資源の利用件数(訪問看護回数も含む),薬物の服用量(CP換算,イミプラミン換算,ジアゼパム換算)を把握した.
介入の評価として,以下の尺度を用いて介入前に初回調査(以下,T0)を行い,6か月後にその効果を測定する調査(以下,T1)を行った.①②③の尺度は対象者自身が記入し,④の尺度は研究者が対象者の状況を客観的に評価して記入した.
① Profile of Mood States-Brief Form日本語版(日本語版POMS短縮版)(横山ら,2005)
一時的な気分や感情である「緊張-不安(以下,T-A)」「抑うつ-落ち込み(以下,D)」「怒り-敵意(以下,A-H)」「活気(以下,V)」「疲労(以下,F)」「混乱(以下,C)」の6下位尺度を同時に測定する.5件法,30項目で構成され,高得点ほどその気分が高いことを示す.クロンバックのα係数は,「混乱」が0.57と低いが,他はいずれも0.80以上であり,尺度の信頼性はすでに検証されている.日本語版POMS短縮版の使用理由として,対象者の負担が少なく気分や感情,情緒といった主観的側面を的確に把握できることから,介入前後の差異を比較するために使用した.
② Rosenberg自尊感情尺度の日本語版(RSES-J)(山本・松井・山成,1982)
これは5件法,10項目で構成され,高得点ほど「ほどよい自尊心」をもつことを意味する.単因子構造であり,因子的妥当性は確認されている.RSES-Jの使用理由として自尊感情は精神症状と関連があると報告されていることから(Rosenberg, 1965),介入前後の自尊感情の差異を比較するために使用した.
③ 日本語版Recovery Assessment Scale(RAS)(Chiba, Miyamto, & Kawakami, 2010)
「目標・成功志向・希望」「他者への信頼」「自信をもつこと」「症状に支配されないこと」「手助けをもとめることをいとわないこと」の5下位尺度から構成されリカバリープロセスを評価する尺度である.「生きがいがある」「自分のことが好きだ」などを含む24項目からなり,5件法である.合計スコアの範囲は24~120点でありスコアが高いほどリカバリーのレベルが高いことを示す.クロンバックのα係数は,全体で0.89であり,尺度の信頼性はすでに検証されている.RASの使用理由としては,症状や障害が続いていたとしても充実した人生を生きていくプロセスの変動を介入前後で比較するため使用した.
④ 機能の全体的評定(Global Assessment of Functioning: GAF)尺度(American Psychiatric Association, 2000/2003)
GAF尺度は10の機能範囲に分割され,その人の全般的機能レベルを最もよく反映する1つの値を取り上げる.10点ごとの各範囲の記述は症状の重症度に関する部分と機能に関する部分からなっている.スコアの範囲は0~100点でありスコアが高いほど全般的機能レベルが高いことを示す.GAFの使用理由として本研究の介入による症状マネージメントの変動を介入前後で比較するため使用した.測定に関しては信頼性を保つために,研究者以外で対象者を担当していた精神科訪問看護の実践者2名が,対象者の状態を協議して評価した.
6. 分析方法まず交絡要因としての向精神病薬服用量と社会資源サービス利用件数,1週間の訪問回数についてT0とT1の間に有意差がないことを確認した.その後,全て変数のT0とT1との間の中央値の差についてWilcoxon符号付順位検定を用いて検討した.また効果量(r)は,Z値と被験者数から算出し,≧0.10を小,≧0.30を中,≧0.50を大とした.解析にはSPSS(Ver. 22)を使用した.
本研究は〇〇大学疫学研究倫理審査委員会の承認(R257)を受けて実施した.研究の対象となる人に研究概要および研究協力が任意であること,不参加・中断によって訪問看護を始めあらゆるサービスに不利益がないこと,研究結果を公表する際には個人が特定されないよう匿名性を守ること,データは個人の特定が可能となる情報の記載がない匿名化データにすることなどを書面を用いて説明し,同意が得られたものを対象とした.研究で得た結果は研究の目的以外には使用しないことを説明した.
対象者の年齢は平均37.6歳(SD ± 11.67)で性別は男性6名(40.0%),女性9名(60.0%)であった.疾患は統合失調症が一番多く9名(60.0%),次いで双極性障害が3名(20.0%)であった.発病からの期間は平均117.3か月で,訪問看護実施期間は平均20.6か月,発病期間は平均136.1か月,入院期間は平均10.8か月であった.住居は持ち家が1名(6.7%)と少なく大半はアパートやマンション・ハイツであり,家族との同居は4名(26.7%)であった.最終学歴は高校卒業,中学卒業が各6名(40.0%)であった.職業は無職が最も多く13名(86.6%)で他の2名は仕事に就いていた(表1).向精神病薬の1日服用量,社会資源利用の平均件数,1週間の訪問の平均回数はT0,T1で有意差がなかった(表2).
n | % | |
---|---|---|
性別 | ||
男 | 6 | 40.0% |
女 | 9 | 60.0% |
疾患名 | ||
統合失調症 | 9 | 60.0% |
双極性障害 | 3 | 20.0% |
身体表現性障害 | 1 | 6.7% |
薬物・アルコール依存症 | 1 | 6.7% |
統合失調感情障害 | 1 | 6.7% |
住居形態 | ||
アパート | 5 | 33.3% |
マンション・ハイツ | 5 | 33.3% |
持家 | 1 | 6.7% |
その他 | 4 | 26.7% |
最終学歴 | ||
高校卒業 | 6 | 40.0% |
中学卒業 | 6 | 40.0% |
大学卒業 | 2 | 13.3% |
専門学校卒業 | 1 | 6.7% |
職業 | ||
無職 | 13 | 86.6% |
一般就労 | 1 | 6.7% |
パート | 1 | 6.7% |
家族との同居 | 4 | 26.7% |
測定時期 | 平均値( )はSD | Z値 | p値 | |
---|---|---|---|---|
社会資源の利用件数 | T0 | 0.93(±0.96) | –1.000 | .317 |
T1 | 1.00(±0.92) | |||
1週間の訪問回数 | T0 | 2.00(±0.75) | 0.000 | 1.000 |
T1 | 2.00(±0.75) | |||
CP換算量 | T0 | 424.8(±319.6) | –1.000 | .317 |
T1 | 431.5(±311.5) | |||
ジアゼパム換算量 | T0 | 10.4(±12.2) | –1.342 | .180 |
T1 | 10.6(±12.1) | |||
イミプラミン換算量 | T0 | 22.6(±61.6) | .000 | 1.000 |
T1 | 22.6(±61.6) | |||
ピペリデン換算量 | T0 | 1.00(±2.19) | .000 | 1.000 |
T1 | 1.00(±2.19) |
T0は初回調査,T1は6か月後の追跡調査
POMSについて,T0と比較してT1では,「不安-緊張」「抑うつ-落ち込み」「疲労」「混乱」の中央値が有意に低下し(p = .004, p = .017, p = .009, p = .010),「活気」が有意に上昇した(p = .040).いずれも,効果量は .5以上であった.またRASは,T0と比較してT1では「目標・成功志向・希望」「自信をもつこと」「手助けをもとめることをいとわないこと」の中央値が有意に上昇した(p = .014, p = .043, p = .005).いずれも,効果量は.5以上であった.さらにGAFについては,T0と比較してT1で有意に上昇した(p = .001).
尺度 | 測定 時期 |
平均 値 |
標準 偏差 |
中央 値 |
Z値 | p値 | 効果量 γ |
|
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
POMS短縮版(Profile of Mood States-Brief Form) | T-A(Tension-Anxiety;緊張-不安 | T0 | 9.5 | ±5.4 | 10.0 | –2.876 | .004** | .74 |
T1 | 5.9 | ±5.2 | 5.0 | |||||
D(Depression-Dejection;抑うつ-落込み) | T0 | 8.1 | ±5.8 | 9.0 | –2.394 | .017* | .62 | |
T1 | 5.3 | ±5.3 | 4.0 | |||||
A-H(Anger-Hostility;怒り-敵意) | T0 | 5.3 | ±5.8 | 3.0 | –.671 | .502 | .17 | |
T1 | 4.5 | ±5.5 | 2.0 | |||||
V(Vigor;活気) | T0 | 5.0 | ±3.5 | 4.0 | –2.054 | .040* | .53 | |
T1 | 6.7 | ±4.7 | 6.0 | |||||
F(Fatigue;疲労) | T0 | 10.9 | ±6.4 | 10.0 | –2.630 | .009** | .68 | |
T1 | 7.3 | ±6.2 | 5.0 | |||||
C(Confusion;混乱) | T0 | 9.5 | ±5.2 | 9.0 | –2.563 | .010* | .66 | |
T1 | 6.7 | ±4.6 | 6.0 | |||||
Rosenberg自尊感情尺度の日本語版(RSES-J) | T0 | 26.1 | ±7.7 | 25.0 | –1.452 | .146 | .38 | |
T1 | 28.1 | ±6.7 | 28.0 | |||||
日本語版Recovery Assessment Scale(RAS) | 目標・成功志向・希望 | T0 | 26.3 | ±5.8 | 27.0 | –2.455 | .014* | .63 |
T1 | 30.9 | ±6.0 | 30.0 | |||||
他者への信頼 | T0 | 13.2 | ±3.0 | 12.0 | –1.262 | .207 | .33 | |
T1 | 14.4 | ±2.7 | 15.0 | |||||
自信をもつこと | T0 | 13.7 | ±3.3 | 14.0 | –2.021 | .043* | .52 | |
T1 | 15.1 | ±3.2 | 16.0 | |||||
症状に支配されないこと | T0 | 5.9 | ±1.5 | 6.0 | –1.422 | .155 | .37 | |
T1 | 6.7 | ±1.9 | 7.0 | |||||
手助けをもとめることをいとわないこと | T0 | 13.2 | ±1.9 | 13.0 | –2.795 | .005** | .72 | |
T1 | 14.5 | ±1.8 | 15.0 | |||||
GAF(Global Assessment of Functioning) | T0 | 54.6 | ±12.8 | 55.0 | –3.410 | .001** | .88 | |
T1 | 68.5 | ±8.7 | 66.0 |
T0は初回調査,T1は6か月後の追跡調査,*:p < .05 **:p < .01
調査前後の向精神病薬服用量と社会資源サービス利用件数,1週間の訪問回数に有意差がないことを確認したうえで,介入6か月後の変化に着目した.その結果,有意に改善したものは,POMSの「不安-緊張」「抑うつ-落ち込み」「活気」「疲労」「混乱」,RASの「目標志向・成功志向・希望」「自信をもつこと」「手助けを求めることをいとわないこと」,GAFであった.つまり,WRAPの視点を反映させた看護計画に基づく精神科訪問看護を受けることによって,対象者は気分・感情が改善したことから,リカバリーに向けて目標や希望を感じることができるようになったと考えられた.WRAPワークショップを受けた対象者は,うつや不安などの精神症状が軽減し,希望やリカバリーが上昇する(Cook et al., 2010, 2013;Starnino et al., 2010;Fukui et al., 2011)と報告されている.先行研究(Fukui et al., 2011)では,WRAPワークショップ前後で有意差の効果量は中であったが,本研究では介入前後の効果量が大であり,WRAPの視点を取り入れた訪問看護が,気分の改善と希望やリカバリーの促進のために,WRAPワークショップと同等以上の効果があったと考えられる.従来の看護計画は問題を明確にし,その解決をゴールとして看護師が行うケアのみを記入することが多かった.一方,WRAPの視点を反映させた看護計画は対象者と一緒に作成し,対象者の言葉を言い換えずにそのまま記入していくことから,対象者が日頃使用している言葉がそのままケアプランに反映される.そのことから対象者自身がケアプランに対する行動を遂行する際に自己選択,自己決定の実感をもちやすく,それが経験として積み重なり,気分の改善やリカバリーの向上につながったと考えられる.また,他者評価によるGAFの精神症状は改善しているが,自己評価であるRASの「症状に支配されない」のスコアに変化は認められなかった.その理由としては次のことが考えられる.「症状に支配されない」感覚はWRAPの視点を反映させた看護計画で共有した行動を日常生活で遂行していくプロセスの成果として感じていくため,たとえ症状マネジメント能力が向上していたとしても,今回のような短期間の調査ではその成果を感じることが難しかったと考えられる.次にRSES-Jの変化がなかった理由は2つ考えられる.自尊感情は精神症状と関連があると報告されており,自分について「これでよい」と感じる程度が自尊感情の高さを示すと言われている(Rosenberg, 1965).統合失調症であれば情動鈍麻があり,双極性障害のうつ病相やうつ病であれば自己否定の認知に陥りやすく,短期間で自分について「これでよい」と感じることは難しかったと考えられる.もうひとつの理由としては,自尊感情は家族関係能力,社会生活技能が影響し,高い社会生活技能は自尊感情の高さを規定すると言われている(國方・中嶋,2006)が,自尊感情は日々の日常生活において社会生活技能を遂行した経験から備わっていくものであり,短期間でその経験を蓄積していくことは難しかったと考える.
以上のことから,短期間では変化があらわれにくい自尊感情や症状に支配されない感覚については,短期間のアウトカムだけではなく中・長期的なアウトカムを設定する必要があった.加えて縦断的な追跡調査を行い,その効果について検証していくことが必要である.
精神科訪問看護は,精神科病院への再入院の防止と在院期間の減少に影響を与えること(萱間・宮本,2008)が明らかにされている.そして,これまでも精神科訪問看護の実践はいくつかみられ,リカバリープロセスに合わせた支援(鈴木,2014)や訪問看護ステーションで取り入れているラジオ体操を利用した支援(盛永ら,2014),看護師側の関わりや捉え方を変えたことによる関係性の変化などが報告されている(森・戸田,2013).それらの実践と本研究のWRAPの視点を反映させた看護計画を用いた訪問看護を比較したとき,WRAPの視点を反映させた看護計画を用いた実践は,症状を自己管理する方法と知識の獲得や生活の質を高める行動に影響を与えたと考えられ,日常は意識しない希望に目を向けることができ,リカバリーを促進することができたと考える.【いい感じのとき,あるいは普段の生活】といった調子のいいときのセルフケアを共有したことにより,POMSスコアの改善,すなわち単に気分や感情をコントロールするだけではなく,調子のいいときの行動に目を向け意識的にその行動を遂行することが選択できたと考えられる.
また,これらのプロセスにおいてWRAPの視点を反映させた看護計画を用いた共有を繰り返し行ったことは,対象者自身が希望にアクセスすることを重視した介入となり,対象者自身が自分の視野や価値観に気づく力になったと考えられる.このことからRASの「目標志向・成功志向・希望」「自信をもつこと」「手助けを求めることをいとわないこと」は有意に上昇し,主体的な行動とそれに伴う責任を実感したり,サポートシステムをつくるといった,希望の先にある自ら最適な状況を主体的に選択する行動を促進させたと考えられる.
2. 研究の限界と今後の課題本研究では,WRAPの視点を反映させた看護計画を使用した訪問看護が気分の改善とリカバリーの促進に有効であることが示唆されたが,以下の点で限界を有している.第1に,比較対象群を設定してない1群事前事後テストデザインであるという方法論上の限界である.すなわち,WRAPの視点を取り入れた訪問看護と,そうではない精神科訪問看護の効果を比較しているわけではない.従って,本研究結果では,薬物療法や作業療法などの他の精神科治療,訪問看護以外の社会資源の利用,家族や友人の介入など様々な要因が対象者のアウトカムに影響を及ぼしていた可能性がある.第2に対象者数が少ないこと,および脱落者数が多いことがあげられる.しかし,入院による脱落率は13.6%であり,他の脱落者は回復あるいは業務上の理由となっており,WRAPが適応できずに脱落した対象者はいないことから,介入の有効性に大きな問題はないと考えられる.また介入研究では,Intention-to-treat analysis(ITT解析)の実施が原則となっているが,本研究では2時点のみのアウトカム評価であり,ITT解析ができないという限界がある.今後は,比較対照群を設定した無作為化比較臨床試験による検討が必要であり,その際に十分な対象者数を確保したうえで,脱落率を最小限にしたり,ITT解析を行うなどによって,有効性を検証していくことが課題である.
精神疾患を有する人15名を対象にWRAPの視点を反映させた看護計画を用いた精神科訪問看護を展開した結果,介入前と6か月後でPOMSの「不安-緊張」「抑うつ-落ち込み」「活気」「疲労」「混乱」,RASの「目標志向・成功志向・希望」「自信をもつこと」「手助けを求めることをいとわないこと」,GAFが改善した.本研究の成果は,対象者の実体験を重視した看護システムによるアプローチという特徴を有するWRAPの視点を反映させた看護計画を用いた精神科訪問看護を展開することが,リカバリーを促進する有効な方法の一つであると示唆された.
小瀬古伸幸,長谷川雅美,田中浩二は研究の着想およびデザイン,小瀬古伸幸,進あすか,木下将太郎はデータ収集,小瀬古伸幸,田中浩二は量的データの分析,小瀬古伸幸,田中浩二は論文作成を行った.すべての著者が最終原稿を読み,承諾した.
本研究における利益相反は存在しない.